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2008-07

写真ばかりですが - 2008.07.31 Thu

7月27日,夕方の空。
不気味でした。

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翌日は打って変わって青空。
相変わらず病院の6階より。朝食抜きの検査だったもので,終わるや否や…
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義父の件で夫が長野に出向く度,道ばたの農協の売店で(野菜・果物と共に)季節の切り花をいつも沢山買ってきてくれる。
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グラジオラスが余りに沢山立派な花を次々付け・・・折れました・・
しかも次のお花が・・・
あり合わせの籠に活け直しました。
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次の花はこちら。
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(ただ差し込んであるだけの気がしないでもない……








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リハビリの道具 - 2008.07.23 Wed

これは現在の日付で記入します。

退院後も引き続きリハビリを行っていました。
週1回PT(理学療法)とOT(作業療法)に通い,様子を見ながら次の課題を考えてくださっては宿題が出ていたのです。

入院中から退院後の生活を考えてくださり,「徒歩」より「自転車」の方が負荷がかからないですから,PTでは毎日エアロバイクを漕ぐことから始めていました。
それと退院すれば階段の昇降があるので,持久力を鍛える為にほんの4-5段のリハビリ用の階段をゆっくりゆっくり一段ずつ昇降反復。この「ゆっくり」が大切。速く,は持久力のトレーニングにならない!4-5段で持久力を付ければ駅の階段も昇降出来る,ということの様です。

退院後,階段は本物があるとして,エアロバイクを購入。確か通販で。
病院のものに比べたら機能は甚だ少ないながら,耳たぶに何か先端を挟むと脈拍を音で出してくれる,そして負荷を自動的に変えてくれる,等は付いていた気がします(「気がします」は,これを書いている2008年現在は物置に収納してある為に確認出来ない)。200回を何分かけて,とか,そういった類の設定です。あとは,駅まで15分かけて歩くことを考え,20分連続で漕げるように,等。

それから腕力強化。
瞬発力よりも持久力に問題があった為に,リストバンドを巻いて,ゆっくり(又してもこれが大切!)肩まで上げ下げ。更に水平から上まで上げ下げ。
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手前が1kg,向こうのが500g,最初は500gから始め,次が1kg。あとは組み合わせで1.5kg。
病院には2kg, 2.5kg, 3kgなどもありましたが,こうなるとリハビリではなく,スポーツ選手の筋トレ??(よく,怪我をした力士が来ていましたっけ・・・)


指の力は以前もアップしましたが・・
(クリックするとkg が見えると思います)
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この中では緑が一番軽いのですが(指1本ずつ分かれています),入院中はこれよりも更に軽い赤い色から始めました。

その他腕にも脚にも使ったベルト。
テーブルの脚に回して腕に通して引っ張ったり,脚で引っ張ったり,使い方は工夫次第で活用。
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たまたま結んであったのがこの色だったのですが,他にも黄,青,黒を持っていた筈……

あとは腹筋運動と背筋運動。…と書くと大袈裟ですが,横になって頭を上げ,お臍を見るだけ。それと腰をほんの少し浮かすだけ,というレヴェルのものです。5回くらいから始めましたが,1年後には手を使わずに起き上がれるところまで行きました。


これらを一通りこなすと軽く1時間は超えてしまうので,勿論何回かに分散させて行うのですけれども……実際はサボりがちでした。・・・とは言え,今になって思い返してみれば,よくやっていたものです




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病室のアレンジ - 2008.07.21 Mon

余り暗い入院体験ばかりアップするのも……と探していた写真,捨てる訳はないのだが…
一体どこにしまい込んだか四次元ポケットは持っていない筈!

漸く本日,9年間放置した写真が出てきました。
しかも「使い捨てカメラ」ですので画像は甚だ粗いです。
でも病室の様子をアップします。


私の皮膚状態を記録しておかなかった事を今になると後悔・・・
尤も今の様に気軽に携帯で撮れる時代でもなく(PHSすら持っておらず),デジカメときては全く見たこともなく…。
病院からも頂けないのですね、一旦病院所有となると。


当時入院していた大学病院の人気の教授(よく「おもいっきりテレビ」などにご出演)が著書にも書かれておられたことが後になって判明し、私の「病室のアレンジ」もまんざらではなかったことを知りました。


(病室デフォルト状態)
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以下は,入院してステロイド治療が始まり,一番調子が良かった頃のものです。
(見えますかね??)


