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2011-10

ぷんぷん!!! - 2011.10.31 Mon

本来は、昨日のとても盛り上がった「秋鹿いとこ会」のお礼、皆さまへの感謝の気持ちや、幹事として至らなさのお詫びなどを先に書きたいところなのですが、それは大切な日記としてゆっくり書かせて頂きます。



今日のタイトルは・・・

どうせ私のことですから想像に余りある…と思います。


昼前に、今日送ることになっていたグループメールを書いていたら…
近所の整形外科に行っている夫からメールが来た(13時ジャスト)。
「ブロック効き過ぎて他人の脚 ベッドの上 」と(絵文字も夫のまま)

「それって救急車並の医療ミスじゃないの?先生は何て?」
と返信を打ったが、そのまま返信もなし。
ともあれちょっと待ってみよう、とグループメールを終え、様子を尋ねたら、
「麻酔が効き過ぎだって」と返事が来た。

「医療ミスじゃん入れすぎたんでしょ!ともあれ行きます 」と返信(絵文字も私のまま)


出向きましたとも!!
そうしたら、まだ昼休みだというのに、午後の診察のための行列が!!
(そうなんです。このクリニックの先生はテレビで取り上げられたので、以来他県からも患者がワンサ)
列の最後尾から横を通り過ぎて前に出て行ったので、患者たちが嫌そうな顔をして私を見ている。
よほど「家族がブロック注射で神経が麻痺して寝かされているので面会、ごめんなさい」と言ってかき分けて通り過ぎようか、と思ったほど。看護婦さんが折良く(?)ドアを開けて(受付開始時刻だったのか?)、私だけを入れてくださった。(話し声が聞こえないように……か?)

にこやかに先生が出迎えて下さり、「足はどうですか?」と・・・
「私の足ではありません、主人が寝かせられているそうで」と中に通して頂いた。

何度も受けた説明を又聞かされたけれど、「量が多すぎたんですよね?医療ミスじゃないんですか?」と、私は怖いんですよ~~、実は・・・
麻酔科の女医さんが奥で「すみません」と仰っていたけれど、院長は「こういうもんです」みたいな…「これで効かなければ手術で」といったことを仰る。
それは分かっているが、私は今日の麻痺のことをドシロウトとして訊いている訳で。

まだ立ち上がることも出来ないようだったので、「帰りますので」と言って帰ってきた。ちゃんと、「今日のブログのネタが出来ました」と述べた上で。でも先生は笑顔だったし、それで書いている次第

薬局で夫の薬を代理で貰ったが、量が違って記載されていることに薬剤師さんが気付いて、電話してくださった。
う~~~ん……マスコミで取り上げられたピアニストが、それが故に練習時間が減って演奏が乱れても、命に関わる訳ではないが…


夕方、夫から迎えの依頼メールが来たので、ポンコツ車で出向いた・・・
本来なら、夫のアルファード(後部座席が電動で斜めに地面の高さまで降りるようになっている)で行きたかったが、春に1回高速をただ走っただけなので、諸々の操作は忘れてしまった。何より、小さな「軽」に慣れてしまったので、住宅街を走るには車幅が危うい。

夫は松葉杖をついて、出口で待っていた。

ともあれ帰宅出来ただけ良いか?
総合病院に入院して治療を受けた方が良いのではないか?
長時間正座をして感覚を失い、立ったつもりが転んだ、といった感じか?いや、この時刻になってもそれ以上に麻痺しているようだ。

毎日麻酔で痛みを誤魔化しているだけの現実。
そういうもの、と言われればそれまでか??

後で我が家の医者が帰宅したら訊いてみよう・・



(何でもメールに書く私……早速生徒さんの一人が夕飯4人分を届けてくださった…遠方なのに。音楽会に行く途中、とか…。いつも助けられる我が家。私が何でも書いてしまうから…



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外付けのHDDが壊れた! - 2011.10.28 Fri

私のマック、外付けのHDDにバックアップを録っているが、10日間放置していると「タイムマシンが云々」と催促のコメントが出る。
今日も出て、何度もバックアップを録ろうとHDDを繋げたが、ずっと「準備中…」のままで進まず。
そのうちにディスク内でギーギー怪しげな音。途中で止めて試しにタイムマシンの鍵を左右に動かすも、効き目なし。

一応「タイムマシン」をクリックすると10日毎に保管はされているようだが、新たなバックアップが録れなくなってしまった。まだ空き容量は300GB以上あると言うのに・・


この2007年に購入した肝心のパソコン本体は、2009年暮れに壊れて初期化して、この外付けHDDを使って生き返ったもの。まる4年使っており、空き容量は18GBを切ってしまった。不要物は削除し、当面使わないものはDVDやCDに移しているというのに。

そろそろ一式買い替え時か??
ここ迄容量が減ったので、あとはメモリースティックにこまめに保管して当座をしのぐ。



PS(11月4日)
一週間経ってふと気付いた。
取り敢えず、外付けハードディスクだけ買ってバックアップを録れば済むではないか!そうすれば新しいパソコンを買った時にも読み込める。
と・・・頭の回転は完全に停止の日々だったようだ(過去形ではなく現在も)。



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ぎゃぉ~~~っ!!!(その2) - 2011.10.28 Fri

