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2013-09

すんなり終わった大腸ファイバー - 2013.09.28 Sat

(記載:10月3日)

こういう話題を書くのですか??と思われる方は、お読みにならずに……
回れ〜〜右!!


既に何度か大腸ファイバーのことは書いているので、感じの悪い人!と思われるでしょうが…参考になる方もおられるようですし、何よりも自分で「あの時はどうだったっけ?」と振り返ることの多い昨今。脳代わりのブログ??
以前書いた「個人差とマニュアル」。
「ブログ内検索」をクリックしたら「くだらないくだる話」なんていうのも出てきた。
何でも記録しておくものだ、と思った(自分のために、です)。


今回は、以前の検査で大腸壁面が汚れたままで、正確な画像が見えていなかったこと、その後、咳止めに使われる物質(リン酸ジヒドロコデイン)で大腸が週単位で停止したこと数回。
のみならず、8月末には「下痢(大量の粘液のみ)と便秘を繰り返す」という怪しげな症状が起き、近所の消化器専門の医師に診て頂いた。これも日記に一応(自分のために)記録した。
症状から膵臓も疑われたようで、それと内臓の隙間も調べる必要があったのかもしれない…これは又別な開業医に紹介状を書いてくださってCTスキャンを受けた。やはり、ひっかかりのある膵臓のようで、その返信を更にコピーくださり、日常の全部をお任せしている大学病院に届け、今後の管理をお願いすることになっている。
他にも、症状の原因には勿論「大腸癌」もある訳だし、その他プロには色々項目があるのだろう・・・


それで本題。
「すんなり終わった」のは、事前の処置が良かったから。
1980年代、他の病院(我が家のホームドクター)で受けた時と同様でした。

3日前と2日前の夜に緩下剤(プルゼニド3錠)
前日は検査食のみ。

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(これは朝食。昼食も似たようなもの。夜はコーンスープのみ。いや、美味しかったです…実際…量が足りないだけで


おやつがこれ4本だけなんて…日頃如何に食べまくっているか、深く反省する機会にもなった…
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夜9時にガスコン2錠(整腸剤、と書いてある)に下剤のマグコロール1本(250cc)。
(これで、検査当日早朝には、数年前の検査の「午後2時状態」に解決!!!)

当日は9時半にガスチモン2錠(何の薬かは調べなかった)を飲み、10時から自宅で毎度お馴染みの2リットルの洗腸剤ニフレックを飲み始める。15分にコップ1杯のテンポで。最後の1杯にはラキソベロン1本を入れる。
折しも、BSプレミアムで「あまちゃん」最終週6日分を放映。

ごめんなさい!!4月からの半年間、毎日を楽しく始めることが出来たのは、この「あまちゃん」のお蔭だった、というのに・・・最終週の15分刻みを洗腸剤のペースメーカーに使うなんて・・・しかも、午前中に既にただの水になった!!なんて初めてです。




予約の午後3時半に出掛け、検査を受ける数名の後、そんなに待つこともなく大腸ファイバー。
(こんなにつやつやな大腸の中を見るのは初めてです!いや〜〜、驚いたのなんの!!)

ポリープを1箇所取って腸を何往復かして、おしまい。
こんなに短時間で終わったことも初めてです。

「ポリープの数次第でですが一応3万円を用意してきてください」と前回会計で言われていたのも、たったの1個だったため、得した気分。

結果に10日〜2週間かかるようです。

こんな内容しかネタもなく、誠に失礼致しました〜!!



