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2015-11

繋がる思考回路 - 2015.11.28 Sat

本当に有難いブログの存在で…
「ブログ内検索」で単語を入れると自分の日記が出てくる。当然と言えば当然ながら、即刻当時のことを思い出せる。

「原文はどうなっていたのだろう?」と以前にも何か購入した筈…のこともだが、今日は、片付けをしていて出て来た葉書の大元は何だったのだろう?

ここに書いてあった。
(と、自分のためにリンクを貼る!)

それにしても奇遇だったなぁ。


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ボケ婆の日々(画像追加) - 2015.11.27 Fri

(11月23日・記)
スマホはすっかりデジカメと化し、本来の通話やメール機能は殆ど消失。
メールも2−3行なら書くが、機能はガラケーの方が良かったなぁ・・
2000年頃最初に使い始めたPHSは1000字しか送信出来なかったのに、楽に1000字を書いて送信していた。
その後普通のガラケーを何度か機種変更。某SNSにて長文の日記を海外から書き送っていた。今では考えられない!

今はスマホにしたものの、2−3行以上の文字数になる時はマイク入力。だから外出時にはちょっと憚られる。

23日。電車でJRの国立まで行く用事があり、メールを何件か立ったまま手で入力していた。電車は当然揺れる。タイプミス、いや、タップミスばかり。何を書こうとしていたのか「??」となる。頑張る。
中央線の下りは、40代の頃、国分寺までは可成り利用する機会はあったのが、そこから先は余り詳しくないし、駅の風景も変わってしまった。
国立で下車する筈が、余りにスマホに集中したがため(日本語なのに何を聞き間違えたのだろう!?)西国分寺で降りてしまい、丁寧なことに改札も出てしまった。あら、不二家なんてあったかしら。更に、こんなに人通りの少ない町だったかしら、タクシーに乗ってしまおう!
けれども幸いなことにタクシーは来ず、後ろを見たら「Nishi Koku」と書いてあるではないか!

ここでやっと間違って下車したことに気付いた。
何が入っているのか確認せぬまま膨らんで重いリュックを背負い、傘に加え、スリッパの入った袋を持って、再度改札を通って国立駅へエンヤコラ。


(11月26日・記)
胸骨も回復。ヘルニアは不思議なことにリリカを止めてから右腕の痛みや指先の痺れも昼間は殆ど消えた。
そろそろ片付けを再開しても大丈夫かもな・・
段ボール箱2種類、家の者たちが荷物が届く度、私のために空き箱を保管してくれていた。クローゼットの奥に付いている棚の奥行きピッタリの物と、上部の大きな棚、これ又奥行きピッタリの積み上げ用と。
日頃は出し入れしない数々と、出し入れする可能性のある物と、これでも頭を捻って考えつつ作業。
本棚も、殆ど読まない本は天井近くに、読みたい本は(結果読まずとも)脚立不要の高さに入れるつもりで作業を進める。
段ボールに入れる作業は、先ず引き出しや別な大箱から大雑把ながら確認して分ける。あら、こんな物があったわ、こんな物もあったわ、と父母祖父母のあれこれを分別収納。母が整理してくれてあった私自身の物も時々出る。

小学校時代、可成り小さい方だった、と記憶していたが、これで「うん、確かに!」と納得。我が子供達は2人とも(父親に似たのか)小5で160センチを超えたのだから。収納する前に記録としてカシャ!
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(こんな物をご覧になりたい方はクリックで拡大してください。未処置の齲歯が10本だの、耳垢栓塞だの…これは親の責任。私は素知らぬ顔。…因みに「6年」とは生後6年)

私が使った(らしい)台本もある。

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(母のミーハーから連なり、随分幼い頃からラジオ・テレビに出させてもらった)


(下は永井進先生からの依頼で、小6の春〜夏に毎週2回出演。単に小学生の弟子が私しか居なかった為)
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は良いとして、こんな物、スタジオの隅に転がっていたから、と持ってきてしまう母は一体。。。しかも保管してあるなんて!
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いちいちスマホでカシャ!そして後でPCに移動・・私も私だ。