と、私が代わりに騒いでみる。


その2は、夫の脊柱管狭窄症。
本当に痛いようで、しかも大腿を通り足先までに痛みが及んでいるそうだ。
顔を合わせれば「痛い」「痛い」の連続・・
特に座ると痛みが増すようで、立ったままテレビを見たり、お茶を飲んだり・・

毎日整形外科に通い、アナペインという麻酔薬を背中~足まで数ヶ所に打ってもらっている(本来メジャーで使うキシロカインで蕁麻疹が起きた為、アナペインで)。他にもモービック(ぎっくり腰が治るほどの強い痛み止め)も飲んでいるし、リリカだの漢方薬だの、色々服用しているが、一向に治る気配なし。
今日は、麻酔科のいつもの先生が休みで院長自らが打って下さったそうだが、失敗して注射液が噴き出したとか???
まだ酷くなかった頃に整骨院に行き(これは手の事で出向いたのかもしれない)良くなったので、このところ数回出向いたところ、・・・どうも端から見て、整骨院に行くと悪化する気がする(本人もそう言っているが)。

神経の周りにヒアルロン酸みたいな液体を注入することは出来ないのだろうか??・・と、又ど素人は思う・・・


そんなこんなの日々。
ふと思い出したのは、私の高校時代の歯科医。
忘れもしない高2の5月。
虫歯を悪化させて(私が悪化させたのではない)、抜歯。
その後もどんどん痛みが激しくなり、登校前に歯科に寄って麻酔注射を受ける毎日だった。
季節は夏になった。
その歯科医の奥さんが内科医で(夫妻で小学校の校医をなさっていた)、ある日「そんなに痛みが取れないのはおかしい。骨膜炎でも起こしているのではないか(起こすのではないか、だったかも)、と抗生物質を私に内服させるよう、ご主人である歯科医に説得してくださった。今では懐かしいクロロマイセチン。高価だったのだろうなぁ…
あれよ、あれよ、と数日のうちに痛みが治まったではないか!
ただ、色々試した鎮痛剤と麻酔で、顔から首、背中、腕に湿疹が出て、それは秋まで治らなかった。
顎の形も左右で変わってしまい、現在でも微妙に位置が違うまま。
まさに今の夫の状態。でも夫の症状は抗生物質は効かないし、辛いものだ。
私の場合、食べ物も噛めなかった訳で、折しもお中元に頂いたプリンの類は全部私の胃袋に収まった。
(夫は食べられるだけ良いのでは?と冷たい妻は思う・・)


あぁ、そういう時代だったのだろうか・・・

それにしても我が家は貧しかった。
200mlの牛乳を家族5人で分けて飲んでいたのだ。
それも祖母が家長然として半分を飲み、残りを4人が分けて紅茶に入れるだけ(虫歯も頷ける)。
だから、給食の脱脂粉乳がまずい、と言っている人が信じられなかった!

やはり高2の時(これは冬の1月か2月)、右手親指が瘭疽になった。
レッスン先で、ショパンのソナタ第2番の第2楽章のオクターブを「大きな音を出せ!!」と何度も怒鳴られ(弾き方は教わらない)、大きな音が出るまでがむしゃらに叩いた所為だろう。帰り道から痛み出し、夜中はのたうち回るほど。
何とか翌朝治療代を貰って近所の外科に行った。元軍医の外科医に爪を剥ぎ取られた。
その処置は、今でもまぁ普通。
実はその数日前に湯たんぽで左脚に火傷をして(今で言う低温火傷)、皮膚がぐちゃぐちゃになっていたのだが、治療費を親には頼めず、靴下で隠して、手だけ治療を受けに通っていた。
湯たんぽをこっそり入れてくれた祖母(父方)は、何年もの間「こんなに痕を作ってしまって、おばぁちゃんが悪かったねぇ…お嫁に行けなくなったらどうしようねぇ…」と、如何にも当時の人らしいため息をついていたものだった。

幸い夏頃、西宮の叔父が学会で上京の折、祖母に薬の試供品を何種類か置いて行き、そのひとつを試しに数日続けて塗ってみたところ(正しくはガーゼに塗布+包帯)、半年もぐちゃぐちゃだった火傷に薄皮が張ってきたではないか!!!
何て言う名前の薬だったか…pfizerと書いてあった気がするのでファイザー製薬だったのだろうか?テラマイシン??(青っぽいチューブだった)

一時期の絵画ブームで留学までさせて貰えた私は「お嬢様育ち」に映ったらしいが・・
中高時代は私服で、2枚のスカート、2枚のブラウス、1枚のセーターしか持たず、母の箪笥に一緒に入れさせて貰っていた。制服のある学校の友人たちが羨ましかった。
幸いなことに、私より背が伸びた年下の従妹たちの「おさがり」を身にまとい、意気揚々としていた高校時代。

・・・

・・・

・・・

体調が悪い時には、こんなどうしようもない事ばかりが想い出される。




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ぎゃぉ~~~っ!!! - 2011.10.28 Fri

又しても「慌てる乞食は貰いが少ない」…

昨日、12月にある生徒たちの発表会のリーフレットを大急ぎで作成し、あり合わせの光沢紙で150枚ほど取り敢えずプリントアウトをして意気揚々。
これを会場の催し物報告書に添えれば、詳細を書かずとも済むし…
こういう雑事はさっさと済ませてしまってピアノに向かいたいのだ。


夜中にふと目覚めて気付き、昨日印刷したリーフレット…入場料を書き忘れていることに気が付いた。
ま…いっか…サービス…
けれども入場料を取らないのであれば「入場無料」と入れねばならぬ。

もうスペースが無いので、頭の中ではA4サイズを暗闇の中で思い浮かべてあれこれあれこれ・・・

ところが!!更に思い出した!!主催者の連絡先も書いていないことを。
まさに Σ( ̄□ ̄;)!!!


