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2008-05

寝ているか空を見ているかの日 - 2008.05.26 Mon



整形外科と膠原病内科の受診。

朝から夕方までを病院で過ごした。
待合室で居眠りをしていたのだが冷房の寒さで目が覚め,順番もまだまだだということで,6階のレストランに出向き,暖まりかたがたしっかり腹ごしらえ。「和定食」を自分に奮発!

外の眺め。

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受診,会計が終わり,5時すれすれに薬局も間に合った。

待ち時間の空。
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帰りのタクシー,病院を出る手前で止まり,歩行者を通した。殆ど横になっている,と言ってよい車椅子を押している親子風のお二人だった。
運転手さんが言った。「あの人はもう10年も植物状態なんですよ。医療ミスです。大学に入った18歳の時,入院中に酸素マスクが外れていることに気付いて貰えずに脳に酸素が行かなくなったそうです。全く初歩的なミスですよ!」と。
母親がこの10年間,毎日夜9時頃に病院を出て帰宅するので,よく乗ることがあるそうだ。


空が美しい,と感じられるだけでも素晴らしい人生,と改めて思った。




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Durch eine Harfe - 2008.05.24 Sat

         

Ende März habe ich eine E-mail von einer japanischen professionellen Harfenistin bekommen. Sie heißt Kyouko Tanaka, und studierte an der staatlichen Kunstuniversität Tokio (abk. Tokyo-Geidai).
In der Mail stand, dass Frau Tanaka der Geidai eine Erard Harfe schenken will, die sie vor 39 Jahren als Andenken meiner mütterlichen Großmutter erhielt. Die Harfe sei schon so alt, dass man sie nicht mehr spielen kann, deswegen würde sie als ein Schmuckgegenstand renoviert, goldschön wieder angemalt und in dem neuen Saalgebäude der Universität - 2.Sougakudou- ausgestellt.

Am 15. Mai fand eine feierliche Veranstaltung zur Überreichung der Harfe statt. Da wurde Frau Tanaka eine Urkunde der Dankbarkeit von Geidai überreicht.

Die Großmutter Yoshie ABE war Harfenistin, die nach dem 2. Weltkrieg an der Geidai das Harfefach gründete und Harfe unterrichtete.
Bei ihr lernte Frau Tanaka (damals hieß sie Kyouko Chiba) von ihrem 5. bis zum 13. Lebensjahr, nämlich bis zum Tod meiner Großmutter.

Ich schreibe offen, dass ich von meiner Großmutter fast nichts gewusst hatte, weil nicht nur meine Mutter sondern auch mein Onkel und meine Tanten über sie nichts erzählt hatten.
Ich wusste nur, dass sie in dem berühmten japanischen Film „Biruma no Tategoto (Harp of Burma )“,dessen Regisseur Kon Ichikawa war, statt des Hauptrollenschauspielers Harfe spielte.
Als ich sie 1969 zum ersten Mal sah, lag sie kurz vor ihrem Tod im Bett im Krankenhaus, denn sie hatte sich ihre ganzen Körper an einem Feuer durch Kurzschluss verbrannt. Sie konnte nicht davor fliehen, weil sie wegen Diabetes Schwierigkeiten mit dem Gehen hatte.

Durch diese Gelegenheit, nämlich die Überreichung der Harfe, konnte ich viel Imformation über meine Großmutter bekommen.
Sehr wahrscheinlich war ihr Leben voll von großen Wechselfällen.
1929 war der Ehemann der Großmutter - mein Großvater- an einem Sepsis gestorben. Wegen der verschiedenen Zustände konnte meine Großmutter nicht umhin, ihre fünf Kinder in der Heimat Akita zurückzulassen.
Sie musste selbstständig werden und in Tokio unglaublich eifrig lernen, um verschiedene Qualifikationen zu bekommen. (Ich selbst vermute, sie wollte ihre Kinder zurückbekommen.) Dann arbeitete sie beim Außenministerium und fuhr als Mitarbeiterin der japanischen Botschaft nach Russland.
In Moskau begann sie Harfe zu lernen. Dann fuhr sie nach Paris und studierte bei Prof. Marcel Tournier als professionelle Harfenistin weiter.
Während des Aufenthalts in Russland lernte sie zahlreiche berühmte Leute kennen.

Nach der Rückkehr nach Japan war sie nicht nur Harfenistin, sondern schrieb auch viele Artikel und Kritiken für Zeitschriften über ausländische Schriftsteller, Komponisten, Tänzer usw.

Ich denke darüber nach, mit meiner Schwester und den Schülern das Leben meiner Großmutter zu dokmentieren.


Die folgenden Fotos zeigen die geschenkte Harfe.

