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2020-03

ドイツ最終日 - 2012.11.14 Wed

朝起きて片付けをして、荷造り。
11時チェックアウトで、少し前に二反田夫妻もあっこちゃんもいらしてくださった。
二反田君、もとい二反田さん、病気をされたのにどんどん私たちのスーツケースを車に運んでくださって…恐縮の極み…私に出来るだろうか、と思う。

しかも「何時の飛行機だったかしら」の問いには「5時45分ですよ」って…。これでは立場が逆転です

充分に時間があるので、まずは娘の希望、12日に行きたかったらしいGummiの店、Bärenlandの名前が真っ先に出てきた!あっこちゃんのご案内でAltstadt(旧市街)へ。

通り道、ハイネにまつわるあれこれ。
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街並(順不同)
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いよいよGummi屋さん
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(携帯もピザも皆Gummiです)

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(アドヴェントカレンダーも中はきっとGummi)

中は撮りそびれました。


並びにSenfの店があり、数え切れないほどの味のものが並んでいるばかりか、中央に試食用の瓶が並んでいて、自由に試せる。
しかも一瓶が1.75€・・・本当???
二種類買ったが、多分ウィーンで食べてしまうに違いない。

市場もある。
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車で、先日閉まっていたイタリアン"Portofino"に5人集合。元日本料理屋だったそうだ。
私はランチメニューの、かぼちゃのスープと鮭…(日本だったら3人分ありそうなサイズの)、それにジャガイモのラザーニアのようなものが添えてある。たっぷりの生野菜も。
お喋り楽しく、気付いたら3時。
空港へ・・・まだ早いのだが、行きのウィーンを思い出し、まさかね…とは思うものの、早めに手続きを済ませることにした。娘は私の「のろさ」をよく知っているのでなおさら・・・いや、本当にのろい。我ながらイヤになるほど。

余りに名残惜しく、何度も何度も挨拶して手を振る私に、皆さん「いいから早く行きなさい」と・・
いや、本当に名残惜しかったです。


機内では軽食が出て、あっと言う間、無事にウィーンに着いた。

タクシーに乗り、途中まだら模様のように霧がかかっていた。
「霧ですか?」と訊くのに、「Nabel(お臍)」と言ってしまい、言ってから我ながら大笑いしてしまった。
「Nebel」です!!長く使わないと、こんな初歩的な単語すら咄嗟に出ないわたくし…。
運転手さんによると、Donaukanal(ドナウの運河。街中もうねうねと流れています)辺りだけ、霧がいつもかかるそうです。

4日空けただけなのに、懐かしく思えるウィーンの宿。
まずは洗濯機を回して、本日の課題終了。

ボンとケルンへ - 2012.11.13 Tue

今日は娘と2人旅。
1978年頃にラジオ録音で出向いたケルン、それと、当時はまだ西ドイツの首都だったボン、現在はどのようになっているのだろう?という興味。加えて、シューマンのお墓も写真でしか知らないので行きたかった。
その若かりし頃は、ウィーンから飛行機でケルンとボンの中間にある飛行場に飛び、宿はケルンだった。大聖堂の真ん前、というか、放送局の並びというか(と、曖昧な記憶)…

まずはボンへICEで(Düsseldorfから僅か45分ほど)、座席指定も取った。娘が券売機でポンポンと入力してくれる。
いずこも窓口の何と減ったことか・・・年寄りに優しくない・・(娘が一緒でなかったらチケットも買えない??)

Bonn着。
駅から真っ直ぐに進むとMünsterplatzという広場に出る。
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教会と反対側、郵便局を背景にベートーヴェンが立っている。

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更に次なる広場(Markt)に出ると、市庁舎!今はまさにBonnの市庁舎、いや、州だろうか。
かつては西ドイツ全体の庁舎…それにしては随分こぢんまりとした印象を持っていたが、変わっていなかった。

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(修学旅行の類と思しき子供たちが代わる代わる階段を上っていた)


ベートーヴェンの生家へ向かう。

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これは驚いた!1970年代は特に見るものもなく、ウィーンのベートーヴェンハウスの方が張り切っていたものだったが…。
しっかりオーディオガイドがある。それも日本語で!!又しても日本語を選んだ。
各部屋、各展示物への詳細な説明。
娘も大いに楽しんだそうだ。ベートーヴェンの耳が聞こえなくなって行く「聞こえ方」の再現などもあり、又、当時のピアノ演奏の音も聴ける。ファクシミレの充実も。