やってしまった…

と、今朝は又してもワードを開いてやり直し。
仮印刷を会場には添えて提出出来た!
あぁ、ひとつ片付いた。

来月初めにチケットを作って、あとは・・・あとは・・・(頭痛)・・・

このようなことを楽しんでやっていられた頃が懐かしい。

150枚で気付いて良かった、と思うことにしよう。1500枚ではないのだから。
夕飯を食べている間にプリントした枚数だけだもの。





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松浦豊明先生が亡くなられてしまった!! - 2011.10.23 Sun

昨日の夕刊各紙に掲載されている!!偶然、本当に偶然!ネットで知った。「まさか!」「まさか!」と次々検索すれど事実のようで…。
我が家の昨日の夕刊を探した。掲載されていた。ネットが壊れたことを願っていたのに・・
8月16日、心不全でいらしたそうだ。近親者で告別式を済まされたことも書かれてある。

去年奥さまの滋(しげ)先生が亡くなられた、ということを喪中葉書で知ったばかり、お悔やみに伺いたい、とずっと今年は思っていた。言い訳でしかないが、自分の体調管理でいっぱいいっぱいだった今年(過去形にしてはいけない)。そんな矢先、更なるショック。

私が留学するに際し、松浦豊明先生は勿論のこと、奥さまが色々とウィーンの情報を調べて下さり、又お二人からは留学にあたっての貴重な注意を頂いた…それが1974年のこと。

そもそも留学を勧めて下さったのが松浦先生だった。
大学卒業当時、左を向け!と言ったら全員左を向き、右を向け!と言ったら右を向く存在であった音楽評論家・野村光一氏が、私も国内のコンクールを受けるべきで、それには松浦先生に習うのが一番!と言われた旨を先生にお話しした時、貴女は国際コンクールの方が合っている、渡欧は少しでも早い方が良い、と仰り、野村光一氏にも進言して下さったのだった。
結局翌年の1974年になってしまったのだが。
一時帰国の度にお訪ねすると、奥さま手作りの食事でおもてなしを受け、近況をお話ししたり、ご夫妻からはさりげないアドヴァイスを頂いたり、私にとっては感謝してもしきれないほどのご夫妻・・・なのに、何のお礼の言葉も述べぬうちに逝かれてしまったとは・・

大切なことは先延ばしにすべきではなかったのだ。自分の体調など無視してでも。
又しても「悔い」を作ってしまった・・・


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残念!! - 2011.10.21 Fri

中高時代の仲間たちの展覧会なども、海外在住で帰国の友人との久々の再会も、前述の文化祭も、全部叶わぬ無念さ!!!
日頃の行いの悪さが故。

今日も必死で起きた。5分起きては又横になり、を繰り返し。
一昨日、昨日、と少し頑張り過ぎたか・・・それは分かっていたので、昨日は午後昼寝をしてから(これまた、起きねば、起きねば・・と頑張って)整骨院に出向いたが、それが又疲れの原因になったろうか。ただ、整骨院での処置は数日経つと効果があることを経験から理解しているので、出向く方が理に叶っている。


そろそろ作らねばならない印刷物もあるのだが、頭は拒否。身体も拒否。
(勿論)手抜きで、と思えど・・・それすら・・ま、いっか・・と先延ばし。


私より体調の悪い筈の夫(脊椎管狭窄症が脚にまでに影響している)が頑張って家事をメインにしてくれている。但し掃除は二人とも不可能。
今度の日曜には、仕事ではないものの「演奏しなければならない」ことがあるそうで、「やめたら?」と進言するも、既に時遅し…らしい。


私の左手母指CM関節症も、腰に気を取られている間に右手まで復活…
全くヤレヤレの年。
朝は寝床の中で湿布(寝ている間にギプス状態になる優れもの)を剥がし、手、指を開いたり閉じたりしながら様子を見、身体も寝返りを何度か打って動けることを確認しながら、30分以上を過ごす。倦怠感も相俟って。
これを忘れて(電話などで起こされ)ガバ!と起き上がり、洗面台に行こうものなら歯磨きのコップすら落としそうな握力と痛みなのだ。

・・・・・・・・・1998年と似ているのだ、甚だしく!
多発性筋炎再燃???と思えど、どうせ医者に行っても「検査データは全て異常ありません」で終わることを13年の間に学習してしまったので、自分で再燃せぬように工夫するしかない。
私の場合、検査データに異常が出る時には、もう寝返りも打てないし、立ったり座ったりも出来ぬ状態(体幹筋を酷くやられて、初めて異常データとなるらしい)ということが分かっている。

如何にサボるか、ということばかり賢くなる毎日。



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情報の有難さ - 2011.10.20 Thu

今日は夫のこと。


脊柱管狭窄症で苦しがっている日々。
整骨院にも随分通ったが、余計酷くなる日が多くて、ちょっと分野が違うようだ。寧ろ、整骨院で治るレベルを通り過ぎてしまったのだろう。

