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2020-10

 夫の食道アカラシア…退院後(4)外来での検査(1) - 2018.03.30 Fri

(4月2日・記載)

かろうじて本人の風邪もそこそこ回復。薬が全面的に変わってクラリスもフスコデも処方され、咳止めのあれこれが混ざったシロップのようなものも処方され、夜中に廊下越しに聞こえていた咳も殆ど聞こえなくなった。
喉経由の検査なので、何とかそれまで咳は止まって欲しい!は叶った。

検査は「食道内圧検査」「胃カメラ」「バリウムで食道から胃への流れを調べる」の3点。
8時に家を出て8時13分のバスに乗り、あとはJR総武線と地下鉄有楽町線を乗り継ぎ、10時前には着いた。

長い待ち時間は、スマホで音楽でも聞いていようと思ったが、そのような気力もなく、長閑な風景を眺める。屋形船と思しきものが水上を走り、桜でも咲いて入れば帰りに乗りたい・・・

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夫は勿論朝食抜きにて、さっさと検査を終えたいことだろう。こういう時には近い病院があればなぁ…と贅沢なことを思う。隣りに座っていた患者さんは、看護師に「遅くなりますが構いませんか?」と聞かれ、「最終の新幹線に間に合えば、何時でも構いません」と答えていた。名古屋かららしい。都内に住んでいることに感謝を忘れている私。

やっと呼ばれて、私も中に入れてもらったが、検査室までは入れないとのこと。それでもドア越しに中での検査の様子が時々聞こえる。食道の内圧の検査をしているらしいが、本人は既に鎮静剤で夢の中らしく、技師さんに「合図で飲むのは1回だけです」と何度も何度も言われていた。事前に「合図で一回。それ以上飲み込むと正確な内圧が測れないから」と言われていたが、夢の中では仕方なかろう。内圧は5〜10回測るらしい。そのまま静かになったので胃カメラと相成ったのだろう。その後待合室で待つように指示。
それからが又長い。
主役より寧ろ私の方がこのところ疲れ気味。不機嫌。
やっと「食道から胃への流れ」をバリウムで撮影。(私は待合室に居ることにした。どうせ中に入れないのだから…)

午後3時ごろには終わったろうか・・それから説明を聴く。これまでが又長い・・都内からの人間が不平を感じるなんてとんでもない!と理解しつつも、この日は疲れもピーク。何だか膀胱炎っぽい。でも最近では水分のがぶ飲みだけで治ってしまうので、ひたすらペットボトルのお茶を飲む。

検査結果は、内圧はまぁまぁ。ただ筋肉が噴門あたりで(という言葉ではなかったが)硬くなり、逆流性食道炎を起こしているとのこと。薬を処方するので、と。
食道から胃への流れもまぁまぁ。
問題は逆流性食道炎のことだけらしく、1ヶ月後の受診となった。
例の「クリップ」が何で出来ているか知りたく質問したら「金属とプラスチックです」だそうで、具体的な説明は頂けなかった。金属とプラスチックがどのように形状をなしているのか、とか3月の初めの酷い蕁麻疹との関連なども。正解はないのだろう、と思いつつも腑に落ちない。本人は気にしていないので、頭から去らせることにした‥‥が、う〜〜ん。普通の「出血を止めるためのクリップ」とは違うはずで。
術後の説明で、「吸収される」「溶ける」ようなイメージを抱いていたので、食道から胃に流れて(腸を経て)外に出る、というのがよく分からない。裂くように切ったイメージの、食道の外の壁と内側の粘膜との間って、胃袋に繋がっているの??ま、いっか‥‥本人が気にしていないので‥‥そのうち実物を見せていただける機会があることを願う。

会計を終え、寄るように言われたサポートセンターの待ち時間がまた長い。
しかも暇つぶしに眺めていた診療明細書に「キシロカインゼリー」を使った形跡が!!
本当に使ったのかどうか検査室に電話が行って、又返事待ち。結局手違いで(多分、形式に則った記載)使っておらずに安堵はしたものの、又しても腑に落ちない。寛大さに欠けた私は内心プンプン・・


