辞書
ぐりゅーす ごっと Grüß Gott !
FC2ブログ
gruess_gott2_convert_20181021090224.jpg

2011-06

ギプスシーネ・訂正 - 2011.06.30 Thu

前の日記に、ギプスシーネの中を「金属の板」と書きましたが、ガラス繊維だそうです。
水に浸すことで柔らかくなり、足に当て、その当てた部分の形に変形して固まる、そういうものだそうです。

有難い開発です


関連記事

お見苦しいものを… - 2011.06.29 Wed

最近、お会いする方には決まって、(足指のことです)「中はどうなっているの?」と訊かれます。


そうですよね…
でも言葉ではちょっと説明が難しい。


例によって携帯でカシャ!!


ギプスと言っても石膏ではなく、ギプスシーネ(Gipsschiene)という、金属の板で出来た副え木の様なものです。
金属板の表面を柔らかい不織布が覆っている(湿布の、皮膚に接しない面のような、と言うべきか)。
それを患部の形に合わせて曲げる。


お見苦しいものではありますが…
ずっと同じものを使います。

8229846_1194524674_24large.jpg


これに、包帯を巻いて更にクッション効果&汚れ対策。

8229846_1194524672_169large.jpg

8229846_1194524669_79large.jpg


更にもっとお見苦しいものですが、4週間近く経った足指。
隣接する指と軽く固定をします。
(お見苦しさが故、拡大出来ぬよう、幅120ピクセルにて

SN3O0500_convert_20110629115131.jpg

と、表面はたったこれだけなのです。
折った当初はちょっと触れただけでも飛び上がらんばかりに痛んだものですし、無関係に思えるピアノを弾く行為で痛みが増す。サボりたい言い訳?と思われそうですが、左足で上半身の体重移動を支えているからでしょう。
今は触っても「いたた…」レベルまで回復。

そして、この上に上記のシーネを当て、テープで固定。(写真撮り忘れ)
手持ちのモーラスを切って貼り、包帯をしっかり巻きます。クッションも兼ねます。
包帯を倹約して巻くと、夜中に痛みで何度も目覚める。
又、シーネの角度がちょっとずれただけで、マメも出来て潰れたし、足裏の凹みの部分に端が来るように当てないと段差で足底が痛くて歩きづらい。…という訳で、見かけよりも微調整に甚だ気を遣います。(新たな学習
母指まで内出血が移動していましたが、すっかり吸収されたようです。かれこれ4週間経ちますから…

下は、大袈裟な巻き方!と思われそうですが、これなら普通にスタスタと歩け、夜中にどんなに寝返りを打とうが、OK!!
又しても「普通」のありがたさ!

SN3O0501_convert_20110629115202.jpg


最近は、毎朝自分で包帯を替えて洗濯、再利用。

次回の受診で多分包帯だけになるであろう、と期待しているところです。


と、こんなところに報告を書いてすみません!!   



関連記事

湿度管理・その他 - 2011.06.29 Wed

節電を!!
と震災以来、冬の加湿器、梅雨時の除湿器を使わずに過ぎた。

ピアノの部屋は常時50%前後の湿度に維持しているのが、乾燥時は30%、先日はずっと70%を振り切っていた。
当然ピアノの音はびよよよよよ~~~ん状態。
レッスンは勿論支障が出る(音色の為のタッチやバランス)、到底練習する気にはなれない。

そろそろ梅雨明け時の調律をお願いしたいと思っているので、暫く50%前後に維持すべく、エアコンは「除湿」に、そして除湿器は以前2台使っていたのを、辛うじて1台で。
50%強の状態で楽器に馴染んでもらうことに・・・

仕事場ですから節電にも限度がありますね。



話は政界。
菅総理も捉え方によってはお気の毒です。
他の総理の時に地元や知識人の反対を押し切って次々作られた原発。
未曾有且つ想定外の地震・津波でこのようなことになり、偶々その時期に総理に座している訳で、前の総理達の尻ぬぐい(言い過ぎですか?)や退陣を迫られても…勿論責任を持って、全てを纏める立場に居ることは当然ですが。
他の大人物が総理になったところで、即刻解決が着く問題とは思えません。

それより「みんな仲良く」「自分の得意分野を活かして」学級会を行って頂きたいものです。
(このような表現は顰蹙を買うでしょうが)



最近毎朝見ているNHK朝ドラの「おひさま」。
丁度今朝は終戦の日が舞台でした。

被爆国として本当に恥ずかしいことです。

又、父方祖母は息子の一人を長崎の原爆で亡くしています。長崎医大に在学(研修医か?)していたばかりに。
どんな思いだったのだろう?多くを語らない祖母でしたが・・
(もしや、海軍中将の妻として、語ることを控えていたのだろうか?)
今になると、訊いておきたかったことが沢山出てきます。





