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2007-01

後悔の日々ではあるが - 2007.01.18 Thu

大学病院で3つの科をはしごして,9時前に着いていたのに全部終わったのが1時半。
検査の為朝抜きだったので空腹に耐えられず,余り乗り気ではなかったのだけど久々に6階のレストランへ。
敢えて,母と最後に一緒に食べた和定食を食べてみる。
あれこれ思い出す・・・

あれは昨年8月から9月にかけて,消化器科に疑いがあって母に3回ほど付き添った。結局問題になる様なものは無かった。
車椅子は嫌がりつつも,乗ってしまえば「悪いわねぇ」と喜んで,診察室や検査室の移動は勿論,地下の売店でお総菜(京風のおばんざいもどきを一袋100円で売っている)を買ったり,ギフトショップでカードやバッグ(信じられないくらい安い)を買ったりウィンドウショッピングを院内で(!)楽しみ,最後は6階のレストランというお決まりコースだった。
最期の時,使っていたのがこの時買ったバッグ。
バッグを買ったのは,いつも使っている本人曰く「これが一番慣れている」のが中がまる見えで「ひったくられても追いかけられないじゃないの」と指摘し,何箇所にも大きなファスナーが付いたものを選んだのだったっけ・・この時も「あんたと一緒だといちいちうるさい」と言いながらも,どれにしようかしら,これがいいわね,と楽しそうに迷って買ったもの。

膝の曲がる角度がゼロ度になっていたのもさることながら,脚がパンパンに腫れ(皮膚がこれ以上伸びないところまで),この原因を追究して欲しく -2002年にはリンパ液の流れが悪く,静脈と共に心臓方向に戻らないのをエコーで認められたものの,リハビリやマッサージを受けても「仕方ないですね」的に終わってしまった- 膝も何とか手術出来ないか,再度他の病院を探さねば,等々思っていた。でも去年の私はCDのリリースに向けてライナーノーツの件であちこちとやり取りに忙しく,リサイタルも12月に設定してしまっていたのに曲目すら決めておらず,全部終わったらしつこく追究を…と思っていたのに…。

ずっと自己嫌悪に陥っていたけれど,ずっとかかっていた主治医(町医者の内科)も主治医!そして私以上に頑固な気丈な母に負けたのかもしれない。
亡くなった後で出てきた毎年の健診の記録によると,心臓肥大が年々酷くなっていた。どうしてもっと検査(ホルター心電図など)を短い周期でやってくれなかったのか??と疑問。
私が付き添わねば,とずっと秋から思っていただけに残念さと後悔とに苛まれる。
母は若い頃から朝起きるとまず化粧をする習慣。すっぴんで過ごしている私には信じられないくらい,ちゃんとファンデーションを塗って,口紅も明るい赤!これに騙されてしまった!
11月末のある日,何かで夜に用事で出向いた時,既に風呂上がりだった母の唇を見て,素人の私にも「チアノーゼ」が分かった・・・
でもまさか12月14日にあんな事が起ころうとは!!

「急性大動脈解離による心タンポナーデ」
私のかかっている色々な科のかかりつけ医に訊くと,誰もが「突発的に起こるもので,全く予測のつかないものなのです」と言う。
でも,既に11月には何か自覚症状があった筈・・・と私には思える。その実,持病の喘息とはちょっと違って思える呼吸をしていた。

そんな事をあれこれ考え,自分を責めてみたり,これは神様のみ業なのだ,と思ってみたり・・・
倒れたのが救急病院の前とは!だからすぐに院内に入れられた。既に心停止していたけどECHOにて心タンポナーデを認めたので(大動脈が解離したことで,血液が心膜と心臓の間にどんどん溜まって,心臓を押さえつけ,心停止をさせた)胸を切開して管を通してその溜まった血液を抜いて,並行して心肺の蘇生術を施してくださった。
これが自宅だったら??或いは人通りのないところだったら??
母の身体の事だけでなく,貴重品の入ったバッグを盗まれたかもしれない。あれもこれも警察沙汰になって色々な方々に迷惑をかけたろう・・・他人に迷惑をかける事を最も嫌った母。
余りに脚が辛そうなので,車椅子をこっそり借りてあった(膝を伸ばしたまま座れる優れもの)。それとて「私を廃人にする気!?」と来た。これにはケアマネも吃驚。もっともっと軽症の人だって車椅子を使用しているのだから。
荒い呼吸をしながら,片手に杖,片手で壁などを伝って歩いている姿は私には耐えられなかったのだけど,母は最期まで自力で歩く事を希望していた。でも時々「そこらの道路で車にぶつかってぽっくり逝きたいわねぇ」とこぼした。入院して看病されて,という事も一番嫌っていた。「車にぶつかたら運転手が必ず罰せられるのだから」とたしなめると「そうね・・」と・・・だからって,病院を一歩出たところで,車にも人にもぶつからずに倒れるとは・・・残念だけどこれは神様の偉大な計画,と考えたい・・・

