FC2ブログ
A D M I N

2020-03

10年前の記録ノートから - 2010.08.29 Sun

10年前の通院でのメモ帳が出てきた。
その中に、義父(田中春弥)の受診に付き添った折のメモもあったので、ここに書き写しておく(メモ帳はおそらく紛失するだろうから)。

偶々運ばれたのが私のお世話になっている病院だったのか、それともタクシーを呼んだのか、その辺りの記憶は定かでない。ともあれ当時、週2-3回通院していた私が付き添うのは、全く苦労ではなかった。

以下は医師の話を聞いては走り書きのメモからなので、判読不能の箇所もあるのだが・・
確か、日展の審査か何かで歩けなくなり、お弟子さんに付き添われてタクシーで帰宅したことがあった。その日からのメモだと思う。
_______________________

2000年11月3日 救急救命センター

義父の近日中の予定を述べる
11月4日 日展出品者懇親会
11月5日 慈彩会の音楽会 皇太子妃ご来席
11月7日 書の会 京王プラザ
      墨絵のオープニングパーティ
11月13~15日 大阪一水会の陳列とオープニング 新幹線で移動

(つまりは、これだけの予定をこなさねばならないので、何とかして下さい、と出向いたのだと思う)

胸部外科医師の説明;
除脈により血液が全身はもとより、脳に行かない小失神発作を起こしていたのだろう。
脈拍数は35で、これでは脳にも内臓にも行く血量が足りない。原因は心臓の電気の通り道が遮断されていること。
解決方法はペースメーカーを入れること。よく言われる携帯電話も、自分がかけるのでなければ問題ない。

病名は「房室ブロック」
ペースメーカーを絶対に入れなくてはならない部類の病気。
それについて簡単な説明がなされた。
手術は至って簡単で(=患者への負荷は少なく)、1時間位のもの。局所に薄い長さは5センチほどの電池を入れるのみ。入院は1週間。寝たまま2日間を過ごし、注意事項は一週間は手を動かさない、という位。

心臓というのは血液を溜め込んでは送りだそうとする筈が、心肥大で壁が伸びており、縮まない。
脈を速くする薬を12月まで服用し、外来でこまめにチェックすること。(変更は随時)
薬を服用して2-3日様子を見る。楽になるかどうかのチェック。飲み忘れた時には、そのままとし、まとめて飲まないこと。

11月6日午後に外来にて変化を診る。それ迄毎日3回きちんと服薬すること。
但し、辛い時は我慢せずに受診すること。

(夕方、私がお世話になっている皮膚科の教授から心臓外科の教授に紹介状)


2000年11月6日 心臓外科外来

服薬にも拘わらず房室ブロックは続いている。(脈拍数は44/min.)
脈拍が遅くても何ともなければよい。辛うじて55%の血液が肺に運ばれている状態。
ペースメーカーを入れる判断は、12月迄なら大丈夫だが、この状態で12月迄(生命が)大丈夫という保証もない。

ということで、12月4日に入院し、5日に手術を受けることとなった。

11月27日に外来で最終チェックを行う。糖尿もあるので、血液検査も含め。
アロテックという交感神経を刺激し、心臓を強くする薬をそれ迄使う。或いは一時的なペースメーカーという手段もある(この辺り、文字が乱雑過ぎて不鮮明)。


メモ帳に心臓を中心とする循環器の簡単な図と共に、説明がメモってある。(右心房・右心室・左心房・左心室・洞結節・肺動脈・大動脈等々)
脈を整える酸素を運ぶ。酸素が必要な時には脈が速くなり、洞結節が整える。その洞結節の役割をペースメーカーが代行する。電気刺激で薄い心房を交互に動く電気の通り道、心房が縮んで心室へ…洞結節で連動を調節する。
「房室ブロック」という病名は、心房から心室の電気の通り道が駄目になっており、P波が沢山ある。洞結節から「速く動け」と信号を送っても心室の波が付いて行けない。心房は溜めるだけで、送り出すのは心室。つまり心房→心室の流れがうまく行くように、つまり止まらないようにする。しかし30~40の脈拍では不可能。身体が動かないしふわっとしてしまう。酸素も脳まで届かない。
速く動け、と沢山の量を送り出そうとするので、心肥大が増悪。縮む力が弱くなり心不全を起こす。これが長く続けば破綻を来たし、肺は鬱血状態。

ペースメーカーを入れること。
心臓を切るわけに行かないから、診断は付かないが、原因は年齢、糖尿等々から来ているだろう。
血管を通じて電極を入れ、心電図が出るかどうか。何秒持つかで数をコントロールし、心臓は又縮小して行く。
(この辺りも余りの走り書き ーそれも手のひらにメモ帳を乗せてー で、自分の書いた文字が読めない部分あり。)
三分の二が電池、三分の一がコンピュータ。電極、心臓の内側を監視する。
電池の寿命があるので、これ以上小さくならないが(可成り小さかった。消しゴムを楕円形にしたような…)、7年は持つ。自力でも心臓が動けば10年持つ。
途中で電池を替える場合も、線はそのままで電池のみ替えるので心配ない。