関連記事

こっそり載せるクラス会 - 2011.06.26 Sun

6月18日に小学校卒業時のクラス会がありました。

私たちのクラスは可成り頻繁に開いていたとのことですが、今回は十数年ぶりだそうです。私は余り出ておらず…まだ2-3回目の気がします。
幹事の皆さまのご努力で、何と!! 17名も集まり・・

今月2日に足指を折り、幹事より連絡を頂いた翌日だったので、これは「行くな」ということか?
出掛けられるかどうか少々案じたのですが、全ては神様のご計画のまま。駄目なら駄目で仕方ない。
ひょっとすると、動けないのだからベッドのサイドテーブルにパソコンを乗せて、事務でもしなさい、ということかも・・・と受け止めることにした。


前の日には、念のために整形外科を受診。
先生は、ギプスと言うか副え木と言うか(Gipsschiene)を外して第5指をご覧になりながら考え込み・・

先生:「取っちゃおうか!?でもまだ2週間半だしなぁ…1ヶ月は固定していないと。でも、もっと細いものを副えようか?」
と、暫しあれこれ考えてくださる。

私:「いや、このままで構わないんですけど。どうせこのつっかけ(男物のマジックテープ式の)で行きますから」
先生:「折角の晴れ姿なのに!?靴履きたいでしょう?」(えっ!?!?)
私:「二次会、三次会まで移動するし…写真係なので動き回るんです。安全第一で是非!」
先生:「う~~~~ん・・・気の毒だなぁ・・」
私:「細い副え木にしても、靴入りませんから」
先生:「久しぶりに色々な人に会うんでしょう?う~~ん・・・」
私:「この歳になると外見気にしませんから」

・・・と、立場が逆転したようなやり取りが暫しあった後、結局今までのギプスシーネを再度、テープと包帯でグルグル巻きに固定して下さいました。
当初はジーンズで行くつもりだったのが、どうやらクラス会とはそういう姿で行くべきではないらしい…


引き受けていたカメラ係もこなすことが出来ました。
ところが!一人ずつの近況にすっかり聴き入ってしまい、気付いた時には先生のお話も終わっており、あぁ~~!!一人ずつ立って話している画像が無い!!!…常に粗忽者

でも、話に聴き入り、この空白の数十年間は一人一人が、たとえ一見不幸と思われる出来事を経験していても、それらは確実に貴重な足跡となっていること、誰もがその人ならではの与えられた人生を歩み、還暦を迎えていること。感動でした。


下のものは、100枚近く撮った中からピックアップしてワードに貼り付けたものです。
情報漏洩、この位小さければ大丈夫かしら?
クリックなさっても拡大は出来ませんので~  

西田小学校 1963年卒業 6年3組クラス会(1)_convert_20110627180154


西田小学校 1963年卒業 6年3組クラス会(1)-2_convert_20110627180235


西田小学校 1963年卒業 6年3組クラス会(2)_convert_20110627180310


西田小学校 1963年卒業 6年3組クラス会(3)BU_convert_20110627180346


西田小学校 1963年卒業 6年3組クラス会(4)_convert_20110627180415


翌日は名簿と写真全部をCD-Rに落としたものを出席者に送付。
上のプリントアウトは先生及び欠席者へ。
(これが古い方のプリンタなのでのろい!!しかし鮮明に色を出してくれるので未だに愛用)
…そんなこんなの週となった。
改めて文明の利器は凄い!と感謝。家に居ながらにして、機械が働いてくれるのだから。


又集まれる時を楽しみに・・・特に再来年は卒業から半世紀!

旧友たちの人生を一瞬であれ共有し、私もまだまだ頑張らねば!と勇気を頂いて帰宅しました。

先生のことは、4月のイースターの日にバッタリお逢いしたことを書きました。

懐かしい話は沢山ありますが、いずれ又。

遅れての記録となりました。
取り敢えず送信。








関連記事

検査結果 - 2011.06.20 Mon

膠原病内科受診。

受けた検査結果が複数出ていた。

胃カメラは、相変わらず萎縮性胃炎や赤くただれた部分あり。
ピロリ菌を殺したのに??
ホルター心電計は異常なし。
その他、検査値も殆ど異常なし。コレステロール系もしっかり正常範囲内に落ち着いている。

その後、リハビリで指のマッサージを受け、会計と薬局。

今日の体力は使い果たした。
(病院、広すぎです。今の足には・・・)

