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2009-08

アンサンブル その2 - 2009.08.21 Fri

前回に続いて…

曲は、エルガー作曲「威風堂々(Pomp and circumstance)」第1番
Copyrights© Chieko Oku All rights reserved.


MP3ファイルを聞くにはプラグインが必要です。

この演奏が良い、とか悪い、とかの話ではなく一例です。(因みに、上の演奏者は4人とも大学生以上。仕事やバイト、学生としての本業等と両立させるべく、少ない時間を工面して何とか演奏の機会を終えました。)
それ以前に私のアレンジに問題があるかも分からず

でも、お聴き頂きながらお読み下されば幸いです。



連弾や二台ピアノのアンサンブルをどの様に練習したらよいのか、という事に触れたいのです。

★まず、一台の連弾
これに於いて最初に難しいのはフィンガリング決めです。
第1と第2の人の指がぶつからない様に決めねばなりませんね。つまり第1の人の左手、第2の人の右手は余り4,5の指を余らせておかないこと。絡まってしまいます。
どうしてもかち合う場合は、どちらが鍵盤の奥を弾くか手前を弾くか、打ち合わせが必要です。
次はペダリング。
よく、メロディーを弾く第1ピアノの人が踏むべきだ、との意見を耳にしますが、私自身は第2ピアノの人が踏むことを勧めています。
何故なら、メロディーを扱う人が踏むと、兎角メロディーに合わせて繋げるペダルだけとなり、つまりバスから遅れるペダルになりがちです。
ペダルの話を書き出したら本が出来てしまいそうな程なので割愛しますが、バスと同時に踏んで倍音を作り、その中でメロディが濁らぬ様に踏み換えをして行くのが良いのです。
長さも、バスを考慮してワルツの様に同時に踏む場合ですら、ずっと同じ長さではなく、盛り上がりや歯切れ良さ、更にメロディーを考慮して長さも踏むタイミングも臨機応変さが求められます。
あとは合わせて、2人での音楽作りとなります。
この場合、テンポの揺れや間の取り方は勿論、独奏曲を想像してバランスを整えることも大切です。
自分の弾いている右手は?左手は?と存在を確かめます。例えば、第1ピアノの右手にメロディーがあり、第2ピアノや第1ピアノの左手が伴奏となる場合には、第1ピアノの左手と第2ピアノの右手は伴奏として(音型にもより、伴奏ではないこともありますがそれは除いて)解け合うことが必要なのか、それぞれのパートの起伏を生かすことが必要なのか。
第2ピアノの左手は、上の3パートの音を支えるべく、つまり倍音をも出す役割として、フォルテの時はより大きめに、ピアノやピアニッシモの時には、メロディとのバランスを耳で整えて、おそらくそれでもメロディの次に出すのが解け合うバランスになると思います。
バスが鳴り響けは、他のパートもより充実したフォルテになります。

簡潔に書こうとすると纏まりません。

★次は二台ピアノのアンサンブルです。
1台での連弾との違いは?と考えた時、二人ともソプラノの輪郭、バスの輪郭を担う可能性があること。しかも受け渡しながらひとつのフレーズを弾く事が多いです。同じ和音をオクターブずらして弾くことも多いです。
有名な、モーツァルトの「二台のピアノの為のソナタ」KV.448の冒頭数小節を想像下さい。この場合、右手は高い音域を受け持つ人が右手を出す。左手は低い音域を受け持つ人が左手を出す。それが整ったバランスを作る筈です。
ペダリングに関しては 二人ともペダルを使えるメリットがあります。
但し、バスの倍音をもう一台に使うことは出来ません。
よほど響くホールであったり、又二台をかみ合わせて配置すれば多少共鳴はあるものの、一台でダンパーを共有出来る場合とは全く異なります。
同じ高さで同じ音型を弾く事が多い箇所では、ペダリングも指も、同じ様な長さに整える必要があります。     
これらをふまえて、お互いに反応し合って演奏する、結局は「耳」でよく聴き、コントロールするのですが……言うは易く…

かと言って、お互いの個性を殺す事ではありません。特にゆったりとした曲では、相手がやろうと思っているテンポの揺れを察知して先取りしたり、或いはもっと自由気ままに弾けるべく、ちょっとオーバーな位に弾いて助ける事も必要となります。特に相手がまだ音楽的に幼い年齢であれば、年長者がリードして引っ張る事も必要です。
これらの事は、二台ピアノに限らず、他の楽器とのアンサンブルや、伴奏にも当てはまります。


