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2020-03

災害に比べたら何も言えないが… - 2019.09.15 Sun


何だか慌ただしい春夏だった。
実際には慌ただしくないのかも。多分うたた寝ばかりしているから使える時間が少ない!
諸事言い訳ばかりで、このまま老いていく気がする。


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[眼科通い]
私の目はショボショボの常。この13インチのMacBook Airでは益々目が限界。
画面の大きな物を(も)買わねば、と思いつつ2年が過ぎた。
目が干からびては点眼薬5種類(シェーグレンとして処方されている)を日に何回も点す。管理は眼科。


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[歯科通い]
去年の今頃に通って痛みを訴えた歯。当時治療に通い、一件落着したのだった筈が、1年経って痛み再開。
ガムを噛んで誤魔化している訳にも行かず、同じ歯科へと甚だ重い腰を上げた。
結局レントゲンを撮る角度が90度違っていたため、亀裂が発覚しなかったらしい。目視にて判明し、しかも歯の詰め物をほじくった奥の肉の部分に膿疱があるとか。それが痛みの元凶らしいのだが、1年ぶりに通って、今なおやっと仮歯状態。まだまだ続きそう。今日も治療中の歯が違和感。


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2年半前に傷めた肩の治療も未だに週2回続いている。
加えて膝関節の痛みも。


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[壊れた日常用の眼鏡]
極めつけは、日常用の遠近(遠中近)の眼鏡が壊れた!
縁無し眼鏡なので、レンズに穴を開けて耳への「つる」(固有名詞正しくないかもしれない)と繋げているデザイン化された蝶番がどんどん緩む。緩んでは締める、それがとうとう週1回締めることになった。小さなネジを小さなネジ回しで。その頻度がとうとう1日に2〜3回となっては…見てもらったところ、そのネジ近辺(これも固有名詞分からず)が折れているそうだ。作るには纏まった時間が必要。
仕方なく、日常生活は10年も前に作った「遠中近」ならぬ「遠中」でしのいでいる。「近」は裸眼。
差し当たって文字は小さくとも、パソコンはブルーライトカットのものを使用、ピアノは譜面台に合わせた10年来のモノで度は合わないが、何とかしのいでいる。運転用は別にある。
コンタクトレンズが使えた頃は便利だったなぁ…
何しろ日常生活が捗らない。いちいち場面によって眼鏡を取り替えているから。
亡くなられた「眼鏡屋のおじちゃん」。何かあれば丹念に、気の済むまで検眼やレンズの度を替えててくださっていたし、子供達が小さい頃から「何かあったら眼鏡屋のおじちゃんのところに逃げるのよ!」と教えるほど、この地域の助っ人でいらした。


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あ〜〜〜、やれやれ・・・1つずつは大したことないのに、重なると気が重い。老いるとはこういうことなのだ・・・
ぼやいていても仕方ない。ひとつずつ気になっていることを片付ける。


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[初のデスクトップ型購入]
ショボショボの目を解決するためにはパソコン購入! 友人お薦めの27インチのiMacを購入。初めてのデスクトップ型。
秋になると新しいversionが発売されてややこしくなるので、目下の最新Mojaveを、とピアニストなのにパソコン博士のような友人にいつも助けられている。
8月にヨドバシに出向いて既に購入してあるのが…如何せん大きい!巨大!! これを開いてしまったら、AppleCareと電話でのやり取りも始まるだろうし、2〜3日間設定に追われることは間違いない。
しかも、パソコンが更にグレードアップしたら「同期」しているiPhoneはついて行けるのだろうか。いつも「アップデートしますか」と表示が出て、「今直ぐ」「後で」の選択肢を「後で」にして5年半が経っている。サクサク動いているから気にも留めなかったが、今日こそ! と「今すぐ」を(意を決して)タップ。何度もリンゴマークが出ては勝手に再起動を繰り返す・・・読み込みに2時間もかかってしまった。そして可成り風景の違う最新ヴァージョンのiPhone5sとなった。「あれはどこ?」「あれはどこに行ったの?」と「設定」の中を探しまくりながら、使い方もやっと5年分慣れた。
そして又購入したまま放置の27インチの大きな箱を眺める…


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[巨大なパソコン]
何しろ初めてのデスクトップ型! 予想はしていたが巨大なパソコン置き場を作るには、積み上げてあるものを整理しないと…その為には本も整理しないと…
ピアノの部屋は別にあるので問題ない。
困ったのは2階の3部屋。
1階の1部屋と2階の1部屋は、信濃大町から持ち帰ったあれこれで溢れかえっている。無料で引き取ってくれる区のセンターは、季節によって分別が違い、今は夏物。だから冬物を詰め込んだ段ボール箱で、2階のひと部屋はぐしゃぐしゃの倉庫と化している。3つの物置解体によって運んできた両方の家の先祖の品は、予め取り敢えずクローゼットに入れた。箱に中身を書いて。


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[本棚のこと]
ピアノの部屋には造り付けの本棚が楽譜と音楽書で埋まっている。
問題は2階。
私の本棚は1つしかない。あとは母の遺品の2つの本棚。
そこに収まらない本たちは、娘のお下がりのロフトベッドの本棚部分へ。それでも入りきらないので、段ボール箱をいくつも本棚代わりにし、潰れてくると次の段ボール箱…の繰り返し。不自由極まりない。
漸く組み立て式の本棚も買ったのに、その置き場を作らねば。踏み台代わりになっているだけの小さな冷蔵庫を隣室に運び、そこに置くつもりが…これも隣室の片付けが先で(信濃大町から持ってきた物に溢れている)。今始めたら大変なことになる! と未だに放置。取り敢えず散乱は段ボール箱に突っ込んでおくか??


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[このMacBook Air]
購入したのは、前のMacBook Proが完全に破壊したから。
一昨年春に渋谷のジーニアスバーに持ち込み、Proの中身は生きていたので、それを移動したのか、はたまた持参した外付けHDDから移動したのか…預けて、スタッフがこのAirに全て移動しておいてくれた。
「軽いこと」「安価であること」を最優先して購入したから、前のProにも増して小さな13インチのAirは当然目にきつい…そして2年半が過ぎた。
頻繁に使うOfficeも、Appleのスタッフの指図通り最新をインストールした。 Microsoftのアカウントを作らされたというのにパスワードも忘れた。箱も無いぞ。アメリカ人のスタッフだったな…だからなのか、フォントがやたら中国語と韓国語ばかり! MicrosoftだからMacではケアしてくれない、と言っていたな…
と思い煩い、何日がかりかの作業が待っていることが分かるので更に放置。


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先ずは本の整理だ! …と、組み立て式の本棚を買ってはみたが、置き場を作らねばならない。踏み台代わりに使っている小さな冷蔵庫を移動するか・・・それとも・・・組み立て式とは言え、可成り重いので、作業をする部屋に運ばないと…とこれ又放置。冷蔵庫を別な部屋に移動するなら、それはそれで大作業が待つ。


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[ハノン生誕200年]
あぁ〜、この夏もピアノから離れてしまった。
でも「ハノンの年」は忘れていない! 昨年暮れに思い立ち、年賀状で意を決した「何かせねば」だった。
結局こんな時期になっては会場を確保するのも宣伝するのも不可能、寧ろ億劫。生徒たちも「ハノン」の敬遠は見え見え。
「何かせねば」は、まずは自宅で生徒たちの勉強会として、この衰えた指と頭で、以前から考えてあった内容をミニ・レクチャーをすることにした。
日程を、7月末だったか8月初めだったかメール連絡で募り、調整し、9月8日と14日になった。
考えてあった内容もレジュメとしてWordで記しつつ過ぎた。

個人レッスンにせよ勉強会にせよ、何だかんだ言っても、私にはピアノを教えている時が人生最大の至福の時らしい

「ハノンの勉強会」の内容は又後日報告。


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老いる一方の我が身をよそに、孫達は日々刻々成長する。
上の孫(正しくは真ん中。一番上は関西在住)がバレエの発表会を目指して通し稽古の8月半ば頃に、下の孫が何度も発熱。
特に何を手伝うではない私も、手伝える時には手伝うべく、手帳のスケジュールは最低限に留め、8月はスカスカにして過ぎた。
発表会直前には、毎日総稽古に1日がかりで出掛けていく母親(つまり娘)と上の孫、高熱に機嫌の悪い下の孫は父親が仕事柄、勤務先に連れて行くなど、一家総出だったなぁ…


うたた寝から目覚め・・・久々に書き出すと纏まらない。
ここらでおしまい。


又広告が出たので… - 2018.06.11 Mon


1ヶ月更新しないと不要な広告がどっかりと出る。
私の記憶力の限界に達しないうちに更新せよ、との有難い忠告??

う〜〜ん、本当に忘れている。

3月30日、夫の術後(食道アカラシア)第2回目の外来での検査に同伴したっけ。
手帳に何か記録したかと思って開いたが、3/30とだけ書いて他は何もなし。
次回は1年後に適当に予約を取って来てください、と言われた。退院時には2ヶ月おきに、と言われたのだが、どうして1年後になったのかは説明がないので分からない。完治することはない、とも。
でも、普通に食べて普通に飲み込んでいるので(たまにつかえても、以前の比では全くないので)、一年経たないうちに、或いは酷くなったら行けば良いのか??

その更に前の3月3日、子供たちが30年以上前にお世話になった南荻窪の幼稚園が閉園になるとのことで、「感謝の集い」がシスターたちによって企画された。「お別れ」ではなくて「感謝」! なんと素晴らしい会だったことか。これは簡単に数分で書けるものではないので、又後日。

その前の2月も3月も4月も5月も…いや、昨年から度々熱を出し、多分肩にステロイド注射を度々打った副作用での易感染症。服薬よりも注射の方が抜けるのに時間がかかる、と医師たちは仰る。
3週間に1回は38度を超える熱を出し、流石の私も生徒たちにレッスンの休みを頂いた。
そんなに発熱していては普通なら痩せるだろうに、悲しいかな、これまた副作用でどんどん体重は増える。日頃の服のサイズでは入らなくなり、しかも着脱の度に肩に激痛が走るので、ワンサイズ、ツーサイズ大きな、しかもよく伸びる生地のものを購入。とんだ出費!

5月10日には恒例の浜松医科大で「医学概論II」の講義。
今回はキーボード演奏は無し。本物のピアノと違ってハンマーがないのだから、投げた重さの勢いは弦を叩く(ハンマーを投げる)ことなく我が肩に戻ってきて炎症を悪化させたと思っているので。いや、本当に。机の上でフォルテの和音のつもりで腕を投げてみれば、つまり近位筋を使っての動作をすれば、肩に負荷は当然かかる。よほど気遣って投げれば別だろうが、その投げ方では遠位筋と近位筋の使い分けを理解する音量には至らない。そもそもスピーカーもない、だだっ広いホールで旧式のクラヴィノーヴァで変化が付くわけもない。最前列に座った人なら兎も角として…

帰京して少し休みを頂き、20日には自宅で勉強会。

春から珍しく月に何度も演奏会に足を運んでいる。

・・・と思い出すのはそんなこと位で。
これで広告は消えるかな?

とりあえず以上。



ここ数日(写真&追記) - 2017.04.10 Mon

(4月5日)
合唱本番前最後の合わせ。
急に寒くなり、要注意。
合わせの後、N氏のご招待でWienerschnitzelをご馳走になった。
フルコース・・・美味しかった!!いつか家族と来よう…

(4月8日)
合唱本番。
お蔭で(というのもおかしな表現ながら)桜を堪能できた。

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午前中のゲネプロ風景。(最後の参加団体全員260名による)
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(駆り出されるN氏) 
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日墺文化協会の「間に合わない」と言われていた「10回の練習だけで何とかする」も、なかなかどうして、間際になり熱が入るのは流石!オーストリアを愛する我々ならでは。

最後の出演団体全員による「ウィーン、わが夢の街」の大合唱、まさに大合唱。


(4月9日)
朝10:30から夜20:30までかけて、我が2台のピアノの調律・整音・修理。
本当にいつも感謝のK谷氏!!申し訳なくなるほどの丁寧な作業に、いつも脱帽です。その姿勢に学びます。
調律という分野ではなく、まさに職人技…ピアノを製作する工程にまで戻って整えてくださるのですから。
これで練習も捗ることでしょう・・・新しい発見というものは、充分に整い、音色のコントロールの楽器でしか出来ないもの。いくら本番がアップライトであろうと、スタインウェイのフルコンであろうと、常時「耳と指との連携」。



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後日順不同になる追記
(4月16日)
イースター!!
孫の「タマゴ探し」に早朝から同行した。
近くの(遠かった!)公園に出向き、青年会の方々のお世話のもと、子供達は「かごめかごめ」「あんたがたどこさ」を輪になって遊んだり、その他ゲーム盛り沢山の企画。ジジババは見ているだけ〜写真は支障あろうからアップせず。
その後いよいよタマゴの準備も出来たようで、ひたすら探す孫(と母親)。
教会に戻り、孫たちは帰宅。ジジババはイースター礼拝。
昼食会は失礼して帰宅。
猛烈な疲れに睡魔。夜まで爆睡。
翌日も疲れが残って爆睡・・・こんなに眠ってばかりいる時ではないのに。
何かを優先項目から外さないといけないかも・・・


(4月18日)
1999年からお世話になった膠原病の内科医の定年退職に伴い、この日から新しい教授による受診。
待ち時間の長いこと・・・4月は仕方ない上、私同様初めての受診患者も多いことだろう。
午後は、午前中に済ませてしまいたかった耳鼻科へ。鼻血の続き。

5時半からヘトヘトで中学生一人をレッスン。日頃の私の過保護ぶりを反省し、余りに不勉強が故に途中で帰した。
とは言え、1時間半レッスンして帰したので、これとて過保護。いや、曲が余りに難し過ぎたのだろう…
今後の「教え方」の課題も見えた。自力で試行錯誤・創意工夫してみてからレッスンに臨ませる(今までも言ってきたが、つい慣れっこになっている現状か?)。突き放すことも必要。「真の実力」とはそこにあるのだから。将来的に、それが物を言うようになるのだから。いつまでも優秀なコピー機であってはならない。





浜松 / 帰路からその後 - 2017.02.12 Sun

8日

カーテンを開けた。これから日が昇るぞ!とスマホを構える。

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起きたものの、暇!
新幹線のチケットでも買いに行くか、夕方に生徒も来ることだし早く帰るか、と思えど身体は動かず。
荷造りをして(正しくは散乱物を片付けて)、ゆっくり朝食へ。
珍しく遅い朝食…チェックアウトの10時ギリギリになると、こうもプレートは空っぽになるのか、と学習。
食欲もないのだが、パンとダブルのエスプレッソ、最後に残っている葡萄数粒を皿に。
ふと目をやると「鰻ごはん」の文字が!3.11以降姿を消していた鰻の朝食!?
食欲と食い意地は別物らしい。
結果こんな朝食。



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新幹線「ひかり」、浜松は1時間ごと11分発がある。
10時11分のチケットを購入しようとしたが、脚の衰えか?あと2分で到着だという。
「こだま」でも東京着は似たり寄ったり、11時11分の指定券を購入。乗車までの1時間、土産物を物色しても鰻は買わない。焼きたてを食べるのならまだしも、余りに(未だに)高額で。
街は「直虎」一色。
名物に美味いものナントカ。気持ちだけ購入。


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帰りの富士山は雲がかかっていても美しかった。

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9日
アドレスブックが稼動せずに延び延びになっていたメールを5−6通送信。
それ以外は・・・何をしたっけ??
ともあれ、生徒のレッスンを予め延期させて頂いてあったのは正解だった。



10日
朝から体調不良。いや、可成以前からかも。
朝っぱらから排尿痛、どんどん血尿が酷くなり、近くの診療所へ。
陣痛のように痛いんです〜〜〜と訴えれど、このところの過ごし方などを叱られた。反省しきり。
クラビットを処方された。
先月受けた区の健診の結果も(眼科は散瞳するから仕事に支障あり、行けずじまい)、看護師が親切にも「眼科はもうじき次の年度のお知らせがきますから、それからにしましょう」と提案してくださり、28年度の結果を聞いてきた。
いつも問題の中性脂肪も珍しく異常なし。
(肺は影があったが解決済み)

帰宅してひたすら水分がぶ飲み&横になる、の反復。
タウリン3000の類やユンケル顆粒を使いまくっての日々を反省。


11日
ブログ少しずつ書いては下書き保存。
他は何をしたっけ・・・

そうだ、夜になりピアノに手を触れたのだった。
友人が「電子ピアノは必ず手を壊す」と言ってくれていたのは当たりだった。10本の指が、一瞬「関節リウマチ??」と思うほど違和感。よく考えたら、友人の言った通りだ!!あんなにムキになってショパンのエチュードや英雄ポロネーズやスケルツォ等々…ハンマーが無い訳で、単に机を叩いているのと同じ衝撃が指に戻って来るのだわ・・・
という訳で、さっさと諦めて寝た。


今日(12日)は久々の筈だった教会も考えただけでしんどい。サボってグタグタ。
いや、生徒が来るのだっけ・・・
夕方になったらシャキッとするだろう


前の日記は非公開に - 2016.09.21 Wed

2007年2月の実際の日付けで記録してあることに気付き、今回のものは非公開に設定を直しました。
削除はしていません。
拍手を有難うございました。

自分自身の記憶に替えて - 2016.04.20 Wed

えーーーっと・・どこ迄遡ればよいのだろう。

先ずは10日の勉強会。
プリントの表紙。(ぽちっと)

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その中に載せたのだが、某SNSで得た「千年の歴史を3分間で見る」というサイト。

3分間で1000年の国境の変遷を見る!

1600年代後半から、つまり我々が演奏するにあたり関連のある作曲家が生存していた頃のヨーロッパの国々はどうなっていたか、それを知るのに最適!!と思ったので、↑にも貼り付けました。
サイト別館にまで貼り付けました。
感じるところ多く。神聖ローマ帝国?ドイツ?オーストリア?という辺りのことです。

その勉強会の日は、4時間で終わらせるぞ!と固い信念を持って開始。
結局、もっと深く扱いたかった…という私自身の心残りと、何よりも余りに凝縮したことでの疲れ(つまり、もっと説明しておきたいことを堪えたストレス)が未だに残っています。演奏者8名を1回に詰めましたが、5名ずつ2回なり臨機応変にすべきだったかもしれません。或いは聴講者(会費は別に設定して)扱いもOKか・・そうすれば後で「私も聴きたかったのに」という意見は出ずに済む訳です。
今回も最初は「本番を控えた人の一発勝負」2名。
次に「練習方法の披露」2名。これはほんの1−4小節以内に絞って、どのように練習するか、各自の試行錯誤の発表。
そしてその後、今回は「練習中の曲の披露」。
本来、皆さんで意見を交わして欲しいのですが最近偏りがちで残念。でも全員が長々意見を述べていたら、深夜どころか夜が明けてしまう・・うーーーん・・・私の解説だけに留めるべきか。つまり非公開の公開レッスン(日本語として成立しない)。私と同意見なら安心してお帰り頂けるだろうし、別な意見があれば…それは放置出来ない…未だに迷う。


その数日後は大学病院の定期的な受診で皮膚科へ。
皮膚症状は何もないのだが、皮膚筋炎で入院していたのは皮膚科。
あれこれ雑談もして(私自身、雑談から生徒のあれこれが見えてくることもあるから、同じような意味で大切なのだろう)、現在のストレスに耳を傾けて頂いたり、薬(今回はアレグラとマーズレンのみ)の処方。

その時にも出た話。眼科の検査にせよ、ホルター心電図にせよ、オーダーを出した科はもっと早い時期に結果を知らせるだけの受診予約を入れてもよいのではないか、ということ。大問題ではなさそうだから数ヶ月先になっているのだろうが、万が一重大問題を含んでいたら?


