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2009-02

昨日の"Der Wegweiser" - 2009.02.28 Sat

昨日の日記は、詩と訳を載せるべきでした。
遅れ馳せながら。

Wilhelm Müller (1794-1827) による詩

Der Wegweiser

Was vermeid' ich denn die Wege,
Wo die ander'n Wand'rer gehn,
Suche mir versteckte Stege
Durch verschneite Felsenhöh'n?

Habe ja doch nichts begangen,
Daß ich Menschen sollte scheu'n,
Welch ein törichtes Verlangen
Treibt mich in die Wüstenei'n?

Weiser stehen auf den Straßen, (Schubertは"Wegen"と書き換えた)
Weisen auf die Städte zu,
Und ich wand're sonder Maßen
Ohne Ruh' und suche Ruh'.

Einen Weiser seh' ich stehen
Unverrückt vor meinem Blick;
Eine Straße muß ich gehen,
Die noch keiner ging zurück.


************************************************************************

自分で日本語に訳そうとしたのですが、詩的センスが(も)無い為、ネット検索し、拝借致しました。
(そこでは件の箇所は「Wegen」となっています。)

http://www.damo-net.com/uebersetzung/schubert/d911/20.htm

参考までに、第3節のWeiser(=Wegweiser)は複数です。「路上に」と訳されている「路上」も、「あの街」と訳されている「街」も複数です。(Weiserは無変化ですが動詞が複数の変化をしているので。Wegenはaufを受けた3格の複数なので更に「n」が付いています。)
第4節のWeiserもStraßeも勿論、「ひとつの」という冠詞が付いていますから単数です。

*この対訳の著作権はどうなっているのかな?とトップを探して飛んでみましたら、「このサイトはリンク・フリーですが、事後連絡をくれると嬉しいです。」と書かれてありますので、事後報告することに致しましょう。
それにしても、「最悪なのは僕の名前を使った上で、対訳に手を加えて公表する事です。これをやるくらいだったら、どうぞ僕の目の届かないところで無断使用してください、ホント。」と書かれています。単語の説明は「対訳に手を加えた事」にはならないでしょうが、取り敢えずは無断使用させて頂きました。沢山の対訳を書かれているのに…どの様な方なのか存じ上げませんが勿体ないことです…。


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歌詞と音楽 - 2009.02.27 Fri

偶然は色々続く。
前の病人、病気、医師の話もだが。

詳しくは述べられないのだが、目下音楽に関する文章を書いており、昨日はその題材として早朝に"The Sound of Music"の歌を数曲使って譜例を作っていた。
すると夜、何と!BS2にてその映画をやっている、と家族に知らされ、DVDを持っているにも拘わらず、つい最初から最後まで見てしまった!!
しかも、その後娘が「歌いたいから伴奏をして欲しい」と言い出して、メインの7-8曲伴奏して遊んでしまった(真夜中に!)。

さて、ここからが本題、というか問題。
ザ・サウンド・オブ・ミュージックを例に使う前には、シューベルトの歌曲を扱おうか、と「冬の旅」の「対訳と分析」なる解説本をパラパラと捲っていたのだが、やはりドイツ語は英語に比べてマイナーな語かも分からない、と前述の英語の曲に変更を考えた次第だった。
その解説書の中で、「声楽曲の場合、作曲家が書いた歌の楽譜と原作の詩に相違がある場合、それが意図的に変えたものなのか、それとも間違って書いたものなのか」ということが問題になっていた。
そして、「冬の旅」の第20曲の「Der Wegweiser(道しるべ)」の第3節の第1行に於ける「Wegen」が原作では「Straßen」となっていることを、「間違いによるとも解釈され得る」というのだ。理由は「敢えてWegenに変えなくてはならない理由がないからである。」とも書かれている。
これはどうだろうか?
シューベルトのスペシャリストとして著名な歌手でもStraßenに直して歌っておられる方もある。

シューベルトが生きていた当時のウィーンはどうであったか分からない。しかし、Straße(複数Straßen)と言えば、「道」や「道路」を表す単語の中では一番広く大きなイメージがある。
次にGasse という、やはり「道」と訳されるであろうが、少し小さめの「道」もある。
そしてWegと言ったら、「小径」と敢えて訳したくなる様な細い、舗装もされていない「道」を私は思い浮かべてしまう。冬には心が締め付けられそうに孤独な「小径」を!
特にウィーンの森方面の標高の高い場所には「Gasse」と付く名前の道より「Weg」が付く名前の道の方が多い程だ。

