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1999-10

さぞや扱いにくい患者 - 1999.10.28 Thu


10月20日
プレドニンが減って行けば楽になる,と言われていたフラフラもちっとも治らない。寧ろ酷い日もある。リーゼだって服用を始めたのに。
それとも急激にプレドニンを減量していることと関係あるのか?と日々,何も出来ないので疑問を感じては来室くださる医師をつかまえて訊く。
TR先生がいつか「質問して頂くことが逆に我々には助かります」と仰ったことが印象的で,つい図に乗る。
イムランの服用開始と時期が重なっただけなのかもしれないが,イムランを悪者にしたくなる。

8月の脚力はどこへ?
又,あの頃は切り紙などしては葉書に貼り付け,カレンダーをコピーして手紙を書いたりして過ごせたのに。文字が書けないのは致命的。ふにゃふにゃと書いていると頭がビリビリ痺れてくるのだ。

鼻のただれがどんどん奥に進む。面疔では?

10月21日
ずっと抗生物質を塗っていた鼻のただれは明らかに面疔。ズキズキ痛むので夜中に何度もも目覚め,鼻の中を洗っては又薬を塗り直す。
こんなにあっちもこっちも化膿するのは,免疫力を薬で落としているから,と知りつつ不快。

教授回診
面疔に関して「培養しないの?」の問いに,主治医が答えないからちょっと腹立ち,私が「していません」と答えてしまった。
「瘭疽は?(培養)」には「TR先生がして下さいました」
広い処置室に患者が集められて大名行列(教授回診)があるのだが,どうして皆おとなしく言いなりになっているのか益々不思議。これからは嫌われようとも言いたい事は言う!

筋電図の予約が取れた,と喜んでいたら,急患が入り29日に延期になってしまった。

10月22日
ずっと体温は34℃台前半。
今日は喉も痛く体温は36.9℃。「平熱ですね」・・・
いつもより2.5℃高いのに平熱???36.5℃の人が39℃になったのと同じなのだが…
看護婦が杜撰なのか,医師との連携が悪いのか,「喉が痛い」と言っても喉を覗く訳でなし,先日来鼻の奥だって一度もペンライトで覗くでなし,咳が出ても聴診器を当てる訳でなし(聴診器も当てずに急にレントゲン……)。
鼻の話を来室した医師に話したら,急にペンライトで覗きながら綿棒で塗る場所をあぁでもない,こうでもない,と探す。余計痛いではないか!!「痛いところくらい自分で分かります!」と,自分で指を消毒し,指先に軟膏を取って穴にグリグリと塗ったので唖然とされた様子。
足の瘭疽然り。へらの様なもので大量に軟膏の缶から取って,患部にちょっとだけ塗り,あとは「へら」ごと捨ててしまう。「それだけあったら,医療後進国の子供が何人も救われますよ」と言ってしまったことがある。
それでいてモーラスは一日6枚では絶対に足りない。不足分は自宅からバンテリンを持ってきて貰って補っている。

益々暇な週末。ラジオを聴いては録音したり,家からのテープを聴いたり。
兎も角だるい。

10月25日
面疔の培養の結果が出た。
カリニー肺炎※を起こすのと同じ原虫だそうな。
バクトロバンという特殊な強い塗り薬が出た。一日3回,4日限り使える,というもの。
こちらが外出許可を願っている時には無視され,この様な状況の時には外泊の話が出るという矛盾。家は誰も掃除していないと思うので汚い筈,と言っているのだが。
原虫が鼻から喉,肺に入ったら???

※ カリニ肺炎は免疫不全,悪性腫瘍ならびに化学療法施行中,臓器移植を受けた患者に発症する。またステロイド薬を大量に使用された乳児や炎症性腸疾患患者に発症したとの報告もある。HIV感染者においてはCD4陽性細胞数が200/μlをきると発症率が急上昇することが知られている。(医学書院「今日の診療」より)

10月26日
朝,HJ先生が来室。いつもご多忙の合間をぬっていらして下さる。
これ幸い,とバクトロバンのことを尋ねた。
MRSAの為に開発された薬だそうだ。M.P.に書いてある様な深刻なことではないので大丈夫,とも。

10月27日
母よりいつも朝電話。大抵こちらがフラフラしている時間帯なので(それも不思議なのだが),「朝ではない方がよい」と言うと,「私はこの時間に掛けることに決めているの」との返事。あぁぁぁ…今に始まったことではないので慣れているが…
その上,聞きたくない話,妹への鬱憤話,・・・自分が正しい,と私に同意を求めるかの日々の電話。じっと我慢。毎度ながら,病院に居てまで親孝行??