近所の整形外科は沢山メニューがあって色々方法を個人によって考えてくださるのが売り。
それで鍼も受けたし、ブロックも受けた。ところがキシロカインで全身が凄いことに!
その前、モーラスですら全身蕁麻疹になったこともある。
私が通っている大学病院の皮膚科で診て頂き、それで原因がモーラスであることが分かったのだけれど・・


月日と共に狭窄症の症状は脚にも及んで今に至る。
リハビリで牽引も受け、注射はステロイドに変更。
他に何か原因があるのでは?と不安になり、MRIを扱っている病院に回して貰ったけれど、異常はなかったようだ。

それでも治らない。座れない。
そうこうするうちに、アナペインという痛み止めなら注射出来ることが分かり、少量から始めて、目下漸増中。
使えるものが見つかってよかった!!キシロカインが駄目では手術も駄目!!(キシロカインは、抜歯やちょっとした数針縫うような時に使う局所麻酔です。あ、胃カメラの時にも使います)

そんな話を、我が家の並びの音楽仲間の方に夫が話したところ、ご主人が同じ病に苦しんだことがあり、「オパルモン」という薬で治った、という経験談を聞いたそうだ。
早速医療サイトを覗いたところ;
【作用】 強力な血管拡張作用,血流増加作用及び血小板機能抑制作用を有し,閉塞性血栓血管炎に伴う潰瘍,疼痛及び冷感などの虚血性諸症状に対する効果が認められる
【適応】 [1]閉塞性血栓血管炎に伴う潰瘍,疼痛及び冷感などの虚血性諸症状の改善 [2]後天性の腰部脊柱管狭窄症(SLR試験正常で,両側性の間欠跛行を呈する患者)に伴う自覚症状(下肢疼痛,下肢しびれ)及び歩行能力の改善

とある。
おぉ!!ピッタリではないか!!(「強力な血管拡張作用」というのが気になるが…)

ということで早速整形外科に話すことにした。
数日前に話したところ、「あれ?使いませんでしたっけ?」と言われたとか。それほど、この病気の場合は第1に考える薬らしい。

その他、私がぎっくり腰用に常備しているモービックも処方してもらった。
こんなにあれこれ飲んでは又蕁麻疹でも…と心配し、強引にアレグラも処方を頼む図々しさ(誰がだ??)


又、私の友人お薦めの(ご本人は名古屋在住だが)、池袋の治療師さん・・・とても目下は池袋まで通えない。
差し当たっては痛みを取って、それから薬の漸減を考えないと…という現実。
いずれ薬はゼロになり、そのお薦めの池袋まで出向いて根治して頂き、自力で(=薬なしで)生活出来るようになれば、と思う。年単位?………





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危惧 - 2011.10.19 Wed

AppleのSteve Jobs氏が逝去して以来案じていること。


Macのウィルス対策。
必ずソフトを入れて使っているけれど、ウィルスに強いから、と入れていない人も多い。

今後どうなるのだろう…と機械に疎いので心配になる。
私の個人情報など盗まれるものは何もないので(アドレスブックはあるが)、そうではなく世界規模で見た時、開発途中の製品その他経由で。

Steve Jobs

それにしても余りに早い・・
使うべき能力は全て使い尽くしたので天国に招かれてしまった??
まだまだあったと思うのだけれど…残念です。




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ランチェスターの法則 - 2011.10.18 Tue

今日我が家に立ち寄った息子から、何の話からか忘れてしまったが、「ランチェスターの法則(Lanchester's laws)」というものを教わった。

強者と弱者の戦略方法の違いだった。

でも、後で考えてみたら、これは一人の人間の中でも使い分けられるべきことだと思った。
私の様な年齢になると、益々「思い煩うなかれ」。余生を天に任せること、神の御心のままに、という気持ちも必要だが、折に触れ、「この時この事に於いて自分は?」と法則を応用して意識することも意味があるのではないか、充実した残りの年月を過ごせるのではないか、と感じた。



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魔の月曜日 - 2011.10.17 Mon

(と、又してもこんな記録)

半年も前から予約が入っていた大学病院の整形外科。
年に1回の骨密度検査の日。腰椎、骨盤、大腿骨頭の特殊なレントゲン。
その前に血液・尿検査があり、検査が全部終わったら整形外科の受診。


のプログラムなのだが・・・
病院に着いて先ず診察券を機械に通して自分の順番の確認票が出てくるのだが、件(くだん)の半年も前から予約してある9時の整形外科が消えている!
取り敢えず検査室へ・・


今日も又、検査室は90人待ちらしき番号に愕然
それなら骨のレントゲンを先に、と受付に行けば年輩の男性の対応が、「いえ、検査室でお待ちになってください」と。
今日は私も引き下がらない。「90人も、椅子無しの廊下で待つことは出来ません」と。
ついでに、「受診予約が消えてしまっているので、2階の受付で確認してきます」と言ってみたところ、何か言われた気がするが、強引に我を通した。待っている間に行けてしまうもの。(徒歩+エレベータ+徒歩)×2は今の私には可成りの距離ではあっても、要領よく過ごしたいのだ!

