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2020-10

信州行きの余韻 - 2019.06.24 Mon



1ヶ月ブログを放置すると、わんさと出る広告!!
しかも、私のPCでは「目下の私の体型が見えるんですかい!?!?」と疑う類い   

今年になり、2泊ずつ3回出向いた信濃大町、その後の話でも書いておきましょう。

結局我が家はどの部屋も持ち帰った荷物の山が増えただけ。
それらを片付けるには、この10年間に持ち込んだあれこれ(庭にあった3つの物置を解体せざるを得ず、仕方なく我が家に運び入れてある)、そして我々の断捨離すべき物ども・・・それらの整理が先だ。

大型連休は、先ずは解体した3つの物置の中身の整理だ!!と決め込んで屋根裏に籠もって作業をしたが、うんざり。
数日籠もって投げ出した。やっていられるかい!?!?

この10年近く、好きでピアノから離れている訳ではないのですが・・・演奏活動だって続けていたかったのですが・・・と誰にともなく愚痴を言いたくなってしまう。

これで広告は消える?

お・し・ま・い


夏休みの終わり - 2017.08.31 Thu

今月初めに、娘が第二子を出産しました。
辛うじて母子共に退院することが出来ました。
3歳の孫娘を預かることの多くなった夏休み。

目下彼女のハマっているのは粘土遊びです。

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今日は新しい製作の試み(大袈裟!?)

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ストローに孫娘が粘土を細かくちぎって入れては次々婆が綿棒でギュッギュッと押す。そしてこれ以上入らなくなったらその綿棒でギュ〜〜〜っと押し出す。かなり気に入ったようです。


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(「恐竜を作って!」と言われたが、如何せん粘土が足りない。「河童作って!」と同じ大きさになってしまった)
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(左は孫の作った焼き鳥、右は婆製の串団子。作る趣味が逆では?
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安全性の高い「お米ねんど」9色入りをネットで注文してみたが、明るい色ばかりなので、混ぜても限界あり。これで赤や黒、濃い色があったならもっと種類豊富な色が作れるのに…
という訳で新たに12色を注文。色はダブるものあれど、あっという間に無くなってしまうので良かろう。

・・・と今週で夏休みもおしまいですな・・・



孫娘、公衆トイレデビュー - 2016.05.27 Fri

託児施設を利用しての帰り道、スーパーに寄った。
ママとばぁばと3人で。
一応おむつも取れてはいるが、長い外出では一応おむつ。
でもおむつでは用を足せなくなっている孫娘。

広い広いスーパーで「おしっこ!」と相成った。
ママは咳が酷くて、こんな広いスーパーを歩き回らせる訳には行かない。
よろこんでばぁばが付き添います。地下に降りて更に対角線に・・抱っこで走る

トイレに入ってみれば、うわ!床は・・・靴で歩くのも躊躇われるほどの汚れ。
ズボンをどうやって脱がすか・・・
えい!この際ズボンとパンツ代わりのおむつを足首まで下ろして反対向きに座らせよう。
大急ぎで座らせた。
まぁ、何て賢い!!ちゃんと用が足せました。

と婆馬鹿は、つい記録してしまうのでした。

孫以外の話題も盛り沢山に溜まりつつ、文章化が億劫な昨今で、これでは優雅な婆に思われそうですね。

又しても婆馬鹿 - 2016.04.29 Fri

こんな話題なら山ほどある毎日。

正面を見ている分には起きない回転性眩暈、多分三半規管のどれかだけが鈍っているのだと思う。
横になったり下を向いたりするとグルグルグル・・

それをよいことに、孫娘に「ばぁばの小犬のワルツ(私のCD)で踊るの」なんて抱っこを求められるとホクホク、はいはいいいですよ、と抱っこしてぐるぐる(時々反対回りに)速いワルツを踊ってしまう(ん?ワルツもどきだ)。

後で娘からメリスロンをもらって横になるありさま。上を向いて寝るとぐるぐる…なので。よく効いた

婆馬鹿??馬鹿な婆が正しいのか・・・

孫娘と音楽(婆馬鹿話) - 2016.04.19 Tue

4月もあれよあれよと過ぎて行く。
10日には生徒たちの勉強会もした。
その話にも触れたいと思いつつ、車窓の景色の如く通り過ぎ、病院の話を記録しておこうと思えど、又車窓…
毎年この季節は何だか横になってばかりいるような気も。自分自身の練習からはもう1ヶ月以上(半年かも)遠のき、こうなると、生徒指導にも支障を生ずるほど。
そうこうするうちに、とんでもない大地震。
いくら九州とは言え、記しておきたいことは山ほど。
義父は八女の出身なれど、美大受験までは熊本県で過ごし、親類は熊本県の至るところに点在。夫は父親の展覧会の付き添いや自分の演奏活動、親類を訪ねるなど、随分飛び回った。私は、親類の話題や年賀状の宛名書きで地名だけは随分知っている。
もっと九州に足を運ぶべきだったか、と悔いる。


救いは、孫娘の相手をしている時。
それも讃美歌・・・というのもかつての話になった。
讃美歌の中には「ハレルヤ」という言葉がよく出てくるので、そのうちのどれかを歌っているのだろう、と思っていた「ハレルヤ」。そうこうするうちに、The Sound of Musicの最初の方、修道院の場面で流れる「ハレルヤ」。直ぐにBGMと化し、はっきりとは聞こえなくなるその部分を歌っている。
もしかしてHändelのMessiahのHallelujah!も??と試しにYouTubeから適当に選んだ音源を流した。
・・・これもだった。目を輝かせて画面に見入っているのか聴き入っているのか・・・
いつか弾いたか?それともテレビで見たか?
毎日ばぁばのところに来れば、パソコンでハレルヤを見るの!と、この部屋に来ては片っ端からYouTubeで開く。
古楽器のものが好きのようだ。あとは鮮明に抑揚が付くもの。
そんなで言いなりになり、「違う」とか「別の」の要望に従って演奏を選び、数日聞かせていたところ殆ど覚えてしまった。
♫ for the Lord God Omnipotent reigneth, Hallelujah, Hallelujah・・・とか、
♫ The kingdom of this world・・とか、
♫ and He shall reign for ever and ever・・とか・・
殆ど忘れたばぁばも一緒になって歌う(中高時代は指揮と伴奏に、息子のPTAではクリスマスに歌ったり伴奏したり…)。
いやはや、一番癒される時であります。

童謡も随分知っているようで。
「♬ぴぴとぷぷと」とか鼻歌交じりに遊んでいるので、「ん?あの歌か?」と思って、「ラッパのなーかにこーびとは、なんにんなんにんすんでいーるーのーー?」と冒頭を歌って、「これ?」と訊くと、「そう」とにっこり。
早速湯山昭先生の楽譜を出してきて、弾き語り。
きっと母親が歌っているにちがいない、と母親を呼べば、私は歌っていない、と言う。週の約半分を保育園に行っているので、そこで覚えたのだろう。そして「くまさん」と言うのでパズル状態の頭を動かす。「雨降りくまの子」かな?と弾けば、歌い始める。湯山昭先生の、可成りの曲数の童謡を保育園で覚えたようだ。
(母親=娘 は、かつて湯山昭先生の奥様が主宰された「子供の国合唱団」に所属して、湯山先生の合唱曲を沢山歌わせて頂いた。テレビや音楽会など、年に数回のステージも踏ませて頂いた)

母親と同じ話題が又ひとつ増えたことになる。

それにしても、本当に2歳4ヶ月??と時々思う。
例えば、私が日頃使っている眼鏡4種類、つまり遠近両用、ピアノの譜面台用、パソコン用、運転用、これらを取っ替え引っ替え使い分けているのだが、その使い分けも覚えていて、パソコン用で別な場所に居たり、譜面台用でパソコンを打ったりしていると、「ちがくない?」と、ハキハキ言う。最初は「??」何を言っているのか分からなかったが、明らかに「ちがくない?」。そして眼鏡を替えるとニコニコ「そう」と言う。
普通は「違わない?」とか「違っていない?」だけど、確かに「ちがくない?」でも通じる(誰の真似だ??)・・・

婆馬鹿の話題は限りなくあるが、今はおしまい。


大震災のニュースばかり流れるので、こちらもあと何年生きるのだろう、という話になる我々夫婦。
「孫のためにまだまだ頑張らなくては」という被災者の話も耳にし、そうだよ、孫のみならず孫の世代にまで残したいことはやっておかねば、と思う日々。そして、願わくは孫の世代まで日本列島が健全で居られるように・・


婆馬鹿 - 2015.12.19 Sat

どんどん賑やかになる我が家のツリー。

更に・・
孫娘が「ゆきのけっしょう」と確かに雪の結晶のオーナメントを指差しては喜んでいるから、婆馬鹿としては(咳が酷く外に出る体調ではないので)又してもネットで購入してしまった。金ピカの雪の結晶を!!

