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2020-04

Volksoper(Die Fledermaus・2回目) - 2012.11.23 Fri

(11月23日後半の日記/25日記載)前半は未編集ながら、後半へ。

夜はVolksoperのFledermausへ。
内容その他は省略…馬鹿話のみですみません。

今回の座席
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Loge(ボックス席)2階の最もステージに近い最前列。
プロンプターボックスの中が少し見えます。娘の席からはもっと見えます。頭も時々見えます。
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ステージの方々がどれだけプロンプターを頼っているか、ということがとてもよく分かりましたし、更にそのステージの方々の演技を指揮者がオケに合図を下している、という、当たり前と言えば当たり前の「チームワーク」が大変よく見え、娘はとても楽しんだようです。

オルロフスキー公爵家での最後のバレエでも、娘が大ファンであるFlorian Hurlerのソロがあり……

話は逸れますが、今期のVolksoperにはCarl Orffの"Carmina Burana"があったのです。我々は、いくらバレエでもVolksoperでCarmina Buranaなんて…とチケットの購入すらせず。ところが!!フォルトゥーナの役をFlorian Hurlerが・・・娘が地団駄踏んで口惜しがったことは言うまでもありません。
でも、その公演は全て終了し、それに比べればFledermausなどチョイ役、きっと出るに違いない!との娘の予想は当たり!
折角なので2度目のこの日には「そうだ!」と思い立ってデジカメをスタンバイしたのでしたが…SDカードが……
とても残念な結果になりました。ステージを所狭しとソロで回転する前でカード終了・・・

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出掛ける前は、気分がすぐれない、と嫌がっていたのをタクシーを呼んで連れて行き、終わってからはいつもの店で娘はグーラッシュ(お腹は大丈夫なのだろうか…)、私はレバーのフライを頂きながら、公演の話に盛り上がって過ぎました。


遡ってVolksoper(Ein Walzertraum) - 2012.11.20 Tue

(22日/記載)
5日の"Ein Walzertraum"は、発熱その他の翌日だったからか、それとも時差の所為か、気付くとぐっすり眠っていたことは書いた。
それでも音楽、しかもウィーンの心地良いリズムと歌と、今日はきっと素晴らしいのだろうな…と時々思った。Bravo!!も飛び交っていた。娘も体調不良で来れずに残念だったなぁ…と頭のどこかで思いつつ又眠ってしまっていた無念さ!!そう言えば無念さ!?チケット代・・・奮発した最上の席。

17日の"Ein Walzertraum"は、Graf LotharをRobert Meyer氏が演じるとあってか、何日も前に最上の席を数枚残すのみで、あとは立ち見席しか残っていない様子。流石、流石!!数日後に、今シーズン最後という"Ein Walzertraum"が上演されるのに、こちらはどの座席も残っている。

そういう訳で、17日も娘は起きられなかったので、「よし!!」と思い立って写真のような紙切れを手に、Tageskassa(当日券売り場…そうそう、Kassaはオーストリアの単語で、標準語はKasseと言うそうで吃驚!!)近辺をブラブラ。いとも簡単にご購入頂くことが出来ました。
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学生時代と逆の立場になったことになります。

けれども浅ましいなぁ…と(いや、我が家には我が家の家計というものがある訳ですから当然なのですが)、又しても学生だった頃、Tageskassaに並んでいたところ、…今の私くらいの年齢と思しき女性が「家族が来られなくなったので」とチケットを無料で下さった1975年のStaatsoper「胡桃割り人形」(バレエ)をどうしても思い出してしまうのです。



今回の座席はLoge(ボックス)。眺めはこんな感じで…
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Robert Meyer1人が入ったことで、全員の演技が変わった!!
ただ、残念なことに指揮者が端折りすぎて、ステージ上の出演者たちにウィーン風の「間の取り方」を与えてくれない…
特に好きな歌ほど…
Nikiの ♪"Da draußen im duftigen Garten……Wienermusik…"...〜♪ "Leise, ganz leise…"
最後はプロンプターの手がボックスからニュッと出て指揮者と握手をしていたけれど。