★上の「威風堂々」は、一台に2人ずつ二台の連弾ですので、全てを完璧に実行しようとすれば、2×2では到底収まらない大変な作業です。


★更に…
これらのアンサンブルが更に歌の伴奏の場合には、歌詞がありますので、歌詞を助ける役割も必要になります(簡単な例えですが「淋しい」という歌詞の部分を明るく弾くのはどうか???といった事です。)。


いずれにせよ、毎回弾き方が変わって当然で、それこそがアンサンブルの醍醐味です。
ステージではお楽しみください。上に列挙した事柄を含みつつ・・・

★更に具体的な事や、コンチェルトの伴奏については、又改めて書きます。





以上、翌日用のレジュメより。(プリンタ不調の為)


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待晨堂  - 2009.08.20 Thu

西荻窪に用事があり、久々に自転車で出向いた。

用事を済ませ、いつもはバス通りを真っ直ぐ帰るのだが、今日は左折した。
この道は、かつて子供達がよく通った(劇団があり)道でもあるが、私にとっては母の想い出の店のある通りでもある。

「待晨堂 (たいしんどう)」という、聖書関係の書籍で知られた店である。
ここで、今は亡き母は聖書関係の本、クリスマスやイースターのカード等々を買い求めるのが日常だった。

脚が悪くなった母に頼まれて出向いたこともある。
母は歩けなくなってからは、介護ヘルパーさんに地図を書いて出向いて貰っていた、と思しき形跡が、遺したものから分かった。


聖書や讃美歌や奏楽の為の楽譜や聖歌集は勿論、聖書を原語で読む為のヘブライ語、ギリシャ語、ラテン語の指導書、そしてキリスト教に関するあらゆる書物が店を入ってすぐのところにある。
奥に進めば、懐かしい古書の、私も読んで貰ったことも、読んだことのもある「ベッドタイムストーリーズ」、三浦綾子氏のあらゆる小説や自伝。

その辺りまでなら、普通のキリスト教関係の書店にはあるだろう。

奥の方に進んで、初めて無限に書物が置いてあることが判明した。

余りに吃驚して、店主に「沢山あるのですね」と思わず声をかけてしまったのだが、「最初は古書店だったのですが、父が信者でキリスト教関係の本が沢山あったもので…」と店の始まったいきさつと思しき話を伺うことが出来た。

許可を得て写真を撮らせて頂いた。

しかし、今日の私の最大の収穫は、今、私が一番必要としている内容の本であった。
これはプライベートなことなので書くことが出来ないが、どこに居ても神さまは共にいらしてくださることを今日も感じた出来事だった。

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懐かしい曲との再会(「あめにはさかえ」の原曲) - 2009.08.16 Sun

今年はハイドンの没後200年でもありますが、メンデルスゾーンの生誕200年でもあります。

ピアノ曲でメンデルスゾーンと言えば「無言歌集」「厳格なる変奏曲」が筆頭に挙げられ、もう少し範囲を広げれば、「幻想曲」「6つの前奏曲とフーガ」「練習曲集」・・・いや、数えられなくなるので止めましょう。
ヴァイオリンでは、あのe-mollの甘く切ない冒頭のコンチェルト。

それとは別に中高時代、随分沢山のメンデルスゾーンによる聖歌や讃美歌を歌った記憶が蘇ります。
讃美歌では、有名なところで*「昔ながらの」讃美歌第2番、第30番、第98番「あめにはさかえ」(英語でもよく歌われる"Hark! the herald angel sing" チャールズ・ウェスレイによる詩)、第174番、第190番、第314番、第406番・・・まだあると思いますが・・・第2編にも沢山ある様ですが、生憎私は馴染みが無いのです。
又、讃美歌267番「神はわがやぐら」の原曲はマルティン・ルターの「Ein' feste Burg」ですが、メンデルスゾーンは交響曲第5番の終楽章に、この曲をテーマに使ってモチーフを自由に発展させています。
(*讃美歌は、昔からの讃美歌に「第2編」が加わり、更に「讃美歌21」というものもあります。更に、宗派によっては聖歌集の様なものを使っている場合もあります。)