両音楽室の写真。
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上の写真のツリーが好きのようだ。生まれて今年の夏まで過ごしていたから?
1日に1回は此処に来て、暫し遊ぶ。ベビーベッドがあったところにソファもどき(畳むと背もたれ付きになるマットレス)にゴロリと横になって、我々を隣りに座らせ、暫し天井を眺める。

日に日に語彙が増え、幼い子の頭脳って何と柔軟なのだろう・・・と感心する日々。
(そして婆は日に日に語彙が減る。「あれ」「それ」「これ」で済ませるから)

先が見えるようでなかなか見えない - 2015.07.15 Wed

娘たちの新築とこちらとを繋げる為のみならず、この際老後を小綺麗に住みたい気持ちから、少しずつ荷物整理をしている。
かなり進んだ気がするものの、全体を見ると・・・亀の歩み、いや、カタツムリの歩み・・

今日も、空いた階下で使うであろう家具や布団の類を、2階の物置として使っている部屋(正しくは、息子が学生時代に居た)や、布団置き場と化している娘が使っていたロフトベッドから勝手に運んだ。
物置化の部屋も段々床が見えてきて、うん、この分なら今週中に工事のスペースが出来るかも、と嬉々とした……ところが……
床に何か液体が!!丁度灯油の容器の下だったので、もしや漏れ出た?いやいや、まだ購入して開封すらしていない容器だ。
よく見ると、細長いセロハンの袋に茶色の液体が!そこから床に漏れ出ているらしい・・・
臭いは分からない。石油ではないことだけは確か。もう臭いも消えるほど長期に渉り漏れ出ていたらしい。袋の形から察するに、長ネギかゴボウか……もしや暮に買ったお節料理の材料??それとも???
何にせよ、その上にその本来の灯油入れが購入した状態のまま置かれ(納品書まで貼り付いている)、その上に物置から運んだあれこれが乗っかってしまったに違いない!!!

うわ〜〜〜・・・

と言っていても仕方ないので、新聞紙で拭く。可成り床深くに染み込んだようで、フローリングは一枚ごとに周囲が黒ずんでいる。乗っかっていたものを洗う。雑巾で何度も床を拭く。最後に虫の到来を怖れてアリジェットを撒き、乾いた頃に今度はゴキジェットも撒いた。
効果はあるでしょうか。でもベタベタにしておく訳には行かず、数時間したら拭き掃除だ。

・・・と、1人自由時間だった筈の午前は終わった。出るは溜め息ばかりなり。


追記
床の黒ずみは、カビのようだ・・
こうなるとカビキラーでは遅すぎ、プロに引っぺがしてもらうしかろう・・・

写真はこれでおしまい - 2015.02.25 Wed

iPhoneで普通に撮ると左右が全部入らない。
パノラマにすると湾曲する。
いずれにせよ、もうあとは情報に関わることなのでこれでおしまい。

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物置3つが建っていた部分であります、ほぼ。実際にはもっと左右に長かった。

我が家にぴったりくっつけて向こうの隅まで増築扱いで建つ訳ですから・・・凄まじい豪邸の部類でしょうか・・・???


今朝は孫娘を預かり、すっかり遊んでもらった婆は疲れ果て、午後は昼寝を。。。と即刻眠りに落ちたが、庭の作業による震動、及び咳で眠りは浅く・・
普通にしていれば出ない咳が震動で出るということは、天井や壁その他の埃が舞い始めるからでは?床すら毎日は掃除していないのに、まして壁や天井はこの10年、拭いたこともありません
呼吸器のために一度くらい拭くか・・・

あっという間の解体 - 2015.02.15 Sun

ご近所に支障が出ないよう、パノラマを更に切り取って記録保存。

(解体前の、カーペットを外した辺りの状態か?)
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(真ん中の一番小さい物置がなくなり…)
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(右の一番新しい大きな物置も半分)
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(数十分の間にもどんどん)
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この後、私は生徒が来たので見ていませんが、今日は作業も無く、こんな感じに。
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と、このような記録をアップするのもどうかと思いつつ、まさに2007年3月の日記の逆であります・・・
こんなに丁寧な作業をして作ってくださったものを、8年後に解体しなければならないとは…
夫がその時からお馴染みの業者さんと話して、業者さんたちも残念がっていたそうで。


さて、こんな話題の後なので、心安らぐ写真。

昨日、小学生のピアノの生徒(5歳から指導している)から手作りチョコを頂きました

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き、きれい!かわいい!!食べるのが勿体ない…でも写真に収めてから1つ頂きました。
(テーブルクロスが余りに汚れていたので、サムネイルでアップ。クロスの汚れが気にならない方はぽちっとなさってください)


終わりよければ…で - 2015.02.10 Tue

日々刻々物置を空にすることに追われ、ゴミ収集の日数を数えて過ごした。
ノルマとして、概算によると可燃ゴミは1回につき15袋。何とか達成。
昨日が最後の可燃ゴミ、今日が最後の不燃ゴミと古紙。

今月は夫が家に居る日が多く、義父母たちの物は全面的に任せた。
こちらは実家の父母祖父母、子供達のあれこれ。
幼少時の物の選別もさることながら、中高時代の息子はデッサンに油絵、途中から塑像に変更となり、大学時代の作品はゴロゴロ…嫁さんも同様。どれがどちらの作品やら……と油絵やデッサンを眺めつつ、これは保存の価値あり、となると保管行き。
今朝は、残っていた保管する物を母の物置に集めてバルサンを焚いた。殆どが息子の油絵・・・
あとは布団一組をそれぞれ広げ、何と広い物置だ!?と「7桁額かけて建てて8年しか使わなかった勿体なさ」「物置の必要性」を主婦としては、そして自宅=仕事場の身としては、又してもグタグタと愚痴っぽく考えてしまう。

昨日今日、と、とても良心的な粗大ゴミ回収(本業はリサイクルのようだ)が来てくれた。
以前、電化製品を「出し放題で3000円」のチラシに誘われて出したのだが、どこでも引き取ってくれないような大型ゴミもトラック積み放題(詰め放題?)3万円で回収してくれる、という。

やっと出せる状態になったので連絡したところ、昨日軽トラックたったの1台で!!ところが、バール1つで母の大きな衣装ダンスを一枚ずつの板に解体し、他にも諸々不要なものは本当にバール1つで手際よく解体。夫のコントラバスの古いハードケースの中には、不要物を詰め放題にしてトラックへ。
私がちょっと出掛けていた間に、殆どがほぐされて板の状態で並んでトラックに載っているではないか!約束の時間内に約束の金額で。まだ若いであろうに、3つの物置に残っていた「お手上げのあれこれ」をたったの1人で。
夫もすっかり気に入り、一番の問題となっていた息子夫婦の制作物(塑像)が何とかならないだろうか、と相談したところ「相談してみます」と一旦は去ったが、今日早速電話があり午後に来てくれて、塑像全部と他にもあった不要物や物置のエアコン及び室外機も外して持っていってくれた。(エアコンは私の父の油絵保管のため設置してあった)
塑像は中が空洞のものはともあれ、金属の台座というか心棒というか(固有名詞は知らない。後で息子に訊く)、入っているものは、その金属だけでも1人で持てないほど重いのだ。

荷台の素晴らしい様子を写真に収めなかったことを後悔・・

物置は、ほぼ解体出来る状態になってきた。

これであとは家の中を片付け、10年居座っている不要物を捨てて、運び入れた物を出来るだけ2階の部屋に収める。期限は無いが、娘一家の家が建ったあかつきには多くの物がそちらに去るし、空いた部屋にも多くを見栄え良く移動出来る。
夏までには何とかなるか??
と同時に、半年かけて悪くし、もう諦めきって痛みも無視して作業に徹していた両手親指も、夏までには治せるか???
まだまだ演奏活動をしたかったのですよ〜!いや、過去形にしてはいけない。