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カネタタキ - 2013.09.23 Mon

明け方4時前から虫の声。
多分カネタタキですね。

どこから入ってきたのか、鳴くならずっと鳴いていて欲しい・・・
数秒鳴いては止み、又数秒・・・の反復で朝になりました。
まるで1分おきに目覚まし時計をかけているようなものです。

今日は寝不足・・・


念のために鳴き声検索。間違いないです。これが数時間続いたなんて・・・

http://www.youtube.com/watch?v=ke8vbzpN-9M


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続き(「粗忽者の学習」の) - 2013.09.20 Fri

(そのまま「手の不調」をカテゴリーにすべきではないのだけど)

明らかに左右で役割分担をしている楽器に於ける演奏、それも基礎での話を書いてしまったのだが・・
これは決して、左手を弾く時には右脳のみを、右手を弾く時には左脳のみを使っている、ということでは全くない。
誤解を招いてはいけない、と思ったが放置して今日になった。

例えば、譜読みをする時・・
それも純粋な古典派、右手にメロディがあって左手にアルベルティバスがあるとしよう。
全く知らない曲で、右手だけ譜を読む時には、左脳の理系的役割で把握していくかもしれない。
左手だけ読む時には、右脳の図形を読み取るような力を発揮しているかもしれない。
けれども一旦両手で弾き、練習を重ねて両手の響きを記憶してから左手だけ練習した時には、右手も同時に頭の中で鳴っている筈だし、逆も然り。
それのみならず、脳のあらゆる部分を駆使してひとつの世界を音で作り上げる。
例えば……100色ある刺繍糸を使って「プチ・ポワン」で遠くから見たら絵画的模様を仕上げる作業にも似ていると思うし、100色の絵の具を使ってあたかも10000色の絵の具を使ったかのような作品を仕上げる作業にも似ていると思う。左脳と右脳が無意識のうちに互いに働きかけ合って・・(細かく分析したら面白いだろうな…と思う)

ここ迄書いて、日課となっているNHKプレミアムの「クラシック倶楽部」を点けた。
何と!偶然にも尊敬するピアノスト、舘野泉氏のリサイタルだった。
曲は全て左手のための作品で。
最後の曲では数音、右手も加わり、それは涙が天からこぼれ落ちるかのようなモーツァルトの音だった。


ここで一旦送信。音で示すべきだ!拙い文章で続けるべきではない!!と思ったので・・



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前の日記で思い出したこと - 2013.09.19 Thu

前の日記に、最近は「飴と鞭の使い分け」の特に飴が重んじられ「褒めて育てる」傾向になった、と書いて想い出したこと。

私たちの世代は、恩師は怒鳴り、足をドンドン鳴らし、時にはライターが飛んできたり、楽譜が飛んできたり…という時代に育ちました。

おかしな思い出は、私の恩師である永井進先生と、永井先生の門下でもあられ私もお世話になった(と言うにはレッスン回数はほんの僅かで、躊躇われることですが)田村宏先生のことです…
当時まだ40代終わりか50代初めでいらしたと思しき田村先生が仰ったこと。
「永井先生は楽譜を破って投げて『帰れ!!』と怒鳴る。僕は楽譜だけじゃなくてレッスン代の封筒も一緒に投げて『帰れ!!』と怒鳴る。永井先生は絶対レッスン代は投げなかった」というものでした。
書いていても可笑しくなる懐かしい思い出です。
尤も、永井先生の1950〜60年代の場合は、レッスン代をテーブルの大きな灰皿の下に挟んで置く習慣だったので…
が、盗難事件多発。先生の車がレッスン中に盗まれた珍事(窓の外、ガレージから車が出ていったので、先生はてっきりご家族が、と思っていらしたら、何と!盗難だったことが後になり発覚)、そのうちにレッスン代も無くなることが屡々、とのことで、私達は伺うとレッスン代をキッチンにおられるお手伝いの方に手渡すように言われた時期があったのです。

教える身になって30年40年が過ぎ、レッスン代は生徒が先生に「お願いいたします」(若しくは「有難うございました」)と手渡すものだったのではないか?と当時を振り返ります。
明治生まれの永井先生、おそらく謝礼を直に受け取るなど、という何かがあったのでしょう・・・

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『大ピアニストは語る』 - 2013.09.19 Thu