私のリサイタルでも,曲がらない脚の為に通路の場所を押さえておいたところ,電話で「あんな場所を取ってくれるから,知っている人に会う度に挨拶挨拶で疲れてしまった・・・」と後で言われてしまったが,考えてみればあたかも地上での最後の挨拶をしにリサイタルに出向いた様な結果となった。あの時の母は疲れたかも分からないけれど,きっと天国で「挨拶出来てよかった」と思っているに違いないし,何よりもご挨拶くださった方々にしてみれば最期の時を共に出来て幸せだったのではないか?
全てに時あり。

同伴してくれた妹よ,有難う!!!

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2007年1月の日記から - 2007.01.16 Tue

他のサイトに書いた日記より2007年1月分の一部をこちらに引っ越し。
本来はそれぞれの日記に友人のコメントが付くのですが、鍵のかかったサイトが故、それらを勝手に載せる訳には行かず、本文のみ。
2013年にコピーペーストしています。空いている部分がところどころにあるので、そこに。
いずれ全部を引っ越せるとよいのですが…


今日ももうじき終わる 2007年01月04日23:41

うたた寝から目覚めて時計を見たら,もうじき明日…

今朝は役所が開くのと同時に,母の除籍謄本を取りに区役所へ出向き,そのまま銀行へ残高証明を貰いに.何をするにも「遺産分割協議書」なるものがないと行動出来ないのです.その為に各金融機関の残高証明が必要なのであります.
仕事初めとあってどこも待つこと数時間単位.銀行で待ちながら「除籍謄本」に何気なく目を遣ると…「祖母のじゃん!?!?」・・
我が母は,父の母親と偶然同名(和子)だったのです.同居でもあり,生前は本人もそれで随分ややこしい思いをした様ですが.
区役所に戻ってやり直し.そうして銀行のはしご.
いえ,決して相続税がかかるほどの遺産がある訳ではないのです.
母があちこちに分散させて,少しでも利息を…との計らいからで.

・・・夫が車で私を運んでくれて,本当に助かりました・・・
一通り終えて帰宅をしたら,どーーーっと疲れが.私自身は殆ど歩いていないのに・・・

夕方何気なく****を開いたら「プルシェンコがTVに!」とのお知らせ.
大慌てでつけました.ふうっ…間に合った!!
こけたものの深い感動を与えてくれる演技でした.そして私も「やらねば!」と久々に思わせてくれる演技でした.

12月11日のリサイタルが,もう何年も前のことの様に感じられます.あれ以来一度も鍵盤に触れていません.慌ただしくしているか,へたばって眠っているかのどちらかで・・・

明日も良い日になります様に・・・


物置 2007年01月05日23:54

母が使っていた本棚や家具をそのまま入れて,遺品をその中に整理出来るべく,物置を我が家の庭の隅に設置することになった.
以前から懇意にさせて貰っている業者の方に今日はマンションの中を見て頂き,家具類のサイズを測るなどして記録.何通りかの方法と見積もりをお願いすることになった.
いずれにしてもちょっとした書斎サイズ・・・
又もや植木の大移動.
そして又もやグランドピアノが一台余ってしまう.
4台並べますかね~~(まさか!!)・・・2年前に2台は嫁に行きましたが・・

測定に付き合っていただけなのに又してもぐったり.
いつの間にか爆睡し,娘の「ご飯出来たよ~~~」に起こされました.塾から帰宅(注:教える側です)したのも知らない.
その娘が今度は床の上で爆睡しているので,寝る前に起こさねば・・・「風邪ひくよ!!」


