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2020-09

目のこと - 2016.09.22 Thu

やらねばならないことは山積みの筈が、もう何年も捗らない。

差し当たって、楽譜用のメガネを作ろう!これは必須!!
運転用は、おそらく1.2でも1.5でも見えるのだろう、問題視されたことはない。路上交差点のミラーに映る「止まれ」なんてのもはっきり見えますから!先日の天井桟敷席からも舞台は明確に見えた。近距離は、裸眼にすれば左目が度近眼なので、新聞の「都内の基準地価」なんてのもはっきり読める。右目は不正乱視酷く、こういう裸眼時は使っていないらしい。
中途半端な距離がいけない。まさに譜面台!!!
先日眼科に予約を取って、楽譜用メガネのレンズの度を新しくしてもらうべく出向いたが、作れなかった。申し訳ないほど時間をかけて下さったのだが……作ることは無駄のようだ。結局現在使用しているものとほぼ同じになるから。右目は不正乱視があるから近視の度は無関係。敢えて出来ることは左目を一段階(0.25)強くするか…(それとて左右差は広がる)
もうこれは年齢と思って、うまく自分で工夫してください・・との結論。
そうなると我が頭はどうしようもない工夫を始める。
我がピアノの部屋は(2台並んでいる側と、フルコン1台の側と、両方とも)蛍光灯が2本ずつあるが、省エネが故、譜面台側しか点けていない。この正面側も点けたら良いのではないだろうか。というのも、正面から目に光が入れば瞳孔が縮まる訳で、じわじわ進行している黒目周囲の白内障部分は使わずに済むのでは?とか、どうしても読まなければならない時には、ヒアレインでも点して弱い弱いハードコンタクトを使ったらよいのでは?とか・・とか・・とか・・自分で工夫すると、下手の考え休むに似たり状態。医者に相手にされたためしなし。


でもね・・とドシロウトは思い返す。
1980年代終わり頃、(と書いて、え!?四半世紀以上も前!!?と愕然)「ゲームボーイ」というものが流行った。勿論子供達のもの。
大人でも一旦触るや、あれはヤミツキになる。私はストーリーのあるゲームではなく、「テトリス」とか「ドクターマリオ」とか、あの類に。当時、生徒さん達のレッスンは、人によって何時から何時までと時間も曜日も決めていた。小中学生も多かったので。待たせることも聴く勉強としていたが、長くても2時間だった。ずれ込んで合間10分出来ると「ゲームボーイ」に手が…どこまでクリア出来るかチャレンジする。最高得点を出す愉しみ・・・
でも、ハードコンタクトで(当時はまだ手もとが見えたから)こんなことをしていては、レンズが眼球に擦れて危ないのではないか?と直感した。絶対に瞬きはしていない。そんな暇すら無いゲーム。
果たして目は炎症を起こし始めた。ほんの10分、15分であっても涙は出るのが追い付かず、レンズは乾いた眼球表面を上下運動に伴って擦っている訳だもの。
大学病院の眼科に出向いた。私がいくら事情を説明しても「まばたきをしないなんて、絶対にあり得ませんよ」と取り合ってもらえなかった。まだ「ドライアイ」という単語が世の中に出る前のこと。(今では信じられない!いや、当時でも!)
結局コンタクトレンズは自己判断で止めて、その間はコンタクトレンズで起きた不正乱視のまま生活。度の合う眼鏡も作れない。五線が十五線にも二十線にも見えて、加線と来ては近付いても数えられない!!!
・・・その後どうしたのだったか。何ヶ月もかけて、不正乱視の軽減を待ったことは確か。近場のおじいちゃん先生のところで、眼球に塗る軟膏をもらって塗っていたような記憶もある。角膜潰瘍と言われたような。眼鏡のレンズは、近所の眼鏡屋のお兄さんが随分手を尽くしてくださった。

その後コンタクトレンズがはめられる状態になり、かつて18歳の時にコンタクトレンズを初めて作った順天堂に出向いた。呆れられた。何に、って「こんな旧式のレンズを使っている人は今どき居ませんよ」と。昭和44年の春、大学合格で頂いたお祝いを全部つぎ込んで作ったレンズだもの。落としても根性で探し出した!!結果20年以上使い続けてきたのが災いした。旧式のレンズは分厚くて重く、眼球の真ん中ではなく、常に垂れ下がってはまっていることは私自身も知っており、これって大丈夫なのかなぁ…とも案じていた。
「円錐角膜でない限り、今はどんなに度が強くてもレンズは薄いのです」と、昭和44年当時からいらした女医さんは言われた。海外に居た身、そういうレンズで楽譜を読みまくる日々を過ごしてから仕方ない。
しかも、レンズの汚れや傷は磨いて取るので、外側の球面のカーブは決まっているから、磨く度に度が強まっていく、ということも言われた(帰国の度に出向いていたのですがね…)。

ともあれ・・・・・何てこった!!吝嗇が災い!?!?

それならば、レンズの度を下げて行けば近視も軽くなって行くのでは?と思い立った1990年頃、試しに(懇願して)0.8だけ見える(ハード)レンズを作ってください、と頼んだ。そして思った通り、そのレンズで1.5が見えるようになった。更に、又しても0.8見えれば・・と回数を重ね、可成り度の弱いレンズでも1.2~1.5が見えるようになり、当時はめでたしめでたしだった。とは言え、裸眼では左目は0.05。右目は不正乱視が残ったままながら近視そのものは約0.1まで改善した。(眼鏡の度数では、不正乱視は-2.25あった。近視は-1.25なのに。左目は近視のみで-4.75)

そんなこんなの経験もあるので、自分で考え工夫して過ごすこと、深く頷いてしまう
日々工夫!!!
パソコンも、実験的に沢山打ってみる次第
(パソコンもびっくり!時々唸るような音を出し、画面がパッと消える。・・いや、そろそろ替え時か・・)


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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
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【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2020 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
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