娘から、東○で子供服のバーゲンをやっている。車を借りるか、運転してくれるか、との連絡。
私自身、子供服すら最近はインターネットでしか見ていない。実物が見たいから、と運転手をすることにして一旦帰宅。
孫娘も連れて3人で吉祥寺へ。
最近はネット注文が増えたのか、デパートだというのに閑古鳥・・(有難いことに)
ランチも待つことなくありつく。
レシートを帰宅後に見て吃驚。
「セット」は選択肢であった・・・セットにしてほんのちょっぴりの為の400円それぞれ追加はチョット高いわ


前にも書いたが、この孫娘、ブルータスが大好きで・・
九州の大地震前だったが、倒れてきては危なかろう、と背中を壁にピッタリ当てる角度に替えた。

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(今現在は通路兼物置と化している息子の部屋)

そのままよく遊んでいたが、数日経ち、これではぶるーたすちゃんに寄りかかれない、と文句を言われ、その時だけ戻すことになった。石膏につき、可成り重いのだが。。。
実に面白い子だ。大きな着せ替え人形、と思っているに違いない。
目指すは「保育園の先生」だそうで、床にタオルのハンカチを敷いて、あるったけの(息子や娘や私の)お下がり縫いぐるみを寝かせ、更にタオルを掛けてトントン叩いて寝かしつけている。The Sound of Musicの中の「♬Stay awake don't rest your head……」という歌、母親が孫を寝かしつける時に使うこれを1人ずつ(一匹ずつ?)歌ってトントントン・・・

又婆馬鹿になりそうなので、ここで送信。

バタバタ過ぎるか朦朧としているか - 2016.03.22 Tue

ブログの1行も書けないほど、何かに集中しているか、疲れて所構わずうたた寝をしているか、今月も過ぎそう。
加えて大相撲に高校野球となると…

その後もボケ婆に婆馬鹿の日々。
ちょっとそこの郵便局まで…その後ついでにガソリンスタンドに寄ろうか、との思いは億劫にて帰宅。
帰宅したら生徒が門で待っていた。そうだった…メールでレッスンの候補日を挙げて返信をもらったのに、手帳に書き込む前にフォルダに入れてしまった!ガソリンなど入れていなくてよかった!!
前にもそんなことがあったような。それは1月から翌年3月までの手帳を使っていた頃、手帳を購入することなく年が明け、やっと購入したというのに古い手帳から新しい手帳に書き写し漏れワンサ…
我が生徒は皆さん優しい方ばかりで、本当に申し訳ない限り。

確定申告は、最終日だけは避けるべく前の日に出した。
これが雨で、傘をさしての長蛇の列・・日頃の行いの為せる業。
まぁ提出は並んでいれば終わることだから兎も角、記入までが常に大変。(いつも来年こそ、と反省するが)
一時期郵送していたこともあったし、最近はネットで申告出来るが、医療費の20万近い額の領収書が半端なく分厚い。そして返却してもらうための大きな封筒も出す。出向いてしまった方が早いのだ。
医療費は、公費のシステムが変更となり、膠原病の為の薬代が自己負担ゼロから3割負担になったこと、加えて去年は胸骨を折ったり頸椎のヘルニアを起こしたり。
夫はもっと凄まじい額。しかも最終日に出向いたら、道路にまで列がはみ出ていたそうだ。


一段落付いて、やっと月末の旅に頭が向く。
春休みの週末だ!飛行機は兎も角、2泊目の宿が取れない(1泊は息子の家)。検索している間にどんどん埋まってしまうのだ。もう、ここで良いわ!と「あと3点」に妥協。私一人だもの。


18日は、(前の日記の)車で出向いてしまったが故に受けられなかった検査、しっかり手帳に「車駄目!!眼科」と記入。
まずは視野の検査。パラボラアンテナを大きくしたような機械の中に顔をしっかり入れて、真っ直ぐ中心の印だけを見る。そして周りに丸い(と言われたが丸いかどうか、酷い不正乱視には分からぬ)灯りが見えたら手もとのボタンを押す。この丸が段々小さくなり、薄い色になり、最後は凸レンズを経由。片目ずつ、合計30分はかかったと思う。まさに神経をすり減らして疲れてしまった。
視力検査も。これが何とも・・・いつも思うが、レンズを嵌めた眼鏡でランドルト環を読むが、読めないともう1枚レンズを眼鏡にかざし、「あった方がよいですか?無い方がよいですか?」と訊かれる。ガラスって2枚重ねると、それだけで見えにくくなるんですけどしかも、レンズの中心と中心が合っていない
矯正視力は問題なさそうなので放置(うるさく言わない、の意)。
散瞳の点眼薬。
効いてくるのをひたすら待つ。
目の奥の断層写真を撮った。
次は眼底写真。
そして締めくくりは診察。
8方向に目だけ向けて眩しい光をかざしての検査。
白内障もドライアイも(多分目下の点眼薬で)悪化はしていない。
眼底も視神経も問題ない。
このまま地元の眼科で引き続きアフターケア、ということだった。
1月のあの酷い霞みや痛いほどの乾燥は何だったのだろう。いや、だから点眼薬が効いているのだろう、ってことに。


20日は教会の総会に出席した。雨が降るかもしれない珍しさ。
転入して8年になろうとしているのに、殆ど出たことがないか、出ても途中で私自身時間切れとなり退席。
教会の運営は知っておくべき、といつも思っているだけの人。
いやはや…又しても他人事。
朝9時半から孫娘のクラス、その後の大人の礼拝は舟を漕ぎ、結局総会も頭は追いつかない。
夕方生徒が入っているので、大急ぎで電車に乗り、下車した後はファミマのカツサンドを頬張りつつ帰宅。少しでも仮眠時間を増やすために。一体何をやっているのだか・・


今月は、何かと孫娘と遊ぶ機会が多く、嬉しいやら疲れるやら・・可愛さからいくらでも相手をしてしまう、真剣に。
じっとしていない年齢の孫娘。
それでも語彙は増え、意思の疎通も取れて、あぁ、幼児って凄いなぁ…
語彙がどんどん減るわ、会話もトンチンカンになりつつある私と裏腹に。
1年前は中に座ってお遊びしていた段ボール箱、もう入れません。両サイドに箱を持つために開いている穴から、箱の中に座っている孫娘にお手紙を入れていたのが、今は中に置いているぬいぐるみや人形に孫娘がお手紙を入れている。成長のスピード!そしてこちらは老化のスピードに愕然…
しかも、ばぁばんちに来れば、こんな廃物利用の遊び道具や子供たちが30年以上前に使った玩具ばかりなのに、コツコツと懸命に同じことを繰り返している孫。そして婆。
婆馬鹿は続く。大人の行動を如何に観察しているか…101匹わんわんちゃんのラッキーちゃんの縫いぐるみが大好きで、鼻水を自分が取られるように取ってやっている。つまりラッキーちゃんを寝かせ、吸引器の管の片方を口にくわえて片方の先端をラッキーちゃんの鼻に。この後ティッシューで鼻を拭いてやっては捨て、しかも「あらってくるね」と洗面台の方へ吸入器を持って走り、又戻ってくる・・・一体何回反復??
吝嗇なばぁばは、そのティシューの勿体なさから(だって「贅沢保湿」や「鼻セレブ」…)、とうとう「うそっこ用」のゴミ箱を作って、ラッキーちゃんのはこっちにね、と教える。そして孫娘が帰った後、私ら夫婦はこの中から紙を出して鼻をかむ・・・
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息子が居た部屋にはブルータスの像が置いてある。
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20年近く前の予備校時代(と書いて、えっ!?!?10年では?と数えたが、合っている…)デッサンにも使っていた。
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そのブルータス、孫娘は以前よりいたく気に入っていて、最近は「ブルータス」とはっきり発音し、どうやら大きな縫いぐるみの類と思っているらしい。
ドアを開けて我が家に入ると、「あたし ほいくえん いってきたよーー ぶるーたすーー」と挨拶している。
タオル地のあれこれを掛けては「トントントン」と保育園の先生になり切っている。「ねんねしているねーー」と。
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そろそろ今日はおしまい。(=自分で誤魔化している毛染め、そろそろ染み込んだに違いない、ということで

備忘録 - 2016.03.05 Sat

先週は新幹線で出掛ける用事があったり、毎日生徒が来たり、張り詰めていたが、今週はどうしたことか病院の予約受診しか入っていない。極端な日々。
孫娘が土曜から39℃台後半の熱が続き、まばらな予定のお蔭で、孫の相手する時間が充分に出来た。与えられた時間。

母親のみならず父親まで感染して仕事を休むとのことで、月曜(29日)は安心して(?)病院の予約受診に行けた。
9時に整形外科のため、8時半に病院到着、次が10時に膠原病内科。
年明けの近所の眼科からの報告書も持ち、その他区の健診の報告も。
おぼろげながら、もう6年近くホルター心電図を測っていない。
時間のたっぷりある今週だ、とばかり、眼科も心電計装着も金曜にお願いした。
会計、薬局、結局帰宅は午後2時。どうして通院ってこんなに疲れるのだろう…午後は2時間昼寝

孫娘は、私が親だったなら一週間休ませてしまう過保護ぶりだったろうが、火曜には熱も下がり、水曜から保育園に復帰。
何とも逞しい!しかも寒い中すっかり冷え切って帰宅。
感染するかと思った私は感染もせず、婆も逞しい!

その金曜。
ホルター心電計装着時刻に気を取られ車をすっ飛ばして出向いてしまい、眼科に移動して「ハッ!」。散瞳出来ないが故、眼底検査も視野の検査も無理、それらは二週間後に出直すことになった。認知症の方が問題かも…
今日は視力が出ているとか。あんなに強引に正解が出るまで読まされては…ランドルト環ですから一通り答えたら正解率は25%ですわ!
涙の出具合を調べるシルマー試験紙、いつもは目を閉じて瞼に挟むのに、開けていてください、って。痛い痛いとの我慢大会。搾り取られた感じ。目薬を真面目に点している数週間もあろうが、今日は充分に出ています、だそうだ。試験紙の使い方が違っても比較出来るのかどうか疑問は残るものの、出ているのならおそらく点眼薬(マイティア、ジクアス、ヒアレイン0.3%)が功を奏しているのだろうから、このまま様子を見ていても良いのではないか、結果はまだだがひと安心。
最後に水の流れを調べます、とドロリとした液体を両目に入れられて、散瞳より余程見えなくなりました。よって時間潰しにカフェにて目が見えるようになるのを待つ。いつもの景色を見えない目で眺めながらいつもと同じものを注文。

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買うべきか否か迷って買わなかったクッキー。
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又しても、どうして通院はこんなに疲れるのだろう…爆睡の午後


翌日は心電計を外すだけで会計もない。
けれども駐車場に車を入れるにも行列、出るにも行列。土曜なのに??

腑に落ちないのは、受けた検査結果を知るのが何ヶ月も先になること。
オーダー元の科、しかもその科の予約の日にしか受診できないという。
大学病院のシステムだから仕方ないのだろうけど、もし何かもっと重症な患者さんだったら?循環器にせよ、腫瘍系の疾患にせよ。


帰りはスーパーに寄り、延期した「お雛様」の食事用に材料を購入。


今週は殆どピアノに向かわなかったなぁ・・・
生徒が来れば隣りのピアノに座り、何だかんだと音を出す。それが良いか悪いかは別として、指は動かす。
その昔を思い出す。留学していた頃、先輩の一人曰く「自分の先生は、フィンガリングを書いてくれる為に椅子を入れ替わって何度も何度も弾いて記入してくれる。その間に先生が上手くなって行くんだ」と。ふむ・・それも良いかも・・いや、私も同様かも・・


(追記)
4日も5日も夜はコンサートへ行く予定があり、チケットも念のためにバッグに入れてあったのが、疲れて一旦帰宅するや、とてもではないが・・・と相成った。


タイトルを付けるほどもない日々 - 2016.01.30 Sat

昨日は日を間違えて病院に出向いてしまった。
手帳は確認したが、どうやら予約票から書き写し違えたらしい。
頑なに29日、と信じて出向いたら予約は26日だったそうで…受付で「予約外でお受けになりますか?」と訊かれたが、予約外だと何時になるか見当付かないそうで、午後は午後で予定があった為諦めて帰宅した。皮膚科の薬はまだあるし。
9と8と6、フォントによっては見間違えると思っていたが、目ではなく頭が心配。
帰りに近所の診療所でインフルエンザの予防接種を受けようと思ったが、途中で買い物をしたら疲れ、帰宅してしまった。

区の健診(朝食抜き)が今日まで。インフルエンザの予防接種もだ。
朝食は済ませてしまった。インフルエンザは予約が必要、と娘が言う。割引の期限を過ぎても受けるべきだし、徒歩数分の診療所に電話をして予約を取ろうとしたら、何せ今日が高齢者割引の最後の日、早く来られれば確保出来ますよ、と言われた。「直ぐに行きます!でも健診は朝食を摂ってしまったので諦めます」と加えると、「朝食を摂った」という数値で結果を出せるので是非お受けください、と受付嬢はいつもながら大変親切。
ずっと気になっていた健診もやっっっと受けることが出来、インフルエンザの予防接種も受けることが出来た。全て滑り込みセーフ!の人。
最後に診察があり、膵臓のその後(数年前に自己免疫膵炎疑いを見つけてくださった)を訊かれた。その時丹念に診て頂けたお蔭で、大学病院で定期的にIgG4を調べて頂ける結果となり、これも有難いことだった。お蔭さまで正常値が続いている、とお伝え出来た。
「他に何か気になる体調はありますか」と最後に訊かれて、何年も続く倦怠感を話すと、それは皮膚筋炎やシェーグレンから来る仕方のないものではないか、とのこと。疲れたら休んでくださいとの結論。



ところで下の「孫育て保爺」…

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遙か30年前、子供達の通う幼稚園で購入した本。
とても良い内容だったので読み返したくなった。ところが家のどこを探しても見つからない。2週間ほど前にAmazonのユーズドで探した。あった!「23円」ですと!!それだけだってビックリですが、後で「本体にシミがございました。サイト上表記と差異がございましたこと深くお詫び申し上げます。他在庫及び系列店舗にて在庫調査を致しましたが、同一商品の在庫は見つかりませんでした。そのため、取り急ぎ商品金額の30%を返金させていただきました。」とのメール。私、1000円出しても2000円出しても読み直したい、と思っていた本だったのですよ…
こういう良心的な売り手も存在するのですね。毎日イヤなニュースばかりの中、心温まりました。そして「母」ではなく「婆」となって読み終わりましたが、心温まる内容でした。そのことはまた改めます。

いつの間にか過ぎた新年 - 2016.01.20 Wed

今年こそ、いくつかやり残している仕事をしたいものだ、と明けたものの何も変わらず、それどころか気付くと早い夕食を済ませ、孫に遊んでもらっては即刻うたた寝をしている情けない日々。
10〜15年前はどうしてあんなに活発に色々なことを同時進行出来たのか、あぁ、年齢には勝てなくなったか・・・いや、同い年でも私より年長でも実に充実して機敏に飛び回っている方々も多い。きっと気の持ちようなのだろう。


話は遡るが…
年末、隣りの娘一家は婿殿の実家へ里帰り。楽しい日々を過ごしてきたようだ。
孫はその間一度も排便をせず、パンパンに膨れたお腹で帰宅。「痛い」「痛い」と泣いてばかりいる大晦日夜。我が夫「じぃじ」が、まだ開いているだろうと思しき薬局に走り、子供用の「いちぢく浣腸」を買ってきてくれた。そして、めでたく・・・すっきり新年を迎えることが出来た。

お節料理は変わり映えもしない。ごく普通のお節に飽きて、他に業者の折り詰めを1つ用意するのも恒例となった。黒豆だけは娘がふっくら美味しく作った。お餅は、婿殿の実家でつきたてのもの。

毎年楽しみにしている友人宅の新年会、粗忽者は欠席。年末に太ももをぶつけ、たかが打撲されど打撲、正座も出来ない以前、歩けないほど腫れ上がり…1月半ばまで響いた。今年も思い遣られる。

年賀状は元日にスマホのアプリで画像作ってプリントアウトした。いつも既製ハガキを余らせてしまうので、今年はフォト用のハガキ用紙に切手を貼って出すことにした。用紙は○mazonで大晦日に注文した無精者。いつものように差出人別に数種類を作ったが、宛名の書き始めも遅く、それでも半分は送ったろうか。正月もとっくに終わり、仕方なく文字を寒中見舞いにして再度プリントアウトしたが、結局使ったのは3−4枚。今までも送りそびれは多かったが、こんな無精な年は初めて。
宛先を手書きで書いているが、そろそろパソコンに入力する!?と思えど、表も裏も印刷では面白くない。「今年限りで年賀状をご辞退申し上げます」という発想も頷ける。

正月明け、そして連休を前に、我が家の洗濯用の乾燥機が壊れた!!随分前から不気味な軋む音を立てていたのを騙し騙し使ってきた。いよいよ駄目か?回して数秒で3重の糸くずフィルターがバタバタバタと音を立てて外れるようになった。何度試しても駄目。ビスで留めてある奥のフィルターを外して掃除しても駄目。別な「エラー」表示も出る。12年も使っているからなぁ…寿命かも…と駄目元でリン○イに電話をしたところ、親切にも連休明け一番に来てくれた!まずは裏のベルトを取り替えてくれた。伸び切っていたそうだ。そしてその三重のフィルターを新品に替えてくれた。回転で内側の引っ掛かるべき凹凸が使い過ぎで全く無くなったためにスルリと外れてしまっていたらしい。流石に新品は私の力では結構「エイ!」と掴んで力を入れて外す。こんなに固かったのだわ、と新品の頃を思い出した。
12年使っているので買い換えを覚悟していたが、2万円弱で済み、有難かった…心から…。でも、次に何か起きた時には買い換えないと却って高くつきますよ、と念を押された。

生徒のレッスンはしているが、私自身は又今年もサボり魔発揮。あぁ・・出るはため息。

ボケ婆の日々(画像追加) - 2015.11.27 Fri

(11月23日・記)
スマホはすっかりデジカメと化し、本来の通話やメール機能は殆ど消失。
メールも2−3行なら書くが、機能はガラケーの方が良かったなぁ・・
2000年頃最初に使い始めたPHSは1000字しか送信出来なかったのに、楽に1000字を書いて送信していた。
その後普通のガラケーを何度か機種変更。某SNSにて長文の日記を海外から書き送っていた。今では考えられない!

今はスマホにしたものの、2−3行以上の文字数になる時はマイク入力。だから外出時にはちょっと憚られる。

23日。電車でJRの国立まで行く用事があり、メールを何件か立ったまま手で入力していた。電車は当然揺れる。タイプミス、いや、タップミスばかり。何を書こうとしていたのか「??」となる。頑張る。
中央線の下りは、40代の頃、国分寺までは可成り利用する機会はあったのが、そこから先は余り詳しくないし、駅の風景も変わってしまった。
国立で下車する筈が、余りにスマホに集中したがため(日本語なのに何を聞き間違えたのだろう!?)西国分寺で降りてしまい、丁寧なことに改札も出てしまった。あら、不二家なんてあったかしら。更に、こんなに人通りの少ない町だったかしら、タクシーに乗ってしまおう!
けれども幸いなことにタクシーは来ず、後ろを見たら「Nishi Koku」と書いてあるではないか!