切りがないので以下略。


(11月27日・記)
本は、要らない物は去年処分済み。
あとは私の読みかけの物ばかり。
「おばあちゃんからの手紙 -クラーラ・シューマンから孫娘ユーリエへ- 」を見つけてしまった。
その本は2006年、モーツァルトとシューマンの記念の年として、そのお二人の作品でリサイタルをしたが、シューマンは、プログラムノーツを書く為に本も随分購入したものだった。そのうちの一冊。家に既にあったのはシューマンの病に関するものばかりが3冊で!(映画も若い頃に何本か見たが、脚色され過ぎていたり内容が偏っていたり)
その時読みかけた上記「おばあちゃんからの手紙」、見つけたら最後、読み始めてしまう。・・・・・時々、これはドイツ語で何と書いてあるのだろう?・・・・・「猫に小判」のくせして調べたくなる。即刻ドイツのAmazonで調べて注文してしまった。年内には充分届くようだ。楽しみ!!!タイトルは「Mein liebes Julchen」サブタイトル的にClara Schumann、小さくBriefe(手紙)と書いてある。

話が逸れに逸れたまま放置。
文脈も後で整理出来たら整理します。

画像だけ追加。
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(アルバムでも見たことはあるが、これは何故か特別に包装されてあった。2歳になって直ぐのクリスマス)


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(2002年の讀賣新聞に掲載されたもの。クリックで拡大くださいませ)


(ミーハーな母の保管画像追加)
まだあった。
5歳と思しき写真。いや、切り抜き。
「りぼん」という雑誌に載ったのをご近所の方が知らせてくれて知り、購入したのか頂いたのか…
中村メイコさんの司会での「こどもおんがくかい」で(頼まれて)弾きました。ピアノを弾くことは全くイヤではなかったが、マイクの前に立って喋らされるのは大嫌い、人見知り、今では考えられないほど引っ込み思案の幼児。
その時もピアノを弾いた後マイクの前に立たされ、一言も喋らなかったのではないか?
母としては、ラジオから流れる私が大好きな「いなか〜のバスは〜〜オンボロぐるま〜〜」を歌っている中村メイコさんに会える、と喜ぶであろう私、それよりも実際にお目にかかれる母が楽しみ・・・
後日前述のように雑誌に載ったと知るや、雑誌を切り抜いてアルバムに貼ってしまった。確かにこれなら一生残るかもしれないが、どんな雑誌だったのか、今の私は知りたい

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朦朧記の続き - 2015.11.21 Sat

リリカ25mgカプセルを2個に増やすことになった、つまり50mg飲むことになった月曜。
夏の繰り返しになることを案じつつ、まぁ数日試してみようか、と夜から増やしてみた。
翌朝の朦朧たるや!いつも朝は5時でも6時でも起きられるのに、8時に何とか頑張って起きた。
益々真っ直ぐ歩けない。
痛みに対しては、直ぐに効果が出るとは思っていないので我慢。
もう1日でも試してみよう、と又寝る前に50mg。
朝まで全く目覚めることもなく眠れたのは良いが、やはり「ふらつき」と天秤に掛けると「多少痛んでも飲まない」が勝つ。
水、木は全く止めてみた。
止めたからとて痛みが増す訳でもない。
金曜は整骨院でスジを整えて頂いた。右首、ガキっと凄い音を立てて院長もびっくり。気持ちの良いほどの音だった。
その所為か、1日「痺れ」や「痛み」で不自由することもなく、勿論時々軽い痛みに腕を回してみたり、手の痺れには手首を振ってみたりしたが、その程度なら我慢も出来る。

月曜に先生も、私のヘルニアは神経に触れる程度、ご自分のヘルニアは神経を突き抜けるほど重症だが、といったことを述べられていた。勿論夫の腰のヘルニアも重症だが。
同じ薬の同量を目指して漸増するより、止める方向で良いのではないか?と自己判断。いや、夏頃に複数のお若い先生方も「リリカは合わない人には徹底的に合いません」と仰っていた事は的を射ているかも。たかが50mg、されど50mg。