聖歌では「山を見上げよ」「主を頼みて」他(オラトリオからの抜粋を沢山歌いました)、数々。
讃美歌第30番は、ピアノをやっていれば余りに馴染みのある、無言歌集Op.30/3が原曲。

日頃、余り丁寧に聴かないオラトリオなどにも今年は耳を傾け、上記174番は「パウロ」(「Paulus」Op.36) の序曲やコラール「Wachet auf! Ruft uns die Stimme」(目覚めよ、との呼ぶ声あり、と訳すのだったか…?)。
同じく「パウロ」の中の合唱、「Wie lieblich sind die Boten」や、「讃歌(Lobgesang)」の第5曲「主を頼みて(Ich Harrete Des Herrn)」も、日本語の歌詞は飛び飛びにしか思い出さないのですが、よく歌ったことは確かです。
「山を見上げよ」は「エリヤ」(Elias Op.70 )第28曲 三重唱(ア・カペラ)「Hebe deine Augen auf」。
これを中学の音楽の授業で習った時には、私たちはすっかり気に入ってしまい、校庭や渡り廊下を歩く時にも合唱しながら歩いたものでした(あぁ、懐かしいなぁ!)
讃美歌190番も「エリヤ」Op.70 第15曲目「Wirf dein anliegen auf den Herrn」。



さて、これらの中の讃美歌98番「あめにはさかえ(Hark! the herald angel sing)」なのですが、確か中学1年か2年の時、講堂のステージの上で合唱をした記憶があるのです。しかも、もっと長くて「組曲」の様な構成だった記憶が…。
原曲はそのままだったのだろうか?それとも何か他の合唱曲の中に入っていたのだろうか?
年齢から言って、当然日本語で歌い、しかもクリスマス関係の歌詞だったと思います。
この98番も、上記の通り、チャールズ・ウェスレイによる歌詞ですから、当然英語でしょう。しかし、メンデルスゾーンはドイツ人ですから、ドイツ語の何かもっと長い歌詞だったに違いありません。
気になると気になる!!懐かしさも相俟って、何とか手に入れたい!!
今年の3月頃、讃美歌98番の右上に記されている「Festgesang(1846)」を頼りに探すことを思い付きました。

3月末だか4月初めだったか、キリスト教のコーナーに聖歌、讃美歌、奏楽用の曲集などが沢山置かれている教文館に出向いて尋ねたのですが、歌ったのが昭和38年前後である事を説明すると、「そんな古いものは置いていない」と一笑に付され…「和訳の曲であれば木岡英三郎のものに違いないが、そういう古いものはとっくにありません」とも…。

色々ネット検索をしたり、本(讃美歌については権威ある本)を調べたりしたところ、「原曲」といった風に記されている「Festgesang(祝典歌)」 Op.68というものが見つかり、大喜びで楽譜を海外から取り寄せてみました。ところが、4月初めに届いたものは全く旋律が違う!「あめにはさかえ」の片鱗すらない!!しかも「Festgesang an die Künstler」と要らぬ単語が加わっているではありませんか。


とうとう、ドイツに住んでおられる藝大の後輩にあたる友人、優秀なピアニストであられる佐藤卓史さんにメールで問い合わせてしまいました。
ドイツ在住なら見つかるかも分からない、という気安さでした。
しかし、矢張りなかなか見つからずに、ハノーファーの市立図書館その他、演奏活動の合間、ドイツでも日本でも気に留めて調べ続けて下さり、何度もメールのやり取りをさせて頂き、とうとう探し出して下さったのです!!ご多忙の中、頭が上がりません。

