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2008-03

最後まで充実且つ楽しく - 2008.03.30 Sun




28日は,数日前にお誘いを受けたウィーンフィルの公開プローベへ。
留学時代一番最初に下宿した家のおばさまは亡くなられてしまったのですが,その息子さん夫妻とは2002年頃より夫人とのメールを通じ,昔の様な,いや,昔以上にお付き合いが続いております。
筆無精の私でも,便箋をクシャクシャポイ!する必要もなく,切手を探す必要もなく,靴を履き替えて投函しに行く必要もないメール!万歳!!
パソコンを使う機会を作ってくれた友人たちには感謝!(この事をずっと書こうと思っているのですが,今日も又省略。助けて頂いたあれこれは簡単に書くことが出来ず‥‥)

さて,その夫人に戻りますが・・・
教育を受けられない国の子供達の支援活動をしておられ,その関係で数年前からウィーンのあちこちに大きなポスターが貼られていました。今年の1月まで見かけましたが,写真に収めぬうちに剥がされてしまい,残念,と伝えたところ添付で送られてきました。写真そのものは数年前のメール添付を持っているのですが,街角にどの様に貼られているのか,撮り損なってしまい…

ポスター

(写真の前に立っておられるのがご主人で,メールに添えられた文は「endlich einmal kleiner als ich」だそうで!)

ご主人は,元製薬会社の社長ですが,音楽に関しては私より詳しいかも分かりません。ピアノはスタインウェイ3台お持ち・・・(一台はスペインの別荘に)



さて,28日には夫人からお誘いを受けたそのウィーンフィルのコンサートが,何と!懐かしい「Swingle Singers」との共演という珍しいもの。ベリオの作品で,元々はニューヨークフィルとバーンスタインの為に作曲されたものの様です。
夫と娘も是非!と思い立ち,別口より侵入成功!娘の感激ぶりは,早速その場でCD購入と相成りました。我々の十代に演奏された数々では??(バッハやショパンをアカペラで歌う)

夜は前から予定していた「メリー・ウィドウ」を親子3人で観て参りましたが・・・以下省略。どうしてもPeter Minichの役柄としてしまう私が悪いのでありまして,時代は流れているのでありまして,決して今のVolksoperが落ちた!なんて言いません。
でも,どうしても比較してしまうのですよ。ここはこうだった・・・等々・・・



昨日のことは既に書きましたが,写真を追加。


日々行き来していた階段。

Schmidt家6


Schmidt家3




ご夫妻と共に。(何故か二人,申し合わせた様な同じ色合い
Schmidt家



本日は朝から荷造り。
90kgにも納まらない荷物!昨日夫の同僚より「捨てても構わないスーツケース」を二つ頂き,冬物や差し当たり読まない本などをギュンギュンに詰め,夫が西駅を2度往復してくれました。2度目は娘も同行し,将来的なことを考えて覚えさせ・・・
・・という訳で,チェックイン時に預ける荷物は30kg×3個にしっかり収納。万歳!!




ここ数日の更なる詳細は帰国後に書きます。



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カウントダウンの無計画 - 2008.03.29 Sat



荷物が過剰に増えたことで夫に来て貰い,更にエコノミークラスにも拘らず一人あたり30kgまでスーツケースを預ける手続きも出来たというのに,どうしてこんなに荷物が増えてしまったのだろう・・
全く入りません。原因をあれこれ考えるに;


1.ヨーロッパの真冬用衣類(コートも含む)・靴を持ち合わせていなかった為に現地調達をしたこと。
2.ドイツ語が新正書法になった為,娘には私のお下がりの参考書は一切通用しなくなっていること。新正書法になっていなくとも,言語はいずこも生き物で,私が使うにも「貴女のドイツ語は我々の祖母の世代の・・・」と言われること屢々。DUDENのあれこれを買い直した。
3.丁度クリスマスとイースターに重なり,自分たちの為にも何かと買い込んでしまった。
4.娘が東京の自宅より本(種類は伏せる)をあれこれ取り寄せた。ゲーム機器も小遣いはたいて買い込んだ,なんて書きません。
5.珍しいカード類を見つけると買わずにはいられない私。
(以下略)


という訳で,今日は夫に荷物20キロ分を,西駅の郵便局までエコノミー扱い(以前の船便。今も現実船便)にて先に郵送して来て貰った。


この家の持ち主(チェリスト)の祖母上がピアニストだったそうで,楽譜を沢山,どれでも持って行って,と全部ご親切にも出しておいて下さったのですが(壁一面分!!),どう頑張っても持ち帰れません・・・残念ながら・・・我が家は壁二面にも納まり切らずにはみ出ている現実とスーツケースのスペースを思えば・・しかも原典版は勿論ありません。選択判断の第一は,美しい表紙 -著作権も切れているであろう時期のもの- 演奏会のパンフレットにも使えそうな…ということで。譜そのものは実際我が家に全て存在する訳で,それも我が亡き母の分まで。
一通り丁寧に一冊ずつ見させて頂いた次第です
結果6-7種類だけを頂くことにしました。日本語で訳されて既に出版されているピアノのメトーデの原語版は,ドイツ語的に興味あり。又,手書きのオケパート譜などを含め。この多大な量から,これだけに絞るのにも1日を要したので,残念ながらここ迄で妥協です。

あとはDoblingerの古書店に持って行くそうですが,美しい分厚い表紙の楽譜は,きっと収集家に買われ,大切に保管されるに違いありません。



こちらで買ったダウンコートなども第二便で送るべきかどうか…二階で保管しておいて貰うか…(既に4度目のスキーに出掛けているので,無許可にて)
使い古しは出来るだけ捨てて帰ります


風邪を誤摩化しつつ,掃除も荷造りもはかどらぬまま,以前から入っていた予定だけは最優先し,明後日の出発までドタバタしそうです。

今日は午後から,私の留学時代の最初の家主さん(正しくは息子さんご一家。家主さんはもう20年ほど前に他界)のところへ行きます。
昨日もウィーンフィルにお誘い頂いてお会いしたにも拘らず。



他にも書きたい事は溜まっているのですが,荷造りの休憩かたがたこれのみに・・・




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ネット - 2008.03.26 Wed


時々出る「ソフトウェア・アップデートのお知らせ」。
大抵素直にその場でアップデートしているのですが,今日はすったもんだしました。

アップデートする前に,その対象となるソフトが抜き取られて(適当な言葉が分からない),それからアップデートというかインストールが始まるのでしょう(余りじっくり画面を見ていたことがないのですが)。

今日はどうやらそのひとつにSafariが対象になっていた様です。
そして途中で二階のインターネットの大元が途切れたとも知らず,待つこと計2時間(食事したりしながら,とは言え)・・・
計5項目あるうちSafari以外はすんなり終わったらしいのですが・・・