丁度Grundschule(日本でいうなら小学校1〜4年だろうか?)の団体と居合わせた。
2009年にウィーンのハイドンハウスでもVolksschule(オーストリアではGrundschuleをこう呼ぶ)の団体と居合わせ、先生の指導ぶり、つまり生徒たちからの発言を引き出すそのやり方に大変感心し、勉強にもなった。今回も同様に、時々オーディオガイドを耳から外して、先生の話に耳を傾けた。うん、なるほど・・・
アメリカには「Show and Tell」という授業があるそうだが、ドイツ語圏にもある。いや、あろうとなかろうと、正解不正解だけではなく、その過程が大切で、子供であっても説明をする、ということに重きがおかれている気がする。

一通り回った後、コンピュータでファクシミレを見ながら音源を聴く部屋があり、「ディアベリヴァリエーション」「ヴァルトシュタインソナタ」「月光ソナタ」など、興味深くファクシミレを追った。
全部欲しくなるファクシミレ・・・我が家にベートーヴェンは「アッパショナータ」がある。他は??と思い出そうとするが、宝の持ち腐れの存在になっているのか、本当に持っていないのか、不明……
3時間近く居たことになる。

娘の正確な腹時計に従い、近くのカフェで昼食。

その後、娘がiPhoneの「マップ」というアプリでシューマンの墓へ移動。凄い時代になったものだ!

いくつも入り口がある墓地を予測していたら、入り口は1箇所。
立て看板ですぐに分かるようになっていた。

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クララとロベルトの墓
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ベートーヴェンのお母さんの墓もあった!

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駅に戻って、ケルンに移動(今度は鈍行で)。

先日は余りの騒ぎ(季節外れのファッシング)で、全体像を見ることが出来なかった大聖堂を、外から、そして中もゆっくり見ることが出来た。

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下は、原寸大の塔の先端。
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そして!!
4711の本店で買い物だ!(オーデコロン=eau de Cologne=ケルンの水)

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そうそう、放送局・・・
1970年代にお世話になったのは…

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(こんな新しい建物ではなかった)

そうだ、あっちだ!

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この放送局で収録した中から、メンデルスゾーンのプレリュードとフーガOp.35からe-moll、つい6−7年前、WDRで又使ってくださった。何で知ったのだったか忘れたが、「シューマンが『バッハが不死鳥として蘇った』と絶賛した」といったような、何か朗読の中で全曲使われて、嬉しかったものだ。でも演奏は、流石に30年も経って聴くと幼く感じた。


Düsseldorfへは再度ICEで座席指定も取り、短時間であっても疲れを癒した。
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Düsseldorfは思うような食べ物屋がなく、増えた荷物が重く、それらをホテルに置いて、近くの「なごみ」で鍋焼きうどん。
疲れた時には(お粥が一番なのだが、なければ)うどんが最高!
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荷造りは明日だ・・



Rheinturm(ラインタワー)他 - 2012.11.12 Mon

娘は午前中ぐったり、お腹の調子が悪いと言いつつ朝食も美味しそうに食べているが、先日の私の症状にならなければよいが、と案じてしまう。

私は…Kaufhofへお花を探しに出向いたが、置いていない、という。
この近辺にも花屋はない、と…

その後、Kaufhofの出口を勘違いした。四隅にあるのか??
地図を見てみたところ、どの出口から出たか分からないものの、宿と全く反対方向に歩いていることに気付いて…相変わらず方向音痴(メガネを外しては地図の通りの名前を確認し、メガネをかけては路上の通りの名前を確認し…の反復

あっこちゃんのご提案、ラインタワーでの食事。
タワーは238メートル、168メートルのところに展望台があって、更にもう1階上には1時間で1回転するように眺望を楽しみながら食事の出来るレストランがあるという。
二反田夫妻もいらしてくださり、5人で食事。


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本当に一周した。(写真は部分的です)

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(羊が居るのです)

