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2020-09

ウィーンでくつろぎ… - 2007.07.29 Sun

前の日記同様、日付は日本時間です。ある日記サイトでの文章と自分のコメントを繋ぎ合わせ(友人たちのコメントはおそらく彼らの情報に関わるため割愛)。
それを何年も後にアップしました。写真もその時に入れました。

……………………………………………………………………

日曜三つ目は本音    2007年07月22日20:20



どうしてこのような旅になったのか…本来は二曲だけ聴いて頂く筈、後は気晴らしの筈だった。

それがケーキも一度も食べず、呑まず、外食もせず。(TさんとIさんには心から感謝です。あれがザルツブルクでの唯一のワインとご馳走と相成りました)

原因は猛暑。
そして思い残す事は無い、とも書いた。

差し障りが出る事を案じたが、やはり書こう。そしてライグラフ先生にも手紙で伝えよう。


ライグラフ夫妻は私の病気をご存知ない。
乳癌だけだと思っておられる筈。
一応、膠原病の説明はした。免疫力が異常に働く事から来る、一生付き合う難病であること。でも理解はしてもらえなかった。
5年前に独検二級(現・準一級)の面接でその話になった時、試験官に理解して貰うのに甚だ苦労し、日本人のアシスタントが更に試験官に説明してくださり、「語彙の豊かさ」として合格したようなもの。本来自国の言語であったとしても難しい。
87歳の、それも病気や障害を茶化すような方には…と諦めた。
奥様然り、Immunität(免疫)は通じなかった。
暑さも相俟って(語彙の乏しさに加え)説明も投げやりだったかもしれない。

コンサートのパンフレットは渡したが、これが日本語しか書いておらず、説明も避けた。
後援が膠原病友の会であり、病気と共存している者が同じ立場の人々に励ましと勇気を与える事が本来の趣旨であること。だからドタキャンもあり、というのが当初の企画。
けれども身体に負荷をかけすぎての準備でドタキャンとなれば、勿論本末転倒である。


何もかもが暑さから、ということにしておこう。 いや、実際そうなのだ。
ギリシャは酷暑で、オーストリアよりももっと大変な事態が起きていたらしい。

今日は幸い涼しく頭も涼しい。
やはり先生に伝えるべきであろう、と列車の中、暇に任せて手紙を書いた。勿論お礼とお詫びを真っ先に書き、ウィーン到着の報告、その後に。

狭い世界です。
意思の疎通の無さから(あの調子でしたから)何を話されるか。
想像すらしたことがなかったのですが、8月には大勢の日本人(主にかつての教え子)が先生の元に行く訳です。

余りに擦れ違いが多かった。
義父もだが、私の声はどうやら耳の遠い方々には聞き取りにくいらしい。




ウィーンではケーキ食べるぞワイン飲むぞ
まるでコンクール直前の、思い出したくないのザルツブルクの日々と同じでした。

感謝を持つからこそ、食い違いは避けたいと思う。

もうすぐウィーンだ第二の故郷
又後ほど。

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皆さまのお陰で    2007年07月23日12:49

昨日は、やっと来たよ!ウィーンに!と思ったもののどうしたことか左股関節が痛い 。
思い返すに、ザルツブルク駅で片手でトランクを押し、片方の肩には手荷物という不自然な姿勢で長い長いプラットフォームを歩いたから。旅行会社の日本人女性がスタスタと先に行ってしまうのを追い掛けるが如く歩いた為に違いない「少しゆっくり」との日本語がどうして通じなかったのだろう?。
何しろ、日本人が盗難にあったハプニングから、たかがチケットを買うだけなのに時間計算狂い、その女性も内心焦っていたに違いない。(どんな女性か、娘の去年の推測は実に的を射ていた)

と、愚痴はやめよう …

無理はせず、でもじっとしているのも勿体ない !

今年6月初め頃だったか、あるサイトで知った以前から探していた場所。
そこへ行く事に決めた。
72時間有効の交通機関のチケットを買い、U4に乗り。


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写真は載せずに過ぎ    2007年07月24日01:10
(写真を此処では入れます)

昨日着いたホテルは、何と私や夫、少し後には妹も学んだ当時のMusikhochschuleの斜め裏にある
何だか又もやタイムスリップ。
どこかに行きホテルに戻る道は、当時の通学路そのまま

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丁度昨日はHochschuleの玄関の両側に上から黒い布が垂れ、これは関係者が亡くなった時や、国の重要人物が亡くなった時に垂らす。

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誰だろうか?と少し気にしつつ、今朝通ったところ扉が開いていたので、懐かしさから中に入ってしまった。
壁に、我々が学生だった頃ピアノ科の主任教授だったSchwertmannの死亡通知。
思わず携帯でピロリロリーン
傍に居た守衛に注意された。しかし、私はここの(丁度30年前の)卒業生であり、当時の教授であった名前にびっくりした事を告げると、にこにこ顔に…