遡ってウィーンフィル - 2012.11.18 Sun

(18日の日記。甚だしく順不同・11月22日/記載)
娘も私も「体調」優先で過ぎたが、記憶していた18日当日朝、Wiener Philharmoniker Abonnement(ウィーンフィル定期演奏会)を検索したところ、チケットがほんの数枚残っていることが分かった。
但し、どれもステージ上のオーケストラの見えないところ(1枚を除き)。
娘に声をかけたが乗り気ではない。まだ下痢からの倦怠感その他は想像に余りある。
けれども以前、Großer Musikvereinssaalの響きに感激していたことを思い出し、出向きさえできれば…とタクシーで行くことを考え、予約した。
1枚は斜め横からながら、まぁオケは見える舞台上45€(だったかな?Orchester Podium)、1枚はPodium完全に最後列の何も見えない場所25€。行けないよりは良い!

娘にOrchesterpodiumの座席を渡した。
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というような角度から見えたそうだ。

私は、と言えば、ホルン4人のうち2−3人とコントラバス1人の後ろ姿しか見えなかった。
音もヴァイオリンはまず聞こえない(ローエングリンの前奏曲冒頭以外は)。
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そうそう、ホルンの話の前にプログラムだ!!


指揮は Andrís Nelsons

プログラムは;
Richard Wagner
Ouvertüre zur Oper "Rienzi"
Ouverture zu "Der fliegende Holländer"
Vorspiel zum 1. Akt der Oper "Lohengrin"
Vorspiel zum 3. Akt der Oper "Lohengrin"
-------- Pause ----------

Peter Iljitsch Tschaikowskij
Symphonie Nr. 6 h - Moll, op. 74 ("Pathétique")

と、前半はオールヴァーグナー!!(来年が生誕200年だから?)

Sicht eingeschränkt!(視界狭し!)どころか、上記の通りホルンとコントラバスしか見えなかったのですが、日頃ホルン演奏を後ろから見る機会など皆無!(コントラバスは自宅でイヤほどありますが)
いや〜〜、勉強になりました。
「ホルン演奏の見学」です。貴重な演奏会となりました。
しかも流石にウィーンフィルです。ホルンの強弱がこんなにも出ること、恥ずかしながら初めて知りました。

その昔、ウィーンの学生だった頃、カラヤンが来維納してヴァーグナーのオペラを振るとのこと、徹夜でチケットを取ったこともありましたが、どうしても耳も目もステージに!オケピットは観察不足。勿体ないことをしたものだ、と今になると思います(チケット入手のための連日徹夜で疲れたこともある…本末転倒)。

Volksoper(Die lustige Witwe) - 2012.11.08 Thu

(11月8日の公演/22日に記載)

余りに素晴らしかったので後でゆっくり書きます。
(とだけでも、アップしておかないと放置するに違いないわたくしです)

2008年に書いた日記と、大差ないのであります。


でも、やはり数行だけでも記しておきましょう。
今年の日本公演と舞台セットも同じで(テレビでしか見ていませんが)、ウィーンも近代的になったものだ、と思いましたが、やっと安心して本物のメリーウィドウを味わいました。
ダニロ役は、歌うだけでなく、歌の中で旋律から離れてしっかり語ってくれたのが何より楽しめました。特に「王子と王女の物語」。

あとは又後日書き加えます。



Volksoper(Heute im Foyer) - 2012.11.06 Tue

(11月6日のコンサート。11月22日記載)

詳細は知らないのですが、「Heute im Foyer…(今日はロビーで…)」といった催しがこの数年来開かれているようです。2009年だったか、何かのオペレッタの時に宣伝を配っていた記憶があるのみで・・

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今回は「Auf Flügeln des Gesanges(歌のつばさにのせて)」とのタイトルで、Volksoperのソリストたちが(それもまだ若い方々)ソロ、重唱をロビーで披露。
前半は、ブラームス、メンデルスゾーンなどのソロ、二重唱、四重唱(もあったか?)。
曲数が多くて書き写すのが億劫な無精者…(こんなことではいけないのだが)

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後半は、ブラームスの四重唱「ジプシーの歌Op.103」。

