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2020-03

肩・腕の痛みは両側に - 2018.04.03 Tue

最初のきっかけと、昨年春〜夏に受けた治療が良くなかったことだけははっきりしていたが、年明け位から右肩にまで同じ痛みが始まり、上腕〜腋の下まで広がった。
かつて、両手ともに背中で届かない場所はない、が自慢だったのに、右手すらもが背中に回らなくなってしまった。孫の手が必需品になるなんて!!
朝起きて暫くは手を握れない。ベッドに起き上がり、肩を回したり手を開いたり閉じたりしてから動き始める。

一体どうなっているのやら、何気なく検索していたらヒットした「リウマチ性多発筋痛症」!!
診断基準7項目の中、検査を受けていない「血沈」以外、殆どが該当。最近検査は受けていないが、冬にはCRP上昇、皮膚筋炎・多発性筋炎では上がるCPKは相変わらず正常値。
CRPはさほどの異常値ではなかったので、風邪だったのだろうとは思いつつ…

疲れ易いのは困ってしまう。言い訳にしか聞こえないに違いないだろうが、どこかに出向いた翌日は一日疲れで寝込む。イースターの翌日然り。
不信仰が故に神が怒りを下した!?

ステロイドによる易感染症 - 2017.12.18 Mon

1998年からの多発性筋炎・皮膚筋炎で、ステロイドの副作用に関しては詳しくならざるを得なかった。

(以下、自分のための備忘録を兼ねて、だらだら書きのまま)
以前にも書いたように、8月半ばからの毎週「デカドロン3.3」肩関節注射は多すぎたようだ。
有難いことに、他県の、それもとても遠い地で開業なさる先生にもアドヴァイスを受けた。1ヶ月1回ですらも多いと。
11月初めにやめたとて、副作用が即刻治るわけでないことも、プレドニンを使用した(ている)身にはよく分かる。

結局8月末から3週おきに膀胱炎を起こしていることになる。
先週も、某協会主催のクリスマス、クラビットを服用中にも拘らず途中から痛むわ、しかも大元の肩関節の所為で、立食パーティが故の「お皿」すら重い!!(立派なお皿だったのかも…)肩と上腕の痛みに耐えられず、途中から座らせて頂き、ご馳走は残すことなく平らげた!
こんな日々を過ごしていては、人生損するわ周囲に何かと迷惑はかけるわ・・・

ふと思い出したのが、大学病院をお辞めになった元主治医のA先生から頂いてあったパンフレット。
「腎泌尿器」のご専門でもあり、そのパンフレットの病院は我が家から近い!!(元気なら自転車の行動範囲)
念のため検索したところ、腎臓と泌尿器とは別な日であることも分かったが、ともかく1日でも早く診ていただきたい!
車を近くのビルの駐車場に駐め、出向いた。
生憎A先生は腎臓しか扱わないが、翌日にやはり同じ大学病院教授のO先生が泌尿器でいらっしゃるとのこと。翌朝出直した。場所がはっきりした今度は自転車と電車で。
A先生が伝言を入れてくださったようで、いともスムーズに診ていただけた。

クラビットを使った直後が故、検査は異常なし。耐性菌も無いことになる。
「でもそんなに頻繁に膀胱炎を起こすかなぁ…」と。「泌尿器でもデカドロンは0.1ミリ単位で使うが、3.3毎週は多すぎ。でも…」と訝しげ。
今年初めからの話を大雑把に、でも出来るだけ全部を網羅すべく話した。
ご納得頂けた!その様な状態で毎週デカドロン3.3ミリを毎週使ったことが引き金となり、副作用である易感染症をこんなに頻繁に起こしているのでしょう、とのこと。そうか!腑に…落ちた思い。
超音波エコーも撮ってくださり、これも異常なし。悪い物はなくて安心。

抗菌薬はクラビットで構わないこと、水分を多く摂取すること、など言われることはどこも同じであっても、悪い物でもなく耐性菌の心配もないことが分かり安心した。暫くは罹ったらクラビットと水分・・・で過ごすしかなさそう。早く体内からデカドロンが抜けてくれることを願うばかり。長期にわたって体内に残るタイプのステロイドだそうで。
ただプレドニンとて、一旦罹った副作用の中には治らないものも存在するので、抜けたからとて完治は望めないか??
何より倦怠感も酷い。フラフラ感に動けない日も多い。でもこれとてプレドニン40ミリの時に比べれば何ということもないレベル。