佐藤卓史さんからのメールの内容は;
多くの資料の説明を読んで下さり、そこから判明したことは、メンデルスゾーンの書いた「Festgesang」というタイトルの曲は2つあり、どうやらこの2つが混同されてしまっているが、正しくは讃美歌98番のの原曲になったのはOp.68(An die Künstler)とは違う、もうひとつの方の「Festgesang」ではないか、ということ。又、讃美歌98番「Hark! The Herald Angels Sing」の多くの資料の説明にはたいていOp.68が原曲であると書かれているが、これには二重の間違いが含まれている、ということ。つまり「An die Künstler」の付いたOp.68の作曲年は1840年ではなく1846年であり、1840年に書かれた方のFestgesangが本来讃美歌98番の原曲であること。そしてこの讃美歌98番の原曲には作品番号が無く「グーテンベルク祭のための祝典歌(Festgesang zur Gutenberg-Feier)」というサブタイトルが付いていること。
つまりは多くのネット上の記事でも、そのふたつの曲と内容が混ざってしまっているのだそうです。
幸いなことに、佐藤さんがどれかの記事に於いて、「1840年」という年号を見つけて下さった事から、更に「Festgesang zur Gutenbergfeier(グーテンベルク祭のための祝典歌)」の存在の確認にまで、調べを進めて下さったのです。

その後も更に調べ続けて下さり、何か進展があるとメールを下さいました。
こちらも讃美歌のみならず、記憶にある「短調」になった部分を手書きで添えて(この部分は歌詞まで覚えており…「淋しき闇路 辿る同胞(はらから)よ 寒き夜空に 星影さえなく 闇をやぶりて 光差し出で」で長調に戻ったと思うのです)・・
こうなると、「図々しいオバサン」の他何ものでもありません。

そして5月、遂に「楽譜を発見しました」とのメールが!!!;
「ハノーファーの市立図書館にOp.68のピアノ伴奏譜が2冊あったので、一応2つとも借りてみたところ、そのうちの1冊(Peters)にOp.68の他に"Festgesang zur Säcularfeier der Buchdruckerkunst"が含まれていたのです。
このFestgesangは4曲からなり、つまり I. Choral、II. Lied、III. (無題)、IV. Choral、これの「II. Lied」が讃美歌98番の原曲のようです。」

・・・と、楽譜の発見にまで辿り着いて下さったのです。

まさにこれです、これです!!

更に、その「Lied」の楽譜を添付下さり・・・短調の部分も記憶の通り存在していました。
又、ヘンデルのメサイアのハレルヤコーラス、"King of Ki- - - ngs,  and Lord of Lo- - - rds," という歌詞の部分と似た箇所があった気がしていたのですが、その部分もあるではないですか!
曲との再会に大感激してしまったのでした。
最初に頂いた添付はその98番の原曲である第2曲だけでしたが、最上段に第1曲目の最後の一段も入っており、その譜面を見ていたところ、第2曲へ移る前の間の取り方すら記憶が繋がり、第1曲の冒頭旋律まで蘇りました。左手に確か延々オクターブの伴奏があった事までも!

これ以上のお願いは…と躊躇いつつも、ここ迄の図々しさついでに、全4曲をお送り頂くことをお願いしてしまいました。
貴重な時間を使って頂き申し訳ない限りでしたが、やっと謎が解けました。
表紙を見て、これは紛らわしい・・・2つ並んだうちの下のものは、あたかもサブタイトルの様に見えてしまいます。
誤解を招いた原因のひとつだったのではないでしょうか。


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讃美歌の楽譜には、更に「ウィリアム・ハイマン・カミングズによる編曲」と書かれていますが、ウェスレイによる「Hark! the herald angel sing」の歌詞に当初付いていた曲がいまひとつであった為、カミングズが讃美歌として編曲して、この歌詞を当て嵌めた様です。

正しい原曲の楽譜からは、なるほど…全然歌詞の内容が違います。「あめにはさかえ」の冒頭は「Vaterland(祖国)」で始まり、「Deutschland(ドイツ)」の単語も・・・
そして、そのハレルヤコーラスの伸ばしに似ているという箇所、つまり讃美歌では「みつかいたちの たたうるうたを」の部分ですが、原語では、1度目は「Gutenberg, der deutsche Mann (グーテンベルク、ドイツの人よ)」、2度目は「Gutenberg, der große Mann(グーテンベルク、偉大な人よ)。その後短調になり、再現部では「Gutenberg, du wackrer Mann(グーテンベルク、果敢な人よ)」・・・という具合に、グーテンベルクを褒め称えています。(日本語の歌詞では、「やーーみをーーー、やぶーーりてーーー」だったと思います。)


すっかり興奮してしまい、懐かしさも相俟って、そしてメンデルスゾーンに元の歌詞が繋がり、これはいずれ、大元の歌詞で歌ってみたいものだ・・・とすら思ってしまいました。
(見つかる前は、まさかグーテンベルクの内容とは考えてもみなかったので、探し出して、キリスト教関係の場で歌う機会を作ってみたいものだ、とずっと考えていたのですけれども…。)