詳しくは又いずれ帰国してから。


ニューイヤーコンサート - 2010.01.13 Wed

ウィーンからの"Strauss Festival Orchester WIEN" の演奏会。サントリーホール。
毎年ながら演奏も演出もとても楽しかった。

ウィーンフィルのニューイヤーコンサートも素敵だが、私はこちらの小編成の、つまりシュトラウス自身が当時ヴァイオリンを片手に指揮をしていた形が好きだ。
おそらくシュトラウスもこの編成でのバランスを前提として作曲をしていたに違いない。
例えば、「皇帝円舞曲」の最後の管楽器の主要メロディは、フル編成でのオケでは弦に消されて聞こえたためしがない。

夫は創立当時からのメンバーで、帰国してからも出演している。

これからまだ各地を回るので、内容は書かずにおきましょう・・・
(お聴きになられる方々はお楽しみに!


operettts - 2009.10.14 Wed

今朝起きてメールのチェックをしたところ、差出人に"Thomas Sigwald"という一通が……



?????



寝惚け眼で一瞬スパムメールかと思って削除しそうになりました。
危なかった



これって・・・あの・・・

Volksoperの???




と、よく考えてみたら、先日(もう一ヶ月以上前になるのですね)ウィーンでの最終日にVolksoperで見た"operettts"・・・

http://allegrobunchan.blog18.fc2.com/blog-entry-327.html


何か係めいた女性が「案内をお送りしたいのでメールアドレスを」と廻っていたので、別に怪しい気配もなかった為記入した事を思い出しました。
独り占めしては余りに勿体ないので載せます。


(一旦画像を載せてから、下の小さなドイツ語の文章を眼鏡をかけて読んでみたところ、転載禁止の内容が含まれていましたのでURLのみ貼り付けます。このURLは宣伝としてオープンになっている訳ですから支障ない筈です。ただ、既に画像をご覧になられた方々には削除の言い訳と共にお詫び致します。)


"operettts"のサイトです。
http://www.operettts.com/

上記からoperetttsのハイライト、というよりはデモ・ヴィデオも見ることが出来ます。
日記に書いたピアノのKochさんの活躍ぶりも、芸達者ぶりもほんの一部ながらあります。
http://www.operettts.com/operettts/video.htm

アクセスが集中して映像が進まない時には、一時停止を押して読み込ませながら再生すると見ることが出来ます。可成り楽しいです。この撮影の日はどうやら子供も沢山居た様で、子供の笑い声で賑やかなのも楽しい!

是非お愉しみくださいませ!!!



ついでながら;
Thomas Sigwald氏とは、現在のウィーン・フォルクスオーパーのテノール歌手第一人者!
よろしければ…↓
http://www.thomas-sigwald.com/



日記更新停滞気味は、高齢の身内あれこれ、その他仕事関係雑務に追われる日々で…
又思い出した時に、遡って埋めたいと思います。


カルメン@Volksoper - 2008.03.19 Wed

「カルメン」そのものを約30年ぶりに見てきました。
先日,別なオペレッタをネットで注文した時から気になっていたのですが,どうもカルメンと言えばStaatsoperのイメージがあり,間際まで渋っていました。

やっと注文し(カテゴリー3=真ん中くらいの値段),すぐに受付たとのお知らせのメール。
暫くして,オンラインの係から電話。
どうやら何かシステム上の不具合でその席は扱っていない,ということらしく,追加の値段はご招待にてカテゴリー1(一番高価な席)を用意します,とのこと。

やった!!


そして今日になり・・・
カテゴリー3が取れなくなった理由が分かりました。

(とここまで書いて,何日も忘れていました。続きを25日に書いています)

第3幕だったか4幕だったか,突然Loge (ボックス席)のひとつ,それも下から上まで4階分,コーラスが始まった!!
しかも,舞台右端に通路と客席への階段が設けられているのを,最初不思議に思ったのですが・・・
客席からドン・ホセが現れてじっと舞台下から舞台上での出来事を見ている。やがてその階段を上がって舞台へ。
次はエスカミーリォがその階段を使って客席へ降り,裏へ廻る・・・

そうか・・・そういう次第で右側の第1列目は全面的に使用不可。Logeはどの階も第1ボックスは使用不可。
(私は注文の時,カテゴリーのみを記入し,座席はどこが来るか,お楽しみにしているのです。おそらくその辺りがあてがわれていたのでしょう)

そういう訳で,ボックス席右4の最前列にて楽しんで参りました。


上演はドイツ語で。少々違和感はありましたが,フランス語よりは遥かに分かる
でも,こんなに台詞が多かったかしら??とちょっと怪訝。普通に元々多いそうですが,これはちょっと多すぎでしょう・・・と思う私は,よく日本語で上演されるオペレッタ,ひとつの音に母音ひとつしか入らない日本語とあっては,歌詞だけでは賄いきれない。そこで台詞に補いを入れる・・という常套手段に協力した経験があるので・・ドイツ語も1単語が長いので,そうなのかな??と。



なかなか素晴らしかったですよ,勿論!!