10月28日
夜中の酷い咳で殆ど眠れなかった。汗もびっしょりかいた。

教授回診
イムランはやはり止められないそうだ。止めたからとてすぐに感染症に罹りにくくなる訳ではないとも。

MRIで左腕を撮った。
騒音の中で大爆睡。よほど疲れていたらしい。



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相変わらず - 1999.10.19 Tue

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10月12日
まぁまぁの調子の一日。
リハビリ往復の折,今日こそ!と分光堂(医師や医学生の為の書店)に寄って立ち読み。
内科総合誌「M.P.」(Medical Practice)の「膠原病」というものを見つけた!150ページくらいの雑誌だが全部が膠原病について。まさに私が知りたいと思っていることが全部載っている気がして購入。
つまりは色々な観点からの論文集の様なもの。セミナーや座談会の報告もあり。
本当に日頃から疑問に思っていたことが展開していく。難病と呼ばれる所以なのだった…。
多発性筋炎・皮膚筋炎についても詳しいページが沢山ある。
目下の筋力低下も「ステロイドミオパチー」として捉えられているから,ステロイド漸減に踏み切ったに違いない。8月末は走れたのだから!!!
もう少し早く診断・決断されていたなら……

10月13日
夕食後に眠ってしまうと早朝に目覚めて辛いので,食後にコーヒーを飲んで「The Sound of Music」を見ていたというのに,いつの間にか終わって巻き戻っていた。拒否反応だろうか?とすら思いたくなる。

瘭疽は入浴時,ビニール袋を輪ゴムで留めて,更にもう一枚大きめのビニール袋に足を入れて足首を輪ゴムで巻いて,更に浴槽では足の先がお湯に入らない様にしている。一体何ヶ月こんな入浴を続けるのだろう??

10月14日
8:50 OT
9:30 教授回診
11:00 瘭疽の処置
14:00 PT

毎日相変わらずで特筆することもない。
外泊許可はまだか,まだか,とせっついているが駄目の様子。

10月17日
夜,息子と電話で家の今後をあれこれ相談。私と子供2人が実家に住むのが一番ではないか?等。夫は母屋の世話もある。以下略。

10月18日
朝,瘭疽の処置はF田先生。
流石!!即断・即決・即行!気持ちの良いほどだった。
巻き爪をぐいっと引き上げて,麻酔も無しで爪の3分の1をジョキジョキと切除。まぁ,痛いの何の!!しかしその後の包帯の巻き方と言い,超絶技巧並のTempo!!

第一内科A先生受診
今週から20mgに落として外泊で様子を見る。
どんどん減らしているのは,「ステロイドミオパチー」を第一に考えているからで,それは今の世界の主流だそうだ。
又,気になっているステロイドの副作用は,ステロイドが減れば残らないそうだ。
脳内科を又受診する様にも勧められた。

主治医N先生が「外泊は息子さんや娘さんのところでも良いですよ」と仰る。

・ ・・?
・ ・・?
・ ・・?

あとで気付いたのだが,私の年齢で考えると,家を離れて独立して住んでいる子供がいる,というのが普通の考えなのかもしれない(私大医学部では…)
まだまだ扶養年数があるので,仕事復帰を!と気を揉んでいるのが医師には見えないらしい。
一人はまだ高校生である。

10月19日
各指に別れた「にぎにぎ」を試みた。
まだ止めておいた方がよい気がした。
(これもkgが色別。↓以外に赤と緑がある)
FSCN5227:2


OTは色々課題が増えつつある。
机の脚にゴムのバンドを輪にして通し,それを四方八方に腕で引っ張る。


夏から鼻の中のただれも治らない。面疔になっては…と嫌な予感。






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不機嫌 - 1999.10.11 Mon

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ではないが・・・


9月30日
昨晩夕飯後に寝なかったので朝から案の定ぼーーっと覚め切らない。
文字を書くと障害になるところが上腕二頭筋だったり三頭筋だったり,前腕だったり。手首ということはあり得ない。

教授回診
手際よく手早く質問や話をなさる(最近は患者中心に話してくださる);
筋肉疲労や頭重患,筋肉を使わずにいたから,という境の判断は難しい。
握力は上腕の判断基準にはならない。
モーラスの成分は?
リハビリは先週からではなかったの?
ユーロジンは止める気無いの?
等々。
ユーロジンは神経専門の科で続ける様に言われたこと,それで補えなければβブロッカー,更にマイナートランキライザーを追加して行くことを話した。モーラスの枚数もとても足りていない話も。

リハビリ
OT(作業療法)はまず脱力から。筋力を付ける前に全部力を抜いて脳への血流を良くすることになった。
PT(理学療法)のメニューは;
エアロバイク5分
階段5段をゆっくり3往復。
両足をゴムのベルトで縛り,横になって上下・左右に20回ずつ伸ばす。ゴムのベルトも種類があり,伸縮の良いものから始める(色分けされている様だ)。
FSCN5222:2


右足第1指の瘭疽が酷くなるばかり。抗生物質の軟膏を患部に直接塗りたい由こちらから希望。イソジンゲルとリバ湿布だけでどんどん悪化しているのだから・・・
更に「クラビット」も処方されているのだけれど,それでも悪化するばかりなのは,ステロイドと免疫抑制剤に勝てず,足の爪先に来る前にどこかで使われてしまっているのでは??
マニュアルばかりの対応に,段々苛ついてきた。