今日は幾分凌ぎ易いとは言え、アスファルトの照り返しは焼け付く様。

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(息子の出産の折、オーストリア国から頂いた多額のお祝い金で、この店↑で買い揃えました)


時間が惜しいと思いつつホテルに戻って昼寝しました。起きねば…と、Cafe OBERLAAを目指して出発。生クリームの半端じゃない特別注文の写真。

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娘へのお土産、それも小物ばかり買い、息子を始めとする諸家族にはどうしたものか ・・・


それにしても、一体いつから自転車が許されるようになったのやら・・
私が居た頃は、一方通行を守らないと怒鳴られたものだ。
そもそも自転車で走っていると、周囲から怪訝な顔をされた。当時は人口の4分の1が高齢者の街だった。

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(ausgenはausgenommenの略。「…を除く」つまり「自転車を除く」)



音楽を聴かない旅もどうか、と唯一日程が合ったシェーンブルンの「蝙蝠」を明日楽しみます。
チケットを自分で電話したが留守電ばかり。仕方なく旅行社に出向いたところ、15ユーロ手数料が掛かるという。馬鹿らしく去り、街のチケット売り場で残り僅かな中の一枚を購入。13%の手数料はかかったが、当日出向いてもチケットが無ければ無駄足となる訳で。
きっと夫の元同僚が大勢関与している筈。夫に電話したならきっと手配してくれる事も分かるのだが、今回は彼らには誰にも会わない内緒の旅行が故…

さて、ケーキで満足、支払いして出よう

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番狂わせ     2007年07月25日01:04

恵の雨、急な涼しさ、有難いこととは言え、スケジュール狂います

ところで、今回は見知らぬ所ばかりを探索。
某サイトが大いに情報を提供してくれまして、前述のミツコもさることながら、昨夜は国連都市に足を延ばしました。
しかし思い付いた時間が遅すぎ、昼間の明るさながら、着いたのは夜の9時。
地上170mだかの見晴らしの所での食事は勿論間に合わず、又、国連の中のガイドはパスポート持ってドイツ語もしくは英語のツアーだそうです。

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あ、動画も録ったっけ・・・(まさか動画まで録るとは思わず、一番安いデジカメを買ったことを悔いる)

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英語を復習するかドイツ語を習得するか、又課題と夢が膨らみました。


帰りは、街角でソーセージと胡瓜のピクルスを買い、片手に持ってホテルに戻り、使いたくなかったミニバーからワインを ・・・
冴えません。

しかも、街に何と若者が増えたこと!!
嬉しいことではありますが、余りにイメージが変わりました。

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今朝はHaus der Musikという所に行き、 コンピュータを駆使した体験をしてきました。

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(早く着き過ぎたので中庭のピアノを弾いて待った。こういうのは気持ちが良いです。ポピュラーどころを)

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これも、某サイトでの情報。
耳の仕組み、脳のシナプスへの道程など、音を捉える人間の構造。

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ウィーンで活躍した大作曲家の秘密。
ベートーベンの聴力減退も何段階にわたって体験。


極めつけは、ウィーンフィルを指揮する !!
コンピュータ画像のバーチャル。

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曲は色々あるのですがね、上手く出来ないと団員がEntsetzlich!!なんちゃらかんちゃら…ワイワイ文句を言われる。キュヒル氏は睨むし。
なまじ強弱を付けようとか、テンポ揺らそう、は駄目!数回やってカラクリが解りました
最後は”CONGRATULATION!”と画面に出てウィーンフィルから拍手。

(何やってんだか・・・)


雨が酷くなり、スーパーで買い出ししたのが大変なことになり、旅行中初タクシー。
荷物、何とか入るかな??

折角シェーンブルンへ行くので、ヒーツィングの墓地を訪ねるつもりだったのですが諦めました。
アルバン・ベルクやオットー・ワーグナーなどなど芸術家に並び、ミツコの墓もあるそうで…
この雨ではちょっと…

又の日があることを願いつつ。
そろそろFledermausに出掛けよう
(とは身内ネタですみません)

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日付では二つ目の日記。   2007年07月25日19:20

昨日の「こうもり」@シェーンブルン、第一幕の間に土砂降りとなったらしい。
休憩で外に出たら凄まじい水溜まりと夕日に照らされた建物が美しかった。
公演については又。

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今朝はチェックアウトまでのぎりぎり2時間を使い、クーデンホーフカレルギー家の墓地を見て来ました。
中央墓地並……困っていたら折よく守衛さんが戻り、地図をくれました。別な入口に移動し、入ってみたものの番号も出ておらず、諦めようかと思ったところに管理の、というか掃除のおじさんが二人来たので尋ねたら、探してくれました。

あぁ、長年の夢が叶いました!