(下は拡大)
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その後、厚かましく思いつつも、あっこちゃんのご主人のお墓参りをさせて頂いた。
Autobahn使わずにAltstadt(旧市街)へ・・
準備出来なかったお花をスーパーで入手。

その墓地全体を見たのだが、日本と違ってそれぞれのお宅が墓石の周りを色とりどりに飾っていて、既にクリスマスの装飾もある。あっこちゃんのご主人のお墓もだが、形にとらわれない家族の心の表現…羨ましかった。

石畳の道をご案内頂き、手作りのぬくもりの雑貨屋さんを見つけた娘はテーブルクロス購入。
そのままKaufhofにご案内頂き、Steifのぬいぐるみも購入して幸せな顔をしている。(私は孫にモンチッチ
心安らぐ街。すっかり気に入ってしまった!

そのままDüsseldorfへ送って頂き、運転してくださっているあっこちゃんに申し訳ない、と思えど、気付くとぐっすり眠っているわたくし

夕飯は、それぞれ何でも選べる、というレストランにて、……私は豆乳プリンをおいしく頂いた。
やっと目も覚め、しばし歓談…(いや、本当に私の睡眠時間はどうなっているのやら?時差も取れた筈が)

ずっとお付き合いくださったあっこちゃんに、心から感謝
楽しかった!!!



Düsseldorf到着 - 2012.11.11 Sun

(11月15日記載)

スーツケースを受け取り、出口を出ると、あっこちゃんに違いない方がいらした。
うわ〜〜!感動!!
でも初めてお会いするとは思えないのが不思議。

二反田さんもいらしてくださっている。
多分30年ぶり。


皆さまに申し訳ないやら有難いやら嬉しいやら・・・・・

取り敢えずはホテルに向かい、まだチェックイン出来ない時間帯だったので荷物を預け、5人で昼食へ。
中国人が経営する中華料理屋さんで、点心やワンタン麺などに舌鼓を打ちつつお喋りに花が咲いた。

3時近くなったので、ホテルに戻ってチェックイン。
あっこちゃんはご用がおありで一旦家に帰られた。

二反田夫妻がDüsseldorfとKölnを案内くださるという。
しかも感謝すべきことは、10月のリリースに向けてずっと何ヶ月も騒いでいた「ブルクミュラー」、その一家(主に弟・Norbert)に関する分厚い本を、二反田さんの友人(しかもBurgmüller Strasseにお住まいの)が貸してくださった、と取り敢えず現物をお借りした。他にも沢山探してくださり、Friedrichに関する記載部分をコピーして下さった!!
帰国してからゆっくり読んで、「ピアノと向きあう」のサイトに追記が出来るかもしれない。
ブックレットの解説にも書いたのだが、なかなかFriedrichに関する文献が見つからず、あのグローブの音楽事典にすらFriedrichは出てこない。
私がブックレットに書いた彼のプロフィールは、ショット版のドイツ語から抜粋したもの。
きっと彼が教師として活躍し、晩年を過ごしたパリ郊外のボーリューに行けば何かあるのだろう、と思いつつも期限切れとなっていた。

ともあれ、一家が住んだDüsseldorf!!1810年に天賦の才に恵まれた弟・Norbertが生まれた時、Friedrichはまだ4歳だった訳で、ブルクミュラー一家が住んでいた家にはFriedrichも住んでいたに違いない!
ということで、Tafelは弟のものだが記念撮影。

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その後旧市街へ。

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まだAdventにすらなっていないのに、街はカーニバルでお祭り騒ぎ!!

ライン川へ抜けた。

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シューマンが飛び込み自殺を図った橋…幸い未遂に終わったが…
今は電車や車が走っている。
こんなに晴れていたら、そして医学が進んでいたなら、又違ったろうに…
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そうだ!空港からホテルに向かう時、右側にロベルト・シューマンが創設した、という広い広い音楽大学があった。
ライプツィヒにはメンデルスゾーンが創設した音楽大学があったっけ……



ケルンの大聖堂のミサに出席なさるという二反田夫妻の車でケルンへ車で。
ここが又、騒ぎに輪を掛けたカーニバル!!(シューマンの"Faschingsschwank aus Wien"のSchwankはどの程度だったのだろう?と思ってしまう)
打楽器に歌に、石畳は酒でべとべと、仮装した若者が東京のラッシュアワー並にひしめき合っているのだから…