その取り上げられている「Wegweiser」という曲で、指摘されている第3節の「Wegen」の言葉がある部分は短調であり、単語は短3度下降する形である。
もっと後に出て来る「Straße」の箇所は、薄暗い短調の中で長調に移りたい夢を密かに持ちつつ移れない様な和声進行(言葉での表現は難しい。しかも初見での弾き語りで試してみたので定かでないが、その様に感じるのは私だけではない筈)。しかも、自分が歩まねばならないひとつの道(Eine Straße muss ich gehen)、しかも誰も戻ってきたことのない道、と繰り返し歌われている道しるべの道は広い道…
多くの小径(Wegen)に立っている道しるべは街々への道を示しており…

Wegという言葉に、私は「道」以外にも何となく「方向を示している」様なニュアンスを感じる。
しかもWegweiserである。人生の道も含めての道しるべではないだろうか…

シューベルトが響きと共に敢えて分けて書き換えたもの、と私は確信してしまう。

と、ドイツ語の曲は説明を書き添えねばならないことが多すぎる為、英語の歌詞の曲を探した結果、昨朝は"The Sound of Music"の中の数々となった次第。でもテーマとして抱えていることはドイツ語圏の音楽なので…英語で例を挙げてドイツ語に発展させるべきかも分からない。

・・・・・と書いたものの、上記のWegの例は全く扱わなくても構わない内容。
この様なことにまで関わって迷っているだけであり、全く捗らない・・・まさに私の文章にこそWegweiserが必要と言えよう・・・




*駄文乱文のまますみません。益々、ですが…
シューベルトが、「狭き門より入れ、滅びに至る門は大きく、その道は広い。命に至る門は狭く、その道は細い」を意識して書き換えたのであろうか?という疑問もあり…
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病気を見るのか、病人を見るのか - 2009.02.25 Wed

所謂朝ドラ(NHK朝の連続テレビ小説)を見なくなって10年近く経っていたと思うのだが、今回の「だんだん」は飛び飛びながらも面白く見ている。
というのも配役が、…計算すると何年になるだろう、息子が小学生の頃だから… 当時見ていた「ひらり」が母親役になっていたり(俳優の名前はさっぱり覚えられません)、「ふたりっ子」の子役が主役を演じていたり、「あぐり」で脇役をやっていた方がもう一人は母親役を演じていたり・・・と、そういう驚きで見始めたのでした。

ドラマの内容はこちら

http://www9.nhk.or.jp/asadora/

しかも、我が家にも大学時代(一般大学卒)には歌の世界を夢見た子が居り(過去形ではないかも分からないが)、目下は看護専門学校とも関連あり、医学部の国家試験の発表待ち、ということも関連があり、つい似たような環境の内容から、時間があると見てしまうのです。


前の日記、「おげんきクリニック」について書いた後、今朝の「だんだん」は奇遇にも、「おまえは病気を見るのか、それとも病人を見るのか?」という問いかけで終わっていた。

これは私自身、長い入院生活に於いて常に感じたこと。
いとも簡単に「ピアノはもう諦めてください」との内容を言われた時の落ち込み。
なにくそ!と頑張ったリハビリ。

又、ドラマの中では、腹痛を起こした患者さんを研修医が「帯状疱疹」を見落として、CT画像による検査のオーダーを出したこと。

我が家もまさに似たような経験があった。
夫が頭痛を訴えて脳外科を受診し、「異常なし」にて帰宅すれども痛みは悪化。何と!私が帯状疱疹を見つけ、皮膚科に入院させたのだった(私自身、帯状疱疹の経験がある為ラッキーだった)。
そして入院中に腹痛を起こし、若い主治医(研修医)が飛んできて「大動脈乖離を疑って検査します」……チョッ、チョット待って、そんな大ごとだったらもう意識ありませんよ、腸閉塞とか尿管結石とか、そういうものではないのですか??と生意気にも口を挟んでしまったのだった。
入院で初めて出逢う研修医のマニュアル本よりも、何十年毎日を共に過ごしている人間の方が(その時は偶然にも経験から分かる範囲だった、とは言え)直感や第六感が働くこともある。
勿論画像検査も受け、内臓には尿管結石の他は何も異常がなかった。
もう6年前の話だ。