ただ・・・カルメン・・細すぎの様な・・・いや,周囲の女性達の恰幅が良過ぎたのでありませう・・(という事にしておこう)容姿も声も演技も素晴らしかったのですけどね。
私も又髪の毛伸ばしてソバージュにしようかしら?少しダイエットもして……と思わせるくらい,ホント!素敵でしたよ…… 
でも,スリム過ぎて見えるのはちょっと役柄的に……ミカエラの方がダントツ恰幅が良かった。(そういうものなのですか??)




「チャルダッシュの女王」を観てきたが・・ - 2008.02.26 Tue

昼間はコートも不要なほど暖かで,鳥もよくさえずり,近所の子供達も公園で元気一杯。


夜,Volksoperにてオペレッタ「Csárdásfürstin(チャルダーシュの女王)」を観て来た。

話は例の花粉症になるが,アレルギーの薬に加え,この二日間は万が一に備えて風邪薬をほんの気休め程度飲んだ。普通一日3包というPLを,たった1包を朝と寝る前に分けて。
これがいつも困るのだが,入っている抗ヒスタミン剤の所為で何しろ眠くなる。アレグラだけだって(密かに「本当に眠くならないの??」と疑うほど)よく眠ってしまうのに……
楽しみにしていたオペレッタなので,風邪薬は飲まず,アレグラだけにした・・・
そして昼寝までして備えた。

・・・にも拘らず,とうとう第二幕の途中で眠ってしまった。
大好きなオペレッタのひとつ,しかも折角のシーンで
残念無念

薬の効果か,木の殆どない街中の所為か,出掛ければ鼻もくしゃみも無事です。
やれやれ・・・




30年ぶりに「メリー・ウィドウ」を観た - 2008.02.21 Thu

メリー・ウィドウ(Die lustige Witwe)を見て来た。勿論Volksoper。

舞台セットは変わったものの,懐かしさ一杯!!

でも

・・・

・・・

・・・

しつこいようですが


・・・

・・・

・・・



ダニロはペーター・ミニッヒでなくては!!!



昔,「クリープのないコーヒーなんて」(記憶曖昧)というCMがあったが,「ミニッヒの居ないフォルクスオーパーなんて!!」は言い過ぎ重々承知ながら,私の本音はそれに近いものがある。

と,冗談はさておき,30年の空白。せめて来日公演でもミニッヒを見たかったものだ。
多忙極まりなく,国内すら,いや,区内すら不義理を続けていた1980~90年代‥‥
振り返れば「時間は作るもの」と今だから言える。


例えばあの,密やかに奏でられるヴァイオリンに乗って歌われる「王子と王女の物語」,突然自暴自棄になって「Da Geh'ich Zu Maxim!」のあの一挙一動,「ロロ,ドド,ジュジュ・・・」の甘い声,全てが私にはミニッヒに置き換えられてしまうのが何とも


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(↑先日の展示より)


いえ,十二分に楽しんで参りましたよ,本当に!!

このオペレッタの初演もTheater an der Wienだったが,様々なオペレッタが百年単位で上演されつつあるVolksoper。人間の声には限界があるものの,これからも若い世代へ,と,どんどん歌い継がれて行き,我々を楽しませ続けて欲しいもの,それには世界が平和であるように,と願った一瞬でした。


ニグシュの役をRobert Meyerが演じていた。年末年始に観た「Die Fledermaus」のFrosch役を演じた,ウィーンの役者・・・

と書いたが,あのDie FledermausのFrosch役で,"Herr Direktor!"と言っただけで観客が大笑いしたのは,どうやらそのRobert Meyerが昨年からVolksoperのDirektorに就任したかららしい。最近出版されたと思しき本の最初を斜め読みして判明したこと。
又詳しく・・・今はこれのみ・・

