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2012-11

CodaはIntroのモチーフ - 2012.11.30 Fri

27日の朝8時過ぎに成田着。
無事に帰国しました。

あぁ、疲れた・・・隣りに海外の大きな男性が座ると(勿論エコノミークラスですから)狭くて狭くてフライトが甚だ長く感じられます。

しかも!!
行く前には「本当に行くのか??」と言わんばかりに続く諸事に、考えさせられては解決してきたつもりだった事ども。
その1つが宿のエレベータ。直接メールを送り、稼働している確認が取れてホッとしたものの…
結局直りきっていなかったようで、滞在中にも壊れました。
出発の26日、朝食に降りて行こうとしたら、エレベータを呼ぶボタンと鍵穴の真上に札が・・・

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札には、安全のためにプロが点検中、みたいなニュアンスですが、実際にはカーン!コーン!修理だか何だかの音や、上下でやり取りする声が…
下まで階段で降りたら、何と!エレベータが2階を少し下がったところで止まっているではありませんか!!
横には梯子が置いてある。梯子で脱出した??まさかね・・・いや、あり得るか・・

エレベータが使えないとなれば、宿の誰かが手の空いているうちに来て貰わねばならない!!20キロ以上のスーツケース4個!持ち上げるだけだって大変なのに、5階(海外の1階は日本の1.5倍ありそうに高い)から階段なんて不可能・・・
即刻フロントに何度も電話をすれども繋がらず。
こちらとて予定というものがある。出向いた方が早い!(早い、と言っても階段を5階分降りて、中庭を通って隣りの建物に入り、又外に出て渡り廊下のような場所を通ってホテルの中に入り、階段を上がってフロントに着く)
案の定フロント嬢1人で次々チェックアウトをこなしつつ、電話の対応に追われていた。いつもこの時間帯には2−3人居るのに。

今回のエレベータの故障は重症のようで、4階踊り場にある一般の家との境の扉は開かれて固定されていた。


スーツケースは、手の空いていると思しき男の人が来てくれたが、予想を上回る重さにブツブツ……誰か仲間を呼んでください、と言うが、そんな人は居ない、と。
そうこうするうち、もう1人を連れてやって来て、残る3個を運んで行った。
一応10ユーロをチップとして渡したので気を良くしてくれたようだが…(一応フロントにそのことは伝えた)


予約してあった大型の空港シャトルも予定の時間前に来ていてくれて、・・・・何と慌ただしい朝だったことか・・
1−2時間余計にあった筈の、荷物の詰め替え、散歩(最後の買い物=お土産。バスなら2つ停留所でOperまで行けるし、スーパーなら徒歩数分のところにいくつもある)などに使えた時間は全て消滅。


本当の慌ただしさは、ここから又続く。
早めどころか、充分過ぎるゆとりで着いた空港だったが、案の定スーツケースの重さが1個オーバー。23kgを制限としており、20kg以下のものもあるので、超過している中身は軽い方に移動せよ、と。
これは分かっていたのに、エレベータ騒動でホテルで入れ換える時間が無くなったのだった。
既に何度か経験したので、空港でお店開きするだろう、と覚悟していたことなのだが、・・(省略)。
2人で4個のスーツケース扱い、そして娘の殆ど無いに等しい機内手荷物(本来は8キロまでOK)を僅かに増やすことで、通過出来た。
ところが!!!


ゲートに移動して待っている時、何気なく見た搭乗券に貼ってある預けた荷物のシールが1個分になっている。
何しろ2個OKになって2個を預けたのがこの日生まれて初めて。
娘に訊くと2個分が貼られている・・・

これは訊くべきだ!!
ゲート横の女性係員に話すや、パソコンで調べ、確かに1個しか預かっていない、とな・・・
1時間以上やり取りをしながら、探し出すのを待ったろうか?
1個扱いになってしまっているのは私の搭乗券なので、係は私のスーツケースの色だけを尋ねる。大きなオレンジ色と小さめの黄色、と。けれども2人で一緒に4個を預けた訳で・・それを言っても聞き入れない。中身の出し入れをして、最終的にそうなったいきさつを言い、娘のスーツケースの色をいくら言っても「貴女の搭乗券なんです。娘さんのスーツケースの色は関係ありません!そんな事は訊いていません!」と。
埒が明かない!
やっとその女性係員、隣りの男性係員とやり取りが始まり、娘の搭乗券も提出するべく促した。そして色は濃い紫と薄い紫、と伝え、更に待つこと待つこと・・・その間、団体客の通訳までさせられる(添乗員が居るだろうに…待っている身は暇そうに見えるだろうが、そう何度も何度もこき使われるとは…)。あぁ、空港でSacherTorteをいくつか買おうと思っていたのに!!
搭乗手続きはとっくに始まっている。

電話が鳴り、やっと見つかったそうだ。やれやれ・・・
(それにしても、途中で「見つからなければ今日飛ぶのを止めますか?」はなかろう・・・)


疲労困憊ながらも無事に長い長いフライトが始まった。
フライトの話は「狭かった」「長かった」に尽きるので省略。

成田では無事に4つのスーツケースが出てきた。
そして、行方不明となっていた物は、果たして娘のものだった!!
あの時、娘のスーツケースの色は・・と強引に伝えておいて良かった。


Introの「エレベータ無し」「スーツケースの重量」をはじめとする数々のモチーフはCodaのモチーフにもなったが、無事に旅は終わった。

1日から27日までの記載、書いていないことは山ほどあり、書きたくて喉まで、いや、指先まで出かかっている諸事も今は控えておく。書くべきことで今後思い出したことは又いずれ。それと、余りのだらだら書きは時間がある時に修正することに・・・最後のMollのアッコードを弾いておしまい。いや、ピカルディ終止にすべきかもしれない。
最後のすったもんだは兎も角としても、こんなに疲れる旅行になるとは・・おそらくAdventを前にして「考えよ!」と促されているのだ、と心底思う。

11月も終わる。




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最終日(後半) - 2012.11.25 Sun

気になる荷造りもあるし・・・

5時半にGriechenbeislを予約したそうだ。
その前に、Guckiさんお薦めのBelvedereとKarlskircheのクリスマスマーケットにも足を運ぶ予定。
Adventも未だだというのに、クリスマスマーケットツアーのようだ・・・

どうせなら…と、夫がかつて住んでいた下宿を通って徒歩で行く。
(以前にもアップしたことがあるので簡略に)
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ここを左折すると左にある。

通り過ぎて逆から撮る。
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うねうねと、三角形になっている場所が多い。
取り敢えずWieder Hauptstraßeに出る。
夫が最初に下宿していたAnzengrubergasseや、最後に住んでいたBlechturmgasse(息子も生まれた家なので)のその後も見てみたかったのだが、そこは10年前にも行った。娘には面白くもなかろう…と方角を変えて、どうしても通りたいKarolinengasseやSt.Elisabeth Platzだけは通らせてもらう。どうせ突き当たりがBelvedereなのだし。

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(写真真ん中少し右辺りの屋根が一段低くなった辺りが私の一番長く住んだ下宿)
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(お世話になった文具店も健在)
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(日曜で閉まってはいるが、八百屋も健在。その先の、忙しいと外食をした店も)
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(通り過ぎて再度振り返る。ここのPfeffersteakが美味しかったのだ!安かったし…)
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やっと本題のBelvedereであります!
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これがあの庭園!?!?と・・
いや、日本の神社だってお祭りの時には迷いそうになりますが・・

Karlskircheも似たり寄ったりだろう、と通り道ではあるものの行くのは止めて、Dの電車でOper下車。
最後にしっかり観光客としてKärntner StraßeをStephansplatzに向かって歩く。
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予約時間には早いが、その先のRotenturmstraßeを歩き、右折して目的地へ。

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(Leberknödelsuppe)
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(娘はRindgulyas)
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(私はZwiebelrostbraten)
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これで思い残すこともありません

そうそう、「サインの間」なのですがね・・
モーツァルトやベートーヴェン、その他多くの過去の作曲家の部分はガラスかプラスティクか、大きな板で覆われていました。けれども、何か違和感・・上から一旦拭いて筆跡をなぞったような・・
そこは写真を撮ること、控えましたが。
でも、日本人が!
子供たちがお世話になった湯山昭先生や、先日亡くなられた児玉清さん、俳優の山本耕史さんなどがあったので、そこだけ撮らせて頂き(いや、禁止はされていないと思うのだが・・)、やはり違和感。
一旦拭いて、なぞった・・いや、拭きながらなぞった?
どうしてなのでしょうか?単に汚れてきたから??

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帰りはStephansのライトアップなども遠慮がちにあり・・

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夜のStaatsper(って全くの観光客です
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その前の建物の上。
オーストリアの国旗と月が・・(動画にすべきだったか…)
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石畳、今までAlban Bergは気付きませんでした。
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あとは荷造りあるのみ。

(今までの記載、後日読み直して編集します)


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最終日(前半) - 2012.11.25 Sun

出発前には4週間近くあるのだから、と思っていたのが、あっという間で、実質何日分あったのだろう?と思ってしまうほど素早く過ぎた。
のんびり過ごすつもりの旅、私自身は帰国頃にきっと体力が付くに違いない、と思っていた通り、毎日よく歩いて脚力も付いた気がする。まるでリハビリ旅行の如く「頑張って」歩いた!

先日Heurigeで娘の具合が悪くなり、Guckiさん夫妻にメールを私のパソコンから打っていた。
返信が来て、Christkindlmarktのお薦めの場所が書かれてあったそうだ。
それで、今日はまずそこに、という訳で徒歩にて。
Rechte Wienzeile*から川とU4の上を渡ってLinke Wienzeileへ。
以前書いた"Theater an der Wien"がある。
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大昔の学生時代、ここでロストロポーヴィチが「こうもり」を振る、というので出掛けて唖然とした記憶が…どうしてこういうことばかり蘇るのだろう?