ドラマの中で、研修医は先輩(地域医療に関わる医師)から「ベッドサイドに近付くことを怖れるな」と助言を受けていた。


さてさて、そのドラマの後、何気なく次の番組を見ていたところ、今度は「脳梗塞」を起こした患者さんが映し出されていた。
右手右脚の機能を失い、医者からは「右の機能はもう無理ですよ」と宣告されていた。実際右手の握力は「3」、自分の名前すら書けないほど筆圧が落ちていた。
その患者さんは、その後リハビリ専門病院に入院し、リハビリを通じて今まで通りにやれる努力に専念し、1ヶ月後には右手で、左手と同じ様に文字を書ける様になり退院。
ところが自宅に戻ったところ、機能が衰える。
自分の居場所は無いのではないか?と落ち込む。
この方の場合は、奥さんから「又一緒に山に登りたい」と切望され、今度は「スポーツジム」に通い始める。勿論定期的に主治医の意見を仰ぎながら。
今では普通に歩き、階段を上り、仕事に復帰しているという。登山も再開出来たそうだ。
握力も40に回復している、というではないか!

周囲は「頑張れ」ではなく「頑張る環境をつくること」と。

あぁ、私の時と全く同じだ。
後になって「多発性筋炎」の始まりだ、と分かった症状の握力ゼロに等しい状態も(整骨院のマッサージで当座の数ヶ月は凌げた)、「皮膚筋炎」での長い入院でおそらく所謂「廃用性症候群」と思しき症状に悩まされていたであろうことも、5分でもよいからピアノを障りに家に行って来たい、と申し出ても、外出許可は一度すら出ずに不安を抱き続けていたことも、リハビリをサボったとたん、今度は乳癌の後遺症が出てきていることも・・・・・遡った日記に書いたので余りに執拗過ぎる!省略!!

でも、あとひと言。
「居場所を作ること」というのは、私の場合は本当に幸せなことに、病院のレストランでピアノを弾くことであった。それが一番のリハビリであり、リハビリに励もうというモチベーションでもあった。
又、入院中に知り合った患者さんの一人が「自分は病気にはなったけれど、病人にはならない」と言われたことも併せて思い出した。

考えさせられることの多いテレビ三昧のひとときだった。
生徒がこれから来る。乱文のまま送信。
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「心の安らぎ」という言葉 - 2009.02.23 Mon

昨日、山口県周防大島「おげんきクリニック」の院長である岡原仁志先生からメールを頂きました。

昨年12月より2ヶ月間、クリニックがNHKの取材を受けて山口でのみ放映されていたのが、5分くらいではあるものの、23日(本日)午後、BS1で全国放送として流れる、とのお知らせでした。


この病院との出逢いは遡った日記に記録しました。
全く偶然、テレビ画面で出逢った先生です。
数年前には東京で講演されるお知らせを頂き、子供達と出向いたこともあります。


今日は5分間であっても、先生の医療へ向き合う姿勢、つまり「病気に向き合うだけではなく、共に人生に向かう」という心が充分に伝わってきました。

二万人ほどの人口の島、そして半数が65歳以上のお年寄り、診察は一日に170人を超えることもあるそうです。
岡原先生は、5年前にお父様の病院を引き継ぐべく帰郷された訳ですが、その前は東京で先端医療を目指され、偶々在宅医療に携わった時に「医療とは治療だけではない」と感じられたそうです。つまり患者さんたちに、「病気は治らなくても自分達には出来ることがある」と満足して貰うことも医療である、と。
今日はパッチ・アダムスの話は全く出ませんでしたが、先生の活動の発端はパッチ・アダムスに感銘を受けたことも一つの様です。

84歳の、関節痛の取れない、しかも2年前に伴侶に先立たれた孤独感で笑顔を失った患者さんに、先生が「待合室で話をするだけでもよいから来て下さい」と声をかけ、来院するうち徐々に笑顔が戻り、今では「身体は苦痛でも、心の安らぎを得られることが有難い。心の温かい先生です。」と笑顔でミカン畑で作業をしておられる姿も印象的でした。