ここでやっと間違って下車したことに気付いた。
何が入っているのか確認せぬまま膨らんで重いリュックを背負い、傘に加え、スリッパの入った袋を持って、再度改札を通って国立駅へエンヤコラ。


(11月26日・記)
胸骨も回復。ヘルニアは不思議なことにリリカを止めてから右腕の痛みや指先の痺れも昼間は殆ど消えた。
そろそろ片付けを再開しても大丈夫かもな・・
段ボール箱2種類、家の者たちが荷物が届く度、私のために空き箱を保管してくれていた。クローゼットの奥に付いている棚の奥行きピッタリの物と、上部の大きな棚、これ又奥行きピッタリの積み上げ用と。
日頃は出し入れしない数々と、出し入れする可能性のある物と、これでも頭を捻って考えつつ作業。
本棚も、殆ど読まない本は天井近くに、読みたい本は(結果読まずとも)脚立不要の高さに入れるつもりで作業を進める。
段ボールに入れる作業は、先ず引き出しや別な大箱から大雑把ながら確認して分ける。あら、こんな物があったわ、こんな物もあったわ、と父母祖父母のあれこれを分別収納。母が整理してくれてあった私自身の物も時々出る。

小学校時代、可成り小さい方だった、と記憶していたが、これで「うん、確かに!」と納得。我が子供達は2人とも(父親に似たのか)小5で160センチを超えたのだから。収納する前に記録としてカシャ!
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(こんな物をご覧になりたい方はクリックで拡大してください。未処置の齲歯が10本だの、耳垢栓塞だの…これは親の責任。私は素知らぬ顔。…因みに「6年」とは生後6年)

私が使った(らしい)台本もある。

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(母のミーハーから連なり、随分幼い頃からラジオ・テレビに出させてもらった)


(下は永井進先生からの依頼で、小6の春〜夏に毎週2回出演。単に小学生の弟子が私しか居なかった為)
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は良いとして、こんな物、スタジオの隅に転がっていたから、と持ってきてしまう母は一体。。。しかも保管してあるなんて!
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いちいちスマホでカシャ!そして後でPCに移動・・私も私だ。

切りがないので以下略。


(11月27日・記)
本は、要らない物は去年処分済み。
あとは私の読みかけの物ばかり。
「おばあちゃんからの手紙 -クラーラ・シューマンから孫娘ユーリエへ- 」を見つけてしまった。
その本は2006年、モーツァルトとシューマンの記念の年として、そのお二人の作品でリサイタルをしたが、シューマンは、プログラムノーツを書く為に本も随分購入したものだった。そのうちの一冊。家に既にあったのはシューマンの病に関するものばかりが3冊で!(映画も若い頃に何本か見たが、脚色され過ぎていたり内容が偏っていたり)
その時読みかけた上記「おばあちゃんからの手紙」、見つけたら最後、読み始めてしまう。・・・・・時々、これはドイツ語で何と書いてあるのだろう?・・・・・「猫に小判」のくせして調べたくなる。即刻ドイツのAmazonで調べて注文してしまった。年内には充分届くようだ。楽しみ!!!タイトルは「Mein liebes Julchen」サブタイトル的にClara Schumann、小さくBriefe(手紙)と書いてある。

話が逸れに逸れたまま放置。
文脈も後で整理出来たら整理します。

画像だけ追加。
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(アルバムでも見たことはあるが、これは何故か特別に包装されてあった。2歳になって直ぐのクリスマス)


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(2002年の讀賣新聞に掲載されたもの。クリックで拡大くださいませ)


(ミーハーな母の保管画像追加)
まだあった。
5歳と思しき写真。いや、切り抜き。
「りぼん」という雑誌に載ったのをご近所の方が知らせてくれて知り、購入したのか頂いたのか…
中村メイコさんの司会での「こどもおんがくかい」で(頼まれて)弾きました。ピアノを弾くことは全くイヤではなかったが、マイクの前に立って喋らされるのは大嫌い、人見知り、今では考えられないほど引っ込み思案の幼児。
その時もピアノを弾いた後マイクの前に立たされ、一言も喋らなかったのではないか?
母としては、ラジオから流れる私が大好きな「いなか〜のバスは〜〜オンボロぐるま〜〜」を歌っている中村メイコさんに会える、と喜ぶであろう私、それよりも実際にお目にかかれる母が楽しみ・・・
後日前述のように雑誌に載ったと知るや、雑誌を切り抜いてアルバムに貼ってしまった。確かにこれなら一生残るかもしれないが、どんな雑誌だったのか、今の私は知りたい

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朦朧記の続き - 2015.11.21 Sat

リリカ25mgカプセルを2個に増やすことになった、つまり50mg飲むことになった月曜。
夏の繰り返しになることを案じつつ、まぁ数日試してみようか、と夜から増やしてみた。
翌朝の朦朧たるや!いつも朝は5時でも6時でも起きられるのに、8時に何とか頑張って起きた。
益々真っ直ぐ歩けない。
痛みに対しては、直ぐに効果が出るとは思っていないので我慢。
もう1日でも試してみよう、と又寝る前に50mg。
朝まで全く目覚めることもなく眠れたのは良いが、やはり「ふらつき」と天秤に掛けると「多少痛んでも飲まない」が勝つ。
水、木は全く止めてみた。
止めたからとて痛みが増す訳でもない。
金曜は整骨院でスジを整えて頂いた。右首、ガキっと凄い音を立てて院長もびっくり。気持ちの良いほどの音だった。
その所為か、1日「痺れ」や「痛み」で不自由することもなく、勿論時々軽い痛みに腕を回してみたり、手の痺れには手首を振ってみたりしたが、その程度なら我慢も出来る。

月曜に先生も、私のヘルニアは神経に触れる程度、ご自分のヘルニアは神経を突き抜けるほど重症だが、といったことを述べられていた。勿論夫の腰のヘルニアも重症だが。
同じ薬の同量を目指して漸増するより、止める方向で良いのではないか?と自己判断。いや、夏頃に複数のお若い先生方も「リリカは合わない人には徹底的に合いません」と仰っていた事は的を射ているかも。たかが50mg、されど50mg。

一旦止めて様子をみて、次回報告してみようと思う。
まだ薬が抜け切れていないので、フラフラフワフワしている時もあるが。

しかもこの薬を腰椎ヘルニアの痛み止めとして毎日300mg服用してケロッとしている夫が心配。加えてトラムセットも服用している訳で。
今回の手術中止は、キシロカインや造影剤のアレルギーのリスクを案じてのことだが、中止出来るヘルニアではなく、何かもっと酷い病気や事故などで手術が必要になった時にはどうするのだろう?と案じる婆。
それと、前回の検査では異常なかった血液検査、今回新たに出た異常値は、薬の副作用ということはないのだろうか?と私は常にプロ任せに出来ない性分・・・
朦朧が醒めて来ると、考えないで良いであろうことが頭をかすめ始める。
そして、神様に任せて祈っていなさい、ということなのだろうが、考えさせているのが神様だとしたら?と益々不信心モノを発揮する婆なのであります。

今度は爺婆の放浪記ならぬ朦朧記 - 2015.11.19 Thu

16日の月曜は、12月の夫の腰椎ヘルニアでの入院・手術を前提とした諸検査に麻酔科と整形外科の受診。
私は定期的な膠原病内科と整形外科の受診。
整形外科の先生が時間帯を上手く組んでくださったので一緒に出掛ける。

受付を済ませてから、夫の諸検査に回る。そして11:30に麻酔科とのことで、私は11:00の膠原病内科へ別行動。
膠原病内科ではいつものように笑顔で私の相談に応じてくださる先生に感謝。
検査データは、膠原病に関するものは勿論、IgG4やコルチゾールも含めて全く異常なし。
これから間奏、もとい乾燥の時期に入るので、色々アドヴァイスくださった。最近唾液の出が悪いので、喉が詰まりそうになる。一瞬息が詰まりそうになることすらある。歯の付け根あたりを舌でマッサージをすると唾液腺を刺激出来るとのことで、早速試したら不思議不思議!!これで問題は解決だ。ガムを噛むことも良いそうだ。

その後、夫の居る麻酔科へ。既に痲酔のDVDは済んでいるが、何やら検査データでひっかかるものがあり、延々待っているとのこと。朝食も抜きで何とも気の毒に・・
その間、渡されたという痲酔に関する分厚い冊子を読んでみる。うーーーん・・目は先へ先へ行くが、朦朧として頭に入らぬ。
そうこうするうちに看護師さんに呼ばれ、脚の超音波検査を受けて欲しいので予約だけ済ませてきて欲しい、それから再度麻酔科に戻ってそれから整形外科だったか、その逆だったか??連絡を暫し待つ。
超音波の受付だけ済ませて、麻酔科に戻り、整形外科の受診を、ということになった。どうやら夫は、血栓に関わる値が高いらしい。

整形外科の受付で、予約が30分早い私が呼ばれたら夫も一緒に入るべく提案を頂く。診察は1時間半遅れ、とのみ表示され、何時になるか分からないので、未だ夫は朝食抜きで刻々と過ぎる。鞄にチョコレートが入っていることを思い出した、と脳に血液を送っている。

漸く私の名前が呼ばれて、一緒に入る。メインは夫だ。
私の方は、頸椎のその後。リリカほんの25mgでもフラフラするのでおそるおそるの漸増。とは言え、一番少量のカプセルが25mgだから…たかが25されど25。私にとっての1カプセル増やすことは倍になる訳で。
次回の受診は、夫のスケジュールと私の膠原病内科に合わせて設定。病院に来る回数を極力減らしてくださるという有難い配慮。その前に年内の皮膚科の日に、骨密度を測っておく。つまり骨盤、腰椎、大腿骨のレントゲンだ。そうすれば年明けの夫と同じ日に結果を聞ける訳で。ご配慮に甚だ感謝!!

さて、漸くこの日のメインである夫の手術に向けてのあれこれ。
その後の様子を細かく訊かれる。痛いには痛いが、薬のお蔭で以前より遙かに良く、蔵王の方まで演奏に、それも大学での仕事を終えてから車で走り、夜中に到着して翌日はコンサート、等々多忙なスケジュールをこなせていることを話す。
先生が最も危惧されるのは、局所麻酔のキシロカインでのアレルギーのみならず、造影剤でも酷い皮膚症状を起こし、この両方が使用禁止となっていること。そこへ、今回の血栓に関する新たな問題。つまりメスを入れることで血栓が脳や肺に飛ぶ可能性。
大量の薬のお蔭とは言え、演奏旅行が出来るほど痛みが軽減している現状だ。今、果たしてリスクを冒してまで身体にメスを入れることが得策かどうか。
結局手術は中止、というか無期延期となった。万歳!!
(万歳!!は夫の内心。だって手術前の1ヶ月間が禁煙だなんて…

夕方に超音波エコーを受ける。
先ずは食事だ!…遅い昼食だか朝昼兼用だか。
6階のレストランへ。3時迄のランチタイムに辛うじて間に合った。
私は、秋の彩りナントカいう盛り沢山のメニュー(写真を撮りそびれた)、夫は煮込みハンバーグ定食。
久々の2人での外食が病院だなんて・・・

やっと解放感。
刻々と変化する空(怪しげな丸い物は、ガラスに反射した室内の灯り)

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この日のスケジュールはまだ終わりではない。
延々待たされる私の会計と薬局に向けて、超音波検査の夫と別行動。

「はい」と渡された駐車券。・・・会計で印字されても、私は鍵も持っていないし、長らく遠のいているワゴン車の運転は出来ませんって……と別れてから気付く。
徒歩で薬局へ行き、処方箋を出してから駐車券を夫に渡す為に病院へ戻る。
再度薬局。随分待たされて大量の薬にパップ剤を処方されても、夫はまだ来ない。
薄暗くなってからやっと来た。
何でも丸い大小のシロモノ(リンパ球か血栓か???)が映っていたために長引いたらしい。

近いうちに整形外科に出向いた方がよい、とオーダーが新たに入ったそうだ。


そんなこんな・・・長い長い病院での1日が終わったのでした。

途中端折ったが、読み返して文章力の無さに我ながらうんざり


ボケ婆のすったもんだ記 - 2015.11.18 Wed

先週土曜は、孫娘を連れて荻窪の耳鼻咽喉科へ。
私自身、鼻と喉の吸入を受け続けたいことがあり、予備の薬ももう少し欲しかったので。
折しも娘のみならず、孫娘が酷い鼻と咳を長くしていた。父親処方の薬で可成り改善したようだが、耳を一度診てもらった方がよいのではないか…と思い続けていた。新陳代謝の激しい1歳児(年末には2歳)、もっと耳垢が出る筈で、こればかりは専門医でないと判断が付かない。

孫娘を丁度預かっていたので、車で連れて行くことにした。
けれども大きなバッグは持ち歩けない。車と耳鼻科の間は最低限の荷物を私のリュックに入れて傘をさして、手を引いて往復。
1人だったらほんの2−3分の道のりがっ!幼い子を連れて歩くことは、頭の中には子供達が同年齢だった頃の「いとも簡単に出来る行動」としてインプットされている。傘さして抱っこして買い物など日常茶飯事だった筈。
ところが!!
駐車場から駅のエレベータまで、何と長い道のり!そしてエレベータを降りて、向こう側のエレベータまで、人混みをかき分けて行く。駅の地下道の(線路4本をくぐっているだけなのに)何と長い道のり!上りのエレベータを上がってから、耳鼻科までの何と遠い道のり!!あたかも15分歩いたかような行動。
あぁ・・・甘かった・・・自分1人でだって最近は通院していないのだから。
その耳鼻科は、実家の母、私や夫、息子や娘、に続いて孫まで、と4世代にわたりお世話になっている、とても親切な女医さん。

着いて、ざっと数えて20人以上の待ち人にめげて一旦帰ろうとしたが、孫娘の耳だけは何としても診て欲しい。
婆は頑張る
取っ替え引っ替え絵本を読み聞かせ、飽きてしまうと婆の口から出任せの「○○○ちゃん物語」。
待つこと1時間半、ぐずり始めた孫は漸く呼ばれた。

私の吸入の間、孫は何とか膝でおとなしく座っていた。
いざ、孫の受診・・
ぎゃ〜〜〜〜〜〜〜!!・・・と泣いたって、宥め賺して(なだめすかして)何とでもなる、という30年昔の記憶は、単なる潜在的にあるだけで甚だ甘く、身体が言うことを聞かない。鼻水によだれ、痰にどろどろになりながらの受診。看護婦さんまで。申し訳なし…
耳と来ては、案の定耳垢が溜まりすぎ、固まって石と化している。今日は取れません、4日間耳に点す薬をお出しするので、その上で出向いてください、と泣き声に掻き消されまいという先生のお声。点耳薬(お!一発変換)を処方された。抗生物質の粉薬なども頂き、私の受診は薬の処方だけ端的に。泣きじゃくり続ける孫を抱っこしたまま、やっとのことで終了。
暴れる孫を押さえている間、どうやらボケ婆は「**ちゃん、もうちょっと、もうちょっと、がんばろうね」と娘の名前を呼んで声かけしていたようだ折しもその日は、娘の幼い頃と同じ髪型。顔もよく似ている…寧ろコピーしたような日すらある。

会計して薬を受け取り、必死で何とか孫のレインシューズを履かせたところ、よそのお子さんが「スリッパ、僕が後で片付けておけばいいやね」という声が耳に。そうだ、忘れていた・・と慌てて待合室に入り、スリッパを片付け、上がってきたエレベータに孫を必死で抱っこして1階に下りて気付いた。ボケ婆は何と!耳鼻科の名前が印刷されたスリッパのままではないか!又抱っこして5階へ上がり、自分の靴に履き替える。背後の待合室から「よかったね」の声が・・・

外へ出て、深呼吸をして来た道を傘さして駐車場に又ゆっくりゆっくり戻り、安全運転を心掛けて帰宅したのでした。

頭は30代のまま。いとも容易く出来ると勘違い。あぁ、哀しいかな、身体のみならず頭も正直。ボケに突入していますな・・
先日の運転免許更新の折の「次回は古稀」のショックに次ぐショック!!


ボケ話はまだありますが、長くなってしまったので続きは又・・・

又しても順不同で - 2015.11.14 Sat

12日夜には、中高時代の友人が4人、例によって例の店で集合。
中1桜組からの仲間。あっと言う間にタイムスリップ。
不思議なものですなぁ・・・とりとめもないお喋りは半世紀経っても止まらず。


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(地酒500円フェア!!何と!!八海山の原酒を500円で楽しみました)


この母校の文化祭が毎年のように3日にあったのだが、結局今年も行けなかった。
5月に「卒業生による演奏会」での演奏を安請け合いしてしまったものの、その日から左足踵が妙な音を立てる。
素足で歩くと、まるでハイヒールの踵の音の如し。そうこうするうちに、踵は痛むようになり、6月は頸椎ヘルニアを起こし、7月は胸骨の骨折・・それでも「柔らかい響きの曲なら」と今年こそ(というのもこの10年間、何度もドタキャンしたり、お断りせざるを得ない状態にあったりしてきたので)弾くつもりでいたが、右上腕の痛みに指先の痺れの悪化は何とも致し難く、間際になってのキャンセルではご迷惑をかけてしまう。1ヶ月前であれば他の方が沢山居られるのだから引き受けてくださるだろう、と10月初めにお断りをした。
それでも海外在住の友人が一時帰国して3日に集まるとか、なかなか予定も立てられず、けれども如何せん足・脚はきつい。駅までの往復と駅からの往復、乗り換えも。
そんなで、今年も諦めざるを得なくなった。
古稀まで弾いていたなら、キャンセルばかりのお詫びコンサートでもどこかで開いてお招きいたしましょうか・・・



日常のあれこれ(順不同) - 2015.11.13 Fri

10月末は少し荷物の片付けも捗った。捗る前には一旦散乱する。

生徒たちのレッスンだけは手抜きもせず、真摯な姿勢を心掛けている。辛辣な言葉を投げかけても素直に取り入れる大人の生徒さんたちの存在。一旦、それも長年に渉って付いた癖をゼロに戻せ、と要求するのも酷だが、私の本に出遭って、もとい、出会って「実際にレッスンを受けたい」と習いに来てくださるだけあって、レベルは様々なれど教え甲斐がある。
10月31日には自宅で生徒たちの勉強会を行った。
何ヶ月も空いてしまったので、練習中の曲の披露、その前に各自が行っている基礎練習について軽く述べて頂いた。

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終わって翌日から一週間、偶々誰もレッスンが入っていない!!
よっしゃ!!片付けるぞ!!譜読みをするぞ!!