駄文,お許しください



久々のピアノ・サロンでの講演会など - 2008.01.30 Wed

17日に主人が先に帰国するにあたり,滞在先夫妻と共に出発前日,行きつけのホイリゲに行った(何だかんだとこじつけて一緒に食べたり飲んだりしていた気がする)。
その席で,「チェロの演奏を頼まれていることがあるので,伴奏を是非」と頼まれ,頑なに拒んだのだが…何しろ12月初めから全くピアノに触れていない。
音楽家夫妻の家であるから当然ピアノはあり,演奏旅行その他,長期旅行の度に「いつでも弾いてよいから」と鍵を渡されていたのだが,一度も触らず…どころか一度も二階に行かず。そんな指で何の伴奏が出来よう?しかも今回は休養の為の渡墺。
しかし,「きっかけがないと全然弾かずじまいになるから(内心,それで構わないのですが…)」「きっと自分の為になるから」「ゆったりした曲だけにするから」等々の口説きに負けた。

その演奏する会がどういったものかも聴かされず,話す機会も逃したまま彼らは旅立ってしまった!
2日後,ピアノのある部屋に行ってみたところ,山ほどのチェロの伴奏譜が!!
無理だ!たった10日しかないではないか??と,それでも弾けそうな順に7-8曲手掛けた。

彼らが帰宅してからよく訊いてみたところ,知り合いのお宅で何か朗読があり,その合間に演奏をするので,曲数も置いて行った楽譜全部ではないことが分かった。何の朗読か,その他どんな集まりなのか,ソリストご本人も知らされていないと言う。
取り敢えず,ピアノがどんなものであるか試してみてから曲を決めよう,ということになり出向いたところ…彼女の記憶では2台のグランドピアノがあったのだが,それらは親類に譲って,あるのは何十年も触っていないと思しきアップライトのピアノ・・・かつてピアノであった,と言った方が正しい。

その後2度の調律を経て,何とか弾ける状態になっている,という。ピッチも442が精一杯だったそう。

「朗読」の合間に演奏を,ということだったのも,当日の情報で,「朗読がではなく,どうやらエゴン・シーレに関するレクチュアらしい」となり,その合間に軽い曲をチェロと共に弾く,という。
朝のうちに少し合わせ,夜,そのお宅に向かった。

美術史や美学が専門のDr.N氏が,エゴン・シーレに絵を師事したという医師の娘さん(とは言え既に85歳)に質問しながら講演を進める筈が,彼女に一旦質問するや,彼女は自分の長い人生を語り始める。話が飛躍したまま,どうしても自分の人生全部を語りたいらしく,メインであるDr.N氏がテーマに戻そうと努めるが,一度にあれもこれも話そうとするが余り,エゴン・シーレには触れず,彼女の人生談義に終わった。最初の辺りでは余りに話が飛躍したままになる為,後ろの方から「シーレ!!」などと声(ヤジ)が飛び交っていたが,そのうち皆(半分は諦めて)聴き入っていた。

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1800年代後半から1914年の大戦開始を越えた家族達の話,更に次の戦争辺りのご本人の生活の様子,私には日本で学んだ世界史や,日本で聞いて育った日本での世界大戦が,ヨーロッパの人々にとってどうであったか,ということを現地の言葉で聴くことができ,大変有意義な時間となった。
但し,その時は集中して聴いていた筈が,どんどん抜けて行ってしまっている。折角持参していたRolandで録音しておかなかったことを甚だ後悔。

演奏もチャイコフスキー2曲「センチメンタルなワルツOp.51/6」「ノクターンOp.19/4」とフォーレの「夢のあとに」だけになったが,これがなかなか素晴らしいチェロ演奏,流石Gさん!本番の情熱がこちらに乗り移り,伴奏もアップライトにしては…とても楽しく演奏出来た。
会が終わって手作りのおもてなしを受け,暫し歓談。

娘も同席し,某大の美学芸術学科卒が故,内容もドイツ語が半分以上理解出来たならおそらく興味深かったろう,いや,ひょっとすると又大学に入りたい,等と言い出すのではないか??と推察・・・
十分楽しめたそうだが,やはり余りに話が飛躍していくので,筋が掴めなかった,とのこと。


