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2020-09

又,タイムスリップ -als ob mit einer Zeitmaschine...- - 2008.01.15 Tue

夜,Staatsoperにてバレエ「胡桃割り人形」を夫と娘と共に鑑賞。
Loge(ボックス席)の一番前にて,あぁ,今回も贅沢な・・・

ウィーンフィルの奏するオケピットも全部が見渡せ,小序曲から見入ってしまった。
が,幕が上がると,そこは脳に焼き付いていた降りしきる雪ではなく,舞台両サイドに透き通らんばかりの紺碧に白い模様。
比較する訳ではないのだが,空白の30数年の間に,振付け・演出共に随分変わったものだ。
居間の大道具もほんのり暖かさが漂っていたものだったが・・いや,私が年を取っただけ。
今回の演出はいつから続いているのだろう。子供たちへのクリスマスプレゼントが何と!!「テレビゲーム」で,ステージの上からスクリーンが降りてきて,画面にゲームの戦うシーンが現れた時には度肝を抜かれた。

それでもバレエは,見ていると20代にタイムスリップ。
いや,遥か昔の想い出話ばかり書くつもりではないのだが,どうしても脳の思考回路が繋がってしまうのだ。

独り住まいの学生だった頃,見たいオペラやバレエがあると当日の立ち見席に並んだものだった…
1975年のクリスマス頃,当然とっくに売り切れていた「胡桃割り人形」を見たく,当日売りのKassaに並びつつキャンセル待ちをしていた。
すると後ろから年配の品の良さそうな高齢の夫人がやって来て笑顔で「これを使ってください」と差し出した。チケットを見れば,Parterre(日本で言う一階平土間)の中央,しかも前の方!「いえ,私はそんな額は払えませんから」と断ろうとすると,「Geschenk(プレゼント)」という。
お言葉に甘え,その夫人と並んで観たのが,ウィーンで初めての「胡桃割り人形」だった。以来,音楽を聴くだけでもその時の嬉しかった気持ちが舞台と共にいつも浮かぶ。降りしきる雪,クリスマスツリー,暖かい大広間,愛らしいクララ,隠れてはあちこちから姿を見せるドロッセルマイヤー。勿論素晴らしいバレエそのものも。

あの時のご夫人はどうしておられるか,どうしてその時に住所や名前を訊かなかったのか,悔やまれた。余りに舞い上がってしまっていたのだろう。
ひょっとすると,お孫さんと一緒に,と用意してあったチケットだったのかもしれない。或いは???・・・


さてさて,今回のバレエを見ながら・・・あぁ,これも昔話になってしまう。
すっかり憧れとなっていた「バレリーナ」。いや,幼少より私の世代では,森下洋子さんや…お名前を失念してしまったが数名の天才バレエ少女が憧れだった。少女雑誌には彼女達の血まみれのトレーニングの様子や,滝に打たれて修行するシーンなどが「漫画」として描かれていたものだった。それでもステージ上では夢を与えてくれるバレエは魅力だった。(当時はテレビでしか見たことがなかったのだが)


子供が生まれ,二人目が女の子だった時(二人目は帰国してから生まれた),趣味でもバレエを習わせよう,と密かに思っていた。自分がやりたくても出来なかった習い事を,二人の子供達には随分させたものだった。
仕事仲間が習っているバレエ教室の師匠より,我が家から通える教室を紹介された。
迷う事なく娘を通わせて(という表現はよくないが,まだ4歳の娘に意志をと問うたところで何になろう),着替えの手伝いを含め時間のある限り付き添った。
それは私の楽しみの時間でもあった。最年少組では「1番のあんよ」「2番のあんよ」とポジションを教えてくれた。「大きいおしゃがみ(グラン・プリエ)」「小さいおしゃがみ(ドゥミ・プリエ)」(おしゃがみ=pli�)・・・でも「assembl�(アッサンブレ)」や「changement(シャンジュマン)」は訳すことなくそのままだった。
ル・シルフィードでお馴染みの,オケに編曲されたショパンのAs-durのノクターンに合わせてのバーレッスンすら,私には涙が出るほど感激の光景だった(親馬鹿甚だしい!)。
基礎はやってやり過ぎることはない,というモットーは私のピアノと共通するものがあり,当時は安心して預けられる先生だった。

あれは小3の冬だったか,本人が嫌いなイカの雲丹和えで蕁麻疹を起こし,以降薬を飲んでも,蕁麻疹が出ている時にかかる負荷全てが蕁麻疹の引き金になってしまった。その「雲丹和え」の日は私の友人の葬儀があり,バタバタと食事の支度をして出掛けてしまった為,我慢して食べたのだろう。
折悪しく,初めてトウ・シューズを履いての発表会に向けて厳しいレッスン。汗も相俟って,発表会当日も全身が真っ赤だった。楽屋で痒み止めを塗ってやり,本人はいたってケロリとしていたが,以降バレエの教室に通う度に出る酷い蕁麻疹は半年以上続いてどうしようもなく,医師からは一旦止めて抗原抗体反応が消えるのを待つ様勧められてしまった。確か小4の夏だった。
本人が本当にやりたければ,そして一人で通える年齢になれば通えるであろう,振付けと音楽が素晴らしく一致している先生も存じ上げていたし・・・