・・・

・・・

と思ったら、翌朝から鼻水がタラ〜〜〜・・それも鼻血のように垂れるタイプ(スミマセン)。
何も出来ない。30秒おきに鼻をかんでいた。譜読みも出来ないけれど、折角片付けようと散乱させた物を詰めることも不可なり。
時間と共に鼻も酷くなり咳も出て来て、数日後、結局かかりつけの耳鼻咽喉科に行った。
鼻は副鼻腔炎状態、喉も真っ赤。抗生物質のクラビット、咳にはフスコデとレスプレンと貼り薬のホクナリンテープ、炎症にはムコダイン、胃薬としてムコスタ、などを処方され、鼻と喉の吸入をして帰宅。
薬に頼るや、あっと言う間に治った!!余計な物をもらうかも、などと危惧せずさっさと行くべし、と今回も痛感。

結局譜読みもせず、片付けはとんでもなく(頸椎を新たに又捻ったか引っ張ったかしたようで)、一週間は瞬く間に過ぎた。

順不同
8日の日曜は受付当番もあり、孫が楽しみにしているひよこ組にも連れて行きたく、ばぁばと孫娘の2人は教会へ。
バザーに出す物品がこの日締切だったこともあり、娘が(ここ迄書いて固有名詞を思い出せないこと3分)「レジン」での作品を最近作り始め、バザーに出せるのではないか、と沢山預かった。
(この作品については後日宣伝を書かせて頂きます)
大人の礼拝も孫は一緒に受付をして、その後は一緒に子供専用のガラス張りの部屋にて出席。ひとりで何やら一生懸命お喋りをしたり歌ったりし、こういう時には「主は共に在り」の幸せを実感するが、礼拝堂まで聞こえそうで、「し〜〜っ!!」と何度もたしなめるほど沢山お喋りをしていた。風邪がなかなか治らずに心配するばぁばをよそに。
帰宅して1人レッスン。


13日の金曜(!)は、さっさと済ませたい運転免許証の更新で都庁に出向いた。

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免許証はゴールドです!!
つまり・・・次回の更新は(何ごともなければ)「古稀」!!但し満年齢で。
あぁ、人生古来稀なり・・となれば良いが、つくづく日々の過ぎる速さを実感。
やりたい事が何も出来ていない・・・頸椎が何とか治ってほしい。

一旦送信。

もう9月!? - 2015.09.08 Tue

台風接近。

テレビを買い換えた!いや、買い加えた!!
今までのも新品だと思っていたが、それは2004年の話で、HDDは満タン。「削除しては録画」を繰り返してきたが(それも一番軽くして)、とうとう限界。DVD-Rはうまく録れない。
しかも最近の画面の大きなテレビに合わせてなのだろう、各局も隅の文字の小さいこと!!近付いて行ってやっと見える。
夫も私も空いている日から選んだ先週金曜、○COMの予約を取って、テレビの接続、古いテレビは移動しての接続、電話の切替工事や、インターネットのモデムも新しく・・・
それに合わせて、前日にはテレビが届くよう、更にその前日○ドバシに出向いてテレビのみならず、VHSとDVDの両方を再生出来る機器も購入した。

テレビは43インチで、最初は余りの迫力に戸惑ったが、すっかり慣れてしまった。
もう少し早く購入すれば高校野球を大きな画面で見ることが出来たかもな……

しかも眠っていた新品のβの再生機があり、これを古い方のテレビに繋げて貰えたなら、持ち腐れの宝を再生出来る。
封すら切っていないこれら↓

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他にも幼児期の子供たちを撮ったβのテープが、段ボールいくつにも眠っている。再生出来るかどうかは怪しいながら、これで試せるようになった。


古いテレビを取り敢えず置く場所に、乾した布団が山積み。馬鹿な私は胸を庇って左手でロフトベッドの柵につかまり(身長より高位置)、片足を脚立、片足を机に乗せて右手だけで布団をロフトベッドに(差し当たって)積み上げた。
その時、柵につかまっていた左肘〜上腕が挟まって捻り、又しても近所の病院に行く羽目に。幸い骨折はしていなかったが安静を言われ、今度は高校野球ではなく、U18ベースボールW杯に見入ることに・・・
この夏はそんなこんなのお蔭で野球をよく見るようになった。やっとルールも分かるようになった、というありさま。

その肘〜上腕も痣こそ残れど痛みは既に軽減。


先週は外科に加えて膀胱炎で内科にも世話になった。毎回「今日は別件です」・・・我ながら馬鹿ではないかと思う。


水曜は、出張で上京した息子が家に泊まる、と言う。それなら少し早いが誕生日の葉書が来ていたっけ…と吉祥寺に出向いて、娘と孫娘も一緒に、息子をダシにして久々に豆腐料理のコースを堪能。
↓この位小さければ支障ないかな?
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お品書き
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続きは又。

その後の出来事 - 2015.08.19 Wed

出来事、というほど大袈裟なものではないが・・・

暫く蛍光灯が点かなくなっていたこの部屋。パソコンなど打っていないで他のことに精進せよ、ということなのかも、と過ぎたが、流石に散乱した床を夜に歩くのは怖い。グローブも娘のお下がりはデザインが流石に可愛らしいし、ぶら下がっているスイッチ用の紐も邪魔。全面的に買い換えることに。
8月10日にヨ○バシに出向いた化石人。今は蛍光灯のものなど売っていないのですね。全部LED!!
迷った末、買ったのは↓

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その後は上の方の階にあるA○Cマートへ。
孫の靴と私のつっかけサンダルと、流石に息子のお下がりばかりでは飽きた、バストバンドの上から羽織れるシャツを1枚購入。
近いうちに購入したいと思っているテレビも物色した。さっぱり分からないので、パンフレットをあれこれ持ち帰ってきた。

灯りの交換は若いモンに頼もうと思ったが、時期を逸したので、翌日自分で行った。バストバンドもしていることだし。
脚立に乗って、従来の物を外すのはいとも簡単。そして「嫌がらせか!?」と思うほど文字の小さな説明を片手に、前日に買ったものを取り付ける…最後のグローブを嵌める段になり、説明書通りに行かない。印を合わせてから、時計回りに回し、3箇所がカチッというまで回し続ける、とあるのに、1回しか鳴らない。
私のお腹ほどまである脚立の存在を思い出し、それに上って、片足はこの机に乗せて、よ〜〜〜く見ながら回したが駄目。「外す時には反対回り」と書いてあるので試したが、これも駄目。仕方がないので暫し観察した後、再度時計回りに回して、2回目と3回目の「カチ」は鳴らない。仕方ない・・・これで良しとした。
バストバンドのお蔭で何ごとも起きず。(ただ、上着を脱いだらバンドはずり下がっていてギョッ!!)

そうだ、まだ骨の亀裂が判明しなかった8月頭、同じような作業をしたっけ・・
飾り棚の上に乗っている巨大な箱。段ボール箱に壁紙を貼って周囲との違和感をなくしたことは記憶にある。11年前の話。
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何を入れたのだっけ…と下ろしてみた。可成り重かった。
お宝ザクザク。パスタを作る機械(1970年代、ウィーンで蕎麦やうどんを作ったっきりだ)、ラクレットの道具一式、イースターのウサギの形のパン(スポンジケーキ)を作る型、野菜のみじん切りを作る道具、旅行用のシナプス(Schnaps)の小瓶を入れる革製小箱、・・・等々お宝ザクザク。

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・・と、この時点では胸骨に亀裂が入っていることなど知らぬが仏。


「どんな転び方をしたのですか?」と訊かれること屡々。
勢いよく走って転んだところにドアと柱があった訳であります。写真で説明に代えます。
(お暇な方はクリックで拡大してくださいませ

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これだけ角が沢山あればねぇ・・どれかには激突します。


そうそう、3日に、我がBösendorferフルコン、2年半ぶりの調律・整音、5本の断弦も張って頂き、5時間に渉る丁寧な作業をして頂きました。こちらはB-techです。これで練習する気が起きたというのに、7日には骨折が判明したので、又しても練習から離れて今日に至ります。いや、30分位の指練習は、気が向いた日にはしていますがね。

こんなもの↓を食べながら高校野球に興じております。今日はもうじき準決勝だ!!!

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↓アイスクリームにかけると固まってパリパリになるチョコレートソース。
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皮下脂肪が取れる望みは捨てました。


8月12日には、いつもの大学病院に於いてMRIで頸椎を撮って頂いた。
何だか色々な事が重なって、それも全部整形外科系なので、ややこしいことになってしまった。

8月14日には近所の救急病院(鮮明なレントゲンで胸骨を診断くださった病院)に出向いた。
そして診察前にレントゲンを撮り、診察。前回と角度が微妙に違う所為か、亀裂がうっすらとなっているが2本見えるとか。
でも自覚症状としては痛みも可成り退いているし、このままバストバンドを装着の上、安静を続けるように、とのこと。
(脚立に上って電気の交換をした、とはとても言えなかった)

17日には12日に撮った頸椎のMRIの結果を訊きに、今度は大学病院に出向いた。やはり第5と第6の間が狭くなり、ヘルニアを起こし、6番目の神経を圧迫しているそうだ。とても丁寧な分かり易い説明をなさる、お若い先生だった。
普通は、痺れが始まって2−3ヶ月で治るのが9割、残りの1割は生憎手術となる、とか。
痺れが始まってからも作業をしたりあれこれ重いものを運んでいたからなぁ・・・
でも当初のようではない。
リリカは「効く人」「効かない人」とスッパリ分かれるそうだ。私は生憎「効かない人」、服用しないようにとのお達し。

ここ迄で送信。野球だ!!!

全てが捗らない毎日 - 2015.07.24 Fri

火曜だったか、慌ててこの椅子を降りてリビングに走った折、いや、走ろうとした折、部屋の出口の角に胸を思いっ切りぶつけて転けた。無意識に走り、多分散乱した物置からの荷物を避けきれなかったのだと思う。胸のみならず、両膝も強打、肘は擦り剥け・・・暫く起き上がることも出来ず、「折れたか?」と頭をよぎったが、放置。(頑なに鎮痛剤は飲まない)
時間と共に痛みも楽になり、何だかドッと疲れが出て午後はひたすら眠っていた。

翌日水曜、やはり一度レントゲンでも撮ってもらったほうが良いのでは?と、お馴染み近くの整形外科へ。
経緯を話したところ、私がぶつけたのは胸骨で、とても分厚い骨なので正面からのレントゲンでは写らないし、真横から撮っても明確には分からないと思う、それでも撮りますか?と訊かれた。もし調べようと思うなら、(更に家から近い、ここも駆け込み寺化している)診療所を紹介するので、CTを撮ってもらえば分かると思うとのこと。更に言われた。でも、たとえ折れていても何も出来ないんですよね、胸にベルト(だったか?)を巻いて安静にしている位。あとは鎮痛剤飲んで湿布を貼って・・・と言われた。肋骨にヒビが入っていたとしても同様の処置。
1ヶ月くらいは痛むけれど、治ります、という結論。
折角来たので首の牽引、やって行きますか?と言われた。もし痛みがあったら直ぐに言うように、と受けて来た。全く痛まなかった……
折角来たことだし、とリリカの話もした。25mgでは全く副作用が出ないことを。効いているのかどうかは分からないが、25mgを2錠飲むことになった。うーーーん、25mgのカプセルが最低量とは…いきなり50mgになることに、少々不安。
この薬の75mgカプセルを1日に4錠も飲んでいる夫は、運転も全く支障ないし、ふらつきもないと言うのだから、本当に副作用の出方も人それぞれなんだなぁ、と実感。

帰宅して、特に問題ないのなら・・と片付けを続けた。何だか捗らない。指を庇い、胸も庇い、きっと別なところに痛みが出るに違いない、と思いつつ。
物置化させてしまった息子の部屋、ひとつずつ別な場所に、出来れば最終的定位置として移動したい・・ソファの上に積み上げた布団は階下に、不要になった段ボールは畳む・・
ショックなことに、積み上げた布団の下からホームベーカリー用のセットの粉が3箱も!!封も切っていない、2014年9月が消費期限の箱。これはちょっと使う勇気無し。又、今年2月19日が賞味期限のラスク(例の、購入には長蛇の列が出来るというもの。婿殿に言わせると「僕たちは煎餅代わりに食べていた」)が出てきた。う〜〜〜ん・・・半年位・・・消費期限ではなく賞味期限だ。きっと帰省の折にお土産として持ち帰り、放置していたのだろう。娘は「捨てなさい」と言うが…未練がましく暫し机の上。でも、美味しくないかもな…と1日悩んでから捨てた。

昨日、今日こそ!と意気込んで、早朝より私の寝室と屋根裏と洗濯機を往復。
そこへ、娘が具合が悪いという。甚だ長引く風邪に自家中毒らしい。一度胸のレントゲンを撮ってもらったら?と思ってしまうが、医者が付いているので余計な事は言わない。ともあれ孫を預かってほしい、託児施設が開く頃に電話をして可能かどうか訊くので、それ迄、と。いずれにせよ午後は予約しているらしいので、私がそれ迄相手しているけど、と言い、ひたすら婆を相手に興じていたが、その後施設OKの連絡入り、連れて行った。(預かっている方が、往復するより楽なのだ。まる1日となれば別だが。我が家の、ではなく○○家の大切な子供だ、細心の注意を払って運転し、着いたら親指を庇って胸を庇ってチャイルドシートのベルトを外し、抱き上げて下ろし、鞄を持って手を繋いで…或いは抱っこで、私にとっては可成りの労働と道のり)

ブログタイトルを「婆の日々」にすべきか??と思ってしまう。50代は若かった!!勿論ピアノに於いても、日常生活全てに於いて、還暦を過ぎてからは1年ごとに転がり落ちるように体力・気力・記憶力ともに低下の一途。
そう言えば、区から老人健診(そういう名称は消えたようだが)のお知らせが来ていたっけ。それと「高齢者用肺炎球菌検査」の案内も。



あれこれ纏めて記載 - 2015.07.22 Wed

娘たちの家も完成し、6月末だったか7月頭だったか、無事に入居完了(その後の荷解きの大変さは想像に余りあるとしても)。
ピアノの運送業者は台風の雨の合間を縫って、置かせて頂いていた、友人の教会から3日に雨間を縫って搬出、倉庫で保管、そして6日朝一番で運搬、我が家のヤマハを娘の音楽室に搬入し、スタインウェイを一旦動かして教会よりのピアノを搬入して位置決め。

湿度管理を怠ることなく、段々ピアノも部屋に慣れてきたようで、調律に方には無理を言って16日にお願い。
いつもながら良心的にヤマハ1台を3時から夜8時迄丹念に作業してくださった。調律・整音のみならず細かな調整や、ペダルの深さも。
このヤマハを弾き込んで安定した頃、つまり1ヶ月位後、又お願いしてスタインウェイと共に作業をして頂く、という予定。

全て、感謝極まりありません。


下は、運びたての床面がピカピカの状態。
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反対を見れば…
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2台の下を物置代わりとして置いてあった物どもです。
どうということはないではないか、と見えますが、奥のベーゼンドルファー下の空間の広さ(フルコンですから)、当然物がぎっしり入っております。
何とか快適に、ちょっとしたコンサートでも出来るくらいに片付かないものか。
Mary Poppinsが来て、指をパチっと鳴らしてくれたらなぁ・・・定位置の無いものは、Mary Poppinsでも駄目か・・・

やっとレッスンを再開。


ピアノの下の荷物も片付け始め、先ずは父の遺品。30年近く経った今頃。色々な物が出てきます。
父が最期の頃に、イーゼルにクリップで留めて練習していた楽譜。
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左のページで再手術となったようです。フィンガリングが左ページの途中までしか書き込まれていないので。
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趣味ではありますが、生きているうちに挑戦したかったに違いありません。こんなDoppelgriffばかりの曲を!

他には、J.S.Bachの無伴奏パルティータでありますが、これにメンデルスゾーンとシューマンが伴奏を付けたもの。
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まさか同時に弾く訳ではあるまい。付点と複付点がずれてしまうから。
メンデルスゾーンによるものか、シューマンによるものか、を私と試演したかったのかもしれない。

更に片付けていくと、同じ音楽雑誌が複数冊!
複数購入、ということは、身内が触れられている時だ。
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©音楽之友社

浩宮様が、故・濱田徳昭氏率いる当時のバッハ・コレギウムとの共演の折、メンバーだった夫もコントラバスを弾いている写真が載っていました。
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©音楽之友社

ご一緒させて頂いた折の、緑豊かな背景で歓談の場面その他、写真は何度か見たことがありますが、おそらく火災で焼失。貴重な記録となりました。


他にも、Fritz Kreislerの”Liebesfreud"…おかしなカルテット、とよく見ると大譜表。表紙を見たら1台ピアノ4手連弾用のアレンジでありました。
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生徒たちにワルツの揺れを感じる練習として活用しますかね・・・


週末の虹。テレビの天気予報で始まりの音楽と共に現れる背景画像が虹!
慌ててスマホを(デジカメではなく)持ってベランダに出たところ、消える寸前に間に合いました。
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連休とは無縁の我が家。
祭日くらい…と外食。
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他にも色々出来事はありましたが、ここで一旦送信。


帰京後 - 2015.04.11 Sat

4月5日の続き(記載は11日)
羽田には夫が車で迎えにきてくれており、甚だ助かった。
寒いし、雨まで降っており。

翌朝は食事抜きでの検査が待っているので、食べるなら今のうち、とばかり何やらその辺に積んであるお菓子などを食べまくった。(しまった!!中性脂肪がっ!)


4月6日
8時に家を出て、血液検査の順番は既に88番!(語呂合わせ?)
9時の整形外科は血液検査結果と無関係に早く呼ばれるので待機。
本来は全身の痛みや首周りのスジのこと、両手親指を何とかしたいことなども相談したいのだが、もう夏から痛みを無視しての作業は自分でも時間が解決するだろう、としか思えない。
呼ばれて、一応話してはみる。
整骨院に通った話などもし、生徒の1人が「圧迫骨折」を心配してくれている話もしたところ、レントゲンのオーダーを入れてくださった。但し6月 手も「母指CM関節症でしょ?」で、おしまい。
血液検査はALPが又低くなっていること。肝心の特別に調べた…名前忘れた……BAPみたいな名称……は今日間に合わなかったので次回結果を教えて頂ける。

それから6階のカフェにて朝食。
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朝食セットのパンは2個選べるのだが、一番カロリーの低いものを選んだら甚だ小さかった

膠原病内科では、疲労困憊であることを訴えるのだけど(内心入院させて頂きたい位疲れている)、そのように色々行動しても検査データ(CRPもCPKも)に異常が出ないところまで回復しているのだから良かったですね、と言われてしまうのが毎度のこと。
以前リハビリを受けていた頃には、OTの先生が常に「田中さん(私の本名)はCPKが上がったら、もう寝返りも打てない状態だからね、そうなる前に自分で管理してね」と仰ったものだった。去年の夏から今にかけては、体調など無視。どこが痛もうが時間が待ってくれないという現実と向き合う作業。

どのように運転して帰宅したか、それも記憶にない。


4月7日
夕方から小学生1人をレッスン。
「悲愴ソナタ」第1楽章、あとは本人が練習するしかないところまで来たので、第2、第3楽章の一部ずつも宿題に。大人の生徒たちと一緒に勉強会で学ぶ「オーケストレーション」のために、シューマンのコンチェルトも可能なレベルまでで構わないと思い、部分的に宿題。バッハシンフォニアや残り少なくなったチェルニー40番と共に。
終わってから、何か身体がおかしい。
ガクガクブルブル・・・これが「悪寒」?
案の定熱がどんどん上がってきた。
夜中は39℃(平熱は35度台)に。咳も出て、その度に頭痛が酷い。

4月8日
富士見ヶ丘のお馴染みになった(なってしまった)内科へ。
「薬は助けるだけです。安静と休養が一番の薬です」と痛いところを突かれる。
このところ、いついつ何があるので何とか治したいのです…と無理難題を言っては薬で治して(=誤魔化して)きたからなぁ…

以降、今日(11日)に至るまでひたすら安静と休養。
熱も35.5℃まで下がった。
水曜以降、珍しく生徒を全面的にお休みにさせてもらった。

よく眠るのだが、生憎私の寝室の外は直ぐそこから新築中。トンテンカントンテンカン・・・
MRIの騒音の中でも爆睡する人なので、工事の音も何のその。けれども、目覚めている時間が長くなるにつれて「うるさい!!!」現実。
帰京当初は「いよいよ2階が始まるのか」と眺めていたところ、トンテンカンと共に我が寝室の前は板があるのみ。情報漏洩につき、板のみアップ。
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日々こんな… - 2015.03.28 Sat

かなり間が空きました。広告が出る前に更新。

3月8日、我が家の階段の下に柵を設けた。
決して孫を遮断する訳ではない。
2月末頃だったか、朝早くからばぁばを呼ぶ声が聞こえ、数時間知らぬ顔をしていたら、そのうち大声で泣き叫んでいる。
階段の上から下を覗くと、何と!!3−4段目まで自力で上り、下にも上にも動けなくなり突っ立っていた。落ちては大変!!とばかりに、孫のために柵を付けてもらうことにした。最初は可哀想な気もしたが、途中まで上って頭から落ちるなど事故があってからでは遅い。
けれども「可哀想」は取り越し苦労で、マグネットで付く「うさぎ」の小さな縫いぐるみ(孫は「うしゃぎしゃん」と言う)で遊び、廊下も含めてすっかり遊び場になってしまった
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今では自力で下から上までよじ登る。大人が必ず付いてはいるが、時々ドキッとするようなこともあり、柵を付けたのは時機も叶っていた。

3月13日(の金曜日?)。いつも最終日に飛び込む確定申告も、これでも超ゆとりで提出。その足で整骨院に出向いた。パソコン作業(Excelが計算をしてくれるが書き込むのは人間)で多分パンパンに凝り固まったと思しき肩〜背中をほぐしてもらった。可成り楽になった。

自分の練習をしたい、と思いつつも、夕飯を食べればテレビの前でうたた寝の毎日。
人生、半分は寝ているかも・・・

朝は最近これでも遅くなったが、BSプレミアムの「クラシック倶楽部」に間に合う。
その後総合テレビでニュースその他、又プレミアムにして古い朝ドラ(今は「梅ちゃん先生」)とマッサンの両方を見る。「マッサン」は最初全く興味なく、寧ろ「え〜〜〜、朝っぱらから嫁いびり??」と敬遠していたのが、いつの間にか見ている
(ウィスキーは父がよく飲んでいた。私は余り興味ないが、試しに買って飾ってあるだけ〜…)
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3月22日は勉強会。当初土日に分けてあったが、聴講は数名あれど、演奏者が9名と今回は少ないので日曜にまとめた。
やはり時間はかかり、昼過ぎから真っ暗になるまでかかってしまった。
それぞれの生徒の課題から(決して足並みを揃える訳ではないが)皆さんにも学習して欲しい、楽しんで欲しい、と新たな宿題を出してしまうので・・・それが良いのか悪いのか・・・
去年の2台ピアノも中途半端、その後の「ワルツのペダリング」も消滅。でも殆どの方が個人レッスンで課題は続けてきているので、勉強会が「課題提供の場」になることも貴重かもしれない。その後の完成は各自で。
最多年齢が50代か60代か??という集団、小学生も居るが、次が20代半ば、30代後半…40代も居るけれど…殆どがピアノ教師・演奏家。アマチュアも可成りの力量を持つ。小学生以外は、私が最初から仕上がりまで手取り足取り指導するよりも、各自でまずは試行錯誤をして頂きたい、と思うこの頃。(今は思うだけの気が・・)
なかなか発表会も難しく、ミニ・リサイタルや2−3人ずつジョイントの形での演奏会を実行するのも良いかもしれない…と最近思う。リサイタルも大歓迎ではあります…が、それ以前に頑張れ!自分!!