本当に貴重な本なのです。
250ページ以上に小さな文字でびっしり記載された、「大ピアニストは語る」(原田光子訳)。
絶版になっている様ですが、ネットで検索すると、Amazonのユーズド商品や、別なオークションで求められるようです。
我が家にも「貸し出し用」として複数冊があるはず・・

これらが書かれた時代ですら・・・と思います。現代はこれだけレベルアップした時代ですので、この本に書かれていることは、特に専門に進まれる、或いは進まれた方々のみならず、アマチュアであっても可成りのレベルを目標とする場合には当然の事とすら感じます。でも、常に読み返して反芻すべき内容であることも事実です。

因みにこの本は、戦後に音楽雑誌に連載されたものを後に一冊に纏められて出版されたものです。(※訂正へ)
私の母は旧字体の漢字で書かれたものを持っていました。
そうとは知らない私は、大学時代に、当時東京創元社から新しく出版されなおされたものを、たまたま購入しました。
繰り返し繰り返し読んだ大学時代でした。
恩師たちからは特に具体的な指導を受けたことがなく、この本を読んでは(ある部分は暗記するほど)自分の練習に生かしたものでした。

翻訳者の原田光子さんは30代で亡くなられ、約3年半の間に多くの著作物を出版された方です。

※訂正
野村光一氏のあとがきに代わる「解説」から、ほんの終わりの部分を少し引用して訂正します(昭和44年1月のものです);
 今度「ミュージックライブラリー」に収められた「大ピアニストは語る」は、かつて一度雑誌「レコード音楽」に掲載されたが、それが後に一纏めにされて昭和十七年三月に出版されたものである。
 しかも、その際、これを一冊の書物に纏めることを原田さんに勧めたのがわたしだったので、さらに後年彼女の死後「創元文庫」に納められた時、その因縁から、文庫本の巻末に解説する役目を仰せつかるることになったのである。昭和二十八年七月のことであった。
 しかるに今般この書が東京創元新社の新しい音楽叢書の一冊として再発行されることになったので、また右の解説をほとんどそのまま転用することにした。まったく因縁浅からずというものである。(後略)



その本の存在を、我が生徒たちにも知らせよう、と2005年夏に行った勉強会のレジュメに、ほんの少しの抜粋を書きました。

著作権がどうなるか、ネットに披露してよいものかどうかは全く分からないのですが、是非多くの方々に知って欲しいと思う本なので、ふと思い出して、まだ9ヴァージョンだったパソコンの中を探してみました。
ありました。


2005年7月31日のレジュメより

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【過去の巨匠たちの言葉】

私が口を酸っぱくして言っても、なかなか効き目がありませんので、畏れ多くも巨匠達の言葉を借りる事に致します。
但し、ある人には当てはまっても、別な人は考慮に入れない方が良い、という一見すると相異なることの様に、全く正反対の事の様に思われる(誤解される)内容もありますので、今日は、間違いなく誰にでも読んで頂きたいほんの数箇所に留めます。
折に触れて、少しずつ紹介して行きたいと思います。

注:この書物の中で「学生」と訳されている単語は、おそらく原著では「Studierende」の様な単語、すなわち「学習者」という様に書かれているのではないか、と私は推測しています。

☆エミール・フォン・ザウアー
「テクニックについての話」(生まれつき個人差がある事もかなり書いているのではありますが、共通する部分。)
* テクニックが進んでくれば音階やアルペジオやチェルニーなどの練習曲を必要としない段階に到達する。わたしはもう何年もそれらの練習をしない。しかし何卒わたしがテクニックの練習なしでゆこうとしているのでは思わないでほしい。私は有名な傑作作品中の困難な箇所を取りだして、何度も何度も繰り返して練習している。
* 演奏会ピアニストには忍耐が必要である。指は鋼鉄のごとく強靱で、同時に柳の枝のごとき柔軟さがなければならない。わたしは力を養成する上に「クライネ・ピシュナー」と「ピシュナー練習曲」の効果を信じている。演奏の速度は力の有無より、指の自然な弾力に関係する。