岡原先生の決して「治療をしてやるんだ」ではない姿勢、患者さんとハグをする楽しみ、そのことで同じ人間として患者さんから元気を貰い、同じ人間として向き合うのだ、という姿は、患者として勇気を頂きました。

番組最後の、患者さんへの「応援してますけんね」という温かい言葉も素晴らしかったです。(決して「頑張ってください」ではなく…)




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讃美歌の講演会 - 2009.02.15 Sun

午後から、所属している教会で開催された"大塚野百合先生の講演会"に出掛けた。
「本当の癒しとは ~ヘンリー・ナウエンをめぐって~」とのタイトルにて。

今では賛美歌のスペシャリストとして、大学ご定年後も講演会のみならず著書も精力的に出版され、すっかり著名になられた大塚野百合先生から、実は中学1年の時に「聖書」の授業を受けていたのだった。
その懐かしさもあり、午前の礼拝は諸々を(仕事や体調)理由に怠けても、今日の午後は本当に楽しみだった。

先生も仰っていらした、「賛美歌のルーツをとても1時間半やそこらでは語れない」はまさにその通りなのだが、たった4曲の賛美歌からも、それらの背景(歌詞は勿論、音楽も)の貴重なお話を伺うことが出来た。


私が育った環境は、日曜学校(教会学校を当時はこの様に呼んでいた)然り、中学高校では毎朝の礼拝で讃美歌を歌って一日が始まり、「聖書」の授業でも「音楽」の授業でも讃美歌を歌い、中学の放課後は聖歌隊、高校では課外コーラス、讃美歌や聖歌は生活の一部となっていた。
私が音楽に目覚めたのはひょっとすると、讃美歌の歌詞と美しい4声体の一体化されたものを常時空気の様な存在とする環境に居られたからかも分からない。
だから、西洋音楽とキリスト教は切り離して感じることも出来ず、自分の演奏に於いても(キリスト教音楽でなくとも)無意識のうちに歌詞や聖句が浮かんでくる。
何か事ある度に浮かぶのは、当時の所謂「讃美歌」※だ。そして癒される。

その様なこともあり、尚更今日の講演会を通じて、あぁ、一曲ずつの背景を知ってみたいものだ…と思い、早速家にある大塚先生の著書を改めて拝読しよう!と帰宅した。


その講演会で知ったのだが、大塚先生が中学の授業を受け持たれたのは、当時「聖書」専任の先生が病気になられ、代理ということで、たったその半年だけのことであったそうだ。
華やかで楽しく進行する授業は(大塚先生も今日仰った、「貴女、キリスト教の漫才師になったら?とか、キリスト教の黒柳徹子ってよく言われるのよ~」の通り)、とても楽しいものだった。
……ただ、試験前に渡されたプリントの量は半端ではなかった気がしている。おそらく大学で教鞭を執られていらしたが故、同じ様なものを中1にも渡されたに違いない!!と、怠惰で年齢より幼かった我が身のことはしっかり棚に上げる……


ピアノを職とする身から追記するが、外国語と同様に思うのは、成長期に讃美歌を通じて身体に入った「4声体」、耳と指が「和声進行」としてもしっかり捉え、大学に於ける「和声学」は「なるほど…」という裏付けとなったものの、「和声進行に於ける禁止事項」は耳と指とで既に判断出来ている結果にも至らせてくれたに違いない、…とも思う。


大塚先生には、賛美歌を「生きた癒しと救いの学問」として、いつまでもご活躍頂きたく、改めて思った日でもありました。


更に追記
奇しくも大塚先生の中学での同級生お一人のご一家と我が家とは、偶然にも親しくさせて頂いた時期もありましたが(私が5~7歳の頃)、そのご一家の優しい「おばちゃま」は昨年亡くなられたと事を今日伺い、本当に残念です。お会いしたかったものです。私の亡き母は、おそらく天国で懐かしい再会をしているに違いありません。
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ゆとり教育に物申す(2) - 2009.02.08 Sun

土曜を休みにし、授業時間数を減らし、教科書はほんの薄っぺらい(内容的に)ものとなり、その様な義務教育だけを経たとしても、他に熱中することがあれば良い。
下手な授業を受けるよりも、余程子供の「考える力」「思い遣りの心」を育てると思うからだ。
しかし、学校にだけ通うのであれば・・・