一旦止めて様子をみて、次回報告してみようと思う。
まだ薬が抜け切れていないので、フラフラフワフワしている時もあるが。

しかもこの薬を腰椎ヘルニアの痛み止めとして毎日300mg服用してケロッとしている夫が心配。加えてトラムセットも服用している訳で。
今回の手術中止は、キシロカインや造影剤のアレルギーのリスクを案じてのことだが、中止出来るヘルニアではなく、何かもっと酷い病気や事故などで手術が必要になった時にはどうするのだろう?と案じる婆。
それと、前回の検査では異常なかった血液検査、今回新たに出た異常値は、薬の副作用ということはないのだろうか?と私は常にプロ任せに出来ない性分・・・
朦朧が醒めて来ると、考えないで良いであろうことが頭をかすめ始める。
そして、神様に任せて祈っていなさい、ということなのだろうが、考えさせているのが神様だとしたら?と益々不信心モノを発揮する婆なのであります。

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今度は爺婆の放浪記ならぬ朦朧記 - 2015.11.19 Thu

16日の月曜は、12月の夫の腰椎ヘルニアでの入院・手術を前提とした諸検査に麻酔科と整形外科の受診。
私は定期的な膠原病内科と整形外科の受診。
整形外科の先生が時間帯を上手く組んでくださったので一緒に出掛ける。

受付を済ませてから、夫の諸検査に回る。そして11:30に麻酔科とのことで、私は11:00の膠原病内科へ別行動。
膠原病内科ではいつものように笑顔で私の相談に応じてくださる先生に感謝。
検査データは、膠原病に関するものは勿論、IgG4やコルチゾールも含めて全く異常なし。
これから間奏、もとい乾燥の時期に入るので、色々アドヴァイスくださった。最近唾液の出が悪いので、喉が詰まりそうになる。一瞬息が詰まりそうになることすらある。歯の付け根あたりを舌でマッサージをすると唾液腺を刺激出来るとのことで、早速試したら不思議不思議!!これで問題は解決だ。ガムを噛むことも良いそうだ。

その後、夫の居る麻酔科へ。既に痲酔のDVDは済んでいるが、何やら検査データでひっかかるものがあり、延々待っているとのこと。朝食も抜きで何とも気の毒に・・
その間、渡されたという痲酔に関する分厚い冊子を読んでみる。うーーーん・・目は先へ先へ行くが、朦朧として頭に入らぬ。
そうこうするうちに看護師さんに呼ばれ、脚の超音波検査を受けて欲しいので予約だけ済ませてきて欲しい、それから再度麻酔科に戻ってそれから整形外科だったか、その逆だったか??連絡を暫し待つ。
超音波の受付だけ済ませて、麻酔科に戻り、整形外科の受診を、ということになった。どうやら夫は、血栓に関わる値が高いらしい。

整形外科の受付で、予約が30分早い私が呼ばれたら夫も一緒に入るべく提案を頂く。診察は1時間半遅れ、とのみ表示され、何時になるか分からないので、未だ夫は朝食抜きで刻々と過ぎる。鞄にチョコレートが入っていることを思い出した、と脳に血液を送っている。

漸く私の名前が呼ばれて、一緒に入る。メインは夫だ。
私の方は、頸椎のその後。リリカほんの25mgでもフラフラするのでおそるおそるの漸増。とは言え、一番少量のカプセルが25mgだから…たかが25されど25。私にとっての1カプセル増やすことは倍になる訳で。
次回の受診は、夫のスケジュールと私の膠原病内科に合わせて設定。病院に来る回数を極力減らしてくださるという有難い配慮。その前に年内の皮膚科の日に、骨密度を測っておく。つまり骨盤、腰椎、大腿骨のレントゲンだ。そうすれば年明けの夫と同じ日に結果を聞ける訳で。ご配慮に甚だ感謝!!