物置の追記 2007年01月06日01:01

家の前の道路で我が夫がマンションの管理人にばったり会い,「今月いっぱいくらいですか?」と訊かれたそう.一応夫名義で借りている賃貸マンションが故,母が亡くなったとは言え,ゆっくり作業出来ると思っていたのですがね.
それで,物置をまず建てて分別しながら運び入れて,と説明をしたそうですが・・・
転出入の多い時期までには中を塗り替えたり,という都合もありそう.こちらが借りる時も「あと何番目」と鶴首にて待っていたのを思い出せば頷けること.何とか2月末を目処に作業でしょうか…….賃貸の哀しさよ…(プライバシー丸出しの日記ばかり)


昨日の日記 2007年01月07日12:49

東京は凄まじい雨でした。
我が夫は毎年恒例,ウィーンからのオケの一員として演奏旅行をするのですが,昨日はサントリーホールにてマチネー。

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息子と一緒に聴いてきました。
この類の演奏会はやっぱり楽しいですね。今年は我々の室内楽も創設25周年その2と称して,ウィーンものばかりで10月に演奏する為,entertainerとしての目と耳で何かヒントになることはないか??と,それも兼ねて聴いていました。
今日はみなとみらい,そしてそのまま全国ツアーです。旦那は在墺中の創設当時のメンバーだった為,その仲間達と毎年1月は団員兼通訳兼ツアーコンダクター兼雑用係兼・・・いえ,ちゃんと招聘元にその様な係は居るにも拘わらず,気心知れている為,何やかやこき使われているのであります。

昨日出掛ける時の雨の凄さと寒さ!!駅までの徒歩の辛さで,余程引き返そうかと思いました。でも息子と2人,という機会が最近無いので,頑張りました。

娘は又しても塾講で疲れるであろうに,その後おじいちゃんの夕飯を作って2人で食べるから,お母さんはお父さんと食べていらっしゃい!と優しい。息子にも連絡してくれ,その様にすべく・・・
昨日は結婚記念日だったのであります!もう28年だか,まだ28年だか・・・

家で娘の手料理を食べた方が嬉しいのだけど,折角の取り計らいに有難く外食@銀座。
因縁の王子ホールの地下に車を停め,近所で食事をし,因縁の三越でケーキを沢山買って帰宅したところ,息子たちもケーキを買ってきてくれ,食べた食べた・・・生クリームたっぷりを選んで・・・
写真撮るのをすっかり忘れました。ざんっっっっっっねんっ!!!


昨日の日記,書き忘れ 2007年01月07日22:46

息子がケーキを持ってやってきたのは書きましたが,そのケーキの上のメッセージ・・・
「結婚してくれて有難う」・・・じーーーーん・・・
(私なんて「結婚記念日おめでとう」くらいしか思い付かないのに!!)



はやいもので 2007年01月09日01:02

母が亡くなってもうじき4週間。
昨日の様でもあり,何年も前の様でもあり,・・・しかし現実はこれからが忙しくなるのであります。

葬儀の折のカーネーションで出来た十字架,2−3日しか保ちません,と言われていたのをドライフラワー状態になっても根性で写真の前に置いてあったのですが,こりゃそろそろ母の写真にツノが生えるに違いない…と,大きなアレンジメントを崩しつつ,使えるカーネーションを集めて差し替えました。

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・・・・・とうとう全く鍵盤に手を触れることなく4週間が過ぎてしまいました。明日こそ・・・(と書いて,4週間どころか何ヶ月も触れないこと屡々の身としては余り深刻さを感じていないのであります。いえ,やります!明日こそ指練習します!!)


年始めの不燃ゴミ 2007年01月09日10:46

キッチンのものは出したのですが・・・
年末年始に出たものは旦那が物置にて保管しました。
ところが鍵の接触が悪くて,物置が開かない。すんなり行く時はすんなり行くのですがね。あれこれ工夫しているうちに指先がかじかんで諦めた。去年の不燃ゴミよ!来週まで(ん??来週も居ないのかな?)待っていてください。生ゴミじゃなくて良かったです。ほんっと・・

そして第二火曜は古新聞の回収。今回は母の分もあるので・・・トイレットペーパーふたつ来るかしら??