帰宅したら、医療券更新手続きの大きな封筒が届いていた。
有難いことです。
それにしても、今年も既にそんな時期に!?
又病院に提出しに出向く気力はなく、次回…


関連記事

今月のBGM - 2011.06.09 Thu

月が変わっても、常にすっかり忘れて過ぎます。

「6月」「薔薇」など、連想ゲームではありませんが、私の頭には真っ先に「Robert Stolz」が浮かびます。
指揮者であり作曲家であり、1880年に生まれ、私が留学した頃はまだ存命。1975年6月、折しも父母がウィーンに遊びに来て、Grinzing(グリンツィング)のベートーヴェン・ハウスのひとつ、Mayer am Pfarrplatzでワイン片手に食事をしていた時、訃報が入りました。
当時、VolksoperではRobert Stolz作曲の"Zwei Herzen im Dreivierteltakt"というオペレッタが屡々上演され、オペレッタそのものにも、主役であるAntonを演じるPeter Minichにも惚れ込んで、何度観たことか・・(これ以上書くと余りに度々執拗なのでやめておきます)

という訳で、今月はStolzのメドレーに致します。既に何度か設定しましたけれども…
(2001年1月に、ドクターストップを無視し、控えていた演奏会に向けて大急ぎでアレンジした!という想い出付きの…)

入れた曲目は;
Mein Liebeslied muss ein Walzer sein(我が愛の歌はワルツたるべし)
Im Prater blüh'n wieder die Bäume(プラーター公園には木々が又花を咲かせ)
Ob blond, ob braun, ich liebe alle Frau'n(ブロンドでも茶色でも女は皆大好きさ)
Auf der Heide blüh'n die letzten Rosen(荒野に最後の薔薇が咲き乱れ)
Die ganze Welt ist himmelblau(世界中がスカイブルーに)
Spiel auf deiner Geige das Lied von Leid und Lust(君のヴァイオリンで悲しみと喜びの歌を奏でよ)
Zwei Herzen im Dreivierteltakt(ワルツに乗る二人の心)

日本語訳は一般的なものがある筈ですが、敢えて直訳です(一応曲調も考慮に入れて)。


PS
"Spiel auf deiner Geige das Lied von Leid und Lust"のGeigeはジプシーヴァイオリンですから、ハンガリー狂詩曲やツィゴイネルヴァイゼンを入れました。決して盗作した訳ではありません。



関連記事

Sträusschen - 2011.06.09 Thu

昨日レッスンした生徒のお一人が、お庭に咲いているという薔薇の花を3種類切って持ってきてくださった。




8229846_1167021459_177large.jpg


8229846_1167228965_243large.jpg




ふと頭の中で鳴った歌(「愛のわざ」というタイトルだったと思う)。
中学時代、聖歌隊に入って初めて習ったもの。
今は「讃美歌2集」に違う訳の歌詞で入っているらしいのですが、私たちがいつも口ずさんでいたのは下記。

(1)
小さい籠に花を入れ 
さびしい人にあげたなら
色も香りも部屋に満ち
気持ちよい日を過ごすでしょう

愛のわざは小さくても
神の力がこもるから
闇夜のような世の中を
真昼のように照らすでしょう


(2)
「おはよう」とのひと言も
心込めて言ったなら
言われた人は日暮れまで
気持ちよい日を過ごすでしょう

愛のわざは小さくても
神の力がこもるから
闇夜のような世の中を
真昼のように照らすでしょう

(楽譜も無いしうろ覚えですが・・・)



今日は気持ちのよい一日を過ごせることでしょう。
感謝。


余談ながら、一昨日は父方祖母の命日(明治29年~昭和59年)。
今日は亡き父の誕生日(大正12年~昭和61年)。






関連記事

片付けが捗らない理由 - 2011.06.04 Sat

2003年に建て直しを決めたのは、その前年の母屋全焼が第1。母屋も我が家もひとつに暮らしていたこともあります。更に我々の住居部分及び仕事場の北側と西側が、全部シロアリにやられて柱皆無。壁板がザラザラっと崩れ落ちたこと。
これらはどこかに書いたので省略。

2004年に新築したものの、当時我々家族が使用していたものは勿論、義父の所有物、私の母の所有物、子供達の成長の証しである持ち物、仕事の合間を縫って分別することもなく「取り敢えず」ソレッとばかりに運んだのが、片付かない原因のひとつでしょう。

今ごろになって分別しても…。
特に2006年暮れに母が逝去した後、想い出の品は我が家の物置や私の部屋に。
去年逝去した義父の品々は物置及び、信濃大町のアトリエへ。
何がなんだか、もう混沌として・・


身体に影響が出ないように、と地道にゆっくり整理をしているので長丁場。
そこへ更に母の遺品が出てくると、これはどうしよう…と立ち止まる。
取り敢えずカメラとパソコンに入れて後で考えることに。
端から見れば、そんなものさっさと捨ててしまえば、という数々です。

また、母の蔵書から、私も目を通したいものを開いたが最後・・
座り込んで読んでしまう。
昨日も、家族でお世話になった、阿佐ヶ谷東教会の高崎毅牧師(東京神学大学学長を長きにわたり務められた※)の「追憶集」が出てきたものだからいけない。
(まだ40代と思しき母の文章にもハラハラもしながら…)


他にも理由は沢山ありますが、全て言い訳ですからやめておきましょう。
加えて、私自身の将来に備えて、出来るだけ身軽にしておき、子供達にも迷惑が最小限で済むように、と「思い煩う」ので又いけない。




その母の遺品の数々の中には、私が学生時代に趣味で作り、何かの折にプレゼントしたものなども、大切に保管されており(寧ろ晩年まで使っていてくれたらしい)・・処分の前にカシャ!


