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2020-10

更に悪い体調 - 1999.12.23 Thu


12月8日
毎日書くことも同じながら,潰されそうな頭でひたすら片付け。(普通の判断基準では信じられない散乱とゴミとカビ)

12月9日
朝は体調が良かった。今日こそ,と1998年の収録がCD用に編集されたものを聴き始めたら又,頭の上に2-30kgのものを乗せている様な状態になってしまった。この症状はいつ治るのだろう?先日友人に「セカンドオピニオンを求めては?」と言われたが,その気力もない。

12月10日
毎日ふらつきとの闘い。

夕方珍しく,以前ピアノに通っていたK君から電話。従妹のTちゃん(彼女も元生徒)が医者の助手を始めたお知らせと,その医者から膠原病のことを詳しく聴いている,とのこと。又,コウケントーはどうしているか,あれは勝手に使わない方がよい,とのアドヴァイス。乳癌の手術直後は使っていたが,その後は止めていることを伝えた。
それと神経の話をこちらから。(メモには書いていないが,その前にも彼に尋ねた気がする)聴けば聴くほどに彼が罹った症状と酷似。彼は「精神神経科」に通ったが,その大学病院はいつも混んで5分くらいしか話を聞いてくれないので個人的にカウンセリングを受けた,とのこと。「パニック発作」という単語は以前彼から聞いて初めて知った言葉だ。
彼の場合は心理的なものが原因だったというが,私の場合は病気そのものの症状のこともあるし(膠原病でもSLEやSjSなどでは出るそうだ。DMではそういうことはない,と言われつつも,海底の膠原病プレートは繋がっているだろう…),薬の副作用もあるし,一体どうなっているのだろう?K君も脚や身体のふらつきはあったそうで,それを他人に説明しなくてはならない折,分かって貰う表現に大変困った,と言う。
まさに同じだ!!
そのことからも分かる様に,私の今のふらつきは皮膚筋炎ではなく神経だ!ただ,腕などは取れてしまった筋肉の所為で文字に影響はあるかも知れないが,それとて3割くらいでは??
電話の後よく眠った。
夜は酷い状態になった。

12月11日
押しつぶされそうな頭で過ごしている。
久々にリハビリを一通りやって,その後散歩。

12月12日
人の病気を一体何だと思っているのか!?というような周囲。医師を含め。専門外は素知らぬ顔??薬の副作用であったとしても??家族然り,おそらく私は鬱陶しい存在なのだろう。
病気そのものの所為?副作用?それとも新しい症状?この一週間特に日に日に酷い。
気功が却って良くなかったか?HT氏が「植物人間すれすれまでやった」と言っていたのはどういう意味だったのだろう?

家族に「何が食べたい?」と訊かれるだけで震える毎日。

今日は最悪だった。
「お誕生日おめでとう」と言われ,こんな状態で生き続けていることの何がめでたい!?!?といよいよ爆発した!!※
生徒数名が入れ替わりにお見舞い(お祝いだったか?)に来てくれたそうだが,会うどころではなかった。
他県から来てくれた人も居たというのに,起き上がるどころか目すら開かない。
大変申し訳なかったのだが,夫が対応してくれた。

※ この爆発を境に,娘自身が壊れたそうだ。後にそのことをインターネットに書きまくっているのを読んだ時のショックには言葉も出なかった。耐えた。全て私の責任,と。
進学校に通っていて,その後保護者会に出席出来る状態になった時,娘の友人たちの親御さん方より「○○ちゃん,可哀想なのよ」という言葉を聞いた。家族に病人が出た時にその病人は家族への加害者なのだ,と捉えていることに愕然とした。この様な若者たちが医者を目指している!?医学部に憧れるだけであることを願う。親御さん然り。医大進学率が女子校としてトップであるこの学校そのものの教育方針は決してそうではない筈なのに。箱と中味は違うのだろう。

12月13日
膠原病A先生の診察。
精神科のK教授を紹介して貰えた。
いつもA先生の受診後はホッとするのだが,この日の震えは取れなかった。

廃人になってしまいそうな数日。いや,既に廃人かも分からない。

12月14日
D君がお母様お手作りのお赤飯を届けてくださった。退院祝い。美味しかった。
レシピをお願いしたら早速お返事くださった。

他のお帰り頂いてしまった I さん,Sさんにもお礼のファクスを送った。

12月16日
精神科KY教授受診。
ごしゃごしゃの頭で喋る私の話を全部聴いてくださった。(A先生も脳神経のKH先生も,本当に有難いことだ)