★殺風景な大きな壁。何でも貼り付けていいですよ,との看護婦の言葉にて,まずは息子のデッサンをば・・
(看護婦さんによれば,「どうせこの病棟は数年後に解体するので」と。確かに使い捨てカメラで撮ってもひび割れも写っている。薄っぺらい壁です,カーテンよりはマシ,という程度で隣室の声筒抜け!)
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★茶封筒を使って状差しや雑誌入れを作り散乱せぬように,売店で買ったキラキラ光る紙を空き箱に貼って本立てにし……唯一の楽しい時間だったかもしれない。
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★雑誌入れアップ。右は描きかけ。
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(暇潰しの右のスケッチ)
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(モデル。後からTom & Jerryが加わって配置が変わってしまった)
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★五線帳も不要になったので(筆圧出ず),薬類の整理に使用。
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★これは10月(この辺りは記憶なし。でもヴィデオデッキがあるのでその頃でしょう)
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★これは10月下旬(生徒達から千羽鶴を頂きました)
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★千羽鶴アップで
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★退院荷物(これでも半分は既に運んである)
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過去へ遡って - 2008.07.11 Fri



1997年まで遡って記載を始めた病気の記録は,1999年11月に退院をしたところまで漕ぎ着けました。

記録を取っておくように,と医師を含む多くの方々に勧められ,震える様な筆圧も無い日であっても,せめて1~2行でも…と書いておいたノートは,2000年までに大学ノート5冊に加え,(売店で購入した小学生用の)手帳2冊と連絡帳3冊に膨れあがりました。

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アナログ人間を決めてかかり,まさかパソコンを使う日が来るなど,当時は想像だにしなかった人でした。「ブログ?何それ??」でしたから。

退院後も副作用は種類が増えて更に酷くなりました。
ステロイドという薬は強烈な万能薬ですが,効果がすぐに現れないのと同様に,減量したからとて副作用もすぐに消える訳ではない様です。

その辺りの葛藤もさることながら,2000年春に病院で一台のピアノと巡り逢い,人前で週に何時間も弾く様になり,聴き手よりも寧ろ私自身がその事を通じて癒される様になった話や,細々ながらも仕事を再開出来る様になった2001年頃まで,今後も気長に構えて記載したいと思っております。

今後ともどうぞご贔屓によろしくお願い致します。


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理不尽さ - 2008.07.09 Wed




昨日,左下肢下腿前方の痛み。これが今日の夕方には杖を必要とする程となった。
私の年齢では「前の日に何をしたか」ではなく「前の前の日,或いはもっと前に何をしたか」が関係しているから・・・よ~~く思い出したら月曜の病院では??
これは大雑把に一昨日既に書いたのだが,少々より詳しく……。

まず受けた股関節と腰椎のレントゲン,これはよいとして,カルテが次のリハビリに行かず,整形外科に行ってしまっているらしい。

という訳でリハビリのPT(理学療法)にてカルテの到着を待つ。
暇。9年前にはここで私もあのトレーニングを受けていたっけなぁ…など,他に見るものもなく,ぼぉ~~っと眺めつつ…

30分経ってもカルテが届かない。漸く問い合わせてくれたらしく,そこで整形外科に行っていることが分かり,「OT(作業療法)へ先に行ってください」という。こちらは診察無しだから。
「カルテが届くまで寝ていていいからね~」と言われ,寝て待つ・・・暇。
カルテは来なかったけれど,手のマッサージ。
その間,療法士さんからイタリア旅行の話,特にユーロの厳しさを聞く。イタリアはドイツ語圏と又違う様だ。「お札」では釣り銭が来ないという。リラの名残??
終わって次回の予約を入れて,PTに戻る。

そこでの診察は4月初めの甚だ調子が良かった時以来である。
まずは握力を測る。もう親指にも影響なかろう,と普通に握るも,左右とも前回より5キロも落ちている・・教授が首を傾げる。
あ,そうか,説明していなかったっけ・・・と,この3ヶ月の筋力低下とステロイド増量で回復しつつあることを述べたのだが,先生の頭の中では「増悪」としかインプットされないらしい。確かにそうではあるのだが・・・私としては5月末まで激しく増悪,そしてステロイドを増やしたことで,可成りの回復,でも4月初めと比較したらそこまでは戻っていないだけ,と信じて疑わない。良くはなりつつある,と!
そして次に脚力の検査。片足立ちや踵で立ったり爪先で立ったり。これがですね……甚だきついのであります。倒れぬ様にグラグラするのを必死で耐えた。耐えすぎだよなぁ,と内心思いつつ耐えた(杖を必要とする痛みになった原因はおそらくこの辺りでしょう…
外見はちょっとオシャレだけど靴底は一応ちゃんとしたスニーカー履いていたにも拘わらず。
前回と違う検査なので脚力の比較にはならないし,同じ検査をする場合には同じ靴でなくては比較出来ない,と(いつもの様にうるさい患者としては)思いつつ。