江東区の桜は既に葉桜。
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膀胱炎いよいよ苦しく、あたかも陣痛のように襲い来る痛みに、コンビニごとにペットボトルを購入。帰宅まで3本飲み尽くし、徐々に軽減。翌朝は近所の内科?と頭をかすめたが、処方されるであろう薬は手持ちがあるし、どこかの医者に「普通は大量の水分で洗い流れるものです」と言われたことがあるし(その時は、肩へのステロイド注射が頻繁すぎての易感染症)、休養第一!!と開き直った。翌日には治った。

と、誰が主役なのやら…の記録となった
あくまでも備忘録であります。こんなに具に詳らかに??
(↑「具に」「詳らかに」は、ゆとり教育が始まる前の、子供達が小学生の頃に習った漢字疲れていると何もかもが不機嫌。NHKのひらがなばかりの字幕までもが……)




 夫の食道アカラシア…退院後(3) - 2018.03.26 Mon

(広告を消すための「続き」)

画像は3月11日。
手術のお蔭で、夫は甚だしく良いテンポでこれだけ完食。(私の食器は写してありませんので…)
ファミレスではありますが・・・何と有難いことでしょう。

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油断大敵。
年末から風邪が治りきらなかった私。インフルエンザではなかったものの、3回の発熱。咳も酷く、その度に夫に感染させてはいけない、今咳き込んだら食道のクリップが外れてしまう!!とマスク生活の私だった。もう大丈夫だろう、とマスクを外した3月半ばに感染させてしまったらしい。いや、別口からかも・・・(私も心当たりはある)

そういう時に限って「潜伏期間と思しき頃」と後になって分かる時期に、夫は1泊での用事で出かけた。
いつもこまめに連絡をくれるのが、やっと来た連絡が帰路で、「高速混んでいた。今高井戸近辺。疲れた」だった。
帰宅してから38度台の熱に気づき、何より咳が酷い。
あぁ、これが術後直ぐであったなら、(私が)「クリップが…クリップが…」と大騒ぎしたに違いない。

又しても蕁麻疹での医師にかかり、インフルエンザの検査も陰性。5日ほどで熱は下がったが、折しも確定申告の時期。一夜漬けでの過激な作業…。こういう時は、貧しい音楽家からも税金を搾取する政治家が恨めしい!!
咳だけは続き、2回目の受診で飲み薬に吸入を追加処方された。喘息にならぬことを祈る。

おそらく安心したのがいけない…常に全てに於いて…


 夫の食道アカラシア…退院後(2) - 2018.03.02 Fri

(1ヶ月以上更新をしないと現れる広告がのさばっていることもあり、続きを書く。3月26日に3月2日付けで)

時々痛みに襲われつつも、至って順調に回復途中。

油断大敵。
いくら体表面に傷はないと言っても、また食道の表面にも傷はないと言っても、粘膜と外壁の間の筋層を合計17センチも切ってクリップで留めてあるのです。仕事など当分とんでもない!!
2週間の安静は安静で、楽器がら2〜3ヶ月無理です!(とコンバスに関してのドシロウトは思う)

2月の末から「痒い」「痒い」と脚を搔きむしり…その痒みはあっという間に全身に広がった。まるで火傷のように凹凸が出来るほど真っ赤に腫れ。
3月1日は木曜で休診につき、2日に朝一番で近所の内科を受診。そこは、アカラシアと判明する前、食道や胃の炎症、はっきり言えば癌を疑って胃カメラを飲んだ内科。カルテもあるし、しかも手術の報告もまだしていない…ということもあり、これは出向きなさい、ということに違いない!

先生はご覧になるなり、酷い蕁麻疹と診断。アナフィラキシーもまず疑い、呼吸に支障はないか訊いてくださった。
蕁麻疹の原因ははっきりしないものの、大体がストレス、つまり手術によるストレス、痛みによるストレスなど・・・
余りの酷さに、血液検査と子供の腕ほど太い注射を打ってくださった。夫の腕は注射針が入りにくいのを察知してか、採血で使った針から今度は注射。片手でこなす看護師の手際良さ、ため息がでるほど感心してしまった。(夫は見ていない。採決も注射も、いつもそっぽを向いている……信じられない!)
翌3日は、私が午前中から出かけてピアノを弾く用事があったが、運転手をするからと、再診のために朝8時半前からその内科の前に並んで受診してくれた。まだ外の自動ドアも閉まっていたそうだ。
再度注射を受け、週末を乗り切ることに。
蕁麻疹、そのクリップが(時期的には多分)吸収され始める頃から。異物へのアレルギー??と思ってしまう。もしそうだったとしても仕方ないにせよ。

