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2016-12

今月のその他 - 2016.12.30 Fri

遡った日付けで、今月4日と13日の日記を書いた。

行事の多い今月。
あとは写真メインで記録。パソコンの前に座っているなんて…カウントダウンで掃除に取りかからねば!!


今年もクリスマスツリーを飾った。

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その後、何十年も前に母にも師事した生徒さんが、レッスンの折、お母様が作って下さったハートの連なったオーナメントを届けて下さいました。
早速加えました。

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1個をアップしたいほど、手の込んだものです。
私のスマホでは上手く撮れずに申し訳ない上、無断アップ。…ゴメンナサイ…

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このお母様は、我が孫娘のためにお手製のバッグなどもお心込めて作って下さる方です。いつも感謝です。


母の召天十周年のことは書きましたが、その礼拝の後、子供経由の友人のお一方が焼いてくださったケーキを、皆で分けて頂きました。
その方は、私の入院中や火災の折には、毎日のようにお総菜を作って届けてくださるなど、又何か折に触れてお手伝いくだる方なのです。今は、膠原病のひとつ…私の何十倍もややこしい「好酸球性血管炎性肉芽腫症」という難治性の病と闘っておられるのです。それなのに私は何ひとつお手伝いが出来ておらずに心苦しい限り。
しかも!母の十周年の礼拝前日が私の誕生日であったことから、何と!!ケーキを作ってくださったという次第です。
大勢で分けよう!!

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人数分の美味しさが広がりました。


母の為に注文したアレンジメントが2週間で枯れてしまったので(エアコン直撃も一因)、そうだ!活け替えよう!と思い立ちました。
花屋に走ったものの、お花券が使えない店で、私の財布では足りない。○ミットでもよく花は目にしたので行ってみましたが、時期が時期。正月用のしめ飾りや松や菊の類にチェンジ・・・もうひとつのスーパー、○ーコックに行ってみたら、普通の花もまだありまして、数輪で250〜450円・・それらを一通り買い占め、意気揚々と帰宅して活け替えた次第です。

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(背景の散乱が気になる。背景切り取る時間、今は無し)

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生徒からパリのお土産です、と頂いたチョコレート。
初めて目にするものだったので、アップ。

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中を取りだした表は;
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(胡桃割り人形が居ますね、流石

裏は;
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(十字架ですよね…)



まだ「ファイル管理」に入れた写真は沢山あれど、これで多分今年はおしまい。

皆さま、お健やかに佳き新年をお迎えください。


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運転のこと - 2016.12.18 Sun

広告が出るようになってしまったので(つまり1ヶ月以上更新していないので)、消す為に1通書く。

最近高齢者による事故が多発。
今までだって起きて(起こして)いたろうに、どうして?と屡々思う。
ニュースでは、事故の大半はブレーキとアクセルの踏み間違いだという。

私らが免許取得した頃の教習は「マニュアル車」のみだった。
最初は半クラッチに苦労し、右脚はアクセルの時は踵を床に、ブレーキの時は脚全体を浮かせて、と教わった。何か危ないことがあればクラッチを使わず右足で思いっ切りブレーキを踏んでエンストさせろ、とも。

「オートマ車」で免許取得が可能になり、これは危ないよなぁ…と密かに感じていた。教習車を使う時間が圧倒的に減ったから。オートマ車で取得可能になった方々も既に高齢者となっている時代になったか?それとも?…

私は目下オートマ車しか乗っていないが、それでもアクセルの時には踵を床に、爪先で深さをコントロール(まるでピアノのペダル!)、、ブレーキを踏む時は、というよりアクセルを踏む必要が無い時は、踵から脚全体を浮かせて足裏をブレーキに軽く触れていると思う。

最近、ブレーキも踵を床に付けたまま踏んでいる人が多いようで・・・


ピアノのペダルでも、楽器によってペダル3本の位置が微妙に違う。特に低音に鍵盤が多く加えてあるベーゼンドルファーでは、鍵盤の中央の位置が違う訳で。それに慣れていると、普通のサイズのピアノの前に座ると足が位置を間違えて、ソステヌートペダル(中央のペダル)に置いてしまうことが最近よくある。

やはりブレーキのペダルは脚力が衰えてきても、浮かしておくべきではないか?と思う昨今。アクセルとブレーキの位置をしっかり区別して意識するために。


事故の多くなった理由は、長年ペーパードライバーで通していた方が、高齢になって「やはり車での移動が便利だ」と、長い年月のブランクを経て運転を再開するケースもあるのではないか?と推察。

決して他人事ではありません。日々ハンドルを握ったら集中に努めます。


書きたい日記は山ほどなれど、最近パソコン画面を見るのがしんどくて・・・
他の話題は又改めて。



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母の召天十周年記念礼拝 - 2016.12.13 Tue