大元の肩関節と腕を何とかすることを考えないとなぁ。

帰宅後はのんびり過ごすことにした。
テレビも有難いもので、クラシカ・ジャパンでミラノスカラ座の『魔笛』を観、その後はJ.S.バッハの『クリスマス・オラトリオ』全曲。シュターツカペレ・ドレスデンによるフラウエン教会での演奏。指揮はクリスティアン・ティーレマン。
夫と共に、こういう教会で聴きたいねぇ、弾きたいねぇ・・・

行けるうちに行かないと。我々夫婦は何と!1981年に帰国後、二人で海外旅行をしたことがない。
我々は4歳離れているが、「アラコキ」というそうだ。アラカン(カン=還暦)の次。アラコキのうちに!!

翌日曜も出かける予定は全て諦め、殆ど寝て過ごした。
休める日は休むに限る。




ハシゴはすれども(備忘録代用) - 2017.11.26 Sun


あぁ…一体何ヶ月、何年アルコールから遠のいているやら…

と、そのハシゴではありません。
月曜は大学病院の整形外科。早く着いたので、受診の前に、来週のために入っている検体検査を済ませた。

診察では…肩腱板損傷、教授も経験がおありとか、右肩だったの車のハンドルが左に切れなかった、私は左肩だから右に切れない・・そんな話で盛り上がっても…
部分的に断裂している可能性もあるらしい。
MRIを撮ってください、と頼んだが、「動いているから」と撮っては頂けなかった。手術の可能性がある場合のみ撮るらしい。断裂し切ってからでは手遅れ、目下の様子を知りたかったのだけども。

朝食抜きの検査があったので、受診後は何をおいても6階のCaféへ。

すっかり秋の景色。
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いつものパンはやめて、雑炊。
但しソーセージはしっかり付けた。
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下は連れ合いの甘いもの
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会計も薬局も、月曜らしくなく空いていたのに、私の骨粗鬆症の薬が公費から外れている。
薬局から病院に電話してもらっても繋げてもらえない。私が直接教授に話したい旨伝えてもらっても、「多忙ですから」の一点張りだそうで諦めた。さもありなむ
火曜は近所の整形外科でPTと注射。
夜中から左肩が痛んで何度も目覚めた。
水曜は朝から腕を吊っておきたいほどの痛み。
関節腔内注射がどこかに漏れた?話によれば、膝ではよくあることらしい。
そのうち抜けるだろう、と我慢。
我慢した所為か、木曜はフラフラに疲れ、この一週間は金曜にお一方レッスンした以外、久々に休養あるのみ。
のんびりとオーストリア放送の音楽番組その他、耳を傾けていれば、いつの間にか爆睡。
夕方になって「相撲」を点ければ、立腹甚だしい今場所。
今週ときたら・・・月末の恒例の係を行ったのみ。
今日も出かけたい用事はあったが、これ以上痛めては・・と寝て過ごした(いや、起きていたいのに、いつの間にか爆睡)。
ピアノだけは弾ける。但し疲れていなければの話で、ヨロヨロヨレヨレと。
もしや「弾ける」からMRIを撮ってもらえない??とても弾ける部類ではないのだが


殆ど出歩かないものだから増えるは体重…殆ど無いに等しい「入る冬服」…強引に着ても肩が痛くて脱げなくなることに気付いた。夜中、よほどハサミでジョキジョキ切って脱ごうか、と思うほど。何てこった…


知らなかった副作用(つづき) - 2017.11.16 Thu

丁寧な理学療法を受けている。
お蔭で左肩腕の可動域も広がった。
けれども、副作用が故にやめてしまったステロイド関節注射、やめては復活するだろうと思っていた痛みが案の定。
痛みの一番酷かった時を「10」とし、全く正常だった頃を「0」とするなら、ステロイド注射と理学療法で「4」くらいまで回復した。注射をやめてから、治ってきたと思っての「ついうっかり」が多いこともあろうが、「8」くらいまでぶり返した。
でも週2回しっかり理学療法に通い、日常生活での「うっかり」も気を付けているので、再度改善しつつある。

