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2002-11

冒険 - 2002.11.05 Tue

帰国して21年。

考えてみると、その間に一度も第2の故郷(ウィーン)を訪ねていない。
膠原病(皮膚筋炎)で入院していた頃には考えられない程、体調も良好。

ここらで冒険かたがたウィーンに行ってみよう、と思い立ったのが夏。
21年間全く喋ることのなかったドイツ語。ちょっとだけゲーテに通い、まぁ、体調が崩れた時には何とかなるだろう、という程度まで思い出した。

そしてウィーンで生まれた息子も連れて行こう。
娘は、東大に入り1年半が過ぎるが、何かしっくり来ないで迷っている模様。おそらくリフレッシュして自分に合った道を見出すに違いない。親がしてやれる最後の機会になるかもしれないし・・・

という訳で、約10日間のウィーン旅行の段取りを頭の中で組んだのだが・・


パスポートも娘は20歳を待って申請した。
ところが、息子は・・あとは本人が取りに行けばよいだけ、という時になり、大学の単位が云々…バイトが云々…
結局取りに行きそびれ、娘との二人旅となった。


長い飛行機で参ってしまうのではないか?と案じた私の身体も何のその!
娘も長時間の空の旅を満喫。


着いた日には、ホテルに荷物を置いて、すぐさまSchottentorに出て、Votivkircheの中に入った。私は懐かしさ、娘は初めて接する本物のヨーロッパの教会。暫く外に出ることが出来なかった。
既に真っ暗な外に出て、そのままリンクの内側を突っ切り大雑把に説明しながら、Stephansdomへ。
その後目指すは、大きなWienerschnitzelを食べさせてくれるFiglmüllerへ。
機内食で満腹、と言っていた我々、事も無げに美味しくペロリ!!Kartoffelnsalatと共に。
(写真が見つからず)

その後は、Kärntner StraßeをStaatsoper方面に歩きながらウィンドウショッピング。
Ringに出たところから今度はStraßenbahnDに乗ってぐるりと周囲の主立った観光名所を娘に説明。今後の予定を立てる為に。

翌日からは、娘が張り切って予定を組み・・・

記しておかなかった為に忘れてしまった。でも所謂観光名所+α…充分過ぎるほどの日々が過ぎました。
写真も見つからず。パソコン内の(使い捨てカメラで撮った)ものだけアップ。

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(Sacher Torteにありつき)


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(Kärntner Straßeでは、店のぬいぐるみに掴まった振りをする娘)


これは何でしょう?(Schönbrunnですが。宮殿内はガイドを借りて詳しく見学)
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答え(植木を真っ直ぐに刈るための器具)
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初めて1974年に渡墺した折の下宿、この中を100段以上の石段を上るのだが、取り敢えず外でカシャリ。
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写真記録は見つからないが、主立ったところは殆ど行った。
Beethovenにまつわる場所の写真が無いのが残念。

そうだ!
私の20代だった頃との比較。
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Wien bleibt Wien・・・Praterのジェットコースター(色でご判断を)。
ところが、この数年後にはガラリと変わってしまうのだが。


上は1980年の夫。下は2002年の娘。
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息子を生んだSemmelweiss Klinik (産褥熱を発見したセンメルヴァイス氏創設の由緒ある産院)1980年
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同院2002年(この数年後に閉鎖されてしまう)
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左:生後約8ヶ月の息子を連れた、当時の住まい近くの公園。右は2002年
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Naschmarkt1980年。これは全然変わっていなかった!!
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滞在最後の日は、Allerheiligen だったかAllerseelenだか、ちょっと忘れてしまいました。
慌てて中央墓地へ行き、楽聖たちの墓参り。

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そしてその後、私のお世話になった(1974~75年)家主さん宅を訪ねました。
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家主さんは、製薬会社ウィーン支店の元社長。
音楽にもあらゆることにも造詣が深く(本来プールを予定していた家の地下を、サロンにしてスタインウェイのフルコンを入れてしまったほど)、娘とすっかり話に花が咲き、西洋美術は勿論、日本の「根付」の写真集など出してきて下さり、知識の逆輸入。

滞在中娘は美術史美術館に入り浸るほど感銘を受け、経営学科内定を取り消し、美学芸術に進路変更を決めた。(その後、あれこれ壁はあったが)

いずれにせよ、母娘の2人旅、楽しく充実し、エネルギー満タンに!
可笑しかったのは、オーストリアは少し前の9月にユーロが他の諸国より一足遅れて導入され、どの店でもお釣りの度に店員が目を皿にようにして探し、数えていたことだった。
客も店員も「Schilling」「Groschen」と間違えて言うこと屡々。


写真が出てきた折には、又整理・編集いたします。

(2011年3月記載)






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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
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Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
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制作・著作:奥千絵子
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