手術の説明
左の鎖骨下に針を刺す。血管を通じて心臓まで通す。刺激の感じ易い部分にくっつける。
鎖骨の下の、大胸筋と脂肪の間を5センチほど切ってペースメーカーを埋め込む。
手術の正味は30分。その他、準備とチェックを入れて計2時間。

手術の影響
・突く刺激で不整脈が起きることもある。
・繊維状の心臓の壁を弱い力で動かす。良い場所を探してねじ込む。(5ミリ~1センチの壁が伸びきっていると突き抜ける可能性もあり、それは千人中一人の確率)。血液が漏れて心臓が動けなくなった場合は、穴を開けて血液を抜き、縫う。穴を縫うことはない。血液を抜いたことはあるが、いずれも健在で命を落としたことはない。

術後
手を動かすと抜ける可能性があるので、左手を固定して留めて安静。寝たきりではない。
二日間はベッドの上で過ごし、三日目から歩く。
その後は普通の生活に戻す。
チタンなので拒絶反応は起こさないが、傷から菌が入ることはあるので、繁殖すれば化膿する。退院後にそのようなことが起きた場合には、反対側から入れ直さなくてはならないので(発生は1%未満だが)、一週間はゆっくり抗生物質の点滴をする。
傷が完治することも計算に入れて、9日間の入院とする。

レンジも炊飯器も大丈夫。

ペースメーカーが故障することを考え、「第一級身体障害者」としての書類を、手術前に提出し、退院後に受け取る。


退院後
・手術後2ヶ月経てば、水泳でもゴルフでも何でも出来る(義父はしないが)。
・よく言われる携帯電話は、ペースメーカーの上に乗せて実験済み。メーカーが構造を替えているので心配なし。(つまり満員電車で隣りに立っていても大丈夫。)
・低超波マッサージ器だけは駄目。心臓が動いているもの、と錯覚し、ペースメーカーは止まってしまう。
・体脂肪計は電気抵抗なので大丈夫。
・病院では、電気メスとMRIは禁止。必ず告げること。
・ペースメーカー手帳は常時携帯。他の科を受診する折に必ず提示。
・定期的に受診。入れて暫くは場所や力が不安定なので、3ヶ月間は毎月、次は4ヶ月、…→暫くは半年ごと。



術後の経過が甚だよいので、11日に退院を勧められたが、12日、私がこの病院でチャリティのリサイタルを予定していたので(私自身がお世話になった感謝の意味で)、退院は13日に延期して貰い、義父もコンサートに同席した。
__________________________

以上。

ペースメーカーで迷っている方がいらしたら…と記載しました。

但し義父の場合は入れたのが86歳8ヶ月。そして亡くなったのは96歳4ヶ月。
若い方々とは違うと思います。しかも日進月歩の医学、今では又違っていることもあるでしょう。
もっと若ければバッテリーの入れ替えを勧められたに違いありません。
しかし、ペースメーカーのお蔭で充実した年月を送ることが出来ました。(火災も出しましたが・・・)
義母が亡くなった2002年以降は我が夫が二人三脚で過ごし、父親の我が儘を全部代行し、特にこの数年間は、夫が義父より先に逝ってしまうのでは?と心底案じたほど。今後暫くも疲れが徐々に出るであろうだけに、要注意です。

昨年、私の生徒たちの発表会の頃は、私がレッスンの合間に(生徒を待たせて)1日に10回も掃除の類(客用トイレ及び汚物を踏んで歩いた共有の廊下)をしていたように記憶しています。家族同居の場合には、介護保険でやって貰えるのは、週3回の入浴介助だけだからです。要介護度も高かった筈ですが・・・


天命を人為的に延ばすことに疑問を感じたことも屡々でしたが、延ばして頂き、特にこの数年は180°回転したが如き穏やかな感謝のみの義父の姿・・・それは書くべきではないので・・・いや、書くべきか・・いずれ又・・・



火葬の折には取り外すようにも注意を受けていたペースメーカーは、主(あるじ)を失い、我が家の家具の上に取り残されている。









関連記事

● COMMENT ●


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://allegrobunchan.blog18.fc2.com/tb.php/457-88537a27
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

予定滞り… «  | BLOG TOP |  » BGMがあれやこれや・・・

プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
★このブログや大元のサイトへの感想やお問い合わせはservus2008@gmail.com宛に@を半角に直して送信願います.
【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2020 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
★遙か下方に設置のカウンターは、サイトを複数回お訪ね下さいましても1日を1回とカウントし、又、私を入れない設定になっております。



最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する