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1999-09

副作用の対応へ - 1999.09.29 Wed

9月19日
ベッドを移動して貰い,変化した残りのスペースを使い易く工夫。この様な作業をしている時は至って普通。
頼んだパソコンのコピー,宛名11通書いて投函。

夜,N響アワーをテレビで見た。ピアノを弾きながら解説する作曲家を見ていて,私ならこの様に説明するのに…など教えたくてウズウズしてくる。

近所のママさんお仲間よりサラダなど差し入れ。食欲旺盛。胃酸も逆流せず。
HMさんからはWESTのクッキーと素敵なパジャマ。
感謝!!

三浦綾子さん夫妻の近況の取材が載っていたので,介護の雑誌を買った。
パーキンソン病や,その薬の副作用による幻覚のことが書かれてあった。

9月20日
採血。
今週中にステロイドが30mgになるかも分からない。
CT腹部,胸部。
蓄尿(寝不足だ!)
宛名11通がたたった様。
頭の痺れが取れないのでバンテリンを頭皮に塗ってマッサージを試みた。

婦長代理の「頑張ってね」が気に入らない。猛烈に腹が立つ。手術が必要の病気なら兎も角,何を頑張る??
しかも肝心な時に限って居ない。
それらを主治医に訴えたら,その位元気な方が良いでしょう,で片付けられた。

9月21日
振戦に対してβブロッカー使用(アルマール)使用が決まっていたが,結局他の先生方と連絡が取れずに今日のところは決断出来ないとのこと。

入院当時は上が90あるか無いかの血圧が,ステロイド使用により上が140平均となっている。看護婦さんたちは「標準だから平気,平気」と言うのだが,そういうことではなく,数週のうちに40も50も上昇したことが振戦その他と関係しているのではないか?と,私にとっての140はちっとも私にとって標準ではないのではないか?と言いたいのだ。

他の一人部屋にはどこもついたてがあるのに私のところだけ無い。頼んだところすぐに来た。
これでドアも窓も開け放しに出来る。風が気持ちよい。(2ヶ月経って気付くとは…)

9月22日
不調甚だしい。
明け方の寒さの所為か,朝から洗濯機を一番乗りして小銭を作りに1階の自販機を何度も往復した所為か,やっと効き始めた緩下剤の所為か,腸も筋肉で動くのだろうから関係あるのか??
昼からアルマール。
「効く」と信じて服用するように念を押された。

夜,次々医師が来室。夫が居たので,薬の間違いや催促しないと来ないこと,看護婦達の不手際や心の欠けた発言,あれこれ話して貰った。

外泊許可とは言わないが,せめて外出許可が欲しい。
感染症を案じて下りない。

9月23日
今日からステロイド30mg。
物を食べても頭の圧迫感や手の震えが来る。これは内臓の筋肉が動くのと連動??

幸いなことに,SchubertのImpromptus(ブレンデル)を聴けば,以前人前で弾いていた頃の楽しさを思い出し,私にとって人前でピアノを弾くことが何より心を分かち合う手段,と改めて思う。いくら神経を遣られても,これだけは何とかなりそうな気がする。家に5分でも良いから帰って,ピアノが弾けるか試してみたいのに。

9月24日
第二外科(乳腺)異常なし。
しかしモーラスを貼らずに外来棟を往復した為か,頭まで圧迫感。
風呂が空いていたので,よくマッサージをしてほぐし,モーラスを貼りまくり,バンテリン塗りまくり,調子が戻ってきた。

9月25日
瘭疽を診て貰う筈が忘れられてしまった。

ここのところの経験から効果があること;
腕はバンテリンを塗りながらマッサージをして,その後は冷やさない。
脚は倹約せずにモーラスを貼りまくる。
入浴は日中,それも2回。
夕食後は眠ってしまう,どうせ9時の薬で起こされるのだし。
頭は痺れる前にバンテリンを塗る。
物を噛むとこめかみも動くので,その辺りも予め塗る。