ネットを繋げて貰いに二階へ行き,戻って再挑戦すれど,いつまで経ってもインストールが始まらない!
折角持参したMacのLeopardに関する本数冊,あちこち調べても載っていない。

タイムマシンで昨日に戻ってみるか??と思ってみたり。(でも,これとて説明が余りに簡単過ぎです,私には,ですが

しびれを切らして強制終了すること3度。

当然Safariは開きません。FireFoxをインストールしておいて良かった。
こんな事で時間を費やしているのも馬鹿げている!
今の状態はSafariを出してしまってある訳だから(アイコンはドックにあるものの),アップデートも何もない,パソコンは一生懸命に探しているのかも!!と,ふと思い立ち,AppleのサイトよりSafariを最初からインストールしましたですよ・・・これが,たったの5分で終了それもアップグレードする筈だった最新版を,です。



あぁ~~~……これだけの為に…長い朝だったなぁ……
ってまだ9時過ぎですけれど。



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腱鞘炎 - 2008.03.24 Mon



自分にはまず無縁の(筈だった)「腱鞘炎」を起こしているらしい。


きっかけは,先々週の金曜だったか,八宝菜を作る折に「うずらの卵」の瓶詰め(こちらのスーパーで普通に売っている!!)を開ける際。どうやら無理な力を入れて捻ってしまったらしい。
な~に,放置しておけば治るさ!と放置したが翌日になっても治らない。
そこで登場するは,整形外科から処方されている有難いモーラス(貼るタイプの湿布。唯一かぶれない。宣伝費貰っている訳ではありません,念のため)と,ギックリ腰等にも効く飲み薬2種類(ミオナールとモービック)。これらは「皮膚筋炎」の「筋炎」部分で処方されているもの。
飲み薬と来ては,私が「そんなに必要になったら帰国しますよ」と言ったに対し,親切な医師が「持っていればいつでも使えるし,病院に来られない事情の時に備えて持っていたら良いですよ」と・・・これは正しくて,まず夫がぎっくり腰になりかけた時に服用してしのげた。そして今回の私・・・

さて,それで治ったか,と言うと全く治らない。
利き手の親指付け根。この場所はどれだけ日常生活で無意識に使っているかを再認識!
今は紙一枚を持つにも痛い。
パソコンは日頃から親指は滅多に使わないので支障ないのが有難いところ。私の親指は普通より比率的に短く,人差し指の付け根までしかない為にスペースキーすら届かない。使うのはクリックくらい(ラップトップなので)。

10日も治らないとは・・・よく考えてみた。
日頃は「ピアノ」で鍛えられている指と諸関節や手首の筋肉及び腱。4ヶ月近くもピアノから離れていては……弱くなる事は火を見るよりも明らかなり……それで同じ力を加えたらやられるのは当然。日頃「ピアノ」を加えた上で「普通」になっていることが,そこから「ピアノ」を差し引くと「普通」ではなくなるのだ,と
怠けていることへの反省を促されたに違いない!!!
(以前起こしたのは30年以上前だ。忘れもしないコンクール直前。それも練習ではなく,ふと「どら焼き」が食べたくなり,どうせなら友人たちにも配ろう,と大量の茹でた豆を裏ごしした結果。この時は左手だけ練習し,左手はどの曲も隈無く暗譜で弾け,結果安心して右手のメロディーを歌って弾ける,という良い結果をもたらした

瓶は結局娘に開け方を教えて開けさせる,という,今更ながらの良い結果を付録に。
本当に!「今更」!!
以前の家で,8畳ほどの狭いダイニングで私は炊事,娘は傍らでテレビゲームという光景は我が家ではごく普通だったのだが,よく瓶の蓋をカンカン包丁の背で叩いて,それでも駄目だと熱湯に浸けて開けていたのを見ていなかった・・らしい・・・余程ゲームに集中???
そうだ,今回も開かなかった時娘に頼もうとしたらゲームに集中していたっけ。結局頼む結果となったのだから最初からやらせれば良かったのだ。結局は過保護である我が身を反省する結果となった,ということだ

風邪もなかなか治ってくれない。カウントダウンの計算すら狂うではないか…やれやれ……



さて,明日25日は夕方夫がウィーンに着く。
すっかり増えてしまった荷物。これらの超過料金を考えたり(実は昨年甚だ痛い目に遭っている),小包で送ることを考えたり,いずれにせよ人が一人往復出来る値段(勿論安い便です)と大差ない。
それならば,友人たちとも会えるし来てしまった方が・・と,もう一ヶ月も前に決めたのだが,その後も増えつつある荷物(大量に頂ける楽譜が殆ど)。


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Ostermontag - 2008.03.24 Mon


こちらはまだイースターの祝日です。
朝,カーテンを開けたら外は雪!!

雪2


漸く普通の3月に戻った,ということでしょうか。
こんなに花が咲き乱れ,鳥がさえずり始めてから??

起きてラジオにスイッチを入れたら・・
Vogelhändlerのメロディー・・・それもPeter Minich 終わって耳を澄ましていたら「Dallapozza」だそうな……絶対この声は「Minich」です!!私が間違えるかなぁ…   Radio Stephansdomというチャンネルが出来まして,パソコン経由で朝から音楽を盛り沢山に聴けるのですがね…怪しいなぁ(しつこい



昨晩は風邪と相談しながら,例のKalvarienbergkircheのミサに出掛けました。
2時間半にわたる長いものでしたが,しかも全部聴き取れる訳でもないのに,こういう時だけは表面だけでも…キリストの蘇りは無視出来ず…。

オーケストラ及びコーラスがとても良い。ラジオで聴いたSt. Stephansのオケ・コーラスと同レヴェルにて,やはり音楽を導入するからにはこの位のレヴェルが欲しい…と内心思いつつ聴いていました(勿論大切なのは「心」ですが,いくら心あっても,ある程度の手段・技術が無くては表現出来ない訳で)。
昔,St. PetersにてORFの夫が借り出されていたが如く,あちこちの団員も加勢に来ているとは思うものの,それで良いのだと思っています。音楽の存在意義を考えた時には・・・

SchubertのEs-durミサ曲。
ミサがひとまず終わって報告事項が済み,ハレルヤコーラス(Händel : Messiah)にて送り出されました。
KalvarienkircheMesse



(ピンぼけですが)
KalvarienkircheMesse2



(この天候,しかも風邪も結局悪化。今日は家にて暖かくしていることに致しましょう)



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Osterhase ist gekommen!! - 2008.03.23 Sun




いよいよ風邪も誤摩化せず,酷い咳と鼻詰まりにPLを明け方飲んだところ,眠気でどうしようもなく,イースターだというのにどこのミサにも行けなかった。
一旦起きたにも拘らず,家でStephansdomのミサを聴きながら又眠ってしまった。ハレルヤコーラスが鳴ってしっかり目が覚めた(英語で歌われていました)。

↓朝,ドアの外に置かれていました。
Osterhase


Osterhase ist gekommen! !