☆フェルッチョ・ブゾーニ
「細部の磨きの重要性についての話」
わたしは数年前にすばらしい色彩のステンド硝子の製作家として謳われていた、ある有名な芸術家に逢ったことがあった。この人は同時代の人々からステンド硝子の製作者としては世界の第一人者として認められていて(中略)、彼は言う。「芸術的に真の傑作品といわれているステンドグラスが、もし過ってこなごなに破壊されたとしても、残された唯一の小さな破片をよく検討することによって、ありし日のその窓全体を充分に評価することが可能である」
すぐれたピアノの演奏においては、すべての細かい部分がきわめて重要である。

「音を聞くことの重要性について」
大部分の学生があまり注意を払わないことで、音楽修業上の進歩の成果がひとえにかかっている、とまで強調したい、非常に重大なことがある。それは音をよく聞くことの必要ということである。練習中の一音たりとも聞き逃すべからず。すなわち自らの演奏する音に適当した知的な分析が行えるように、耳をよく開いて聞くことである。(中略)わたしの演奏会で、わたし以上に集中してよく聞いている人は聴衆の中には一人もない。わたしはすべての音を聞き漏らすまじと努力し、演奏中のわたしの全神経は作曲家の要求とわたしの解釈の指示するところに従って、ただ一点に集中されているので、他のことは一切意識しない。またわたしは演奏を進歩させる機会のために、心を終始緊張させていなくてはならぬことを学んだ。新しい表現の美を求めているので、公開の席上での演奏中にさえ、まるで天からの啓示のごとく閃いて、ふと新しい細部表現の手法を思い付くことが可能なのである。


☆アルトゥール・ルービンシュタイン
ピアノの修業には二つの道がある。最善の道は、いうところのピアニズムを忘れて、演奏する音楽の神髄に徹し、自らの音楽の思惟の充分な表現を発見し、他人に喜びを与えようと試みることである。もう一つの手がかりは別に珍しいものではないが、ピアニスティックな諸効果——すなわち絢爛さや速度やその他——が、音楽そのものが単にその演奏者の能力を示す手段に至る点にまで集中することである。だから学習の第一歩は、まず己がなにを成就しようとしているのか確かめることが必要なのである。


☆ロベール・カサドジュ
速度と力強さの獲得は、それ自身はまったく非音楽的なことではあるが、結果として音楽を作ることに導かれる。それは完全に体操的で機械的なものであるから、そのために音楽とは別に、はなれて接近すべきものである。わたしはすぐれた作品の技巧的に困難な楽句を選び出して、これを練習することによって技術訓練をすることを支持しない者である。学生は彼の知識を楽曲のいかなる表現にも適応する前に、まず作品全体としての技術の熟達を獲得すべきである。たとえばショパンの嬰ト短調の練習曲を、単なる三度音程の演奏を熟達するための練習曲として用いることは間違いである。その過程は逆にしなくてはならない。この練習曲を試みる前に学生は、まず長年の間、三度音程の問題すべてを各調子にわたって、あらゆるリズムで熟練しなくてはならない。


☆イグナーツ・ヤン・パデレフスキー
ピアノの前に座って、傑作品の美しさに弾き耽るのはたのしい。しかしそれらが指使い、ペダルの使用法、フレージング、タッチ、音響効果などの、正確な細部の組織的研究になると、これは努力である。努力以外のなにものもない。この点に関しては強調しすぎるということはない。

本式に進歩をしたい学生は、毎日の練習になんらかの一定の方法を持たねばならぬということである。進歩するためには、計画と工夫と目的を持たねばならない。悪い計画はない方がよい。