疑問:食後に特にフラフラして起きていられないのは,血液が胃に集中するから?それとも消化の為の酵素との関係?それとも噛む時に使う筋力不足??謎だらけだ。

9月26日
足の瘭疽。(←文字化けの場合は「ひょうそ」)自分でいつもテラマイシンを塗って治ってしまうのが治らない為,イソジンゲルも塗って貰ってあったのが,朝食前に膿が出た。看護婦が,日曜なので当直を呼んでくれたところ,何とTR先生だった!心安らぐ女医さん。処置も丁寧。

握力は右30,左28,吃驚された。
ピアノを弾き,子供たちを自転車の前後に乗せて走り回っていた頃は40あったものだ。

昨晩は満月が美しかったそうだ。去年S大に入院していた時,胃癌で入院しておられたT田さんとおっしゃるおばあさまが「孫が『満月がきれいよ』と夜中に電話してきたので見ていたんですよ」と穏やかにおっしゃったのを思い出した。どうしておられるだろう。

午前中,冷蔵庫の霜取り。地べたに座布団を敷いて座ってドライヤーで溶かしたが,今までの霜取りのうち一番疲れた。

9月27日
明け方胸痛。ナースコールも面倒で,モーラスを貼り,ホカロンも貼った。ぐっすり眠れた。
夜中は相変わらず3回目覚める。
食事をするとふわ~~っと眠くなってしまう。朝夕を問わず。
ずっと訴えていたことだが,3月から頭の中で「シュッシュッシュッ・・・」と鳴る音のこと,今日も念を押した。

採血,レントゲン。
やっと叶ったリハビリ,今日は予診のみ。
遠い病棟。主治医がAllegroで歩くのに必死に追いついていたのを,途中で気付いて貰えてmeno mosso(Adagioにして欲しい!)

楽譜を書くスピードと,手紙の文字の8月と9月との差を持参して見て頂いた。

KC380310001.jpg

(↑8月。何も考えず喋る速さで書けていた頃)

(↓9月。横書きで必死で書いた。ペンもインクがポタポタ落ちる様なタイプ)
KC380309002:2

リハビリと言っても作業療法。

瘭疽の治療。(←文字化けの場合は「ひょうそ」)


9月28日
ちょっと頭を動かしてもフラフラ。
ワイン一本空けたが如きフラフラ感。夜は20kgを頭に乗せているかの如き圧迫感。
昨日無理に速く歩いた所為だろうか?

9月29日
瘭疽は未だに膿が出る。
朝,脳のCT
午後2時からリハビリ(理学療法)
今日は検査程度のことで,日常生活に必要な筋力を5とすると,今は3,良くて4-とのこと。
明日からエアロバイク。
ヴィオラのH井さんが頑張って歩くトレーニングをされていた。

リハビリ室へ行く長い廊下の途中に,医学書専門店を見つけた。立ち読みをしていたら案の定頭の圧迫感で読めなくなったが,治ったら入り浸りになりそうな場所!!

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まだ続く副作用のデパート - 1999.09.19 Sun



9月14日
処置室でのH田先生の声は相変わらず金属音。しかも,金属ではない何かの音(例えば壁に手が触れるなど)まで金属音になってしまった!
夕方4時頃までその症状は続いた。

頭皮と頭蓋骨の間がぶにょぶにょと,何かスポンジが入っているが如く柔らかくなっている。ステロイドによって脂肪の層でも出来た??厚さ1センチくらいありそうにぐにゃぐにゃだ。

週1回「選択食」というのがあり,二つのメニューからひとつを選んで○を付ける。その○が書けないのだ。6Bの鉛筆で辛うじて歪んだ○を書くのだが,カーボン紙の三枚重ねで,一番下まで筆圧が届いていない。
必死で○ひとつをしっかり書くだけで頭がワナワナと震えてくる。
まさか乳癌が脳に転移したのではなかろうか!?と新たな疑問に悩まされるほどの症状。何が何だか分からない。本当に筆圧が落ちているだけならまだしも,脳に何かが出来ていて運動神経を阻害しているのではなかろうか…等々。医師が何も言ってくれないだけに,一人での想像が膨らんでしまう。
そうでなくても,予後については本のグラフが頭に浮かんでしまう。
私はどれに該当するのだろう?
DSCN5204・2