爺上殿の朝食出して,薬(糖尿と高血圧,そして糖尿による網膜症)を「食前」「朝食後」「夕食後」と分類して10日分をケースに入れ,補聴器入れていないのでトンチンカンな会話を成立させてきました。
家族の声の中で,私の声が一番聴き取りにくい様です。娘の声はちゃんと聞こえるのに…(通訳しておくれ!)。夫は大声を出して喋らないと通じない。=大声を出せば通じる。しか〜し!家中にとどろき渡り,バリトンで怒りのアリアを歌っているが如し。


又,昨日の日記 2007年01月11日16:16

水曜はゴミ収集無く(月・火・木は7:30に来てしまう)ちょっとゆっくり出来る,と思っていたら,甚だ早くから義父が下でゴトゴトと起きた気配。
10:30に介護保険のヘルパーさんが入浴介助に来ることになっていたし,その前にケアマネも母のことを兼ねて時間を取って欲しい,と言っていたのを思い出し,慌てて朝食を作って持って行った。でも又眠ってしまった様子。
10時過ぎにケアマネ,ヘルパーさん次々3人来られて大声で起こしすこと5分,そして朝食。義父に聞こえるべく大声で話してくださるので,負けじとばかり傍らでケアマネと私まで大きな声で話して何というにぎやかさ!!
入浴開始が一時間遅れ。

ところで一昨日,「たけしの本当は怖い・・」を娘と2人で見ていました。漢方薬の話をしていて,娘の体調不良には漢方を使ったら良いのでは?早速いつもの店(十年前,自分の不調が膠原病と知らずに利用していた)に行ってみよう,と話していたけど,本人起きて来ない。折角の休日だし日頃のストレスや如何に…と放置。でもやはり試した方がよいし,時間もまだあるし,と夕方になって付き添って行ってきました。
長い丁寧な問診の後,一週間取り敢えず試す調合された大袋を渡され,保険の利かない額を払って店を後に。きっと効果あります!!
私が利用していた頃は調合されずに,5−6種類の生薬を自分で量って煎じて飲んだものでした。便利になりましたなぁ…。

夜,今日こそ!!とピアノに向かったけれど,やはり眠くなる・・・でもこの薄っぺらくなった指先の皮をぶ厚くしないと,とPischnaにてゆっくり指先だけで音を出すトレーニングと付け根からの瞬発力で打つトレーニング。リサイタルで折角ピアノ弾き用の爪の形になったのに,1ヶ月も全く触っていなかったらきれいな(マニキュアも塗れそうに)整った形になってしまった!出来るだけ短く切ってもカチカチとうるさいことこの上なし!!取り敢えずは打鍵数/秒の多いものなら何でも良いから…(とは言え,動かないので全部リズム練習で)ショパンのエチュードを片っ端から弾いていたら15分で居眠りモード。これで一日が終わりました。
打鍵数を増やす為,今日は重音にしよう・・せめて20分弾きたいものです・・日々5分ずつ増やせれば万歳!としましょう。

書いていても実につまらない日記です・・・


今日の日記 2007年01月11日22:29

というタイトルも変だ・・・
今日こそこの指をなんとか,とピアノに向かったのですが,問題は薄っぺらになった皮や伸びた爪のみならず,汗腺が無くなっちゃったのか??全く汗をかかないどころか,指先がカサカサで(ちゃんと保湿クリームを塗っているのに)黒鍵から指が滑り落ちてしまうのであります。
それでも,又ピシュナ5分,ハノンの21番をes-mollで色々なタッチで(これがサラサラツルツルと黒鍵から滑り落ちて吃驚してしまったのです!)5分,昼間に決めた通り重音を!とチェルニー60番からその様な部分をピックアップして片っ端からリズム練習,そしてシューマンのトッカータの最初の1ページだけ。ここまでで30分!!眠くならない!!!うん,いけるかも・・・
ところがショパンの6度のエチュードを弾き始めたら,1分経たずに睡魔が・・身体ががくーーーっと椅子から落ちそうになった。
去年は珍しくショパンを殆ど弾かなかったので,呪われたか?一体何が起きたのでしょう??

目は乾いて痛くてたまらないし,唾液も少し減ったような…
練習云々ではなく,シェーグレン悪化!?


