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2020-09

入院生活へ - 1998.10.31 Sat

5日
しこりが悪性かどうか分かることになっており,予約時間に出向いた。
22日に外来で摘出を受けたのは2人。
なかなか結果が出ない。これは検査室が同病院の本院にある為,連絡がスムーズに行かない為だろう。
呼ばれて一旦入ったが,結果がまだ,とのこと。再度待合室で待つ。この待合室というのが診察室の声が全部筒抜け!
そのうちに検査結果が出て電話連絡があった気配。教授が「そうですか。折角きれいに仕上がったのに,又切らなあかんのですか・・」と落胆した声で話している。私?それとももう一人の人?
そうこうするうち私が呼ばれた。
悪性はやはり私だった。手術の段取りなども具体的な説明があり,急遽入院手続きをしてきて下さい,という。
しこり全部が癌細胞だった為,周囲に悪性の細胞が拡散していないかどうか,一回り大きく乳房を取り,そこの細胞3点を採る。採ったらすぐに検査室で顕微鏡で覗く。その結果が出るまでは乳房は切り開いたままで待つ。その待ち時間を含め,全身麻酔で大体3時間くらい要する・・等。又,転移の可能性を知る為に腋窩リンパも10個採る,と。
夏に,この教授が執筆された乳癌の本を図書館で借りて読んであった為,特に驚くことは何も無かった。
・・・とは言え,まだ子供達も高校生。これからいよいよ経済的に大変な時。腋窩リンパ廓清で演奏不可能にならない様に,そして再発・転移が絶対ない様に,仕事道具である指の神経を失わない様に,必要あらば乳房全体を取ってしまってください,等々…余りに必死になり,あれこれ頼んでしまったことを思い出す。
同時に,後ろに立っていた夫の存在はすっかり忘れていたことも。
確か,空港から病院に直行してくれたのではなかったか??(何という妻だ!?)
手術は14日に決まった。一人部屋にすべきか迷った結果,大部屋よりは・・と,間をとって二人部屋を選んだ。


11日
初めてプロフェッショナルの「気功師」から治療して頂く。
癌細胞を消す,という。又,検査データを全てマイナスにする,とか・・・半信半疑・・

11~13日
娘のお弁当の総菜を3週間分作って冷凍庫に小分けして収納。息子は学校に食堂があるのだが,娘の学校はパンの購買はあっても,殆どが菓子パンであることを知っていたので。

腰まであった長い髪の毛を自分でばっさり切った。
術後は手が上がらない,と経験者の本で読み,この長い髪の毛のシャンプーを考えたらうんざりしてしまったからだ。いずれにせよ日常の諸場面で余計な負担となることは確実であるし,万が一抗癌剤でも使う様になれば抜けるであろうし・・・

14日
入院。
必要なものは売店で揃えた。
「明日手術です」と言われたのは青天の霹靂。
検査その他で一週間くらいはあるだろう,と勝手に思い込んでいたので,土曜には銀座まで外出許可を貰おう…など楽しみにしていたのだった。日頃買い物で銀座など,全く時間が無かったからだ。

15日
手術室へ運ばれる前,事前の注射(安定剤とか言われた気がするが,これだけで既に眠ってしまった)。既に朦朧と,何か車の付いたベッドの様なものに移動したこと,夫がギリギリに来て手を振ったこと,いくつもドアがあってエレベータにも乗ったこと,等々うっすら覚えている。
手術台に又朦朧と移動させられて,背中に針を刺した(硬膜外麻酔)こと,口に何か器具を付けたこと・・うっすらとそれだけ覚えている。次の記憶は「田中さ~ん(私の本名),田中さ~ん,終わりましたよ~~~」と呼ばれた。終わった!?切らなかったのか??と時刻を訊いたら昼を過ぎていた。3時間以上経っていたのだ。1~2分で起こされたのか?と思ったほど,先日の外来で局所麻酔による摘出とは比べものにならない位,全身麻酔は楽であることを知った。

ナースステーションの前にある広い集中治療室に移動した。
夜中から胸~腹部に酷い蕁麻疹。手術の後の痛みなど気に出来る状況ではないほど痒い!!
尤も背中に刺した針から麻酔が少しずつ流れている筈なので,それで痛みは気にならないのだろう。
それにしてもこんな酷い蕁麻疹は初めてだ!!病室にある,例の小児科より貰ってあった塗り薬を塗ってみたが治らない。※
ポララミンという抗ヒスタミン剤を処方して貰えた。