語学だ!
自分に沢山の失敗経験があるだけに強調したい。

まずは国語。
自分が何を言いたいのか、訴えたいのか、ちゃんと言葉にして相手に伝えられること。
(相手に伝えたい内容を増やし育む手段にもなる)

そして、ヒアリングと発音だけでよいのだから、英・独・仏。
この基礎があれば、大人になってからいくらでも伸ばすことが出来ると信じている。
音感教育にも似て、8歳までが一番入る。15歳までもまだOK。
その後も、努力すればいくらでも可能ではあるけれど、努力を(殆ど)せずとも身につくのは小学生までだ。

勿論ネイティヴの教師での授業だ。
どれが何語なのか混乱してしまう、ということなど気にしないで良いのではないか?
間違って仏語を喋ったら、他の語に言い換えればよいのだから。



私の留学時代は、言葉を疎かにしたことで随分損をした、と思っている。
勿論大学では2年間ドイツ語を第2外国語として選択した。だが、トーマス・マンやカフカの難しい小説を辞書を引きながら訳しても、会話には全く役に立たない。役に立った事と言えば、例えば、好きなヘルマン・ヘッセの訳本を読んで、「高等中学」とは何ぞや?と思った時、原語の本で「あぁ、Gymnasiumのことだったのか」等、時間を余りかけずに調べられる…その程度のものであって、他に何もメリットはなかった。
留学の可能性が出て、週にたったの1時間半の会話の学校に1年通ったが、せいぜい買い物が出来る様になる程度だ。
NHKのラジオの会話の方が余程内容的に面白かった。ヨハン・シュトラウスやレントゲンを扱ったものなど。
ただ、これとて、ゆっくりと読んでくれるトピックを文字を見ながら聴き取る程度。

音楽の道に限らず、語学は出来ないよりは出来た方が良い訳で、「耳」と「口」が最も一致するのは義務教育の年齢である、ということを強調したい。これからの世の中、どうなって行くのか、どの様な仕事に就くのか分からないのであれば尚更と思う。
人の命を救うことに繋がるかもしれない。この様な世界情勢で。

通じないジャパニーズイングリッシュを喋り、聴き取れないネイティヴの発音に、通訳を使っている政治家たちを見るにつけ、年数ばかり長く履修した日本の英語教育には全く恥じ入るばかりだ!!!



それにしても、「過ちを改むるに憚ること勿れ」


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麦粒腫・その後 - 2009.02.07 Sat

あっと言う間に治りました。
まだ、ほんの少し赤いかな?という程度で、今朝まであった痒みも、先ほど長い長い昼寝から目覚めたら治っていました。

極力仕事をサボり、毎日昼寝をしたのも良かったと思うのですが、何より偶々薬が全部手元に揃っていた為に、「あ!」と思った時、すぐに処置が出来たのが幸いだった様です。それと、眼科からのワンランク強い抗生物質の点眼薬と。

再発しない様に、あと1-2日は薬を(点眼、塗布、服用全て)使ってみます。


この数週間、パソコンでの長時間の作業に「まばたきをしていない気がする」…と思っていただけに、涙の大切さも実感。
マイティア(人工涙液)もヒアレイン(眼用のヒアルロン酸です)も、存在を忘れる程で過ごしていたのでしたが、今後はマメに点さねば、と反省。
唾液も不足気味のこの頃。結局「無理は禁物」に行き着くのでしょう…


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ゴミ分別 - 2009.02.07 Sat

やっと気になっていた事をやったぞ!!


去年4月に変更になった「新しいごみの分け方・出し方」
情けないことに未だに覚えきれない

おおよそは覚えたつもりが、細かいものになるとその都度、冷蔵庫にマグネットで留めてあるパンフレットを外して調べる。これが又、遠中近の眼鏡でも読めずに眼鏡を外して…

丁度昨年4月に帰国し、親指を痛めていた為にゴミ袋の口を縛れない、ペットボトルのラベルを剥がせない(いつも潰しつつ出来た隙間から指でべりべりと剥がしていたのだが)。つい家族任せにして来たのもいけない。



それにしても、流石にここ迄経って覚えられないのは、すぐ横にパンフレットを貼って頼りにしているからだ!!と思った。
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見ない様にしていると頭混乱。
しかも、手も治ったことだし、家の者たちに任せっぱなしも如何なもの・・・




そうだ!!
それぞれの箱に分別内容を貼り付ければ良いのだ!!