でも、ドイツ人を讃え、グーテンベルクを讃えても・・・勿論、印刷技術の発明によって、聖書の印刷も可能になり、ひいては楽譜の印刷にも繋がった訳ですが・・・

今年はまず、生誕200年のメンデルスゾーンを讃えて、原曲の音だけを二台ピアノで弾いてみましょうか・・・
オーケストラスコアが無いので、どの程度のボリュームなのか、弦だけなのか、管も加わるのか、或いは管が活躍するのか…等々、興味深いところでもあります。
ともあれ一台ではボリュームが出ませんから、二台で実演の機会を作りたいと思います。



何はともあれ、佐藤さん、本当に有難うございました。
心からお礼を申し上げます!!






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アンサンブル - 2009.08.14 Fri

ピアノという楽器は、ひとりで沢山の音を弾けてしまうが故、共演者を必要としない曲が圧倒的に多いです。

けれども、音楽は人に聴かせて音楽となり、勿論奏者自身も楽しむ訳だけれど、「演奏している音楽の流れを聴き、先を考える」という作業の反復をしている訳で、これはひとりで弾いていてもアンサンブルをしていても同じことだと思います。
ただ、アンサンブルとなると互いの音量のバランス、テンポの揺らし方、一緒に決めるべきところ、等々、ひとりで弾く時には許されてしまうかも分からない、最低限必要になることが多く出て来ます。
更にレヴェルアップすれば、自分の音楽をぶつけつつ、相手の音楽と如何に融合させるか、という楽しみ。特に本番でも、練習合わせの時とは違う音楽を作ろう、という即興性・・・(これはチョット難しい話になるのでやめておきます)

そういう訳で、もしピアノを習っておられる方であるなら、日頃から室内楽や伴奏はお薦めです。

久々に二台ピアノ用アレンジをしています。
相手を思い遣る心を育てる…と言ったら大袈裟ですが、独りよがりでは済まない反面、ひとりでは弾けない数の音を心で合わせて、大きなものを作り上げていく大切さと喜びを感じて貰いたく…。しかも指揮者は居ない訳です。

すっかり「発表会開催」から遠のきましたが、1980~90年代は出来るだけ毎年行い、アンサンブルを入れていました。
ただ、この楽譜入手が困難で・・・
何故なら、ピアノを始めて数ヶ月の生徒もいれば、数年弾いている人も、音楽(ピアノに限らず)を目指している人も、音大を出た人も……等々、生徒の数だけ、弾いてきた年数も経験も違う訳で・・・
色々な環境・練習経験に対応している既製の楽譜はありません。
折角なら、二台ピアノで…可能な場合は6手、8手でのアンサンブルも楽しめる場です。

それなら、私が書いてしまおう!!
弾く人の能力に合わせて書けば事は解決!!!
・・・それで、一体どれだけの曲を書いたことか・・・
当時はパソコンなど知りませんから、勿論手書き。読める様に丁寧に書いたつもりでも判読不能の場合もあり。
又、住んでいる地域は様々で、各県から、しかもピアノ以外の都合もあり…となると全員集合出来るのは本番の直前数回でした。

本番は、私が一緒に弾けたならどんなに楽だろう、と思う箇所もある訳ですが(つまりもっと自由にテンポを揺らしたり、cresc. dim. を付けたり・・・)
それでも、一生懸命に弾いている子供達の演奏は、「よくやった」「よくやった」と言いたくなるほど楽しいものでした。
幼いなりに、そしてレヴェルなりに、大抵「楽しかった!」と言ってくれるのが何より嬉しい。
あそこをもっとこうしたらよかった、等と思っても、指揮者なしの4人で、本当に「よくやった!」が本音となります。ペダルも脚の届く人が、相手の音も考慮しながら一生懸命に踏んでくれる訳です。
下のものは、もう何年前のものだろう??(何十年ではない事を願います
演奏している4人は現在とっくに社会人となっている・・・もしや30歳近くなっている??
宜しければお聴きください。
モノは、ピアノ2台8手での「ザ・サウンド・オブ・ミュージック」メドレーです。
(冒頭は、椅子のセッティングなどに時間がかかっております)


MP3ファイルを聞くにはプラグインが必要です。
Copyrights©Chieko Oku All rights reserved.