私のその出かける用事については又改めるとして・・・

翌週から徐々に蕁麻疹は治って行った。
それにしても17センチを切り、痛みに耐えている訳で、可成り疲れは溜まっていることだろう。
学年末の試験に備えてのレッスンや、試験官をこなしに車で大学に出向く(運転は許されている。でも、いくら生徒・学生たちの単位や成績に関わるからとて…)。

それにしても顔色が悪い。
(ここ迄で送信)

夫の食道アカラシア- 退院後(1)・他 - 2018.02.23 Fri

2月21日・書きかけ

夫は2月7日に手術を受けて12日に退院してきた(これは書いたが)。
その前、9日に医師から施術に関する話や現状、今後についての注意などを聞けるというので出向いた。
8日の朝だったか、今日こそ!と夫の布団を干したり布団カバーを洗ったり、ベランダの掃除をしないと足の踏み場がないので、足を付かぬよう、しかも両肩を庇っておかしな姿勢で布団を干したのだと思う。その後掃除中にギクッと来た。魔女の一撃!(ドイツ語の直訳、実に的を射ている)ギクッと来たなどと言ってはおられぬ。モーラスパップをベタベタ貼り、モービックとミオナールを飲んで頑張る。

9日は杖をついて何とか豊洲へ。

2週間は大事をとって禁止事項多く、そもそも基本は「安静」。
普通は10センチ切るところ、夫の場合は他にも面倒な名前の(ジャックハンマー食道だったか??)症状があるため17センチ切ったそうだ。普通の傷を考えれば分かるでしょうが17センチ切ってクリップで留めたのだから、と医師は言われる、痛いのは当然、と。傷が治るにつれて痛みや違和感も軽減していく、とのご説明だった。クリップは自然と吸収されるので放置とのこと。(吸収って?溶けるということか??)
退院後は普通食で構わない、刺激物、アルコールや炭酸、カフェインなどは2週間禁止。重いものは持たない。
術前、術後のバリウムの流れ方や、そのクリップで留めた画像も(PCで)見せて頂いた。
すごい時代になったものだ、と感心。
次回は2ヶ月後に受診する・・・そんなに空けて大丈夫なんですか?と度素人は不安を抱く。ずっと2ヶ月ごとの受診だそうで。
説明は理解できたが、やはりそこで頭は止まっている。以前の私なら次々質問攻めにしただろうに。もう考えることも疲れている気がする。この一年は私自身も何だか常に体調悪く、そのくせ忙しかったからなぁ・・・

的外れのあれこれは浮かぶ。例えば平昌五輪で騒がれている羽生結弦選手の大怪我、もしかして手術を受け、骨や靭帯がクリップで留められているのでは?と想像はたくましく・・いや、以前(1998年だったか?2002年だったか??それとも2006年だったか???)私の大ファンだったプルシェンコ、息子の話では、体の中はボルトだらけだと聞いて、はぁ〜〜〜、そこまでして選手を続けるのだ、と色々な意味で驚いてしまったものだったが、今なら金属ではなく、自然吸収されるクリップを使うのかも…(と、手術を受けた話など全く耳にしていないのに)大怪我にも関わらず4回転を飛ぶ…う〜〜ん、クリップで留めて痛み止め飲んだら可能かもなぁ、という私の妄想は爆走。

逸れまくりのブログ。
11日に退院しますか?と言われたが、折しも連休。帰宅して直ぐに何か起きたら・・
大事をとって12日にしてもらった。

基本安静。
食事制限もよほどの刺激物や脂、アルコール(夫は飲まないが)、炭酸以外なら構わないとの話。
退院直後はとてもテンポよく食べていた。でも、パイナップルを食べたらしばらく痛みで動けなかったそうだし、大学の試験官でどうしても出向かざるを得ず、外食したところ入らなくなったそうだし。
バリウム的なものはいくらでも流し込めるだろうが、固形物での実験画像は見ていないから・・・何でもバリウムの固さになるまで噛み砕いてもらうしかない。・・・という訳で、結局うどん、お粥、角張っていない固形物などが心地よいらしい。
車はOKと言われたとか、なんだかんだと出かけて行く。
家の中は私の風邪による咳で空気は汚れているだろう、車に乗っていた方が余程空気は良かろう…。