手書き 2007年01月13日23:58

パソコンで打った寒中見舞いにほんの一筆添えて,友人知人には葉書を先に出し,昨日になってやっと親類へ後回しにて,諸々の礼状を兼ねてざっと20通出しました。
書く内容がそれぞれに違うので,「寒中お見舞い申し上げます」と住所,そしてイラストだけはパソコンで打ってあったので,すぐに送れる,と思っていたのに…。

最近パソコンを頼りすぎ,語順も「てにおは」もいい加減に書いて,一文を読み直してササッと直す習慣。気心知れた友人には見直しすらしない場合も。

たった20通の葉書の久々の手書きで気付きました。
手書きでは考えるスピードで書いていること。パソコンでは考える前に手が勝手に打ってしまっていること。

怖いことだ,と思いました。
特にネット。
こうして書いているのも,私の頭はそう速く回転する訳ではなく,手というか指が,考えるより先にパタパタ打ってしまっているのです!
自分のサイトなら後で削除も編集も出来ますが,他人様のところに書き込んで「しまった!!」と思っても後の祭り・・・

手書きの習慣も失わない様に,時々は友人たち,親類の者たちにパソコンを使わない手紙を・・と思った出来事でした。



職を失ったペコ 2007年01月15日19:48

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大好きだった不二家のケーキ…特に苺と生クリームたっぷりの…
「本日中にお召し上がりください」と書いてあっても「2ー3日は大丈夫よ!」と食べていたわたくし・・・
製造段階で3日期限切れの原材料を使っていたとすると…
ひぇーーー!!!

スーパーのお菓子売り場からはどんどん不二家の製品が姿を消しています。
残り僅かのお馴染みミルキーを籠に入れ,一周して戻ったらひとつも無くなっていました。
数分の間に!


公費の謎 2007年01月16日12:18
今日は眼科だけだったのですが…。
以前から不思議に思っていること:
同じ点眼薬を膠原病内科で処方されると公費負担にて自己負担ゼロ。
それが眼科で処方されると国保の3割負担となる訳です。
点眼薬なのに。
眼科医は,「シェーグレンで処方しているので公費負担の扱いになる」と言うので会計で毎回念を押すのですが,調べてくれる結果はいつも「NO!」。
薬局では「以前は公費だったのに変ですねぇ」と薬剤師側から私に言ってくる始末。親切にも「問い合わせましょうか?」とまで。でも,駄目なものは駄目らしい・・
人工涙液マイティア6本,角膜上皮障害治療薬ヒアレイン6本,ステロイド点眼薬フルメトロン3本,抗アレルギー薬リザベン6本,これで計3480円。膠原病内科からの処方だと自己負担ゼロ円なのに。
不思議です。
でも,以前予約をキャンセルした為に薬が無くなり,近くの眼科で処方してもらった時は,一本ずつなのに2−3千円くらい払った記憶があります。なので,ま,いっか・・・

その他の謎は,モーラスという湿布が皮膚科や内科では6袋/月までのみ公費負担(皮膚筋炎の病名で)。整形外科だと公費を使って無制限に処方出来るそうです。頂けるものは有難く頂きますがね。
家族の分まで有難うございます・・・・・・・(いや,そういう問題ではなく,医療発展途上国に差し上げたいかも)

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母の急逝 - 2007.01.06 Sat

遡った日記です。
リサイタルの3日後に母を失いました。
母の口癖は「貴女は一生療養の身なのだから…」でした。いつも私を気遣い、このリサイタルも12月に開くことを5月に突然決め、しかも秋になって突然曲目を変更し(シューマンのカーナヴァルOp.9の他に、ファンタジーOp.17も入れたのです。最初に予定していたモーツァルトのソナタをやめて)、それによる私の体力を案じてくれていました。そのことも母の寿命を縮めてしまったのではないか、暫く後悔に苛まれておりました。
同時進行で、室内楽のコンサートもあった為、それに間に合う様に、とCDリリースも行い…
やりたいことを済ませて、母と一緒に過ごす時間をこれからは増やそう…
それは愚かな人間の計画でありました。
焦った理由が、逆に母と一緒に居られる時間を失ってしまったに違いありません。


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下記は、中高時代同期生の仲間うちのサイトへの書き込みです(自分の文章だけですから支障はないことでしょう…)。

*************************************
Date:  2006年12月3日(日) 午前7時31分
Subject:  完売御礼とお願い


私の12月11日のチケットをご購入下さった皆様には厚くお礼を申し上げます。

お陰さまにて11月半ば過ぎに完売となりました。
その後も注文は続き、あちこちに残券は無いか訊いて廻る、という甚だしい失礼をしておりますが、ここでもそのお願いです。
4枚ほど今のところ戻って来ましたが、既にそれは去り、目下キャンセル待ちリストに17名分記入してあり、更にまだ続くことでしょう。
本当に失礼極まりないのですが、万が一、万が一です、お誘い頂いた方に何か急用が入られていらっしゃれない、等という情報が出ました折にはご一報頂けますでしょうか。コンサートの2日前くらい迄お願いを続けたいと思います。