とは言え、甚だしんどいのですよ~…



整形外科の受付に行ったところ、こちらは手慣れたもの。
「あら、確かに予約入っていましたけど消えてしまっていますね」と、お馴染みの大変手際の良い女性がすぐにパパッと手配してくださった。


骨のレントゲンを受け、結果が出て伝票を渡されるのを待ち、血液検査に行き、やっと診察室の前の椅子へ。

広い院内を歩き回ってヘトヘト。即刻居眠り。
あぁ、病院ってどうしてこんなに疲れるのだろう?健康でなければ来られませんって・・


やっと自分の名前が呼ばれて、骨の結果。
横這いと、箇所によっては下り坂。
でも、この半年の骨折に始まり現在のぎっくり腰に至る諸事(近所の整形外科にお世話になったことも)を話したところ、その割には何とか保てているので、薬の効果があるのだろう、と。
「薬は、そちらの整形外科で貰っても良いですよ」と言われたが(半分は嫌味?と思ってしまったが)、「いえ、こちらでないと公費が使えないので、こちらでお願いします」と答えた。


会計、薬局・・もう昼近かった。


帰りに、これ又体育館のように広いスーパーに寄って買い物し、帰宅して昨日以来の食事にありつき、バタン!ぐーー・・
惰眠をむさぼるも、無限に眠れる。
あぁ、今日も疲れたなぁ…(って、これから自分の「今日」を始めねばならないのに、もう終わった気がする…)



PS
数日後になり、当日渡された骨のレントゲンの画像や数字のコピーをやっと見てみた。
腰椎はこの5年間、横這いと上昇で万歳!だったのに、Σ( ̄□ ̄;)!!今回は6年前まで落ちているではないか!!
薬もきちんと服用しているのに・・・やはり1-2年にわたるデスクワークだけの日々が影響した??




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綱渡りを諦めた - 2011.10.15 Sat

若い頃の身体を記憶しており(「やる」と思えば何でも出来たこと)、それは膠原病の後でも同様、50代前半は大体思っている通りに行動が叶ったものだ。


それが、いよいよ諦める年齢???


今月末に「いとこ会」と称する、父方の親類の集まりがあり、私が幹事を引き受けたというのに、全部妹の千歌子にやらせてしまう羽目になった。印刷物、詳細なる記録、会場のパンフレットなど、何度も何十通もの郵送まで・・
そこへ来て、この腰。
当日出向けないことだけは避けねば!!

という訳で、11月3日にお引き受けしていた(安請け合い、としか言い様がない!)母校での演奏は、やむなく電話にて昨日キャンセルさせて頂いた。
腰が治って出掛けられればよい、という訳ではなく、練習しなくてはならない訳で。練習すれば腰が危うい。



あぁ、本当に今年は年齢を思い知らされることばかりだ!

(偶然にも、この書き込みが600通目のようだ )






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喜ぶべきか悲しむべきか - 2011.10.13 Thu

いつもお世話になっている近所の整形外科の佐々木先生が、先月テレビ(テレビ朝日系・スーパーJチャンネル)に出られて以来、患者さんが殺到!!!

ぎっくり腰という、同じ姿勢で座ることの不可能な目下の私は、受診不可能となってしまった



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訳の分からぬ日々 - 2011.10.12 Wed

こんなことしか記録するネタもなく、…けれども後になって(執拗ながら)自分自身のための忘備録として甚だ役に立っている現実。


先日(7日)、家族で珍しくフランス料理を食べに行った。
そうあることでもなく、食い意地の張っていた私は、魚料理と肉料理の両方が含まれたコースを選んだ。
とても美味しく頂き、久々に甚だ満足!!

ところが真夜中、胃の具合が悪くなり、動きが全く停止。そうこうするうちに腸までも動きをやめた。
根性で手持ちのマーズレンを探しだし、服用し、何とか朝には胃の不調は治まっていた。
けれど腸は・・・以降何日も全く動かない。
これ又(コンピュータで自動的に処方される)ラキソベロン、最近では滅多に使うこともなかったが、試しに使用。
大抵5-10滴で効果があるのに、20滴でも駄目、翌日再度15滴。それでも駄目。翌日に又20滴使い、やっっっっっと効果が出た。

この事とぎっくり腰は関係があるのだろうか?又、ジスロマックの服用が原因になったか??

と、出向く医者ごとに(整骨院も含めて)に訊けど、返ってくる答えは「疲れすぎです」「ストレスが溜まりすぎたのです」の類。
今日も、耳鼻科で「あれだけ酷い状態が長く続いたのですもの。余程疲れが溜まっていたのですよ」と言われてしまった。

でも、耳鼻科はそろそろ終わり?

今日は偶々娘を車で連れて行き(先週、咳と40度近い熱を出したので)、私が感染源ではないか訊いてみたが、余りに日数が経っているので、別口でしょう、と・・・

我が家の医者(=娘婿)は、私の年齢であってもマイコプラズマは感染する。ジスロマックで治っていても抗体は残るので、検査を受けておいてみては?と勧めてくれるが、又その為に(多分開業医ではなく)病院に出向くのは考えただけでしんどい・・・

今日も忙しかった。
午前中は溜まっている書類の整理、コピー、郵送提出。
午後一番で…と言っても3時に整骨院(ぎっくり腰のため)に行き、一旦戻って娘をピックアップして夕方耳鼻科に滑り込んだ。
今日も又夕飯は出来合いの弁当となってしまった(とても美味しかったが
お休みを頂きっぱなしの生徒たちのレッスン、いつ再開出来るやら・・・




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楽な姿勢 - 2011.10.12 Wed

また、ろくでもない記録。


ベッドに横になり、幸い色々角度を変更出来るので、一部分に負担がかからないよう、背中部分の高さを調節しながら横になったりしていたのだが。

最も楽な姿勢は、以前書いた日記 にアップした椅子の上での正座!!