あぁ,懐かしいなぁ・・1975年に初めてのウィーンでのイースターを迎えた時,下宿先の家主のおばぁちゃまがお孫さんがたに用意していたものと同じ・・・
お孫さんたちは泊まりに来て(はす向かいの建物だが),おばぁちゃまは朝になると「Osterhase ist gekommen!!」とベルを鳴らし,お孫さん達は庭の芝生に卵やチョコレート,プレゼントを探していたっけ・・・(そして私もお相伴に預かった


今も昔も変わらず,街はイースターのチョコレートで溢れている。
(昨日撮影)
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(サンドイッチ屋さんまでもが
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再度Liechtenstein Museumへ - 2008.03.22 Sat



(無精な日記)

Liechtenstein Museumに再度脚を運んできました。
今日は常設展のみ,たっぷり時間をかけて観てきました。
受付嬢も学芸員さんも警備の方も,皆昨夕来た二人連れ,としっかり覚えていてくださって親切。

そして,日記をどうやって書いたら良いのだろうなぁ…と,このムゼウムのサイトを開いてみたところ「ダウンロード」があるではないですかい
(著作権にひっかかることもない??作品そのものは切れているでしょうけど‥)

という訳でトップ
(英語にもなる様です)

ダウンロードはこちらから。

この各PDFをクリックすると,各部屋の展示の説明に飛べます。
本日は,各会場の隅に置かれたこれと全く同じドイツ語版と,更に日本語訳版を持って,読みながら観覧してきました。

最初は日本語の解説のみ持って観ていたのですが,日本語ですら分からない単語が……何とも常識はずれの私…
それでドイツ語版で該当する単語を対比させ,更に独和辞典(それも電子辞書です,当然!無精者としては)を引く…すると大体がラテン語だったりギリシャ神話の登場人物だったり。一般教養の大切さ,読まねばならない本の多さを感じ,反省。…と,その時は思ったけれど,その都度こうして調べれば良いさ!と開き直り

私はこれらの中でもSaal5の411(洗礼者ヨハネ),Saal6は全部!特に630の大理石の彫像は角度を変えて屈んで見たり暫し堪能。天上の幼子と地上の幼子の愛の象徴。矢もさりげなく地面に置き忘れているのがにくい!641の聖マグダレーナ,Saal7も全て!!ルーベンスのものは時を忘れます。有名になってしまった,もとい,有名な「マリアの召天」は何百号あるのだろう??圧巻。Saal8もルーベンス中心で,このMuseumの看板にもなっている901のルーベンスの娘さんクララの像や,901の二人の息子さんの像も。Saal9の801の,鏡の前のヴィーナス・・・

結局私はポピュラーなものに惹かれてしまうのでありましょう。
音楽でもポピュラーなものほど演奏が難しいのは,それだけ力作であり,上っ面だけの安易なテクニックだけでは表現出来ないのと同じこと・・・と実感です。



それにしても,このMuseumはお薦めです。
1日あったら隅々までたっぷり鑑賞出来ますから。

個人的なことになりますが,1986年に他界した父がこのMuseumを訪ねたなら私以上に感動したことでしょう…そして,細かい解説をして貰えたでしょうに…と図々しく思った次第
父の時代は(今の藝大美術が「東京美術学校」と呼ばれた時代),油絵で入学すると真っ先に自画像を描かされたそうですが,父はルーベンスの真似をして描いたそうです・・・(父は油絵の画家でした)



ところで,とうとう風邪をひきました。
3日連続で,コートをクロークに預けて館内を歩いたからか?階段を極力避けるために,近くの停留所に停まるバスを長時間待った所為か?(それとて30段くらいは上るのですけれどね)



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Karfreitag/Liechtenstein Museumへ - 2008.03.21 Fri

午後からリヒテンシュタイン美術館へ行きました。
ここは2004年の3月にオープンした美術館で,何と言っても(私にとり)魅力的なのは,数えきれないほどのルーベンスの作品が展示されていること!!

リヒテンシュタインは10~11世紀,ヨーロッパ最古の侯爵家。
Liechensteinmuseum3


美術館に関する詳しいことは又ゆっくり書きたいと思います。
今まで2度ほど出向いたことがあり,甚だ広いと言えども美術史博物館よりは遙かにコンパクト(は語弊があるかもしれませんが)。しつこい様ですが,趣味に叶った美術品ばかりが並んでいるのが嬉しいのです。大理石やブロンズの像然り,カンバスに描かれた油絵然り・・何もかも!!

入ってすぐの広間だけでも何時間ボ~っとしていても飽きません。
天井画や壁に沿って並んだ彫刻のみならず,多分石膏を彫ったと思しき些細な部分にわたる模様が,悔しいけれど日本は追いつく訳もありません。凄い!としか言えないボキャブラリーの貧困さ。

その傍にある図書館
Liechensteinmuseum



今は,これが又嬉しい「サムソンとデリラ」と銘打った,ルーベンス及びその周辺の画家たちによる特別展をやっており,今日は常設展と両方入場するつもりで入ったのですが,この特別展をゆっくり見ていたら2時間くらい経っていました。

ルーベンスの描く宗教画,磷付に遭ったイエスを取り巻く女性たちの涙ひとつすら,何時間でも見ていたい表現力!
目の光,頬の表情,細部を近づいて(眼鏡を外して)観察したり,遠のいて全体からその細部の存在を確認したり,贅沢な時間を過ごしました。
ただ,以前は存在した「オーディオガイド」なるものを廃止した為,壁面に掛かっている解説を読むのにこれが又時間を要する悲しさ……語学は大切だ…と実感。
それでも辛うじて,ルーベンスと,彼が影響を与えた画家たちの宗教画を堪能してきました。

そして常設展へ…時計を見たら余りゆっくりしていられない。
取り敢えず真っ先にルーベンスの部屋へ。

・・・案の定,閉館のアナウンス。
又明日行きます。

トイレの両側が鏡になっていて,こんな写真を撮っている親子をユルシタマヘ(いや,この親にしてこの子あり)
Liechtenstein2


Liechtenstein



今日はKarfreitag(イースター直前の金曜)ということで,どこの教会も受難のミサをしている訳ですが,今回は全くの観光客ということにして頂き,写真を…
ここは1970年代何年間かにわたり,夫がミサで演奏させて頂いていたPeterskirche。
Liechtenstein6


Liechtenstein7


Liechtenstein8

(開いてある聖書は,今日のKarfreitagに該当する部分。勝手にめくられない様に赤い紐で留めてありました)