この様に,ヨーロッパでは普通に行われるという,ごく普通の家庭のサロン(25人くらい収容)にて演奏やテーマに基づいた講演に改めて魅力を感じ,私が日頃生徒達を中心に行っている似た様な催しも,今後続けて行きたい,と改めて思って帰宅した。




又,タイムスリップ -als ob mit einer Zeitmaschine...- - 2008.01.15 Tue

夜,Staatsoperにてバレエ「胡桃割り人形」を夫と娘と共に鑑賞。
Loge(ボックス席)の一番前にて,あぁ,今回も贅沢な・・・

ウィーンフィルの奏するオケピットも全部が見渡せ,小序曲から見入ってしまった。
が,幕が上がると,そこは脳に焼き付いていた降りしきる雪ではなく,舞台両サイドに透き通らんばかりの紺碧に白い模様。
比較する訳ではないのだが,空白の30数年の間に,振付け・演出共に随分変わったものだ。
居間の大道具もほんのり暖かさが漂っていたものだったが・・いや,私が年を取っただけ。
今回の演出はいつから続いているのだろう。子供たちへのクリスマスプレゼントが何と!!「テレビゲーム」で,ステージの上からスクリーンが降りてきて,画面にゲームの戦うシーンが現れた時には度肝を抜かれた。

それでもバレエは,見ていると20代にタイムスリップ。
いや,遥か昔の想い出話ばかり書くつもりではないのだが,どうしても脳の思考回路が繋がってしまうのだ。

独り住まいの学生だった頃,見たいオペラやバレエがあると当日の立ち見席に並んだものだった…
1975年のクリスマス頃,当然とっくに売り切れていた「胡桃割り人形」を見たく,当日売りのKassaに並びつつキャンセル待ちをしていた。
すると後ろから年配の品の良さそうな高齢の夫人がやって来て笑顔で「これを使ってください」と差し出した。チケットを見れば,Parterre(日本で言う一階平土間)の中央,しかも前の方!「いえ,私はそんな額は払えませんから」と断ろうとすると,「Geschenk(プレゼント)」という。
お言葉に甘え,その夫人と並んで観たのが,ウィーンで初めての「胡桃割り人形」だった。以来,音楽を聴くだけでもその時の嬉しかった気持ちが舞台と共にいつも浮かぶ。降りしきる雪,クリスマスツリー,暖かい大広間,愛らしいクララ,隠れてはあちこちから姿を見せるドロッセルマイヤー。勿論素晴らしいバレエそのものも。

あの時のご夫人はどうしておられるか,どうしてその時に住所や名前を訊かなかったのか,悔やまれた。余りに舞い上がってしまっていたのだろう。
ひょっとすると,お孫さんと一緒に,と用意してあったチケットだったのかもしれない。或いは???・・・


さてさて,今回のバレエを見ながら・・・あぁ,これも昔話になってしまう。
すっかり憧れとなっていた「バレリーナ」。いや,幼少より私の世代では,森下洋子さんや…お名前を失念してしまったが数名の天才バレエ少女が憧れだった。少女雑誌には彼女達の血まみれのトレーニングの様子や,滝に打たれて修行するシーンなどが「漫画」として描かれていたものだった。それでもステージ上では夢を与えてくれるバレエは魅力だった。(当時はテレビでしか見たことがなかったのだが)


子供が生まれ,二人目が女の子だった時(二人目は帰国してから生まれた),趣味でもバレエを習わせよう,と密かに思っていた。自分がやりたくても出来なかった習い事を,二人の子供達には随分させたものだった。
仕事仲間が習っているバレエ教室の師匠より,我が家から通える教室を紹介された。
迷う事なく娘を通わせて(という表現はよくないが,まだ4歳の娘に意志をと問うたところで何になろう),着替えの手伝いを含め時間のある限り付き添った。
それは私の楽しみの時間でもあった。最年少組では「1番のあんよ」「2番のあんよ」とポジションを教えてくれた。「大きいおしゃがみ(グラン・プリエ)」「小さいおしゃがみ(ドゥミ・プリエ)」(おしゃがみ=pli�)・・・でも「assembl�(アッサンブレ)」や「changement(シャンジュマン)」は訳すことなくそのままだった。
ル・シルフィードでお馴染みの,オケに編曲されたショパンのAs-durのノクターンに合わせてのバーレッスンすら,私には涙が出るほど感激の光景だった(親馬鹿甚だしい!)。
基礎はやってやり過ぎることはない,というモットーは私のピアノと共通するものがあり,当時は安心して預けられる先生だった。