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スパムのコメントが毎日届くので - 2008.05.24 Sat



毎日書き込まれる完全に「スパム」のコメント!!
それも必ずアダルト系!!!
しかも同じメールアドレスを記入して去っていく輩

という訳で表示を「0」にしておこう,と思っても「1」になるのですね・・
取り敢えず「承認されてから表示」の設定変更してみました。
数日放置するととんでもないことになるので,これで暫く様子を見たいと思います。

・・・そういう次第でコメント,まずは管理画面から必ず読ませて頂きます。
変わらず大歓迎致しておりますので,今後ともどうぞご贔屓にお願い致します。


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ハープの贈呈式 - 2008.05.22 Thu




5月15日(水),藝大に於けるモーニングコンサートの前,新しい奏楽堂に於いて贈呈式が行われました。
祖母・阿部よしゑが戦後にパリから持ち帰ったエラール社製のハープが,昭和44年に祖母が亡くなった折,当時13歳だった千葉(現・田中)恭子さんが形見分けとしてお持ち下さり,大切にしてくださっていたものです。
この度,田中さんの申し出を大学側が受け入れてくださり,修復も大学の負担でなされ,寄贈されました。
前・音楽学部長の川井学氏の取り計らい,特にその夫人である道子さん(旧姓・執行さん・私の同期生です)がハーピストであることから,とんとん拍子に事が進んだ,と聞かされています。

その田中さんの寄贈に対する感謝状の贈呈式です。
現音楽学部長植田克己氏より贈呈されました。


(写真を沢山撮ったのですが,目下まだ許可を得ていない為,以下のみに留めます)

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祖母に関してはいずれ又・・・

因みに,藝大にはもう何十年も行ったことがなく(卒業後初めて??まさか…)まるで別な大学でした。殆ど面影なく,校舎に入れば懐かしい場所もあるのでしょうが,時間切れにて又の機会を楽しみにします。



ところで藝大の校章にもなっているアカンサス(我が庭)のその後。

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これからどんどん花を咲かせて行きます。


下は例のポピーですが

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おかしな倒れ方をしています。
先日の暴風雨の所為にしては,あちこち方角が・・・

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我が家の五月 - 2008.05.06 Tue


のどかな連休。

その後の我が家の空き地・・・
二階の自室から撮ってみる。

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少しアップ。
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デジカメの液晶画面左下に不審な物質が……
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隣室から覗いてみたらネコであることが判明…
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良い場所を見つけたものです。気持ち良さそうに   
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その後,再度覗いてみたら居ませんでした。




甚だ懐かしい映像を見つけてしまった。
1981年に帰国する当時もまだこれだった!!(シューベルトの部分は無かった気がする)
オーストリアでの番組終了の画像!!
まだ国営放送で(CMはあったが),テレビがたった2つのチャンネルしか無かった時代。
祖国の国歌でもないのに懐かしさのあまり落涙。


余談ながらこれはF-durだが,当時のラジオÖsterreich 1の時報は,この出だしの和音3つがリズムもそのままでEs-durで流れていた。いつから変更になったのか知らないが,この間行った時は時報を聞く度にショック。いくら時報とは言え「ドーソードーーー」だけはなかろう



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追記しました - 2008.05.05 Mon


4月29日の日記に訂正と言いますか,追記・注釈を写真の下に書き加えました。
元の文章はそのまま残し,訂正したい内容は別個に箇条書きにしていた為,甚だ読み辛いものとなってしまいました。いずれ番号の並び順を整えたいと思っています。

支障の無い範囲で・・・と努めたつもりなのですが,文才に甚だ欠け,いえ,それ以前に,小学生の国語の問題集でも買って来て解こうかしら?と常々思っているのは,この様な番号振りをするだけの場合にも痛感します。



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祖母 - 2008.05.03 Sat



前の日記を書いた後,祖母についての正確且つ詳しい情報を,かつてのお弟子さんがた(今はハープ奏者として活躍されていらっしゃる方々)から沢山頂くことが出来ました。
母もその兄妹全てが既に亡くなっており,どなたに訊いたら分かるのだろうか,と思っていただけに,お礼の言葉も見つからぬほど感謝致しております。

訂正しなくてはならない事項の多さは気になっているのですが,祖母の人生はとても日記に書き尽くせるものではなく,少し考えてみたいと思います。HPに別項目を作り(或いはここからリンクで飛ぶなど…),又詳しく述べたいと思います。

いずれにせよ訂正部分は近日中に「追記」として編集したいと思います。

取り急ぎ。


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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
★このブログや大元のサイトへの感想やお問い合わせはservus2008@gmail.com宛に@を半角に直して送信願います.
【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2020 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
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