辞書
ぐりゅーす ごっと Grüß Gott !
FC2ブログ
gruess_gott2_convert_20181021090224.jpg

2009-11

無事終了!! - 2009.11.26 Thu

(12月10日記載)

発表会も無事に終了。
皆さんそれぞれに大きな進歩の見られる会でした。
今後もコンスタントに(基礎を疎かにすることなく)続けて頂ければ嬉しい限りです。

発表会を開くに至ったいきさつがなかなか書けず、「ご案内」の挨拶文を代わりにここにコピーペーストで記しておきたいと思います。すっかり無精になりました。

_________________________

 前回の発表会から10年以上が過ぎてしまいました。
 いつも「発表会は?」とお尋ねを頂いておりましたが、1999年から膠原病という予定の立てられない病気が始まり、その後も火災を始めとする予測不能の事態が連続し、気付いてみますと10年以上が過ぎております。常に応援・ご助力と共にお待ち下さいました皆さまには、お礼の言葉も見つからぬほど感謝致しております。
 今年の春、ラジオ放送(※)でインタヴューの機会を頂きました。その中で私自身の中学高校時代を振り返り、ひたすら讃美歌や聖歌に熱中する日々であったことを回想することになりましたが、偶然にも今年は、それらの曲の多くを作ったハイドン没後とメンデルスゾーン生誕200年にあたる事に気付きました。合唱の機会があれば、と思ったのですがピアノ指導者としては、教えている人達に、この二人の大作曲家による作品を発表することを通じ、演奏内容を深めて貰うべき、と考えました。合唱曲も、数曲ながらピアノでのアンサンブルに編曲し、聴きにいらして下さる方々も含めて原曲にも出逢う契機になれば、と考えが発展し、ハイドンとメンデルスゾーンの作品で発表会を開く計画に至った次第です。
 その様な計画をしてみますと、どうしてもハイドンが活躍していたウィーン近郊のアイゼンシュタットをゆっくり訪問したく、そうなればメンデルスゾーンが活躍したライプツィヒも訪ねてみたい!となり、思い立ったが吉日の如く行って参りました。私がヨーロッパに住んでいた頃は、まだ東西の壁の厚さは壁そのものだけではなく、いくらウィーンという東西の出入り口に長年住んでたとは言え、東を旅行することは優先順位から外れてしまっていたのです。
 特にメンデルスゾーンは「裕福な家庭に育った御曹司」的なイメージが世に伝わっていますが、バッハのマタイ受難曲を世に知らしめ、それまでは「オルガニスト」としてのみ有名であったバッハの作曲家としての役割を大きく世に中に広げた人です。メンデルスゾーンの音楽も又、キリスト教に基づく要素が大きく占めています。 
 さて、更に調べてみましたところ、今年は18世紀に活躍したウィーン古典派の作曲家・ヴァイオリニスト、ディッタースドルフの記念の年でもあります。数少ないコントラバスの協奏曲も作曲しています。それならば、と主人の生徒達もその協奏曲を、メンデルスゾーンの小品と共に演奏致します。
 ところで、発表会から離れていた10年の歳月には、通ってくるメンバーも随分入れ替わりました。小中高校生だった人たちは大学生や社会人として多忙、大学生・院生は社会の中堅となって活躍中。決して若い方々を受け入れない訳ではなく、上記初めに述べた様な背景があったのです。プロ・アマを問わず、ピアノに情熱を持って過ごして下さっている様子を嬉しく思います。
 最近は、既に長く趣味でピアノを弾いている人たち、或いは仕事としている人たちが基礎から学び直す為に通ってくるケースが多くなっております。
 当日は私も、二台ピアノのアンサンブルや伴奏の他、数曲の小品を演奏致します。
 お誘い合わせの上ご来場頂き、お楽しみ頂けましたら幸いに存じます。
___________________________

(※)は、日本FEBC(キリスト教放送局)です。この事も又いずれ書きたいと思っております。



関連記事

辛うじて弾けるか?? - 2009.11.24 Tue

10年ぶりに「生徒たちの発表会をするぞ!」と思い立ち、会場を予約したのが今年3月下旬。
出演可能な生徒たちに声をかけ、いや、声をかけて出演可能な生徒たちを集め、更にアンサンブルの醍醐味を可能な限り味わって貰おう、と奏者に合わせたアレンジを始めたのは夏。毎度のことながら「教える」だけではなく、バタバタと今になってしまいました。

・・・

・・・

・・・

しかし、


「己の能力・体力を過信していないか??」と言われているが如き日々、特に指の怪我は最悪でした。


パンフレットを載せたいところですが、情報に敏感な世の中が故、控えておきます(許可を得ねばならない名前が満載の上、場所が分かってしまう、という情報を気にする生徒も居るでしょうから…)。
私の出番は13回もありまして・・・(コンチェルトは第1楽章、第2,3楽章と分けて弾くのを分けて数えていますが…)
それにしても、私の頭と身体は1980年代、90年代を勝手に記憶しており、勝手に計画だけが進んでしまう様です。30代、40代なら訳なく出来たに違いないです。