角を曲がると
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Tafelには、1803年と1804にベートーヴェンはここに住み、オペラや3番のシンフォニー、クロイツェルソナタなどの一部分がここで生まれたこと、フィデリオはここで初演されたことが書かれてある。
この辺りから3日に歩いたLehárgasseもつながる筈。

目的地は、BurggasseとSiebensterngasseの間にあるSpittelbergという場所。
Ringの1本外側の環状道路を歩けばBurggasseに出るのだが、ここで又便利な娘のiPhone登場!最短距離を見つけてくれた。調べてよかった!
その2つの道路の間に、確かにSpittelberggasseはあったが、ここのみならず平行して走っている道路数本を指すようで、土地の人ならではの、全く観光化されていないマーケットが3つの道路にあった。
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(余りにリアルなsardine…チョコレートです)
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(薪か石炭のストーブかな?)
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腹時計に従い、昼食を摂って一旦宿に戻ることに。

そうだ!動画!
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一旦送信。
Wienzeileの「*」も放置のまま。

(つづく)

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シェーンブルンのクリスマスマーケットへ - 2012.11.24 Sat

(つづき)
その2つの大型スーパーの間の通りを走っている10番の電車は終点がHiezing、ひとつ手前がSchönbrunn。
クリスマスマーケットの点灯式は4時だったが、5時からのアカペラも気になり、どうせ帰る方向なのだから、と出向くことにした。

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ここが、あのシェーンブルン宮殿の庭園??というほど賑わっていて…

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でも折角だからアカペラを聴いて行こうか…と。

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余り・・・という訳で帰宅。電車はU4で1本。Kettenbrückengasse下車だから。


明日、最後の1日をどう過ごそうか?と・・
夕食は??美味しいウィーン料理なら私はどこでも!!

という訳で、娘がiPhoneからGriechenbeislの予約を取ってくれた。文明の利器…??私にはとても使えない。(それ以前に文字が小さすぎです!

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今頃やっとSacher! - 2012.11.24 Sat

何だか2人とも食欲が無いのかあるのか…
敢えて食べに行きたいとも思っていなかったあれこれが、最後の最後ときては、やはり「食べねば!」という義務感に等しいものが出てきた。

娘がSachertorteを日本に送る、という。
それなら!ということもあり・・時計を見たら昼餉時。今日の昼食はSachertorteだ!!

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Kärntner Strasseもそろそろクリスマスの用意(ここは多分アドヴェントからライトアップの様子、他は気が早すぎ!)
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残すところあと2日!
娘の希望は、ブーツを買うこと(日本では長さが皆短いそうで…羨ましい…)と、この日から始まるSchönbrunnのクリスマスマーケット。
ブーツは値段を考慮してもしなくても、なかなか思うようなものが無い。
そういう時は・・
以前3ヶ月半もお世話になった17区のお宅の方面、43番の電車でHernalsより一駅先で降りて、10番や44番の電車で1つ目と2つ目の間にあるINTERSPAR(この店舗も色々な店が入っているのだが)の更に向かいの…名前ど忘れ…やはり色々な店舗が入っていて、何と言っても安い!!
そこだ!!
Schottentorから懐かしい電車に乗り、まずはその店舗にある靴屋!
街中と違って、本当にこの値段!?と吃驚するくらいなのだ。
一足ぴったりのものが見つかり上機嫌の娘。

いくつか店を見て、向かいのIntersparのRestaurantで休憩。
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セルフサービスで、今度は2.8ユーロのセット
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(これが又美味しい。ここのWienerschnitzelも可成り美味しいのだが、今回はとても…)

その靴を購入した向かいの店
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(写真あれこれ、宿のネットの繋がりが遅くてなかなかファイル保存出来ない。普通1枚数秒で読み込めるところが、何分もかかるので。又後ほど整理することにして…)
Schönbrunnのクリスマスマーケットも又後で。

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教科書が欲しい - 2012.11.24 Sat

全くの順不同の日記、むしろ雑記。

前述の「Lehár-Schikaneder-Schlössl」のSchikanederを放置していますが、私たちの宿のフロントはホテル側にあり、その通りがSchikanedergasseなのです。

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Schikanederは「魔笛」で有名ですし、まだ現在の両オペラ座が出来る前に公演が行われていた「Theater an der Wien」もSchikanederによって創設されました。
この「Wien」を単に「ウィーン」と訳すケースが多いのですが、本来は「Wienfluss」の略で「ウィーン川」。
「Theater an der Wien」を「ウィーン劇場」と訳しますが、本来は「ウィーン川に沿った劇場」…

宿に話を戻しますが、私たちのAppartementはそのフロントのあるSchikanedergasseと直角に交わるMühlgasseに入り口があり、中庭や中庭から更に入った建物と建物の間の通路を挟んで繋がっています。

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このプレートの下に書いてあるのは、「ウィーン川の支流(寧ろ用水路の気がしますが)、支流沿いには多くのMühle(粉ひき小屋)が立っていた」といった説明(つまりは何百年も前にはこの道路には建物はなくて、用水路と水車という風景??)。
すぐ近くにはHeumühlgasseという通りもあります。

ウィーン川はDonaukanal(ドナウ運河)に流れ、つまりは何百年も前は、多分この川を使って運河まで粉を運んでいたのではないだろうか?と推測するのみ。

そういうことを調べるには、小学生(オーストリアではVolksschuleという)の教科書を見たら分かり易く書かれているのではないか?と思う。我々が小学校3年の時に「わたしたちの杉並区」、小学校4年の時に「わたしたちの東京都」を学んだように・・・神田川、多摩川、玉川兄弟など・・


・・と遙か30年以上前にもそう思った記憶が。
本屋で何やら数冊買ったことを思い出す。
でも、それはもっと大雑把なものだったような…

と思いつつ、なかなか本屋にも行けずに。ま、いっか・・・いずれ又だ・・




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Volksoper(Die Fledermaus・2回目) - 2012.11.23 Fri

(11月23日後半の日記/25日記載)前半は未編集ながら、後半へ。

夜はVolksoperのFledermausへ。
内容その他は省略…馬鹿話のみですみません。

今回の座席
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Loge(ボックス席)2階の最もステージに近い最前列。
プロンプターボックスの中が少し見えます。娘の席からはもっと見えます。頭も時々見えます。
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ステージの方々がどれだけプロンプターを頼っているか、ということがとてもよく分かりましたし、更にそのステージの方々の演技を指揮者がオケに合図を下している、という、当たり前と言えば当たり前の「チームワーク」が大変よく見え、娘はとても楽しんだようです。

オルロフスキー公爵家での最後のバレエでも、娘が大ファンであるFlorian Hurlerのソロがあり……

話は逸れますが、今期のVolksoperにはCarl Orffの"Carmina Burana"があったのです。我々は、いくらバレエでもVolksoperでCarmina Buranaなんて…とチケットの購入すらせず。ところが!!フォルトゥーナの役をFlorian Hurlerが・・・娘が地団駄踏んで口惜しがったことは言うまでもありません。
でも、その公演は全て終了し、それに比べればFledermausなどチョイ役、きっと出るに違いない!との娘の予想は当たり!
折角なので2度目のこの日には「そうだ!」と思い立ってデジカメをスタンバイしたのでしたが…SDカードが……
とても残念な結果になりました。ステージを所狭しとソロで回転する前でカード終了・・・

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出掛ける前は、気分がすぐれない、と嫌がっていたのをタクシーを呼んで連れて行き、終わってからはいつもの店で娘はグーラッシュ(お腹は大丈夫なのだろうか…)、私はレバーのフライを頂きながら、公演の話に盛り上がって過ぎました。


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Lehár-Schikaneder-Schlössl - 2012.11.23 Fri

(11月23日前半の日記/25日記載)

11月3日の記録に書いたことの実現!

私の体調・体力だけではなく、娘までが何日も体調を崩してしまい(食欲はある。寧ろ旺盛ながら下痢が続いている、という。まさかノロウィルス??歩くのは私より速いので、まさか、と思ってしまうものの…)、ウィーン滞在最後の最後ながら、この年齢になると次に来られるのがいつになるやら…の身。又しても思い立ったが吉日!!
サイトで見つけた電話番号にかけてみる。Lehár Schlössl!!(勝手に「レハールの館」と訳しておきます)
あと3日しかウィーンに居ないことを告げるや、今日の午後にどうぞ、と。しかも夜にVolksoperを予定していることも考慮してくださり、15時に見せて頂くことになった。

1970年代から、何かにつけ(主にホイリゲでの集まりだが…)電車やバスで通ったことのあるNussdorfだが、まさかレハールがその近くに住み、メリー・ウィドウを書いていたとは!!
しかも実際にその部屋を見せて頂ける!!舞い上がってしまった。

訪ねると、電話のご婦人は溢れんばかりの笑顔で迎えてくださり、部屋にある家具調度や写真、あらゆるものに説明をしてくださった。この前の日曜にはTheater Wissenschaftの学生が70人も訪れたとのこと。今日は私1人とは…とても贅沢な時間を過ごさせて頂いた。

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23日には、許可を得て40枚もの写真を撮らせて頂いたが、勝手にここに載せることには躊躇いを感じるし、無断掲載は禁じられていることかもしれないので、翌日朝、その館の管理をされている前述のご婦人に掲載許可を乞うために電話をした。日本の大勢のレハール愛好家たちにも紹介したいし、訪ねることを勧めたいので、と許可を願ったところ、快諾は勿論のこと、逆に喜ばれてしまったので…(それにしてはお粗末な写真の上、とても40枚は載せられずに申し訳ない結果となってしまうのだが)、写真を混ぜながら記録します。
(帰国して時間がある時に、又詳しく補いたいと思いますが…)

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(玄関を入ったところ)
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(部屋の天井)
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(うっかり、Die lustige Witwe(メリー・ウィドウ)を書いたという書き物机の写真を撮りそびれてしまった!が、下の写真の背景に写っています)

ピアノの上にある、ハンナとダニロが踊っている像
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「ピアノをどうぞ弾いてください」と言われ…「え!?!?」(作曲家の記念館は、どこも「触れないでください」とあるので)吃驚してしまった。
勿論!!喜んで!!!
レハールがこのピアノを弾き、このピアノで作品を弾き、それ以前に作曲の折にも音を確かめていたに違いないピアノ!!
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「メリーウィドウ」から勿論「Lippen schweigen」や「Vilja」「Da geh'ich zu Maxim」、「ジュディッタ」から「Meine Lippen, sie küssen so heiß…」等々、記憶を手繰って弾かせて頂いた。ピアノは勿論当時のヴィーナ−メカニックながら、しかも手入れを頻繁にしているとは思えないながら(しかも、私の手は7月16日からピアノから全面的に離れている)、何というのだろう、レハールに導かれて次々音になってしまう不思議さ。

(下の楽譜はレハールではないが、頼まれて弾いたOffenbachの「ホフマンの舟歌」。とても易しいアレンジ譜なので、アルペッジョその他原曲に近い音にして弾きました)
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それにしても楽しかった!!