取り敢えず送信。後で書き換えるかもしれませんが・・

私としてはお宝 - 2015.02.06 Fri

母が仕事をしていたので、特に通訳の仕事に出ていた頃は、私は(まだひとりっ子)父方祖母と過ごしていたように思う。
一番想い出すのが、分厚い何冊もある絵葉書集。
最後は海軍中将として亡くなった祖父が祖母に宛てて、海外の各地から投函したものばかりだった。
早くに未亡人となった祖母は、私にそのアルバムとも画集とも言える「絵葉書集」をよく見せてくれた。

それらをどこに入れたか、ずっと思い倦ねていたところ、義父母の物置の一番奥、しかも最下段より出てきた。

これは又見てみたい!!
一冊ずつ雑巾で拭いて、虫干しをした(物置そのものも何度かバルサンを焚いているが)。

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分厚い物は厚さ10センチもあったり、父がファイルに入れたらしき物には、祖父のパスポートやヨーロッパの地図なども入っている。

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まだ東西に分かれる前のベルリンの地図!
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Unter den Lindenの文字が!
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私は東西に分かれていた頃のベルリンしか知らない。演奏の仕事で何度も行っているが、ウィーンから東にアエロフロートで飛び、そこから西へバスで運ばれる。途中パスポートを持って行かれての検閲あり。今度ドイツに行く機会があったら、現在のベルリンに是非!と思っているのだが、もう行けないかもなぁ…


懐かしい、祖母が開いては見せてくれた数々・・・は、大量にてアップ出来ませんが、ひとつのページはこんなようであります。
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ウィーンの解説書
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まさにWien bleibt Wienであります。

少し落ち着いたら、葉書の裏面を読んでみようと思います。

取り敢えず送信。

・・・(追記あり) - 2015.02.02 Mon

夫と私、娘、孫の三世代でいつもの耳鼻咽喉科を受診してきました。
4人とも症状が違うので、感染する風邪ではなさそう…
娘は暮からずっと酷い咳をしていたので、早く○○クリニック(その耳鼻科)に行くことを勧めていたのですが、逆に何かをもらってチビちゃんに感染させてしまうことを怖れていた模様。
私の母が酷い喘息体質だったので、隔世遺伝が心配。

夫はいよいよ鼻のみならず喉が痛い、と。
孫はずっっっと鼻水ずるずる。父親から薬は処方されていても治らない。
私は先日より症状が増え…水・木の移動に備えて薬を頂いてきました。

こんなメンバーでの受診は初めてであります。

帰宅して、私はいつもの大学病院へ。
疲れてしまっていましたが、膠原病内科でのMRIの結果も気になるし・・整形外科からの湿布も必要に迫られており。
11月だったか、医療券の更新申請が遅れたのでまだ届かず、この日は3割負担。
薬はいつも自己負担額ゼロなのに、1万数千円取られて、改めて公費のありがたさを痛感したのでした。※

そんなこんな・・・疲れていても、最近は孫と「ワルツもどき」を(抱っこで)踊ることが常となり、私の携帯を見ると「あんあん」のみならず「あーあー、ぎゃーぎゃー、うぎゃ〜〜〜!!」となります。孫の泣き声に弱い婆は、ついついいつもの「加速度ワルツOp.234」から始めてしまうのであります。

私が大学病院に行っている間、夫はずっと物置の片付けをしていたようで、私が帰宅した頃には紙のゴミが沢山(それだけでも物置ひとつが満タンになりそうに)纏められていました。しかも翌朝、私がまだ寝ている間に全部集積所に出したそうで・・・腰痛が心配であります。


※2月3日追記
申請の催促が届いた。
杉並区難病患者福祉手当を引き続き受給するためには、今年1月1日からの受給者証、都の医療券、又は医師の診断書が必要、と。だからその1月からの医療券がまだ届いていない訳で・・・
仕方ないので、申請者用の書類預かりチェックや申請書のコピーを取って、同封することにした。
さっぱり分からない・・・

まだまだ頑張る - 2015.01.31 Sat

先週は夫も帰国して、今週は時間があると作業に加わったので、可成り片付いてきた。

月曜の可燃ゴミの日には、まだ暗いうちにざっと45リットルを12袋出した。
遠慮がちに、生ゴミのスペースをネットに残して、カラスや猫が突かないと思しき物はネットの外に。
最近、収集時間が遅いので、そうこうするうちに又ゴミ袋が増え、日常のゴミと共に更に5袋ださせて頂いた。
これでも「近所の皆さま、すみません」と小さくなりながら且つ堂々と・・・

火曜は不燃ゴミ(隔週)に古紙。
段ボールを「これでもか」というほど出した。
というのも、何十年も前からある箱には、小さくて目に見えない、或いは見落とした卵や繭やサナギが付着しているかもしれず、家に運んでからニョロニョロと孵化して出てきたり、羽化したり…それがとんでもない害虫だったら困ってしまう。シロアリに以前の家をやられた身としては…
だから、一箱ずつ開いては保管する物と捨てる物に分け、保管するものも出来るだけ雑巾で拭いて(物によってはアルコールティッシュで)、新しい段ボール箱に詰める。
という訳で、これ又「すみません」レベルの量を出した。

そして期限までを数える。
物置3軒を解体するまで、可燃ゴミ収集は3回しかない。古紙は2回あるが、不燃ゴミは1回しかない。

間に合うのだろうか!?

残りは殆ど、夫でないと要不要の判別がつかないものばかりとなった。義父母の品々の多くは火災で焼けたり、長野のアトリエに運んだりしても、70年近くを暮らしたこの土地。物置にはまだまだ遺品も多い。いや、私の実家からの何世代にもわたる遺品もまだまだある…

あぁ、結局去年の夏から、生徒のレッスン以外の時間はこんな作業か寝ているか孫の相手かのいずれか・・・
そろそろ本当に自分の練習がしたい。


ざっくざっくお宝(?) - 2015.01.24 Sat

託児施設に孫を預けた娘、運転は我が夫。
帰宅するや、2人とも物置の片付けを手伝ってくれた。
お蔭で捗った!!……いや、本来皆で行うべきものですな…

気になっていたが重くて持ち上げられなかった大きな箱。娘のものが入っていることだけは分かり、側面を底面にして物置入り口まで転がして運んでおいた。
早速それを地面に下ろして整理を始めた娘。「こんなところにあったのか!」の連発。
2004年暮れの住まい解体の折、おそらく最後の最後、分けることなくゴソッと大箱に入れたと思われる。
あれもあった、これもあった・・・良かった良かった。沢山貴重品や探していた物が出てきたらしい。

・・・

・・・

そして又、我が子達の幼少時、一緒に作ったあれこれも出てくる。
(余りに私の馬鹿を披露することになるので、一部に留めますが)

子供たちと3人で作った「双六」
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ぽちっとしても鮮明な解読は不能であろう、と・・・

決して教育ママではなく、自ら文字に大変興味があった2歳だったか3歳だったかの娘…
こんなものを私が描いて(&書いて)、当時住んでいた実家の壁だか扉だかに貼ってあった。
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送り仮名が違ったらすみません。時代が変わった、ということで。
紙は、不要となった包み紙やポスターを使うので…上の紙を裏返すと、いや、表はこれ。ポスター上半分です。
すみません。亡くなった方もおられるというのに。

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人生をもう一度復習しているような毎日であります


可燃ゴミも5−6袋できました。
早く終わらせてしまいたいものです!!