指の怪我は1ヶ月を棒に振るどころか、取り戻すにはそれ以上が必要な訳です。
恥ずかしい限りです。

以前小中学生が多かった頃、「ゼロに立っていて、+の方向だけに進めばどんどん進むよね?」数直線を書き、…小学生に「数直線」とは言わないけれど(こっちが上手になる方向、こっちが下手になる方向、みたいな説明で)、「例えば-10の人が-2まで進んだら?素晴らしいよね?同じ-2に居る人でも、前に+3に居た人だったら?」等々、努力の貴重さを説明したものでした。(キリスト教環境で育っているお子さん達には、聖書の「タラントのたとえ話」なども引用し)

今の私は……+や-どころか、それ以前の失態です。
大切な指を怪我するなど。

でも、やっとバンドエイドを二重に巻いて何とか鍵盤を下げられる様になりました。メッツォフォルテ位迄が限界とは言え、和声上のバランスとしては大体これで済む曲ばかりなので、何とかなるでしょう。いえ、何とかします!!!
ただ、鍵盤を下げると隣りの鍵盤の角に当たって絆創膏をしていても痛いのです。外傷のみならず、中を随分やられてしまった様です。

私が弾く曲は・・・

ディッタースドルフ;
コントラバス協奏曲 ホ長調 E-dur 全楽章の伴奏

ハイドンでは;
シンフォニー第94番「驚愕」Hob. I: 94より第2楽章6手二台連弾(第3ピアノ・編曲も)
オラトリオ「四季」Hob.XXI:3「春」より「来よ,優しき春」(二台4手の第2ピアノ・編曲も)
協奏曲(作曲当時はチェンバロ協奏曲)Hob. XVIII: 11 ニ長調 D-dur 全楽章の伴奏

メンデルスゾーンでは;
ロンド・ブリランテ Op.29 変ホ長調 Es-dur の伴奏(伴奏部分をオケのCDから編曲)
(以前このブログにも書かせて頂いた)「グーテンベルク祭のための祝典歌」(1840)より、第1曲 Choral、第2曲 Liedの編曲と第2ピアノ
(第4曲 Choralはコンバス3台に編曲…と言うにはちょっと淋しい3声体ですが…)。
歌曲「歌の翼に」Op.34 の第2ピアノ及び編曲

その他、私は弾きませんが編曲のみ;
オラトリオ「エリア」より「山を見上げよ」
付随音楽「真夏の夜の夢」より「結婚行進曲」Op.61  
                    
当然、習慣的にソロもあって;
メンデルスゾーン
無言歌集より Op.19/1 「甘き想い出」,Op.62/6 「春の歌」,Op.67/4 「紡ぎ歌」、及び「ロンド・カプリッチョーゾ」Op.14  

うぅぅぅぅぅぅ~~・・・
今日を入れてあと二日。
一応昨日で生徒たちの指導は打ち切りにし、まだ残っている事務系を除けば、あとは自分の練習あるのみです。いや、体調管理もです。何しろ当日は12時からリハーサル、終演は夜9時を過ぎるかも分かりません。


頑張る!!!
 
リハビリの先生の「一ヶ月経ったら練習開始出来る」はドンピシャ!!流石です。
今、やっと練習開始すべき時期。
バンドエイド無しでフォルテが弾けるのは、まだまだ遠い道のりです。




関連記事

11月8日 シュランメルのコンサート - 2009.11.17 Tue

(11月17日 記載)

何だか大変バタバタと過ぎて今日になってしまった。
過去に遡って思い出しながら、一応記録。

11月8日、府中の森芸術劇場ウィーンホールに於けるコンサート。

予め打ち合わせた衣裳、私はパンツスタイルに、ということになっていたのに、3本あるどれもが前日になって見つからない!朝になって思い当たるところを探しても無い!
諦めて、「シュランメル」と「ウィーンホール」に敬意を表した形になるし、私だけディアンドル(オーストリアの民族衣装)を着させて貰うことに。
これが又・・・
古いものはいずれも入らない。
最新のは、購入時に「それ様の下着を」と言われていたのに(つまり、「ザ・サウンド・オブ・ミュージック」のマリアさんが、トラップ家にて男爵夫人だか公爵夫人だかに言いくるめられて修道院に帰る際、着替えで映った気がする…記憶違いだったらすみませんが、その類です)、いつ着るかも分からないし・・・と買わなかった。
私のスタイルは、誰が見ても着物向き(上半身がペシャンコな上になで肩、下半身は年齢に伴い…メタボ??)。
でも、これを着るぞ!!と決めた。メンバーの一人に連絡してバタバタと家を出た。