☆オシップ・ガヴリロヴィッチ
タッチこそは、ある演奏家の音楽を他人のとはまったく区別して特徴づけるものであり、演奏者の音質やダイナミックな色彩を生む手段を支配するものである。わたしは多くの権威ある人々が、音質は演奏家にではなくて、楽器の質によると信じ満足していることを知っている。しかしわたしは屏風をへだてた多くのピアニストが次々同じ楽器を演奏するのを聞き、その中にわたしの友人ハロルド・バウアーがいたとしたら、私は彼独特のタッチによって、ただちに彼を聞きあてることができることを確信する理由を持っている。事実、よく訓練された耳は、あたかも多くの人々の声の質を聞きわけるのと同様の正確さをもって、演奏のタッチによって個性を識別できるものである。

指のみで演奏されると、非常に乾いた硬い音がするものである。腕によるタッチ、すなわち肩から腕そして指先まで、完全に力を抜いた状態をわたしは演奏中ほとんどつねに用いている。わたしの用いるタッチはおのおのの指、手、および腕のタッチを総合したものである。これは数限りなき結果を演奏の上に生むもので、ただ経験のある演奏家のみが、その希望する効果をどこに適応させるか判断できるのである。

まだまだ書き写したい部分は沢山あるのですが、短い時間にてここらで限界・・・
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その他にも思い出して開いてみたページは沢山あります。例えば…

☆マーク・ハンブルクの中より…

生徒たちの集まりで、競争意識が高まり、気のよいしたしさから口がほどける時には、真に貴重な批評が必ず受け入れられるものである。しかしながらピアニストにとって、いわゆる友人の前での演奏は、ほとんど無益である。お世辞はなにものにも増して、正直な努力を破壊するだけのものである。
善意ある批評は、単に実のない称讃や、また愚かなきず探しから、容易に識別できるものである。
(中略)
演奏家にとって、もっとも欠くべからざる徳性はなにかといわれれば、わたしは「誠実さ」といいたい。もし芸術家が誠実でなければ、その人は見世物師以上に出ない。聴衆は芸術家に誠実さを期待する権利を持っている。もし芸術家が公衆の甘言に陥って、単に金儲けのために演奏するならば、長い間には必ず苦しむようになるであろう。


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今は以上。
「生徒たちの集まり」と書いてあるから、と生徒たちだけに読んで欲しい、と書き写した訳ではありません。
日頃から教師と生徒であっても、ピアニスト同士てあっても、或いは先輩後輩の関係であっても、どのような間柄でも真摯な発言をするように心掛けています。(日常の冗談混じりの雑談は別として)

最近は「飴と鞭の使い分け」が重んじられ(特に飴を重んじ)、「褒めて育てる」傾向になりましたが…。


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一応バースデーケーキ - 2013.09.18 Wed

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娘の夫の、です。
2人で夕食を外で済ませ、帰りにバースデーケーキを買って来るからね、と出掛けたのだが…
既に売り切れ。
残るは「お月見ケーキ」だった、と。
今年は中秋の名月に満月が重なる、という貴重な年だそうだ。次回は東京オリンピックの翌年とか…
ろうそく2本は、年齢の数だけ立てたら穴だらけになるから、記念の数(1の位か2の位かは書かない)。

扇形にカットしたけれど、大きなウサギの部分を主役が、小さなウサギの部分を伴侶が、残りを我々夫婦が、という変則形に切っても良いのでは?と変則頭の私は思った・・・

美味しいチーズケーキだった

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粗忽者の学習 - 2013.09.18 Wed

やってしまった・・・今度は火傷。

昨日、久々のカーブスから帰宅し、夕飯用に前日の豚汁の残りがたっぷり入った鍋を温めていた。
しかもガスの炎全開…
隣りに置いてあるフライパンを洗うべく、シンクに運ぼうと取っ手を左手で握りしめてしまった!!
悲鳴は上げなかったが、内心「ぎゃ〜〜〜〜〜〜!!!!!(黄色い声)」
鍋の外側にはみ出た炎でフライパンの取っ手を焼いていたのだもの・・「熱い」なんてものではない!!