けれども、ステロイドはいつになったら完全に抜けるのだろう。
目下、膠原病での維持量としてプレドニン(ほんの)2mgは服用している。注射はプレドニン換算20mgだったというから、いくら2ヶ月に8回限りとはいえ、まだまだ抜けないのだろう。伴って副作用の易感染症も。全くやれやれだ。又しても「膀胱炎」を一昨日の夜中から起こした。8月末から5回目になる。怪しげな気配あり、昼間のうちに整形外科でクラビットを処方してもらってあったし、次回は、と購入してあった漢方薬もあり、漢方薬だけは寝る前から服用していた。医者へ行ったとしても待たされた挙句、「水分を十分補給せよ」と言われてクラビットを処方されて帰宅し、どっと疲れが出るのも見えているから。
昨朝は悪化、朝の忙しい時間帯に又しても隣家を騒がせて相談。クラビットを即刻飲むように、漢方薬を併用しても大丈夫、3日経っても治らないようなら受診せよ、とのアドヴァイスを受けてクラビットを服用。うん、3日間は仕方ない・・・(お嫌な方はどうかスルーで!!)血尿は毎度のことながら、今回は不気味な塊が出た。
普通なら膀胱癌を疑いたくなるところだ。でも癌がクラビットで症状改善するとも思えないし、これは絶対に副作用。この年齢になるまで膀胱炎など殆ど罹ったことがないので、ドシロウトの確信。来週と再来週に入っている大学病院の複数の科の予約を待つしかない。エビデンスレベルとしてどうなのか。単純な尿検査で血尿、蛋白、白血球だけなら数分で結果は出るが、どんな菌なのか、そして死滅したのかどうかの確認を何日かかけてでもしてほしい(「どこにでもいる菌です、問題ありません」と言われることも見えなくはないが、こう頻回では困ってしまう)…とドシロウトの「医学概論」講師は思う。

そんなこんな、昨日は休養第一を考え、二人入っていた生徒のレッスン、一人は休みにしてもらった。毎週3時間ずつ、月平均5回もレッスンしているのだもの。「過保護はええ加減にせい!」と言われているのかもしれない・・ということで。

それにしても無理な計画あれこれが祟ったか・・・
パソコンは未だに解決つかず文字入力も不自由なまま、向かい合う時間もなく、この類の書き込みやメール、写真やiTunes以外は放置のまま。突然OS10.7からOS10.12に過激なヴァージョンアップをしたものだから。(粗忽者につき、バックアップだけはあっちにもこっちにも録ってある)
Finale25と来ては、まるでウィンドウズとマックの違いほどある…のみならず、頻繁に使うWordも景色が全く違い、思うフォントも入っておらず、結局未だに壊れたOS10.7どころか健康なOS10.5とOffice2008の慣れた景色で作業。
この先、壊れない限り全て手慣れた古いヴァージョンで作業をするか・・・
パソコンまで副作用を起こさないことを願うばかり


知らなかった副作用 - 2017.11.02 Thu

「多発性筋炎・皮膚筋炎」と診断された1999年、治療薬としてステロイド(プレドニン40ミリ/日)を毎日服用し、3ー4ヶ月経って漸減(ぜんげん)を始め、その前にはありとあらゆる副作用が増えて行った。だからステロイドの副作用を挙げよ、と言われたら即刻並べ立てられるほど知ってしまった。
けれども注射、しかも局所注射でも現れるとは考えだにしなかった。

7月後半に大学病院にて「肩腱板損傷」との診断。注射を拒んだことから近所でリハビリを受けるように言われ、即刻リハビリは受け始めた。けれども治るテンポは今ひとつ芳しくない。8月半ばから注射も併用することになった。
折しも生まれたばかりの孫は母乳オンリーで成長している。母乳の出は母親の栄養次第。娘夫婦に頼まれ、週に何度か3品4品を食卓に並べることとなった。
食べる必要のない私まで一緒になって食べていた所為だろうか?たったの2ヶ月で3キロも体重が増えた!!……そう思い込んで、食べる量は減らした。
けれども、眩暈、倦怠感、体重激増、血圧上昇、その他1999年を思い出すような諸症状に見舞われた(検査していないので血液データは知らない)。もしや注射の副作用!?!?

10月半ばになり、やっと検索した。何と便利な時代だろう!!