書きかけのまま送信。全て順不同のまま文脈も放置で。
どなたか同じような症状に悩まされておられる方の参考になることがありましたら・・ということにて。





「夫の食道アカラシア」の続き- 手術 - 2018.02.21 Wed

(2月21日・記)

予定通り2月6日入院、翌2月7日手術。
術式も予定通り「POEM法(per‐oral endoscopic myotomy)」にて。

9日に説明を聞きに出向き、経過は順調だそうで、「11日に退院しますか?」と言われたほど。
2週間は安静に、刺激物を避け、重いものは持たない、など諸注意。
仕事がコントラバス奏者ですから…弦の張力はトン単位。演奏は暫くとても無理でしょう…

しかも、普通のアカラシアとは違い、ジャックハンマー食道という特殊な食道だそうで(アカラシアだけだって10万人に1人という奇特な病気だというのに)、普通は10センチほど切るところを17センチ切ってくださったそうだ。
食道の外の壁と内側の粘膜に挟まれた筋層を、ファイバースコープ付きのメスで(実物見ていません)切り進めることで締まり過ぎる筋層を緩くし、切った部分は片っ端からクリップ(いずれ吸収されてしまう)で留めて行く。その留めた画像は見せて頂いた。また、切る前の食道から胃へのバリウムの流れと、切った後の流れを比較して見せてくださった。切る前のものは食道にバリウムが溜まり、胃までの経路は黒いまま。術後は食道に溜まるや、バリウムの白い影は即刻するりと胃に移動。
うん、これは大変なことです。大変な術式を思いついてくださった井上教授に感謝!!(生憎一度もお会いできませんでした。世界中を飛び回っていらっしゃる方だそうで)

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食道の表面に傷はないため、翌日からお粥、4日目には普通食。手術から5日目に退院をし、帰りに蕎麦屋に寄って「玉子丼セット」を頼み、蕎麦は完食!!

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とは言え、17センチも切っているので、時々襲い来る痛みに胸をさすったりロキソニンを飲んだりはしていますが。
無事に手術を終え、退院したという報告まででした。
どなたか同じような症状をお持ちの方への参考になれば…と。


因みに、行きは私の発熱で(正しくは発熱は2日前で、ドクターストップ)送ること能わず、夫1人でスーツケースをガラゴロ転がして入院。演奏旅行に行くような出で立ち。退院時も私の軽自動車は腰に負担がかかるため、さりとて夫のアルファードを運転する勇気はなく、電車を乗り継いで(1回のみ乗り換え)帰宅。
日本全国から手術を受けに来られる患者さん方を思ったら、甚だ近いものです。


下は病室からの眺め
(本来は右端ビルの谷間に富士山が見えるそうだ)
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(右下に写っているバスが、一日数回フェリーだったか水上バスだったか、バスごと船に乗って運河の景色を堪能できるらしい)
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病気の詳細はまた改めます。初期症状はここに書いた・・・
最初の検査は近場のクリニックで。ここでは病名こそ付かなかったが、症状はまさに「食道の筋肉の締め付けが強すぎ」「食べた物を胃に送る筋肉が次々に連動しない」「噴門が甚だ固い」という説明そのものズバリ!!



夫の食道アカラシア - 2017.12.08 Fri

(記載:12月18日)

こんな話題しか書くことがない・・何ともな年齢になったものだ。


前の日記のリンク「記録」後の経過は、確か1〜2年後に糖尿病でのかかりつけ医のところでも麻酔なしのファイバースコープで覗いて頂いた。キシロカインでアレルギーが出るって、本当に大変!!
結果は同じ。夫は局所麻酔に替わる鎮静剤で爆睡していて記憶の彼方らしい。

そうこうするうちに、かかりつけ医からその障害は「食道アカラシア」という名前であることを知らされた。
悪いものならとっくに手遅れになる時期だわ、と至って呑気に構えていた。
バルーンを使った治療方法もあるが難点もあり、そうこうするうちに新しい手術方法(但し身体にはメスを入れないPOEM法)が開発され、その開発者の教授がおられる病院を紹介された。それが江東豊洲という次第。

ここで又検索をする私。去年から保険適用になっているそうだ(その前は、高度先進医療対応)。

6日に検査入院、翌7日は朝から絶食で丸一日検査だから、私が行ったところで何もすることがない、との看護師の話は有難く、たかが豊洲の往復ですっかり疲れの残った私は、家で爆睡して過ごさせて頂いた。