9月15日
寝る前10時前にユーロジン服用。明け方4時半頃にトイレに起きるまではよく眠れた。廊下の音は相変わらずうるさかったが他人事。
量を勝手に判断してはいけないのはステロイドだけではなかったのだ。
今の身体は全て薬によって動かされている,ということだ。
手の震え,筆圧が無くなったこと,全てが催眠剤の所為だと思っていた素人の馬鹿さ加減。そしてその言いなりになってくれた看護婦と医師。有難いのだか何なのだか・・・

9月16日
教授回診

夜中から又心臓がバクバク,頭も痺れ,今日は教授回診でどの位自分で喋らせて貰えるのだろう?と思っただけで(常に主治医が全てを伝える。専門用語への通訳が必要なのだろうか?と思ってしまう)ビリビリワナワナ。
筋力低下,痺れ,振戦その他,全部一対一で喋らせて頂けた。有難かった。勿論教授の周囲には全ての医師達が群がっているのだが。
中学以来の親友が,インターネットでDM(Dermatomyositis=皮膚筋炎)のことを調べて封書で送ってくれ,それは本当に私を心配しての親切心からだったのだが,読んでいるだけでうんざりし,倒れそうに(いや,実際ベッドに倒れた)全身の震えに襲われた。ヨロヨロとした文字で,今は控えて欲しい由,葉書を一枚やっとの思いで書いた。

昼,たまたま点けたテレビの「思いっきりテレビ」で「鬱病」を扱っていた。まさに現在の私の症状ではないか!!!
間脳よりのホルモンと関係するとか…。
罹りやすい人のタイプ,症状,自分で出来る予防法などを話していた。タイプは余り当てはまらなかった(やはり,ステロイドによるものに違いない!!)。
予防法を必死でメモ書き。
1. 生活にリズム
2. 生活にゆとり(あそび,趣味)
3. 孤独にならない(せめてテレビと交流)
4. 人生の目標をしっかり持つ。何でもよい。
・ ・・・・・1は入院中だからイヤでもリズムがある。消灯,起床,清拭,食事・・
他は何も出来ない。というより4は??「ピアノは今までの様には弾けない」と,人生の目標を奪われたばかりだ!!
でも,敢えて考えれば,目下の症状をしっかり訴える,という事も目標になるのか?それしか無い!


9月17日
毎朝の処置室での診察は,今日から部屋に居てよいことになった。
殆ど眠って過ぎた。
夕方から次々先生方が来室。
病気の波から,イムランはまだ止められないこと,副作用は0.5%位しか出る可能性がないことなど。
こちらからは,再度脳神経内科の受診をしたいこと,病気そのものより目下の辛い症状を改善して欲しいことを告げた。
この病棟の下の階が「精神科病棟」で,何か重々しくドアが何重にもなっているのだが,脳神経と精神神経は違うのだろうか?私の場合,精神神経ではないのか?と疑問。

午後,生徒の一人(いつも自宅を訪ね,何かお手伝いはないでしょうか?と訊いてくださるそうだ)に手紙を書いた。勉強会のこと,和気藹々楽しく負担にならぬ様に,とお願いした。

ECHOが1時間も待たされたお陰で,待合室のNEWTON(1984年版だが)が何冊も読めて楽しかった。こういうものは読んでいてもワナワナガクガクせず。

夜,大学時代の親友より電話。職場の数名より私のことを聞いた,と心配してかけてくれたのだった。そして,可成り尾ひれ(背びれ,胸びれも)が付いて拡がっているらしく,彼女が皆に口止めをしてくれたそうだ。
昨日娘に頼んで,近況を兼ねた挨拶状をパソコンで打って貰ったのは実に時期に叶い,的を射ていたことになる。