おじさん達に感謝。
既に居なかったけど大声でお礼言ってホテルに戻り、ジャスト時間。

又後で続き書きます。

………………………………………………

どうしてウィーンを延泊にしなかったのか…思い出すに、ザルツブルクからドイツの街数ヶ所行くつもりだったのでザルツブルクを3泊延ばし、まぁ、ウィーンはそのままでもよいか(ツアー扱いなので)、って…
予定がすっかり当初と変わってしまったけれど、あの暑さではドイツ行くのもしんどかったかも。
………………………………………………

説明不足でした。
「添乗員無しのフリースタイル」という「ツアー」でありまして、元の形は「ザルツブルク・ウィーン鉄道の旅」という6泊8日のスケジュールなのです。

今回はユーロの高さに辟易でした。
2002年、ウィーンだけに娘と行った時はユーロが安かったし、季節も季節だったし、同じツアーだったのですが2人分合わせても30万円弱だった!!(飛行機+ホテル。7泊9日だったか??飛行機はJALではなくオーストリア航空使った)

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無事に帰りました    2007年07月27日00:03

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午後に成田着。
何ごとも起きずに無事に帰宅しました。
トランク開けて、中味を定位置に戻しつつ片付け・・でも定位置の無いものはどこに納めるか??頭を使う作業はしんどく中断し、パソコン開きました。

・・・初めて使った国際ローミングの携帯は、重さそのものも軽く、ボタン操作も軽やかで、とても使いやすい機種だった為、パソコンで見たら余りの日記の量に吃驚、というより呆れました。(いつもは携帯宛のメールもパソコンから打っているほど携帯は苦手なのに)

ただ、絵文字が想像していたのと随分違っていた。

その携帯は、ピアノで言うなら・・現代のスタインウェイと大昔のヤマハのアップライトの違いか、パソコンで言うなら、キーボードの凹凸の無いノート型と、打つ度にカシャカシャと指もひっかかるほどの外付けキーボードの違いくらい。
出発前日に、旅行の記録でも・・と、夫に買ってきて貰ったノートは全然使わず終い。
我ながら何と無精になったものか、と思いましたが、機種の所為の様です。慣れると携帯でも何と速く打てる様になるのだろう、と感心したのも勘違いだった。

いやはや・・暑かったです。
新聞も異常気象ばかりでしたが、気温のオーストリア過去最高記録は、1983年、Kaernten州のDellachというところの39.7℃だったそうで、それを塗り替えるか、ちょっとした話題だったのが、0.2℃及ばずだったとか・・40℃を越えるの越えないの、と騒いでいたらしい・・(体感温度は超えていたことでしょう)

アメリカよ、何とかしてください!地球は既に壊れています!!


帰りのアムステルダムからの飛行機はがら空きで、どこに座っても良い、とのこと・・・横3席を全員が使えるほど!
離陸の前から居眠りして、気付いたら「お休みの様なので、お食事をお運びしておりません。お目覚めになりましたら声をおかけください」とのメモが貼ってありました。

食べて又すぐに眠ってしまい(3席使って横になり)、気付いたらハバロフスク辺りでした・・・

取り敢えず「ただいま!」

…………………………………………………………………

バルカン半島は最悪だった様です。44℃とか??
ハンガリーでは猛暑による死者が500人とか・・・どこまで本当なのか分からなくなってきました。(数字も覚えるのは「もの忘れセンター」の上に・・)

時期はいつを選んでも「外れ」となる可能性があるので仕方なかったです。

クーラー利かせて夕飯の支度するささやかな幸せを感じた今日でした。

____________________________

デジタル化  2007年07月28日01:02

帰国して、再び「食っちゃぁ寝」の日々が始まりそうです

それでも今日は、初めて使った電子機器たち(大袈裟な!)あれこれをパソコンに取り入れました。

まずは例のRolandのR-09で録音したあれこれ。
これは、自分でOS9に対応しているものをAmazonで買ったので何も問題なかったのですが。
デジカメはOSXではないと駄目、とマニュアルに書いてあったが、それでも密かに望みを抱いて円盤(インストール用のCDを私はこう呼んでいます)を試しに入れてみたけど、対応していません、と表示が出るだけ。

・・・

・・・

・・・

でも、何もインストールしなくたって、画像を見るだけだったら(つまり画像をあれこれいじくらないのなら)そのままドラッグ&ドロップでよいのでは???

と、試しにやってみたら何も問題ないではないか!!
専用コードで繋げて、フォルダ作って、ずり~~~っと纏めてポットン !!!