カトリックへのプロテストをどう捉えるか,いつも考え込んでしまいます。
多大な費用を使っての装飾,絵画,・・・
ただ,当時無学であったろう一般市民には,これらがあってこそキリストの存在や教えが理解可能だったのではないか?実際,ずっとプロテスタントで育った私ですら,この様な「具体的」なものを目にすれば,日頃の罪やキリストの贖いへの感謝の念は生じる現実(意識が甘いから,と言われることは重々承知。とてもとても,信者の末席を汚していることすら口外も阻まれる有様)。

その後,又Grabenを歩いてウィンドウショッピング。
Liechtenstein11


Liechtenstein12

(上,大変有名な店なんですけどね,もう絶対買いません。ひとつには,日本で輸入禁止になったこともあるヘーゼルナッツが使われていて,お土産に買って行ったら中からにょろにょろと虫が出て来た経験。もうひとつには,絶対この値段に見て貰えないこと。1立方センチのチョコレートが5粒入って2000円なんて・・・最近毒舌気味・・・スミマセン



又,建物あちこちを何気なく見上げる。
Liechtenstein9


k



下は,今流行の若者向けファッションのチェーン店,"H&M"の店舗のひとつ。
Liechtenstein10



その後も観光客として,しっかりシュテファンスの中へ入り,動画など撮ってすみません。

その近くのBILLAで日常食品を買い,並びのこれ又最近出来たと思しきチェーン店(和食がメイン)のAKAKIKOで夕飯。

雲から顔を出し始めた満月を撮ろうとすれども,我がカメラ,まさに私の乱視状態。
満月3


満月2



娘より一枚貰いました。
maya






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春分の日の雪 - 2008.03.20 Thu

ずっと春の陽気が続いていたけれど,春分の日である今日になり,やっと本来の気候に戻った様だった。
午後から雪が舞い出した。
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出掛けるのも億劫になったが,いよいよウィーン滞在もカウントダウン!「疲れた」と寝てばかりいては勿体ない。
ウィーンに来た理由のひとつは休息なので構わない,と思いつつも,出掛けて帰宅してはバタン!グー…そして翌日まで疲れを引きずり(ひとつには,どこへ行くにも階段と坂道を避けられない所為だ,と言い訳)とても3ヶ月居た,とは言えない状態で今日に至っている。
ピアノも結局12月初めから全くと言って良いほど弾いていない。1月末に数日伴奏の譜読みをして,音の極力少ない3曲を選んで弾いただけだ。ピアノの前に座ることすらしていない。
(日記も数日遅れで書いている。ブログは書きたい日付に設定出来て本当に有難い

今日はアルベルティーナ美術館に出向いた。
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着いただけで疲れてしまい,館内を見るも,日頃自ら見ようとしない近現代の特集は(だからこそ,こういう機会にじっくり観るべき,と頭では分かっているのだが),足が前に進まない。途中椅子に何度も座りながら,一通り「モネからピカソまで」と銘打った展示を観た。
フランスの印象派のMonet, Renoir, Degas, 更にPablo Picassoの数々,Joan Miró,Paul Klee,Marc Chagall,等々・・・猫に小判,豚に真珠の様な見方をして来た。
その後特別展であるMax Ernstのコラージュの展示も一通り観た。
好きな人が観たならば,如何に面白かろう・・・と申し訳なく思った。尤も美術館へ行く,というのは非常なエネルギーを要することだと実感。

トイレに行って,両端が鏡になっている廊下の写真など撮っている愚か者!
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(トイレはいくつ映っているでしょう…なんて数えている愚か者)

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その後,自然史美術館に出向いていた娘と落ち合い,遅い昼食を"Wiener Wald"にて。彼女は大変興味深く楽しんで来た様子。良かった,良かった。
Grabenで少々買い物。娘の髪の毛が殺風景なので飾りなど買ってやり,地下鉄,S-Bahn,バスを乗り継いで帰宅。

山に近いここ近辺は可成りの雪化粧。漸く時期相応の景色を見た思い。

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カルメン@Volksoper - 2008.03.19 Wed

「カルメン」そのものを約30年ぶりに見てきました。
先日,別なオペレッタをネットで注文した時から気になっていたのですが,どうもカルメンと言えばStaatsoperのイメージがあり,間際まで渋っていました。

やっと注文し(カテゴリー3=真ん中くらいの値段),すぐに受付たとのお知らせのメール。
暫くして,オンラインの係から電話。
どうやら何かシステム上の不具合でその席は扱っていない,ということらしく,追加の値段はご招待にてカテゴリー1(一番高価な席)を用意します,とのこと。

やった!!


そして今日になり・・・
カテゴリー3が取れなくなった理由が分かりました。

(とここまで書いて,何日も忘れていました。続きを25日に書いています)

第3幕だったか4幕だったか,突然Loge (ボックス席)のひとつ,それも下から上まで4階分,コーラスが始まった!!
しかも,舞台右端に通路と客席への階段が設けられているのを,最初不思議に思ったのですが・・・
客席からドン・ホセが現れてじっと舞台下から舞台上での出来事を見ている。やがてその階段を上がって舞台へ。
次はエスカミーリォがその階段を使って客席へ降り,裏へ廻る・・・

そうか・・・そういう次第で右側の第1列目は全面的に使用不可。Logeはどの階も第1ボックスは使用不可。
(私は注文の時,カテゴリーのみを記入し,座席はどこが来るか,お楽しみにしているのです。おそらくその辺りがあてがわれていたのでしょう)

そういう訳で,ボックス席右4の最前列にて楽しんで参りました。


上演はドイツ語で。少々違和感はありましたが,フランス語よりは遥かに分かる
でも,こんなに台詞が多かったかしら??とちょっと怪訝。普通に元々多いそうですが,これはちょっと多すぎでしょう・・・と思う私は,よく日本語で上演されるオペレッタ,ひとつの音に母音ひとつしか入らない日本語とあっては,歌詞だけでは賄いきれない。そこで台詞に補いを入れる・・という常套手段に協力した経験があるので・・ドイツ語も1単語が長いので,そうなのかな??と。



なかなか素晴らしかったですよ,勿論!!

ただ・・・カルメン・・細すぎの様な・・・いや,周囲の女性達の恰幅が良過ぎたのでありませう・・(という事にしておこう)容姿も声も演技も素晴らしかったのですけどね。
私も又髪の毛伸ばしてソバージュにしようかしら?少しダイエットもして……と思わせるくらい,ホント!素敵でしたよ…… 
でも,スリム過ぎて見えるのはちょっと役柄的に……ミカエラの方がダントツ恰幅が良かった。(そういうものなのですか??)