9月18日
何種類もの胃薬が効きすぎて,空腹。常に冷蔵庫を漁りたい程で,一種類は頓服にして貰った。
ユーロジンになったら便意が全く無くなり,お腹がパンパンに張っている。膀胱まで圧迫している様で,尿意ばかり催すのに出ない。

筋肉に関しては
1. 皮膚筋炎の所為
2. 副作用の所為
3. 使わずにいて衰えた所為
の3点で考えると納得が行く。そして無理に(といっても無意識なのだ)使うと震えその他の症状が出る気がする。筋肉には神経が沿っているからか??
脳に癌が転移していることは考えないことにした。

避ける様に言われている紫外線だが,太陽高度が低くなり,ベッドの位置までしっかり差す。
夕方夫と娘に頼んで,位置を変えて貰った。


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副作用のデパート・その2 - 1999.09.14 Tue

9月9日
夜中に呼吸が入らなくなった。身体もバッタンバッタンと波打つ。
肺に転移したのではないか?
ナースコール。(入院2ヶ月間でまだ2-3回目)
看護婦さんを通じてまずは乳腺科の受診をお願いしてみた。看護婦せ○さんに「転移し易いところの具合が」と「肺,骨,脳,肝臓」とスラスラ(??)言ったので,「あら,私より詳しいじゃん!!」との返答。「当然ですよ,命かかっているのですから」と反論。私としては珍しいことだった。いや,前にも1回だけあった。腰が辛くて地べたに座って,出来ることと言ったら絵を描くくらい。それを,入ってきた看護婦が「いいわねぇ,優雅で」みたいな事を言った時だった。こちらは何も出来ず,ベッドの上にも座れないからこうしている。文字が書けないから色鉛筆で絵を描いているだけ。それしか出来る事が無いから!!大変辛い状態で仕方がないから・・と,それは婦長代理に告げたのだが,婦長代理と共に後で泣きながらやってきた。そんな事で泣かれてもなぁ・・・謝られてもなぁ・・・ひとつ学習してくれたことでしょう。

9月10日
乳腺科を受診出来ることになった。
乳腺のM先生が「乳腺のT教授といったら,その道で知らない人は居ませんよ!」と説明くださったらしい。「乳腺学会の会長もしている方です」とも。
皮膚科では「有名な先生なんだそうですね~~」と・・・こういう世界は音楽だけにして欲しい!!

受診し,細かい検査はこれからになるが,8月21日のレントゲンや8月10日の骨シンチでは,そんなすぐに(今)乳癌から転移していることは考えられない,との話で安心した。

それにしても一旦しゃがんだら立ち上がれない筋力。
全身が高熱にうかされている様なのに,体温は34℃台。体温計が壊れているのでは?と別なもので測っても同じ。
ふらふらは,本当に大量のアルコールを飲んだ後の様。
これを親しい友人に話したら,「いいじゃないの,お酒代が浮いたと思っていれば」とのきつい冗談。久々にキレた。こちらは深刻なのですよ。こんな辛い状態はない。高熱であれば解熱剤もあるし,放置しても必ず下がるのだが,原因不明ときては・・・キレても文字は筆圧が無いから書けない,電話は受話器が重くて持てない・・・
何よりも電話番号を4つずつ組んで覚えられない。ひとつ見てはひとつ押し・・・そうこうするうちに電話はツーツーツー・・と切れてしまう。※

※翌年5月頃に脳外科で画像を撮ったところ,微少脳梗塞が沢山映っていた。これもステロイドの所為。辛うじて40代なのに,「65歳くらいになると,この位出ている人は沢山居ます。心配ありません。」だそうな。短期間で急に65歳の脳で考えようとしていたから頭が割れそうになったのか……と妙に納得してしまった。この白い梗塞の画像もステロイドの漸減と共に減った。