片付け日和 - 2015.01.23 Fri

ここ二日ほど霙混じりの雨も降るほど寒く、物置の片付けは放棄。
多分、痛めた両手をいたわりなさい、ということなのだろう、と都合良く考える。

今日は久々に青空。片付け日和!!と意気込んだが、外へ出てみれば風は冷たく強い。
意気込みとは裏腹に捗らなかった。ゴミ袋がほんの3つほど出来たが。

手が痛くて雑巾が絞れないのも捗らない原因のひとつ。
今までどこを探しても出て来なかった、母の子供時代から私の幼少期頃までのアルバムが5冊!
何のことはない、実家で使っていたカーテンの入った段ボール箱の下の方に入っていた。その箱はカーテンのみ収納されているのだろう、と確かめもせず今日に至った。
他、父方祖父母の額に入った写真はまだしも、丸められて広げようとするとちぎれてしまいそうな写真の数々。
それらは家に運んだ。

こんな記録ばかり。途中、メモ書きの別カテゴリはいずれ。

夫は全ての演奏会を終えて無事帰国。


第一弾クリア! - 2015.01.21 Wed

全てに於いて計算甘く、2日の日には「楽勝よ」と出掛ける約束をした16日の友人宅訪問、とても行けなくなった。
解体そのものには多分間に合うのだろうが、母の家具をリサイクルとして取りに来てもらうことになっている日程が間に合いそうにないのだ。昨年秋に逃してしまっているので、今度こそ!!
頑張りの甲斐あり、昨日朝9時半頃にトラック1台に強引に積んで引き取って頂けた。勿論「売れるもの」しか持って行ってはもらえず、まだまだ大きな洋箪笥その他はそのままですが、それでも「あぁ、すっきりした!!」
これで、別な(大きな箪笥もOKの)業者に連絡だ。

一番左の物置の中、私が分類出来るものは残すところ3−4箱。破棄すれば良いだけの数々も見えてきた。
息子夫婦の大学時代諸作品は、指令の通り潔く処分することに。

残る膨大な量は義父母や夫のものなので夫の帰国を待つしかない…
今も海外だが、国内旅行では途中途中、あたかも打ち合わせたように別なオーケストラが入ったり大学で教えたり、と信じられない行動。気が抜けて寝込まないことを願いつつ…

その後 - 2015.01.19 Mon

「その後」とタイトルを書き、一体いつの後だ??と自分でも不明。
先月は私のみならず、娘夫婦も孫も高熱を出したりお腹に来たり。クリスマス礼拝すら出席出来ず、唯一夫だけが元気。これは1月2日から月末まで続く演奏旅行が控えているので、気が張っていた所為と思われる。

酷い倦怠感の中で、やっと娘一家の建築に関する具体的な予定が決まった…のが12月下旬。
「這おうが歩こうが、もう動けません」の状態になっていたので、物置の解体が2月半ば開始となったので万々歳。少し休める・・・と随分休んだ気もするが、正月2日から物置3つを並行して(私1人)片付けを再開。
延期万々歳は甘く、大雑把に段ボールの数で計算すると・・・愕然とするような量・・それぞれの箱の中身を捨てる物と保管するものに分類、保管する物は新しい段ボールに詰め替える(ゴキブリその他、虫の類から逃れるために)。1日あたりのノルマを決めるしかない。

2日は、中学以来の友人宅で新年会。恒例となった、ご主人によるおせち料理に舌鼓を打ちながら他愛もない話に花が咲く会。さっさと出掛ければよいのに、一応ノルマだけこなして…薄暗くなる頃に到着。
その後も毎日ノルマだけこなす。1時間で終わる日もあるし、かかっても3時間以内に留めているのだが。
14日のサントリー(Strauss Festival Orchester Wien)の日も一仕事してから出掛けたので、ホールが甚だ遠く感じられた。演奏会そのものは毎度のことながらとても楽しめたが…

このホールの天井桟敷初体験写真
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13日は今年も私が孫を預かり、娘が武蔵野市民文化会館での演奏に出掛けた。公演スケジュールの中、最寄りなので。
留守の時間をどうやって過ごそう…
母親がウィーン音楽を楽しんでいる時間、孫にもウィンナワルツを聴かせよう、と1989年のCarlos Kleiber率いるウィーンフィルのニューイヤーコンサートを(iPhoneに入れてあるので、ステレオに繋ぎ)聴かせた。ノリノリで身体を動かす。
それならば・・・と抱っこして「ウィンナワルツもどき」を踊った。「クラプフェンの森」は、郭公を吹き。結局CD1枚分全部聴かせてしまったことになる。それも殆ど踊りつつ。

・・・

・・・

・・・

大喜びで過ごせたのは良かったが、以来、私のiPhoneを見ると指差し、あんあん、と抱っこで踊ることを催促するようになってしまった・・


今日は夫の楽器二挺先に戻ってきた(本人は韓国。現地の物を使うので)。
ハードケースから楽器を出し、定位置に立て掛け、ケースは夜中に若い者たちが(壊すことになっている)物置に取り敢えず運んでくれた。

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(ペットボトルは大きさ比較のために置いてあります

この2種類のケース、本当によく出来ていて、何しろ軽い!!
ファスナーをぐるりと一周開くと、直接楽器が出てくるのがやや心配ではありますが…


お宝のつづき - 2015.01.08 Thu

年末に息子一家が来た折、息子が梯子に登って物置の最上段にある箱を沢山下ろしてくれた。
お蔭で年末の可燃ゴミの日には、支障のないであろう範囲の量…とは言え、45リットルで8袋を出すことが出来た。
その折、やっっっっと出てきた息子のウィーンでの母子手帳!
30年ぶりの再会(最後に見たのは、小児科医に「持ってきて見せてくれ」と言われた幼稚園の頃)。
ウィーンの母子手帳

大きいのです。日本のそれの2倍サイズ、厚さは3倍くらいだろうか。

他にも色々出ましたが省略。


1月2日には娘婿にも高い位置のものを下ろしてもらった。
整理をし、年明け可燃ゴミ初日には又しても8袋を出すことが出来た。


あ、タイトルは「お宝」でした。

63歳で他界した私の父。子供が大好きで、本当はとても疲れていたと思うのに、子供達がアトリエにバタバタと入って行くと遊んでくれた。いや、逆だ。楽しく、それも真剣に遊んでくれることが分かっているから入って行く。
アップすべきではないかもしれないが、遺族だから構わなかろう…ということで。

息子が何かを描くと(まだ、グルグル殴り書きしか出来ない頃)、サラサラっと合作に仕上げてしまう父だった。
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(赤で描いた部分が息子)

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下の方の手をつないで歩いているのは、息子と妊婦だった私。
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下は、これも又サラサラっと写生してしまう父で…。
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時にはこんなものも…普通に見える顔
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それを目の位置の横線で開くと・・・(中はこうなっているんだよ、と幼児に)
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この辺りでやめておきます。段々バカな物も出てくるから。


出てくる出てくるお宝 - 2015.01.08 Thu

もう話題はこればかりで…
日記帳でも作って手書きをすればよいのだが、生憎両手共に痛めて不可能…しかも写真を貼り付けられるブログの便利さにも負けた。
年賀状の宛名は筆ペンとは言え、一応筆なのでさほど負荷はかからなかったが痛い日は痛い!
意地を張っていないで、そろそろパソコンに入力するか・・

タイトルはお宝でした。
手を痛めるほどの作業の甲斐あって、ザックザックと出てきます。

余り読みたくないものには目を通さず。それでも一応不要となるまで保管。

子供達の玩具の類や、小学校での絵画やテスト、中学受験のあれこれ、その辺りは私の意志で保管してありました。
その後の物は「片付けそびれた」ということで、それぞれの部屋に残っていたようです。
本人たちに任せました。
娘は今現在は同居なので、玄関まで運びさえすれば(というのは、満一歳の赤ん坊を連れての物置は危険の他何ものでもなく)自分で分別する。
関西の息子は、年末に来てくれて要不要の判断。基本、全部捨ててよいのだが、お母さんの子育てへの思い入れのある物は取っておいて構わない、と言い、粗大ゴミ代も置いていってくれた…
けれども、2人分結局保管する物がザックザック…

昨日は、息子の1−2歳の頃のミニカーが一箱出てきました。

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特にお気に入りだったいくつかだけでも送って、あとは私自身の思い出として新しい箱に入れ直して保管しておこうと思ってアルコール入りのティシューで拭いていたら、もうじき1歳1ヶ月になる孫娘が一生懸命に遊びだした。うーーーーん・・・

あっと言う間のような長かったような、という子育て期間。
そうそう、珍しい経験としては、息子のステージママまでも。「となりの芝生」や「細雪」の舞台の台本も出てきました。舞台写真の載った劇団の冊子も。
劇団をやめてからはNHK「ピアノでポップスを」の子供役としてレギュラー出演・・・
娘は、作曲家・湯山昭先生と連弾をしたり、合唱団で歌ったり。

中高生になり、お弁当作り以外は手をかける時間が無くても目はかけていたつもりです。そんなことを思い出させる数々も出てきまして・・

自分自身の為のピアノの練習から随分離れてしまった、と嘆いた時期もありますが、何よりの「お宝」と思える年月を、こうして片付けをすることで痛感しました。



その他、殆ど目を通していない宝の持ち腐れ「The Piano」とのタイトルのレッスンヴィデオも出てきました。
恩師・ライグラフ先生の2巻(モーツァルトのソナタ4曲の他、ロンドやファンタジーなど)を含め、全10巻(ライグラフ先生の他は、ルイサダ、ゴズベック、コンラート・ハンゼン、オッピッツ、デームス)!10巻ともまだ見てもいない!!
βです。世の中がVHSになり、今はDVDで画像も新しく再発刊されているようですが、我が家にはβの再生機は封を切っていないものが存在。繋ぐことが可能なら、これから見ることも出来る!!という訳で、10巻とも2階に持ってきた。うーーん・・見るだろうか・・当分「持ち腐れ」であってもお宝はお宝!!(何という弟子だ!