又いつの日にか、この様な3人・4人でのアンサンブルを!!


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ドレス - 2009.08.12 Wed

先日テレビを点けたところ、ジュリー・アンドリュースの演奏会(プレヴィン指揮・N響)をやっていました。BS 2 だった様な。

金色のドレスに身を包んだジュリーさん・・・相変わらずお美しい

そうだ!あのドレスに似たのを持っていたっけ!!(所有するドレスの中では一番高価!!)
7キロ痩せたら楽に入るのだがなぁ…

等と、不可能なことを考えながら見ていました。

屋根裏に眠っているドレス、いつかは着よう、と思うまま、すっかり老け込んで似合わなくなった。それ以前にサイズが…入るように努力する気すら無い…。場所ばかり占めて一体どうしたものか? 娘は私より身長が10cm高いのでお下がりにも出来ない。
新品は兎も角、殆どがもうヨレヨレだし、この際潔く捨てるべきだろう。
屋根裏にスペースを確保しなくてはならない事情もあることだし…。


そうこうするうち(タイトルから外れます)、この演奏会ですが、娘が小学生の時に一緒に観に行ったものである事を思い出しました!!

又、暫く経ってから画面に「1993年8月18~20日」との文字が出て、そうだ!!豪華なプログラムを買い、Aプロ、Bプロ、Cプロ・・・と、何通りか組まれていたこと、オペラグラスを途中から借りたこと、等々(又してもゆっく~~~~り)記憶が繋がってきました。

当時、ジュリー・アンドリュースも随分年齢を重ねたものだ、と思ったこと。
若い頃であったならマイクを使用せずとも届いてあろう声、その日はマイクを使っていること、音域を下げていることに愕然としたことまで思い出してしまいました。
ところが、年齢を重ねた、とその時感じたジュリーさんですが……計算してみると(いや、計算しなくとも)今の私より遙かに遙かに若いです!!それで「再放送だ!!」と気付いた次第です



この日の放映は、それらいくつものプログラムから繋ぎ合わせて編集され、プレヴィンが「パリのアメリカ人」を振りながら弾いたり、ガーシュインメドレーがあったり、勿論「ザ・サウンド・オブ・ミュージック」や「メリー・ポッピンズ」からの有名どころの歌も沢山、素晴らしかったものがピックアップされ、2時間番組に纏められていました。途中から見たので定かではありませんが…

ところどころに、最近のジュリー・アンドリュースへのインタヴューが挿入され、彼女の近況 - 絵本を書いたり物語を作ったり、その絵本の読み聞かせをしたり- 幼い子供たちの情操を育てる機会を沢山作っている様子でした(ところどころ見ていなかったので、違っていましたらすみません)。


メモしておかなかったので、書きたい書きたい、と思っていた事(映画撮影での逸話や、若い頃のオーディションなど。それと現在の話も。)すら頭から抜けてしまった情けなさ。

とは言え、撮影の裏話は最近ではDVDに「付録」として、沢山載っていますね。


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書いてから検索したところ、下記の再放送の様です。

http://archives.nhk.or.jp/chronicle/B10002200090801220030172/
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丁度11年 - 2009.08.07 Fri

あの原因不明の甚だしい不調から11年。
さっぱり訳も分からず、すっかり無くなった握力に、全身の脱力感・倦怠感と・・・
どこの病院へ行っても「気の所為」扱いされ、困り果てながら見つけた大きなしこりで、「これが悪さの元凶!」と、悪さの大元を見出した気になり、逆にホッとした位だった。
乳癌は切ってしまえばよいけれど、ここ迄の不調とあっては転移しているのでは?等々…これで最後かもしれない、だから神様は「リサイタルをせよ」と突然思い立たせて下さったのかも分からない……
という1998年8月7日だった。
曲目を変更することもなく辛い数週間の準備だったし、今になれば、何とよく頑張ったものだ、自分にご褒美を与えたい程、と思う。けれども周囲はどれだけハラハラしていたであろう、…等々想いは巡る。