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久々に寒い日 - 2008.03.18 Tue


昨日の午後の雨も冷たかったので,漸く本来の気温に戻って来たのかもしれません。
今朝の天気予報ではザルツブルクは雪,とのこと。雪景色を見に出向こうか,と思ったものの,着く頃には解けているかもしれない,と諦めました。
そうこうしていると,ここでも雪が突然降り出し,でもアッという間に止んで解けました。

近所のスーパーまで買い物に出た時の空。
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午後から娘と共に例のKalvarienbergmarkt,及びKircheへ。


食らいついているのは,屋台の「葡萄の串刺し,チョコレートかけ(何という名前だ??)
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Marktのメリーゴーラウンド(私の好きな101!)
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すぐ近くのaïdaから見た時計塔。正しい時刻はこの中間。まるで日本の「写真の出来上がり時刻」みたい…
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例のシュランメル
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その近くのショッピングセンター内の店
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その後,Mariahilfer Strasseへ娘の服を買いに出向いた折の空。
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これは,ふと見上げた普通の建物の彫刻
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西駅の無人管理室(何ていう名称ですか??)
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帰りに間違ったS-Bahnに乗ってしまった…山が見えてきた…うちの方山だもん…見たことない風景だよ…
やっと違うことに気付いて降りたものの,戻る電車は30分後でした。
ホーム目の前にあった建物に付いている室外機(メーカーが日本製)
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遅くはなったものの無事に帰り着きました。
又,小雪が舞っていました。


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スパムメールへの立腹! - 2008.03.18 Tue


私はwebメール愛用者なのですが(特に今は,常時使っているプロバイダから送信出来ないので),ここ数日大量の不審メールが届きます。それも不思議な,私のアドレス宛ではないものばかりです。
最初は,どうして???と不思議でした。
(メーラーで受信しています)
ところが今日になりやっと謎が解けました
発信者はどうやら同じアルファベット及び文字列のアドレスを場合の数的に作り出し,一度に送信しているらしい
今まではCcには表示されなかったのですが,今日のは有難いことに大量のアドレスが表示されていて,その一番最後に私のアドレスがあった

全く暇な人が居るものだ。
いや,そういうプロ(??)には赤子の手をひねるが如き作業なのかもしれない。

それでブラウザ画面を開いて通報しようとしたのですが,途中で「時間切れになりました」と途切れて,何度やっても駄目。
受信箱に唯一残っていた差出人は通報出来たのですが,その後が駄目で,これって通報したことで私のアドレスも通報対象になったのか???と思うほど何度やっても繋がらない……全く,もう……
一旦キャッシュを空にして再度挑戦。
メーラーに届いて削除してしまったものは通報出来ませんから,ブラウザとメーラーの両方で受信出来る様に設定しました。
こんなことで時間を使いたくないのに。


ついでながら,別なウェブアドレス,こちらと来ては開ける度にスパムが3~4桁届いている有様。
このアドレスについては以前,変更が出来ないものか問い合わせをしたことがあります。
届いた回答は,「変更は不可能,但しアドレスはいくつでも取得出来るので,その方法で」といった内容でした。
・・・そういうことではなくて!そのアドレス内には可成り大切な内容のメールも保管してある訳でして・・・
それで今日,そのIDも開いてみたところ(千通を越えるスパム襲来!!),今まで無かった「アドレス変更手続き」の欄があるではないですか!!IDそのものは変更出来ないけれど,アドレスは変えられる様になったらしい
早速変更しました。
そのアドレスは,-以前恩師が制作したDVDが売れずにいた時,かつての留学仲間と相談して手段をあれこれ考えたのですが- 各大学のピアノ同好会に宣伝しよう,と閃いた折に使用したものです。
早速私が4~5校の同好会にそのウェブアドレスと共に書き込みをしたのでした。
ところがその日のうちからスパムメール襲来。
パスワードを記入出来た同好会へは,すぐに自分で書き込みを削除出来たのですが,唯一某私立校はパスワード記入欄が無く,その後管理人に何度削除を頼んでも駄目・・という有難くない経験をしました。
結局,同好会経由ではDVDは一枚も売れず,私には大量のスパムが届くだけ,という結果になっただけでした。


やれやれ・・・ただ今やっとアドレスを変更出来,これで暫くはスパムより解放されることでしょう。
そう願います。
(「ただより高いものはない」経験談でした)



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幸せなひととき - 2008.03.17 Mon

初めてお会いする知人とご一家に,ホイリゲに連れて行って頂き,楽しい時間を過ごしました。
ご主人がウィーン生まれとのこと,やはり現地の方ならでは,全く観光化されていない場所。
地図を見たら行けそうではありながら,もし天気が悪ければ交通手段なく・・と躊躇していたところ,我が借り住まいまで迎えにいらしてくださった!!
その前,道順を説明しようとすれども,日本語なのに,そして目の前に地図があるのに説明できないわたくし・・・結局ネット検索してくださったそうで,その上,二階のHerbertと電話で念押ししてくださったそうで・・
道がうねうねと入り組んでいる上に一方通行が多く,この辺りはとても私には運転出来ません。
いえ,左ハンドルに慣れていたとしても,です。お迎え,送り,と何往復もして頂いて恐縮でした。

お子さんがたの可愛いこと!!
娘にもすっかりなついて下さって嬉しかったです。
一番楽しい時期,大変だけれど一番可愛い時期かしら??

つい写真をカシャリ!!

Alfaさん7


Alfaさん7



Alfaさん9


美味しいワインとご馳走とお喋りと・・・外は雨にも拘らず,楽しいひとときに万歳(白ワインの絵文字が無い…)

因みに,この坊ちゃん,うちの息子の幼少の頃に雰囲気も表情もそっくり!

パソコンの中を探したのですが,下の白黒しか,このパソコンでは見つからない…
洋玄若草時代(4歳)縮小


家族の写真も入っていました。その当時…と思しき…

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昔を思い出し,大変懐かしかった・・・こういう時期ってアタフタと過ぎてしまうのですね。楽しい想い出も蘇り幸せです。


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Reue kommt immer zu spät ! - 2008.03.17 Mon


この様な文章を載せることそのものを母は一番嘆き悲しむであろう…
これでおしまいにしよう。
過去の文章,「そんなものを載せるべきではありません」と母は言うであろう。
キリスト者としてあるまじき行為,と激しく非難するに違いない。
でも敢えて……。

これで止める。
全てが新しく生まれ変わるべきなのだから。

******************************
14. Juli 2007

"Dumme große Arbeiten, Müdigkeit, und das Schicksal von einer armen Musikantin"

Voriges Jahr hatte ich den Einfall im Juni, ein Recital zu geben, denn es war ein spezielles Jahr, und zwar das 250. Geburtsjahr von W. A. Mozart und noch 150. Todesjahr von R. Schumann.
Ich reservierte einen Saal, der noch frei war, und wählte die Werke, was ich spielen wollte.
Alles war viel zu knapp.
Ich wollte und musste alles selber organisieren, weil es zu spät war, eine Agentur zu engagieren.
Flugblätter drucken und schicken, auch Karten selber drucken...Alles!
ich hatte noch ein Konzert im Oktober vor. Das war von meinem Mann, der eine Kammermusikgruppe leitet. Dabei sollte ich nur ein paar Stücke spielen.