最後に「house churchがあるので是非ご覧になって」と案内された。
ここでレハールは勿論、多くのソリストの葬儀がなされたそうだ。
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なごり惜しくも、Volksoperの前に一旦宿に戻る、と娘に伝えてあったので戻った。
帰国後に写真も整理し、出来るかぎり編集して書き直します。
管理のご婦人が「ご存知?」と見せて下さった芳名帳には、日本オペレッタ協会会長の寺崎裕則氏のお名前もあったので、オペレッタファンの方は既にその館の存在をご存知かもしれないし、今さら?と言われそうな気がしないでもないが・・
(しかもSchikanederは触れずじまい)





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今回初めてのホイリゲ - 2012.11.22 Thu

(遡って書いていますが11月22日の日記です)
丁度10年前に娘を初めてウィーンに連れてきた時は、着いた日にVotivkircheをまず見て(宿から一番近い場所、ということで)、そのまま歩いて旧市街を歩き、Figlmüllerの大きなWienerschnitzelを完食し(勿論ワイン飲んで)、翌日辺りにはHeurigeに行って食べて飲んで…思い出しては、あぁ、10年前は若かった!!と思うばかり。今回ときたら・・・


数日前にやっと、夫のORFやSFOでの同僚夫妻と連絡が取れ(エジプトにいらしていたそうだ。その前はロシア)、どこかホイリゲに、ということになった。今回初めてのホイリゲだ!
娘は数年前に新婚旅行で彼らのお宅に泊めて頂き、その時連れて行って頂いたホイリゲが良い、と希望。

ところが残念!冬期休業だそうで、他のお店に連れて行って頂いた。
ここ↓
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楽しく歓談していた筈が・・・
娘がテーブルに突っ伏した。
吐き気がする、と・・直ぐに彼らに伝えてトイレに連れて行った。
下痢が続いていたところに、どうやら生理痛が重なり、弱り目に祟り目・・脱水気味だったかもしれないし・・
全部戻してしまったが、落ち着いた様子。でもこれ以上、このような人混みでの飲食は不可能。

座席に戻ると夫妻が「赤ちゃんが出来たのかと思った」と(娘にとっては辛い)冷やかし。
そうだよなぁ・・誰だって一番に思うだろう。「全く反対なんです…」と事情を話した。

外に出たら、月が美しかった。

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遠いのに、宿まで車で送ってくださって助かった。
娘は可哀想だったが、体調管理の大切さを又しても反省。
それと、新婚旅行で連れてきてもらったホイリゲではなくて良かった!とつくづく思った母親だった。
限られた数日間の新婚旅行の想い出に、同じ場所での今回の辛さが重ならなくてよかった・・と・・


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順不同甚だしいのですが - 2012.11.22 Thu

成田で一泊した時に、歯の詰め物が取れてしまった話は書いたのか書かなかったのか…
と、どうでもよいことながら・・
治療した記憶すらない奥歯で、小さい穴ながら深くて爪楊枝も役に立ちません。
ふと思い立ってガムを噛んでみた。

成功!!

ところが、ドイツに出向く少し前からガムが効かなくなってしまった。
種類がいけないのか、とあれこれ試すも駄目!

無理と分かっても爪楊枝を購入したけれど、全く入らず、こんなものまで購入した。

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別に痛みがある訳ではないので基本的には放置なのですが、詰まった物によっては虫歯がひどくなるのではないか?とも思う。


そうこうするうち(ほんの数日前から)再度ガムが効くようになった!!!

そうだよ!と気付いた。

唾液不足!!

ガムをいくら噛んでも唾液がなければ駄目なのですね。
おそらく疲れが少しずつ回復し、再びガムが詰まったものをくっつけて取り出してくれている模様。
(と、変な話ですみませんが、何かの折、ご参考になりましたら幸いです)

思えば涙液不足も気になるほどで、案の定1週間ほど前には結膜炎と思しき症状。
夜中に目がゴロゴロして開かなくなり、鏡で見たら真っ赤も甚だしい。
渡墺前に眼科医から「持参してくださいね」と言われていた点眼薬を必死で毎日4−5回点し、この際、と以前処方されたクラリス(抗生物質)も服用した。2−3日で治った!

疲れないようにすることが第1、と痛感した出来事でした。


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Gräfin Mitsu Coudenhove-Kalergi - 2012.11.21 Wed

思い立ってHiezingへ。
クーデンホーフ・カレルギー光子の生涯に、娘はコミック本から興味を持った、というので、それなら!と。

ところが生憎、光子が住んでいた家は改装中。

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ほんの1−2停留所先までバスに乗ると墓地がある(2007年だったかは、帰国日にチェックアウトを済ませて地図を頼りに往復出来たものだった)。

今回、お墓にはお花が飾られていた。
日本からのどなたかが?それとも??

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(上の文字は「み国を来たらせたまえ」、下の文字は「み心をなさせたまえ」だろう)


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(一番下に、光子の洗礼名や旧姓も書かれてある)


下調べが悪く、偶然門の脇にある掲示板でクリムトの墓があることを知った。

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(前に来た時には、墓地に眠っている方々の一覧の紙を貰えたのだが、生憎守衛さんは「巡回中」との名の「昼休み」らしく、今回は貰えなかった)

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お腹もすいてきたものの、歩き回るのが億劫だったので、乗り気でない娘にも付き合わせてしまったAKAKIKO、韓国料理中心になっていたのにはびっくり。
2007年に1人のんびり来た時には、夏の涼しい中庭でお刺身が美味しかったのを思い出す。
今回注文したお弁当は大きすぎ!
(野菜をふんだんに摂れたのは有難いが)

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昨日に懲りて(買い物その他の荷物を持ってRathausに行ったこと)、一旦帰宅した。脚も限界。

気になっている楽譜、その他の用事を済ませに夕方から又外出したけれど。

2007年に訪ねたHiezingあれこれは、この日記をクリックなさって下の方までスクロール頂ければ、光子の住んでいた家その他(改装中ではない姿)、ご覧頂けます。

・・・と貼り付けて、自分自身が「こんなこともあったのだっけ!?」と、忘れていたことの何と多いこと!!たまには読み返さねば・・


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テンプレート - 2012.11.21 Wed

11月17日から始まったRathaus(市庁舎)のChristkindlmarkt*、心待ちにしていた親子は早速出掛けました。
まだ4時なのに実際にはもっと暗かったのですが、テンプレートに使ってみました。
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エレベータ その後 - 2012.11.21 Wed

残しておきたい記録は(寧ろ自分のため、と最近はなりつつある=もの忘れ激しく)どんどん溜まり…
けれども一旦宿に戻れば時間を問わずバタン!ぐーー・・・

帰国後に、と思ったものの、おそらく記憶の彼方。順不同ながら書くことにしました。


エレベータは無事に動くようになり、皆さんが使用しても大丈夫そうなので、直った夕刻から使っています。
記憶によれば、4人乗りで320kgと表記されているのですが、1人が80kgということはあり得ない恰幅の良い方々ばかり。しかもそれにスーツケースなどを乗せてしまえば…ちょっと怖いものがあります。

と、ここ迄は万々歳。
その動かなくなった日、フロントに用事で何度か出向き(この数年間、駅でもエレベータ、エスカレータばかり使っていた身を反省はしているのですが)この建物の5階から地上への階段、隣りの建物のフロントまでの階段を一体何往復したことか…それと、買い物の荷物も持って。

翌朝から左脚ふくらはぎの激痛、右は膝の痛み…
もう歩けません…
けれども有難い即効性のある薬!!ぎっくり腰の為に持参したモービックとミオナールを服用。
翌日もまだ痛みはあり、服用。

今日は普通に歩けそう・・・

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Tafelspitzを食べた後はRathausのChristkindlmarktへ - 2012.11.20 Tue

(11月20日の日記/23日に記載)

前日の階段何往復で左ふくらはぎ、右膝、痛みで歩行じれったいながら出掛ける。

StubentorのPlachuttaへTafelspitzを食べに。
Tafelspitzは、恥ずかしながら1970年代〜80年代は大学や放送局のMenza、友人宅の手料理で食べたことはあっても、名物として店で食べたことはなかった。素晴らしく美味しかった!!!(値段も素晴らしかった)

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・・・あれ?Tafelspitzそのものの写真が無い!無い!!
携帯に入っているに違いない、と後日探したけれども、やはり無い。
よほど食べることに必死だったものと思われる・・・

骨を2センチ位に切ったものも入っていて、その中のゼリー状のものを、黒パンを焼いたものに乗せて食べる。香ばしいパンにコラゲンふんだんに、健康的!!