9月11日
夜の巡回を止めてもらうことにした。
眠剤が関係している気がしてならないからだ。巡回で2時間おきに目覚めなければ必要のない薬なのだから。

CPKは18。これ以上破壊する筋肉もなくなってしまった,ということ??と素人判断。

次の担当の主治医が決まり,挨拶に見えた。男性お二人。・・・片方は・・・外来で初めて事前の問診をされた先生ではないか!ちっとも大切なことを書き取ってくださらず,漢字は違う,筆順は違う……あちらは記憶になかった様だが。まだ研修医の段階なので,5年目という中堅の先生が必ず同行。

以前,入院前に購入した「膠原病を克服する」という本に,「ステロイドの主な副作用」というのが載っていた。「大きな副作用」と「小さな副作用」に分かれていて,大きな方には「胃潰瘍,感染症,精神症状,糖尿病,骨粗鬆症,骨壊死,腎機能低下」などがあり,小さな方には「ムーンフェイス,多毛,にきび,筋萎縮,紫斑,皮膚線条」とあった。この中の「精神症状」というのが以前から何も対応をしなくて良いのだろうか?と疑問だった。何故なら胃潰瘍の薬は4―5種類使い,感染症には予防の為のあれこれがなされ,骨粗鬆症には薬が出ていて・・・(糖尿は検査数値で問題がなかったが),検査出来ない「精神」・・これは患者の自覚症状で考えて貰うしかないのでは?と疑問を抱き続けていたのだ。経験が無い為に,どういう症状が「精神症状」なのか分からなかったのだが(そして皮膚科医たちも,だと思う)現在の状態は??・・・と不安と疑問が頭をもたげる。
「患者が賢くなってはいけない」と何かで読んだことがあるし聞いたこともある。しかし,「難病」とは,医師も解決策がよく分からないので「難病」なのではないか??
その本には,「リハビリも早めに開始を」と書いてあったので,医師と看護婦にせっついているのだが,きっとうるさいイヤな患者と捉えられているに違いない。

9月12日
何が何だか分からない。
日に日に苦しくなる。明け方のヒューヒューいう呼吸音,倦怠感と震え,日に日に酷い。
何か考えようとすると頭上に20kgくらいのものを乗せている様な頭重感に襲われる。もしくは硬い縄で何十にも巻き付けられている様な感じだ。
いや,考えようではなく,無意識で居ても。
今まで興味のあったテレビも新聞も何もかも興味が無くなってしまった。

ちょっと動いただけで全身がフラフラガクガクビリビリ・・・
医師にも分からない,と言う。

9月13日
膠原病専門内科A先生の受診。
今回の状態を全部聞いて頂いた。そしてご説明を得た。
1. 筋炎そのものから来るかもしれない
2. ステロイドによる筋萎縮かもしれない※
3. 使っていない為にどんどん衰えている。

酷使して起きたことは「休め」だが,そろそろリハビリをしなくてはならない。
※ステロイドミオパチーといって,ステロイドによって逆に筋肉が無くなってしまうことを言うらしい。病気によるものか,薬によるものか,判断が難しく,病気によるものであればステロイドを増やさねばならないが,ステロイドによるものであるなら減らさねばならない。減らす,と言っても副腎が働かない状態にあるので,漸減(ぜんげん:少しずつ減らすこと。これを医師も「ざんげん」と読むことがある。ギョッとする)

又,ステロイドに関してはA先生の見解では,大量(4週)→漸減(状況に応じ4~8週)→維持量。そろそろ30mgに減らしてよいのではないか。
免疫抑制剤は,併用することでステロイドを減らせるので暫くこのまま,とのこと。
(あぁ,理解して頂けた!!)
明日は脳神経内科で現在の(副作用の)状況の説明を受けられるそうだ。

9月14日
最悪!!朝の処置室で,甲高い声の先生の声が頭に響いて座っていられなくなった。
頭や首の筋肉も取れてふにゃふにゃだ!声が金属音になってしまう。耳ではなく脳?