とてもここは歩けない。
大聖堂も観光客はNGなので、ミサに出席させて頂くことにした。

写真も、この角度から撮るのが精一杯。

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ミサは、娘がドイツ語が聴き取れたそうで吃驚。

そうそう、おかしなマークのお店・・
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これ以上歩くことは不可能で、Düsseldorfに戻った。
あっこちゃんも合流してくださり、日本料理屋へ。

私は豚の生姜焼き。
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娘はカツカレー。
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皆さまはお寿司の類(そうそう、ここはお寿司が売りなのに…私ら親子は肉!!…
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楽しい1日だった!!
皆さま、有難うございました。

あ、大切な写真が抜けている・・(これも後ほど)

というわけで - 2012.11.11 Sun

(11月15日記載)

11日(日)、朝9:25のルフトハンザ機でDüsseldorfに飛ぶ。

宿で早めに7時半、タクシーを予約してくれてあった。
私たちが7時過ぎにフロントに行くと、既に運転手が来てくれていて、これなら空港で朝食が摂れる!
8時前には空港に着いた。


ところがそこからが・・・
目下Schwechat空港はリニューアルの工事中。(無駄に)広くなったターミナル。
以前はターミナル1だったのに3!そこまで延々歩いたのはよいとして、Eチケットを発券する機械が行列で…
いくら係員にシャルターで直接手続きをしたい、と言っても、まずは発券して、それからバッゲージを預けるのだと。
そうこうするうち4つしかない機械のうち2つが使えなくなった。
私たちのは、無事に手続き出来たのだけど、用紙切れなのか(ロールになった感熱紙…まるでファクスのような)ほんの1行印字されて終わった。

やっとシャルター(←ドイツ語?英語?カウンターのことです)で手続きをせよ、と・・・う〜〜ん、だから私達は最初からそう希望していたのに・・・
まるでアトラクションを待つ行列のようにうねうねと並び、やっっっと手続き出来、荷物も18キロと15キロ。

先に進んだ。
でも朝食は無理だった。

(つづく)


スペイン最終日 - 2008.01.09 Wed

朝,暗いうちに近くのカフェにて朝食。

(朝っぱらから生クリーム)
朝食


(ジュースはオレンジが自動的にゴロゴロ転がっていく機械。携帯画像なのですみません)
オレンジ


(カフェの壁面)
朝食4


ホテルからすぐ歩ける範囲で,観残しているところを散歩。

レイアール広場
??


???


世界遺産である「グエル邸」は生憎修復中で見えなかった。
?????


荷物を取りにホテルへ戻り,地下鉄で一駅乗り,空港へのバスに乗った。
バルセロナの空港も33年前とはすっかり様変わりし,大都会の大空港。

無事にウィーンに戻った。
V氏が車で迎えてくれた。

まるで我が家に帰ったが如く,気持ちが安らいだ。
素晴らしいものを沢山見た3人での珍道中だったが,やはり言葉を少しでも理解出来たならもっとリラックスして楽しめたのではないか。どこへ行くにも緊張が伴い・・・もう多分行く機会は無いだろうな,と思いつつも反省。

スペイン5日目 - 2008.01.08 Tue

(写真だらけです。クリックすると大きくご覧頂けます。)

バルセロナには2階建てオープンカーのツーリストバスがある。
赤(北)ルート,青(南)ルートがあり(夏場には海岸に沿って走る緑ルートもある),いずれもどこで乗り降りしても可。1時間に何本も来るので大変便利。何日も滞在出来るなら自分で地図を見て各名所を訪ねるのが最高だが,我々の様に使えるのがたった2日間の場合は,詳しく見たい所に時間をかけ,他は,大変効率よく大都市バルセロナを一通り眺め渡す事が出来る。
いずれのルートからも外れているところは個別に訪ねればよい。