さて、漸くこの日のメインである夫の手術に向けてのあれこれ。
その後の様子を細かく訊かれる。痛いには痛いが、薬のお蔭で以前より遙かに良く、蔵王の方まで演奏に、それも大学での仕事を終えてから車で走り、夜中に到着して翌日はコンサート、等々多忙なスケジュールをこなせていることを話す。
先生が最も危惧されるのは、局所麻酔のキシロカインでのアレルギーのみならず、造影剤でも酷い皮膚症状を起こし、この両方が使用禁止となっていること。そこへ、今回の血栓に関する新たな問題。つまりメスを入れることで血栓が脳や肺に飛ぶ可能性。
大量の薬のお蔭とは言え、演奏旅行が出来るほど痛みが軽減している現状だ。今、果たしてリスクを冒してまで身体にメスを入れることが得策かどうか。
結局手術は中止、というか無期延期となった。万歳!!
(万歳!!は夫の内心。だって手術前の1ヶ月間が禁煙だなんて…

夕方に超音波エコーを受ける。
先ずは食事だ!…遅い昼食だか朝昼兼用だか。
6階のレストランへ。3時迄のランチタイムに辛うじて間に合った。
私は、秋の彩りナントカいう盛り沢山のメニュー(写真を撮りそびれた)、夫は煮込みハンバーグ定食。
久々の2人での外食が病院だなんて・・・

やっと解放感。
刻々と変化する空(怪しげな丸い物は、ガラスに反射した室内の灯り)

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この日のスケジュールはまだ終わりではない。
延々待たされる私の会計と薬局に向けて、超音波検査の夫と別行動。

「はい」と渡された駐車券。・・・会計で印字されても、私は鍵も持っていないし、長らく遠のいているワゴン車の運転は出来ませんって……と別れてから気付く。
徒歩で薬局へ行き、処方箋を出してから駐車券を夫に渡す為に病院へ戻る。
再度薬局。随分待たされて大量の薬にパップ剤を処方されても、夫はまだ来ない。
薄暗くなってからやっと来た。
何でも丸い大小のシロモノ(リンパ球か血栓か???)が映っていたために長引いたらしい。

近いうちに整形外科に出向いた方がよい、とオーダーが新たに入ったそうだ。


そんなこんな・・・長い長い病院での1日が終わったのでした。

途中端折ったが、読み返して文章力の無さに我ながらうんざり


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ボケ婆のすったもんだ記 - 2015.11.18 Wed

先週土曜は、孫娘を連れて荻窪の耳鼻咽喉科へ。
私自身、鼻と喉の吸入を受け続けたいことがあり、予備の薬ももう少し欲しかったので。
折しも娘のみならず、孫娘が酷い鼻と咳を長くしていた。父親処方の薬で可成り改善したようだが、耳を一度診てもらった方がよいのではないか…と思い続けていた。新陳代謝の激しい1歳児(年末には2歳)、もっと耳垢が出る筈で、こればかりは専門医でないと判断が付かない。

孫娘を丁度預かっていたので、車で連れて行くことにした。
けれども大きなバッグは持ち歩けない。車と耳鼻科の間は最低限の荷物を私のリュックに入れて傘をさして、手を引いて往復。
1人だったらほんの2−3分の道のりがっ!幼い子を連れて歩くことは、頭の中には子供達が同年齢だった頃の「いとも簡単に出来る行動」としてインプットされている。傘さして抱っこして買い物など日常茶飯事だった筈。
ところが!!
駐車場から駅のエレベータまで、何と長い道のり!そしてエレベータを降りて、向こう側のエレベータまで、人混みをかき分けて行く。駅の地下道の(線路4本をくぐっているだけなのに)何と長い道のり!上りのエレベータを上がってから、耳鼻科までの何と遠い道のり!!あたかも15分歩いたかような行動。
あぁ・・・甘かった・・・自分1人でだって最近は通院していないのだから。
その耳鼻科は、実家の母、私や夫、息子や娘、に続いて孫まで、と4世代にわたりお世話になっている、とても親切な女医さん。

着いて、ざっと数えて20人以上の待ち人にめげて一旦帰ろうとしたが、孫娘の耳だけは何としても診て欲しい。
婆は頑張る
取っ替え引っ替え絵本を読み聞かせ、飽きてしまうと婆の口から出任せの「○○○ちゃん物語」。
待つこと1時間半、ぐずり始めた孫は漸く呼ばれた。