又サイトの「別館」を更新しよう、と思いつつ放置・・・

余りに鼻と喉のイガイガが取れないので耳鼻科に行ってきた。
鼻の中をグイッと広げてご覧になり、完全なるアレルギーと言われた。うーーーん・・・
この辺りで送信。



あれも〜これも〜 - 2015.02.10 Tue

2月2日
VHSのテープも再生出来るのだが、もう可成り前から「3月9日正午をもって終了します」というテロップが何のことか分からず、VHSが再生出来なくなるのか?と、どしろうとの勝手な判断をしていないで、JCOMのサポートに来てもらった。HDDや2種類あるDVDも使えなくなるのであれば困ってしまう。
・・・で、その表示されるものは、テレビにB−CASカードが入っていないので・・と、これ又よく分からない説明を受けたが、再生する分には支障はないらしい。
録画しても殆ど見ない昨今。余計な物は不要かもしれない。
取り敢えずは放置することにした。
朝は病院に行くまで物置の片付け少々。病院から帰宅して再度片付けを少々して・・
慌ただしい一日だった。


2月3日
翌日、浜松医科大で講義をするというのに、今回は頭がなかなか切り替わらない。
教授を頼みとし、切り替わらぬままになるかも・・と出来るところまで物置の片付け。

家族が楽しみにしているので恵方巻きはしっかり作った。それも2種類!
若者は3本ずつ、我々は2本ずつ。
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ところで先日の雪。
3つある物置を2階からiPhoneの「パノラマ」で撮ってみたが、湾曲して写るのですね。
実際にはもっと横長で真っ直ぐです。
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下は、掃除が上手になった(?)孫娘。後ろ姿なら支障あるまい。
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2月4〜5日
4回目となった、浜松医科大学での講義。
タイトルは「多発性筋炎 乳癌 そして皮膚筋炎」
2012年の第1回目はリンクの通り。
2013年は戸倉教授と質疑応答形式の部分があっても良いのでは、ということにしたのだったか…ところがマイクが1つしかなく、広い講義室の後ろからマイクを持って往復される教授が気の毒なほど。
2014年はマイクを2つご用意願い、スムーズに流れた。
今年も同様。
いつも講義が午前中のため前日に浜松入りするのが、今年は午後だったので当日の「ひかり」で出向くことが出来た。
内容は昨年と殆ど同様。最初に教授が「皮膚筋炎」の4つのパターンをご説明くださり、又しても医大生が羨ましくなる内容。私が入院加療を受けた1999年は、まだ解明されていない事柄もあったろうし。
難病はなかなか病名の判定も難しく、治療法も即刻分からないから難病の訳だが、その「病名が付かない時に医師はどうするか」ということもテーマの1つ。
私の場合、一体どれだけ「更年期」「自律神経失調症」を30代から繰り返し言われたことだろう・・つまり何十年も更年期で自律神経失調症だったということになる。(ということが話の発端)

内容は又後日。(許可を得てから)
遠位筋、近位筋の話などは記載したいものです。

夜は医局におられる方、いらした方を含めて4人でイタリアンをご馳走になりました。

いつものホテルで一泊し、翌日はテレビによると遅くなるほど雪が酷くなる、とのこと。
窓からの(毎年同じですみません)景色を眺め、朝ドラを見、出来るだけ早く帰京することにした。
娘から孫の様子、「ばぁばを訪ねて三千里しています」などとメッセージが来ては早く帰らねば、の婆馬鹿も相俟って・・・
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「ひかり」の時刻までお土産店を散策。当然今年も「うなぎ」は無し。あっても余りに高価!
去年、確かタクシーの運転手に「来年は稚魚も成育しますから」と言われたような気もするのだけど。
全国一位に躍り出たという「餃子」も時間が早かった所為か、冷凍しかない。
列車ホームで1600円の「うなぎ弁当」を購入し、早速食べる浅ましいわたくし。
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帰宅したら孫娘が2階で待っていた。早速ウィンナワルツのお相手と相成った・・・

訂正など含め、他は又にします。

この3日間(画像追加) - 2014.12.24 Wed

まる一日を病院で過ごすのは至難の業。

13−4年前、6階レストランで待ち時間全てをピアノを弾かせて頂いて過ごしていたことを思い出す。
あの頃は退院して1年経ったか経たぬか、今より本来状態は悪かった筈が。
2時間でも3時間でも「あの曲弾いて」と言われればリクエストに応じ、お仲間(病院で知り合った)とお喋りにも花が咲き、待ち時間が苦であったことは一度もなかった。しかも毎週1−2回の予約受診があった訳で。
うーーーん・・・好きなことをしている時間はアドレナリン(だったか?)の分泌が活発??

最近は、2ヶ月に1−2回の受診と激減しているのに、今回のように体調を崩している時でなくとも「しんどい!」。単なる老化??


22日も、朝8時半に検体検査。結果が出る時間込みで、受診予約は10時半と11時。
まだまだ時間があるので6階のカフェでいつものセット。
前日まではお粥ばかり食べていたというのに、ソーセージも食べたくなった。凄い回復力!
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何を読むでも聴くでもなく、ぼ〜〜っと景色に見入る。
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11時半頃やっと膠原病内科に呼ばれた。
入院中も正常値を保っていたほどのCRPが珍しく高かった。
この1週間ほどの様子を話し、再度インフルエンザの検査を受けたが、やはり陰性。
ということは、今からでも予防接種を受けられるのかもしれない。

去年の秋に受けた「自己免疫膵炎」のMRI、外科の先生から半年乃至1年に1回は調べて行きましょう、と言われていたのに機会を逸したまま。折良く1月末にオーダーを入れて頂けた。

その後又待って、整形外科。骨粗鬆症の経過観察。ずっと「超低空飛行」と言われていたALPがやっと正常範囲に入っていた。

会計、薬局を終えて帰宅したらもう薄暗かった。往復とも夫の送り迎えで楽をしたが。


娘婿が今度は胃腸に来たそうで、珍しく居た(何という書き方だろう…頭を使って考える:「日頃は仕事が深夜までだったり当直だったり、顔を合わせない日もあるほど忙しい婿が、早々に帰宅していた。」小学生低学年レベルだ……)
先日の孫の胃腸炎は15日の検査でノロウィルスと出ていたそうだ。
娘も発熱。


私は私で23日夜、喉が(物が詰まっているように)腫れて痛みも酷く、朝になったら医者だ!と思っていたものの朝まで耐えられず、手持ちの薬の箱から「腫れを取る」とメモ書きされたアベロックスと、抗生剤と知っているジェニナックを飲んで又寝た。
朝は夜中の痛みは忘れるほど症状は消えていたが、念のために(当直中の)婿にメールして尋ねたところ、アベロックスもジェニナックも同じ系統の薬で併用しない方がよい、と返信が来た。充分に錠数のある(間違って処方されて手もとにある)ジェニナックを続けて飲む。

全くやれやれの日々。

早く体調を整えませんとね…物置が……

又しても記録(後々のための自分のための記録を兼ね) - 2014.11.10 Mon

11月4日
日頃使っている10.7のMacが、この数日ネットにつながらなくなり、古い10.5を使っていた…
先日dropboxを出してしまったのが悪かったのか、それとも単に一時的な機嫌の悪さなのか。Wi-Fiはご近所の10個以上を拾っているというのに!環境設定で登録し直してパスワードを何度も入れているのに拾えないってどうよ!!
怒っていても仕方ない・・
ずっと10.5という訳にも行かず(10.7のアドレスブックを現在使っているので、10.5ではメール送信も出来ず)、まだ一応ゴミ箱に入れてあったDropboxを拾って定位置に置いてみた。再起動かけても強制終了させても駄目。

11月5日
もしや…と思い、今朝ルータ外してモデムの電源をOFFにして30秒位待ってON、ルータを再度繋いで点灯を待ち、それからパソコン開いた。設定入れ直したところ、まずDropboxのお尋ねが出たのでOKし、メニューバーに濃く表示され、同時にネットも繋がった。
Dropbox、シンクロしているんですね・・・というか、ルータは「Windows主体、MacもOK」みたいな存在のものを購入して後悔していたが、普通に開けるようになったので暫く使う。そんなこんなで物置の片付け時間が激減……

11月6日
背中〜首筋の痛みが酷く、物置の片付けに精を出した翌日はそんな。
整骨院に車で行ってみたら、駐車スペース皆無。しかも玄関の中を覗いたら靴がざっと30足も
Uターンして帰宅する羽目に。予め、諸々を考慮して生徒は遅くずらしてもらってあったが、それでも無理であろう待ち時間。

11月7日
今日こそ!と夫の車(微震動なし)で整骨院に朝一番で送ってもらった。
可成り丁寧に治療も受け、湿布もしっかり貼ってもらった。可成り調子も良くなり、これで作業が出来る!
・・・物置3つ共開け放してひたすら作業。
リサイクルに運ぶものは娘に手伝ってもらって車に目一杯積んだ。
娘は子供を同じ区画内の託児施設に預けるというので、送りかたがた微震動のする我がオンボロ車を運転。
リサイクルでは「大切に代々保管していらしたんでしょうねぇ」と係の女性に言われるほど、沢山のお宝を出した。多分母が使わずとも大切にしていたであろうものども。その他、(新しければ値になるかもしれない)反物ぞろぞろ、父の生前付き合いのあった当時の名力士からのあれこれ、等々
せめて写真くらい撮っておくべきであった、と後になって気付く
帰宅して生徒のレッスンギリギリまで娘と作業を続けた。
レッスンは、一番詳しく扱うべき曲が最後になり、途中で時間切れ。最初に弾いてもらうべきであった!!
そして孫の迎えに又運転。
明日は古着を近所の集積所で回収する日。それも袋に入れた。
今日の仕事は全ておしまい。

以下後日。

後日の記載
11月8日、子供達の幼稚園時代に結成したママさんコーラス「コールアミ」が30周年記念コンサートを開催した。
30年です!!当時を振り返り、幼稚園の制服を着た子供達が園庭や部屋で遊んでいる時間、私たちは別室で練習していた。曲は、子供達に聞かせるものがメイン。最初は2部合唱がやっと。
引っ越してからは下の娘が別な幼稚園に転入したこと、仕事が忙しくなったこともあり、なかなか出席出来なかったが、そのコーラスに行けば「自分の中では大問題」だったことが先輩ママさんたちの言葉で、いとも簡単に解決が着き、誰もが同じ、私よりも問題を抱えておられる方の存在も、(言葉は悪いが)私などまだまだ甘い、と反省させられたり、勇気づけられたり。
私に何かが起きると助けて下さる友人たち(私にとっては本当にamieだ!!私は何も出来ないのに)の存在ともなった。
そのコーラスが30年を迎え、とても難しい曲の数々(三部合唱)によるプログラムを東京オペラシティで開催する!絶対に行くのだ!!お花やお菓子を持って・・・
・・・と意気込み、ステージの皆さんの姿を想像し、生徒も別な日に移動して予定を空けておいたというのに。
駅まで歩くことすら容易ではない体調。節々の痛み。
着いても、ずっと椅子に同じ姿勢では座っていられないだろう。
泣く泣く諦めた。
今年はちょっと特殊な一年(いや、もっと続く?)・・体力を付ける努力をせずに無茶ばかりしているから、こういう時に残念な結果となる。皆さんだって介護やお孫ちゃんや、色々抱えておられるであろうに。
次回こそ!!
結局お花もお送り出来ずに過ぎてしまった・・・
(情報が漏れ出す怖い世の中、もっと記載しておきたいのですが以上に留め…)

順不同ながら記録まで - 2014.11.09 Sun

夫は10月20日に日本を発ち(19日は成田泊)29日に無事帰国。
その間の夫の日記は少しずつ(亀の歩みながら)更新。
私のサイト本館のリンクより田中洪至に飛び、その中のDiaryをクリックくださいませ。
今回は余り面白い内容ではありませんし、今現在は2日目までしか記していませんが・・・

直接ブログを貼り付ければよいのだわ、と後日気付きました。
http://tanukinokontrabass.blog.fc2.com


10月22日には孫が案の定RSウィルス感染のために入院。
これでも素早い判断だったよう。
処置は抗生剤の点滴と痰の吸引。主治医は父親。
さっさと治ったのが、母親(私の娘)が無理して最初の頃に見舞って感染し、孫の退院は母親の回復を待つ羽目に。そして31日に漸く退院出来た。(確か帰国して、まだ時差惚けの夫が迎えに行ったような…という実に怪しい私の頭)
私は「危ないかな?」と思った23日から(娘婿の判断のもと)、念のために手持ちの強い抗生物質(ジェニナック)、ノイチーム、メジコン、ムコダイン、アレグラなどを7日間服用し、罹らずに済んだ。ジェニナックは以前間違ってパソコン上で処方一覧に残っており、薬局で出されていたもの。こういう間違いは大歓迎!!

11月2日はカトリックでは万霊節。プロテスタントは派にもよるのでしょうが、日本基督教団では死者の日として11月の第1日曜に召天礼拝を行う教会が多く、私もこの日の午前は教会に!!と諸事を外したのが、溜まっていた疲れが出、翌日の「勉強会」に備えて体力温存、及び勉強会の準備(これは又改めますが)を優先してしまった。

11月4日は皮膚科の予約受診。
9時の予約で10分前には着いたのに「33番目」と出ていた…待ったのなんの…
最近は「雑談」半分。いや、雑談を通じて私の体調を読み取って下さっているのだろう。

他は又。

まさにバタバタと過ぎ - 2014.10.21 Tue

何でこんなに慌ただしいのか分からないほど。

日曜。
納戸にある古い冷凍庫が霜だらけになってしまった。ずっと気になっていたが、今日こそ!と朝から解凍。洗面台山盛りのかき氷の如き霜と氷が取れた。
午後は生徒2人。小学生だが2時から始めて、2人目が終わって2階に上がったら8時近かった。時計が壊れた?
夫は仕事で他県から帰宅。渋滞に巻き込まれて今帰ったところ、と。
そのまま成田に車で行き、ホテルに一泊して海外に飛ぶことになっている。ホテルの駐車場を無料で使用できるため。
レッスンを終えて上がって行ったら、娘があり合わせの食事を夫に出してくれていた(霜取りから発掘した炒飯も含め)。私も、「明日は絶食で検査だ!」と慌てて夕飯……何を食べたのだっけ……認知症並…う〜〜ん…霜取りからの発掘物だったか?

火曜にエアロテックの整備が入っており、最後に各部屋の送風口の点検があるため、夫が出掛けたのを幸いに、長年掃除から遠のいている夫の部屋から順に、片付けつつミニ大掃除(又の名を「足の踏み場作り」と言う)。ベッドをたたんでの掃除機がけは何年ぶりか??掃除機のCM以上の収穫物!

月曜。
検査は、早く行くほど早い番号が取れる、と頑張ったが道路があちこち通行止めで、着いたら8時半を少し回り、番号札は199番。うーーーん、100人待ちか??
検査結果を待つから当然ずれ込む膠原病内科と整形外科の受診。
こんなに疲れているんですけど、と言えど、検査データは全て正常だから異常なし。
筋力も戻って良かったですね、と言われる。1999年には一旦しゃがんだら立ち上がれなかったので。
今は、動けなくなる迄の肉体労働を経て整骨院に通い、その後暫く休息したから元気になったろうし、荷物運びで筋力も付いたろうし……と不機嫌なわたくし…

整形外科では、骨粗鬆症の薬が今までの「エビスタ」から、1ヶ月に1回服用すればよいだけの薬「ベネット75mg」変更になった。
エビスタになる前は、毎朝空腹時に服用し、その後30分横になってはいけない、というタイプのものを取っ替え引っ替え使った。朝型の私は服用後の30分にメールのチェックをしたり返信したり、習慣付いて特に苦でもなかったが、年齢的にホルモン系の「エビスタ」の方が良い、と何年か前に変更。更に同じものを長く使うと効かなくなるとか、毎日自分で注射をするタイプの薬もあるが、一生のうちに使える期間というものがあり、それにはまだ若すぎです、と先生も色々お考えくださったのだろう。それで今回ベネットになったらしい。・・・月に1回。私には寧ろ忘れそうで危ない。

長い会計を待ち、遅い朝食は12時近かった。
毎度お馴染みのメニュー。

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薬局でも莫大な量の薬を待たされ、帰りはスーパーにも寄ったので、3時近くにヘトヘトになって帰宅。

孫がこのところ夜泣きをするそうで、1時間おきに起こされ参った、と娘はぐったりしている。孫は風邪らしいが娘も同じような風邪。親が参っては辛かろう、とヘトヘトはどこかに飛んで孫を預かった。
前日に続く「ミニ大掃除」の間は段ボールの空き箱製「コックピット」に座って遊んでいる。部屋の移動は座らせたままガッタンゴットンガッタンゴットン…。
鼻水以外は至って元気に、相変わらず子犬のワルツを弾いてやると「ワンワンワンワン」とはしゃぐし、伝い歩きでピアノの椅子につかまっては椅子を太鼓代わりに叩く。玩具で遊んでやると至って元気。

火曜。
孫は夜中に酷い夜泣きをしたという。
生まれてから10ヶ月、夜中にミルクを飲んだこともなく、オムツにすら起きず、まして夜泣きなどしたことはない(突発性発疹の時以外は)。
何か感染したかもなぁ・・託児施設を使った後は必ず何かもらってくるので。
託児施設のあり方や使い方に問題を感じる。医師から「健康である」証明や、一旦感染症に罹ったなら「登園許可証」のようなものを提出出来ないのだろうか。そんな時間がないからこそ皆さん利用しているのだろうが、少々不安。

折しもテレビのニュースではRSウィルスの流行を報道している。
近所で検査出来ないのだろうか?と思ってしまう。
「医者の不養生」ならぬ「医者の子供は不養生」にならなければよいが・・・

そんなこんなの日々。雨も相俟って、又しても物置の片付けは中断。

4月へ遡って記載(追記あり) - 2014.05.14 Wed

毎度お馴染み、「あれはいつだっけ?」「あの時はどうしたのだっけ?」と記憶の薄れてきた昨今。

手帳のあるうちに記録。
と思えど、大したこともなく、毎日「疲れた」「うたた寝した」・・・に尽きるのだけれど。
先日は、生徒の親御さんが部屋に入るなり、「先生、お疲れですか?」と仰った。まさに!もう何ヶ月も疲れが取れない。


随分足を運んだ演奏会はカテゴリー改め…と手帳を見たら、さほどの回数ではなかった…

遡って先月、4月19日は吉祥寺へタクシーで出、リムジンバスで羽田へ。伊丹空港へ飛ぶために。
この日が体調急降下。こんな快適な筈のリムジンで酔うとは…というほどの車酔い。
疲れがどっと噴き出した感じだった。
(10人位しか乗っていないリムジン、…こんな贅沢ながら空き!もっと堂々と2席1人ずつ座ればよいのに、夫が3分の2席を占める相変わらずの座り方で、右端に小さくなって座っていた私は、益々具合が悪くなってしまった!!と、こっそり書く…)

羽田には定刻に着き、搭乗まで2時間もあり、さりとて歩く元気もない。
これ又がら空きのソファに半分横になって休んだ。お蔭で動けるようになった。

伊丹に着き、息子一家の迎え。
孫は満5歳。1年間の長さは、我々、もとい私にとっては「あ」っと言う間なのに、孫にとってはこんなにもしっかりする長さなのだ、とびっくり。「言葉が遅いのでは?」と案じた1歳当時は単なる杞憂。達者に喋り、じじばばにクイズを出してくれるというサービス精神旺盛!