Da hatte ich wieder einen Einfall, ich wollte bei diesen zwei Konzerten meine CDs zu verkaufen.

Ich hatte 2001 ziemlich viele Werke bei einer Plattenfirma aufgenommen. Trotzdem -wegen verschiedener Ereignisse- musste ich sie liegen lassen.
Im vorigen Sommer arbeitete ich, um sie als Doppel-CD herauszugeben. Das lief darauf hinaus, dass ich mich eine furchtbar ungeheuer riesige Arbeit zwang.

Gerade noch rechten Zeit kamen die CDs heraus, um sie in Kammermusikkonzert zu verkaufen.
ABER ! ! ! Die Firma vergaß die fertigen CDs an diesem Tag zum Saal zu bringen!
Um Gottes Willen ! ! Nein ! ! Wie hatte ich meine Körper und Geist dahingegeben ! ?

Wieder fing meine Arbeit an, nämlich schrieb ich Entschuldigungsbriefe an die Gäste, sie sich herzlich auf meine neue Doppel-CD gefreut hatten.
Das war schon November!

Wann könnte ich üben? dachte ich immer. Besonders hatte ich zwei große Stücke von R. Schumann vor. Auch musste ich einen Kommentar für das Recitalsprogramm schreiben.

Meine Mutter hatte immer große Sorge, dass meine Kollagenkrankheit -Dermatomyositis- schlechter werden würde, denn diese Krankheit hängt vom Stress ab.



Drei Tage nach dem Recital starb meine Mutter plötzlich.
Die Todesursache war eine Herztanponade durch eine akuten Aortendissektion.
Das einzig Glückliche war, dass sie gerade vor der Tür eines Krankenhauses fiel. Viele Laute sahen sie, und sofort wurde sie ins Krankenhaus getragen. Dort gab es auch eine Ambulanz.
Aber alles war zu spät...


Ich bereue immer noch, dass ich mit meiner Mutter nicht mehr Zeit verbracht habe, und ihre Symptome immer beobachten können hätte. Denn sie wohnte ganz vis-á-vis von uns.


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Himmelmutterweg - 2008.03.15 Sat



私たちがお借りしている家へ帰る度に電車を降りる停留所が「Himmelmutterweg」。(Himmel=空,天国,神 Mutter=母 Weg=小径)
これは,この国がカトリック教国であることを考えれば,Mutterは明らかにマリア様なのですが,停留所がアナウンスされる度,私はどうしても一昨年の12月に亡くなった「母」のことを言われている様な錯覚に陥って仕方がないのです。

冬なので,綺麗に揃えて刈り取られた葡萄畑の横を長く長く登って行く道。家は反対側なの
で,今まで電車から眺めるばかりで歩いたことはなかったのですが,今朝は雲ひとつない快晴!!娘とどこかに行こうと思っていたのだけれども起きる気配なく,さりとてこういう太陽が勿体ない。
「そうだ!一度歩いてみよう!!」とHimmelmutterwegへ私ひとりで出掛けることにしました。

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(この様な道にも,ゴミを分別する大きな容器が・・・しかも一番右は「古着」用)
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青く,どこまでも青く続く空を見上げると,どこかに母が居て,私を見ていてくれる様な錯覚に。

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この錯覚は,10年くらい前に私の高校の音楽の恩師が亡くなった折,宮城県から駆けつけた恩師の父親の話の中,「私は牧師であるにも拘らず,飛行機が飛び立ち空を飛ぶ間,娘がどこかに居る様な錯覚にとらわれてなりませんでした。天国は,物質として空にある訳ではないことは重々承知なのですが」と言われたことを思い出させました。(この,亡くなられた先生は80代でしたので,現職中という父上は一体何歳でいらしたのか,尊敬の念に堪えません)

途中,来た道を振り返ると,今住んでいる方の山が見える。

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どこまでも続く道と青い空。

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母が亡くなったのは,一昨年2006年12月14日。私が11日にリサイタルをしたのですが,母は具合の悪い脚を引きずってタクシーに単独乗って,妹と携帯で連絡を取りながら来てくれました。
翌日の私の誕生日も,いつもならケーキを誘えば喜んで同席してくれるのが億劫そう・・「遅いから止めておくわ」と。
そして14日の午前中に,かかりつけの病院の真ん前で倒れたのでした。電話があったのは介護センターのケアマネからで,既に倒れて1時間半も経っていました。

秋頃より,持病の喘息とも違う息苦しさが見え,あぁ,早く仕事を全部終えて病院に付き添わねば,と思っていたことは,今となっては言い訳の他,何ものでもありません。(この辺りのことは又改めます。私の日記,「又改めます」が多過ぎて,段々何を改めるのだったか不明になってきました)
母の死因は「大動脈解離を原因とする心タンポナーデ」でした。
その病院へは,全く曲がらなくなってしまっている膝を持った脚のマッサージの為,整形外科に通っていました。その病院はメインが「救急病院」。会計を済ませ,ドアを出たところで一瞬立ち止まり,そして倒れた,と聞かされました。病院のガラス扉越しに病院職員も待合室の患者さんもその一部始終は見ていた様です。
すぐさま担架で再度運ばれ,衣類をハサミでジョキジョキ切り開いて,胸も切開し,チューブを通して心臓と心膜の間に溜まった血液を抜きながら(溜まった血液が心臓を圧迫して心停止を起こしていたので)蘇生手段を取ってくださったそうですが,立ち止まった瞬間の即死だった様です。
我が家からは自転車なら5分とかからない距離。主人の車で駆けつけたのですが,既に処置も終わり,血液もきれいに拭き取られていました。顔は,いつもと変わらず,朝起きると一番で化粧をする母の習慣の素晴らしさ,いつも皆さんに言われている通り,綺麗なおばあちゃまでした。

長く実家に一人で住み,そのことすらもが後悔極まりないのですが,その後我が家の向かいのマンションに越して来て,母は私ら家族をどれだけ頼っていたか・・・それなのに,こういう事態になってしまったこと,これらは悔いても悔いても心のやり場が無いまま今に至ります。

色々なことを存分に思い出しながら,今日はHimmelmutterwegを歩きました。


その道が終わり,左に折れるとSchafbergbadという屋外プールが!