東府中からの道のりは現在の私には遠く(笑われてしまうのだが、着くや横になりたい程疲れてしまうことは見えて…)、武蔵小金井からタクシーに乗った。
家から合計40分で着いた上に、そのタクシーの運転手さんとの会話が・・・天国を垣間見た思い。
何の話からか「介護」に話題が飛び、運転手さんは、「いずれ天国で会うのだから、その時になって『あの時はあんなに痛い思いをさせられて!』と言われたくないですね。再会して互いに『有難う』と言い合える最期で居たいですね」と。あぁ、本当にその通りだ。
父や母と天国で再会した時、何て言われるだろうか?
又、近年の信じられない事件の数々、バブルが崩壊し、バブルで良い思いをした子供達が今後を支えて行くことへの懸念。戦後の混乱期を知っている我々が、もっとしっかりしないといけない、とも。
ほんの15-20分の乗車だったが、「あぁ、今日も教会を休んでしまったけれど、考えさせて頂く計画のうちにあったのだ」と心底思った。


メンバーのうちコントラバス奏者である夫は、1年前から決まっていた審査がある為に、この日は弦4部とピアノの編成で演奏。
シュランメルに関して、ピアノパートのアレンジは殆どシュランメルギターをそのまま、と言って構わないほどにしてあったのが功を奏し、この怪我の指でも何とかなった。
シュトラウスIIの2曲のワルツは、第2指を他の指に置き換えてクリア。
前半、後半40分ずつの中にトークを入れる。会場に着いてその様に時間を組んで下さっていることを知り(トークは私)・・・シュランメルについて、又、府中と姉妹都市であるヘルナルスについて語り出したら切りがないだけに、どう纏めるか焦った。

又、眼鏡で何とかする筈が、ディアンドルを着て掛けた眼鏡の何と似合わないこと!!
仕方がないので、人工類液とヒアレインを点しまくり、コンタクトレンズ。それも左で楽譜に焦点、右で客席に焦点を合わせる、という、とんでもない組み合わせで・・・
トークの時には客席の反応を見ないと内容が続かないのだ。
(面倒な年齢になったものです。誰もが通る老眼とは言え・・・)

当日のサイトはこちら

曲目は以下だった。

♪ヨハン・シュトラウスII  南国の薔薇

♪ヨーゼフ・シュランメル ヴィンドボーナ オーストリアの真珠

♪ヨハン・シュランメル  朝の挨拶

♪ヨハン・シュランメル  ウィーンの想い出

♪ヘルマン・レオポルディ ヘルナルスの小さなカフェにて

♪ヨハン・シュランメル  つばめの挨拶

♪ヨハン・シュランメル  ヌスドルフのワルツ

♪ヨハン・シュランメル  この世の平和

♪ヨハン・シュランメル  ウィーンはいつもウィーン

♪ヨハン・シュトラウスII  美しく碧きドナウ

途中、ワルツのリズムのお国柄による違いや、シュランメルの話、ウィーンも23区あって主立った区の場所や姉妹都市、曲名に出てくる地名がどんな場所か、又昨年2月に経験した偶然(日記に記しましたが)等々を挟んで、無事に終了。

用意して下さった豪華なお弁当は、ディアンドルがまったく入らなくなってしまう為、終演後に頂きました。
色気も何もない内容になってしまいました。

(取り敢えず送信。又編集します)
関連記事

なかなか治りませんね… - 2009.11.12 Thu

自業自得なので仕方ありません。
こんな不注意をしている人が「ピアノ教師」「ピアニスト」を名乗るべきではありません。
しかも、こんな馬鹿をしでかして記録をアップしているなんて・・・
(回復の経過記録としてどうぞ参考になさってください。…って、そんな粗忽者の演奏家が存在するかどうか??

消毒用のイソジンゲルもしくは抗生剤のバラマイシンを塗り、バンドエイドの類(愛用はケアリーブのL)を貼り、その上から小さく切ったモーラス(冷湿布)をぐるりと巻いて何とか過ごしています。

ピアノを弾くのに、これだとどうも鍵盤に挟まり、特に黒鍵と黒鍵の間には入らず・・・
それで試しに冷湿布は外してちょっとだけ練習をしてみたが・・・


それが悪かったのか???
指関節が太くなった気が・・・(鍵盤の角で、打鍵の度に打撲???)