空港で軽食を済ませ、レンタカーを確保し、私が(こんなにも奥系の親類が多いというのに)一度も訪ねたことのない神戸を希望した。


(立派なスタバ!…撮っただけ〜)
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まずは北野異人館へ。
ところが!「え〜〜〜〜〜っ!?こんなに坂道と階段だらけ???」

という訳で、(家に帰れば何本もあるというのに)杖を途中で1本購入。やれやれ、これで歩ける、助かった!!
以下、写真を並べるだけ。

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夜は中華街(屋台の)。
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餃子が美味しかったが、豚まん追加。その他歩きながらの胡麻団子(だったか?)も甚だ美味。
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北野だったら、次回は北野中学(今は高校?)も訪ねてみたい。父や父の兄弟出身の。

と、取り敢えずこれだけ送信・保管・・・



ここから午後に続きを。

この後、どこかに連れて行ってもらったのか、記憶の彼方。ともあれ夜は息子の家に夫と共に泊めてもらった。
久々に畳の広い部屋に布団を並べて敷いて、という贅沢。
折角勧められた風呂も入らず、眠さには勝てず即刻爆睡。

が!!

我々は家でもそうだが、旅行も大抵部屋を別にしている。特に演奏旅行の時はメンバーに呆れられようとも!
理由は、夫の鼾(いびき)の酷さ。

下は、その昔(1980年代)の私の落書き。

夫が見つけた「イビキ止め」の新聞広告。イビキで何かをキャッチして目覚める、というシロモノだったと思う。
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早速電話をして購入したのに、全く効き目が無く、私の「うるさい!!」の声にそのシロモノは負けた。
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・・・

・・・


その数十年後、「睡眠時無呼吸症候群」という単語が有名になり、夫も?と甚だ心配したこともあったが、鼾の合間に注意深く聴いていると、呼吸はしているようなので、単なる鼻の問題か??最近はずっと耳鼻科の世話になっている。

それはさておき、この日も凄まじかった。(息子達の部屋にまでとどろき渡ったのでは??)
隣りの私は、結局殆ど眠った気はせず、夜中に何度もスマホに入っている音楽、それも長い、出来るだけ長いアルバムを選び直してイアフォンを耳栓代わりに、そして音楽で鼾の音量を消して一夜が過ぎた。
朝になり、あ〜〜〜〜〜、疲れたなぁ・・・

だった。


朝食をご馳走になり、その後は息子の車とレンタカーの2台を連ねて能勢へ。

この後のことは、毎年同じだが、本家の教会のイースター礼拝に出席。
その後、召天者祈念式。
教会の納骨堂と、奥家の墓と。
心のこもった昼食を教会の方々、奥の親族と共にご一緒させて頂き、毎年ながら楽しいひととき。
他はプライベートの内容となるので端折る。

その後、又車を連ねて教会を後にし、・・・・記憶脱落。
車中は爆睡。どこかに着くと起き、移動すると又即刻爆睡・・・

大きなスーパー(倚音、もとい、AEON?)で孫のおもちゃを探したが、まだ発売されていない模様。
息子の当時と同じだ。寧ろ、あの5色のヒーローものが続いていることにびっくりした。
(欲しがっている、というものは予め東京にてネットで購入し、包装し直してプレゼントとして持って行ったが…)

これ以降、空港に出向く迄は息子に訊かないと記憶の彼方。認知症かも…

取り敢えず、又しても保管して送信。何とも捗らない日記!

久々にこの画面を開いたら、絵文字や文字色のアイコンが変わっていた。
しかも、上に「1日上限30件の投稿件数を100件にする方法」とリンクが張ってあるようだ
1週間に1件ですら危うい現在の私。



さて、帰京2日後に、中学の音楽の恩師を囲む会が催された。私にとっては中三の担任でもあられた。
この先生のお蔭で私は歌うことが大好きになったし、中二からは聖歌隊や礼拝の奏楽当番※など、キリスト教に直結する演奏、というものを知らず知らず教えて頂いていたことに、大人になって(おそらく留学してから)漸く気付いた。まさに「恩師」!!
西牟田和子先生とおっしゃる。
昨年米寿、来年は卒寿を迎えられるとのこと。
音楽の道に進んだ人たち数名でお囲みし、ランチを共にさせて頂いた。
数年前に「自分史 - 恵み 感謝 讃美」を出版され、友人の分と2冊頂いてきた。
貴重なご本、その日のうちに夢中で読んでしまった。
何も知らなかった中学以降の私を振り返り、まだまだ頑張らねば、と思う機会ともなった。

けれどもその日の私は座っているのがやっとで、ランチだけでお先に失礼してしまった。(そういう日が最近よくあるが、生徒のレッスンでは立ったり座ったり2台のピアノを往復したり手本を示したり、と殆どじっとしていないので、気付かない)

※徐々に記憶が繋がってくる。「奏楽」の出来る生徒、確か「ピアノを習っている生徒」が挙手し、一室に集められて、どの練習曲を弾いているか、まず生徒委員の司会でピックアップされ、後日先生が決められた。
初めての奏楽には、メンデルスゾーンの「プレリュードとフーガ Op.35」から第一番のプレリュードを弾かせて頂いたことまで繋がってきた。その後は、大抵バッハの某かの平均律や…相応しい別の作曲家か…高校時代にはリードオルガンに魅せられ、使わせてもらった。
そのメンデルスゾーンのプレリュードとフーガは、20代後半、ケルンの放送局で録音を依頼され、つい数年前にも使用されていてびっくりしてしまった。(これは長くなるので又いずれ)

のび太 - 2014.04.27 Sun

タイトルは、「のびた」と打ったら勝手に変換されたので、そのままに。

いやはや…本当にへたばった。
体調管理をし、長年、諸事は体力を第一に「お断りする勇気」で過ごしてきたのですが、残る人生(どこでどんな事故に巻き込まれるか分からない、ということを含め)、色々な方々にお会いしておきたいし…今年になってからは、同じ時間帯に複数の用事が重なる時と、脚の痛みで動けなくなる時を除いては出来るだけ動き回った。
(勿論孫の世話の手伝いも目一杯…余りの可愛さから…)
と言っても30代40代(…50代も?)からは遙かに程遠いレベル。

昨日は、一仕事終えて夜にリビングで大の字に寝て思いっ切り大きく伸びをしていたら、そのまま大爆睡。夫と娘に引っ張り上げられて自室に行き、そのまま寝た。

そろそろ優先順位を考えて悔いなく過ごさねばなぁ…(演奏活動も!!)
ブログその他、書く気力なく過ぎたので、ここらで一筆、でした。

__________________

のびた、のびた、とも言っていられないので、4月の諸々は少しずつ振り返ります。

記録しないので - 2014.04.04 Fri

話が前後し、その日の日付に遡って日記を書くのもどうか…
なので思い出す度に(半分は自分のために)記録。

先月、区から「近隣にお住まいの皆様へ」というお知らせが郵便受けに入っていた。
我が家は(情報漏洩せぬよう、最近は気を付けており)家を出た道路の隣家で交差する道路の向こう側(これでは説明にも何にもなっていない)が別な町名になる。その隣り町とは言え、徒歩直ぐのところに「特別養護老人ホーム」を区が建設予定で、運営する事業者を公募し、施設の整備を進める、という説明会が先月下旬になされるお知らせだった。
説明内容は「整備計画の内容、今後の予定など」としか書いてない。
事業者を公募するためのお知らせなのか、それとも「近隣」とあるから騒音への説明なのか、それとも入居予約に関する話なのか、これは出向いて話を聞いてきた方が早い!

という訳で、4時半の生徒は6時半前に終わらせること、疲労を考えて、その前の2時から入っている生徒は1時半からに変更してもらった。途中30分休憩を絶対に入れる!と。
そして6時半過ぎに終えて遅刻ながら私1人で出向いてみた。住所と名前を書くが、その時点ではこちらの町からの出席者は私1人。しかも出席者がその時点では男性ばかり。これは見当違いのところに来てしまったか?と思ったほど。
けれども(最初の説明は少々聞き逃したが)「何でもあり」の質疑応答中心の集まりだった。

整備予定の場所は、小学校斜向かいの広い緑地、約3千平米。第一種低層住宅地域なので建坪率50%、容積率100%、高さ制限10m。ユニット型特別養護老人ホームで定員は80人以上とのこと。
あれこれ計画についての説明あって、質疑応答に入った。
事業者の公募がこの4月から、ということで、既に決まっているのではないか?や、その町の*丁目には区立中学の校庭が唯一避難場所になっているが、公園が1つもないそうで、貴重な緑地の使い道はこれでよいのか、といったことや、住民が要望を出す時間がもっとあって良いのではないか。こちら側では小学校が全面的に建て替えられ、その間の騒音・揺れは凄まじいものがあり、それが終わったと思えば今度は特養の建設?といったこと、夜中の救急車の音を考えるとここは住宅地、ホームの中に医療設備も作るべきではないか、といったことや、通学路が益々危険に晒される、といったこと、その他約1時間にわたり色々な質疑応答が続いた。

出向いてみてよかった。近隣約400世帯のポストにその説明会のお知らせを入れたそうだ。

明日は我が身の年齢と健康状態の我々夫婦、要望は出さねばなぁ…と帰宅した。尤もそういう施設に入る状態をまず避けられるよう努力しなくては……そのような状態になっても、優先順位や抽選、勿論金銭面に何よりも厳しいものがあることは確かなのだから……という思いを新たにした。


甚だしく順不同 - 2014.04.04 Fri

今週の月曜は膠原病内科の予約受診だった。
膠原病そのもの(皮膚筋炎・多発性筋炎)は寛解を保っているのだが、気になるのは目の乾きもだが、それ以外に、最近は足、膝の痛みに加え、孫が生まれる前からのアキレス腱の両側の痛みと浮腫み。浮腫んだ部分は真っ白に盛り上がり、近辺は静脈瘤・・・これは母の体調不良の始まりと同じではないか!(という訳で、近所の整形外科も受診した訳だが)何か別な科の管轄の気もして、我が身は自分で管理するしかない…図々しくその症状を調べて欲しく、膠原病内科の先生にお願いした。母が大動脈解離による心タンポナーデで亡くなる前数年は、膝をこの病院で診てもらって既に手遅れあったこと、あちこちの科を回ったこと、脚は脛骨と大腿骨が繋がるほど膝の組織が消えてしまっていたことや、ヒアルロン酸など注射しても気休めにもならなかったこと・・・等々を話し・・・同じ症状が始まっていても食い止めることは出来るのだから、執拗にお願いした次第。5月に心臓血管内科の予約を入れてくださった。

さて、会計と薬局で甚だしく待ち、買い物もして帰宅。
午後は娘とベビーカーの孫と3人で近所の花見。
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その後は、予定していたバレエの発表会へ。
可成りのハイレベル。学生達の国内のコンクール入賞歴などが沢山載っていた。
混むことを想定して「開場時間」に出向くなど、音楽会ではあり得ない私…専門外は楽しい。結局4時半に出向いて9時過ぎの終演まで見てしまった。第一部と第二部がバレエ・コンサート、第三部は「胡桃割り人形」のダイジェスト版。
いにしえの我がピアノ発表会を彷彿とする。つまり…人数と全員複数の出番、弾きたい曲は20分でも30分でも本来弾いて欲しい…幼稚園生から社会人までを如何にプログラミングするか。だからアナウンスを極力簡潔にし、次々登場。後で録音をコピーして回すと、「何番」だけでは何を弾いている人が何番なのか(プログラムと照らし合わせないと)分からない、ということが常に反省点として挙げられたことや、入場料を取っても良いのではないか、休憩をもっと取っても欲しい、等々特にご年配の方々に言われていたことなど、あぁ、こういうことだったのだな、と1990年前後を懐かしく思い出した。間際のホールを借りてのリハーサルに、当日朝からリハーサルに立ち会い、自分も出番盛り沢山にあるのが、眩暈で薬で何とかしのいだり・・
あの頃も楽しかったが、若かったので出来たことだったのだろう。

翌日火曜は、神田川の桜が満開だという。
又しても女3代(?)花見。勿論赤ん坊を連れてだから短時間だが、私としてはよく歩いた。
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帰宅して2時から5時半頃まで生徒1人レッスン。
体力に限界を感じてきた・・・(優先順位を決めて過ごさねば、は「思うだけ〜〜」・・)


翌水曜は夜に演奏会に出掛ける筈だった。楽しみにしていたのだが…
この脚で電車を乗り換えての往復はちょっと…帰りは花見客でごった返すことも見え、健康と安全第一で諦めることにした。夜中の咳も気になるところで、体調をそろそろ整えて過ごさねば、あちこちに支障を来す。あぁ、そういう年齢か??いや……同じ年齢でも私には信じられないほど精力的に動き回っている友人も多い……

一旦送信。


時の過ぎる速さ! - 2014.03.30 Sun

その後、音楽室の温度・湿度共に安定してきたので、今月半ば過ぎに調律をお願い出来た。
朝9時半から夕方5時まで、念入りに2台の所謂調律のみならず、整音、タッチのぶれの修復、微調整などもしてくださった。いつもながら殆ど休憩も取られず、とても細かい作業をして下さる。心より感謝。これでやっと「練習しよう」という気も起きる、というものです(気ばかりながら)。


下旬、(2人目の)孫の「お食い初め」も終わった。
写真を載せたいところだが、最近の物騒な世の中が故に残念。
(孫の名前が漢字で入った日本酒の瓶が、どのショットにもしっかり写っている)
娘は自分のお食い初めをしっかり記憶している、と言う。口元まで美味しそうな食べ物が来るのに、すぐに去って行く…の反復。流石に「食い物の恨み」!孫も然り、途中で苛立って泣き出す有り様。ご馳走は娘がネットで注文した立派なもの…お造りが新鮮で美味しかった!本当に便利な世の中になったものだ!!(尾頭付きが特大でサービスになった)因みにこちらです。

33年前の息子の時のものなら、情報漏洩も何もないから大丈夫だろう…これでもウィーンで精一杯揃えたお膳。
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(私は「お膳」より、後ろの若かりし頃の夫に目が行って、又しても時の流れる速さに愕然とするのであります

その2年後の娘の時のものも支障なかろう、とアップ。義母が用意してくれたものです。その本人のお膳(お盆ながら)が一番豪華。これが口まで運ばれて去っていくのだから、苛立ちや如何に…と今さらながら…
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抱っこしているのは義父。右下の哺乳瓶は、息子の「お茶」。


その後も、生徒たちのレッスンは毎回一人ずつ長時間ながら、「変化」「上達」に私自身日々楽しく過ごしております。
婆となり、(益々)なかなか自分の練習時間が取れないので、レッスンそのものを自分のための練習として兼ねる結果(子は鏡、生徒も鏡……


今月の日常から… - 2014.03.24 Mon

最近、「あれはどうなったのだっけ?」と自分のブログ内検索で思い出すことは勿論、その検索をしていて、「へぇ!そんなこともあったっけ!!」と他人事のように思い出すことも屡々。だから自分のためにも記録しておこう、と思うのだが、数日経つと「何を書こうとしていたのだっけ?」となり、思い出して書き始めたところで具体的なことが記憶の彼方…

えい!と此処をクリックして今日こそ何とか先週末前後を記録。

3月と言えば「確定申告」。
30代、40代の頃は、一夜漬けで仕上げて締切の日に自転車で(!)税務署へ行くのが常だった。
40代終わり〜50代は、膠原病だの乳癌だの、申告の必要のない年が何度もあったが、医療費の領収書だけは何通りもコピーを取ってから提出した。それが甚だしいひと仕事だった。まだ毎週いくつもの科を受診していたので、1年分が莫大な枚数!!コピーは、確か4月以降に(私の病気が故の)子供たちの学費がどれだけ免除を受けられるか、ということがかかっていたような。いや、娘は入学時は入試の成績で半額免除だったか?その後は、どうして毎年コピーを取っていたのだろう?育英会??・・と、万事こんな調子だが、毎年憂鬱なほどの作業だった。

逸れたが、確定申告の医療費控除の計算も有難いことに変更(その昔は、生計をひとつにする家族で合計10万円が対象だった筈)、保険料の控除については「旧」と「新」で5通りに分類。甚だ有難いが計算は困難を極める。
幸いなことにExcelに記入すれば全部計算してくれるので、電卓パタパタからは解放。
いずれにせよ夫も私も厚さがそれぞれ2−3センチになるような医療費領収書を束ねて提出するので、ネットで申請出来ても領収書や源泉徴収票の類は郵送しなくてはならない。それなら出向いた方が数倍速い。

今年は大変そうなことが分かっていたので、早めに(と言っても3日ほど前から)Excelに一覧を作った。
あとは清書をすればよいだけの状態で日曜(16日)になったので、「教会に行ってくるわね」と娘に声をかけたら「私も行こうかな」(孫を連れて)、何とも嬉しいことを言うではないか!
支度をして女3人(?)遅刻ながら教会へ。娘と孫は母子室へ。
泣き出すのではないか、いや、泣く筈はない…と私は礼拝堂に居たが、母子室からは孫の話し声(上機嫌の時に出す声)が聞こえ、周りのお兄ちゃんお姉ちゃんが相手をしてくれて、孫は大満足の様子。

さて、聖書の箇所は、ルカによる福音書 第14章 第7〜14節。この箇所を第11節までと,第12節以降に分けて説教は進められた。
(第11節:だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。)
誠の謙遜、謙虚さへ、ひとつの譬えを牧師は用いられた;
牧師がある知人から聞かれたという話。1人の女性が、まだ小学校にも上がらない幼児を連れ、楽しみにしていた伝道礼拝への出席に急ぐ列車、それは1−2時間に1本しかない、という片田舎。途中で子供が「トイレに行きたい」と騒ぎ出した。生憎その車両にはトイレがない。途中下車してトイレに寄れば、もう礼拝には間に合わない・・と選択肢を求められた時、向かい合いの座席の見ず知らずご婦人が、ご自身がまとっていた綺麗なショールを襟元から外し、子供の足元に置き、「さぁ、これにしちゃいなさい」と差し出されたそうだ。
犠牲を伴った愛情。人は信仰をもって如何に生きるか、が問われる、という聖書の箇所前半への心温まる譬えだった。

帰り際、広田牧師は孫の頭に手を乗せて、お祈りをしてくださった。
礼拝中も、孫は説教が始まるやニコニコとしていたそうで、12月にお祈りにいらしてくださった時の牧師の声を胎内で覚えていたのではないか、と娘は言っていた。
5月には祝福式をお願いしている。


17日月曜、朝一番で夫の車で税務署へ。
予想した通り長蛇の列。
今年から加わった「復興特別所得税額」の欄あり、会場ではずっとその書き漏れがないか、アナウンスしている。
こちらなど書くのも躊躇われるような額で…それでも前日清書をしていた時に書き漏れに気付いた。これで気付かなければ、申し訳ないような額のために、それ用に設(しつら)えてある机で書き直しをしていたかもなぁ・・・