満腹でもデザートは別腹
私はKastanienreis(モンブランのケーキの上だけ、というイメージでしょうか)
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娘はMarillenpalatschinken
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(順不同になっているかもしれませんが、こうして娘が無事に食事が出来ているのは、名古屋の友人がAktivkohleの存在を教えてくださったお蔭です。有難うございます)


私は楽譜を買いにDoblingerへ。その間、娘はHAWELKAでコーヒーを飲んで時間潰しをしてくれていた。
一旦荷物を置きに帰りたかったが、そのままRathhausのChristkindlmarktへ。
まだAdventも来ないのに??と思ってしまうが、お祭り大好き人間は行く。
お祭りの出店の大がかりなもの、と表現しても構わないであろう店も、片っ端から覗く。
まずはGlühweinを手に(撮り忘れた)

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表札というかプレートというか、希望する文字を彫ってくれる
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その動画
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このおじさんの凄いのは、薄い木の板をカッターで切った作品。
更にこれを蝋燭に巻き付ける。
どうして買わなかったのだっけ・・・後悔。

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(ペコちゃんがいっぱい!と思えてしまうのは私だけ?)
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この日の深夜(私のとっての)、1960年代からのウィーンの近代化に向けての映像を流していた。勿論モノクロ。
途中からだったのでよく分かっていないが、下水管の整備に始まり、「Kommissar Rex」や「第3の男」によく出てくる地下の様子が…
又、丁度1970年代初めからの地下鉄のための工事なども。
まだ学生だった頃、夫と(当時は単なる友人)StefansplatzからKarlsplatzまで「掘り起こしている地下」を歩き、偶然発掘された遺跡などを見せてくれる催しがあり、最後は経過と最終的にはこうなります、といった映画を見せてくれる、という催しがあった。
あぁ、そういう時代だったのに、今やどこもU-Bahnだらけで、U-Bahnの地図はあってもStrassenbahnやバスの地図が無い!!当時の記憶で乗るととんでもない方向に走って行ったり、途中で曲がってしまったり・・

(つづく)

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遡ってVolksoper(Ein Walzertraum) - 2012.11.20 Tue

(22日/記載)
5日の"Ein Walzertraum"は、発熱その他の翌日だったからか、それとも時差の所為か、気付くとぐっすり眠っていたことは書いた。
それでも音楽、しかもウィーンの心地良いリズムと歌と、今日はきっと素晴らしいのだろうな…と時々思った。Bravo!!も飛び交っていた。娘も体調不良で来れずに残念だったなぁ…と頭のどこかで思いつつ又眠ってしまっていた無念さ!!そう言えば無念さ!?チケット代・・・奮発した最上の席。

17日の"Ein Walzertraum"は、Graf LotharをRobert Meyer氏が演じるとあってか、何日も前に最上の席を数枚残すのみで、あとは立ち見席しか残っていない様子。流石、流石!!数日後に、今シーズン最後という"Ein Walzertraum"が上演されるのに、こちらはどの座席も残っている。

そういう訳で、17日も娘は起きられなかったので、「よし!!」と思い立って写真のような紙切れを手に、Tageskassa(当日券売り場…そうそう、Kassaはオーストリアの単語で、標準語はKasseと言うそうで吃驚!!)近辺をブラブラ。いとも簡単にご購入頂くことが出来ました。
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学生時代と逆の立場になったことになります。

けれども浅ましいなぁ…と(いや、我が家には我が家の家計というものがある訳ですから当然なのですが)、又しても学生だった頃、Tageskassaに並んでいたところ、…今の私くらいの年齢と思しき女性が「家族が来られなくなったので」とチケットを無料で下さった1975年のStaatsoper「胡桃割り人形」(バレエ)をどうしても思い出してしまうのです。



今回の座席はLoge(ボックス)。眺めはこんな感じで…
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Robert Meyer1人が入ったことで、全員の演技が変わった!!
ただ、残念なことに指揮者が端折りすぎて、ステージ上の出演者たちにウィーン風の「間の取り方」を与えてくれない…
特に好きな歌ほど…
Nikiの ♪"Da draußen im duftigen Garten……Wienermusik…"...〜♪ "Leise, ganz leise…"
最後はプロンプターの手がボックスからニュッと出て指揮者と握手をしていたけれど。

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Aktivkohle(活性炭)購入・夜は「Fledermaus」 - 2012.11.19 Mon

(11月19日の日記/23日に記載)
エレベータ故障・・・これは既に書いたか・・
順不同はなはだしいながら整理もせず。

名古屋在住の友人が、娘の長く続く下痢を心配し、Aktivkohle(活性炭)を勧めてくださった。
即刻Apotheke(薬局)へ。それも、沢山ありそうなマリアヒルファーへ出向いた。

最初に入った店、項目別にKassaが分かれていて、「Homöopathie」へ。
すんなり購入出来、箱の住所を見たらその店が製薬も兼ねていることが分かった。

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私の昼ごはんは「パラチンケン」(今回はアイスクリーム入り、盛り沢山の生クリーム添え)

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BIPAやdmであれこれ購入して帰宅。

夜はVolksoperの「こうもり」。
70€のParkettの席を図面を見て予約したのは大成功で、形ばかりの(つまり…Logeなど)80€の席よりもよく見え、しかも声がバンバン飛んできて素晴らしい席!いや、勿論演奏と演技が良いということは前提ながら。

(つづく)

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もう乗れません、怖くて - 2012.11.19 Mon

ウィーンに来る時に沢山あった(「行くな」と言われているが如き)「ネック」のひとつ。

いつも使っている宿を申し込んだはよかったが;
Wichtige Informationen
Bitte beachten Sie, dass die Appartements ***lton ***ra keinen Aufzug besitzen.
重要情報
ご注意:Appartements ***lton ***raではエレベーターは利用できません。

と記されてあった。

折しも左足第5指を骨折し、歩行すら困難なのに、いくら足指が治っていたとしても6階、7階までは、この足では上れないなぁ…と思っていた。何しろ「返金不可能」の安いヴァージョンで選んでしまったから。エレベータのことも申し込み時点で書いてあったか…なかったか…不明。
そのことを口実に返金してもらえるなら、とメールを直接送った。
すると、エレベータは稼働しています、との返信が来た。
実際着いてみるといつものように正常に稼働していた。


今朝、私だけ朝食にエレベータで下りて行った。
レストランは私だけしか居ない。
係のお兄ちゃんに「誰も来ていないのか?」とドイツ語で訊いたら、英語で何やらぺらぺら早口で返事があり、聴き取れなかったのだが…
そうこうするうち、ほんの数名来た。

食事を済ませ、戻る時は娘の為に(又昨日下痢をしたそうなので)沢山ジャムを皿に盛り…買ってあるZwieback(何も味の付いていないラスクのようなもの)に塗ればよいのではないか、と。

ところが、エレベータを何度呼んでも来ない。何か反応する音は時々するのだが、何度試しても駄目!
仕方ないので階段でエッチラオッチラ4階まで行った。4階には普通の家との境目の扉があることも知っていたのだが(前にもエレベータを呼んでも来ずに、階段で降りたことがあり、その時はすんなり開いた)、どうやら下から上がる時には鍵が必要らしい。
部屋の鍵を通してみたら入るには入るのだが、開かない。

・・・

・・・

・・・

これはフロントに言わねば…部屋に戻ることも出来なくなってしまう。

・・・

・・・


と、階段を下りたところでフロント氏とレストランのボーイ氏が駆け付けてきた。
他の客から既に連絡があったのだろう。

そうか・・・・レストランに誰も居なかったのは、そういうことか・・・
幸か不幸か、私が下りる時には偶々稼働した??

フロント氏に、取り敢えず部屋に戻りたいのだけど、4階に鍵があって扉が開かないことを伝えると、部屋の鍵で開く、とな・・・それも試しました・・と言うや、4階まで先導して試してくれた。やはり開かなかったのだが、扉を押しながら鍵を回すと開くことが判明。一旦閉じてもらって、私自身試したら開いた。
それにしても、やれやれ……
3週間近く普通に使っていたエレベータ、やはり直りきっていなかったらしい。サイトは正しかった。

来週チェックアウトの時にはどうなっているか知らないが、4つになったスーツケースはホテルマンに運んでもらうことにしよう。私たちも(私の足指は治ったし、脚力も付いてきたので)安全確認がはっきりするまでは階段を使うことにしよう。


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遡ってウィーンフィル - 2012.11.18 Sun

(18日の日記。甚だしく順不同・11月22日/記載)
娘も私も「体調」優先で過ぎたが、記憶していた18日当日朝、Wiener Philharmoniker Abonnement(ウィーンフィル定期演奏会)を検索したところ、チケットがほんの数枚残っていることが分かった。
但し、どれもステージ上のオーケストラの見えないところ(1枚を除き)。
娘に声をかけたが乗り気ではない。まだ下痢からの倦怠感その他は想像に余りある。
けれども以前、Großer Musikvereinssaalの響きに感激していたことを思い出し、出向きさえできれば…とタクシーで行くことを考え、予約した。
1枚は斜め横からながら、まぁオケは見える舞台上45€(だったかな?Orchester Podium)、1枚はPodium完全に最後列の何も見えない場所25€。行けないよりは良い!

娘にOrchesterpodiumの座席を渡した。
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というような角度から見えたそうだ。

私は、と言えば、ホルン4人のうち2−3人とコントラバス1人の後ろ姿しか見えなかった。
音もヴァイオリンはまず聞こえない(ローエングリンの前奏曲冒頭以外は)。
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そうそう、ホルンの話の前にプログラムだ!!


指揮は Andrís Nelsons

プログラムは;
Richard Wagner
Ouvertüre zur Oper "Rienzi"
Ouverture zu "Der fliegende Holländer"
Vorspiel zum 1. Akt der Oper "Lohengrin"
Vorspiel zum 3. Akt der Oper "Lohengrin"
-------- Pause ----------

Peter Iljitsch Tschaikowskij
Symphonie Nr. 6 h - Moll, op. 74 ("Pathétique")

と、前半はオールヴァーグナー!!(来年が生誕200年だから?)

Sicht eingeschränkt!(視界狭し!)どころか、上記の通りホルンとコントラバスしか見えなかったのですが、日頃ホルン演奏を後ろから見る機会など皆無!(コントラバスは自宅でイヤほどありますが)
いや〜〜、勉強になりました。
「ホルン演奏の見学」です。貴重な演奏会となりました。
しかも流石にウィーンフィルです。ホルンの強弱がこんなにも出ること、恥ずかしながら初めて知りました。

その昔、ウィーンの学生だった頃、カラヤンが来維納してヴァーグナーのオペラを振るとのこと、徹夜でチケットを取ったこともありましたが、どうしても耳も目もステージに!オケピットは観察不足。勿体ないことをしたものだ、と今になると思います(チケット入手のための連日徹夜で疲れたこともある…本末転倒)。

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11月17日の続き - 2012.11.17 Sat

(11月19日記載)
カテゴリどんどん増やしてしまったので、これ以上は…と強引に雑談に入れる…

娘の下痢、勿論下痢そのものもだろうけど、それによって体力も精神力も消耗しているに違いない。
朝は「今日のVolksoperは…」などと、唯一Robert Meyer出演の「Ein Walzertraum(ワルツの夢)」に行けることを楽しみにした口調が、午後にはダウン。不可能と相成った。


「続き」は先ず「打楽器の騒音」の話。
忘れていたのだが、娘の部屋の電球が切れてしまったので、フロントに取り替えを頼むついでに伝えた。
電球は、丁度係の人が帰ってしまい(日曜だし)、今日のうちに出来ないと思うが、連絡が取れたら遣ります、と。
私は夜、Volksoperに行くので娘1人になってしまい、リビング兼私の寝室で過ごせるから、ま、いっか…それに偏見ではないのだが、異国の地にて娘1人のところに(それも多分眠っている)修理に来てくれるのも何だか心細く(勿論娘も多少のドイツ語は出来るが)。

「打楽器の騒音」の件も伝えた。その前からの管楽器その他、楽器練習の音も。
宿泊客を調べてみます、と。
その後、とても静かになった。何でも頼むに限る。


結局、娘はやっと風呂に入る気力も出て、入浴中に電球を替えに来てくれた(ギョ!)、今までよりも明るくなった、と私がオペレッタを観ている時にメールが入った。勿論着信音は消してあるものの、前回は確か圏外になった建物…Logeは舞台に近いからか??しっかり電波が4本立っていた!