※この蕁麻疹も又,キシロカイン(硬膜外麻酔での)によるものだったらしい。手術終了と同時に刺してあった背中の部分に注入され,空になるまで入れっぱなしにするものらしい。

16日
病室に戻ってよいことになり,点滴を引き摺り,手術に必要だったあれこれを抱え,看護婦に見送られてエレベータに乗った。これが早速リハビリなのだろう。

夜,教授が来られて,手を真上にずっと挙げている様に,との指示。これをやっておかないと脇の下が「アコーディオン」状態になってしまうそうだ。

17日
同室のご婦人のけたたましい「いびき」で何度も何時間も起こされてしまう為,病室移動。
静かな中でのいびきなので,大部屋なら何も気になることはなかろう・・と大部屋に一旦移動したのだが,夫の意見で特別室に移動した(所謂一人部屋は空きが無く)。特別室と言っても,この病院は大変お安くて,一日辺りの差額ベッド代は14000円。移ってみれば有難いこと。トイレもある。まだ使ってはいけないとは言え,風呂もある。まさにビジネスホテル。
背中に刺してある硬膜麻酔終了。

18日
リハビリ推奨。
両手で出来るだけ万歳をし,左右の高さの違いを記録すべき,と。この日は5センチ。
9階の洗濯室を4往復。極力階段で。
一体どうしてしまったのだろう??脚力復活が謎である。
麻酔が無くなったら矢張り痛みはあるが,腕の感覚が全く無くなっているのが気懸かり。
午後から酷い咳。

19日
酷い咳で睡眠不足。
傷口の痛みよりも,肘~腋への無感覚と,リハビリ後の「鉄枠」にはめられたが如き苦しさが気になる。どこを触っても感覚なし。
病気の先輩である従妹や友人と話した。この手術では大抵起こる症状らしい。全身麻酔の間,呼吸は止められていることを初めて知った。

午後,子供達の幼稚園のママさん仲間でもあるY.I.さんのお見舞い。
この方からは,私の大学の先輩でもあり乳癌の経験者でもおられるI.E.さんを紹介頂き,Eさんの執筆された本も頂いた。
夜,点滴の針を抜いて貰えた。大変太く長い針だった。痛い訳だ。障害物がひとつ消えて楽になった。

20日
リハビリ室に呼ばれた。
ピアノでの腕の動きへの痺れの影響を質問。
余り無理に手を挙げている必要は無い,とも言われた。

21日
朝の消毒の折,胸に刺さっていたリンパ液を抜くための管も取れた。これで何もアクセサリーの無い身となった。
痺れと圧迫感が取れてくれれば…
そして股関節の痛み。原因不明。

皮膚科受診が叶い,2種類の蕁麻疹の薬が処方された。

まとめて22~31日
* 毎日何人もの友人,先輩,知人,仕事仲間,幼馴染み,生徒たち,親類……お見舞いに来てくださる。こんなにリラックスしてゆっくりお喋りの出来る時間があるとは…感謝すべきこと。
* 蕁麻疹の薬のお陰で咳まで止まった(喉にまで蕁麻疹が及んで気道を狭くしていたのか??)。湿疹そのものは,硬膜外麻酔を抜いた事で治まった気がする。
* 近所のY. S.さんがお総菜を自宅にまで日々届けてくださっているそうだ。感謝感激!
* 針を抜いてからも毎日注射器でリンパ液を抜く。多い日は100ccも採れる。こんなに手間がかかるのなら,ずっと管を刺してあった方が楽だった。授乳期さながらのお乳の張り方だ!切除した筈なのに。抜いた後は授乳後の如く張りが取れてホッとするほど。
* 入院してから夜中に何度も目覚める。消灯の9時など,日頃はまだ生徒を教えている時刻,仕方のないこと。起床は6時。時差ボケの如く午前中からウトウトしていると,掃除,寝具交換,清拭,消毒・・・何度も立たされて疲れてしまう。
* 30日に,腋窩リンパの結果が出て「陰性でした」とのこと。これで退院の目処が立った。
* 31日より,ホルモン剤(抗癌の)服用開始。

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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
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★このブログや大元のサイトへの感想やお問い合わせはservus2008@gmail.com宛に@を半角に直して送信願います.
【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2020 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
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