握った手のひらを水道水で冷やそうとしたけれど、こんなものでは焼け石に水。
沢山ある「保冷剤」から良さそうなものを選んで、しっかり握りしめた。
いくら握りしめても手のひらはどんどん痛みが増す。
これはエキザルベだ!!と、と左手は保冷剤を握ったまま右手で探すも、定位置には無い(家族たちに貸しては返ってこないので)
夫に訊いたら「あるよ」と、以前貸したものを持って来た。
べったり塗ってガーゼで空気を遮断…全然効かない。上から包帯ぐるぐる…全然効かない。保冷剤を更に握っても…全然効かない。
これは救急だ!折角自分だけの為の筈だった5日間がっ!!(手を使わない職なら、これで自然に治るのを待つが)
近所の、車でも自転車でも5分かからない救急医へ電話。いつものオールマイティの先生もいらっしゃるとのことで、夫に運転させて出向いた。包帯の上からも保冷剤をしっかり握って。

殺菌作用のある軟膏(アズノール)と局所麻酔剤(キシロカインゼリー)とを混ぜ合わせたドロドロ(ナントイウ表現!?)を、手のひらから5本全部の指先までたっぷり塗ってくださった。やられた深さは分からず、真っ赤であることから水疱になる可能性にて。「又明日診せてください」と言われた。
あとは看護師さんがその上から器用にガーゼを貼り、包帯も二重巻き、更に握って行った保冷剤を握ってネット包帯も。
痛み止めと胃薬もその場で処方されて帰宅。

夕飯食べて痛み止め飲んで・・・暇・・・寝るには早い。

パソコンを開いた。
「利き手じゃなくて良かった」はパソコンでは無関係。
片手で打つということの大変さ!!
目一杯手を広げ、(Macの)optionキーと「e」は掴めても「_」は全く届かない。仏語専門でなくて良かった。optionキーと「u」は何とか届くからドイツ語のUmlautは打てる。「;」は全く届かないから「…」は英数の「.」を反復するしかない。それ以前に、右手だけで文字を打つ・・画面は見ずにキーボードを必死に見て追って、眩暈がしそう。
・・・って、パソコンでこんな実験をしている場合か???

手書きを殆どしなくなった今、パソコンでは利き手も何も区別がないことが分かった。左右での分担は知らず知らず決まっているのだろうが、これは左脳の役割も右脳の役割も区別のない、脳にとっては良くない機械的作業をしているのだろう・・(optionキーが左にあり、enterキーが右にあるのは「脳」への考慮だろうが)

携帯で文字を打つ時も、私の場合は両手で分けている(携帯が重いので支えつつ)。

さて、寝ようか、と思えど、カーブスでかいた汗を拭きたいが、タオルを濡らせても絞れない。
髪の毛も洗えない。
今朝は起きて、歯磨きをしようにもチューブから右手で押し出して右手に持った歯ブラシにくっつける。
洗顔は、石鹸を直接顔にこすり付けて、右手に水を溜めては洗い流すという気長な作業。

このミイラ状態の包帯から一刻も早く解放されたくて病院へ一番で。
既に混んでいた。
2時間待った後、やっっっと呼ばれて、先生も「さぁ、どんなでしょうね」と怖々…

万歳!!!水疱もケロイドも無い。
場所によって(明らかに取っ手が強く圧迫した箇所)は赤いまだら模様になっているけれど、軟膏を処方され、あとは家で塗れば良いだけ、となった。あ〜〜〜、良かった!助かった!!
こういう時は、医師が神様に見える。(おっと、こういう表現はキリスト教では禁止???)