全て自己流です。フェルト地に刺繍をし、金具を付けて、「ハンカチ・ちり紙入れ」(当時の用語)

8229846_1159431099_58large.jpg

(裏面には母のイニシャル)
8229846_1159431107_116large.jpg


今で言う、ソーイングキット
8229846_1159431105_136large.jpg


8229846_1159431101_42large.jpg



下は、娘の幼稚園で着用したスモック。この幼稚園では全部母親の手作りがモットー…
分厚いギンガム地に時間をかけて刺繍をしたので、捨てるのも勿体ない。何とか買い物袋に直せぬものか、と暫し座り込んでしまう。

8229846_1159431097_125large.jpg


と、中断ばかり。
ひとまず仕分けして引き出しに入れたり、箱に入れたり、或いはゴミ袋に入れたり。


どの部屋も廊下も散乱状態なので、まるで障害物競走的動作。
脚が上がらなくなると、両手で膝の裏を持って持ち上げる。
・・・怪我も頷ける・・おそらく脚・足ともに動きが不器用になっているのでしょう。

気長にやります。


と、又ピアノの話ではなくなった・・・

※の注釈も又後日。







関連記事

左足第5趾骨折 - 2011.06.03 Fri

日記に書きたい出来事続出なれど、「3部屋を移動する為の片付け」が最優先に過ぎ、未だに現在進行形。


先月は田村宏先生が亡くなられ、お通夜に参列させて頂きました。
田村先生のことも書かせて頂きたい想い出話は沢山あるのですが、以前から、13年間師事した永井進先生の話にずっと触れられずにいるため、順番を考えてしまいます。




そうこうしているうち、昨日のこと。

「あ、ゴミの日!」と慌てて9時頃廊下を走ったところ・・・




散乱物に左第5趾をひっかけ…

バーーーン!!!


痛いよ!痛いよ!!
と見てみたら、第5指が見事に外転しているではないか!
完全に折れたわ・・・



大急ぎで湿布とテーピングを使い、隣接する第4指を副え木代わりにして固定しました。
(不思議ですね~、そういう応急処置、何故だか身体が覚えています)


いつもお世話になっている大学病院は、既に外来が始まっているので救急は駄目。

取り敢えず夫が車に乗せてくれ、近所の救急に向かったが、医師はまだまだ来ない、と。そして最近日々愛用している最寄りのスーパー、キッチンコートの建物2階にある整形外科を紹介されました。

文字にするのは躊躇われるものの、紹介先は初めてでしたが、受付も、勿論先生も看護師も技師の方々、皆さん温かく親切且つ丁寧な対応…感激でした(HPのリンクに載せたいほどです)。



レントゲンの結果、やはり骨折していました。

「痛いですけど、ギュッと引っ張りますよ」



ボキッ!!!



いくらプロの業とは言え、凄いですね~~、何と!向きが直ったではありませんか!!
患者にとっては感動ものです。

あとはギプスで固定して下さいました。

出来るだけ足を高くして安静にしているように、だそうです。
次回は、一週間経たないうちに受診し、再度レントゲンを撮ることになりました。



帰宅したものの、ギプスが段になって全然歩けない。
娘の足がほぼ同じ大きさなので、私の代わりに夫と共に近所の「靴流通センター」に出向いて、マジックテープ式のサンダルを買ってきてくれました。

これで何とか歩けます(家の中を、です)


今月は出掛ける(出掛けたい)用事が沢山あるのですが。
小学校のクラス会の連絡を昨日貰ったばかりで、この日までには根性で治します!!
既に今日は、昨日より遙かに楽です!


蛇足ながら、その隣接した指を副え木代わりにする応急処置、全くもって正しかったそうです。
それが一番で、軽症の場合はそれで治ることすらあるそうです。
(と何か参考になる機会があっては困るのですが、一応書いておきます)


又、医療関係の話(寧ろ粗忽者暴露話)となってしまいました。
そんなで片付けが中断となりましたので、今後は少しピアノの話でも書くことにしましょうか・・




関連記事

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
★このブログや大元のサイトへの感想やお問い合わせはservus2008@gmail.com宛に@を半角に直して送信願います.
【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2020 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
★遙か下方に設置のカウンターは、サイトを複数回お訪ね下さいましても1日を1回とカウントし、又、私を入れない設定になっております。



最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する