終わって,又延々歩いて外来棟の整形外科へ。
ここでもまず,ステロイドを増量した事後報告をした。
前回も見せて頂いた手のレントゲンをパソコン画面一杯に拡大して確認。前回は,私が案じていたリウマチだけ軽く調べたのだけれど,拡大したら指の骨が黒っぽくなっているのが見える,つまりコツイシュク(ここで問い質す「コツイシュクってなんですか?」と。すると「(漢字は骨萎縮)骨がスカスカになることです」と答えてくれる。いつもこんなで(どの科も)お陰で可成り専門用語は覚えた。無用の長物なのだが)を起こしている,と。「リウマチも進んでいる訳ではないから大丈夫」って・・・え~~~!?そんな言い方前回はされなかったが・・・
しかも,親指のレントゲンの撮り方,前回も不満だったのは,上方向に腫れているので,横から撮らなかったら腫れは映らない訳で。
それを一昨日になって肉眼で見て,「まだ腫れてますね~~」はなかろう。

又しても右親指関節が痛くて,調理に支障あり。
夕飯は外食することにして,夫の運転なので私は座っているだけの人なのだが,車に乗るまでも脚は杖が必要。

特にリハビリの度に必ず何かが起きる!何となく腑に落ちない。
そして,もっと近い病棟であって欲しい!!
(どなたか関係者がお読みになっていらしたらゴメンナサイ!ざっくばらん患者の意見です・・・それも甚だうるさい患者の・・)

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たわわ - 2008.07.07 Mon



雨の七夕。

今日も又病院でした。
骨塩定量というのか骨粗鬆症の検査というのか,を朝一番で受け(腰椎と股関節),それから理学療法と作業療法へ行き,最後は整形外科を受診。
会計を済ませ,薬局へ行き,午後2時帰宅。
ここ数日,真夏の様な暑さの中を調子に乗って出掛けていた所為か,今日は院内を歩くだけでフラフラしていました。

ステロイド性骨粗鬆症の第1選択薬として,カルシウムやビタミンD以外に「骨代謝改善薬」というものを数年前から処方されて服用する様になり,骨量はアップ。それ以前はグラフの「年齢としての範囲」からぐ~~んと下に外れていたのですが,今は辛うじて中に入っています。
有難いことです。

前回の手のレントゲンの写真なども又見せて下さって,やはり骨萎縮はあるとか。指関節は異常ない様ですが,黒っぽく映っている指は,骨粗鬆症気味とか……
やはりその為にもピアノは弾いた方が良いらしい。骨代謝を良くする為に。
何か目標を作りますかね。大の怠け者の私には,それしか手段なし


写真は今日の七夕飾り。流石にたわわ。
(私も短冊をいくつか吊させて頂きました)

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(写ってしまわれた方,ゴメンナサイ……)

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Ein Wegweiser um zu leben - 2008.07.01 Tue

           
           

Mein Schwiegervater, von dem ich schon viel erzählte, lebt seit dem vorigen Samstag in seinem Atelier in Nagano.

Sein Hausarzt in Tokio hatte gesagt, dass er nur durch den Herzschrittmacher lebt.
Tatsächlich hat er eine Dementia, deren verschiedene Symptome sehr unverkennbar sind. Er kann weder zwischen Tag und Nacht, noch Traum und Realität unterscheiden.

Eines Tages besuchten ihn zwei Damen, die vor langer Zeit seine Schülerinnen an Gymnasium waren. Mein Schwiegervater lehrte nach dem Weltkrieg ca. 30 Jahre lang in einem Gymnasium, nicht nur als Kunstlehrer, sondern auch als Klassenlehrer und Fechtmeister. Er erzog seine Schüler und Schülerinnen sehr streng, aber gleichzeitig sehr warmherzig. Noch heute besuchen ihn viele ehemalige Schüler, obwohl sie schon über siebzig Jahre sind, was zeigt, was für ein Lehrer er war.