Volksoperそのものの話はまた改めて・・・

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夜中の騒音 - 2012.11.17 Sat

ここの宿はホテルの部分と、(客用の)アパートメントの部分は別の建物になっているのだが、アパートメントの建物のいくつかの階には普通の家も含まれている。
でも、隣りは確実に客用。
どんな人が居るのか知らないが、先日から娘が「管楽器の音がする」と。
昨日はコンバスかチェロの、まだヴィヴラートがかけられないレベルの音の気がしていたのだが…
今朝…というか夜中の3時、凄まじい打楽器の音で起こされた!!最初は重低音だけだったのが、そのうちさまざまな打楽器が…Trommel、Pauke、シンバルなども。それも窓を開けているらしいので、道路を挟んだ建物に反射してこちらにモロに戻って来る。
朝6時頃にやっと止んだ。

やれやれ・・・・・・

一応フロントに言わねば、伝えねば、朝食の帰りに寄って来ればよい、と起きたのだが、娘の「うどん」やら「湯冷まし」やらで、すっかり忘れて今(午後3時半過ぎ)しまった。まぁ、忘れてしまう程度だった、ということなんだと思う(即刻、iPodのイアフォンを耳に突っ込んだので)。


昨日のChristkindlmarkt(Mahlerstrasse)は、まだまだ準備段階だったのと、人々もまだその気になっていなかったのだろう・・・閑古鳥。
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少し寄り道して、以前はスーパーだったところを上から覗いたら、すっかり様変わりしていた。

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デジカメの存在など想像だにしない、普通のカメラすら持っていなかった留学時代には、記録すら残さなかったStaatsoperの外側。素晴らしい!!!
度近眼の私にも、カメラを通じて細部までよく分かって有難い・・こういう時代が来るとは・・

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下はGrabenにて
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記録まで。

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娘の不調(つづき) - 2012.11.16 Fri

娘が倦怠感その他、朝食を食べに行けなかったので、許可を得て皿にあれこれ乗せて部屋に戻った・・・は書いた気が・・

昼を過ぎてもよく眠っているので声をかけ、食べられるものだけでも食べたらどうか、と促した。
熱も下がっているようだし、これで食欲が出れば万歳の筈・・・よく食べて安心した。

「出掛けてきたら?」との娘の言葉に、特に行きたい場所もないけれど、今日から始まっているMahlerstrasseのChristkindlmarktを見に行ってみた。
けれども殆ど何もなく、普通の出店状態。客も居ない店が殆どで…夜になれば少しは混むのだろうか?

特に予定もないので、初めて通りがかった「Vienna World」という店を物色。
Franz LisztとRichard Wagnerの肖像画を3€で購入。
早く横になりたい気もして、バスに乗り、最寄りのスーパーで買い物をして帰宅。

夕飯は無精して出来合い(冷凍のCevapciciとジャガイモのサラダ)。

娘は下痢が酷くなった、と言う(え〜〜!?Cevapcici食べさせてしまった!!それも美味しそうに食べてはいたが…)。
疲れで大腸が働かなくなったか、ウィルスによるものか(今月4日頃の私が感染源かもしれない…いや、ちょっと潜伏期間が長すぎるか…でもドイツに行っている時からの日数ならあり得る)、いずれにせよどんどん出した方がよい。
何しろこの二週間の食べっぷりには驚くばかり。胃ではなく大腸がストライキ??腸に来るタイプの風邪かもしれないけれども。
白目の色もOKだし指先や爪の色もOK。

娘が「硬水は良くないかもしれない」と言う。
すぐ近所に日本屋さんがあるので、うどんを買いに行った(明日用です)。
もうとっくに閉店している時刻だったのだけど、折良く仕入れの方だろうか?仕事関係の方がいらしていて扉が開いていたのをよいことに入り、うどんとお湯で温めれば食べられるご飯などを購入。
どこかで軟水が手に入るか訊いてみたところ、別な店員さんと思しき方が折良く戻ってこられて、「ウィーンの水は普通に飲めるし、沸騰させて、更に温かいうちに飲めば大丈夫」と。軟水はBIPAやdmで、店によっては置いてあるところもあるけれど、この近辺はない、と親切な情報を頂いた。

私の頓服薬も一通りあるのだけど、生憎お腹の薬は無い。
脱水状態にならないよう、下すことは恐れず水を飲んで・・・明日はお粥かとろけるほどに煮たうどんだ。
(と、ここで又、スーツケース2個OKと知っていたなら…と後悔。重量オーバー、と家に置いてきたレトルトのお粥など…返す返すも残念!!!)


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娘の不調… - 2012.11.16 Fri

Düsseldorf滞在中から下痢の話はしていたが、食欲旺盛、半分心配しつつも他に症状がなければ大丈夫だろう…でもウィーンに戻ったらホッとしてドーーン!と出るかも・・は幼いころからの娘を見てきての心配。

案の定、昨日は熱が上がり鼻水、今日は喉が痛いそうだ。
宿から借りっぱなしの体温計によると、昨日は微熱ながら上がり、今朝は平熱にはなっていた。
でもぐったりしていて朝食も食べられない、というので、私だけ食べに行き、許可を得て娘の分は部屋に運んだ。

私が2回罹った症状に似ているかもしれない。
潜伏期間を計算すると、同じ風邪の類かもしれない。
しかもミニスカートで冷えたろうし。
遡って私の体調が悪かった時は気が張っていたかもしれないし、ドイツ滞在中も気力で症状が余り出なかっただけかもしれない。
これは辛いだろう・・・

日本時間のまま送信。

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ドイツ最終日 - 2012.11.14 Wed

朝起きて片付けをして、荷造り。
11時チェックアウトで、少し前に二反田夫妻もあっこちゃんもいらしてくださった。
二反田君、もとい二反田さん、病気をされたのにどんどん私たちのスーツケースを車に運んでくださって…恐縮の極み…私に出来るだろうか、と思う。

しかも「何時の飛行機だったかしら」の問いには「5時45分ですよ」って…。これでは立場が逆転です

充分に時間があるので、まずは娘の希望、12日に行きたかったらしいGummiの店、Bärenlandの名前が真っ先に出てきた!あっこちゃんのご案内でAltstadt(旧市街)へ。

通り道、ハイネにまつわるあれこれ。
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街並(順不同)
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いよいよGummi屋さん
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(携帯もピザも皆Gummiです)

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(アドヴェントカレンダーも中はきっとGummi)

中は撮りそびれました。


並びにSenfの店があり、数え切れないほどの味のものが並んでいるばかりか、中央に試食用の瓶が並んでいて、自由に試せる。
しかも一瓶が1.75€・・・本当???
二種類買ったが、多分ウィーンで食べてしまうに違いない。

市場もある。
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車で、先日閉まっていたイタリアン"Portofino"に5人集合。元日本料理屋だったそうだ。
私はランチメニューの、かぼちゃのスープと鮭…(日本だったら3人分ありそうなサイズの)、それにジャガイモのラザーニアのようなものが添えてある。たっぷりの生野菜も。
お喋り楽しく、気付いたら3時。
空港へ・・・まだ早いのだが、行きのウィーンを思い出し、まさかね…とは思うものの、早めに手続きを済ませることにした。娘は私の「のろさ」をよく知っているのでなおさら・・・いや、本当にのろい。我ながらイヤになるほど。

余りに名残惜しく、何度も何度も挨拶して手を振る私に、皆さん「いいから早く行きなさい」と・・
いや、本当に名残惜しかったです。


機内では軽食が出て、あっと言う間、無事にウィーンに着いた。

タクシーに乗り、途中まだら模様のように霧がかかっていた。
「霧ですか?」と訊くのに、「Nabel(お臍)」と言ってしまい、言ってから我ながら大笑いしてしまった。
「Nebel」です!!長く使わないと、こんな初歩的な単語すら咄嗟に出ないわたくし…。
運転手さんによると、Donaukanal(ドナウの運河。街中もうねうねと流れています)辺りだけ、霧がいつもかかるそうです。

4日空けただけなのに、懐かしく思えるウィーンの宿。
まずは洗濯機を回して、本日の課題終了。

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ボンとケルンへ - 2012.11.13 Tue

今日は娘と2人旅。
1978年頃にラジオ録音で出向いたケルン、それと、当時はまだ西ドイツの首都だったボン、現在はどのようになっているのだろう?という興味。加えて、シューマンのお墓も写真でしか知らないので行きたかった。
その若かりし頃は、ウィーンから飛行機でケルンとボンの中間にある飛行場に飛び、宿はケルンだった。大聖堂の真ん前、というか、放送局の並びというか(と、曖昧な記憶)…

まずはボンへICEで(Düsseldorfから僅か45分ほど)、座席指定も取った。娘が券売機でポンポンと入力してくれる。
いずこも窓口の何と減ったことか・・・年寄りに優しくない・・(娘が一緒でなかったらチケットも買えない??)