午後,脳神経内科K助教授の受診。
現在の状態は,ステロイドそのものにもよるが,眠剤をあれこれ変更したり減らしたり,ということからきているかもしれない。眠剤は止める時は一ヶ月単位で少しずつ止めるべきものであること。まずユーロジンをしっかり寝る前に服用してみること。(それで駄目ならβブロッカーの作用を使う,それでも駄目ならマイナートランキライザーを試す,ということに段取りも決まった)
それと,整形外科でリハビリ指導をしっかり受けること。

助かった・・・心から・・・

筋肉を動かすには神経も連なっているのだから。
そろそろ又筋電図を,という話も。






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副作用のデパートへ - 1999.09.09 Thu



9月4日
薬が普通に飲み込めた!と喜び,又,今日担当の看護婦のSさんが,偶然,我が家と懇意の白馬S美術館のお嬢さんと同級生であることが分かり,楽しい会話をしていた時,夫が激痛で苦しい,と電話。
すぐに息子を起こさせて来院すべく説得する。
最初の手続きや受診は車椅子を押して付き添い,後は全面的に息子に任せた。
それでも心配で,病棟と外来等(レントゲン室や高度救急救命センターまでも)を4-5往復してしまった(片道15分)。
夫は検査の結果,尿管結石だった。自宅の心配事が増えた。
それにしても,私は歩けるではないか!!と回復を喜んだが・・

9月5日
全脚,全腕の鈍痛。全身の倦怠感。
隈無くバンテリンを塗ってみるが,手の震えの何と酷いこと!
夫もさることながら,娘のその後も気懸かり。
担任のN先生に電話をして,先日のお礼と共に家庭の様子を報告。とても優しい声で,「私にも母親代わりは出来ます。お母様は安心なさって,ご自分の療養に集中なさってください」とのこと。良い先生に巡り会えて感謝。

夜に,初めて「幻聴」を体験した。

9月6日
夫の外来に付き添う。
午後,娘の部活顧問の先生に手紙(部活は軽音楽だが,顧問は藝大美術彫刻出身の先生)。

血液検査CPK30台。こんなに歩き回ってこの数値なら,もう心配要らないのではないか?


9月7日
朝より振戦が酷い。全身がバタバタする程。
股関節も痛む。
入浴でタオルを絞ったら右前腕がギクリときた。
左手中指が脈打つ痛み。瘭疽ではないか?イソジンゲルを塗って貰った。
妹に日頃から腹が立っていることを留守電に入れておいたが,その後は全身がバックンバックンと波打っていた。

夕方,母の教会のH田牧師がお見舞いに来られた。(明日胃癌の手術を受けるという教会員の方の見舞いの後,と仰った)
ヨハネ伝16章33節をお読み下さってお祈り。私も折しも妹のことが気になっていた為,私側で感じていることをお話しして,母との和解を祈らせて頂いた。急に涙が出てきた。

Johannesevangelium 16/33 : Diese habe ich zu euch geredet, damit ihr in mir Frieden habt, In der Welt habt ihr Bedrängnis. Aber habt Mut ! Ich habe die Welt besiegt.

9月8日
朝,数分の電話で受話器を支えられず両腕が震える。
リハビリを希望している話を持ち出した。というのも,8月半ば頃,指のトレーニングをしている時の方が何十倍も腕の調子が良かったからだ。勿論赤みは酷いものの,物を持ったり書いたりする筋力は充分にあったのだ。

9月9日
朝,何を勘違いしたのか,単なる尿検査なのに蓄尿と間違えてコップが溢れかえって,トイレの床を水浸しにしてしまった。とうとう認知症か??
バスタオルで雑巾がけをし,絞るも,力入らず。
股関節は脱臼しそうな痛み,というか大腿骨が折れそう,というか,その位脚がヨタヨタしている。
腕も文字を書く支えなし。
どうしてこんなに震えているのか??
ステロイドの副作用だろうか?
そして心配は乳癌への疑問。ノルバデックスを止めているので「転移する人はあっと言う間」という言葉も思い出し,乳腺科の受診をお願いしているも,紹介状がなんたらかんたら,全然進展しないのだ。本来なら,まだ毎月1-2回受診している時期なのだから。
乳癌は「肺,骨,脳,肝臓」に転移し易いということはイヤほど知っており,この症状は「肝臓」以外のどれにも関係しそうな気がする。