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(つづく)


孫、1歳を迎えた日 - 2014.12.11 Thu

孫が、いや、正しくは娘が利用している託児所。
昨日そこのクリスマス会があり、高齢者もどうぞ、とのこと。
何だかさっぱり分からずに出掛けたところ、「高齢者」とは地域のお年寄り。
託児所関係で親や保護者が付き添っている子も居たが、殆どが預けられた子供たちで、保育士さんたちが引率している集団だった??
高齢者は、それ用に設えられた席に座っていたけれど、私は孫の「おばあちゃん」として娘と孫と一緒に居た。

想像していた催しとは可成り違ったので面喰らったが、区の有難い行事。
おそらく仕事を定年退職した位と思しき方々が、つまり私と同い年くらいの方々が誘導などされていた。
違った意味で考えることの多い日となった。
それにしても広い寒い体育館で、薄いマットの上で過ごした時間は長く感じられた。


1歳の誕生日を迎えた孫。
父親は仕事の忘年会とやら。
我が夫も仕事。
結局女三代、そのクリスマス会参加中心の一日となった。

終えて外に出ると、孫が誕生した時刻だった。

その後は予定通り、近所の不二家へ。
お子様ランチ風のグラタンを平らげた1歳児。私のパフェも。
(平らげた皿)
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進捗状況-余談- - 2014.11.18 Tue

遡って11月13日
日々感じる、母子家庭のような娘と孫。

我が子育て時代は、我が子たちの様子を「今日はこうだったのよ」「今日はこんなことがあったのよ」と誰か必ず伝えられる人が傍に居た。在欧時であっても演奏旅行で留守ではない限り、夫の勤務時間はゆとりがあった。オケをいくつも掛け持ちしていたとは言っても。帰国後は義父母や父母が居たし、友人たちに電話も出来た。
健気な娘よ…と時々思ってしまう。同居の今は良いけれど…

午後、思い立って井の頭公園へ。

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(猿山の向こうの紅葉が美しい)
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(怖ろしい世の中なので孫の正面写真は避けるが……)
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孫の視線の先はこれ。
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こ、こうもり・・・れっきとした動物なんですね。
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昔ながらの乗り物も多くある。
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以下略ながら、久々に外の緑豊かな空気に触れることが出来た私。


遡って11月18日
物置の中の家具を、区の粗大ゴミの半額で引き取ってくれるというリサイクルひろば。
再度の見積もりに来てくれた。
というのも、以前見積もってもらった物を取りに来てもらうべく数日前に電話したところ、何と!電話したのは6月!?月日の経つ速さよ!!有効期限は2ヶ月で、再度下見した上で見積もります、という。
今回は前回よりも多く持って行ってくれそう…でも、減る分には構わないそうだ。目下本棚2つは迷い中。
衣類は月初めに殆ど片付いている。

こんなに物を処分して、やっと家が建ったとしても「殆ど母子家庭状態」??と婆は常に杞憂から解放されない。



その後の進捗状況 - 2014.11.16 Sun

結局半年が経っている訳です。捗らぬまま。
原因は、「物置を解体する」という選択肢が無いまま10年、いや、最低7年が過ぎたから。
首筋〜背中、両手親指を壊しては整骨院に通いながら、倦怠感とも闘いながら収納物の整理。
このままでは命を縮めるかも…という位身体も頭も酷使していた。
先日、点けっぱなしのテレビで「膠原病」を扱っていた。もうすっかり「異常なし」に慣れっこになってしまったが、改めて「関係あるのではないか?」と思った…15年前に「完治はありません」と言われていたのだから。筋肉痛も関節痛も段々全身に広がっている現在。試しにステロイドを勝手に増やして様子を見てみようか、と思ってしまう。(不思議とピアノは無関係。不自然な力をかけているであろう荷物の仕分けとは違い、ピアノ演奏は脱力に慣れているから。けれども自分自身の練習時間までは残らない理不尽さ!!)

そのようなところへ、何か事前の書類関係不備にて(余り把握していないので違ったかもしれないが)、着工は延期に!!
やれやれ、助かった…は私だけの一方的な安堵感かもしれないが…

それにしても、少しでも先に家の中の整理をしないと、収納場所もなく運び入れるだけで、一部屋は完全に物置と化し、どの部屋も廊下も停電でもしたなら怪我をしそうに物だらけ。

分別作業はしているし、随分「リサイクル」に運んだにも拘わらず、残しておきたいものは山ほどある。
母が私たちにも見て欲しくて残してあったであろうことは明らかな、整理された手紙(私が物心つく前のものや、昭和40年前後のものが多い)、アルバム以外の写真、諸々の(親族の歴史とも言える)記録、そして父の絵画たちは保管しておくべきだ。
丸ごとポイッと捨てられたなら、どんなに楽だろう、と思いつつ、残してくれてあったことに感謝しながら、7年ぶりに斜め読みしながら、再度分別。…これって分別しないで、そのまま残しておいて構わないのでは?とも思う。
既に、母しか着られない衣類、その他古くなったバッグや靴は潔く処分したのだから。
本ももう少し残しておいてもよかったかもしれない…と思ってしまうのは、時間と気持ちにゆとりが出来たから。
けれども、まだまだこの分別作業は続く……未使用の食器もさることながら、懐かしい使い慣れた食器も。分厚いアルバムは写真のみならず、マメだった母は海外の絵葉書など全部国別に仕分けをし、約10冊!!

今度は網戸が… - 2014.10.28 Tue

夫の敷き布団とマットレスを2階のベランダに干したままレッスンをし、すっかり忘れて真っ暗になった。
慌てて取り入れ、網戸を閉めたら、いや、閉めようとしたら閉まらない。外れてしまった!!
何とか嵌めて閉まることを確認し、さぁ入ろう、と開けようとしたら途中で引っ掛かってしまった。
ウンともスンとも・・・頭の中で「私は今晩ベランダで野宿??」
根性で自分の入れる幅だけ開けた。
ベランダ続きの隣室の窓を開け、万が一に備えてから再度挑戦。
同じしくみの網戸、ついでに嵌め方が正しかったことも確認。
そして又嵌めたのに外れ、再挑戦したら半分引っ掛かったまま。
静かな住宅地の夜、思いっ切り騒音を立てて外しなおした。
今度は慎重に、水平に、水平に、ゆっくりと、ゆっくりと。。。

成功!!!(取り敢えずは)

明日、ちゃんと開くだろうか?

やはり、この部屋は再度要点検!!

話は飛び - 2014.10.27 Mon

今日は、家そのもの。

先日、夫の部屋を掃除し、今まで開けたこともない窓を空気の入れ換えのために開けた。上まで。
縦にスライドする窓です。
開けておいた筈のその窓、他の作業をしてから見たら、閉まっている!
いよいよ惚けたか!?!?と青ざめた。

首を傾げながら再び開けた。しっかり上まで。
数秒したら、半分位閉じている!

再び開けた。上まで確認しながら。
その後、今度はじっと窓を見ていた。

まるで観覧車が(いや、他に何か例があったような…)ゆっくり下りてくるように、内側の窓枠が徐々に徐々に下がり、数秒後には着地。自動窓!??


え〜〜〜〜〜〜〜っ!?!?


同じタイプの窓を調べた。
娘が学生時代にいた部屋はOK。

玄関脇が・・

フンッ!!と力を入れても開かない!身体を低くして窓を持ち上げるように試しても開かない!