Bonn着。
駅から真っ直ぐに進むとMünsterplatzという広場に出る。
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教会と反対側、郵便局を背景にベートーヴェンが立っている。

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更に次なる広場(Markt)に出ると、市庁舎!今はまさにBonnの市庁舎、いや、州だろうか。
かつては西ドイツ全体の庁舎…それにしては随分こぢんまりとした印象を持っていたが、変わっていなかった。

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(修学旅行の類と思しき子供たちが代わる代わる階段を上っていた)


ベートーヴェンの生家へ向かう。

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これは驚いた!1970年代は特に見るものもなく、ウィーンのベートーヴェンハウスの方が張り切っていたものだったが…。
しっかりオーディオガイドがある。それも日本語で!!又しても日本語を選んだ。
各部屋、各展示物への詳細な説明。
娘も大いに楽しんだそうだ。ベートーヴェンの耳が聞こえなくなって行く「聞こえ方」の再現などもあり、又、当時のピアノ演奏の音も聴ける。ファクシミレの充実も。

丁度Grundschule(日本でいうなら小学校1〜4年だろうか?)の団体と居合わせた。
2009年にウィーンのハイドンハウスでもVolksschule(オーストリアではGrundschuleをこう呼ぶ)の団体と居合わせ、先生の指導ぶり、つまり生徒たちからの発言を引き出すそのやり方に大変感心し、勉強にもなった。今回も同様に、時々オーディオガイドを耳から外して、先生の話に耳を傾けた。うん、なるほど・・・
アメリカには「Show and Tell」という授業があるそうだが、ドイツ語圏にもある。いや、あろうとなかろうと、正解不正解だけではなく、その過程が大切で、子供であっても説明をする、ということに重きがおかれている気がする。

一通り回った後、コンピュータでファクシミレを見ながら音源を聴く部屋があり、「ディアベリヴァリエーション」「ヴァルトシュタインソナタ」「月光ソナタ」など、興味深くファクシミレを追った。
全部欲しくなるファクシミレ・・・我が家にベートーヴェンは「アッパショナータ」がある。他は??と思い出そうとするが、宝の持ち腐れの存在になっているのか、本当に持っていないのか、不明……
3時間近く居たことになる。

娘の正確な腹時計に従い、近くのカフェで昼食。

その後、娘がiPhoneの「マップ」というアプリでシューマンの墓へ移動。凄い時代になったものだ!

いくつも入り口がある墓地を予測していたら、入り口は1箇所。
立て看板ですぐに分かるようになっていた。

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クララとロベルトの墓
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ベートーヴェンのお母さんの墓もあった!

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駅に戻って、ケルンに移動(今度は鈍行で)。

先日は余りの騒ぎ(季節外れのファッシング)で、全体像を見ることが出来なかった大聖堂を、外から、そして中もゆっくり見ることが出来た。

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下は、原寸大の塔の先端。
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そして!!
4711の本店で買い物だ!(オーデコロン=eau de Cologne=ケルンの水)

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そうそう、放送局・・・
1970年代にお世話になったのは…

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(こんな新しい建物ではなかった)

そうだ、あっちだ!

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この放送局で収録した中から、メンデルスゾーンのプレリュードとフーガOp.35からe-moll、つい6−7年前、WDRで又使ってくださった。何で知ったのだったか忘れたが、「シューマンが『バッハが不死鳥として蘇った』と絶賛した」といったような、何か朗読の中で全曲使われて、嬉しかったものだ。でも演奏は、流石に30年も経って聴くと幼く感じた。


Düsseldorfへは再度ICEで座席指定も取り、短時間であっても疲れを癒した。
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Düsseldorfは思うような食べ物屋がなく、増えた荷物が重く、それらをホテルに置いて、近くの「なごみ」で鍋焼きうどん。
疲れた時には(お粥が一番なのだが、なければ)うどんが最高!
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荷造りは明日だ・・



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Rheinturm(ラインタワー)他 - 2012.11.12 Mon

娘は午前中ぐったり、お腹の調子が悪いと言いつつ朝食も美味しそうに食べているが、先日の私の症状にならなければよいが、と案じてしまう。

私は…Kaufhofへお花を探しに出向いたが、置いていない、という。
この近辺にも花屋はない、と…

その後、Kaufhofの出口を勘違いした。四隅にあるのか??
地図を見てみたところ、どの出口から出たか分からないものの、宿と全く反対方向に歩いていることに気付いて…相変わらず方向音痴(メガネを外しては地図の通りの名前を確認し、メガネをかけては路上の通りの名前を確認し…の反復

あっこちゃんのご提案、ラインタワーでの食事。
タワーは238メートル、168メートルのところに展望台があって、更にもう1階上には1時間で1回転するように眺望を楽しみながら食事の出来るレストランがあるという。
二反田夫妻もいらしてくださり、5人で食事。


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本当に一周した。(写真は部分的です)

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(羊が居るのです)

(下は拡大)
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その後、厚かましく思いつつも、あっこちゃんのご主人のお墓参りをさせて頂いた。
Autobahn使わずにAltstadt(旧市街)へ・・
準備出来なかったお花をスーパーで入手。

その墓地全体を見たのだが、日本と違ってそれぞれのお宅が墓石の周りを色とりどりに飾っていて、既にクリスマスの装飾もある。あっこちゃんのご主人のお墓もだが、形にとらわれない家族の心の表現…羨ましかった。

石畳の道をご案内頂き、手作りのぬくもりの雑貨屋さんを見つけた娘はテーブルクロス購入。
そのままKaufhofにご案内頂き、Steifのぬいぐるみも購入して幸せな顔をしている。(私は孫にモンチッチ
心安らぐ街。すっかり気に入ってしまった!

そのままDüsseldorfへ送って頂き、運転してくださっているあっこちゃんに申し訳ない、と思えど、気付くとぐっすり眠っているわたくし

夕飯は、それぞれ何でも選べる、というレストランにて、……私は豆乳プリンをおいしく頂いた。
やっと目も覚め、しばし歓談…(いや、本当に私の睡眠時間はどうなっているのやら?時差も取れた筈が)

ずっとお付き合いくださったあっこちゃんに、心から感謝
楽しかった!!!



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Düsseldorf到着 - 2012.11.11 Sun

(11月15日記載)

スーツケースを受け取り、出口を出ると、あっこちゃんに違いない方がいらした。
うわ〜〜!感動!!
でも初めてお会いするとは思えないのが不思議。

二反田さんもいらしてくださっている。
多分30年ぶり。


皆さまに申し訳ないやら有難いやら嬉しいやら・・・・・

取り敢えずはホテルに向かい、まだチェックイン出来ない時間帯だったので荷物を預け、5人で昼食へ。
中国人が経営する中華料理屋さんで、点心やワンタン麺などに舌鼓を打ちつつお喋りに花が咲いた。

3時近くなったので、ホテルに戻ってチェックイン。
あっこちゃんはご用がおありで一旦家に帰られた。

二反田夫妻がDüsseldorfとKölnを案内くださるという。
しかも感謝すべきことは、10月のリリースに向けてずっと何ヶ月も騒いでいた「ブルクミュラー」、その一家(主に弟・Norbert)に関する分厚い本を、二反田さんの友人(しかもBurgmüller Strasseにお住まいの)が貸してくださった、と取り敢えず現物をお借りした。他にも沢山探してくださり、Friedrichに関する記載部分をコピーして下さった!!
帰国してからゆっくり読んで、「ピアノと向きあう」のサイトに追記が出来るかもしれない。
ブックレットの解説にも書いたのだが、なかなかFriedrichに関する文献が見つからず、あのグローブの音楽事典にすらFriedrichは出てこない。
私がブックレットに書いた彼のプロフィールは、ショット版のドイツ語から抜粋したもの。
きっと彼が教師として活躍し、晩年を過ごしたパリ郊外のボーリューに行けば何かあるのだろう、と思いつつも期限切れとなっていた。

ともあれ、一家が住んだDüsseldorf!!1810年に天賦の才に恵まれた弟・Norbertが生まれた時、Friedrichはまだ4歳だった訳で、ブルクミュラー一家が住んでいた家にはFriedrichも住んでいたに違いない!
ということで、Tafelは弟のものだが記念撮影。

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その後旧市街へ。

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まだAdventにすらなっていないのに、街はカーニバルでお祭り騒ぎ!!

ライン川へ抜けた。

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シューマンが飛び込み自殺を図った橋…幸い未遂に終わったが…
今は電車や車が走っている。
こんなに晴れていたら、そして医学が進んでいたなら、又違ったろうに…
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そうだ!空港からホテルに向かう時、右側にロベルト・シューマンが創設した、という広い広い音楽大学があった。
ライプツィヒにはメンデルスゾーンが創設した音楽大学があったっけ……



ケルンの大聖堂のミサに出席なさるという二反田夫妻の車でケルンへ車で。
ここが又、騒ぎに輪を掛けたカーニバル!!(シューマンの"Faschingsschwank aus Wien"のSchwankはどの程度だったのだろう?と思ってしまう)
打楽器に歌に、石畳は酒でべとべと、仮装した若者が東京のラッシュアワー並にひしめき合っているのだから…

とてもここは歩けない。
大聖堂も観光客はNGなので、ミサに出席させて頂くことにした。

写真も、この角度から撮るのが精一杯。

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ミサは、娘がドイツ語が聴き取れたそうで吃驚。

そうそう、おかしなマークのお店・・
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これ以上歩くことは不可能で、Düsseldorfに戻った。
あっこちゃんも合流してくださり、日本料理屋へ。

私は豚の生姜焼き。
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娘はカツカレー。
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皆さまはお寿司の類(そうそう、ここはお寿司が売りなのに…私ら親子は肉!!…
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楽しい1日だった!!
皆さま、有難うございました。

あ、大切な写真が抜けている・・(これも後ほど)

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というわけで - 2012.11.11 Sun

(11月15日記載)

11日(日)、朝9:25のルフトハンザ機でDüsseldorfに飛ぶ。

宿で早めに7時半、タクシーを予約してくれてあった。
私たちが7時過ぎにフロントに行くと、既に運転手が来てくれていて、これなら空港で朝食が摂れる!
8時前には空港に着いた。


ところがそこからが・・・
目下Schwechat空港はリニューアルの工事中。(無駄に)広くなったターミナル。
以前はターミナル1だったのに3!そこまで延々歩いたのはよいとして、Eチケットを発券する機械が行列で…
いくら係員にシャルターで直接手続きをしたい、と言っても、まずは発券して、それからバッゲージを預けるのだと。
そうこうするうち4つしかない機械のうち2つが使えなくなった。
私たちのは、無事に手続き出来たのだけど、用紙切れなのか(ロールになった感熱紙…まるでファクスのような)ほんの1行印字されて終わった。

やっとシャルター(←ドイツ語?英語?カウンターのことです)で手続きをせよ、と・・・う〜〜ん、だから私達は最初からそう希望していたのに・・・
まるでアトラクションを待つ行列のようにうねうねと並び、やっっっと手続き出来、荷物も18キロと15キロ。

先に進んだ。
でも朝食は無理だった。

(つづく)


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若者ではないが、SNS万歳!! - 2012.11.11 Sun

オーストリア航空は、目的地の他に1つの都市を無料で往復出来る。
移動の億劫さに今回は諦めることも考えていた。
それと宿泊費は別にかかるので、使わなくてもよいのだが、遠い大陸の果ての更に島国・日本から飛ぶことを思うと、使わない手はない!!!