あれは小3の冬だったか,本人が嫌いなイカの雲丹和えで蕁麻疹を起こし,以降薬を飲んでも,蕁麻疹が出ている時にかかる負荷全てが蕁麻疹の引き金になってしまった。その「雲丹和え」の日は私の友人の葬儀があり,バタバタと食事の支度をして出掛けてしまった為,我慢して食べたのだろう。
折悪しく,初めてトウ・シューズを履いての発表会に向けて厳しいレッスン。汗も相俟って,発表会当日も全身が真っ赤だった。楽屋で痒み止めを塗ってやり,本人はいたってケロリとしていたが,以降バレエの教室に通う度に出る酷い蕁麻疹は半年以上続いてどうしようもなく,医師からは一旦止めて抗原抗体反応が消えるのを待つ様勧められてしまった。確か小4の夏だった。
本人が本当にやりたければ,そして一人で通える年齢になれば通えるであろう,振付けと音楽が素晴らしく一致している先生も存じ上げていたし・・・

と,常に話が昔にタイムスリップしてしまうのだが・・・Staatsoperの胡桃割りに登場する子供達を見ながら思い出してしまった。

娘のバレエはその後復帰することなく過ぎてしまった。背丈もトウで立ったなら多分180~190センチになるまで成長。日本では相手になるダンサーが居なかったであろう,と,バレエを止めたことを正当化して自分を納得させている親である。
尤もその後劇団でモダンバレエを習う機会はあったのだが。

話が逸れっぱなしになってしまったが,演出がどんなに変わろうとも,大好きな「胡桃割り人形」。在墺中にもう一回は観たいと思う。

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15. Jänner 2008 -als ob mit einer Zeitmaschine...-

Heute abend genoßen wir -Hiroshi, Maya und ich- das Ballett "Der Nussknacker" an der Staatsoper. In der ersten Reihe einer Loge! Was für tolle Plätze ! !
Wir konnten nicht nur die Bühne sondern auch der Orchesterraum gut sehen.

Als der Vorhang aufging, gab es keinen Schneeflöckchen vom Himmel, wie ich vor 30 Jahren gewöhnt war.
Zu beiden Seiten der Bühne standen dunkelblaue Wände mit weißen Pünktchen darauf, das solle Schnee sein.
Die beiden Inszenierung will ich nicht vergleichen. Aber ich kann nicht umhin, an mich das schöne alte Bühnenbild zu erinnern.
Ich war auch erschrocken, als eine Leinwand langsam herabkam, darauf ein Computerspiel sich spiegelt, und damit die Ballettkinder auf der Bühne spielten.
So läuft die Zeit...aber...

Trotzdem war "Der Nussknacker" sehr schön und ich fühlte mich wie in der Siebzigerjahren.

Ich erinnere mich an einen Tag kurz vor Weihnachten 1975. An diesem Tag stand ich Schlange an der Kassa, um eine Karte -vermutlich für den Stehplatz- zu kriegen.
Da kam eine hochbejahrte doch elegante Dame zu mir.
"Um die Karte?" fragte sie mich. "Ja!" antwortete ich. Dann nahm sie eine Karte aus ihrer Handtasche heraus und sagte sie zu mir, "Bitte, nehmen Sie diese..." ..." Na ja, es ist zu teuer, weil ich eine arme Studentin bin.." -ich waiß nicht genau, was ich sagte.- Die Dame sagte weiter, "Ich würde Sie einladen. Geschenk! "
Ah, es war als hätte ich geträumt.
Ich saß neben der der Dame und sah den "Nussknacker" auf einem prächtigen Sitzplatz.

Manchmal denke ich daran, wie es der Dame geht, oder manchmal bereue ich, dass ich nicht um ihre Adresse fragte. Ich war überglücklich.