それにしても、今までも左手を捻ったり指を切ったり、と医者には随分世話になったが、こんなに手全体をぐるぐる巻きにされたことはなく、「利き手は無事さ!」という考えは全く無意味であることも分かる経験となった。
日常生活では、(右利きの場合は)支える左手が使えるからこそ右手が機能する!!
弦楽器やピアノの演奏表現基礎に於ける左手と右手の役割分担と全く同じであることを実感する出来事と相成った(本当の右利きに限ってのことだが)。弦楽器では音程を担う左手の確実さと豊かな感情表現の右手、ピアノでも楽器の構造上バスの支えは左手で、右手は旋律…基本的には、だが。
右利き向きに楽器が作られたのか?圧倒的に右利きが多いのか?
左利きには不向き、ということは決してない。脳の左右が全面的に生まれつき反対向き、というケースは少なかろう…


追記(自分のための記録);
すぐに保冷剤を握りしめ、包帯で空気を遮断したことが良かったのだろう、と言われた。それと、使ったエキザルベは本来、水疱が潰れたりケロイドになった時に使う薬だそう。塗らないよりは良かったと思う。包帯だけでは空気を通してしまうから。
追記(自分のための記録その2);
久々のカーブスの後は要注意。どうやら日頃の運動神経と脳との連携作業が狂うようだ。2月の玄関でのスッテンコロリンもそうだった(タンコブが完治するのに半年かかった)。その他モロモロ、考える前に身体が動くようになってしまうのだろう。息子の早すぎた寝返り(生後2ヶ月)、ハイハイ(4ヶ月)、歩き始め、寧ろ突進(10ヶ月)と全く同じだ・・・と痛感したのでした。


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台風一過 - 2013.09.16 Mon

このところ気忙しい割には何も捗らず、それでも昨日は台風への危惧を押して「勉強会」を決行。
結局雨にも殆ど降られず - 部屋の中だから無関係か – 1時から夕方(5時近かったか??)まで、KV 448の第2楽章のみだが、充実出来たと思う。
でも「本当に分かったかな?」「今後も音色など理解を深めて欲しい」「心でモーツァルトを感じて欲しい」「CDでモーツァルトのオペラのアリアを聴いてもらえば良かったかな?」など、欲を言えば切りがない。


今日の早朝、夫は一番風雨の激しい中を演奏会のGPへ。
延期にする案もあったようだが、本番の刻には多分台風通過…

私はのんびりと、久々に大相撲も見て、前回に引き続き「知らない力士の多さ」に吃驚。
解説が元・土佐ノ海である立川親方と、元・雅山の双子山親方……えっ!?!?!?

土佐ノ海のスリムな体型と目が以前より大きい!声も力士特有のハスキーボイスではなくなっているではないか!!
雅山は、私が大病をする前、いや、病名が分からずに乳癌だけが見つかった頃…つまり1998年だろうか?まだ「竹内」という本名で土俵を踏んでいた。速い(早いに非ず)出世に髪の毛の長さが追いつかずバサっと切り揃えただけ。その後もトントン拍子の昇進だったことを記憶している。天才??いやいや、努力の賜物だろう、肩のコブが物語っていた…それが、つい先日のように思えるのに、親方!?!?
はぁ〜〜〜、出るは溜息。
それもそうだ。この15年間には私自身も(周囲も)15年分の出来事があったのだから・・・

感慨深くお二人の解説を聴きながら、半分は全く存じ上げない力士達の土俵を堪能した。


いつの間にか台風は東京を抜けて、空の色がどんどん変わっていった。

(4時頃からの西の空)
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(5時を過ぎ・・)
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(南の空。月が…)
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(再び西)
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(分単位で色を変えていく)
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やっとディスクを届けた - 2013.09.13 Fri

先日(先月?)紹介状を頂いて、CTスキャンに出向いた医者から更に預かった封筒とDisk、なかなかまとまった時間が取れずに、今日やっと大元の医者へ届けた。

Diskの中は見せて頂けなかったが、預かった封筒の中の書面コピーを頂いた。
これから(28日に)受ける大腸ファイバーの結果と共に、日頃の大学病院の主治医(膠原病内科)に届けて、引き続き検査を受けるように、といったことを言われたような・・・(ものわすれセンターだ!)
スキャンの際に言われたと同様、右の腎盂の機能低下と膵臓の管理。
心臓も肥大気味らしいが、それは特に問題視はされず。