ギリギリまでねばって決めた。
それというのも・・・

日頃、私の年代で言うなら「ペンフレンド」というところだろうが、私の親しいネットフレンド(??)であるドイツのあっこちゃん。一度お会いしてゆっくり話をしたい、と何年も思い続けていた。
しかも、その上、FBで私の大学同期生とネット上でも友人になり(と変な表現は年齢の所為)、その奥さまは夫の仕事仲間というか友人というか・・
お二人ともウィーンに私らと同じ年に留学され、両夫婦で(いや、双方ともまだ結婚はしていなかった)1974年からウィーンでよくお会いしていた。
夫と、時々思い出しては「どうしているかね?」と話していたのだった。

お名前を出して支障ないそうなので…二反田夫妻が前述のあっこちゃんと同じ街に住まわれていることをFBで知った!
これはもう「行ってらっしゃい」ということなのだ!と勝手に解釈。

という訳で、「もう1つの都市」はDüsseldorfに決定!!
ギリギリまで待ってくださったオーストリア航空にも感謝。

(つづく)



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ベルヴェデーレへ - 2012.11.10 Sat

(11月15日記載)

Prinz Eugen Strasseを街の中心から外へ進むと、左にベルヴェデーレ宮殿(Schloss Belvedere)が続く。
プリンツ・オイゲンは17~18世紀にトルコ軍からウィーンを護った英雄。

このPrinz Eugen Strasse・・・1975年から1979年まで我が通学路で、とても懐かしい風景。
Belvedereの入り口の向かいに、我が下宿へ通じるKarolinengasseがあるのです。

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と、どうしても懐かしさが先に立ち、今回の目的に話が行かない。

今回は、グスタフ・クリムトを見に行った。
上宮(Oberes Belvedere)には常に展示されているのだが…今年は生誕150年とあって説明のオーディオガイドも充実。いつもガイドはドイツ語の勉強を兼ねてドイツ語を選んでしまうのだが、2008年から全くドイツ語に触れていない我が身としては勿論「日本語」を選んだ!!

そうだ!書いておかねば!初めてSeniorenkarte(高齢者用の割引チケット)で入場した。(やれやれ…)

展示の詳細は、後日娘に代筆させる、いや、代筆してもらう・・・(いいんです!大学は美学芸術専攻だったのだから)

「夜をテーマにした特別展」を見るためにUnteres Belvedereに移動した。

(庭園の写真をアップ)
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その前に腹ごしらえをしたのだった…

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その特別展示には日本の江戸時代の絵、現代の映像芸術もあった。(これも後日詳しく…日記を溜めすぎたので)

帰りの出口は庭園の下の方、反対側のRennwegに面しているので、出てからは徒歩。

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プリンツ・オイゲン公の像
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(「つづく」ということにして取り敢えず送信)
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写真あれこれ - 2012.11.09 Fri

まだ「これぞ」という物もないのですが・・・


11月のウィーンは、朝は青空高く澄んだ「1日快晴」を思わせるような四角い空を見ても、その後曇天・雨となることが多い。でもそれは何十年も昔の話で、今はこちらも異常気象や温暖化で違っているかもしれませんが。
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案の定、車内からの空(Karlsplatz近辺)
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Oper近辺。東から雲が押し寄せてきた
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この日は(いつだったろう?後ほど整理)確か、やっと例のFiglmüllerのSchnitzelを食べる元気も出た。
でも、十年前のようにウィーン到着した日に完食!などということはあり得ず、やはり残してしまった。
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フィアカーの馬の後部に注目。最近はこのようなものを装着するので、道路が汚れないのだそう(娘・談)
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クマさんと仲良くなりました
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改装中のPeterskirche(ペータース教会)。夫の元職場でもある。
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昔は考えられない外装。
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このような店まで・・・・
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以下は別な日(これも後で調べて整理しますが…)
すっかりクリスマス支度
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お馴染みアングル
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一度は来ます
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明らかに色弱検査の真似ですな・・
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別な老舗の前には。。。
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Volksoperの緞帳一部
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この日は「Die lustige Witwe(メリー・ウィドウ)」
最高でした!Robert Meyer氏!!

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数年の間に手抜きとなったSchinkenrolle
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(中身がミックスベジタブルをマヨネーズ系ドレッシングで和えただけ・・・翌朝まで胃もたれ)


という位で、送信しておきます。
又手直しすると思いますが・・

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やっと1日ぐたぐた過ごす - 2012.11.09 Fri

娘が風邪気味で、今日は外に出ないで過ごす、というので(内心、やれ嬉しや助かった…)私もグタグタの1日を決めた。
あ、でも朝一番で、頼まれた葉書を出しに郵便局へ行き、ついでに切手を買い、その足でBILLAへ行った。
機内持ち込み用(と書いて、又単語が出ない…ガラガラと転がして運ぶ…)のバッグを買い物用のカートにして、飲み物10本ほど、差し当たっての冷凍食品、頼まれたものをいくつか購入して、ガラゴロと転がし、あぁ、これを使えば楽だわ…と宿に戻った。

朝食を毎日しっかり食べているので(食べ放題の朝食付きの宿なので)昼は不要なれど、若者の腹は不思議・・・と、かつての(娘の年齢前後の)私を思い起こせば3食どんなに食べても食べ足りないほどだったし、それでいて太ら(れ)ないほど動き回っていた。又しても「歳だ…」
不要と思えど一緒に食べては眠くなり・・今日はよく寝た。夜中に起き出してパソコン開き・・

夫の「宝の持ち腐れiPhone」を持参したはよいが、使い慣れないし、結局日常使っているauの携帯がちゃんと電波を拾って繋がっている。
いずれもパケット代が怖いのでメールは専らパソコン。
iPhoneの「使い放題」も勿論条件付きで、4週間使ったらとんでもないことになる。
娘と別行動の時の連絡用として、電話しか使わないことにしている。

と、どうでもよいことばかりでおしまい。
(写真もたまっているので、日記を、と思ったのに頭は停止)

ともあれ何とかやっています。
まだ一度もワインを飲んでいないことに気付いた…折角ウィーンに居るのに…



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本末転倒、寧ろ「先達はあらまほし事なり」 - 2012.11.09 Fri

(5日〜6日辺りの記録)
出発前の準備中から気になっていたのだけど(Eチケットにある荷物の個数のことが)、「まさかね・・・」とスルーしてしまったのだ!
慌てる乞食は本当にもらいが少なかった!というより、確認を怠り時間との闘いで荷造りをした。スーツケース1個で20キロ内に絞ろう、と。全く本末転倒!!
先日、佐藤卓史さんにお会いした折、 - 彼は年に何度も日本とヨーロッパを往復されている訳で - 「そうだ!」と尋ねてみた。スーツケースをいくつまで預けられるのか。
すると、去年の震災後あたりから、1人2個まで預けられることになった、という    


あぁ、何だったのだろう…あの「入れては量って出し」・・・の反復作業は・・・
湿布のモーラスはもっと入れてきたかった。ホカロンも。アルコールのポップアップ式のティッシューもだし、旅行ガイドブックときては、オーストリア近辺の国々のものを買い揃えたのに、行く可能性のあるページだけを引っぺがしてホチキスで閉じて持参。その他数えられないほどの物を置いてきた。勿論しっかりした靴もワンピースも置いてきた。以前ウィーンのH&Mで購入した軽くて暖かい(但し丈は短い)ダウンジャケットもだ。


・・・・・親しくさせて頂いている航空会社の方に電話を、と思えど、その時間すら惜しい、という何とも本末転倒・・・
一応オーストリア航空のその方に遅すぎたがメールで尋ね、返信には;
オーストリア航空では、2011年6月より、全世界的に受託手荷物を重量制から個数制に変更いたしました。
「成田‐ヨーロッパ間」は、ビジネスクラス、エコノミークラスのお客様共に、お一人様2個までお預かりいたします。
    


後悔と共に、そんなに乗せて大丈夫なのだろうか?という疑問と、今までの厳しいチェックは何だったのだろう?という疑問と。

ま、過ぎたこと。仕方ない。


熱が下がった日は、軽い毛皮のコートを購入にマリアヒルファーへ。
何しろ着てきたものは、息子が32年前に生まれて、体型が少々変わった冬に購入した古い古いもの。
1年後に帰国することにほぼ決まっていたので1回の冬をしのげれば…と購入した、老いた今はとても重く感じる、着ているだけで肩凝りはするわヘトヘトになるわ…というシロモノ。又、バッグも複数持参するスペースはなく、何でもかんでも入るポケットだらけの、布地だけでも重いものを下げてきた。
日常用の軽いものを購入したけれど、その類のものなら東京の自宅にワンサとあるわけで…
でも、コートとバッグは何とかなった。

そして、その翌日には小さめのスーツケースを2つ購入した。
やれやれ・・・そんなこんな、出掛けてはドッと疲れが出て、の悪循環。


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何とか動く - 2012.11.09 Fri

(4日の記録は既に書いたので、5日を簡単に)

熱も下がった。
食欲は皆無。

明け方、どうしても娘の部屋のベッドの狭さが気になる。
朝食後にフロントに行き、そのことを話すや、鍵を渡されて「見てきて気に入れば」と。2009年も何度も希望を言ったものだった。ホテルではないから、同じ値段であっても間取りも全部違い、自分の希望は言うべきだと思う…
まして、ファミリーアパートメント(4人用)のカテゴリーでも、子供2人と大人2人ではないのだから。
早速私1人で見に行くと、住居全体も広いし、ベッドもそれぞれにツインがある。いわゆるウィーンのWohnung。
キッチンには食洗機、洗濯機、オーブン、冷凍庫、それまでの二倍はありそう。
大画面のテレビその他、それまでよりも大きな充実した家具調度もある。