教授回診
どうせ私は何も喋らせて貰えないことが分かっているので,予め主治医のK先生(女医)に疑問点を伝えた。K先生は居住範囲が我が家と似ており,子供達の小学校にも昔何かの試合で出向いたことがおあり,と,学校や店の話で盛り上がったこともある先生。こういう先生の存在は心強い。何かの診察に付き添ってくださった時,普通の大学を出てからどうしても医学に進みたく親を説得された話なども伺った。(教授は,患者のレヴェルに落として話しをするな,というお考えだそうだが,些細な雑談から人間としての患者像が見える,ということは余り大切ではないのだろうか??)

そして伝えて頂いたことは;
* 乳腺の診察を受けたいこと
* リハビリを開始したいこと
* 催眠剤と振戦は無関係かどうか
* ボルタレンを頓服で服用したいこと
* 脚のふらつきは,高熱を出した時の様であること。(ワインを一本空けた時の様なふらつき,と話したら「私はアルコールを一滴も飲まないので分かりません」と言われてしまい,40℃の高熱の時の様な)と表現を変えてみた)

これらの諸症状はその後も益々悪化した。



中学時代の英語のTA先生から,プレゼントと共に,先生自身が常に励まされている,という詩をお送り下さった。

Footprints
By Margaret Fishback Powers


One night I dreamed a dream.
I was walking along the beach with my Lord.
Across the dark sky flashed scenes from my life.
For each scene,
I noticed two sets of footprints in the sand,
One belonging to me and
One to my Lord.

When the last scene of my life shot before me
I looked back at the footprints in the sand.
There was only one set of footprints.
I realized that this was at the lowest
And saddest times of my life.
This always bothered me
And I questioned the Lord
about my dilemma.

"Lord, You told me when i decided to follow You,
You would walk and talk with me all the way.
But i'm aware that during the most troublesome
Times of my life there is only one set of footprints.
I just don't understand why, when I need You most,
You leave me."

He whispered, "My precious child,
I love you and will never leave you,
never, ever, during your trials and testings.
When you say only one set of footprints,
It was then that I carried you."




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嚥下障害・他 - 1999.09.03 Fri

8月28日
朝は脚が痛くてあちこちに貼りまくったモーラスだったが,夜はいとも快適。まるでワルツのステップが踏めそうなほど。

8月29日
体重は戻った。全て浮腫は取れたに違いない。

毎朝処置室で診察なり処置なり行われるのだが,処置室の隣室の寝たきりのSさん,「便器」「便器」と騒いでいる。日曜なので看護婦は居ない。私が慌ててナースステーションまで便器を取りに走ってしまった。
走った後は,何と!走れたではないか!と驚き喜んだのだが,夕方から全脚不調。
いずれにせよ,筋力が戻ってきていることは確かだ。

脂肪の消化が弱っている娘ももうじき新学期。
あれこれ体調が心配であり,脂肪分を使わずに済むお弁当の総菜を5ページにわたって連絡帳に思い付くまま又書いた。

8月30日
一日脚の鈍痛。右脚は痺れもある。
排便時の下降結腸酷い痛み。

夜,唾液を(無意識)飲むと,舌の奥が吸盤の様にぴったり喉にくっついて喉を塞いでしまう。一瞬呼吸も止まる。
診察をお願いした。

8月31日
モーラスを喉に貼って寝たら少し楽になった。
脚の痛みも楽になっていた。

耳鼻科の受診結果;
1. 飲み込む量が多いのではないか
2. 喉に何かある
3. 喉の運動
の可能性のうち,2を疑ってカメラ。飲み込んでも唾液が残っている画像が刻銘に撮れていた。