つまりは頭の状態を軽くしたい,ということに行き着くだけなのだが,K教授によればリーゼは甚だ軽い薬であり,同じマイナートランキライザーで,もう少し強い「ソラナックス」という薬に変更し,発作時(!?やっぱり!?)には「デパス(0.5mg)」を1日1回を限度として頓服することになった。毎週火曜にこれから受診出来ることに話がついていた。
「こんな大きな病気を二つもやって,勿論副作用だ,病気の症状だ,ということもあるけれど,二つも大病をして4ヶ月も病院していれば(閉じこめられていれば)こういう状態になって当たり前です」とも。
「必ず良くなっていきます」「大いに爆発してください(デパスを飲めば5分で落ち着いてきますから)」
等々たっぷり1時間,じっくり耳を傾けて,アドヴァイスくださった。有難かった。
この日は受診により,自分の頭をこれ以上セーブしなくて良いのだ,考えたいことは考え,ぶつけたいことはぶつけてよいのだ,と分かり,家族に関しての不満や,子育ての後悔等々,ふにゃふにゃの文字で6ページも書き連ねてある。※

※ 2年後くらいだったか,これらの症状もすっかり治まり,漸く「膠原病友の会」の会合に出席出来た(酷い時こそ出席すべきが,理不尽なものだ…)。その日に講演をなさった先生と質疑応答の機会があり,これらのずっと腑に落ちなかった話をしたところ,「そういう時は入院中に可成り強い抗鬱剤が処方される筈です」「ステロイド精神症でしたね(交感神経緊張状態で作られる)」と仰った。やはり入院中からその様な状態だったのだ。いくら治ってしまっているとは言え,入院中からの半年~1年,余計な苦しさに,訳も分からぬままじっと,ひたすら耐えて耐え抜いていた事が口惜しく残念に思えた。同時に友の会の存在を有難く思った。
ただ,更にもっと後になり,「抗鬱剤」の恐ろしさの情報も入り,合わないタイプを使用して堂々巡りになった人の多さも知った。マイナートランキライザーのみの処方,改めて有難く思い返した。

12月17日~
調子の悪い日は「ソラナックス」も効かない。デパスで辛うじて自制心が働く。もし服用しなければ大きな「ブルータス像」(石膏)を机から床に投げ落としていたかもしれない,と思う日すらあった。
21日は諸科のハシゴ。
皮膚科では,最初に「オーバーラップ症候群」と言われていたのが,どうして「皮膚筋炎」になったのか訊いたところ,SLEは20歳くらいからの若い人の罹る病気とのこと。だから頭の症状はSLEの症状ではないとの説明。又「デパス」は使わない方がよい,との意見。(これを服用して辛うじて病院にも来られたのですけれど・・・・・と言いたかったが言う元気も出なかった)
脳神経のK助教授に精神科受診内容報告。「A先生が行かせたの?大袈裟だなぁ」と。いきさつを全部説明したところ,「薬でしっかり抑えましょう。波は必ずあるけれど,必ず治りますから」と断言くださった。
精神科でも「マイナートランキライザーでしっかり抑えましょう,必ず治りますよ」と。しかも最後だったので「何でも話してください」と全部耳を傾けてくださった。仕事内容や現実もざっくばらん話せた。この2時の予約は4時になり,薬局は滑り込みセーフとなった。
22日の眼科では「まだステロイド15mgも飲んでるの?」と言われたが,コンタクトレンズの許可が出た。使う機会は皆無ながら。その後風邪のことで皮膚科受診。入院中は文句ばかり言っていたN先生を大いに頼ってしまった。

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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
★このブログや大元のサイトへの感想やお問い合わせはservus2008@gmail.com宛に@を半角に直して送信願います.
【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2020 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
★遙か下方に設置のカウンターは、サイトを複数回お訪ね下さいましても1日を1回とカウントし、又、私を入れない設定になっております。



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