旅行の最後に大急ぎで訪ねた、光子・クーデンホーフ=カレルギーの墓をここにアップ。

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読み辛いですが、一番下に;
Maria Thekla Mitsu Gräfin Coudenhove geb. Aoyama
geb. in Tokio 7. Juli 1874. gest. in Wien-Mödling 27. Aug 1941
とある。
(マリア テクラ ミツ クーデンホーフ伯爵夫人 出生青山家 1874年7月7日東京に生まれ、1941年8月27日 ウィーン- メートリンクにて逝去)


 



彼女の手記を、シュミット村木眞寿美さんという方が編訳して1998年に出版しておられるのだが、これが又凄い!!
ミツコの真実を伝える為に、ドイツ側のチェコとの(当時はオーストリア・ハンガリー帝国)国境近くに4泊し、ドイツ語でタイプされた400枚と64項目の手書きエッセイを猛スピードで音読して録音をし、ミュンヘンに戻ってから書き取りをして訳したそうだ。(「クーデンホーフ光子の手記」)

その続編とも言える「ミツコと7人の子供たち」も興味深い。

コミック本もなかなかコンパクトに、若い女性に勇気を与える構成になっているが、可成りの脚色は否めない。
そもそも、骨董屋の遊び人であった父親の借金の形に身売りした、というのが真実の様だし。
コミックでは好青年のハインリヒも、写真ではまさに「紅毛で魚の目をした白い鬼(Teufel)」。



チェコ語を今から勉強するのは難しそうだから、英語でも学びなおして、ロンスペルクの館でもそのうち訪ねてみたいなぁ・・・


ハインリヒ亡き後、体調を崩したミツコだったが、健康を取り戻した後にはハンガリーの土地を売り、1908年秋にウィーンに移住したそうだ。
それがあのHiezingのMaxingstrasse12!!
本によると「二階の大きなフラット」となっているのだが、日本で言う二階なのか、向こうでいう二階なのか??

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この家で、ミツコは子育てをしたことになるのだ・・・
見上げながら感慨の深いひとときでした。




_______________________________

更なる偶然   2007年07月29日00:18

前の日記のコメント欄に書いて、まだあったのですが長くなるのでこちらに改めます。

Hiezingのカレルギー家の墓を訪ねる時、余りの道の長さに途中からバスを待ったのですが・・・
そのバスの行き先が「Rosenhügel」!!
私の元マネージャで、去年の写真にもアップしたり、(私のOS9では対応していないため)妹がグーグルアースで航空写真をスクリーンショットしてくれて載せたり致しましたが、その元マネージャの住む高齢者住宅の場所です。
日本を出発する前、何週間にもわたって電話をしたのですが、全く繋がらず・・・

去年ですらパーキンソン病で車椅子の生活、しかもその様な生活から来る二次的なものだと思うのですが、記憶が曖昧だそうで、さっきの事を忘れておられた。
私達(娘と)が行った時は、介護士も看護師も「日本から魔法使いが来た!!」と吃驚するほどしっかりして、英・独・仏混じりに夕方までお喋りが止まらなくなったのですが・・・一旦沈むと限りなく・・たった今の事を忘れてしまう。しかも筋力なし。
電話をかけても受話器を握れないであろうことは(去年の様子から)想像に余りあり・・・でも、ご本人が出られなければ誰か出てくれるだろう、と思ったのだが、結局毎日繋がらないまま私は諦めてしまった。


それが、もうあと1時間後には空港へ向かう!というその時に乗り合わせたバスが「ローゼンヒューゲル行き」とは何という皮肉な巡り逢わせだろう!?

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ミツコの墓を諦めたところで、とても高齢者住宅を往復出来る時間は無かった。
あと一日!事前に延泊しなかった事を悔いた。



ところで、もうひとつの偶然は今日のこと(日記に書いた以外で)。

いつもドイツ語の授業が終わると、隣りのクラスの方も含めて昼食を一緒にするので、名前は知らないのにすっかりお馴染みになったお一人。
どこに住んでいるか、という話になったところ、高校が我が家のすぐ傍であったこと、小中が何と!阿佐ヶ谷!!それも、私の中高時代の教会仲間たちと同じ小学校、中学校の名前が・・・(馬橋とか杉森とか)
ひょっとして「阿佐ヶ谷東教会をご存知ですか?」と訊いてみたところ、その幼稚園出身だと言う。
しかも、牧師宅にはしょっちゅうお邪魔して悪さをしていた、と言う。
牧師の息子さんとずっと学校が一緒だったとか・・・
私は牧師のお嬢さんの、中高一年後輩だったのですよ!と。
70年安保に便乗して教会まで分裂した話、私はそれを口実に教会通いを当時止めてしまったこと。母と妹は牧師に付いて別な場所へ移動したこと。

・・・・・世間の狭さに吃驚でした。

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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
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【BGM】
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演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
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制作・著作:奥千絵子
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