私の吸入の間、孫は何とか膝でおとなしく座っていた。
いざ、孫の受診・・
ぎゃ〜〜〜〜〜〜〜!!・・・と泣いたって、宥め賺して(なだめすかして)何とでもなる、という30年昔の記憶は、単なる潜在的にあるだけで甚だ甘く、身体が言うことを聞かない。鼻水によだれ、痰にどろどろになりながらの受診。看護婦さんまで。申し訳なし…
耳と来ては、案の定耳垢が溜まりすぎ、固まって石と化している。今日は取れません、4日間耳に点す薬をお出しするので、その上で出向いてください、と泣き声に掻き消されまいという先生のお声。点耳薬(お!一発変換)を処方された。抗生物質の粉薬なども頂き、私の受診は薬の処方だけ端的に。泣きじゃくり続ける孫を抱っこしたまま、やっとのことで終了。
暴れる孫を押さえている間、どうやらボケ婆は「**ちゃん、もうちょっと、もうちょっと、がんばろうね」と娘の名前を呼んで声かけしていたようだ折しもその日は、娘の幼い頃と同じ髪型。顔もよく似ている…寧ろコピーしたような日すらある。

会計して薬を受け取り、必死で何とか孫のレインシューズを履かせたところ、よそのお子さんが「スリッパ、僕が後で片付けておけばいいやね」という声が耳に。そうだ、忘れていた・・と慌てて待合室に入り、スリッパを片付け、上がってきたエレベータに孫を必死で抱っこして1階に下りて気付いた。ボケ婆は何と!耳鼻科の名前が印刷されたスリッパのままではないか!又抱っこして5階へ上がり、自分の靴に履き替える。背後の待合室から「よかったね」の声が・・・

外へ出て、深呼吸をして来た道を傘さして駐車場に又ゆっくりゆっくり戻り、安全運転を心掛けて帰宅したのでした。

頭は30代のまま。いとも容易く出来ると勘違い。あぁ、哀しいかな、身体のみならず頭も正直。ボケに突入していますな・・
先日の運転免許更新の折の「次回は古稀」のショックに次ぐショック!!


ボケ話はまだありますが、長くなってしまったので続きは又・・・

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β-Videoの再生機 - 2015.11.15 Sun

子供達が幼かった頃は、DVDは勿論VHSでもなく、ヴィデオと言えば漸くβでした。
その再生機の新品はあったのですが、接続が不可能で、数ヶ月前にJCOMが来た時に古いテレビに繋いでもらいました。
お蔭で、幼かりし日の子供達、息子も娘も幼稚園に入る前の画像も、幼稚園でのお遊戯会なども久々に再生!!
勿論長く放置していたテープは画像も可成り乱れていますが、懐かしい声、懐かしい動きに出会えるようになりました。見るのは纏まった時間が要るので、ごくたまにではありますが。

それと、世界のピアノ名教師たちの(まだ封も切っていなかった)レッスンシリーズも。
恩師であるライグラフ先生のモーツァルトのソナタだけは早速見まして……
他は今後気長に。
ルイサダ、コズベック、コンラート・ハンゼン、オッピッツ、デームス等、何という宝の持ち腐れ!
持ち腐れなれど、まだ腐る前に再生機が繋がって良かった、良かった、ということに致します。


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又しても順不同で - 2015.11.14 Sat

12日夜には、中高時代の友人が4人、例によって例の店で集合。
中1桜組からの仲間。あっと言う間にタイムスリップ。
不思議なものですなぁ・・・とりとめもないお喋りは半世紀経っても止まらず。


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(地酒500円フェア!!何と!!八海山の原酒を500円で楽しみました)