まさか、この様に多くの方々がいらして下さるなど夢にも思わず・・
王子ホールは設計当時、演奏家の立場からの意見を、との事で、主人共々設計図を見ながらお手伝いした関係、そしてベーゼンドルファーの磐田本社まで出向いてフルコンを選定した関係で、一回は使いたいもの・・・と思っていたのです。
収容人数は315 名。今回、200 名いらしてくだされば良しとしよう、と5月になって、空いている日を選んで予約をしたのです。
なので、あれは10月だったか、新聞広告に載せませんか?とのお誘いに、間髪入れずお願いし、11/28,29に載せて頂くことにしたのです。ところが掲載される前に既に完売してしまいました。それでも私が目下どうしているか、一応演奏出来る状態までに(身体も家も)なっているご報告を兼ねて載せてください、としたところ、とても親切な担当の方が、「それでは上半分を完売御礼とし、下半分にCDの宣伝を入れましょう」と臨機応変の対応をしてくださいました。感謝!

それにしても疲れました。マネージメントを付けない、って、本当に大変!パンフレットの印刷(今回は自分で)、送付、チケットも作成、送付、受領、それらの情報を一覧に記入、音楽雑誌とのやり取り、プログラムノーツ書いて印刷業者とやり取り(これだけは依頼しました)、ホールとの打ち合わせ事項、・・・CDも相俟って -あのみなとみらいで売り損なったお陰で、有難い感謝すべきことに、来る日も来る日も梱包&送付。忙しかったけど半分を業者に取られずに済みました!!!- (リサイタルの時にはボランティアの方々が売ってくださいます)・・・「ご案内状」から入れたらおそらく2千通以上の宛名書きをした計算になります。感謝すべき忙しさではあります。室内楽の時はどうって事ないんですが、リサイタルとなると記憶する音符の数も技術も、何よりも私ひとりにかかってくる音楽性・・・やっと練習に打ち込む日々が始まりました。(間に合わない・・・・すみません・・)

誰か素晴らしいパトロンに出逢わないかなぁ・・・・・目下の実感・・・

話が朝っぱらから逸れてすみません。いつもこんなだ!
そういう次第で、もし一枚でも二枚でも手に入りましたら宜しくお願い致します(私自身、ご招待したい方々も招待して出来ず、それらも予約リストに載せようか、という現実です・・・)
とても失礼な事を書いた気がしますが、読み直さずこのまま送信させてください。



Date:  2006年12月14日(木) 午後6時55分
Subject:  Re:

母が今朝11時25分に逝ってしまいました・・・

大動脈乖離だと思います。
整形外科に通院し,病院のドアを出て一歩止まった,と思ったら前にどーーーんと倒れてしまったそうです(リハビリの先生が遠くからずっと見送っていたそうで)。

介護保険の申請新たにして(介護度3ランク上がり),病院の往復の付き添いを頼んだのに,母が頑なに断ったから,とケアマネは素直に引き下がったようです・・・それで主人が新しい車で椅子が昇降するものを購入したのですが,先週から私の体調最優先で,今日もひとりで病院に行ったらしい。
原因は膝ではなく,手っ取り早く言えば心臓破裂・・・と言ってもよいのかな?救急病院を兼ねているので,素晴らしい即座の対応をしてくださった様です。まだ形跡(体液の)が残っていました。胸も切り開いて処置をし,縫ってありました。
もっと早く連絡くれたら(介護保険経由だった,何故か)温かいうちの手を握って送れたかもしれないのに・・

先週土曜に心臓辺りの具合が悪かった様です。(リサイタルの日に妹に言っていたそうです)でも,私に心配かけまい,と安静にしていたら治り,月曜はリサイタルを妹と並んで座って楽しんでいたそうな・・・

今年の私のハードスケジュールは一体何だったのだろう??
来年は裏に家(バリアフリーの)を建てよう,とも話していたり(それは最終的に母が「何年住めるか分からないから止める」と最近言っていたのだけど,半分は乗り気だった・・・)
今日は昼も食べず,家は若者達に任せて,今まで母のマンションで牧師と葬儀屋と打ち合わせしていました。