10月1日
抗生物質のバラマイシン軟膏を塗り,夜中から瘭疽の痛みはどんどん良くなった。(そらごらん!!と言いたくなってしまう

10月2日
朝の瘭疽の治療。「無理矢理切って膿を出してしまったら?」と医師同士意見交換している。
普通の瘭疽なら皮膚科のマニュアルでは当然だと思うのだが,こちらは免疫力を落としに落としている身。切ってしまったら傷の治りや如何に??膿も随分透明になっていると思うのだが・・・

10月3日
瘭疽の痛みをかばいつつ階段2往復。
クラシック番組を一日ずっとラジオでやっていたのでダビング。

10月4日
11:00 OT
午後レントゲン
14:00 PT
16:20 第一内科 A先生;
7日からプレドニンは25mgになる。イムランは減らさない。
顔が丸くなってきたのも体重増加も良いこと。筋肉をつけねばならないのだから。
マイナートランキライザーでもよいのでは?
リハビリも始まって良かったですね。等

売店の往復,OTの往復,PT往復しても内科はまだだ,とのことで先に風呂に入っていたら呼ばれた。バンテリンを塗りまくったが,もう脚はこれ以上動かない。車椅子で外来棟を往復。
忙しい一日だった。寝る前から頭痛。夜中になって耐えられぬ痛みとなり,珍しくコールしてイブを貰った。

10月5日
11:00 OT
食後うたた寝30分
売店往復
14:00 PT エアロバイクの負荷を上げた。
OT室とPT室の2往復だけでも可成りのリハビリ。
部屋に戻ったら第一内科(脳)に呼ばれている,とのこと。又遠い外来棟。
マイナートランキライザー(リーゼ)も追加することになった。
筋電図を希望。
頭の中の音も又もや訴えてみたが……
3時予約の風呂に間に合った。
友人から電話。30分喋って切ったらどっと疲れが出た。

10月6日
疲労困憊。病院広すぎ!!
11:00 OT
14:00 PT
15:00 入浴

15:30 西宮の叔父(専門は心臓外科だがオールマイティ)が新幹線で来院してくれた。
F田医師より面談室で家族も一緒に今までの経過,今後の見通しなど,話があった。
親族の医者が来てくれたのは今までで一番心強いことだった。一緒に食事を,と楽しみに思っていたら,明日朝一番で回診があるので,と,そのまま帰って行った。申し訳ない限り。

夜からリーゼ追加。

10月7日
教授回診
初めて,健康時の生活パターンを話す機会となった。2時に寝て5時半起床は日常茶飯事だったこと,具体的な仕事内容。
モーラスとバンテリンの使用量,嚥下の悪さ,等も。

リーゼの所為か,気分は悪くない。洗濯機も空いていたので何往復も。
11:00 OT 今日は筋肉がほぐれているそうだ。
叔父と話せたことで全身もリラックスしたのだろうか?
13:30 貸本返却日,慌てて返した。
14:00 PT エアロバイク30Wから40Wへ。時間も長くした。
15:00 風呂に入り,その後コーヒーを入れて,娘の文化祭の催し(歌)を楽しみに・・・と思うや,中高時代の友人来室。ナースステーションでストップをかけて貰っていたのに!!
ムーンフェイスで元気に見えたのだろうか…。早く帰って欲しい,と思うほど疲れてきたが2時間も居座られてしまった!何を話したか,何も記憶になし。折角の気分良好が藁の様に萎えた。

この辺りは,何もする気力もなく,以前興味のあったテレビ番組も見る気力なく※,病棟あちこちの往復だけであとは疲れて爆睡あるのみ。
瘭疽も良くならない。

※不思議なことに,有名な演奏家のどんなに達者な演奏よりも「NHKのど自慢」の素人さんたちの心の籠もった歌には感動を覚える。心は正直だ,と改めて感じ入った。時には涙して聴き入る。

夫たちが私の為にヴィデオデッキを持ってきてくれた。
ところがヴィデオを一旦セットするや,30秒と経たないうちに眠ってしまう。

漸く文字らしい文字が書ける様になってきたので(と言っても,可成りじれったい程ののろさと形だが)毎日宛名を10通平均。中身はコピー(脳の先生に勧められた通りにしている)。
以前より改善はされたものの,真っ直ぐ歩けない場所では
フラフラヨロヨロと伝い歩き。

退院の話もたまに出てくるが,何となく突き放されているイメージ。※

※これは入院日数に限度がある為,と随分後で分かった。


家族への心配,とりわけ娘の体調(夏休みはそれでも安心していられたが),文化祭に向けて同好会仲間のちょっとした事件,のみならず学期が始まれば行事満載。
PHSを持たせて貰える様に許可を得て貰ったり,気を揉むことばかり。





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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
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演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
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制作・著作:奥千絵子
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