これも記載は12月29日の夜中


2006年12月14日の昼近く、私たちの母は亡くなった。
忘れもしない、受診・リハビリを受けた病院のドアを出て直ぐに倒れた。
大動脈解離を原因とする心タンポナーデ。

今年で丁度10年になる。
記念の年として、牧師夫妻にいらして頂き、身内だけの小さな礼拝の時を持った。
妹と私、それぞれの伴侶、我が息子と娘一家で。


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母の愛唱讃美歌と私たちの想い出の讃美歌と、孫娘の愛唱讃美歌。
牧師によるお話。


何かにつけて恨みがましく思うことの多かった私。
特にピアノ教育について。
伴侶を亡くしてからの母の教え方は、それは実に忍耐強く、優しい愛情に充ちたものでしたが、若い頃はレッスンする声が、ひとつ向こうの四つ角まで聞こえるほど、厳しい教師でありました。日本家屋で筒抜け、という家の構造の所為でもありましょうし、「飴と鞭の使い分け」が時代と共に変わったこともありましょうが・・

前の日記に書きましたが、幼くして永井進先生に師事させてもらえたことすら、ずっと恨みの種に近いものがありました。
ぶるぐ協会の催しを機に、永井先生の深い音楽性を求める教育法を思い出し、その後の勉強や留学・演奏活動に繋がるものであったこと、つまりきっかけは母の他何ものでも誰でもないことを改めて思ったことです。
今となっては感謝あるのみ。

それぞれが想い出の時を過ごしました。
他は又いずれ。



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恩師・永井進先生のブルクミュラー - 2016.12.04 Sun

記載は12月29日。年明け前に記録しておこう…と。


小学校3年から大学を卒業するまで師事したことになる永井進先生。大学時代は先生のリサイタル、ショパンコンクールの審査に出掛けられたり、後半はご病気でレッスンは少なかったが、13年間師事していたことに変わりはない。

不服ばかり母に並べたてた。
「まるで5分診療だったわ」と思い続けていた。
勿論、私の手は小さすぎ、小3でも7度すら怪しく、身長は120cmだった。本当に小さな子に見えたと思うし、精神年齢も幼稚園並だったのでは?
永井先生から宿題に出るのは、そういう手でも弾けるスカルラッティ、ハイドン、モーツァルトのソナタばかり。しかも緩徐楽章は心が届かないから、と省略。練習曲も、同じ位の年齢のお弟子さんが来られるようになった小学校6年になり、「チェルニー30番を10曲ずつ持っていらっしゃい」、その後引き続き「40番を10曲ずつ」となり、しかも指の動かし方の指導があるわけでもない。その後はクラマー=ビューロー、クレメンティやケスラー(他は名前も出ないほど)など一連の「練習曲」と名の付く物は弾いた。でも本当に「弾いた」だけ。あるテンポで弾けて止まらなければあがる。
中学になっても高校になっても、止まらず弾ければ「うん、いいでしょう」でおしまい。バッハも然り。暗譜で止まらなければおしまい。だから平均律クラヴィア曲集第一巻は中1の4月頃から宿題に出て、1週間もあれば(いい加減な)暗譜は出来てしまうので、どんどん進んで中2終わりか中3初めには終わったのでは?(終わったと言える内容ではなかったと信じているが)アナリーゼなど考えたこともない(ということだけ記憶している)。

そんなこんなで、本気になった高校時代は勿論、大学に入ってからの私は本当に苦労した。生徒を教えるにあたり、平均律も自分で学習し直した。Dux, Comes, Kontrapunkt、及びフーガのその他の決まり事や応用を。

それで母に文句を言っていた訳だが・・・


話は本題に。
11月末に、Facebookを眺めていたら「明治44年生まれの永井進さんのレコード。これが『25の練習曲』の名盤中の名盤だと、ぶるぐ協会は熱愛しています。」と目に飛び込んで来た。
世間にも音楽界にも疎い私は、初めて「ぶるぐ協会」の存在を知ったし、まさか自分の恩師がブルクミュラーの「25の練習曲集」を収録されていること、あんなに長く師事していたというのに、全く知らなかった。
ナントイウデシダロウ・・・
続いて、「『教育的』『模範演奏』といった類いのレコードが多かった昭和、この人はなぜにここまで、アーティスティックに美しいブルクミュラーを残してくれたのか。 『きれいな流れ』など、信じられないテンポでまったく別の音楽像を聴かせてくれます。涙が出そうな『やさしい花』。小粋な『スティリアンヌ』、お洒落でミステリアスな『バラード』...今のどの演奏家の盤でも聴けない素晴らしい芸術性です。12/4かなっくホールの『懐かしのブルクミュラー展』でお待ちしています。」と書かれてあるではないか!!

サイト上でお尋ねしたところ、ほんの10分ほどではあるが鑑賞会があるとのこと。
これは何としても聴きたい!!!
場所は全く知らない東神奈川。・・いや、新幹線に乗ろうとも飛行機に乗ろうとも、10分の為であっても行きますとも!!