この5−6年、1年に1つずつ不調が増えて行く気がしてならない。
これ以上増える前に、演奏会を!CDを!と焦っても、既に身体は命令に従ってくれない。
夜は8時からうとうと。

そうか!そういう身体に異常が出ているのではないか?というのが、今回の一連の検査だったっけ・・
何ごとも無ければ、老骨に鞭打ち、演奏活動再開・・但しのんびりと・・

全くやれやれだ。

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浦島太郎 - 2013.09.04 Wed

やっと出向いた内科。
先週土曜に頂いた紹介状を持って。

な〜〜に、専門外のさっぱり訳分からないことに頭を使いすぎて内臓が疲れたのさ!と思って、今日まで延期(いや、本当に日頃使っていない部分の脳を突然酷使)。
同時に、唯一ピアノと向きあっていることの出来る、生徒たちのレッスンに改めて感謝!
(延期は…徒歩5分の内科なのだが、暑い中を歩く体力気力もなく、我がポンコツの愛車が車検から戻るのを待ったので今日になった、が正しいかもしれない)

CTを撮って頂いた。
熱心な医師のありがたさ!問題箇所を究明すべく、CTの途中で造影剤を注射。
暫く待って診察室に呼ばれて説明を受け(その中に水腎症と、膵臓の肥大があった)、その後又呼ばれて「こういうことではないかと思う」と更に説明くださった(水平に輪切りにすると確かに肥大しているが、縦に切ると薄っぺらい。それで「体積は正常ということですか?」と尋ねたら「そうです!」とのこと)。あとは大元の医師のところで(大腸ファイバーのみならず)血液検査その他を受けるらしい。

タイトル
の「浦島太郎」は、最近開業医というところに出向いていなかったからなのだろうが、紹介状への返事と共に、画像を収めたDiskを預かったことへの驚き 
いつの間にこのような時代になった??
大学病院でも、以前は画像検査を受けるとフィルムを検査室から持ち歩いたものだが、今は患者は何もしない。各診察室のパソコンで同時に開ける。紙のカルテがデジタルカルテに移行しているのも頷ける。何が起きるか分からない昨今、バックアップは?と気にならなくもないが・・

ところで、車で出たのは正解で、内科を出たらゲリラ豪雨・・・ワイパーがマックスでも追いつかないほどの雨だった。
一方通行の関係で駅の方まで迂回し、自宅へ着いたら小降りになった・・・日頃の為せる業が故??


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巨大竜巻 - 2013.09.02 Mon

テレビを点けてびっくり。
埼玉、千葉での巨大な竜巻のニュース。
家々がなぎ倒され、倒れなくともガラスの破片で足の踏み場なく。
又、電柱まで倒れ。
被害に遭われた方々には心からお見舞いを申し上げます。

竜巻は「オズの魔法使い」の世界でしか知らなかったのに…このところ頻発している。
夜になり、一般の方々が撮影されたヴィデオが次々流れた。
携帯やスマホのお蔭で、明確な情報が至るところから送られている。
(密かに、アンチ携帯だった自分を省みる)
空港の滑走路をもし竜巻が通ったら??と今後を案じる。
最近は、地中に居ても高層ビルに居ても安全なところはない、と思っていたが、空に居ても災害に遭うことも今後は出るかもしれない。
地球破壊はどんどん進んでいる。まずは温暖化現象を食い止める努力だろうか?


昼間はテレビも見ずに、反対方向(南〜南西)の空の雲が、やけに動きが速くて、思わず写真を撮っていた自分。秒単位で余りに素早く姿を変える雲に驚いて。
反対側(北〜北東)ではその頃大変なことが起きていたのだった!!

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(呑気さを反省しつつアップロード)


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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
★このブログや大元のサイトへの感想やお問い合わせはservus2008@gmail.com宛に@を半角に直して送信願います.
【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2020 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
★遙か下方に設置のカウンターは、サイトを複数回お訪ね下さいましても1日を1回とカウントし、又、私を入れない設定になっております。



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