(バス二階席)
観光バス


昨日,Sagrada Familiaへはこの赤ルートを使って行った。

今日はまず,ホテルを出て徒歩ですぐの市場で朝食を済ませ,その後やはり徒歩にてカテドラルへ。

カテドラル


(黒いマリア)
黒いマリア


その後,世界文化遺産である「カタルーニャ音楽堂」へ。

(外観)
カタルーニャ音楽堂


カタルーニャ音楽堂2


カタルーニャ音楽堂3


カタルーニャ音楽堂4


10時から英語のガイドで回った。
20世紀初めに建てられた当初は,カタラン合唱団の本拠地として使われたそうだが,その後世界一流の演奏家やオーケストラがやって来て国際的一流ホールに変身していったそうだ。中心になったのはカザルス。
ガイド中,ホールでは工事の音と共に,翌日に行われるという子供の為の音楽会(世界遺産の中で聴ける子供たち,羨望!)に備えて練習しているアカペラ(所謂今どきのアカペラ)が又素晴らしい響き!!確か6人全員が口により楽器を模していた。娘も大学入学以来,ずっとこの類いのグループに参加して発表を続けているが,大学の庭ではなく,この様な世界遺産の中で演奏したなら,どれだけレヴェルアップして聞こえるだろうか・・・と又羨望。娘もガイドの説明半分,演奏に気を取られていた様だ。
と,話が本来のガイドの内容から外れてしまったが以降省略。

その後,青ルートのバスに乗り,カタルーニャ美術館を脇目に,モンジュイックの丘へ。
バスより


ここは1992年にオリンピックの会場となった所。

オリンピック3


オリンピック4


オリンピック5


バスからざっと眺め渡した後,港の上を横断するロープウェイに乗り,海岸へ。
ロープウェイの中からはバルセロナの街が一望出来た。

ロープウェイから


ロープウェイから3


ロープウェイから5


夏であったなら人々であふれかえっているであろう地中海の海岸。

砂浜


娘はあっと言う間にブーツと靴下を脱いで波と戯れていた。

砂浜2


水際


そのうち各自,綺麗な石や貝殻集めに余念無く…

貝拾い


(カモメの足跡)
鳥の足跡


ヨット



まだ訪ねたい場所が残っているので再びロープウェイにて街へ戻った。

再びロープウェイ


(コロンブスの塔・ロープウェイより)
ロープウェイよりコロンブスの塔



夜は,ホテルの向かいのリセウ劇場。
ここはヨーロッパの三大オペラ座のひとつだというので,どうしても観ておきたく,当日になってチケットを予約したが,残っていたのはまさに天井桟敷のみ。天井画は間近によく見えた。

リセウ天井2


リセウ天井3


リセウ天井4


オペラはRossiniのLa Cenerentola。珍しい演出だった。衣装も原色の奇抜なもの。
8時開演,第一幕100分。ここで30分の休憩。
挫折した。まだ第二幕,三幕とある訳だが,翌朝を考え,しかも舞台上手の前の方のみ見える席しか取れなかった為,オペラ座を観た,ということで満足することにした。

リセウ


リセウ2


リセウ3天井


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Zuerst besuchten wir die Cathedral und eines der spanischen Weltkulturerben, "Palau de la Música Catalana".
Um 10.00 begann die Führung auf Englisch.
Morgen findet ein Konzert für Kinder statt. Während der Führung übten die Musiker. Was für schöne Stimmen! !
Ich beneidete die Kinder, die in einem Weltkulturerbe Musik hören können.

Dieses Mal fuhren wir mit dem -Süd Route- Bus zu dem Hügel, wo 1992 die Olzmpiade stattfand.
Auch konnten wir mit der Schwebebahn hinauf und hinunter fahren.

Danach gingen wir an den Strand. Maya zog die Stufel aus und spielte im Wasser.
Wir suchten und sammelten schönen Steinchen und Muschelschalen.

スペイン4日目 Barcelona -Sagrada Familia- - 2008.01.07 Mon

今回スペイン旅行を追加した理由は前に書いたが,バルセロナを選んだのも私の勝手な希望。

今を遡ること33年,ウィーンの音大に入学して4-5ヶ月目だった気がするが,当時の恩師より「バルセロナに行って来い」との通達。
日本ではコンクールをその固有名詞で呼ぶが,ヨーロッパでは開催場所で呼ぶ習慣があるらしい(例外もあると思うが)。まだまだドイツ語も買い物程度しか出来ない身として(そんな状態で,よく留学してしまったもの‥‥と今になると呆れる),「バルセロナに行く」ということは,遊びに行くことかと最初思ってしまった。
が,どうやら「マリア・カナルス国際コンクール」というコンクールが開催されるので,それに参加しろ,ということらしい…先輩達の(それも日本人の)会話から把握したのだった。
間際に申し込みをし,一次予選の曲だけさらって出掛けた。