あと2箇所あるが、前に物があって試せなかった。

原因は・・・(何年も開けたことのない窓だが)
まずは3.11だ!!それに続き、小学校の解体と建築での毎日の(震度2−3の)揺れ、周囲の家々の解体での揺れ(3軒を解体して9軒が建った)、何より我が家が面した道路は、この数年の間にガス管交換の工事、上下水道管交換の工事、今年は道路そのものの舗装工事とやらで、地震の如き揺れさながらの日々だった。
全て、震災時に備えての工事だったのだろうが、そのため我が家にすっかりガタが来た!?本末転倒としか言いようがない。土台が歪(いびつ)になり、家が傾いだ(かしいだ)??それともツーバイフォーの落とし穴??(柱が無い)


と、何でも記録しておく。

これで、我が家の奥に家を建てるためのコンクリートの撤去作業が始まったなら、如何ばかり。


母の蔵書、万歳! - 2014.10.24 Fri

私がお世話になっている大学病院に新しく出来た(と言っても1−2年経つか?)広い大きな患者用図書室、本の寄贈可能を確かめた。「頂けるのでしたら、いくらでも頂きます」との有難いお言葉。
私が入院していた1999年は、ほんの6畳あるかないかの小部屋で、しかも木曜のみオープン。最大限利用させて頂いたものだった。入院患者にとって本が自由にいつでも借りられたら…と思ったものだった。

内容を考えながら選び、片っ端から一応アルコールティッシューや雑巾を使って拭いた。
昨日木曜、段ボール2箱をその図書室に運んだ。
新品ではないので汚れもあるかと思いますが、と念を押したところ、後で一冊ずつ点検しますから大丈夫です、との又しても有難いお言葉。
家にはまだまだ沢山あり、内容が宗教に偏った小説も多くあるのですが…と又しても念押しつつ尋ねたところ、調べながら分別しますので、いくらでも歓迎します、と言って頂けた。

それなら・・・順番として本棚を空にしたい。
雑巾とアルコールティッシュー片手に物置へ。

4箱作ったところで身体と頭が拒否してきた。でも今週中にこなしてしまいたい。最後の横一段+αは娘にも手伝ってもらい、段ボール6箱を車に積んだ。
行き先は又しても図書室。6箱とも引き取って頂けた。合計8箱!?
どうかお役に立ちますように。

ほっと一安心し、そのまま娘を用事のある川崎市まで送り、その後私は電車で先に帰宅。

その他はまた後日。

色々見つかる… - 2014.10.14 Tue

物置の片付け。

今日は母の遺品から、まだまだ使えるハンドバッグをごっそり、その他冬服盛り沢山に、いつものリサイクルセンターに持って行った。大きな紙袋で4つ。殆ど引き取ってもらえた。

前の人が受付を使っていて、「お待ちの間、店内をどうぞご覧になっていてください」と言われ、二周した。
夏から一体どれだけの物を運んだろう。
夫が持って行ってくれた時は、「本当にこれらを出してしまって良いんですか?」と言われたとか。
なるほど・・・我が家が出した物は可成り良い品だったのだろう、全部売れたのか、店内には無い。
しかも、こんな物でも売れるのか??というような物まで並んでいる。
そうか、何でも持って来てよいのだ!と学んだ。

今日持参のハンドバッグの1つに、「こんな物が入っていました」と係が見せてくれた。
何と!私が大学時代にフェルトに刺繍してファスナーを付けて仕上げ、母にプレゼントした小銭入れ!!
(母は別な用途にしていたようだが)
貴重品かも…と持ち帰ってきた。

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色違いで自分用にも作った筈。並べて撮ろうとしたが見つからない。いずれ又。
どうやら大学時代はこんなことばかりしていたらしい。


先日は娘が、「こんな物が出てきた」と何やら小さな箱を持って来た。
開けると……粘土細工??

いやいや、確か娘が小五の時に私が作った「立方体の断面図」。
段々記憶が繋がってきた。教科書では、立方体それぞれの「頂点」や「辺の真ん中」を繋ぐと「どんな形の面が出来るでしょう?」といった課題だったと思う。それらに描かれた(ヒントと思しき)点線のナンセンスさ!頭で先ずは考え、その後実際に立方体を作り、更に切ってみたらよいではないか!!との私の馬鹿さ加減が蘇った。

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(半ば固まってから切った記憶が……)
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(上の立方体の左上2つが菱形、その右が正三角形、右上は台形、左下は線対称の五角形、右下は正六角形)


結局、こんな事ばかりやって人生を過ごしてきたのかもしれない。
仲間たちがピアノの練習に熱中している時に。


台風のお蔭で - 2014.10.14 Tue

運搬業は休息を挟むことが出来ました。
まだ首筋〜肩は痛むが…

2007年、丁寧・丹念に建てて頂いた物置、カーペットまで敷いて荷物を「部屋もどき」に収納。いずれ壊すとしても、たったの7年という短命な物置になるとは露ほども思わず・・・思い切りの悪いわたくし。
当時の記録はこちらへ
その時も日数との闘い。そして可成り体調を崩した作業で……頂いていた素晴らしい演奏依頼、お断りした数や幾つに??一旦お断りしたら二度と話は頂けない、消滅だ、と知りつつも、当時の体調の悪さと作業の多さに勝てなかった。

見通し - 2014.10.06 Mon

土曜の午後、実家に居た頃から馴染みの古書店、店主が来て下さり、母の遺品用物置の中、2時間位かけて前述の本を丁寧に調べてくださった。
結果、吉川英治全集は引き取れるが、世界文学全集は予測した通り、あの文字の小ささで不可能、他短歌関係を中心とする(私は1ページだに開いたこともない)数々の分厚い書籍は可能。
単行本もモノのよっては可能(殆どが不可能)。
結果本棚の3分の2がきれいに空いた。
本棚が空になれば、区のリサイクルが見積もりに来て決めた通り、本棚全てと少々の小さな家具類を持って行ってもらえる。支払額は粗大ゴミの半額程度。
その後は、2−3日の作業で物置全体を空に出来るから、トラックに積める限り積んで3万円を支払う、という別な業者に連絡も取れる。

古書店主が作業をしている間、久々に家にいる夫と真ん中の物置の点検。
先日スーツケース4つは家に運んだ。まだいくつもあるスーツケースを出してみたところ…びっくりするほどの劣化。取っ手が壊れたり、使いものにならないからこれらは捨てる。
コンバスのハードケースの他は大したものはない、と信じていたのが、何と、子供達の小学生の頃の諸々からワンサ!果ては息子夫婦の大学時代の作業具もワンサ!!まさか真ん中の物置にまで入っているとは・・・
義父の諸々もまだ入っていた。
残るは一番大変な左の物置だ、と思っていた甘さ!!!言葉も出ず、絵文字に頼る…

暗くなってきたので(見通しも)、今日はおしまい…とした。
あぁ…出るはため息無限大 … ∞ ∞ ∞ …

昨日は雨、今日は台風…生徒のレッスン以外、何もしないぞ!と、ちょっと一段落したとたんに全身の痛みに襲われている。いつも一段落が敵!
何もしないと、母の膨大な短歌に関する書籍、せめてハードケースから出して、パラパラ捲るくらいはすべきだったろうか…と悔いる。(母は短歌を、窪田空穂氏の息子さんである窪田章一郎氏の元で学んだ)
又しても「忙しい、の文字は、心を亡くす」を痛感・・・尤も「猫に小判」「豚に真珠」「馬の耳に念仏」だろうが・・

運んでは収納に困り - 2014.10.02 Thu

父が大切にしていたものを、どうやら私が7年前に纏めたと思しき段ボール箱が出てきた。
箱の外に、私の筆跡で「奥龍之介が保管していたもの」とあり、その下に少し小さな文字で「奥信一のスクラップ」「戦前戦後の書簡類」「展覧会の芳名録」他とある。だから私が整理したらしいのだが、全く記憶にない。
分類しただけでおそらく中は見ていなかったのだろう。母の筆跡で「龍之介が大切にしていた記録書簡」と書かれた分厚いA4封筒2つ、「奥司令官」(祖父は海軍中将だった)と表紙に書かれたハードカバーの海外製の分厚いノートが5冊。そのうちの2冊はアルバムとして使っていたようで、昭南(シンガポール)の戦争の様子に始まり、軍隊の面々。かと思えば伊原宇三郎画伯の写真や戦争の絵画(夫の父も私の父も青年時代に油絵を伊原宇三郎画伯に師事したのは偶然)、日本から届いたと思しき祖母(つまり妻)や子供、親類たちの写真も入っている。
仕事の記録の中には、届いた手紙の差出人や、来訪者の名前なども書かれている。
最後の方は、胃を患い(本人に病名は知らされてはいなかったようだが)、その為の検査や飲んだ薬、病状などまで書かれてある。
逝去後八時間に描いたという父の絵が挟まっていた。
これは又後日。
そう言えば、義母が亡くなった時、義父、息子、私、皆で義母をスケッチしたっけ…