当初は親指並みに腫れ上がっていたのが、中指と同じ位まで退いた、とどこかに書きましたが、第1関節は中指より太そう・・・
11-12#227;<div class=
関連記事

今月のBGM - 2009.11.07 Sat

今年がメンデルスゾーン生誕200年ですので、彼の作品を今月のBGMその1として(今ごろ)アップしました。
珍しい滅多に演奏されない曲、「ヴァイオリンとピアノとオーケストラの為の協奏曲 ニ短調」から第3楽章です。

頂いた記録のカセットが…途中でテープを引っ繰り返して録音したらしく、堂々としっかり途切れてツギハギ状態になっています。第1楽章にしようと思ったのですが、こういう今では無いダビングも懐かしく感じたので第3楽章にしました 



関連記事

我ながら「いい加減にせい!!」 - 2009.11.07 Sat

と言いたくなるほどネタが限られています。


でも、指は随分良くなり、バンドエイド一枚でも(但し鍵盤の角や黒鍵の隙間以外であれば)ピアニッシモ以上の音量を出せる様になりました。

こんな感じで随分回復↓
091107指


091107指2


目は・・・
飛蚊症とは別な問題が1日のコンサートで。

最近はステージであってもコンタクトレンズは止めています。涙液不足の為。
それで、自宅と同じ様に「0.3見える凹レンズの眼鏡」(これがピアノの譜面台に焦点が合う!)を持参したところ・・・



アップライトピアノの譜面台は随分手前にあるのですね!!
パソコン用の「0.1見える凹レンズの眼鏡」も持っているのですが、まさか必要ないだろう、と家に置いてきてしまいました。
仕方がないので裸眼(0.05前後)で本番。見えなければ目を近付ければ訳なく見えますから・・・
寧ろ、殆ど覚えているので「どの辺りを弾いているか」ということが一番なのです。(模様状態)
しかし!!
トークとなると客席は全然見えません。これが困った!皆さまの反応を見ながら喋る、という無意識の行動を改めて知りました。
尤もこの日は時間オーバー甚だしく、凄まじい早口で喋らねばならなくなったので、反応が見えなくて正解だったかも分かりません。

明日は・・・0.3の眼鏡で大丈夫でしょう(似合わない色、形が気になっているものの、どうせ誰もそんなところまでは見えますまい!)


話は又飛蚊症。
夫方の親類が他県で総合病院をやっておりまして、そこの眼科に硝子体専門医が居られる、とのことで一昨日受診してきました。
そこに義父が目下入院していることもあり。
結果、仕方のないこと・・・のひと言に行き着く様です。諦めましょう…。
それにしても「度近眼」「度近眼」「加齢」「加齢」と一体何回言われたことか
目下、剥がれた中でも大きな膜が中心を漂っているので視界を邪魔しているけれども、それが中心から逸れれば少しは楽になるであろうことも。


今、大変分かり易いサイトを見つけたので貼り付けます。(おそらく参考になる世代の方多いと察します
文字化けする場合は、テキストエンコーディングを変更してくださいませ。

http://www.skk-health.net/me/31/index.html

この中の「飛蚊症は眼球内の浮遊物の影」を始めとする図や絵が大変分かり易いです。私には「後部硝子体剥離による飛蚊症」という絵、実に納得です。

又、一昨日は「左目の飛蚊症よりも寧ろ右目の網膜が薄くなっている部分の方が気になりますよ」と言われたのですが、このサイトの更に下に掲載されている碁盤の目の様なもので試したところ、確かに右目で見ると僅かながら歪に・・・


関連記事

こんな日記ばかりで - 2009.11.02 Mon

随分良くなりました。

それでもまだまだ・・・昨日は2回の演奏会を左第2指を使わず、前に書いた通り「いたたたたた・・」になるといけないので、絆創膏の上からモーラス切ってぐるりと巻いて(指が鍵盤に乗らないほど太くする意味も兼ね)関節を湿布もしながら弾いてきました。

今日は使わない方が良かろう、と思い、ピアノのキーではなくパソコンキーボード三昧、50名ほどを名簿に打ってプリントアウトしたり、手紙を打ったり、何だかんだデスクワークにて過ぎました。
生徒の一人が封筒の宛名書きをしてくれるそうで住所録が必要になった訳です。途中、これをやっている時間があったら宛名が全部書けてしまう、と思わないでもなかったのですが、今作れば今後も変更・増減して使えるし、必要な方々にはメール添付で送れるし、甚だ好機!と根性出しました。


本日の指、こんな感じです。
10月20日の日記の写真(ピンぼけですが)と比べたら、可成り良くなっていることは一目瞭然!!
これで内出血が退いて腫れが治まり、関節痛が取れれば有難いのだが・・・
中旬に第2指を使って練習開始出来れば御の字としよう。

36579049_3079901163.jpg


36579049_2941298969.jpg


36579049_3174668464.jpg


関連記事

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
★このブログや大元のサイトへの感想やお問い合わせはservus2008@gmail.com宛に@を半角に直して送信願います.
【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2020 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
★遙か下方に設置のカウンターは、サイトを複数回お訪ね下さいましても1日を1回とカウントし、又、私を入れない設定になっております。



最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する