夫は全くの一夜漬けで、こんなに疲れたのは初めての模様(間に合わない、と踏み、私がExcelを手伝って、ですら…)。1年毎に体力は落ちます。とても一夜漬けなんて・・・無謀。


その後、そろそろスマホに…と考えていたことを実行に。
「iPhoneじゃないの?」と時々言われますが、iPhoneもスマートフォンの1つでは?Apple社が作っているスマホ。
私はパソコンがMacなので、何かと同期して使いたくiPhone。

午前中に夫が使っている携帯の出店(?)へ。家族紹介の形で割引もあるので。
説明が余りに要領を得ず、しかも、ここで購入したら「アドレス変更のお知らせ」を送る、という私にとっては甚だ面倒な作業が次に来る。
午後、娘が付き添ってくれ(つまり孫も一緒に)、車で吉祥寺へ。
「機種変更」扱い(その分、使える割引は減るが)。まるで早口の外国語のように分からないあれこれ、全部娘に任せた!
店員もとても親切で、ガラケーのアドレスブックを移動してくれた(本来はそれ用のアプリをダウンロードしての作業になるらしかった)。MacのIDとパスワードも入れたため、パソコンの中のアドレスブックも同期できた模様。
9000ポイント貯まっていたので、その一部を使ってカバーやケースを購入。
帰宅して、最低限の設定は娘がしてくれた。
夜、パソコンとめでたく同期。


後日、そのケースの使いづらさ(ホックが裏側にあるので、開く度に上下や裏表を間違える)で、娘が自分のものと色違いをプレゼントしてくれた

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(左のミッキーのくり抜きがある部分は、Suicaなどのカード等を入れられるらしい。でも携帯を持ち歩く習慣が未だにない私…宝の持ち腐れにならぬよう、気を付ける。iPhone、全く触ったことがない訳ではないのだが…)

甚だ長くなったので、ここで一旦送信。

2月になってしまった! - 2014.02.01 Sat

パソコンに向かう時間が激減。

私としてのごく普通の日々に、同居の娘夫婦に子供が出来たことで、孫の顔見たさにあれこれ手伝う婆。
まさに日々刻々成長を見せてくれる孫は、自分の子供たちを育てていた時には感じなかった様々なことを、婆に考えさせてくれるし、喜ばせてくれる。

けれども明らかに老化は老化。
子育てをしていた時の「感覚」を身体が覚えているのに、あくまでも「感覚」!!これは、昔鉄棒で逆上がりが出来たから、と今突然やったら(出来たとしても)身体の節々を傷めるであろう想像と同じに違いない。

そんなこんな。
目の乾きは、毎週受診したとて変わらないことが分かったし医師にも迷惑だろう…と医師の教えを守り、寝る時には傍らに除湿器からの蒸気を浴び、ヒアレイン0.3%(ヒアルロン酸の点眼薬)とジクアス(ムチンの点眼薬)、それとマイティア(人工涙液)を使って何とか過ごしている。梅雨時だったら月に1本使わないことすらあるのに、1月はマイティア3本、ジクアス2本半、ヒアレインも2本半使った。

生徒たちのレッスンは、記憶している曲ばかりで敢えて譜面も広げずに幸いしているが、そうそう全く見ない、という訳にもいかない。稀に記憶が半世紀前のような曲も無くはない。

自分の練習も、倦怠感から昨年は又全面的に遠のいたが、こんなに遠のいてもいられない。
「片手ずつ記憶している曲(眼瞼を開かずに済む、の意)のワンセット」のようなプログラミングをして、向かえる日には30分〜1時間練習するだけ。あぁ、あと1−2年のうちにやりたいことは沢山あるのだが・・・

私の目下の聴衆は孫。
左手に抱っこをして右手でオルゴールのように和音入りで、けれどもオルゴールよりは表情豊かに奏でると、機嫌が直る。
昨日はママが先に入浴し、その後孫が呼ばれる迄、と、そのようにあやしていたら眠ってしまった。ぐっすりと!これではママが茹だってしまう!と、Durの曲をMollにしてみたら、うっすら目を開けた。
そうそう、泣き止まないのを傍らのソファに寝かせて、うるさいだろうな、と思いつつもショパンのエチュードを片っ端から弾き出したらすっかり泣き止み、ご機嫌になった。・・・と、こんな婆馬鹿の日々。
(娘も、ピアノの下に寝ていると心地良かったそうだ。まだ震災など考えもしなかった1980年代前半)

孫は寝る時、そのピアノの下で寝ていたママの歌で眠りにつく毎日らしい…どんなにぐずっていても。



1月末、リハビリ(PT、OT)が終了した。
1999年の入院中から15年近くお世話になった。
OTのS先生には感謝あるのみ、ピアノの道を復帰するための試行錯誤をして下さり、いや、それ以前に文字を書ける辺りからスタートしたが…何か問題が起きればOT!だった。お礼の言葉も見つからないほど感謝している。
決して治った、ということではなく…とS先生は言われる…「田中さん(私の本姓)の場合は、検査数値が上がった時には寝返りも打てない状態だからね!」と念を押された。
「普通の生活が出来て当然」「ピアノが弾けて当然」を理想にすることは図々しいかもな…加齢もある…少し後ずさりした辺りが丁度よいのかもしれない。



下の画像は、いつも屋根裏にひらりと転がっているシロモノ。
曲目から察するに、子供たちが小3と小1だった頃のものだと思う。
子供たちには日課の一覧表を作り、こなした日はニコニコマークを書いてやっていた。とは言え、当時は、宿題をしました、歯磨きをしました、のレベルだったと思うが。あとは息子の「ピアノでポップスを」、娘はバレエやピアノもまだやっていた頃。子供たちにだけ課題を評価して、自分は??と自分の予定表も並べてドアに貼っていた。結局画像が示す通り、予定は未定…自縛は自爆!
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屋根裏を片付けねば!物置を片付けねば!!クローゼットを整理してスペースを作らねば!!!・・・と「ねば」のみで行動に移せないずぶん、もとい、自分。


書きたい日常の話は溜まっているが、忘れてしまったので近況だけ・・・又思い出した時に・・・

あ、「別館」は稀に更新しています。




新年も10日を過ぎ - 2014.01.10 Fri

何だかすったもんだの年末年始だった気がする。
もう10日とは!!!目の痛みでパソコンを避けて過ぎた。

年賀葉書をいつも500枚購入するのだが、大抵全部書けないうちに「寒中見舞い」の時期になってしまうので、今回は夫と「何枚買おうかねぇ…」と言うまま大晦日を迎えた。
コンビニにはインクジェット用しかなかったが取り急ぎ100枚だけ購入。眼鏡の上から眼鏡を掛けて、切り紙をして、スキャン、ワードで文字入れ…
これを夫のEPSONで刷ろうとすれど、色が出ず。
仕方ないので私のhp(水に弱いインクジェット)で印刷。
元日早々、夫は本局へ行って数百枚を購入。それでも色は出ず。
ふと気付いた。インクが無くなれば赤いランプが点いて「ドラム交換」と表示される。今、色が出ないのは、感熱させずに夫がすぐに「スタートボタン」を押したからでは?
という訳で、待つ。「もうすぐドラム交換」の文字は出るが、何とか色は出た。ほどよくうっすら。
年賀状を書き始めたのは2日になってしまった。(言い訳)

2日は、中学以来の友人宅で高齢の もとい恒例の新年会。ご主人(「シェフ」とお呼びしている)の美味しいおせちとお酒に楽しいお喋りで時が過ぎた。(料理を撮り忘れた!ざんっねん!!)

3日。速達が。差出人は我が家のホームドクターの奥さま。年賀状にも「今回で年賀状はおしまい」といったことが書かれていた…もしや…と慌てて封を切ると、案の定1月1日に逝去されたとのこと。数年前、大学病院でお会いして(循環器だったか?)「僕ももう喜寿よ、あちこちガタガタ」と仰ってはいらしたが、まだまだ何かと質問させて頂いていた。今回も三箇日が明けたら、私の膵臓のことでお尋ねしようと思っていた矢先だった(1980年代にフォイパンを処方されたこともあるので)。この林貴雄先生、胃カメラの開発に携わり、表彰されたこともあるスペシャリスト。私も一体何回「うどん」(と先生は仰った)を飲まされたことか…胃潰瘍で。
のみならず、私の膠原病を最初に疑って下さり、杏林に紹介状を書いてくださった先生でもあり、退院後には「散歩のついでに」と立ち寄っては私のピアノを聴いてくださり、「それだけ弾ければ大丈夫、大丈夫、復帰できる!!」と励ましてくださり、私にとっては何より嬉しいお言葉だった。
実家との思い出話なども書き出したら止まらないので、又後日。

5日から生徒のレッスン開始(年末にこちらからドタキャンさせて頂いたので、この日に延期)

6日未明、左目の痛みで目覚めた。鏡を見ると真っ赤。大抵点せば治る手持ちの点眼薬を片っ端から点せども治らず(マイティア、ジクアス、ヒアレイン0.3%、その他タリビット、フルメトロン)、「痛いとき」と指示の出ている眼用軟膏フラビタンを塗っても駄目。タリビットの軟膏も駄目。(この辺り、時間をおいて使っています)ちょっと目を動かしただけで、まるで針に刺されているように痛い!駄目元でクラリスとアレグラも服用。点眼は朝まで上のものを繰り返した。
朝娘婿を起こして相談すると「フルメトロンは駄目」と。フラビタンもビタミン剤だから…と。マイティアとジクアスとヒアレインを繰り返してみたら、との助言。この日、消化器内科で自己免疫性膵炎の結果を聞くことになっていたが、この痛みで目が開けられなくては何もならず、眼科へ先に行ったらどうか、とも。
まばたきをすると擦れて痛い。眼帯があったら右目と連動せずに済む。夫が根性で探し出してくれた。装着したら可成り痛みも和らいだ。これなら先に消化器外来で結果を聞けるかも…夫が病院へ送ってくれ、新しい眼帯も薬局で買ってきてくれた。
直ぐに消化器科で呼ばれ、結果はリパーゼとグルコースの値は高いものの免疫関係IgG, IgA, IgM, IgG4は全て正常、特にIgG4が全く問題ないので安心した。腫瘍マーカも正常。
という訳で今後、半年乃至1年に1回画像検査は必要だが、特に腹痛もなければ様子を見ていてよいということだった。
口の目の乾燥はやはりシェーグレン、ということなのだろう。膵炎とは関係ないそうだ。ということはやはりストレスを最低限にしないと…
でもひとまず安心して、その後眼科。いつもの地元の親切且つ機転の利く(何とおこがましい表現!)眼科です。
角膜が剥離したそうだ。「可哀想に、痛かったでしょう」とお優しい先生。既にかさぶたが盛り上がってきているが、目薬はジクアスをヒアレイン0.3%を中心に。(やはりフルメトロンは禁じられた)眼帯をして、眼瞼が角膜を擦ることを避けるように言われ、その判断は正しかった、とも。翌日又受診するように言われ、帰宅。翌日は右目が痛み。左ほどではなかったが、加湿器を購入した。

夫が所属するStrauss Festival Orchester Wien、武蔵野市民でも開催され、7日用の招待券が2枚出た。1枚は娘が使うことになった。1枚は生徒に。娘は本来8日のサントリーに行く筈だったのだが、産後、まだ久我山迄すら疲れる、と言っている身。私が8日に行き、娘は7日の殆ど地元、丁度よい。
7日は生徒のレッスンも入っていたが眼科の関係で時間を遅くしてもらった。
7日のコンサートでは「歌」なし、オケのみ。とても楽しく - 毎年のことだが - 今回は特に息抜きになったようで良かった。8日の私が出向いたサントリーでのコンサートもとても楽しかった。毎年似たような演出なのだけど、毎回腹を抱えて笑ってしまうユーモア。演出のユーモアのみならず、ウィンナワルツやポルカのほんのちょっとした「間」や「揺れ」のプラスアルファを沢山耳に入れると、ごく普通のクラシック音楽の演奏も変わってくる、と常々思う。

今回からウィーンの主宰者が変更になり、旧友たちとは会えなくなり淋しい。
これも長くなるので省略。
その7日は婆が孫を預かり添い寝。孫は婆の指をしっかり握りしめて・・・

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そんなこんなの年末年始だったが、寸暇あらば孫の顔を見に・・・泣き止まないと預かり・・気付けば生後1ヶ月。



婆も孫並みによく寝ています


1週間分 - 2013.11.24 Sun

11月18日(月)
広田牧師が娘のためにお祈りにいらしてくださった。
娘もすっかり穏やかに、新しい命誕生の日を迎えられることが出来そう。
感謝に堪えない。
私の不信心ぶりにも拘わらず…昨日も教会はバザーだったはずだ。
係一切からも逃げてしまっている。…聖なる公同の教会、聖徒の交はり、…常に耳痛い。

向こう脛が痛くて階段の上り下り困難。こういう時は(この年齢になると)「昨日何をしたか」ではなく「一昨日何をしたか」だ!
荻窪駅と公会堂の往復だ!明らかなのが何とも・・・目と鼻の距離なのに。


11月19日(火)
色々やらねばならない事は何年も山積み。
行動には移らず、毎日見て見ぬふり。
何をして過ごしていたか、記憶になし。
ひたすら疲れを感じる。
先週が自分の体力には無茶だったかもなぁ…


11月20日(水)
大相撲終盤戦・・・先場所久々に見て、大体の力士の名前と顔が一致した。
疲れに任せて、テレビの前に座ってはうたた寝。それでも日本人力士には頑張って欲しい、と目覚める不思議。

娘の病院は夫が送り迎えをしてくれた。
まだまだ兆候なく、12月中旬まで予約を入れられてしまったそうだ。


11月21日(木)
動かねばならぬ日は、頭痛止め、眩暈止めにユンケルを飲んで頑張る。
しかも夕方はカーブスに行ってみた。身体がなまってっている所為かも、と。
やはり疲れただけに終わった…(1周半で挫折)


11月22日(金)
保健所の担当の方が娘のところに来られた。
受診の折に、身近に居る私が仕事を持ち、膠原病持ちであることを話したので、助産師から「是非一度、区で受けられるサービスについての面談を」と勧められてのことらしい。
う〜ん…実に有難いことだ。私の頃にもあったのだろうか?


11月23日(土)
思い出した出来事をこのブログに書いて終わった。
いや、真面目に且つ熱心に生徒のレッスンもしたが。
余りに動かないので、この1年で3−4キロ太った。その前の数年も3−4キロ増えた。やれやれ・・・
ピアノの練習を真面目にすれば、簡単に体重が減ることも、度重なる経験から分かっているのに…(ダイエットのために練習した訳ではなく、結果的に、だ)
「ピアノでダイエット」なんて一石二鳥なのだけど。曲目を組んでみるか・・


11月24日(日)
教会行けず。
無限に横になっていたいような体力。
基礎代謝量を増やして、ピアノの練習に励もう!!
でも午後は生徒のレッスンをしました(全く体力を要しない曲々)




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兼・備忘録 - 2013.11.09 Sat

11月3日(日)
1ヶ月ぶりの教会。
召天者記念礼拝。
カトリックでは1日がAllerheiligen(諸聖人の日・万聖節)、2日がAllerseelen(万霊節)で一般の墓参りがなされる。
プロテスタントの日本基督教団では、11月の第1日曜が、亡くなったキリスト教信者を偲ぶ日となっているそうだ。(我が両親、父方本家の教会 - 教団の違う - では、イースターに「召天者記念礼拝」を行っている)

今日の聖書の箇所は、申命記 34章1〜8節、及び、ヨハネによる福音書21章20〜22節。
説教タイトルは『中断される人生』
モーセ、ペトロ、ヨハネ、という3人の全く違った最期を比べる。
「中断」とは「中途半端で終わる」ことを意味するが、信じている時に後悔はない、信じて生きる(自分の幸せの為にではない)、神を信じて生きることそのものが幸せなのだ、という内容。

父の最期を思い出す。63歳の。
母の最期を思い出す。晩年の不自由な脚での生活。これは既に何度も書いてしまったので省略。
ただ、ここで「私は?」と思う。
母は、亡くなる前の数年間、マンションの隣家の少女のピアノ、泣き声や母親の怒鳴り声に悩まされた。いや、本当にこれは悩まされたと思う。練習とも言えぬ騒音、1音鳴っては途絶え、又1音鳴る…譜面とは全く違う音の数々、不可能なレベルでの選曲…延々と続いた挙げ句の母親の怒鳴り声と子供の泣き声!!母は度々こぼしていた。そして耐えられずに「ピアノでお役に立つことがあったら言って頂戴ね」と言った。その母の言葉を真に受け、いや、渡りに船だったのだろう、毎日のように母のところに習いに来た。どこかの教室の「発表会まで」の「無償の奉仕」だった。とんでもない場所に入居させてしまった…と悔いたもの。これが母の「中断」を早めた??
そして現在の私は、偶然にも似たような年齢の、似たような子供に全く同じ曲を教え、疲れ果てている。
母は幸せだったろうか?この死者の日に母が「本当に大変だったのよ」と電話をして来たが如き思い…(不信心な私なので)

それでも、どんな「中断」が待っているか想像は着かないが、イエス様が共にいらしてくれることに感謝せねば、と帰宅し、「あぁ、良い礼拝の時が持てた…」と心穏やかに少し休み……が、夕方から現実が来る。その亡き母の元隣家と同じ曲に始まるレッスンだ……穏やかならぬ心が生じる。何よりもその子供自身の将来を案じる。どう転がっても良いように選択肢の間口を拡げておく親。
母が「こういう親子は初めて!」と呆れて毎日電話してきたように、母が生きていたなら、私も母に「私も今全く同じ、やっと気持ちが分かった」と言うだろう。母の隣家は、母が亡くなって間もなく引っ越したそうだが、どんな少女に育っているだろう?もうじき7年が経つ。

夜はヘトヘト。夕飯を終えて即刻うたた寝。


11月4日(月)
振替休日?
午後ずっとレッスン。

11月5日(火)
午後1人、夜1人レッスン。

11月6日(水)
午後、モーツァルト2台ソナタ(KV448)を一組レッスン。

11月7日(木)
夫の都合がどうしても付かずに、私が娘を病院の予約外来に車で連れて行った。
こういう日に備え、事前に1人で往復して道を覚えておこうと思ったのに、これでは「ペーパードライバー」も同じではないか!と我ながら唖然。(実際、1998年から2010年まではペーパードライバーだったが)
運転用の眼鏡をかけると実に遠くまでよく見えるが、カーナビが近すぎて全く見えない。
結局、文京区までの道に詳しい娘のナビにて都心を横断。
特に帰りがいけない。目が乾きすぎていることも相俟ってか、道路に引かれた白い車線も矢印も見えない。赤信号の時に出ている右折可や左折可の青い矢印も見えない。眼鏡はしっかり1.5も見えるように調整してあるが、暗い中では瞳孔が開いて焦点の場所も変わるだろうし、左右のガチャ目や、眼鏡では矯正不完全の不整乱視も輪を掛ける。
夜の知らない道の運転は・・・もしや(コンタクトレンズが使えた)1990年代以降初めて??
区内の知り尽くした道は、今も昼夜を問わずよく走っているのだが。
又しても娘のナビにて辛うじて帰宅・・・やれやれ・・(いや、これは本来娘の台詞だ)

ところで、私らの頃の産科受診とガラリと変わっていることは、息子の嫁の臨月に病院まで同伴し、ある程度知っていたつもりが、- いや、その時は診察室には入らなかったと思うので定かでない - 今回は又しても吃驚の連続。約40分間「胎児の心拍数、胎動、子宮収縮」などをグラフに記録する装置。心電図のような・・・胎児の様子も明確で、医師が「どこか特に見たいところはありますか?」の言葉に、思わず私が「指が見たいです!」と乗り出してしまった。生憎手は隠れていて見えなかったのだが、髪の毛がフサフサと羊水の中でたなびいていた!!(医師が「羨ましいです」と…思わず先生の頭を見てしまったけれど、ちゃんとフサフサしておられました)
何という不謹慎な記録!!