画像を見れば素人の私にも唾液不足というよりは,皮膚筋炎から来る「嚥下障害」ではないのか??と疑うのだが…


午後,こちらから依頼していた仕事の話で電話が次々かかり,計3時間は喋っていたことになる。切る訳にも行かず,終わりの方はベッドの上であぐらをかいて喋っていた。

9月1日
全身の倦怠感。
舌の奥は相変わらずくっつく!
負荷は朝と午後と1通ずつ手紙を書いただけ。

中1当時の担任,M先生より沢山のお見舞いの品が届いた。どれも楽しいものばかり!
12歳に気持ちが戻った。感謝!!

9月2日
教授回診

8月半ば辺りだったか,記録のノートを作る様に言われて書いている訳だが,記録した後で食事をすると,ヨーグルトが鼻に行くのみならず,汁も具も鼻へ行く。ハンバーグなどは細かい肉の所為か,喉へ行く。

一度良くなりかけた爪周囲炎が又悪化している。
血液は正常。
免疫抑制剤をもう一週やってみて,プレドニンの量を減らすかどうか決めるらしい。

素人の観察;
眉毛の上のむくみは,顔全体のむくみが減ったので目立つのではないか?
唾液が映っているのは,バンテリンにより,唾液が正常の量になっただけでは?
顔だが,無表情で過ぎている為(笑うことも怒ることもない生活)顔の筋肉を使うことがなく,却って血液の巡りが悪く,薬が顔まで回って来ないのではないか?
(これから百面相を試みよう)


この辺りのメモ書きは,自分で書いた文字も判読不可能なほど筆圧が無い。


9月3日
家に用事で電話したら,息子が出て,娘が学校から救急車で運ばれた,と聞いた。
夫は長野から娘の病院に向かっている由。
いつも夏休み明けは調子を崩すのだが(家で冷房のある生活から,急遽満員電車で暑さの中の登校となるので),救急車,と聞き,理由も分からず気を揉むばかりで生きた心地せず。
保健室から救急車で近くのJ大学病院に運ばれたそうだ。
私の母が即刻出向いてくれた。
保健室の先生と担任のN先生が交代で付き添って下さっていたそうで感謝極まりない。
結局酷い生理痛だったそうで拍子抜けした。
そのまま母と電車で私の実家へ帰り,おばぁちゃまに目一杯甘えている様子。
(初潮の時も入院騒ぎを起こした)

ともあれ悪い病気ではなく安心した。

夜の血圧は160になっていた。昼間に測ったなら・・・心臓バクバク,身体が脈打つほどだった(日頃は100あるか無いか,それがステロイドで140くらいに上がっているところへ)

私が入院した時は,丁度期末試験から夏休みに入る頃で,学校も短縮だったし,お弁当も必要なかったのが(乳癌で入院した時は短期だったので3週分の総菜を作って冷凍し,お弁当箱に詰めるだけにしてあったのだが),今回は長期入院で,しかも夏休み。3度の食事の支度もあって本人としては負担が多かったのだろう。



中学時代の音楽,及び中3の時に担任をして下さったNK先生が書き送ってくださった聖書の箇所。コリント人への第一の手紙 第10章 第13節

1. Korintherbrief X/13
Eine andere als eine menschliche Versuchung hat euch nicht erfaßt. Gott aber ist treu. Er wird es nicht zulassen, daß ihr über eure Kräfte versucht werdet, sondern wird mit der Versuchung auch einen Ausgang schaffen, der euch das Ertragen ermöglicht.

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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
★このブログや大元のサイトへの感想やお問い合わせはservus2008@gmail.com宛に@を半角に直して送信願います.
【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2020 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
★遙か下方に設置のカウンターは、サイトを複数回お訪ね下さいましても1日を1回とカウントし、又、私を入れない設定になっております。



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