「怖さもしらないと!ステロイド(関節注射)治療の効果と副作用」というサイトに出くわした。特にこの中の「2-1」には;
①一般的な勧告としては、ステロイド注射薬の局所投与は、同じ箇所には年間に3~4回程度とする。
②ステロイドを加えた注射は3ヶ月に1回以上行ってはいけない。
局所投与であっても、より頻回であれば、長期ステロイド内服と同様の不利益をもたらす可能性があるということです。

と書かれてある。え?「年間に3〜4回程度」!?・・・2ヶ月で8回は受けた。

1999年に一番問題となったのは、ステロイドで免疫力を落としてしまうので、感染症に罹り易くなり、病室から出る時にはマスクを強いられた。でも足先は埃を蹴って歩くから「瘭疽」を起こした。2ヶ月も治らず、クラリスを2ヶ月飲み続け、そのことも問題となり、とうとう麻酔もなしでジョキジョキと爪を捥ぎ取った。
そういう経験があるので……。余り書きたくないが、8月終わりから「膀胱炎」を繰り返した。10月末までに4回も!!クラビットを4ー5日飲めばその時は治る。・・・もしやこれって・・・ステロイドの副作用??

隣りの医者(身内にて…)に確かめてみた。
大いにあり得るそうだ。ヒアルロン酸に痛み止めを入れている、と聞いてはいた。

ここでやっと診療明細書を見てみた。
ヒアルロン酸(アルツディボス)は一番に言われていた注射なので良いとして、その中に(局所麻酔薬でもある)キシロカイン(これも良いとして)に、ステロイドであるデカドロン注射液3.3mgが入っていた。
隣りの医者に又尋ねてみた。デカドロン3.3mgはプレドニン換算でどんな量なのか。すると20mgに該当すると言う。

上の二つのリンク先を照合して考え、ステロイドを中止して頂くことにした。

メインは週2回のリハビリ。
そして週1回のヒアルロン酸(+キシロカイン)の注射。
これで様子を見ているところだ。

やはり注射で炎症や痛みを抑えていたのだろう。
リハビリのお蔭で以前のような痛みではないが、人と擦れ違って肩が触ってしまった時など、やはり痛い。荷物を運んだり、本や楽譜を定位置に戻しただけでも痛む。多分右利きが故に、左手で周囲の本類を押さえて片付ける本を差し込むから。

暫く様子を見ながら、「痛い」と思うことは避けて通るしかない。



祈らず勝手に決めるが故… - 2017.10.19 Thu

本来のきっかけは、キリストへの祈り無しではBachの作品、いや、他の作曲家であってもキリスト教と直結した曲は弾けない…という傲慢な思いだった。
昨年秋ごろから、子供でも弾けるその類の作品でCDを1枚リリースしたい、と思い続けていた。そして年末だったか…レコード会社に収録の予定をお願いした。
ところがその後、娘一家を手伝う様々な事情が出来たことから、「あれ?私、もう10年近く演奏活動を止めてしまっているではないか!そんなつもりではなかったのに…今後も不可能だろうなぁ…」と気付く。それで潔く諦めれば良かったのかもしれない。
肩〜腕の異常は神様から「無理をしてはいけない。徒労に終わるよ」との警告だったのかもなぁ。


1月半ばにパソコンが壊れ、渋谷にあるMacのジーニアスバーに即刻予約の上、持ち込んで調べてもらった。誤魔化し程度の修理をしても直ぐに壊れるだろうし、その頃には部品もない、と言われ、月末には再度新品を買いに渋谷まで出向いた。データ移動した古い壊れたパソコンと両方(つまりMacBook Pro15インチとMacBook Air 13インチ)をリュックで背負って持ち帰るなど、肩への負荷は大きかった。日頃荷物を持った外出は殆どしない身には何ともな日。その上、OS10.7とOS10.12のヴァージョンの余りの違いに、その日のうちに済ませてしまおう、とばかり、分厚いマニュアル本を数冊買うなど、「もう勘弁してくれ〜〜」というような荷物を背負って電車と徒歩で帰宅した。Macの店でインストールしたOffice2016(使うメインはWordとExcelだが)の風景が2007と余りに違うので、そのマニュアル本も一応買った。これで何とかなるだろう・・・(は結果的に甘く、未だに解決が付いていないのだが)