子供孝行な逝き方でした・・・・・
今,我が音楽室で沢山の父の絵に囲まれて眠っています。
早く我が家に越してきて欲しかった。

ご近所のママさんからの差し入れ,と若者の作った夕飯にこれからありついてきます。


Date:  2006年12月26日(火) 午前7時49分
Subject:  不謹慎ながら

母はよく短歌を詠んでおりまして,いつか能勢がダイオキシンで問題になり,当時の町長が親戚だったこともあり,母は能勢の事を結構詠んでいました。
その中に「父祖の地の在所の説明労せしに今はひと声ダイオキシンの能勢町」というのがありました。
今は,「母の死の原因説明労せしに今はひと声カトチャンの病」。



Date:  2006年12月26日(火) 午前8時19分
Subject:  不謹慎かもしれないその2

母には不平を述べること屡々でした。10 代後半から20 代の頃は「別な中高に行きたかった!!」とすら・・・
今は本当に感謝しているのです。
それを伝えそびれたのが悔やまれます。

CDだ,リサイタルだ,と父の没後20 年への恩返しばかり考え(全国に散っている大小の作品を集めて20 年の折には展覧会を,とずっと思っていたのに,それが凄まじい作業である事が分かり,いつの間にか過ぎてしまったので,せめても…と)考えてみたら向かいのマンションに住んでいたのに何日会っていなかった事か・・・
悔やまれます。
母も「雑音は今は入れないから」と,私が電話をしても思わせぶりとも取れる言葉を言っていたのが,もしかして・・・と後悔・・・急性大動脈乖離(解離)を原因とする心膜腔内出血から心タンポナーデ(心膜の中に流れ出た血液リンパ液で心臓が圧迫されて心停止する)を起こしたとの検死でしたが,急性ではなく,今になって思えば少しずつ解離していたのかもしれないです。カレンダーに不審な丸印があり,あれは何だったのだろう・・・痛みのあった日だったのだろうか??と,訪ねなかった事を後悔。
日頃はよくファクスをし,まず母の像(その折々に相応しいブタの絵)に「様」を付けて送っていたので,母はそれをとても楽しみにしていたらしいです(母はそれらを全部保管してある!!)。でも11月辺りからはファクスも書かず,携帯へメールしたり電話で済ませたりしていた。
リサイタルの翌日電話をした時,「貴女,そんな疲れている時すぐに電話なんかくれなくて良いのよ」と言いつつも,「ここのところブタの絵がちっとも来なかったわね~・・・リサイタルも済んで,これからは来るかしら・・」と言っていたのに,自分の疲れで大爆睡の2日間でした。
3日目に逝ってしまうとは・・・後悔・・・

告別式の後,お棺に入れる物の中には,父の若い頃~晩年の絵のスキャンしたものを入れたり,皆さんは手紙を入れてくださったりしていたのですが,私は「ブタの絵」付きの一枚のメッセージを入れました。母の誰も居ないマンションにもファクスで送信しました。
同じ釜の飯を食べた仲間だから,恥もない。中1のそのまんまです!添付します。開くかどうか・・・(日本語のままでマックから送ってウィンドウズで開きますか?1MBは重いですか?さっぱり分かりません)

喪主としての責任は殆ど一段落ですが,これからが大変です。
ゆっくりやります。
でも,まずは「遺産分割協議書」を作らねば,何も始まりません。銀行の解約すら。
相続税が発生する金額は無いこと(多分),実家を売却してあったこと,その辺りは幸いです。

24日の朝は母の所属していた教会のクリスマス礼拝に出席し,勧められるまま図々しく昼食会まで居座り,帰宅して3時間爆睡し,夜は自分の教会に行きました。昨日は,先週全部キャンセルした病院の科へ予約外で行き,まさに一日がかりでした。

疲れると自然に場所も考えずに眠ってしまうので(そういう体質になったみたいで),
周囲もそれに慣れてくれてしまった様で,身体は大丈夫です。と,こんな近況ですが,やっと報告する体力出て・・・。
有難う!


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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
★このブログや大元のサイトへの感想やお問い合わせはservus2008@gmail.com宛に@を半角に直して送信願います.
【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
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制作・著作:奥千絵子
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