と,常に話が昔にタイムスリップしてしまうのだが・・・Staatsoperの胡桃割りに登場する子供達を見ながら思い出してしまった。

娘のバレエはその後復帰することなく過ぎてしまった。背丈もトウで立ったなら多分180~190センチになるまで成長。日本では相手になるダンサーが居なかったであろう,と,バレエを止めたことを正当化して自分を納得させている親である。
尤もその後劇団でモダンバレエを習う機会はあったのだが。

話が逸れっぱなしになってしまったが,演出がどんなに変わろうとも,大好きな「胡桃割り人形」。在墺中にもう一回は観たいと思う。

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15. Jänner 2008 -als ob mit einer Zeitmaschine...-

Heute abend genoßen wir -Hiroshi, Maya und ich- das Ballett "Der Nussknacker" an der Staatsoper. In der ersten Reihe einer Loge! Was für tolle Plätze ! !
Wir konnten nicht nur die Bühne sondern auch der Orchesterraum gut sehen.

Als der Vorhang aufging, gab es keinen Schneeflöckchen vom Himmel, wie ich vor 30 Jahren gewöhnt war.
Zu beiden Seiten der Bühne standen dunkelblaue Wände mit weißen Pünktchen darauf, das solle Schnee sein.
Die beiden Inszenierung will ich nicht vergleichen. Aber ich kann nicht umhin, an mich das schöne alte Bühnenbild zu erinnern.
Ich war auch erschrocken, als eine Leinwand langsam herabkam, darauf ein Computerspiel sich spiegelt, und damit die Ballettkinder auf der Bühne spielten.
So läuft die Zeit...aber...

Trotzdem war "Der Nussknacker" sehr schön und ich fühlte mich wie in der Siebzigerjahren.

Ich erinnere mich an einen Tag kurz vor Weihnachten 1975. An diesem Tag stand ich Schlange an der Kassa, um eine Karte -vermutlich für den Stehplatz- zu kriegen.
Da kam eine hochbejahrte doch elegante Dame zu mir.
"Um die Karte?" fragte sie mich. "Ja!" antwortete ich. Dann nahm sie eine Karte aus ihrer Handtasche heraus und sagte sie zu mir, "Bitte, nehmen Sie diese..." ..." Na ja, es ist zu teuer, weil ich eine arme Studentin bin.." -ich waiß nicht genau, was ich sagte.- Die Dame sagte weiter, "Ich würde Sie einladen. Geschenk! "
Ah, es war als hätte ich geträumt.
Ich saß neben der der Dame und sah den "Nussknacker" auf einem prächtigen Sitzplatz.

Manchmal denke ich daran, wie es der Dame geht, oder manchmal bereue ich, dass ich nicht um ihre Adresse fragte. Ich war überglücklich.


Als ich Mutter wurde, besonders als mein zweites Kind ein Mädchen war, dachte ich, es wäre schön, wenn die Kinder Ballett lernen könnten.
Meiner Tochter Maya wurde empfohlen, eine Ballettlehrerin -ganz in der nähe von unserem Haus- zu lernen.
Soweit es die Zeit erlaubte, war ich da in diesen Ballettkurs um ihr umzuziehen zu helfen, und beobachtete die Stunden.
Ich begeisterte mich dafür, dass Maya schon als vierjähriges Kind zusammen mit Musik von F. Chopin "Grand Plier" " Demi Plier" "Changement" "1. Position" "2.Position"...usw..übte und tanzte. Das waren nur die grundlegenden und einfach fundamentalen Übungen. Trotzdem war das eine große Freude für mich.
Besonders die Denkart der Lehrerin, die fundamentalen Übungen können nie zu viel sein, war mir sehr sympatisch. Ich lehre auch so Klavier.

Eines Tages bekam Maya Nesselsucht. Sehr wahrscheinlich deshalb, weil sie am diesen Tag Seeigel und Tintenfisch aß. Danach obwohl sie Medikamente gegen Allergie nahm, halfen sie nur wenig.
Der Arzt meinte, die Krankheit entsteht durch zu große Belastung auf die Ekzeme.
Unglücklicherweise lernte sie eben zum ersten Mal mit Spitzentanz für eine Aufführung.
Er riet, sie solle auf Ballett verzichten, bis die allergische Reaktion aufhört.
Das war sehr schade. Aber wenn sie wirklich wieder Ballett lernen wollte, würde sie selbst wieder anfangen.
Bis jetzt gab es keine Gelegenheit.
Vielleicht ist es gut so, sie ist ziemlich groß geworden...


Jetzt bin ich zwar von Thema abgeschweifelt, aber "Der Nussknacker" hat Maya auch begeistert.


Übermorgen fliegt Hiroshi nach Tokio zurück.

Es war heute ein glücklicher Tag.




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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
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【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2020 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
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