お蔭で、昨日から日記(又の名を「自分の為の防備録」)を記すことが出来るようになった。
けれども、この椅子に正座してピアノは弾けないし教えることも出来ないし、髪の毛も洗えない


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魔女の一撃/続き - 2011.10.11 Tue

どうしてこんな馬鹿丸出しのことを平気で書くか、と言えば、私自身が得体の知れない(いや、知れなかった)病気を経験したので、お読みくださっておられる方に何か拾って頂き…お役に立つことでも存在すれば、ということがひとつ。でも、横柄な態度に思われたら申し訳ないことです。

私の腰は、夏に「あれ?」と思ったことがある。
両足第5趾骨折で、クッションの効いたサンダルを家の内外を問わずに余りに長く履いていた為か、それとも足そのものの所為か、ピアノを再開した時、足で重心を支えられていないことに気付いた。
ピアノの鍵盤は横に、小柄な身長ほどの長さ(幅)がある訳で、それを手指が左右に目まぐるしく走り回る時には腰は椅子に着いたまま、両肩は平行四辺形を描くように移動し(腕は手指の動きを補い)、その際には左足の位置を移動させて重心移動を支える。右足はペダルを踏まない時にも、ペダル近辺に構えているので、左足次第ということになる。
その右足もサンダルでグニャグニャ、左足と来ては、移動を無精しているではないか!

それらの所為かどうかは兎も角、鍵盤を駆け巡った時に腰に弱々しさを感じたのだった。それが8月~9月。
そこへ、昼夜を問わない酷い咳の連続だったのだから、あとは推して知るべしの私の可哀想な腰!



ここからは夫の話に移ります。
(文章を整える時間は省きます)

一昨年、昨年、と今は亡き父親の介護にて腰と手を酷使。
私とは正反対の性格にて「誰の所為」とか「何の所為」とはせず、「職業病だから…」と誤魔化してしまう人ですが、一番近くにいる私には、手のことも腰のことも「原因」は全部透明ガラスの如く見通せてしまい・・
その延長に、父親の遺品の片付け、長野のアトリエの往復、没後の雑事に、と仕事の合間を縫って動き回っていた。

今年の3月、娘夫婦が階下の空いた部屋に引っ越して来たい、との話。
そのことは彼らにも私らにも良い話で、即刻決まった。
ただ…引っ越しは業者を頼まず、娘婿と我が夫とで(車で5分の距離)運んでしまう、と言う。娘は体調を崩しており、動くことは不可能。
二人っきりの引っ越し作業は無理では?と思いつつ、夫は優しいのか身体(年齢)を過信しているのか・・

私はひたすら家の中の片付けに徹し、往復は手伝わ(え)ない。

結局夫は腱鞘炎となり、それでも作業を続ける。仕事でコンバスを弾くと痛い、と言いつつ。
そうこうするうちに腰もやられた!!それでもコンバス(弦楽器の一番大きな楽器です)を運んで仕事に行き、弾いて、帰宅して・・の連続。
4月になり、とうとうコンバスを運んで演奏することに支障を来し、いつも通っているY病院に行った。ところが、整形外科医が辞めてしまったそうで……他に医者は分からないとのことで放置。
6月初めに私が骨折してお世話になり始めた整形外科に、夫も連れ立って通い始め、幸い腱鞘炎は秋になり漸く改善。(私の骨折は、そういう神様の計画?)
ところが腰は、・・余りの放置で脊柱管狭窄症だか、腰椎変形性脊椎症だか・・(?)・・に進んでしまった。
薬を飲んだり、牽引したり、注射されたり、鍼治療を受けたり、整骨院に行ったり、本当に大変。しかもキシロカインのアレルギーで全身の痒みとも闘い、大学病院の皮膚科に出向いた時期もあった。
先月は、腰痛が脚の裏側へ連なって痛み、今でも座っているのがとても辛いそうだ。

自分の身をいたわらねば周囲に迷惑を掛ける年齢になった、ということを端から見て実感し、それを言い訳に、私は今回しっかりと治すべく安静をまもっている(これが言いたかった??)。

それにしても夫婦二人で、手を痛めたり腰を痛めたり、(夫は骨折こそしていないが)日々同じ整形外科や整骨院通い・・・そういう年齢をしっかり意識すべき時が来た、ということだ。何とも情けない話だ。

余りに情けない話になり、テーマを忘れてしまったので、今はおしまい!送信!




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魔女の一撃 - 2011.10.11 Tue

とドイツ語では言いますが、まさにその通りです。今度はHexenschuss(ぎっくり腰)にやられました
此処まで色々連鎖しますと我ながら…唖然…

日曜の朝、床に置いてあるバッグの中の物を取り出そうと、立ったまま不自然な姿勢で…ギクッっと来ました。
あぁ、昨日のうちに痛み止めの予備(モービック)を頂いておいて良かった!!と薬に手を伸ばし、再度ギクッ!!
そろ~り、そろ~り、と歩いてペットボトルに手を伸ばし、モービックを服用。
9時前のこと。

1時間経ったら少しは効いてくるだろう。と横になった。膝すら曲げられず・・座れるようになったら運転して整骨院だ!!と気は焦る。日曜に開いているのが有難い。今回は月・火と休診なので、どうしても行かねばならない!