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ここは,私が留学して最初の一年間を過ごした家から徒歩で来られる場所(つまり,更に北側の18区に住んでいた),まだ友達だった主人ともよく来ました。

こんなに立派だったかしら?滑り台なんてあったかしら??と,フェンス越しに怪しげな撮影。これが夏だったなら,警官に呼び止められたかも・・・

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その近くに教会がある・・

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これ,もしかして,今の家から停留所に長い長い坂と階段を降りる時,向こうの山の天辺に見えている建物では???ひとつだけ何か形が違うので,一体何だろう?(一応)教会かもしれない,とは思っていたのですが。

(我が家方面から撮った遠い山の風景。左の方に小さく見えます)
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(アップで)
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(今日,間近で写したもの。つまり反対側からになりますが)
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(近辺の様子)
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はぁ~~~・・・何と,山から山へ歩いてしまったことになります。
晴れていて暖かく,素晴らしい散歩道でした。

さて,どうやって帰ろうか。来た道をそのまま戻るよりも・・・と,最寄りのバス停でバスを待つことに。



さて,クイズ。下は何だと思われますか?(ポチッと)
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少し遠のき・・
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もうちょっと遠のき・・
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答えは「停留所の広告」でした。何か保険か??
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帰りは別な道にしました。
Kreuzwiesengasseって,交差した道だと思ったのですが・・
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十字架がありますね。
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どうやらウィーン市立の修道院らしい・・・
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やはりイースター前,色々な出逢いがある様です。

長々すみません!!!


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一昨日の日記の続きの続き - 2008.03.13 Thu



シュランメルに関わる日記を随分書いたけれど,2月24日には,絶対に何か見つかる!と思って出向いたにも拘らず見つからなかった家・・・

それが,「ほら,あそこ」と,今日はいとも簡単に教わってしまった!!!

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今日は前述のKalvarienbergmarktから,シュランメルの像(夏は噴水)に寄り,そこから建物に囲まれたショッピングセンターを突き抜けて別な道路へ出たのだが,それは何と!24日に私が探し歩いたのと全く逆のコースとなっていた!!
あの時は通りの名前には自信もあったし,Musikschuleもあることだし,日曜で店はどこも閉じていたが,ショッピングセンターを突き抜けると像があるので,この辺り!!と睨んで取り敢えず帰宅したのだったが・・

今日はまさに逆コースにて・・・
Musikschuleの真向かい・・

前回,愚かな私は,オーストリアに貢献した人なのだから絶対に紅白の帯が付いたプレートがあるに違いない!と思い込んでしまっていたのだった。

おそらく玄関はこの通りには無く,例のCDブックレットに書かれてある住所から入って行くのだと思う。
今ではおそらく普通の家になっているとは思うものの,是非,それとなく入ってみよう。但し,確か入り口には各家に繋がるインターフォンが付いていた気が‥。


(本日のお仲間たち)
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一昨日の日記の続き - 2008.03.13 Thu



朝一番で一旦集合し,電車でKalvarienberggasseへ向かった。
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市場は10時にならないと開かないので,その前にKalvarienbergkirche(Kirche=教会)へ行き,キリストの磔刑の像を見ることになった。
教会そのものは1年前に改装されたそうで,いとも近代的なものだった。
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実に写実的な木彫のレリーフが12面,回廊の壁にはめ込まれてあった。
各レリーフ傍には小さな文字の説明がガラス張りに納まって添えられていたが,とても読める量ではないのでカメラに収めたものの,残念なことにピンぼけとなり,省略致します。

レリーフの上部には,ドイツ語で「何の罪で」キリストが(つまりは我々人間の罪の贖いとして)十字架に架かることになったか,が書かれてあったので添えますが,相応しい訳が見つかりません。


木彫の凹凸は立体効果大きく,数枚ずつ撮ってしまいました。

(下二枚は角度を変えて撮ったもの。「嫉妬心への贖罪」)
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(下3枚は「傲慢さへの贖罪」)
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(下2枚は「怠惰さへの贖罪」)
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(下2枚は「不節制への贖罪」)
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(下2枚は「淫乱への贖罪」)
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キリストの処刑の後は,マリアの教えの像となっていた。

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教会を出ると,Markt(市)が賑わっていた。

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このKalvarienbergmarktは1639年から毎年,「灰の水曜日」からイースターまで開かれているそうだ。
始まった当時はまだ皇帝(K.u.K.)はウィーンの都市に娯楽を許してはおらず,人々は解決策としてここ,街中から離れたところに市を開くことにしたらしい。

パン屋にて,この時期特有のパンやお菓子を皆で購入。
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その後,シュランメルの像へ向かいました。
ひとまずここで送信します。
ピンぼけ写真ばかりですみませんでした。


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もうじきイースターです - 2008.03.12 Wed

今朝は一番で銀行へ。
というのも,一昨日小包を送る際,SAISONカードは使えない,と言われてしまったので。その郵便局,今までは使えていたというのに・・・

ドイツ語に出掛ける娘と一緒に出て,電車の停留所わきの分別ゴミ集積所までペットボトル大袋をひとつずつ持ち,中味を捨て,電車に乗って私は銀行のある停留所で下車。
無事にユーロを得て,並びの文具店で以前から買いそびれていたあれこれを購入。
そして幸いバスが来た(最寄りのスーパーの前で停まる)ので乗って,しかも雨も上がったので買い物をして帰宅。

よし!昨日作った小包ふたつを送りに終点の郵便局へ行こう!!
歩いているうちに疲れてきて,何でこんなに階段と坂道を往復しているんだ??と思いつつ,頭の隅では「絶えず喜んでいなさい」の聖句が・・・


やっと郵便局に着くと窓口はたったひとつだけ開いていて,十人も並んでいる。
必死で歩いてきたので汗がだらだら。やっと自分の番が来て,それから書類を書き込むので,後ろの列の方々に「お先にどうぞ」と譲る。
そのうちの一人は500ユーロ札を3枚も支払っていた・・・横目で,凄いなぁ・・・



等々,汗びっしょりになり,朝の行動開始からもう3時間経っている,疲れたよ~~~・・・と内心思いつつ停留所への道を歩いていたら,向こうから黒い制服めいたものを着た青年二人,私のところにやってきて,唐突に「貴女に欠けているものは何ですか?」ですと・・・丁度私の目線にある彼らの胸の名札には,教会名とそこの教会員であることが書かれてある。「え??」っと訊き返したら,今度はダイレクトに「貴女の弱点は何ですか?」と来た。
・・・明らかに教会の勧誘ですな・・・

「大変申し訳ありませんが,ドイツ語は分かりません」と,丁寧にドイツ語で答えて去らせて頂きました。

ごめんなさい,神様!そして教会関係の方,読まれていらしたらごめんなさい。いえ,こちらにも「教会」を名乗ったいかがわしい宗教はあると思うもので……

それにしても,日々「教会」から引き離されることのない頭です。

不信心者にもイースターです。



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カルバリの山 - 2008.03.11 Tue

この何週間か,私はある講座に週2回出席していました。
講座のことは又後日説明を書きたいと思い今は省略しますが,今週木曜でその講座は終わります。
その最終日に先生は何か楽しい計画をしている,と先週の木曜に告げられました・・・

17区,Hernalsの

・・・

・・・

えっ??

