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2020-09

後悔の日々ではあるが - 2007.01.18 Thu

大学病院で3つの科をはしごして,9時前に着いていたのに全部終わったのが1時半。
検査の為朝抜きだったので空腹に耐えられず,余り乗り気ではなかったのだけど久々に6階のレストランへ。
敢えて,母と最後に一緒に食べた和定食を食べてみる。
あれこれ思い出す・・・

あれは昨年8月から9月にかけて,消化器科に疑いがあって母に3回ほど付き添った。結局問題になる様なものは無かった。
車椅子は嫌がりつつも,乗ってしまえば「悪いわねぇ」と喜んで,診察室や検査室の移動は勿論,地下の売店でお総菜(京風のおばんざいもどきを一袋100円で売っている)を買ったり,ギフトショップでカードやバッグ(信じられないくらい安い)を買ったりウィンドウショッピングを院内で(!)楽しみ,最後は6階のレストランというお決まりコースだった。
最期の時,使っていたのがこの時買ったバッグ。
バッグを買ったのは,いつも使っている本人曰く「これが一番慣れている」のが中がまる見えで「ひったくられても追いかけられないじゃないの」と指摘し,何箇所にも大きなファスナーが付いたものを選んだのだったっけ・・この時も「あんたと一緒だといちいちうるさい」と言いながらも,どれにしようかしら,これがいいわね,と楽しそうに迷って買ったもの。

膝の曲がる角度がゼロ度になっていたのもさることながら,脚がパンパンに腫れ(皮膚がこれ以上伸びないところまで),この原因を追究して欲しく -2002年にはリンパ液の流れが悪く,静脈と共に心臓方向に戻らないのをエコーで認められたものの,リハビリやマッサージを受けても「仕方ないですね」的に終わってしまった- 膝も何とか手術出来ないか,再度他の病院を探さねば,等々思っていた。でも去年の私はCDのリリースに向けてライナーノーツの件であちこちとやり取りに忙しく,リサイタルも12月に設定してしまっていたのに曲目すら決めておらず,全部終わったらしつこく追究を…と思っていたのに…。

ずっと自己嫌悪に陥っていたけれど,ずっとかかっていた主治医(町医者の内科)も主治医!そして私以上に頑固な気丈な母に負けたのかもしれない。
亡くなった後で出てきた毎年の健診の記録によると,心臓肥大が年々酷くなっていた。どうしてもっと検査(ホルター心電図など)を短い周期でやってくれなかったのか??と疑問。
私が付き添わねば,とずっと秋から思っていただけに残念さと後悔とに苛まれる。
母は若い頃から朝起きるとまず化粧をする習慣。すっぴんで過ごしている私には信じられないくらい,ちゃんとファンデーションを塗って,口紅も明るい赤!これに騙されてしまった!
11月末のある日,何かで夜に用事で出向いた時,既に風呂上がりだった母の唇を見て,素人の私にも「チアノーゼ」が分かった・・・
でもまさか12月14日にあんな事が起ころうとは!!

「急性大動脈解離による心タンポナーデ」
私のかかっている色々な科のかかりつけ医に訊くと,誰もが「突発的に起こるもので,全く予測のつかないものなのです」と言う。
でも,既に11月には何か自覚症状があった筈・・・と私には思える。その実,持病の喘息とはちょっと違って思える呼吸をしていた。

そんな事をあれこれ考え,自分を責めてみたり,これは神様のみ業なのだ,と思ってみたり・・・
倒れたのが救急病院の前とは!だからすぐに院内に入れられた。既に心停止していたけどECHOにて心タンポナーデを認めたので(大動脈が解離したことで,血液が心膜と心臓の間にどんどん溜まって,心臓を押さえつけ,心停止をさせた)胸を切開して管を通してその溜まった血液を抜いて,並行して心肺の蘇生術を施してくださった。
これが自宅だったら??或いは人通りのないところだったら??
母の身体の事だけでなく,貴重品の入ったバッグを盗まれたかもしれない。あれもこれも警察沙汰になって色々な方々に迷惑をかけたろう・・・他人に迷惑をかける事を最も嫌った母。
余りに脚が辛そうなので,車椅子をこっそり借りてあった(膝を伸ばしたまま座れる優れもの)。それとて「私を廃人にする気!?」と来た。これにはケアマネも吃驚。もっともっと軽症の人だって車椅子を使用しているのだから。
荒い呼吸をしながら,片手に杖,片手で壁などを伝って歩いている姿は私には耐えられなかったのだけど,母は最期まで自力で歩く事を希望していた。でも時々「そこらの道路で車にぶつかってぽっくり逝きたいわねぇ」とこぼした。入院して看病されて,という事も一番嫌っていた。「車にぶつかたら運転手が必ず罰せられるのだから」とたしなめると「そうね・・」と・・・だからって,病院を一歩出たところで,車にも人にもぶつからずに倒れるとは・・・残念だけどこれは神様の偉大な計画,と考えたい・・・

私のリサイタルでも,曲がらない脚の為に通路の場所を押さえておいたところ,電話で「あんな場所を取ってくれるから,知っている人に会う度に挨拶挨拶で疲れてしまった・・・」と後で言われてしまったが,考えてみればあたかも地上での最後の挨拶をしにリサイタルに出向いた様な結果となった。あの時の母は疲れたかも分からないけれど,きっと天国で「挨拶出来てよかった」と思っているに違いないし,何よりもご挨拶くださった方々にしてみれば最期の時を共に出来て幸せだったのではないか?
全てに時あり。

同伴してくれた妹よ,有難う!!!

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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
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【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2020 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
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