早速ワードで打って貼り付けましたです・・・

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全部写らなかったけれど、一番右端にちょっと見えるのは「缶」(どの様な缶まで可能か、説明付き)で、更にその右にはシュレッダーがあります。
そして、ここに至るまでの掃除たるや…。裏や箱の隙間には色々なゴミが落ちており、日頃どれだけ家事をサボっているかの証拠。

あぁ・・・ゴミ箱類だけでキッチンの壁一間分を使うとは・・・
ゴミ箱を小さいものにする事も考えたのですが、結局それでは入り切らないのです。
何とかもっと小綺麗に纏まらないものだろうか
せめてカーペットを横長1間分のものを購入するとか?
(すみません、書いて気付いた。古い人間ですね。1間=畳一枚の長い方の長さです。でも現代の畳は小さいですね



1950年代の、まだスーパーなど無くて、八百屋では新聞紙に包んでくれ、魚屋では新聞紙に包んでくれた上から袋に、或いは御用聞きに来てくれたり…肉屋は経木に包んでから紙でくるんでくれて……
その様に戻る時が来ることを願うばかり。

環境汚染も温暖化も、絶対にゴミと関係があるのだから。

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多分麦粒腫 - 2009.02.05 Thu

昨日の朝、左目に痛みを感じた。
これはよくある事なのだが、ちょっと違い、鼻側の瞼の内側が赤くなっている。

麦粒腫(ものもらい)と直感。
久々に(眼鏡のことで)人混みを歩いたからかも分からない。或いは眼科ではない眼鏡店だから、消毒を怠っているかも分からないし。
黄色ブドウ球菌とか、どこにでも居る菌が乾きがちな目(長時間にわたるパソコンでのデスクワークの上にシェーグレン持ち)に住み着いたかも・・・と(素人判断)。
それとも、先日義父の部屋の掃除※をしたからかもしれない。義父は酷い結膜炎で目脂がべっとりの人。濃度の高いアルコールティッシューで至る所を拭いた。
(「めやに」の変換が「目脂」とは!ドイツ語のAugenbutterそのものだ


膠原病でのステロイド服用以来、感染症に罹りやすいから、と常時目薬も抗菌のタリビット点眼、ステロイドのフルメトロン、まで処方して頂いている。(人工涙液とヒアレインの他にも、の意)
偶々先週皮膚科受診の折に、眼用の抗生物質軟膏(タリビット眼軟膏)も処方して貰った。出来るだけ外出を控えたいから。
早速使うことになるとは・・・

取り敢えず一日これらの点眼薬と軟膏と、抗生物質(クラリス)の服薬で様子を見よう、それで治らなかったら本当に麦粒腫だから眼科を受診しよう、と点して飲んで塗ったのだが…今朝になったら明らかに麦粒腫!!
ところが生憎今日は木曜。家族全員が信頼している地元の眼科は休診日。(おそらく総合病院以外はどこも休診日)さりとて病院に行けば又余計なもの(インフルエンザなど)のお土産が付くからなぁ……

(医師の先生方、ざっくばらんな日記ですみません。患者とはいつもこんなことを考えているのであります。)

罹った以上4-5日は治らないことだし、我が家にある上記の薬を続けてみることにしようと思う。
麦粒腫は小学校5年の夏、はしかで体力が弱った頃、忘れもしない!!連続して12個出来た。夏休みの間、毎日眼科に通ったことを記憶している。子供の脚で30分の。膿が溜まっては切開したり、自然に破れて出たこともある。当時は老眼ではなかったから(!)切開する時の道具が瞼に触るまで全部見えたものだったなぁ・・・

※義父の部屋の掃除をしたのは、息子がインフルエンザに罹ってしまい、プレママのKちゃんを隔離して欲しい、と希望して来たからだった。でも逞しいKちゃん、結局来ないどころか日々店長として出勤している。
パパも強くなってね!



