辞書
ぐりゅーす ごっと Grüß Gott !
FC2ブログ
gruess_gott2_convert_20181021090224.jpg

2020-09

年末年始・うらばなし - 2009.01.03 Sat

年末はギリギリまでお節をどうしようか、と迷っていた。
長いこと作っていない。

去年はウィーンに居た。
その前の年は実母の喪中だというのに、その母が12月14日に亡くなる前にデパートに注文していたお節を食べたのだった!!
母は何でも手際の良い人で、その年も私のリサイタルが11日にあるというのに、その前から「お節を注文するけど、どれが良いかしら?」と言っていたのだった。私にとっては「お節?それよりシューマンの大曲2曲が間に合わない!!」で放置していたところ、暮になっては注文が殺到して間に合わなくなる、と何と!上旬にさっさと注文していた・・・それが判明したのは、亡くなった後で多分色々なものを整理していて、注文の控えが出て来た・・のではなかったか?…と…うっすら記憶が蘇った。
本人が亡くなり喪中であり…でも生前の意思を尊重し、敢えて断らなかった。
大晦日に届くことも分かり、母のマンション(我が家の向かい)にひとっ走り行って、我が家に届けて欲しい由、デパートの配送者宛にメモ書きして貼り付けてきたこともうっすら想い出した。
2007年はそういう訳で母の亡き正月に母の注文したお節を、天国の母と共に、と噛み締めた。

遡って、病後はお節を作った記憶が無い。義母も実母も料理店のお節を注文する様になったからだ。しかも2002年に義母が亡くなって以降は諸難事で正月どころではなかった。

今、義父が帰京しており我が家で新年を迎えるが(小声で・・・徐々に「まだら」状態・・・記憶のあるうちに是非、義母流のお節を味わって欲しいものだ、と感じた)、迷った。
夫は演奏旅行でクリスマスから中国。果たして私は根菜を切れるだろうか・・・
しかし心配は消えた!暮に4回整骨院に通ったことで、何と!!春から不自由していた包丁が握れるではないか!!30日、31日には計3回スーパーに自転車のハンドルを握って籠一杯の買い物も出来た。
蓮根も人参も牛蒡も大根も、根菜の何もかも不自由なく切れるとは・・・あぁ、思い切って整骨院に行ってみて良かった。

義母流のお節を、重箱の類、計8段詰めることが出来た。

我が家のお屠蘇セットは火災で燃えてしまったのだが、これ又、亡き母の物置から出して揃えることが出来た。
スーパーの「屠蘇散どこですか?」の問いに、店員が「それ、何ですか??」と答えて驚いたことを書いたが、どうやら知らない人も多いらしい・・・
分かり易い説明を見つけました)

一番面倒な栗きんとんは娘が作ってくれた。(親馬鹿ながら、市販のどれよりも美味しかった。市販のものは黄色く着色した餡としか思えない!)
そうだ!!それと30日の夜中には、娘が徹夜で換気扇の掃除をしてくれたのだった!!
2004年に建った家は、まるで10年以上住んだ如く、特に今年は手を理由に一切家事をしなかった為一段と凄まじくなっていた。
31日の朝起きたら、扉に貼り紙:『混ぜるな危険』で念のため窓を全部開けてあります。防寒具を着てマスクをして入ってください、と。明け方までゴトゴト音がしていたのはそれだったのだ!!
こんなぴかぴかの換気扇はいつ以来だろう?感激!(但し、液体をこぼしたタイルカーペットをどけてみたら、床が塩素系液体で濡れていた・・・ついでに床掃除も出来た、というおまけ付きに相成った)



準備万端!
大晦日は義父と娘と3人で近所の蕎麦屋に出向いた。娘に先に行って順番取りをして貰い、私は、立ち止まりながらゆっくりゆっくりの義父と共に後から。(これでは風邪をひいてしまう、と帰りは車椅子を取りに行った)

帰宅して、私は毎度十八番のうたた寝をしながら、一応「紅白」は点いていただけ。(途中2-3人記憶にあるのみ)


元旦5時前、インターフォンの音で起こされた。
義父に違いない!!又間違って押したな・・・
ところが、「誰か来てください!」の反復には、一瞬具合が悪くなったか、はたまた又火を出したか???
大慌てで降りて行ったところ・・・
「社長が来てるんですよ」
「ちょっと上げてやってください」
はぁ~~~・・・又幻聴に幻覚だ・・・
大声で説明しても
「じゃぁ電話してくれますか?」
自己流の手話混じりに大声で、今はまだ夜中であること、社長は来ていないこと(どこの社長だ???)、何とか説明して寝て貰った。

一年の計は元旦にあり…??

・・・・・って、こんなことをここに書いて良かったものか??
ま、今さらでありましょう。


元日は息子が来て、一緒に4人でお屠蘇を祝いお節を突いた。
生憎息子の家内(えらく堅苦しい表現だ!Kちゃん)は大晦日も元日も仕事。店長の辛いところだ。

その後、息子と娘は小学生の頃の様に話に花を咲かせ、懐かしい光景だった。
よく喧嘩もしていたけれど、ゲーム、アニメ、漫画のこととなると意気投合。それは今も全く変わっていない。
なかなか無くなってしまった機会。微笑ましかった。


2日は午後に帰国・夕方帰宅する夫に合わせ、息子夫婦もやって来て、6人でにぎやかに再度お屠蘇とお節を祝った。
一同健やかに進展のある1年であります様に。


3日は・・・
夫は早朝出発。横浜で演奏会をして、そのまま関西へ。

私はテレビの大学駅伝中継、ソファでお菓子をつまみ、うつらうつらしながら結局最後まで見てしまった。
まだ母屋があり義母も健在だった頃は、庭伝いに家族皆で「明けましておめでとうございます」と入って行っては、点いている駅伝に一同見入っていたものだった。子供達が小中高の頃だ。「神大」のユニフォームやゼッケンの文字を「東京神学大学」の略と思い込んで吃驚した馬鹿な私だったが…そんな馬鹿は私だけだと思うものの……今回はしっかり「神奈川大」と書かれてあった。(約10年ぶりに見たので、いつからそうなっているかは知らない)

段々馬鹿の露呈となってきたので、ここで送信



関連記事

● COMMENT ●

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://allegrobunchan.blog18.fc2.com/tb.php/238-ce59f0cc
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

*1月6日* «  | BLOG TOP |  » 賀正

プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
★このブログや大元のサイトへの感想やお問い合わせはservus2008@gmail.com宛に@を半角に直して送信願います.
【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2020 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
★遙か下方に設置のカウンターは、サイトを複数回お訪ね下さいましても1日を1回とカウントし、又、私を入れない設定になっております。



最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する