Vorige Woche fand ein Klassentreffen seiner Klasse statt. Die zwei Damen kamen zu ihm, um ihn abzuholen. Leider konnte er nicht anwesend sein. Aber die zwei waren eineinhalb Stunden bei ihm und erzählten viel davon, wie sie von ihm begeistert sind, wieder bei ihm Maler lehren möchten und sich auf seine Ausstellung sehr freuen.
Begeistert war mein Schwiegervater!
Er beschloss sich, bei zwei Ausstellungen im Herbst Gemälde auszustellen und deswegen in sein Atelier zu fahren, vor dem das Hidagebirge liegt.
Um 5 Uhr früh am vorigen Samstag stand er selbst auf, packte alle Sachen für die Arbeit ein, machte die Möbel in Ordnung und zog sich selbst um.

Das Atelier hatte meine verstorbene Schwiegermutter vor 20 Jahren organisiert. Sicherlich ist sie bei ihm.

Dort kommen jeden Tag Pflegerinnen, um ihm zu helfen. Die Nachbarn sind auch sehr nett.
Seine Dementia könnte irgendwohin fliehen.

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アトリエの前/じじばば2
(vor ca. 15 Jahren)


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生きる道標 - 2008.07.01 Tue




先日からあれこれ暴露話の対象になった94歳の義父ですが・・
土曜から長野のアトリエに行きました。

東京では医師に「ペースメーカーで生きているだけの人です」と言われ,実際昼夜も分からず,夢と現実の境も分からずに過ごしていた人。

義父は戦後の混乱期から都立高校の教諭をしておりました。美術のみならず担任をし,剣道を教え,大変厳しい反面人情味に溢れ,それは今でも生徒達が何かある度に義父のところに出入りしていることが物語っています。

先週もクラス会があり,元教え子さんお二人が昼食を持っていらして下さり,その後可能ならば一緒にクラス会に,とのことでした。
補聴器を新しく購入し,そのマイクに向かって話せば辛うじて会話が成り立つ…
義父に生きる力を与えるべく色々お話しくださった様で,帰りがけには「お父様はこれから絵をお描きになるそうですよ」と仰いました。
クラス会は生憎出向くことは不可能でしたが,夜,大きな文字のファクスにてその方々より報告と共に,その日義父からどれだけ勇気を得たか,感動したか,ということが記されていました。
それにより励まされ勇気を得たのは勿論義父です。

秋の展覧会に向け,そしてその他にも,殆んど見えない目にも拘わらず絵を描くのだ,とアトリエに行くことになりました。
勿論夫が車で送り,1-2泊して差し当たっての生活の準備をする訳ですが,土曜の朝,まだ家族は全員眠っている5時頃から階下ではにぎやかな音・・いつもの事ですが,アトリエに行く(帰る?)となると,日頃は動かない筈の手足なのに単独で荷造りを始め,家具を動かし,本当にその力はいずこより?と思うほどです。

アトリエの窓一面には北アルプスが連なり,自然しかありません。
亡き義母が生前義父の為に,と建てたアトリエです。
きっとそこに居ると義母も傍に居るに違いありません。

用事で時々帰京する筈ですが,その他はおそらく制作に熱中するに違いありません。

毎日ヘルパーさんも手伝いに出向いてくださるし,お隣近所も親切に常に顔を出してくださるし・・・
介護保険などより大きな心の助けです。

乱文ながらひとまず送信。(後で手を加えるかも分かりませんが・・・)



アトリエ(但し20年近く前の新築当時です。今は……書くまい
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義母の生前,アトリエの前で(窓は閉めてあるので帰京の前か??)
アトリエの前/じじばば2



卒寿の個展を開催。
日野原先生が祝辞を述べてくださいました。
日野原先生



妻を亡くし,家も火災でなくして約1年後,単独アメリカの長女のところに遊びに行った義父
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順不同ながら,長野のアトリエに居てならではの作品
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同じ東京美術学校に学び,同じ伊原宇三郎門下の10年後輩であった私の父は63歳で他界してしまいました。義父には父の分も思いっきり描いて欲しいものです。心から!!




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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
★このブログや大元のサイトへの感想やお問い合わせはservus2008@gmail.com宛に@を半角に直して送信願います.
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Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
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制作・著作:奥千絵子
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