心身共に元気な子供を無事出産へ、と願う毎日。


11月8日(金)
私自身の検査。
膵臓を中心とするMRI。最初は普通に、次は造影剤を注射しながら。


「大きく息を吸って」「止めてください」の反復なのだが、段々それが子守歌に聞こえてきたらしい。
途中、マイクで「息を止められますか?動いているんですが…」との忠告が!!
一瞬深く眠ったらしい。
その後も気付くとうつらうつらと夢の中、そして「いかん!!」と気付く。

以前、結構長時間のMRIの時、確か入院中で左上腕の筋肉の画像を撮った時だと思うのだが、何十分も大爆睡した。
あんな工事現場のような騒音の中で!?と呆れられたが、実に心地良かった記憶が・・・


今回は、いつもの「お疲れ様でした」ではなく「お大事になさってください」だったので、「ん?何か見つかったのかな??」と思ってしまった。


午後1人レッスン。
終えて夕方、友人が「フィギュア男子ショートをやっている」と教えてくれ、高橋大輔選手の演技に間に合った!
作曲者は聴き取れなかったが、日本人の作品で「ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ」。
あたかも演奏の指揮をしているかのような…つまり音楽の起伏・緩急を逆に指示しているかのような腕の動き、バレエダンサーのような全身での表現。
一体いつ4回転があったのか?と思い出せないほど圧巻、食い入るように観てしまった。語彙に乏しく、文章化は出来ない。
演奏家が「曲中で難しさを見せるレベルはまだまだ」であるのと同様、高橋選手の「いつ何回転があったのか」を感じさせない演技に舌を巻いた。得点も95.55・・・
夜の女子も見るつもりが、又してもテレビの前のうたた寝と化し、時々目覚めるものの「あぁ〜ぁ、そんな美しいメロディーのフレーズの静かな終わりで激しいジャンプはあり得なかろう・・」と又しても口うるさい私。「世界の壁」があるとしたら、やはり振付だろう・・そして又うつらうつら・・聞こえるはBGMと化した音楽に、うるさい「解説」。それも何回転ジャンプ成功失敗云々ばかりの。見ていれば分かります!(他局は、解説だけを消すことが出来るのに…)

勿論陰にある選手の血の滲む努力は分かる。特に身体を道具・手段とする分野。どの世界も同じだから分かるけれど・・


11月9日(土)
午前中1人レッスン。午後の生徒は気の毒にも体調を崩して休みに。
テレビを点けたら、フィギュアのフリーをやっていた。
又してもうつらうつらと居眠りをしながら、時々目を開けて見ていた。

プルシェンコが懐かしい。
追い越した選手は居るのだろうか?きっと世界の何処かに居るのだろう、と思う。

フィギュアの演技(音楽表現としての)については娘と意気投合。


無精して又しても纏めて… - 2013.10.25 Fri

10月20日(日)
12時より1人、引き続き3時半から1人レッスン。

最近家事もせず、料理ときては年寄り2人の為に何十分も調理台の前に立つ意欲もなく、手抜きに手抜き…
ドサッとソファに座れば数分後には夢の中。

10月21日(月)
10月22日(火)
続けて久々にカーブスへ。これは22日の日記に書いたので省略。
1周がやっとだ…
デスクワークで身体が益々いけない。
夏の間、余りの暑さに買い物は全てネットスーパーで動かない。いや、動けないからネットスーパー??
やっと車を転がして買い物へ行く気力も出る涼しさ。

10月23日(水)
昼間はやっとの思いで自分の練習を、とピアノに向かえど、いつの間にかピアノの椅子で大爆睡。

今日、ゆうどきネットワークのゲストが宮本信子さんでした。
朝ドラの「あまちゃん」ではアキちゃんが大好きで、朝から元気と笑顔をもらいました。
でも、夏ばっぱが出てくると何かホッとする・・年齢の所為?
食い入るように、人生の話に耳を傾けてしまいました。子育ての期間は仕事をしなかったことや、日常はごく普通の日常生活であったことなど、実に共感を持ちます。(今の若い親は焦り過ぎの気が…よほど生活に困るなら兎も角)。
勿論伊丹十三氏の話も。
宮藤監督が、「あまちゃん」の最後の夏ばっぱのスピーチ場面が最高であったことを話しておられました。
「あれ?僕、あんな台詞書いたかな?」と思って、(台)本を見たら、本の通りの台詞だった、と。
宮本さんの人生全てが身体の中に入っていて、必要に応じて出てくるのだろうなぁ…と思って、ドラマを見ていたのですが、同じことを宮本さんご本人がおっしゃっていて、あぁ、演奏家もそうならなければ…つまり過去であれ現代であれ作曲家が演奏を耳にした時、「あれ?僕、こんなに素晴らしいフレーズを書いたのだっけ?」と思わせるような演奏をしなくては、それには人生経験の広さしかないのだ、と思いを新たにしました。
それにしても私はサボり過ぎました。決して時間が無い訳ではないのに、この数年は自分のための時刻になると疲れ果て…気付けば眠っている…
いや、この疲れも「身体の中に入った経験」なのでしょう、と思うことにします。

10月24日(木)
夕方1人レッスン、1曲ですが2時間近くかけて。
いや、まだ難しいと思いつつ…ピアニストだって難しい、モーツァルトのペダリング。それ以前に指による音色の使い分けやバランス、モーツァルトらしい表現もある訳で。それを小4に、というのは酷であろうか?感性豊かなので可能であろうか?と、可能なところまでsuggestionを与えたり、弾いて示したり。

昼間は、どうしてこんなに疲れるのだろう?あぁ、もう老人だ、情けない…と思うほど寝てばかり。数通のややこしいメールを書き送っただけで体力を使った???まさかね・・・
ピアノを教えるとシャキッとする毎日は摩訶不思議。
シャキッとしたついでに、6時半ギリギリにカーブスへ滑り込み、又しても1周だけトレーニング。急に寒くなってきたので、余り汗はかかないように気を付けるなど、無理のない範囲。

帰宅して夕飯を食べて、結局又うたた寝は深夜まで。
一旦起きてメールを数通書いて又寝た。こんな毎日・・・


10月25日(金)
明後日の勉強会、いつもにも増して大変なテーマにしてしまった。
いや、「ピアノと向きあう」を読んでも実際の動きを伴わない章は「分からない」「理解困難」のご意見…
それらから扱っていくので、今回はペダリング、と既に数ヶ月前から決めており、特に古典派。
ピリオド楽器を弾くのではなく、現代のピアノを使うのだから、如何に調和の取れた踏み方が要求されるか…
一番しんどい時代です。前期古典派のチェンバロやクラヴィコードはまだしも、後期古典派に試作とも言えるピアノが次々登場する辺り・・
ただ、この時代の踏み方をクリアすれば、その後の時代も「理由のない誤魔化しのペダル」は使わなくなります…と教えていて常に感じてきました。

最近文章を書くことが大変億劫になり(おそらく手書きが一切なくなり、文章化と脳との連携がストップしているのだと思う)、ほんの少しの作業の筈が…
資料を無視する訳にもいかず、床にはグローブの大事典が何冊も…
それを見ていた娘、(整体かな?)出掛けて帰宅するや、大きなお腹を抱えて2階にやってきて、「はい、頑張っている千絵子ちゃんにプレゼント!」とお土産を手渡された。しかも袋も私の大好きなスヌーピーで…(と自分を暴露する)

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(立場が逆だわ…)


既に長くなっているようなので、ここで今週は一旦送信・・・


又しても纏めて一週間 - 2013.10.20 Sun

10月13日(日)
珍しく教会へ。
東京神学大学の畑学生による説教。
タイトルは『真実の慰め』
聖書は、コリントの信徒への手紙II 第1章3〜7節。
この章は「慰め」という単語が最も多く出てくる章だそうです。
自分の生い立ち、インマヌエルに支えられた内容(羊水過多症により発育不全で出生。保育器で育ち、その後のあらゆる面での遅れをご両親は宣告された)。
「異常」とのレッテルを貼られ、「いじめ」に遭った小中学時代。クリスチャンホームという環境、ご自分もCSに通われて育ったそうです。
「慰める人になりたい」と思う様になり、看護師になられ、その間の葛藤、その後東神大に入学され、常にイエスが共にいてくださる、自分のような者であっても遣わされている…という内容(要約が最近さっぱり出来ずに…すみません)。

折しも、娘も妊娠9ヶ月を迎えている。
流行の(相応しい言葉ではないが)、羊水の検査も血液検査も何も受けていない。どのような子供が生まれても受け止める、という決心をしている模様。

何か、導かれて出席したような日曜だった。

PS
説教の間、メンデルスゾーンの無言歌集Op.30/3が頭の中に鳴っていた。
メンデルスゾーンが付けたタイトルではないが「慰め」と呼ばれている。
昔からの讃美歌30番「あさかぜ しずかに吹きて」の原曲です。
母が幼少の私に、一番最初に教えてくれた讃美歌のひとつでもあります。
私に出来る「慰め」は何だろう?と考えます……ピアノしか取り柄がない。それすら「慰め」どころか、単なる騒音…最近は怪しい…反省!!


10月14日(月)
娘は、嘔吐と背中の痛みが続き、休日に入院。娘の夫が私のポンコツ車を運転して連れて行った。
前日教会の帰りにコンビニに寄った時、折良くメールあり、頼まれて買って帰った食事がいけなかったのでは?と案じる・・・完食したようだし。
ところが、検査結果が夕方に出て、腎盂腎炎。抗生物質の点滴が始まり、入院となった。退院は皆目見当付かず。
娘の夫によれば、既に高い白血球とCRPがこれからもっと上がる可能性あり、とのこと。


10月15日(火)
最近この一帯で、解体・建築続き。
小学校の解体の時は、道路2本向こうだというのに、毎日震度2並の揺れが何ヶ月も。
5月に解体された斜め隣りの約100坪には3軒中2軒が既に建った。
3軒隣りの約100坪も解体・更地の状態。
目下は2軒隣りの約100坪が解体中。
台風前に済ませようというのだろうか?ずっと震度2並の揺れで、時々「4」並のドシン!!という揺れも来る。
3.11ですら何も起きなかった頑丈な音楽室で、ピアノがグラグラと揺れるほど。


10月16日(水)
この数ヶ月間、ずっとWi-Fiが不安定。メニューバーのWi-FiのOff→Onすら利かず、環境設定を開いて一旦切っては入れる、時にはパスワードも…その反復で誤魔化してきたが、今朝とうとう私のパソコンが2台とも繋がらなった。
夫のは繋がるのに!
AppleCareに電話してサポートしてもらい、生き返った。
周波数の違うものが余りに沢山混在している所為らしい。
パソコンも全員Macのラップトップで、夫のはヴァージョン10.6、娘のも10,6、私のは10.5と10.7、計4台。iPhoneは4と5の2機(夫と娘、所有者。私はガラケー)。
一番の影響は電子レンジで、1階であっても2階であっても使用中はどのパソコンもネットが切れ、温めが終わるのをじっと待つ。
ただ、近所の解体作業が始まってからというもの、繋がりが一層悪くなり、8〜9つのWi-Fiを拾っている…偶然ではない気が…(濡れ衣??)
又駄目になったらWi-Fiそのものをリセットして設定を変更するサポートをしてくれるそうだが、10年近く前に購入したAirMacExtremeなるWi-Fiが故、そろそろ限界の模様…。

台風一過の空(iPhone4)
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10月17日(木)
娘の回復は幸いにも予測より早く、今日退院となった。
食欲も普通になり、ステーキをペロリ。
胎児も2100gになっている、という(あくまでも画像を通じての計算)。
その計算については、娘婿(小児科医)の話によると、「未熟児が」と連絡が入り保育器を温めてスタンバイしていると2500g以上の赤ちゃんが生まれ、仕事から解放されることも屡々。正確なものではない、とのこと。
我が子供たちの時代には、そのような計算はなく、生まれるまでは皆目見当付かずの状態だったが、2人とも大きく生まれ(息子は3750g、娘は3300g)、その娘、今では私より身長が10cmも高い。きっと充分成長して生まれてくるだろう・・・いずれにせよ大きく生まれた2人は、何となく安心感があったものだ(娘はとても小さく感じたものだが、それは息子が大きかったから…?)。


10月18日(金)
今日も震災並の揺れ(近所の解体作業で)。日々、ピアノの生徒たちもドッキリするほど。
床や家具もだが、パソコンの画面がゆっさゆっさ揺れ(ラップトップなので)、酔いそう・・・(大袈裟ではなく)
まだまだ新築の類に属する豪邸を壊しているのだから無理もなかろうが・・・火事を出した我が家が言うべきことではないので、以下略。

台風時の大島での被害…言葉にならない。
地球温暖化の対策を早く!!と益々思う。


10月19日(土)
朝、小学生をほぼ2時間半レッスン。
午後は、私の頭では理解不能な専門外のことで、夫、娘婿と共に出掛けた。
行き先は銀行、地元の支店の筈だったのが、連絡不足から何とも…目黒だった。
往復を入れたら5時間の束縛。日頃余り頭を使わないので、分からない内容は耳を左右に通過。それでも疲れた・・・甚だ・・

備忘録の無精日記 - 2013.10.13 Sun

「あれはいつだっけ?」とブログ内検索を使うと、その年月日のみならず、「そんなこともあったのだっけ、そうだった、そうだった…」と感じ入る機会多く、今後は時々であっても記録しておこうと思う(ひとさまに迷惑をおかけしない範囲)

日曜(10月6日)
毎日夕飯後はテレビの前のうたた寝→深夜となる歳月。
又しても一週間の疲れが噴き出し、教会も(今に限ったことではないが)起きているのに行けず、午後の演奏会(生徒ひとりが出演)も断念。朦朧とした休養日となった。

月曜(10月7日)
膠原病内科とリハビリ。
今日は、訳あって同伴の方あり。
7月以来の受診なので、その間にあった様々な出来事の報告(地元で受診した大腸や火傷に始まるあれこれ)。
リハビリも同様。
終えて会計ファイルを出し、6階レストランへ。
私は雑炊セット
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このスプーンが大きくて口に入らず、完食まで如何に時間がかかったことか・・
ファイルをアップロードして気付いた。
もしや、これは小皿に移すためのもので、箸を使って食べるのでは??(でも、雑炊を??)
そうだとしたら、周囲に呆れられた??食べるのに時間がかかって同伴の方にも迷惑をおかけした…

夜は身内のお祝い。多分大人だけで祝える最後、と思い、本人が幼い頃からお気に入りの店へ
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決して13歳ではありません。この蝋燭、両面に同じ数字が記されているのです。

火曜(10月8日)
夕方小学生(徒歩又は自転車で通ってくる)のレッスン2時間半ほど。
終えて2階に上がったら猛烈な勢いでヘリコプターが5機位、爆音を立てて我が家の真上を飛び交っている。
近くで殺傷事件があったそうで、帰してしまった小学生が甚だ気になり連絡をしたところ、既に親御さんと落ち合えたとのことで胸をなで下ろした。防音室では外の音が何も聞こえないのだ。

水曜(10月9日)
午後、モーツァルテウム時代の友人お二方とランチ及びお茶。
場所は多分ここ。(唯一長年東京に暮らしている私がこんな調子…)
写真を撮り忘れてしまったのですが、料理はサイトの写真の通りで、とても美味しかった!
お一方とは1978年か79年以来ではないか?
タイムスリップの楽しいひととき、時間の過ぎるのが惜しかった。
私はそのまま予定していた音楽会に出掛けた。

木曜(10月10日)
午後、新しい生徒さんを2時から6時近くまで。
その後、この日は約束していた中高時代の仲間4人で……最初の1杯無料サービスのお店へ。
8229846_2008225062_127large.jpg  8229846_2008225060_30large.jpg  などなどなど・・・
話は尽きず、笑いも尽きず。(中1桜組時代そのまま・・・)

金曜(10月11日)
朝のうち、近所の消化器の医師のところへ、大腸ポリープの結果を聞きに。
幸い良性で大腸の壁面は何も問題ないそうだ。
が、月曜にやっと大学病院に前回の検査結果(膵臓の変形、及び水腎症)を届け、先生も電子カルテに書き写してくださり、それだけで終わった。勝手に「心配ないということだろう」と私も終わらせてしまったが、消化器の医師に「その後どうなりましたか?」と訊かれ、勝手に終わらせてはいけなかったことが分かった。
週末土曜に、偶然にも同じ大学病院から専門医が来られるとのことで、「受診しますか?」と訊かれたのでお願いすることにした。
一旦パソコンを取りに家に寄り、その大学病院の皮膚科へ。3月の予約をキャンセルしてしまい、予約外の扱いは待つことが見えたので(結局パソコン作業も捗らず爆睡)。
腹時計にて目覚め、私の番までは少なくとも更に15人待つらしいので、席を外してレストランへ。
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食べ終えて、余りに天気がよいので携帯写真を。
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やはりレストランの客と思しき方が、「今日は天気がよいのでスカイツリーが見えますよ」と教えてくださった。
指差す方向を見たら…本当だ!!
今度はデジカメを取り出して撮ってしまった。都下からも見えるなんて・・・
(高圧線の鉄塔が少々妨げになっているが)

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やっと名前を呼ばれて受診。
エキザルベのお蔭で火傷も難を逃れたことなど。
3月をキャンセルし、その前はいつだったろう?と気になっていたのだが、12月だったそうで、…なるほど、領収書も無かった訳だ(確定申告の折に提出してしまうので)
「レストランでの演奏会から10年経ちましたかね?」と訊かれて、いやいや…あれは2000年。えっ!?と自分でも声を上げそうになった。あれから13年!!(綾小路きみまろの真似ではありません…老いる訳です…

土曜(10月12日)
午前中小学生のレッスン2時間強。
前日金曜に言われた通り、午後4時、近所の消化器科の病院へ。
看護師さんが「診察開始の時間となりましたが、午前中の診察が長引いたため遅れております。申し訳ありませんが開始までもう暫くお待ちください」と丁寧に挨拶されていた。近年稀なる病院。
既に外が暗くなる頃に名前を呼ばれ、私の通う大学病院の医師。
結局、ここから紹介されて出向いた医院(家から徒歩5分の)より預かったCD-Rは、この日の先生が試しても開けないようで、膵臓も水腎症も明確には分からない。先生も暫し悩まれ、結局今週月曜に受診した膠原病内科に手紙を書いてくださった。
でも、これを手渡すのは11月末・・・
受診せずに手紙だけを届けることは不可能だそうで…さりとて、予約外で出向けば、この科に限っては(分からないことの多い病気だけに、長い患者さんは1時間、1時間半、とかかるので)待ち時間も予測がつかない。
それでも予約外で出向くかどうかは、まる1日空く月曜があった場合には…ということで今は決めずに、手紙を受け取って帰宅した。途中、夕飯のお弁当を買って…

夕飯後は大爆睡。一旦目覚めたら「世界ふしぎ発見」をやっていて、何分か見ていた記憶はあるのに、又しても夢の中。・・・夫も何度か(何度も?)声をかけてくれたらしいが起きられず、真夜中になって眠ったままベッドに移動(この日に限ったことではないが)、よほど疲れた一週間だったのか、はたまたいつも片付けられる「年齢からくるもの」なのか、甚だ疑問 人生、とても損している気が・・・



追記
先月17日にやってしまった手のひらの火傷、酷かったにも拘わらず翌日には9割以上治った!!と吃驚していたのが、この数日手のひら全体の皮が少しずつ剥がれてきた。
やはり酷かった模様。
今週は皮膚科に行ったのだから、既に気付いていたなら見て頂けたのに…正しくは、近眼用の眼鏡を外して自分の手のひらなどじっと見る機会が無かっただけ。(実際の生活は啄木の「ぢっと手を見る」状態の筈なのですがね…
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(全面的に剥けるのかも…)

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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
★このブログや大元のサイトへの感想やお問い合わせはservus2008@gmail.com宛に@を半角に直して送信願います.
【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2020 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
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