その数日後だった。孫娘を左手で片手抱っこ、右手は荷物にて教会に満員電車で出向いたのは…前に書いた通り。
事細かく書くべきではないが、娘の悪阻から日々抱っこする機会は多く、甘える孫娘が寂しい思いをせぬよう、真剣に相手をする日々だった。決して義務感ではない。純粋に可愛いが故の相手。ピアノの生徒たちにも随分我儘を言ってレッスンを延期してもらった。

新しい鍵盤キーボードと最新ヴァージョンのFinale25で楽譜を急いで書くことがいくつか控えていたのだが、これ又「???」の連続。2001年に数ヶ月通った教室に飛び込み、ヘルプ!ヘルプ!!これが2月末。
パソコンの画面風景は変わっていても、あちこちクリックしてみれば同じ機能は必ず入っているとのアドヴァイス。これは納得。・・でもFinale2001で書いた方がよほど速かった??(但し、2001が対応しているOS9はインターネットに繋がらないので、ドライブ経由でOS10.5に移動してプリントアウトとなる)

何とかFinale25で書いて、合わせ・本番には間に合った・・・
ピアノに向かう練習時間は皆無ながら。
如何せん身体と時間が足りずに自然消滅させてしまった「頼まれごと」もあり、深く詫びた(つもりだけ?)…。

そうだ!2月初めには、旧型のクラヴィノーヴァで「出ないと分かっているフォルテ以上」の音量を出そうとした出来事もあったっけ・・・頭が勝手に音量の幅を要求してしまうので、これは可成りの負荷となった。


・・・無謀な予定を組んだ話を書こうとしたのでしたっけ。

なまじピアノは弾けたのが良くなかったか…
4回日程を組んで、いや、横入りで予約を入れて頂き、CD2枚分の収録することにした。これで人生悔い無し!との不信心モノ!!
毎週末整骨院に通い、肩・腕、強烈なマッサージやボキボキっと音がするような治療、腕全体を持ち上げてベットに叩きつけるという過激な治療も受けた。
収録は、そのお陰で(多分)体調だけキープ出来ていたのだろうと思う。ただ・・・
前にも書いた、腋窩リンパ節10個の郭清に伴い、切断しているであろう腋窩の神経。


そうして・・・当初のキリスト教云々からは程遠い出来の、決して満足は行かないながらCDの収録も済み、肩や腕について、「ピアノを弾いた所為じゃないの?」と色々な方に頻繁に言われたことから、試しにピアノを弾くことをやめてみた。1ヶ月以上、いや2ヶ月近く。それでも治らないどころか、日に日に悪化の一途。しかも練習をしないものだから指がどんどん衰え他人の指と化す。それでいて肩と上腕は痛い!うっかり左手を後ろに回したり、体を支えてしまえば、悲鳴を上げるか暫し蹲る(うずくまる)かの痛み。

整形外科を受診した。あとは前に書いた通り。その後は又改めます。

あぁ〜〜、何という1年であったろう・・・
とは言え、娘の第二子が無事生まれたことに感謝!心から!!



あなどれない腋窩リンパ節の郭清 - 2017.10.14 Sat

1998年に乳癌が見つかり、当時のマニュアルとしての「腋窩リンパ郭清手術」を受けた。
それは、乳房内の癌細胞が最初に転移若しくは通過する場所のほとんどが「腋窩リンパ節」だから。
当時のマニュアルでは10個の腋窩リンパ節を郭清し、そこに癌が転移していないかどうかを調べることが定められていた。しかも手術した胸は切り開いたまま結果を待つ。取り出した10個のリンパ節を顕微鏡で覗いて調べる。患者は全身麻酔で知らない間の作業…
私の場合には全部が「白」だったので、強い抗癌剤は使わず、タモキシフェンというホルモン系の抗癌剤の内服で様子を見ることになった。

そこ迄は納得!