その後の経過・・・乳癌の転移は無かったけれど、膠原病…名前だけは知っていたけれど、皮膚筋炎や多発性筋炎、又、シェーグレンも初めて目にする単語だった。
そして、その治療開始からも10年が経つ。


今日は、生徒の一人が会場練習を聴いて欲しい、というので久々に外出。
余程空に飢えていると見え、解放感と共に外に出れば、吸い込まれるが如く空ばかり撮ってしまう。


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このところパソコン作業ばかりで、疲れれば「テレビの前のうたた寝」。

終わってのお喋りと食事も至福の時だった。

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何とか現状維持の骨粗鬆症 - 2009.08.03 Mon

タイトルは、ステロイドによる骨粗鬆症のことです。

既に何度も(しつこく)書いていますが、元の病気と天秤に掛ければ、当然ステロイド使用が勝ちます。使わなければ今頃どうなっていたか・・・

数年前に整形外科の主治医が変更になり、「骨」の専門医です。

ずっと使っていた骨代謝改善薬のビスホスホネート製剤(ボナロン、フォサマック等)は、使いすぎていると逆に骨吸収を妨げる働きがある、ということで、薬の種類も時々変えた方が良いとのこと。
私の場合は更に、それに関係するALPという値が大変低いそうです。

5月から、選択的エストロゲン受容体モジュレーター(エビスタ)という薬に変更になりました。


今日は年に1回の、腰椎と大腿骨の骨塩定量を量る検査(骨密度を診るレントゲン)。

勿論標準には届きませんが、量的にはこの数年、それらの薬のお蔭で何とか横ばいを保っています。有難いことです!!
(貰った結果によると、腰椎は80代前半並み、大腿骨は70代後半並みのようです)


しかし、今服用しているエビスタは、どうやら血栓を作り易いらしい。
「飛行機に長時間乗ることがあったら、3日前から服用を止めてください。所謂エコノミー症候群になり易くなっていますからね。」と言われました。
えぇ~~~っ!?そうとは知らず、飲んで乗りました。
私の場合、血液もドロドロらしいので怖いものがあります。


先生に「ネット、やりますよね?」と問われ、何かと思えば、「日本骨代謝学会というのがあって、そこから骨代謝マーカーに飛ぶと、私の書いた文章が出ますから、説明を読んでください」と。
有難いことであります!
私は左から右、右から左、の人。しかも説明を聴いても、「何が分からないのか」が分からないので、質問も出来ない!ネット社会に感謝であります。
何度でも読み返せます。不明点は更に検索出来ます。

こんな時代になるとは・・・
パソコンを勧めてくれた友人達に、又しても心から感謝!!


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うるさい患者 - 2009.08.01 Sat

このブログは病院の話が多く、おそらく不快に感じられる方も多いと思う。

私自身、多くの医師達に助けられ、こうして現在があることを心から感謝しており、それは言葉にならない程だ。
しかし、それとは別に、同じ様な状態にあっても解決の着かない方々の多さを思う時、少しでも何か参考になることがあれば、と書いている。
詰まるところ、「自分の身は自分で守るしかない」ということだ。まず、病院に行くこと、受診すること、その行動を起こすのも「自分」なのだから。
(この様に書けば、キリスト教関係の方々からは「全ていつも神様によって動かされているのですよ」とお叱りを受けそうだが…信者の末席を(言葉通り)汚す者としては、何かと語弊を招いてしまうので「宗教」に関わることは、このブログでは意図的に極力避けております)

膠原病で入院中、若い医師が言われた。「田中さん(私の本姓)は何でも仰って下さるので、大変参考になるのです。医師でも分からないことが沢山あり、これからも少しでも疑問に思われたら質問して頂きたいし、変わったことがあれば報告して頂きたいです」と。

同時に、もし私が医者の身であったなら……やはりそう思うに違いないし、音楽と同様、どんな巨匠であったとしても「これでよい」ということの無い世界だ、と思っている。

ブログを読まれて、同じ様な症状の方から「助かりました」と感想を頂くと、やはり書いていて良かった、と思う。不快に思われる方と天秤に掛けると、やはり「助かりました」を優先してしまう。
 - そういう次第です。