ともあれ、そのような箱は開いてみないと…そのまま捨てる訳にも行かないことを痛感…
今日は夕方になって、母のアルバム数十冊、あとは軽いスーツケース4つ、など、こちらに運んだ。
でも収納場は決まっていない。
どの部屋もどんどん「倉庫」と化していく。
屋根裏も片付けつつあり、少しずつ運び入れてはいるが。

と、こんな日記は自分のための記録。
あれはどうしたのだっけ、あれは何だったっけ…の昨今が故。



大量の本 - 2014.10.01 Wed

文学少女だった母は、晩年まで寸暇を惜しんで読書をしていた。
だから、(これでも母が随分不要の物を捨てたらしいが)父母の遺品を保管するために建てた物置は、いくつもある本棚が満タン。
母の楽譜は数年前に我が家に移動し、新しい原典版(おかしな表現だが、原典版も研究され続けているらしい)は使っている。要らないのに子供用の曲集やら使うこともなかろう楽譜まで、積んだなら2メートルにもなりそうな量を持ってきてしまった!
短歌を懸命に詠んでいた頃の雑誌も、母は既に居ないのだから…とは言え、私が生きている間は保管しておきたい。
父の絵が載っている雑誌も、捨てるには忍びない。
だから困ってしまう。
予定の隙間をぬって、2007年以来そのままになっている物の整理をする。
益々困ってしまう。
結局父母に関連するものを入れる為に、我が家にスペースを作っている。元々入っていた物はどんどん出して。
だから、どの部屋も倉庫の如し。
やはり物置は必要だよーーー!!と叫ぶ。父の絵画や最期の頃のデッサンもある。
何とか期限までに、と思えど・・・一日に動ける時間には肉体的に限りもあり。
仕事は省けないので、自分の練習時間が皆無となった。

そんなこんな、裏庭の雑草は見ないことにして、ひとり物置と家とを足繁く往復する秋。虫除けスプレーを一日に何回噴射しているだろう…

単行本は最終的に捨てるにせよ、それも本に申し訳ない気がするし、愛読していた母にも申し訳ない気がする。
さりとて誰が読む??
今や文庫本で読める・・・かと思いきや、電車に乗ればiPadを広げている人の何と多いこと!

図書館なら引き取ってくれるかもしれない、と寄贈希望の電話をしても、「今は文庫本やネットで読める時代、段ボール箱でボン!と持ってくるのは受け付けません。女性の両手で持って来られる程度の量なら拝見します」と言われてしまった。日を追って少しずつ分けて、でも構わない、という。
最終的にはそれも良かろう。ところが、そんな量ではないし急ぐのだ。
さりとて売って稼ぐつもりはない。
当初は一覧をExcelで打って、友人知人・生徒達に「欲しい方に差し上げます」とのメール添付で送ることも考えたが、とてもとてもそんな量ではない・・・(希望されたら送付しなくてはならない)


古書店が見に来てくれる、というので、せめて全集の類だけでも順番に並べ、ついでにアルコールティッシューで拭いておくことにした。………と始めたのが一昨日。
河出書房の世界文学全集約40冊!それと吉川英治全集48冊。それもハードカバー(正しくは更なるビニールのカバー)にハードケースだ。

世界文学全集
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保管しておいて読もうかとも思った・・・が!!

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どうしてこんなに文字が小さいのだろう!?不可なり。母は晩年まで読んでいたようだが…時々ベッドサイドに置いてあったから…(分厚いルーペと共に)
(真ん中にあるのは、サイズ比較のため、古いiPhone)


吉川英治全集全48巻…途中迄。
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頑張っても先は長いぜ・・・
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この類の本をこんなに沢山拭いていると、又、母指CM関節症になりそう・・・
今日は最初から「かぐや姫」をはめて作業。


ところで!
こんな物が出てきた。
軍歌らしい・・・父だな・・
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まだまだ珍しい掘り出し物が眠っているかもしれない。
うーーーん、父の愛した「のらくろ」の類やSPレコードは、父が63歳で逝去した後直ぐに母は処分したようだ。
父の愉しみを、本人亡くなるや即刻!?
私もそういう性格を、少しでも引き継ぎたかったものだ・・・



道の曲がり角 - Die Biegung in der Straße - 2014.09.28 Sun

滅多に見ない朝ドラだが、「あまちゃん」は毎日見た。
今回の「花子とアン」も毎日見た。
少女時代に読んだ「赤毛のアン」の翻訳者の物語だもの!
それと、以前最後の方しか見なかった「カーネーション」がBSプレミアムで再放送されていたので、私の春からの朝の日課は、起き次第「クラシック倶楽部」を見ながら食事をし、その後総合テレビのニュースの類を見て、又チャンネルを戻して「カーネーション」と「花子とアン」を見る・・
贅沢な朝のひとときを過ごした半年!

我が家もあれこれ道の曲がり角。一体何回曲がったか分からないほど…そりゃぁそうだ、年齢が年齢!

それでもアンの、「(あたしがクイーンを出てくるときには、)自分の未来はまっすぐにのびた道のように思えたのよ。いつもさきまで、ずっと見とおせる気がしたの。ところがいま曲がり角にきたのよ。曲がり角をまがったさきになにがあるかは、わからないの。でも、きっといちばんよいものにちがいないと思うの。」
この台詞を聞く度に、この年齢になってもそうなのだろう、とつくづく思わせてくれる機会になった。

原書は見つからないが、ドイツ語訳の"Anne auf Green Gables"の同じ箇所;
「Als ich das Queen's College verließ, schien meine Zukunft vor mir zu liegen wie eine lange gerade Straße. Jetzt macht sie plötzlich eine Biegung. Ich weiß noch nicht, was hinter dieser Biegung auf mich wartet, aber ich glaube, es wird etwas Gutes sein.」

原書もやさしい言葉で書かれているのだろう。子供や少女向けに・・
探さねば。

昨晩から酷い咳。今朝は教会で受付当番だったのに出向けず、唯一携帯メールアドレスを存じ上げている教会員の方にどなたかと交代して頂きたい由連絡。
風邪かと思って咳止めを飲んでみたが、どうも日々吸っている埃の所為のよう。


次なる課題へ - 2014.09.13 Sat

日本列島も徐々に熱帯化するのだろうか。

蚊の繁殖は他人事ではなく、雑草畑と化した我が庭を行き来することがこれから始まる我が家。
デング熱騒ぎで、すっかり店から姿を消した「虫除けスプレー」、ネットでも「売切れ」商品の多さ!
仕方がないので、使ったこともない諸々を試しにネットで注文してみた。

夏の一大イベント的だった仕事が午前中にいよいよ終了。これに関連することは又後日。
熱を入れて携わった仕事が一段落すると、翌日から寝込むか、徐々にじわじわと疲れが出てくるか、今回は後者だと感じ、即刻虫除けの諸々、それも使ったことのない物ばかりを先ずは注文した次第。そのまま家の中の整理を開始した。要不要の判断不能物は写メールを息子に送って尋ねる。出来る日、出来る時間に進めなければならない。その類に関しては、そう何時間も続けて出来る体力気力、寧ろパズル的頭脳は持ち合わせていないので。

予定は未定、されど - 2014.09.11 Thu

断捨離計画頓挫。
寧ろ、本当に神さまのご計画では?という位我が家にとっては万事が「結果オーライ」で進みつつある。

猛暑の前に出来なかった物置の片付けは、物置のエアコンが稼働しなくなったために延期。
40℃を超える中での作業は不可能にて、堂々と仕事を優先させることが出来た。

まだ体調も整わず仕事も一段落せず、そんな中に今度は「怖い蚊の被害」のニュース。
新宿界隈で済む問題ではなかろう…との素人考えはその通りで全国規模に広がりつつあり、我が家の広い雑草畑(?)とて、蚊は多分ぞろぞろ住んでいることには疑いの余地無し。

でも、物置の解体は11月、と引導を渡されてしまっている。
片付けは2ヶ月もあれば…と思っていたが、デング熱の危険!?
ニュースでは11月にもなれは蚊は居なくなる、と言っている。
はてさて・・・・間に合うのだろうか。
まずは物置の物を運び入れる我が家のスペースを少しずつ作っていこうと思う。

何でもかんでも捨てて気持ち良く住もう、という考えも否定はしないしゴミはさっさと捨てるべきだが、「自分」という長い宇宙の歴史の中に灯ったほんの1点(と実父の言葉を借りる)、縁あってこの世界に舞い降りた。そのルーツ…宗教に関係なく「ご先祖様を大切にする」というか、4人の両親達あっての年月(「歴史」と義父はよく言ったものだ)、今になるとよく分かる。
又、子育てを通じての品々。子供たちは不要かもしれないが、親の目線では全てがかけがえのない尊い時間だった。又、私ら親が知らない世界もあるだろう。
やはり1つずつ「捨てる物」「保存する物」と分けつつ、一部屋ずつ整理したい。


異常気象(追記あり) - 2014.07.25 Fri

つい先日も怖ろしい音量の雷雨だったが、昨日も又。
雷というものは、以前は入道雲がもくもくと空高く立ち上り、それから雷鳴がしたものだったが…
そういう前ぶれが無いのは、地球温暖化により地上の気温が異常に高くなっているからでは?