ヨーロッパに渡る時は団体だったので,一人で飛行機に乗る,というのはワクワクし,地中海が見えて来た時には窓から金色に輝くさざ波に見入ってしまったのを思い出す。空港ではなかなか荷物が出て来なくてドキドキしたのは思い出すが,無事にホテルには到着したのだろう。その辺りは全然記憶にない。
翌朝,指定の時刻にコンクール事務局に行くが,開いていない。参加者がゾロゾロと階段に並んでいた記憶があるのだが,そのうち誰かが電話でもしてくれたのか,まだ開かないとのことで,これ又ゾロゾロと何か食べようではないか,と店を探したが午後2時にならないと開かない,とか・・・(食べ物の恨みは覚えているものだ)

・・・・・想い出話を書くつもりはなかったのだが・・・

一次予選の為の練習や,無事通過したのはよいものの,二次の曲をさらう為に(1年ぶりの曲などがワンサ)随分練習場所に足繁く通った。幸い日本人のT子さんと同じ建物だったので行動を共に出来,又,色々な留学情報を頂けて本当に有難かった。
その足繁く通った道が,どうやらSagrada Familiaに近かったらしく,四つ角を通る度,建物の隙間にあの何本もの塔(当時高くそびえていたのは4本だった気がする)が見えた。
そういうものがある事は知っていたのだが,不思議な形に心惹かれるまま訪れることもなく過ぎた。
コンクールは,コンチェルトを弾く本選には3人しか残れないので,2次で成績が良かった人にはメダルが出る。私も貰えた。そのメダルが銀色なので(本物の銀かどうか,未だに調べたことがない)「銀メダル受賞」と経歴に書くのが慣習となっている訳だが,決してオリンピックの金メダル銀メダルの「銀」ではない。コンクールによってシステムは様々だが…と,こんなことを自ら暴露するのも馬鹿な話だ。

話はSagrada Familiaだった。

近年,日本のテレビでも頻繁に報道される様になったこの聖堂。
1882年の着工,1883年よりGaudiが引き継ぎ,その後43年間を彼はこの聖堂の建築に生涯を捧げ,73歳で市電にひかれて突然逝去し,しかも彼は設計図というものを作らない主義だった為に(石膏で部品の模型を作ることで進めていたそうだ),一時期は,完成迄まだ200年かかる,と言われていたが,何とか2020年を目指して建築中という。
テレビで放映された細部を見て,実際この目で見たいと思っていた為に,今回「是非!」ということになった。

下から見上げる外観のみならず,内部の作業現場や,エレベータで塔の中を昇って,上方のステンドグラスや外部の彫刻も間近に見ることが出来た。下りは徒歩にて,空洞を見れば巻貝を象った螺旋階段を降りる。

Gaudiは,高さ170mのイエスの塔を中心に19本(記憶曖昧,寧ろ外国語力の不足。間違いはどうかご指摘ください!)の塔が立ち,外部内部には聖者のみならず人間,そして世の中に存在するあらゆる生物(螺旋状の細胞,かつて生息した生き物,……枚挙に暇がない…森羅万象)を石によりそこここに散りばめてキリスト教全ての表現を考えたそうだ。

サグラダ・ファミリア


SF内部と外観


SF


↓作業現場に,こんな絵が・・・
SF


SF3


聖堂


聖堂2


聖堂3


聖堂4


聖堂5


聖堂6


聖堂7


聖堂8


聖堂9


聖堂10



(下からは見上げていた果物の実の様なものがすぐ下に見えた)
聖堂11


(同じくステンドグラス)
聖堂12


聖堂13



(螺旋階段)
聖堂15


聖堂16


聖堂17


可成りしぼってアップしたつもりが大量になってしまったので,ここらでおしまい。

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Mit dem Besichtigungsbus fuhren wir in der Stadt herum.
Es gibt zwei Routen, und zwar eine rot und eine blau.