さて、話は遠く高校時代の春に遡る。
酷い目に遭った。
右下の虫歯が痛み、近所の歯科に通った。記憶が正しければご夫妻とも、私のお世話になった(妹は当時現在形)小学校の校医でいらしたと思う。奥さまは内科・小児科医。
その虫歯、どんなに治療をしても痛みは治らない。何週間、ひょっとすると2ー3ヶ月通ったかも分からない。
結局抜歯をした。それでも痛みは酷くなる。
その様な痛みを抱えて、当時ピアノを師事していた永井教授の「公開レッスン」にも出た。痛み止めを倍量使っていたと思う。(こんな事は覚えている!)
そうこうするうち学校は一学期の期末試験を迎えた。とても勉強に集中出来る痛みではない。
試験の日は、学校へ行く前に歯科医院に寄り、歯茎に麻酔を注射して貰い(!!!)、何とか試験が終わる迄痛みを止めた。

そうこうするうちに、内科医の奥さまが口を出して下さった。「そんなに取れない痛みは、感染しているか化膿しているかでしょう。クロマイを使ったら治るのでは?」と。(クロマイとは、当時普及していた唯一の抗生剤、クロロマイセチンの略称)
処方されて一日、二日、・・・一週間後にはすっかり痛みも取れた。骨膜炎になっていたかもしれない、と後で聞かされて・・・(近所に、小1の時に虫歯から骨膜炎を起こして亡くなった、という仲良しが居たので、内科医の奥さまが居られなければ私も同じ目に遭ったかも分からない。時代もまだそんなだった、という事なのだろうか。)
近所には、当時他に歯科医院が無かったし、「校医さん」ということで母も私も何か安心していたのだと思う。

「麻酔を打って登校していた」は、マイケル・ジャクソンのニュースを聞いて思い出したこと。麻酔と言っても局所麻酔の、おそらくキシロカインの様なものだったのだろう、と思う。
その所為なのか、余りに鎮痛剤に頼った数ヶ月の所為なのか、その夏はずっと湿疹の痛み痒みに悩まされた。今思い返すと、なまじ知識が無かったので「痛い」「痒い」で済んだのかも分からない。

・・・・・そんな出来事の約30年後の1997年から、このキシロカインで凄まじい蕁麻疹が起きる様になり、胃カメラのスプレー式麻酔を受ける度に、又その後の乳癌の手術の時にも大変な思いをした。全身麻酔は問題なく、術後、背中のチューブにキシロカインを注入したとたんに胸、腹、凄まじい蕁麻疹が起き、それは手術による痛みなど気にもならない程の痒みを伴った。
そしてほどなく、膠原病の症状が出始めた訳だが・・・
度素人の私には、「何十年も体内で何か反応が出来ていて、潜んでいた乳癌と関係して爆発し、膠原病に至ったのかも分からない」と思えてしまう。(原因不明、と言われると何でもこじつけたくなる)

ステロイド服用で、今では蕁麻疹が起きることは全く無くなり、その後の多発性筋炎・皮膚筋炎の諸症状も治まり、本当に有難いことだと思う。全身が「巨大たらこ」の状態になってしまっていたのだから。


・・・と、こんな事まで思い出したきっかけは、マイケル・ジャクソンだけではない様だ・・・
目下我が夫が、その当時の私と同じ「歯」の問題を抱え、掛かり付けの歯科医に通っている。
その歯科医の父上が、義父の高校での教え子であり、絵の弟子でもあり、歯科医院を開業しておられたのだが、惜しくも若くして亡くなられ、今は息子さんたちが治療にあたっておられる。
その様な関係で、夫はなかなか他の医者に行けない様だが・・・
痛みを訴え一体何ヶ月になるやら。

しかも、麻酔を3本打っても痛みが消えない!?!?!?

一応抗菌剤も鎮痛剤も処方されている様だが・・・

これは絶対におかしい!!!
何か別な抗生物質に変更する、とか量を増やしてみる、とか、手立ては無いのだろうか??
最初の治療が「ホルマリン」の注入だったそうで、これで痛みが悪化してしまったそうだ。思わず検索をしてしまった。よくある治療らしいものの、度素人の私は「ホルマリン」と聞いて、思わず夫の歯が理科室の標本としてホルマリン入りの瓶に入っている光景を想像してしまった!

夫は自分から質問をすることもない、所謂「昔の患者」。
・・・歯痒い…いえ、駄洒落ではなく、心底!



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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
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Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
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制作・著作:奥千絵子
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