この母校の文化祭が毎年のように3日にあったのだが、結局今年も行けなかった。
5月に「卒業生による演奏会」での演奏を安請け合いしてしまったものの、その日から左足踵が妙な音を立てる。
素足で歩くと、まるでハイヒールの踵の音の如し。そうこうするうちに、踵は痛むようになり、6月は頸椎ヘルニアを起こし、7月は胸骨の骨折・・それでも「柔らかい響きの曲なら」と今年こそ(というのもこの10年間、何度もドタキャンしたり、お断りせざるを得ない状態にあったりしてきたので)弾くつもりでいたが、右上腕の痛みに指先の痺れの悪化は何とも致し難く、間際になってのキャンセルではご迷惑をかけてしまう。1ヶ月前であれば他の方が沢山居られるのだから引き受けてくださるだろう、と10月初めにお断りをした。
それでも海外在住の友人が一時帰国して3日に集まるとか、なかなか予定も立てられず、けれども如何せん足・脚はきつい。駅までの往復と駅からの往復、乗り換えも。
そんなで、今年も諦めざるを得なくなった。
古稀まで弾いていたなら、キャンセルばかりのお詫びコンサートでもどこかで開いてお招きいたしましょうか・・・



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日常のあれこれ(順不同) - 2015.11.13 Fri

10月末は少し荷物の片付けも捗った。捗る前には一旦散乱する。

生徒たちのレッスンだけは手抜きもせず、真摯な姿勢を心掛けている。辛辣な言葉を投げかけても素直に取り入れる大人の生徒さんたちの存在。一旦、それも長年に渉って付いた癖をゼロに戻せ、と要求するのも酷だが、私の本に出遭って、もとい、出会って「実際にレッスンを受けたい」と習いに来てくださるだけあって、レベルは様々なれど教え甲斐がある。
10月31日には自宅で生徒たちの勉強会を行った。
何ヶ月も空いてしまったので、練習中の曲の披露、その前に各自が行っている基礎練習について軽く述べて頂いた。

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終わって翌日から一週間、偶々誰もレッスンが入っていない!!
よっしゃ!!片付けるぞ!!譜読みをするぞ!!

・・・

・・・

と思ったら、翌朝から鼻水がタラ〜〜〜・・それも鼻血のように垂れるタイプ(スミマセン)。
何も出来ない。30秒おきに鼻をかんでいた。譜読みも出来ないけれど、折角片付けようと散乱させた物を詰めることも不可なり。
時間と共に鼻も酷くなり咳も出て来て、数日後、結局かかりつけの耳鼻咽喉科に行った。
鼻は副鼻腔炎状態、喉も真っ赤。抗生物質のクラビット、咳にはフスコデとレスプレンと貼り薬のホクナリンテープ、炎症にはムコダイン、胃薬としてムコスタ、などを処方され、鼻と喉の吸入をして帰宅。
薬に頼るや、あっと言う間に治った!!余計な物をもらうかも、などと危惧せずさっさと行くべし、と今回も痛感。

結局譜読みもせず、片付けはとんでもなく(頸椎を新たに又捻ったか引っ張ったかしたようで)、一週間は瞬く間に過ぎた。

順不同
8日の日曜は受付当番もあり、孫が楽しみにしているひよこ組にも連れて行きたく、ばぁばと孫娘の2人は教会へ。
バザーに出す物品がこの日締切だったこともあり、娘が(ここ迄書いて固有名詞を思い出せないこと3分)「レジン」での作品を最近作り始め、バザーに出せるのではないか、と沢山預かった。
(この作品については後日宣伝を書かせて頂きます)
大人の礼拝も孫は一緒に受付をして、その後は一緒に子供専用のガラス張りの部屋にて出席。ひとりで何やら一生懸命お喋りをしたり歌ったりし、こういう時には「主は共に在り」の幸せを実感するが、礼拝堂まで聞こえそうで、「し〜〜っ!!」と何度もたしなめるほど沢山お喋りをしていた。風邪がなかなか治らずに心配するばぁばをよそに。
帰宅して1人レッスン。


13日の金曜(!)は、さっさと済ませたい運転免許証の更新で都庁に出向いた。

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免許証はゴールドです!!
つまり・・・次回の更新は(何ごともなければ)「古稀」!!但し満年齢で。
あぁ、人生古来稀なり・・となれば良いが、つくづく日々の過ぎる速さを実感。
やりたい事が何も出来ていない・・・頸椎が何とか治ってほしい。

一旦送信。

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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
★このブログや大元のサイトへの感想やお問い合わせはservus2008@gmail.com宛に@を半角に直して送信願います.
【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
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制作・著作:奥千絵子
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