久々に更新すれば、目に関することばかり続いております。


______________________________

ただ今午後3時半。
先ほど駅の向こうのスーパーに行き、帰りに念のために眼科を覗いてみたら…
休診は水曜だった。(ネットでは水・木が休診となっていたのだった)

透かさず入ってみた。
問診票を書く様に出されたので、使った薬や常時処方されているいきさつ、詳しく書いて受診を待ち、呼ばれた。

「『ものもらい』で診断は正しいですよ。使われた薬も(タリビット、フルメトロン、タリビットの眼用軟膏、クラリス)全く宜しいです。でもタリビットを常時処方されているとなると耐性が出来てしまっているかも分からないので、一段強いものに切り替えますね」とのこと。「ベストロン」という初めて聞く抗生物質の点眼薬が処方された。


本当にこの辺りでは稀なる親切、且つ説明充分な穏やかな先生。家の者たちが信頼していること、実に納得が言った
使った薬に関しても、「小5の時に12個連続してものもらいが出来た苦い経験があるものですから」と話したところ、「あぁ、経験がおありなんですね」と、咎めるでなく至って穏やかに肯定くださった。
こういう発言はおこがましいのだけれど、世の現実は……「勝手に手持ちを使った」など言おうものなら逆上されたり、「そういう時には救急に行って下さい」とか…そして長時間待った末、救急で色々感染して帰宅するのがオチなのだ。

これでひと安心!
銀行と郵便局に用事(ネットバンキングでは駄目な支払い。まだ登録していない通帳ので)があった為に、帰りにスーパーも寄り、更に眼科を覗いた訳だが、きっと呼んでくださったのであろう・・・と思ふ。




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粗忽者 - 2009.02.04 Wed

昨日は日記を大雑把に書いて「下書き保存」したつもりが、「公開」になっていた
万事がこんな調子。・・・と思ったが、Safariでは「公開」がデフォルト、Firefoxでは「下書き保存」がデフォルトの様だ。Safariでもこの欄のすぐ下には「記事を下書き保存しました」と出ているので、そのまま閉じた訳だが、スクロールさせて可成り下の「投稿区分」というところが「公開」になっているのでありました
よく分かりません・・・

豆まきも忘れて寝てしまったが、今朝起きたら家の者たちがやってくれたらしい。
食べただけ??と思ったら、私の寝室の入り口の扉を静かに開けて2粒投げずに置いてくれた形跡が

夕飯は恵方巻きを10本作り、甲の方角を見ながら食べました。折角点いているテレビに背を向けて。
そのテレビでは、今頃になりGoogleのストリートビューが問題になってなんたらかんたら…と、ニュースで流していたが、昨年消して貰ったのは我が家が神経質という訳ではなかった。当然です!!!車のナンバープレートや、物干し丸見えで!!!

頻繁に無線タクシーを使い、出前を頼む我が家としては、少々申し訳ない気持ちもありましたよ…
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たかが眼鏡 されど眼鏡 - 2009.02.03 Tue

一昨日、教会の帰りに下北沢で下車し、安い眼鏡を作りに出向いた。

視力の目まぐるしい変化に伴い、1990年過ぎからはコンタクトレンズも2種類作った。
しかも長期に渉る古いコンタクトレンズ(1969年に作った分厚いシロモノ…一度も紛失せず)使用の所為で、両目とも酷い不正乱視になってしまった。当時、コンタクト無しでは車のテールランプが様々な方向に、まるで花火の様に散って見えたものだった。当然眼鏡では全く視力は出ず、取り敢えず主な方向だけ乱視を入れた眼鏡を作ったり、ステージ以外ではコンタクトレンズは止め、家の中では裸眼の生活を試みたり(視力表の一番上も全く読めないのだが)…努力の甲斐あって1990年代後半には不正乱視も段々落ち着き、左目からは消えた。左目の近視は-4.25ほどあったが、右目の近視そのものは-1.25、縦斜めの乱視が-2.25という位で、眼鏡で生活出来る様になったが、右の乱視も少しずつレンズを替えたなら段々良くなるに違いない!と直感。
そんなこんな、近所の親しくして頂いている眼鏡屋さんには随分お世話になったものだ。

ところが、今度は年齢に伴うものが・・・

2002年頃、たまたま娘に連れられて出向いた下北沢の「9千円・7千円・5千円」の眼鏡の店で作って以来、時々近用、遠用を作り替えていたが、年々どの眼鏡も合わなくなって行く。用途に応じて使い分けられる様に揃えていたら、10年の間に眼鏡の数は二桁になっているというのに…(コンタクトレンズの上から掛けるものも含めて、です)