Als ich Mutter wurde, besonders als mein zweites Kind ein Mädchen war, dachte ich, es wäre schön, wenn die Kinder Ballett lernen könnten.
Meiner Tochter Maya wurde empfohlen, eine Ballettlehrerin -ganz in der nähe von unserem Haus- zu lernen.
Soweit es die Zeit erlaubte, war ich da in diesen Ballettkurs um ihr umzuziehen zu helfen, und beobachtete die Stunden.
Ich begeisterte mich dafür, dass Maya schon als vierjähriges Kind zusammen mit Musik von F. Chopin "Grand Plier" " Demi Plier" "Changement" "1. Position" "2.Position"...usw..übte und tanzte. Das waren nur die grundlegenden und einfach fundamentalen Übungen. Trotzdem war das eine große Freude für mich.
Besonders die Denkart der Lehrerin, die fundamentalen Übungen können nie zu viel sein, war mir sehr sympatisch. Ich lehre auch so Klavier.

Eines Tages bekam Maya Nesselsucht. Sehr wahrscheinlich deshalb, weil sie am diesen Tag Seeigel und Tintenfisch aß. Danach obwohl sie Medikamente gegen Allergie nahm, halfen sie nur wenig.
Der Arzt meinte, die Krankheit entsteht durch zu große Belastung auf die Ekzeme.
Unglücklicherweise lernte sie eben zum ersten Mal mit Spitzentanz für eine Aufführung.
Er riet, sie solle auf Ballett verzichten, bis die allergische Reaktion aufhört.
Das war sehr schade. Aber wenn sie wirklich wieder Ballett lernen wollte, würde sie selbst wieder anfangen.
Bis jetzt gab es keine Gelegenheit.
Vielleicht ist es gut so, sie ist ziemlich groß geworden...


Jetzt bin ich zwar von Thema abgeschweifelt, aber "Der Nussknacker" hat Maya auch begeistert.


Übermorgen fliegt Hiroshi nach Tokio zurück.

Es war heute ein glücklicher Tag.




いわゆるニューイヤーコンサート - 2007.12.28 Fri

夜はKonzerthausの大ホールでStrauss Festival Orchester Wienのコンサート。
名前の通り、演奏される曲目はStrauss Familie中心だが、C.M.ZiererやF.v. Suppe、J. Lanner、J. Schrammel等。
その他珍しいところではWaldteufel!!タイトルはフランス語になっていたが、勿論かの有名な「スケーターズワルツ」。イントロから全部聴いたのは初めてで、しかもこんなに美しい曲だったとは・・・

このオーケストラは1978年に結成され、中心になっていたのがこの日の指揮者(シュトラウスの如くヴァイオリンを弾きつつ)であるP. G.氏と、現在も事務全てを取り仕切っているかつてのオーボエ奏者であるH. V.氏(現在我々はこのお宅に住まわせて頂いている訳です)。主人も創設当時からORFと並行して演奏させて頂いていた。
この日のコンサートは"Bei uns z'Haus"と銘打ってあり、これはシュトラウスIIの曲のタイトルで、この日のプログラムにも入っていたが、創設30年ということで、当時からのメンバーが世界各国から集まって演奏する、という意味でタイトルに使ったそうだ(と、指揮者が説明していた)。

指揮のP.G.氏はウィーンのアカデミー(その後Akademieの名はHochschuleとなり、今はUniversit�t)を卒業後、3年間モスクワでダヴィッド・オイストラフに指示し、
ミュンヘンの国際コンクールで第1位(トリオ部門)になったほどのヴァイオリンの腕前。
演奏内容も(決して比較ではないが)、日本でもNHKですっかり有名になったウィーンフィルのニューイヤーコンサートも勿論素晴らしいが、私個人の感覚としてはオケの人数が多すぎ!!シュトラウスがヴァイオリン片手に指揮をしていた当時のオケの人数や編成を思うと、シュトラウス・フェスティヴァルオケは指揮者のみならず、演奏者ひとりひとりの個性や互いに通じ合う遊び心も生かされていて、聴いていて本当に心地よい。
大編成のオケは指揮者の音楽になってしまう上、ウィーンフィルの響きもMusikvereinという箱の響きあってこそ。勿論それは世界的に素晴らしいと思うが。

Jahreswechsel(年の変わり目)ということで、この日と1月1日の2回上演。

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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
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【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
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制作・著作:奥千絵子
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