娘にも見てもらい、何とか納得して大急ぎの引っ越し。
丁度チェックアウト時でフロントも忙しいので。

・・・

・・・

この日のその後の記憶は飛んでいるので又思い出した時に…。
そうそう、金庫も今度のところはあって、有難い(というほどの額を持っている訳でもないが)。

夜は私1人でVolksoperに行き、楽しみにしていた筈の「Ein Walzertraum(ワルツの夢)」・・・
大爆睡して、本当にワルツの夢となってしまった。
歩行もおぼつかなく、まだ本調子には程遠いことを実感・・・やれやれ・・・

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Volksoper(Die lustige Witwe) - 2012.11.08 Thu

(11月8日の公演/22日に記載)

余りに素晴らしかったので後でゆっくり書きます。
(とだけでも、アップしておかないと放置するに違いないわたくしです)

2008年に書いた日記と、大差ないのであります。


でも、やはり数行だけでも記しておきましょう。
今年の日本公演と舞台セットも同じで(テレビでしか見ていませんが)、ウィーンも近代的になったものだ、と思いましたが、やっと安心して本物のメリーウィドウを味わいました。
ダニロ役は、歌うだけでなく、歌の中で旋律から離れてしっかり語ってくれたのが何より楽しめました。特に「王子と王女の物語」。

あとは又後日書き加えます。



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"Sperl"!? - 2012.11.08 Thu

(11月3日午後の記録)
午後3時、お茶の約束。
まるで我々と入れ違いのような日程で帰国される前日だというのに、私の体調を考慮して2日ではなく3日に時間設定してくださった佐藤卓史さん。色々と奇遇続きの青年。今は20代ながら、将来は日本のピアノ界を担うに違いない。
自宅がここから近いことは知っていたけれど、「これから家を出ます。近いので直ぐに行けます」と電話…私の足なら10分近くかかりそうに思えるのだけど(夫がその昔、彼らの住まいとこの宿の丁度中間辺りに住んでいたことがあるので、そこから概算)、3分も経たぬうちに「今着きました」と、宿の建物の下から電話があり、引っ繰り返りそうに吃驚してしまった。
絶対に忍者のような足技を持っているに違いない

娘と3人で歩くこと数分。
"Sperl"ってご存知ですか?と言われ、聞いたことはある気はすれども行ったことはない。
いや、知らないです、と答えて案内された。
向かいの通りの名前を見たら「Lehárgasse」!

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四方山話に花が咲き、3時間が経ってしまった。

話は、これまた「殆ど切れかけた蛍光灯」の私の頭。
帰宅して何時間も経って気付いた。
Lehárgasse・・・Sperl・・・
私のオペレッタ好きで選んでくださったCaféだったのでは??
レハールやカールマンが好んで集った場所、何かで読んだことはあった。

しかも、我々の居る通りの名前と・・・

ここには是非とも行きたい。
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土曜なので - 2012.11.08 Thu

(11月3日午前の記録)
昔の人間、スーパーは午前で終わるという思い込みが消えず…
3年ぶりのウィーンの朝食(ビュッフェ)、センメルにあらゆる種類のハム・ソーセージ、チーズを挟み、満足。

店が開く時間に買い出し。
ナッシュマルクトのすぐ近くなので、そちらも散策し、フリーマーケットへ。
ちょっとした衣類を物色。娘は1枚25ユーロのスカートを2枚で35ユーロに。私は25ユーロでいいよ、というTシャツを更に18ユーロに値切った。

一旦宿に戻り、東京に忘れてきたデジカメ用のUSBケーブルを買いに、Wiedner Hauptstrasseへ。確かこの辺りにそういう品(パソコン関係)を扱っている店があったはず、と。
それよりも先ず電車のチケットを買わねば、とTabak(正しくはTabak-Trafik…タバコ屋さん。電車のチケット、新聞、雑誌、切手、その他雑貨あれこれ売っている店)にて、一番割安になる1ヶ月券を購入。
並びの文具店で必要なものを買い、更に並びのPC用品の店でケーブル購入。
デジカメを見せて、これに使えるタイプを、と。
店のお兄さんは商品のビニールを破いて、デジカメに差し込んで確かめてくれた。
で、結局そのままの状態で使い続けている。長くて収納に困るから・・・

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その後、宿の向かいの、夜はバーになる店で昼食。
とは言え、私のお腹は満タンで、Kürbis-Suppe(カボチャのスープ)のみ。これが美味しかった!!

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娘は流石!若さの差??しっかり食べていた。
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下は半分ずつ食べたチョコムース
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徐々に脳の回路がつながってきたので - 2012.11.08 Thu

1日に出発して、まだ一週間なのに……

2日のウィーンの空港の出口への通路、壁面全体にメリーウィドウのスコアが描かれて(?)いたことは書いた。

定刻より30分も早い到着だったらしい。
タクシーで宿に向かいチェックインした。常連なので何も書かなくてよい、と。
鍵をもらってAppartment側に向かい(道路が別)、部屋をチェック。
う〜〜ん・・・確かに4人用のファミリーアパートメントだけれど、一部屋が子供部屋。つまりベッドの幅が狭いのだ。
娘はここで充分、気に入った、と言うけれど…広い部屋で寝る私は肩身が狭い。勿論その広い部屋はリビングを兼ねているので、娘も昼間はここで過ごせるのだけど・・・
2009年の9月の滞在前半と同じリビングだが、狭い方の部屋は違っていた。

(宿のサイトからリビング兼寝室の画像を引用)
最初の部屋

(狭い方の部屋は流石に載っていなかった)


ともあれまだ夕方5時。
近くのBILLA(という名前のスーパー)で簡単なサンドイッチ(センメルにあれこれ挟んである)やサラダ、飲み物、ヨーグルト、牛乳などを購入。
(センメルはSemmelと書き、正しい読み方はゼンメルなんだろうが、ウィーンで「ゼ」は耳にしたことない)

あとは記憶になし。
8時頃には寝てしまったような…夜中に1時間おきに目が覚めて、何と時間の過ぎるのが遅いのだろう、と思ったことくらいで。
そうそう、部屋も私はこんなに大きなベッドで寝ているのに、娘は・・・と気になって仕方なかったことも。

他は又思い出した時に。


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トップの画像だけ - 2012.11.08 Thu

記録しておきたい出来事満載なれど、パソコンに向かっても文章は出ず…
既に忘れ過ぎゆき、メモだけでも、と思ってもそれすら億劫(ブログは一時期「趣味」と言えたほどなのに…)。

こんなに足+脚が弱ったか!?・・・ある程度予測していたことではあったが、ここ迄とは・・・絶句。
買い物に出ても歩くことに必死。まるでリハビリのよう。

少しずつ又改めて書くことにして、トップの画像だけ更新しておきます。

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Volksoper(Heute im Foyer) - 2012.11.06 Tue

(11月6日のコンサート。11月22日記載)

詳細は知らないのですが、「Heute im Foyer…(今日はロビーで…)」といった催しがこの数年来開かれているようです。2009年だったか、何かのオペレッタの時に宣伝を配っていた記憶があるのみで・・

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今回は「Auf Flügeln des Gesanges(歌のつばさにのせて)」とのタイトルで、Volksoperのソリストたちが(それもまだ若い方々)ソロ、重唱をロビーで披露。
前半は、ブラームス、メンデルスゾーンなどのソロ、二重唱、四重唱(もあったか?)。
曲数が多くて書き写すのが億劫な無精者…(こんなことではいけないのだが)

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後半は、ブラームスの四重唱「ジプシーの歌Op.103」。

詳しくは又いずれ帰国してから。


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又してもパンク? - 2012.11.05 Mon

今日は5日。
昨日のことだ。
10月半ば過ぎに起きた症状が又しても起きた。
風邪ではなさそう。
下痢に始まり、全身の痛み、発熱……

10月に耳鼻科で(その時は咳も酷かったので)処方された薬を、先月末の膠原病内科の予約受診で「旅行用に」との名目で出してもらってあり、本当に助かった。

又、娘は娘の夫(小児科医)と連絡を取って、どうしたらよいのか相談してくれた。
前述の薬に加え、余りに痛みが酷いようならロキソニンを、とのこと。
ロキソニンを飲んで随分楽になったし熱も下がったよう。

2日に空港に着いて、あまりの疲れに驚いた。いや、こんなにフライトを長く感じたのは初めてだった。
列をなして出口に向かって歩くのが追い付かない。空港が改装されて出口まで遠くなった所為もある。
いや、参った・・・


それでも!!


娘が「右見てごらん!」と・・・
歩きつつ、しっかりデジカメを取り出す私。
私の興奮ぶりに、娘が「落ち着け!落ち着け!」と。
壁面全体がスコアに!!
反射してピントが合わなかったが・・


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すかさず見つける「ロロ、ドド、ジュジュ〜〜」の部分。
(頭の中は勿論悲しいかな、Peter Minichの声です)

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他は又、元気になってから書きます


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ウィーンへ出発(成田へ) - 2012.11.01 Thu

(11月4日記載)

11月1日に出発。正しくは成田に向けて出発、そこで一泊。

既に「ものわすれセンター行き」かも…(ものわすれセンターとは、私が世話になっている病院の「認知症の科」の正式名)と思うほど。決してその類を揶揄するわけではない。本当に頭が回転しない。
何をどのバッグのどのポケットに入れたのか?スーツケースに入れたのか?それならどこに?と、まだ出発する前から探し物ばかりしていた。

そして成田のホテルに着いて、帽子が見つからない。
空港からのシャトルバスだろうか?それとも空港行きのリムジンバスだろうか?はたまた家からリムジン乗り場のタクシーだろうか?
日頃、その類のものには4桁の金額しかかけない私が5桁のものを購入した…(というのも、頭髪の生えぎわの白髪を隠すため!)
う〜〜ん、このままにするのは何とも。
家から電話で読んだ無線タクシー会社に連絡をし、無線の番号(というのだろうか?ナンバープレートではなく)を告げるや、それは○○営業所が管轄なので、と電話番号を教えてくれた。
親切にも、「届いています」と。
保管しておいてくださるそうで、帰国後に取りに行くことになった。

と、こんな調子で旅が始まった。
単なる疲れすぎであることを願いつつ・・・

取り敢えずこれだけ送信。

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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
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【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2021 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
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