日常生活でかけている「遠中近」三段階の眼鏡(これは近所の眼鏡店で作った、一応、私の唯一のブランド品)は、電車で出掛けたり、家事、食事には便利なのだが、ピアノの楽譜は不可能。
一番上の1.2見える部分では強すぎて何も読めない。さりとて中間の部分は頭を1センチ動かしても視野が変わってしまうので大混乱、勿論「近」の部分では遠すぎて何も見えない・・・

それで一昨年、取り敢えず視力が落ち着く迄、と安い眼鏡をピアノ用に、「9千円・7千円・5千円」の3種類を扱うチェーン店で作った。多分片目で0.6位見えていた筈。なかなか快適だったが、それも束の間。しかもパソコン作業には、このピアノ用は強すぎる為に、0.1見えるだけの眼鏡を同じ店に出向いて作り、パソコン専用とした。(0.1に合わせた眼鏡でも、私の場合は凹レンズです

昨年から感じていたが、どうも視力調整の為の網様筋が益々弱った様で…手っ取り早く言えば老眼が進んだ様で… でも、眼鏡を作りに出向くのもしんどい…
最近パソコンによるデスクワークが増え、頻繁に起きる頭痛は、視力が合わない眼鏡が原因の気がしてならない。
たまにピアノで譜読みをするが、これが何と!1年以上サボっている間に目は(も)老いて、その一昨年作ったシロモノでは強すぎて目の奥がキ~~~ン


漸く一昨日は途中下車する気になり、楽譜とパソコンの両方で使えると思しき度のものを作った。勿論「9千円・7千円・5千円のチェーン店」まっしぐら。(いくつものチェーン店がありますが、私はZoffが気に入っております)
流石に下北沢の日曜は混んでいた。にも拘わらず店は丁寧で、眼科顔負け。
長時間にわたりあれこれ検査を受け、多分これで行ける!と意気揚々と帰宅。
おぉ!!パソコンが何と、こんなに楽に見えるとは!!!(今までのは、古い方のパソコンに合わせてあったので、今のパソコンには遠すぎて見えない)

昨日になりピアノの前に座って、譜読み1ページ。何となくおぼつかない。
片眼ずつ見てみたら、左がぼやけ過ぎだった・・・
その店舗は翌日から改装工事に入る為に休みと言っていたっけ。
幸い吉祥寺にも同じ店があり、今日の午後出向いた。

ここが又親切で、一昨日の店は休業で、しかもパソコンにはまだ私のデータは入っていないと言うが、データをファクスで取り寄せてくれた。私も記録の用紙(正しくは商品お引き渡し書・保証書は)持参したが、最初から念のために同じ視力検査を長時間にわたってしてくれた。
そして何と!吃驚したのは、楽譜の液晶画面が出てきて()、譜面台の距離に合わせてその液晶画面を見ながら微調整をしてくれる!!
それと「利き目」の検査も。目の前に指で三角形を作り、片眼ずつ隠してどちらの目で見ているか、という確認。それにより、私の利き目は右と分かり、それなら右も1段階強くしようか、そして左は2段階強くしようか…一昨日のレンズは、今までのそのピアノ用より左は4段階、右は2段階落としてあったから…。それならいっその事 [一昨日と同じ5250円の] 新しい眼鏡を作って、この一昨日のものはパソコン専用にしようか…暫し迷ったが、左のみを一段階強くし、これで駄目なら又改めて新しく作ることに決めた。
係の男性、なかなか言葉遣いも気遣ってくれて感じ良い。「老眼」とはひと言だに発せず「視力も個性ですから」と 

気に入った!!頻繁に来ようではないの!!
(おっと・・・)

可笑しかったのは、その楽譜の液晶画面がバッハのインヴェンション第11番(g-moll)なのだが(タイトルは書かれていなかったが…)、最初の音が半音高く記載されていたり、途中もあちこち違う。ピアノ弾き専用に、わざわざ間違った音を記載する事で、間違いに気付くか否か、即座に相応しい「度」を設定出来る様になっていたのではないか??考えすぎ??帰り際に訊こうと思っていたのに忘れて帰宅してしまった。


早速パソコンに向かったところ、苦なく読めるし、ピアノも同じ眼鏡で普通に読める(サボったことによる衰えは別問題

これで、日頃使う眼鏡はこれと、その日常用の遠中近の2つで済むようになった訳だ


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奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
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Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
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制作・著作:奥千絵子
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