けれども今現在のマニュアルでは、10個も郭清したりしないそうだ。
検索したら、下記のようなサイトの中の、分かりやすい説明に出くわした。
腋窩リンパ節を郭清することは必要ですか

かいつまんでいうと、先ず「センチネルリンパ節」への転移の有無を調べ、そこに転移がない場合は「腋窩リンパ節郭清」を省略し、転移があった場合にのみ腋窩リンパ節郭清を行う、ということ。

・・・

私の場合には1998年当時のマニュアルに従い、悪性腫瘍摘出に伴い10個のリンパ節を郭清した。だから、術後から(多分一生)「重いものを持っては駄目」「血液検査や血圧計は郭清していない方の腕で」と何度言われたろう…
慣れた頃が怖い。
術後10年が経ち、15年も経ち、今は19年が経った。その間には色々なことがあり、避けられない大きな3棟の物置の解体(勿論解体は業者だが)。当然中の荷物を我々が運び出す。一箱ずつ内容物の要不要の点検をしてから。来る日も来る日も高い棚の上から重いダンボール箱を下ろし、仕分け作業をしては台車で家に運搬する。その前に家具の運搬で腰椎を傷めた夫は立っているのがやっとの状態となり、荷物の上げ下ろしや運搬は私の作業となった。指や頚椎は傷めたが、それらは完治。
結局、腋窩リンパ節郭清からの影響は何も感じなかったものだから、もう大丈夫なのだ!と間違った自信がついてしまった。


今年の1月末、3歳の孫娘を連れて電車に乗った。乗り継ぎのエレベータまで歩かずに済むよう、最前車両に乗った。日曜ということもあったのか、早朝なのに人、人、人・・・
とても座れない、立っていてもつかまる物が無い。仕方なく運転席や進行方向の風景が見えるように、孫を左で片手抱っこをし、右手に荷物。そのうち左腕がもぎ取れそうに違和感を覚えた。けれども「痛み」は殆ど感じない常。
ところがこの出来事以降は、月日と共に左肩腕が徐々に痛みを増した。可動域も狭まった。唯一救いはピアノを弾くという行為には影響がなかったこと。
7月半ば、左腕では背中は勿論、腰にすら手が届かないほど可動域が狭まってしまった。8月初めには寝返りも痛くて打てない。夜中に痛みで目覚めることすら頻回。

大学病院の整形外科(ステロイドによる骨粗鬆症で2001年からお世話になっている)定期受診の折に話し、即刻レントゲンを撮ってくださった。
「腱板損傷」とのこと。
普通1.5cmは空いている隙間が6mm弱。
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即刻「注射!」と言われ、思ってもみなかったので躊躇っていたら、「じゃぁ近所の整形外科でリハビリ受けてね」と相成った。
以降仰せの通り、近所の整形外科でリハビリを受け、行くたびに腕の可動域も広がりつつある。結局そこで注射も毎週打っていただくこととなり、今は随分改善し、完治する日も近いような気がしている。

腱板損傷も「断裂に近い」損傷もあるらしい。私の場合は断裂には至っていないが、あの「もぎ取れそう!」と思った1月が発端だ!!
1998年の術後から何年間かは、冷たい飲み物を飲むと、飲み物が首から脇の下をぐるりと回って胃に入るような経路を感じたものだった。蚊に刺されてもどこを刺されたのか不明。
でもそれらは年月と共に軽減した。いや、気にならなくなったのか、慣れてしまったのか・・

やっと気づいた今年の夏、確かに左脇の下はつねっても全く痛みを感じないではないか!!右と比較して愕然とした。普通は脇の下であってもつねれば痛いのだ!!

今年前半、治療のために整骨院に毎週通ったのもまずかった。体調を整えて頑張るには役立ったかもしれないが、毎週の過激な腕〜肩や背中のマッサージ、全腕〜肩をベッドに叩きつけるような治療、等々……腋下リンパ節を郭清していなければ、つまり神経が生きていたなら、大声で悲鳴をあげていたに違いない。


その他今年前半はしっちゃかめっちゃかだった・・パソコンが壊れ、一気にヴァージョンアップしたこと(Mac OS10.7から10.12へ)。それに伴う最新のFinaleに最新のOfficeの操作は、「え?本当にこれ、Mac??」状態。何より体調・体力を無視した演奏をはじめとする計画諸々・・・

それらは又改めるとして、腋下リンパ節郭清を受けた方は、くれぐれもお気をつけください、心から。




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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
★このブログや大元のサイトへの感想やお問い合わせはservus2008@gmail.com宛に@を半角に直して送信願います.
【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2020 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
★遙か下方に設置のカウンターは、サイトを複数回お訪ね下さいましても1日を1回とカウントし、又、私を入れない設定になっております。



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