予測通り1時間経ったら膝が曲げられるようになった。枕元にある携帯に手も伸ばせて、12時を過ぎるかもしれないが、どうしても診て頂きたいので出向くことを連絡。
11時を過ぎて、何とか座れるようになった。
スローモーションヴィデオのように、そろ~りそろ~り身支度をしてバッグを足で引っ掛けて拾い上げ、そろ~りそろ~り階段を降り、階下の二人に声もかけ、玄関を静か~に出て、まるで「こそ泥」のように音も立てることなく車まで。

座れた!ブレーキにも足が届いた!いざ出発


こうして、何とか12時前に到着し、又してもコソ泥のように忍び込んで診察券を出し、駐車スペースが空くまで車で待つ・・・
流石に連休前で患者は一杯。座るところもなかった。


1時を回った頃に順番が来て、院長が背骨とやられた部分とを矯正し、その後は若先生。
テーピングに、背中の温湿布と腰の冷湿布。
色々ギックリ腰に関する情報も有難く頂戴しつつの処置。
9月中旬から何週間も酷い咳をしていたことが直接の原因らしい。
横隔膜の痙攣が、丁度ギックリ腰でやられる部分に繋がっているそうだ。
Hexenschussではなく、Hustenschussという単語があっても良さそうな程だったもの。いや、Schüsse(複数)だわ…(以前、「くしゃみをしてぎっくり腰になった」と言った人に「嘘でしょ!?」と笑ったことを反省した)それにしても頑張って来て良かった…
等々思いながら治療を受け、家での過ごし方を聞き、湿布を大量に頂き、車へ。
あぁ、何と楽になったこと。
鎮痛剤があったことも幸いした。

書き記しておきたいこと、お伝えしたいことはまだまだあれど、座る時間は数分単位に留め、一旦送信。





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感謝 - 2011.10.11 Tue

昼前、ピンポーーーン!とインターフォン。
出てみると宅配便。

差出人は生徒の一人。

即刻開いた。
あぁ!!何という優しいお嬢さん・・・

手作りのパン数種類、手作りのジャム、手作りのパウンドケーキ、他、お米やココアパウダー・・

夫と共に「優しく育ったお嬢さんだね」「人の傷みが分かる人だね」と話ながら、早速心のこもったパンを頂いた。
いつもにも増して美味しく頂いている。



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思う様に進まないCDへのコピー - 2011.10.06 Thu

過去の莫大な量のテープとDATをCD-Rに保存しよう、と思っているものの、遅々として進まず。

いきなりCD-Rは無謀ということが分かり、大量のCD-RWを購入。

・・・けれども・・・



我が家の機器は、"AUTO"にすると3秒の空白でトラックが替わってしまう。
ならば、と"MANUAL"にすると20秒の空白で停止してしまう。

放置しておくととんでもないことに!!


という訳で昨日は、始めてしまったコピーをMANUALにて、大元の1枚を作るために機器の前に付きっきり。
けれども、意外なところに20秒の空白は多くあり、仕上がった!と思って機械にAUTOで更なるコピーをさせ、別室から戻ると、停止している。
再度DATからコピーをし直し、「此処」という部分では早送りする。そして早送りし過ぎて音が鳴ってしまい、再度そのトラックを消去。勘で数えて再スタート・・・



という反復で、目下のところ一枚たりとも進まず。
マスターCDすら作ってしまえば、あとは何枚でも…との考えは甚だ甘かった。
結局耳鼻科にも行きそびれ、夜まで一日オーディオの前で無駄な時間を過ごす結果と相成った日。


ボロボロになっても、テープのまま放置するか・・・と思えてきた。
それともMANUALのコピーで、一枚まるまるをひとつのトラックにするか…
急ぐことでもないのだが、人生の過ぎゆく速さを痛感する昨今で…


取り敢えず、優先順位から外した!
(でもいずれやっておかねば、遺された者たちは困るだろう。我が両親の、実に整理整頓された逝き方を見習わねば、と思う年齢になった…まだまだ、と言われど先は分からず)







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「河井道の生涯」 - 2011.10.04 Tue

私が学んだ中高・恵泉女学園の創設者である河井道先生。

中学1~2年在学中は遊びこけ、高校2年から卒業する迄には教師に反発し、決して良い生徒ではなかったが、この数年、河井先生の建学の精神の偉大さに感銘を受けている。

先月、河井先生の生涯を再認識してみよう、いや、してみなくては、と思う機会を得た。(本音は渋々だったのだが…)

Amazonの購入記録によると2005年5月購入、となっている、木村恵子・著「河井道の生涯 -光に歩んだ人-」を再度読んだ。
改めてこの著者の作業へ畏敬の念。去年、一冊本を書く大変さを経験した為でもあるが、一人のあの時代に実在した偉大な女性について、たとえ河井先生を存ぜぬ読者であろうとも惹き寄せられる文章構成にも、吟味された内容にも深く感動した。こういう事は私が述べるのは余りにおこがましいのだが…
この様な本こそ、NHKの朝ドラで取り上げて頂けないものだろうか、と思ったほどだ(現在進行形)。

是非お読み頂きたい一冊です。



更に、在学中から(「耳タコ」という表現は良くないものの、まさにそう思えるほど)聞かされていた、河井先生自ら執筆された「My Lantern」。和訳本は私たちが卒業してから「わたしのランターン」とのタイトルで出版された筈、とAmazonのユーズドで検索したところヒットし、即刻注文!しかも、Amazonの注文確認のメールよりも先に、取り扱いの業者からメールが届いて吃驚してしまった。しかも「この度は、ご注文を頂戴しまして、まことに有難うございました。中古品ながら、いま少し、どなた様かのお役に立つのでは、と出品させていただきましたが、お選びいただきまして、心より感謝申し上げます。」との温かいメッセージと共に。そして翌日届いた!!