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という訳で、午前中は孫の教会に付き合い、自分の(普通の大人の)礼拝は省略し、向かうは東神奈川。
折良く、その前の催しにも間に合い、楽しむことが出来た。

そして、いよいよ永井先生のブルクミュラーのLPだ!!

ブルクミュラーの不思議から  8229846_2238639856_114large.jpg



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第1曲〜第7曲と、あとは第15曲の「バラード」を聴かせてくださった。
大変おこがましく、横柄、且つ…単語が出ないし、呆れられるだろうし、口にすべきではないのだが、第1曲が鳴り始めるや、私のCDの演奏にそっくり!!」と思ってしまった。
続く曲々、少しペダリングが多い(深く踏み過ぎ。あのご年齢の方々は「踏むか踏まないか」で、ハーフペダルや耳で深さを踏み分けたり、徐々に深くする、徐々に浅くすることなどお考えにならない世代なので仕方ない)と感じたが、全く違和感なく聴き続けた。
どうしてだろう・・直接ブルクミュラーなどお習いしたことはなかったのに。

それは当然と言えば当然だ。8歳から毎週末の半日〜1日を、永井進先生のレッスン室で門下の方々へのご指導を耳にして育ったのだから。
レッスンの時間は決まっておらず、着いた順。午後1時の開門を目指して皆さん永井先生のご自宅の前に向かう。
開門すれば、当時既にピアニストでいらした方々や、藝大・藝高の受験生の演奏と永井先生のコメントを子守歌のごとく耳に過ごした日曜の午後。我が家は6歳離れた妹が居たので、母にしてみれば家事と妹の最低限の世話をして、あとは父や祖母に妹を任せ、私に付き添っていた。だから開門前に着いても、私の前には既に多くのお弟子さんがいらした。そのことが良かったのだ、と今になって思う。私に対しても、ほんのひと言ふた言の注意であっても、それは技術ではなかった。音楽の、それもとても深い位置にあることだった。

ある程度の年齢 - 高校1〜2年 - になってからのレッスンの厳しさは今も思い出す。同じ1810年生まれの作曲家であっても、ショパンとシューマンでは全く違うこと。ショパンの大曲を感情の向くまま弾いていると、「恋愛感情じゃぁないんだぜ!!」続いて「亡国への憂い、華やかなりし頃の祖国への愛情だろう?」との言葉が飛んで来る。シューベルトの曲が地味で飽きて、(内心、きっと忘れられているに違いない、と別な宿題のベートーヴェンを持って行くと)「シューベルトはどうした!まだ満足に弾けていないだろう?」と、しっかり覚えられていてみっちり絞られた。シューベルトの弾き方を。後になれば、リートの歌詞のように表現すれば良いのだ、と思ったが、ドイツ語も何語も分からない当時。
さりとて具体的な指示は一切出ない。傍で腕組みをしてリクライニングチェアのような椅子にもたれて音を観察されている。
ショパンの第2番のソナタ、第2楽章のオクターブの連打の部分は心の表現を求められ、瘭疽になるまでレッスンで反復して弾かされた高校2年。内面の表現のために。その為の技術、つまりテクニックは自分で工夫するもの。それが私達生徒の中では当然となっていた。
安直な練習はすぐに見抜かれたが、ガツガツ練習したらしたで、「了見が狭いから、そんな演奏しか出来ないんだ!」と怒鳴られ、深い音楽性への試行錯誤を求められた。
作曲家によるリズムへの指摘も厳しかった。特に他楽器の伴奏に於いて支えとなるピアノが刻むリズム、同じヨーロッパの中でも地域色の求められる作品。伴奏者が主導権を持つべきことも同時に学んだ。(永井先生の奥様はヴァイオリニスト、現・東京音大の教授でいらした)

ブルクミュラーに戻る。「バラード」の1箇所、クレッシェンドして頂点になる箇所、何度目かの時に突然、頂点をピアノに落とされた。
そうだった・・・そうだったではないか!!ショパンで、クレッシェンドした頂点の音をふわりとやわらかく音量を落とすことでも頂点を作れる、つまり頂点は音量を増した頂上だけではなく、落とすことの驚きでも作れるのだ、と教わったこと。ショパンのコンチェルトでも、美しいメロディをふわり、と抜く頂点。
「即興性だよ、即興性!」と何度言われたことか・・・


あぁ、永井先生、もっとゆっくり私の方が心を開いてレッスンを受けたかったものです。
もっと沢山、大人としての話がしたかったです。

そして、永井先生のように「創意工夫」と「試行錯誤」を課題に与える教え方を、私も充分に取り入れねば、と反省した日となりました。


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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
★このブログや大元のサイトへの感想やお問い合わせはservus2008@gmail.com宛に@を半角に直して送信願います.
【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2020 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
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