---Vor 33 Jahren war ich als Kandidatin beim Maria-Canals Musikbetbewerb in Barcelona.
Ich dachte immer, was für Türme das sind. Der Ort, wo ich Klavier übte, war wahrscheinlich in der Nähe von "Sagra da Familía". An jeder Straßenkreuzung sah ich die seltsamen, verwunderlichen, aber großen, geheimnisvollen und zauberhaften Türme an.
Die Türme wurden in den letzten Jahren so berühmt auch in Japan, weil man sie im Fernsehen zeigte.
Ich dachte immer daran, wieder Barcelona zu sein, um "Sagra da Familía" zu besuchen.

Dieser Wunsch wurde Wirklichkeit. Außerdem konnten wir in die Türmen mit dem Lift hinauffahren. Wie Gaudí die Struktur dachte, konnten wir überall auf den Photos und Plänen sehen und lesen.
Achtzehn Türme wurden zu Ehren Jesus Christus, der Jungfrau, der Apostel und der Evangelisten errichtet. Gaudí entwarf diesen Tempel nicht nur als einen Ausdruck der naturalistischen Architektur, sondern auch wie einen biblischen Text, der in Architektur um gesetzt wurde.

Danach fuhren wir wieder mit dem Besichtigungsbus -Route Nord- in der Stadt herum.
Nachdem wir einmal ins Hotel zurückkamen, gingen wir wieder weg, um Souveniers zu kaufen.

スペイン旅行3日目(バルセロナへ移動) - 2008.01.06 Sun

出発まで時間あり、まだ見ていない名所を、と目抜き通りを歩く。
前日のパレードの折の散乱物の掃除をしている光景あり。
ところどころに設置されたロダンの彫刻・・・
中でも↓は「う~~む、こんなに騒ぎ立ててよいものだろうか」と考える人。

ロダン


午前中はパルマのカテドラルの中に座ってじっくり見学というか出席というか…
この様な島にも立派なカテドラルがあることにまず吃驚。
しかも観光客が多いであろうことを前提に、「ようこそいらっしゃいました」という挨拶がドイツ語や英語でもなされた。

パルマのカテドラル


パルマのカテドラル4


椰子の木に囲まれたカテドラル!しかもその向こうは地中海。

カテドラルの外



Caf�でくつろいだ後、一旦荷物を取りにホテルに戻り、バスで空港へ。
空腹に備えてサンドウィッチやソーセージ類、飲み物などを購入したが、結局誰もお腹には入らず。

飛行機はサービスでビジネスクラス。荷物は一人30キロOKだというのに、我々の持ち物と言ったら全員で24キロ。吝嗇な私としては残念無念。
でも、半世紀以上生きていて初めて「コックピット」なるものを覗けた!!
コックピット


その上、30分もかからぬ飛行時間に食事も出た。


バルセロナに着いたものの、既に真っ暗。インフォーメーションの輩は説明が面倒なのか、地下鉄の乗り方は教えてくれずに「たった一駅だから歩け」とのたもう。
荷物をガラゴロと引きずって目抜き通りを歩き、何とか辿り着いた。
疲れた!!あぁ、食糧を買い込んであってよかった・・・と3人でそれらを食べて「おやすみなさい」。

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Vormittags gingen wir in die Kathedrale und konnten die Jubiläumsmesse "Drei Königenstag" erleben.
Eine so großartige Kathedrale auf einer so kleinen Insel !
Draußen gibt es viele Kokospalmen an der schönen blauen See entlang.

Nach einigen Stunden kamen wir zum Hotel um Gepäck abzuholen, dann fuhren wir zum Flughafen.
Am Abend kamen wir in Barcelona an.

スペイン旅行2日目(マジョルカ島) - 2008.01.05 Sat

8時のバスでPalma(マヨルカの最大都市)よりValdemossaへ向かった。
ショパンが結核の転地療養に使ったという土地がどんなところだったのか、ジョルジュ・サンドと共に過ごした修道院の様子など、この目で見てみたいと長年思っていた。
ショパン滞在当時は廃墟の様なところだったそうで、又その土地としては珍しく続いた悪天候も病気の悪化を余計に助長し、滞在は2ヶ月のみに留まったらしい。

そう聞かされると、彼がヴァルデモッサにて作曲した数々の作品が、私にとっては余り好んで自らは弾こうとしない曲(勿論顰回に弾いてはいるものの)であることが妙に頷けてしまう。