早速読み始めたのだが、私の鈍い頭、冴えない読解力は……2-3分読んでは立ち止まり……読解力は棚に上げ、「この部分は原書(英文)ではどの様に書かれているのだろう?」と考えてしまう。

気になるとじっとしていられない人。
アメリカのAmazonで検索。
いくつかヒットし、その中から全くの勘で選んだ。

注文先の業者からのメールによると、普通の船便では1-2週間で届くが、郵便事情によっては1-2ヶ月かかることもある、といったことが書かれてある。
気長に読むので全く構わないこと、と思っていたところ、何と!4-5日で届いた!!
つまり9月12日に注文して9月17日に到着。


しかも更に驚いたのは、河井道先生のサインがあるではないか!
(画像はクリックで拡大下さい)

8229846_1323962126_109large.jpg


扉を開いたところには、河井先生の葬儀を知らせる葉書が挟まれている。

8229846_1323924258_113large.jpg


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おそらくこの本を頂いた方が、葬儀のお知らせを受け、本に挟んでアメリカに帰国されたのだろう。(葉書の宛先が渋谷区だから、アメリカではない筈)
そしてお子さんかお孫さんの代の方が、アメリカの書斎の整理でもされたのだろう。

本が、私のところに帰国したことになる・・・
あぁ、導かれてしまったかもなぁ・・・

これ以上の内容は、即刻容易に書けることではないので、いずれ徐々に…

それにしても驚いた出来事だった。
(折しも、風邪で声が出ていない時。おとなしくベッドでこの本を読みましょう、と言われているが如く…)





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近況 - 2011.10.04 Tue

気付けば2週間近くブログも放置。

先週土曜、耳鼻科で「やっと富士山の裾野まで戻ってきましたね」と言われたまさにその言葉の通り、長かった。
先生にも随分無理をお願いして、丹念な治療をして頂き申し訳なかった。
お蔭で、先々週のスピーチも無事に終えることも出来た(半分朦朧としていた気はするし、まだだみ声だったが)。
生徒たちには随分お休みを頂いて申し訳なかったが、やっとレッスンも何とか再開(時間は自己管理。1時間半は超えない!)。
自分の練習も「再開しては休み」を何度繰り返したことか…(これは寧ろ手の問題)
そろそろ本腰を入れて指練習に取り掛かろうと思う(親指以外)。
あぁ、全部括弧の但し書き付きになった・・

車は、発熱と倦怠感で、事故を起こさぬことのみに集中していたので、ハンドルを切る度に、本来気を付けていた手首の捻りに無神経。何度「いたたたた…」を繰り返したことか。

まぁ、良い経験になった、と捉えておく。
今朝は久々にゴミ出しして、すっきり・・・


ところで、昨日は持病での大学病院受診だったが、朝一番で出向いた筈の血液検査が…数えたら90人待ちだった。
しかも、補助椅子を出すでなし、廊下に進行中の番号が出るでなし、「目下の番号」を見るには、検査室に入って行かないと分からない。1時間半は待った気がする。
この結果が出ないと、膠原病内科の受診は始まらないので、検査を終えて「朝食を食べて来ます」と許可を得てカフェに行きかけたら、後ろから「リハビリへ先に行ってください」と係の方が追い掛けてきました。
やっっっと朝食にありつき、内科に戻って受診し、検査データは全く異常がないことを聞き、酷い風邪にやられたことなど話し、行き着いた会計・・・
ファイルを渡す窓口(窓は無いが)は常時長蛇の列なのだが、昨日はここでも4~5倍長かった。
思うに、祝日を月曜に移動するから、つまり9月19日(月)や、金曜ながら23日の祝日や、今月10日(月)の祝日の谷間。予約が殺到していたのだと思う。
月曜に移動した祝日、都合の良い人には都合が良いのだろうけれど、これは考え直す余地あり、と思う。


と、雑感。

他にも書きたいことはあれど、ここに纏めるべきではないので、又改めます。


(携帯写真。カフェの窓の外)
8229846_1351459961_232large.jpg


以下、自分の為の防備録(お薬手帳の為のシールを頂き忘れ)

耳鼻科処方変更

9月20日
SPトローチ
コールタイジン点鼻薬
アベロックス1錠
エンピナース3錠
ムコスタ3錠
フスコデ8錠
カロナール2錠

9月21日(追加と変更)
ホクナリンテープ4枚
ジスロマック2錠
クロマイP軟膏

9月24日
ホクナリンテープ4枚
ゼスラン2錠
ムコダイン6錠
フスコデ8錠

10月1日
ホクナリンテープ4枚
ゼスラン2錠
メジコン3錠
ムコソルバン3錠
フスコデ2錠

症状の変化に応じた処方に感謝あるのみ。





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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
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【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2020 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
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