・・・

・・・

Schrammelnの像が立っている広場の近くの

・・・

・・・

・・・

Kalvarienberggasseというところへ行きます。
(通りの名前を直訳すると「カルバリの山」の道※)

Kalvarienberggasseは,目下イースターを前にして市場が立っています。
電車で通る度にそっちを見たり,シュランメルの像を見たりしているところ。
講座の先生はそのすぐ近くに住んでおられるそうです。

※カルバリの山(丘)とは,エルサレム近くのゴルゴタの丘のことで(ゴルゴタ=されこうべの場)ラテン語訳で「カルバリ」と言う。イエス・キリストが十字架にはりつけられた場所を指す。



さて・・
こんなに悠長な生活をしている私ではありますが,目下,いや,もう何ヶ月も一番気になって仕方がないのは,我が実家本家のイースター礼拝に出られないこと。そもそもイエスの受難の時期を,こんなに好き勝手に過ごしていてよいものだろうか?ということも。
イースター礼拝は,毎年「召天者記念礼拝」を兼ねており,昨年母の納骨をして頂いたのがそのイースター,それから一年目,という実に大切な節目の礼拝の筈なのですが,私は帰国することもなくウィーンに居る訳です。
それに対する何とも記しがたい気持ちを抱いているところに「カルバリの山の道」!!
イエスの受難を考えよ!と警鐘を鳴らされている思いです。
神は私がどこに居ようとも決して「受難を忘れるな」と啓示しておられます。
それは母を通じ,遠いつもりのウィーンのこの講座の先生を通じ,それは誠に偉大としか言えない様であります。

今日は,明後日のExkursion(excursion)に備えて予めプリントが配られ,説明がありました。
一応集合してから出向くのですが,詳しい行き方の説明は勿論,イースターの市場にはどんなものが売られているか。イースターエッグやウサギの装飾品の様子。
更にはその通りの中ほどに建っている教会の様子。何よりもヨーロッパ文化の特性である,キリストの処刑の場面がここでは木彫りで描かれているそうです。

その教会を訪ねた後,例のSchrammel Quartettの像を見るのですが,その後で

・・・

・・・

・・・

何と!!

・・・

・・・

Schrammelの住んでいた家も案内してくださるそうです。

もう悲鳴モノですよ!!
こんな奇遇ってありますか!?!?

実は随分途中下車して探したというのに見つからず・・・
まさに「探せ,そうすれば,見いだすであろう」
ともかく探していれば機会に巡り合わせて頂ける,ということでしょうか。
受難のみならず,私への課題を示しておられる神を崇めよ,ということでしょうか。




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Wachauの一日 - 2008.03.09 Sun

何と日々の過ぎる速度!

先週末に遠足のお誘いを受けて,凄まじい暴風雨の為に延期,と言っていたというのに,もうそれから一週間が過ぎてしまった。
土曜の夜にヘルベルトが来て,明日天気が良さそうだからDürnsteinに行こう,とのお誘い。
ご家族他,この家の目下の住人は8人。2台車を連ねて9時半出発,と。

朝起きると素晴らしい快晴!!
ドナウを渡り,Tulln経由。
アレクサンドラが途中ウィーンの森でKnoblauchspinat(ニンニクの葉,と訳して良いのだろうか??)が欲しい,とスコップで掘って獲得していた・・・本当にニンニクの臭いがしました。きっと庭で育てるのでしょう。
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Kremsを過ぎてDürnstein到着。
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あぁ,ここも懐かしいなぁ・・・最後に来たのは,息子が生後10ヶ月くらいだったろうか。やはり夫のオケの仲間一家とだった。その前は…日本から誰か来られると決まって夫が車で案内し,行きつけの造り酒屋(ワインの)で試飲をして買い溜めして,そしてメルクへ向かう,というコースを辿ったものだった。
平地も葡萄畑,山の斜面も葡萄の段々畑。秋になると白ワイン,もとい,白葡萄がたわわに実る。そこに行き着くまでは寸暇を惜しむ間もなく些細な作業に追われるそうだから,感謝して味わわねば。

確かこの先にトンネルの様になった道があった,と私ごとき者の記憶も確か。そこを突き抜けて左に曲がると,確かドナウを見ながらワインを楽しめるレストラン(兼ホテル)があった筈。これだったかな??(冬期休業中)
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生憎修道院は3月半ばからオープンするそうで,中には入れなかったのだけど,中庭。
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自転車置き場が出来ていることに吃驚。
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それにしても付属の教会,こんな色だったかしら??
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崖の上にRuine Kuenringerburg(ケーンリンガー城の廃墟)がそびえている。

今から登るけれど,Chiekoはカタリーナとユライ(家のもう一人の助手・テニーザのお子さん)と待っていなさい,と。
見るからに凄まじい傾斜!

穏やかな春の日ざしをドナウに沿ってのんびり,乳母車を押す彼女と歩いていると,私まで1980年頃の自分に戻ってしまう。
偶然にも白鳥二羽がドナウに舞い降りていて,カタリーナになついて手から餌を食べていた。
動画がアップ出来ずに残念!!

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D�rnstein usw.16


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その後,車で少々仮眠。
今頃皆さん,どの辺りを歩いているやら・・とカメラを向けてみた。
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少しアップで
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更にアップで
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再びうとうとしていると一同ご帰還!

娘はしっかり先頭に付いて行ったそうだ。
脚の長さほどもある階段を登って辿り着いたらしい・・・(元気であっても私のコンパスには不可能だわな)
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(天辺よりアレクサンドラさん撮影)


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(娘,撮影)


再度車に乗り,メルクへ。
修道院はこれ又シーズンオフにて入れなかった。教会は,ガイドの時間のみ入れるらしく,ここも生憎柵の外から見ただけ。
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ここも1970年代に何度か来た。
1977年にはリサイタルを!との話が,それも熱烈な要望があったにも拘らず,当時師事していた専制君主,もとい,恩師の許しが得られず泣く泣く諦めたこともあったっけ・・・(何と素直な弟子だったことか…勿体ないことをしたものだ)

やって来ました,花粉アレルギー源。
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スズカケノキの下が駐車場。
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その後,修道院を見上げつつ(そして、いにしえの素直過ぎた自分を反省しつつ)遅いティータイム。
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既に薄暗くなっていたが,Schloss Schönbühel。
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反対側は美しい夕暮れだった。
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その後,Aggsteinにも車で急な斜面を登って行った。
崖の下はドナウ。
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金剛力士像の真似だ,とアレクサンドラとヘルベルト。(小さな写真はどうかポチッと)
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ユライも真似を・・
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娘の背後,右の出っ張りはトイレだそうで要注意・・・
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その後はドナウに沿って,ひたすらウィーンを目指す帰路。

久々にオーストリアののどかな一日を味わわせて頂いたこと,心から感謝!!
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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
★このブログや大元のサイトへの感想やお問い合わせはservus2008@gmail.com宛に@を半角に直して送信願います.
【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2020 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
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