(出発するバス停近辺の夜明け)
マジョルカの早朝



(Valdemossaが見えてきた)
バルデモサが見えてきた


(以下、修道院及び近辺)
バルデモサ修道院へ


修道院


ショパンの像


修道院2


修道院4


ショパンの名が


町並み


修道院の中


ショパンスケッチ


(近くのCaf�に飾られたイエス誕生)
カフェの


(そこで食べたミルフィーユ。ウィーンのミルフィーユ=クレーメシュニッテも可成りのボリュームだが、更にその3倍の大きさだった。一人で完食!胃が治らない訳だ
完食する前に



バスにて又Palmaに戻り私は爆睡。
夫と娘は、海近辺まで散策。

明日がドイツ語圏の「Heilige 3 Könige」なのだが、スペインでは前日の5日に子供たちにプレゼントを持った3人の王(博士)がやってくるそうだ。街はパレードの人・人・人・・・・・
テレビでも、王に扮した3人が船で島に到着し、街をパレードする様子が何時間にもわたり放映されていた。

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Um 8 Uhr fuhren wir mit dem Bus nach Valldamossa, wo F. Chopin mit seiner Freundin George Sand einen Winter als Kur verbrachte.

Um 8.30 Uhr öffnete der Mönch das Haus ,wo Chopin wohnte.
Ich kaufe das Buch "Ein Winter auf Mallorca" von G. Sand.
In die Stadtmitte schleuderten wir in diesen kleinen Dorf umher.
In einem Cafe bestellte ich eine Cremeschnitte. Die war viel Mal größer als eine Wiener Cremeschnitte ! ! !

Nach Palma fuhren wir mit einem 2stöckigen Autobus zurück.
Da fand eine riesige Parade von drei Königen statt. Ich blieb im Hotel und sah diese Parade im Fernsehen.
Vorher wurde ein Film über Habsburger, Sisi, Franz Josef...gezeigt. Schade, dass ich kein einziges Wort ( Spanisch ) verstand.

スペイン旅行1日目(マジョルカ島) - 2008.01.04 Fri

ウィーンからバルセロナ経由でマヨルカへ。

マジョルカ島と言えば真っ先に浮かぶのがショパン。
しかし、文献で読んだことのある乏しい想像が覆された空港。
現代的、且つ椰子の木に囲まれた果てしなく広いバス乗り場に、まず度肝を抜かれた。


マジョルカ着


マジョルカ着2



スペイン語(しかも日本の語学番組等で使われている所謂「スペイン語」ではない「カタルーニャ語」)を全く習得していない我々3人。まず、どのバスが市内に行くのか迷う事暫し。

それでも無事にホテルの最寄り駅到着。
カトリックの国はどこもそうだろうが、1月6日に3人の王様が東方よりやって来るまでがクリスマス。目抜き通りはどこも華やかなイルミネーションに溢れていた。

マジョルカの街


マジョルカの街2


(上の写真、何かに似ている……とずっと気になっていたのだが、何と!幼い頃の夏、毎年お世話になった「蚊帳」だった。

一旦ホテルに荷物を置き、少々休み、夜は7時半から開いているというレストランへ。
ワインセラーをレストランに改造して100人収容可能というレストランにて(セリェール・サ・ブランサというらしい)まずスペインの第1食。
日本からの疲れをまだ引きずったままらしい。私はそこでこの日は終了。
夫と娘はそれからコーヒーを飲みに出掛けたそうだ。何とタフな!!


【★写真は軽くしたとは言えそのままを載せていた為画面に収まらず、本日分よりサムネイルにします。ポチッとしてご覧ください。粗いものは携帯写真です。】

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Über Barselona kamen wir in Mallorca an.
Ich starrte zuerst, dass der Flughaen Mallorca so modern und groß ist.
Auch so viele Palmen am Flughafen ! ? . . . Ach, deshalb nennt man die Stadt "Palma de Mallorca!.

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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
★このブログや大元のサイトへの感想やお問い合わせはservus2008@gmail.com宛に@を半角に直して送信願います.
【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2020 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
★遙か下方に設置のカウンターは、サイトを複数回お訪ね下さいましても1日を1回とカウントし、又、私を入れない設定になっております。



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