8日は夫と共に検査結果を聴くため、私も出向いた。
若い担当医から結果と今後の治療法の説明を受けた。
即刻10日に入院すれば…云々…(多分年齢からとっくに定年退職後の身分と思われたに違いない)話が進みかけた。悪いものではないのなら、とのことで仕事が一段落する2月に今度は全身麻酔での手術との予定が立った。

手術法はPOEM法(per‐oral endoscopic myotomy)という、食道を覆う外側の筋肉と食べ物の通り粘膜との間にある筋層を(という言葉ではなかった気もするが)、喉を切開してファイバースコープの先に付いた小さなメスで胃に到達するまで切り進むらしい。病名も「食道アカラシア」よりも少し複雑な、だったか種類の違う、だったか、「ジャックハンマー食道」というそうで、術式は少し複雑になるのだったか?いずれにせよPOEMには変わらないようだ。
一通りの説明を受け、「何かご質問は?」と訊かれても「何が分かって何が分からないか」が分からず、う〜〜〜ん・・・「病院のサイトのPOEM法のリンクを開くと、訳の分からないサイトに飛びますが…」と何ともな質問しか出来なかった。(書類一式を渡され、帰宅後読んでも分からない!正しくは、文字を追えない。でも「何が分からないか」が分かってきて、「もう一回出向いて質問したいわ」と毎度のパターンの私)


退院手続きをして解放。
18年の間に、何とも近代的な都会になったことか!!昔ながらの長閑な風景や店舗は何処?
ガラス窓の小学校に、高いビル、ビル、ビル・・・

写真も撮ったが、記憶できないので順不同。物見遊山ではないのだから。
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でも、豊洲駅近辺の昔ながらの「定食屋」で昼食。
Instagramはしていないので写真も撮らないが、大きなカキフライが美味しかった!

帰路は、未だに乗ったことのない「ゆりかもめ」で新橋へ。
相変わらずおのぼりさんの私。

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(以下、順不同)

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この話題の続きは多分2月になることでしょう。
ひとまず送信。


おのぼりさん - 2017.12.07 Thu

昭和大学江東豊洲病院へ行った。
主役は夫。「食道アカラシア」での検査入院。
最初の診断は・・
数年前に書いたような気がして、ブログ内検索に「夫 嚥下障害 麻酔なし カメラ」と書いたらヒットした記録
いやぁ・・・年月の過ぎる速さたるや!あれは4年も前。娘に子供が生まれる前の話だったのですね。

その病院、WIKIによると;
1982年6月:昭和大学附属豊洲病院として開院。
2014年3月24日:豊洲5丁目に移転し「昭和大学江東豊洲病院」に改称する。

私が入院した豊洲は、1998年。1999年まで通院。駅から2〜3分の気が・・1回目の手術は、まだ癌とは分からず外来でピンポン球大のしこりを切除。その後10日間ほど毎日、消毒の為に出向いたような曖昧な記憶。ともあれ遠くて苦痛ということは一切なかった。その切除したものが癌と分かり、後日一回り大きく全身麻酔で手術を受けるため入院。胸に溜まるリンパ液が(数字は忘れた)一定以下になるまで退院禁止。退院後は、外来受診の度に帰路は銀座一丁目途中下車。おきまりのウィンドウショッピングとショッピングと・・・一旦は至極元気になったものだった・・(その後で皮膚筋炎を発症)

新しい江東豊洲は駅から徒歩6分と書いてあるが、私の脚では10分かかった気がするわ。バスもあるらしい。豊洲から1停留所。

帰りは一人有楽町線に乗り、1998年からの習慣は脳内にインプット、反射的に銀座一丁目で途中下車。
でも風景は全く変わり、目指していた店はどれも記憶の場所から無くなっていて、がっかり・・・
でも荷物増やしていたら肩腕の痛みは増したことは確実。

ヘトヘトでした。

それにしてもおのぼりさん・・・
余りの風景の変わりように愕然!!

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(写真に入ってしまった方、すみません!誰も通らないというタイミングは皆無で・・・)

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おっと、こんな話ではなかったのだわ!!
続きは又。




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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
★このブログや大元のサイトへの感想やお問い合わせはservus2008@gmail.com宛に@を半角に直して送信願います.
【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2020 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
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