昨日の雷雨も又。
各地で停電が起きたが、我が家はその逆。
近所でバリバリドッシャーーン、と爆弾のような音がしたと思ったら、我が家の至る所に置いてある電気スタンドが皆点灯してしまった。火花を放ちつつ。パソコンのみならず、電化製品は電源を抜いておかねば怖いものがある。

昨日も孫は地域の託児施設へ。
娘が風邪で世話出来ずに。
行きは私が車で送って行った。
(又始まるばばばか…)

着いて車の後部座席に回るや、怪訝な顔つきの孫。「どうしてばぁばしか出て来ないの?」と思ったに違いない。

大好きな鏡を見ても笑顔ひとつ見せず。
いよいよ預ける段になって、益々雲行き怪しく。
そういう時はドイツ語!
(朝ドラの「ぐっどもーにんぐ」みたいだ)
Bis dann!!と私が手を振るや、ニコニコ笑顔に変わり、保育士さんに抱かれて中に入っていった。

迎えは、夕飯の買い物もあったので、既に帰宅していた夫と共に出向いた。
家を出る頃から空が暗くなり…
建物に入る時はまだ降っていなかった。
孫を受け取り(あれ?単語が違うような…)、1日の様子を伺い、支払いをして外に出たところ・・・
来ました!ザーーーーっと・・・・

夫が孫の頭を庇うように抱き抱え、長い長い外階段を一目散に駆け下り、全く濡れることなく車まで連れていきました。

孫よ、じぃじに感謝だよ。こういう時は頼ってね。ばぁばが抱いて階段を降りていたなら、多分びしょ濡れ・・・

それにしても、地球温暖化、地震、不安は尽きない。人間の愚かな知恵が故?

____________
昨日、電気スタンドが一斉に点灯した原因が分かりました、多分、ですが・・・
インターフォンに落雷したようです。

今朝から玄関ドアのノック、不在伝票・・・
インターフォン反応せず。


婆馬鹿 - 2014.07.20 Sun

夕方、たまには外食でもしようか、と話していたが、身体は動かず。(「たまには」というのは、孫が生まれてからというもの、婿殿が家に居る時以外は娘と孫を家に置いて食事に出ることがなくなったため)
午後ずっと朦朧と寝ていたから、ちょっと外に出たい気もしたが。
6時を過ぎるや突然の豪雨、稲妻、雷鳴。屋根がビシビシ音を立てるほど。外食どころではなくなった。

孫は泣いておらぬか?と覗きに行ったら、泣くどころかニコニコしている。
「おへそを取られないようにね」と言って2階に戻った。

その後も、凄まじい雷鳴の中、気持ち良く風呂に入っていた様子。
うん・・・大物になるかも・・・と又しても婆馬鹿。単に「怖さ」を知らないだけです。

ばばばかついでに、つい先日(熱を出す前日)の孫。
これなら顔も見えないし…

ピアノ椅子にも1人で座れるようになり、ばばも負けそうな全腕を使ったタッチ!!

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(いつもこんなネタしかなくてすみません・・・ ま、花も今のうちさ・・

亀の歩み - 2014.07.20 Sun

先日、「下記の電化製品に限り、いくつ引き取っても3000円」というチラシが郵便受けに入っていた。
いつもは捨ててしまうチラシなのに、現在ばかりは有難く、電話をした。物置に山のようにある品名と数を告げ、他にもいくつか引き取って欲しいものなども値段を訊いた。
3000円の他は、息子が置いていった冷蔵庫が5000円(!)、あとは亡き父のカラオケが1000円。

これで物置で作業するスペースが出来た。

区が持って行ってくれない家具なども、そのチラシの業者のトラック、積める限り積んで、まとめて3万円で持って行ってくれると言う。雨ざらしのコントラバスのハードケースなども。
家具の中身を処分したら頼もう。…という訳で、家具の更に上に積んである引き出しを、久々に家に居る婿をこき使い、下ろしておいてもらった。直ぐに作業は出来ないにせよ、これで空いた時間に少しずつであってもいつでも出来る。
一歩前進。二歩前進?

(寧ろ、どなたかご入り用の方がいらっしゃいましたら差し上げますので、運んでお持ち去りください・・・)


婆馬鹿の鍵盤キーボード - 2014.07.05 Sat

私の作業部屋には、楽譜をパソコンで書く小さな5オクターヴほどの電子キーボードがある。
Finaleを使い、その「リアルタイム入力」(弾いた音や旋律をパソコンが書き取ってくれる機能)のためのもの。最近すっかりこれを使っての仕事から遠のき、ひたすら孫の玩具と化しているのだが、生後6ヶ月ですらどうも物足りない様子。
音楽室の、鍵盤をわざわざ重くしているBösendorferが目下一番音が気に入っているようで、さりとてまだ1人でピアノ椅子には座れない。私が片方の膝に乗せ、片方の足でペダルを踏んでやる。
つい数ヶ月前までは鍵盤が重くて音が鳴らなかったが、最近は全腕を使って目一杯色々な音を出す(内心「これぞ【I】のタッチ!!と又しても婆馬鹿)。それを私がペダルを踏んで孫の鳴らした数々の音を残しておき、空いている鍵盤を使ってモチーフを真似する、発展させる・・というのが毎日の遊びの日課となってしまった。

昨日、偶々生徒の一人(ピアノ教師)の生徒さんが電子キーボードしか持っておらずに、ペダルが無いので可哀想、という話になった。
そもそもピアノを習うからにはせめてアップライトのピアノで練習して欲しい、と思うのだが、ピアノを習う目的にもよるだろうし、ご家庭の事情もあろう。
外付けのサスティンペダルだったら数千円で買える筈、と見ず知らずのお子さんのために提案した。

提案して何時間も経ち、「そうだ!私のキーボードにもサスティンペダルを付けたら、玩具としても充分ではないか!?」・・・
この婆馬鹿は早速Amazonで注文。CASIOの簡単なものには対応していない物もあるので、と注意書きがあった。
私のはまさにそのCASIO。対応しているものを選び、早速今日届き、付けてみた。

私らの赤ちゃん時代(寧ろ私らの子ども達の赤ちゃん時代)には考えられない素晴らしい玩具と化した。

・・・

・・・

でも、やはり一番のお気に入りはBösendorferのフルコンのようだ

中断している断捨離 - 2014.07.04 Fri

ゆっくり考えながら行動しているのだが、何の拍子にか節々が痛む。
先日右首筋から背中を痛めたことは書いたが、今度は左首筋から背中だ!
本業も同時進行すべきなので、体調最優先にしているのだが…。
右が完治しないうちに次の行動に出たり、屋根裏で不自然な姿勢を取る、また普通の荷物も右を庇って左手でずっと持ってしまう、他にも明らかな原因は色々。
でも、こうして中断を重ねるうちに(そしてよく眠るので朝はパソコンの如く頭も自然に再起動される)何となく物の行き先と順番が頭の中で整理されてくる。実際随分スペースも出来、痛みが取れたら即刻行動に移せるものもあるが・・・

考える人。家を建てるための土地作りに3つの物置を壊す訳だが、家を建てればそちらに移住する3名。
それ故、空いた部屋に持ってくることも出来る本棚(天井で突っ張るしくみのものや、安定性の良いもの)、本やアルバムの類。当座、どこかの部屋、もしくは3台のピアノの下すら片付ければ、スペースは広いぞ!!

という訳で、又しても作業は止まった。

断捨離開始? - 2014.05.25 Sun

(これも同様にして、6月13日に記載)

又同じことばかり・・
庭の物置を3つ解体しなければならない。
それには「要る物」「要らない物」「どこかで処分してもらえるもの」など、分類は無限。

自宅で保管するには、虫の類を何とかしてから、屋根裏に運ぶ。
ところが満タンの屋根裏。ここからまずは手を着けねば。
最近流行の「断捨離」。

という訳で、25日の午後より開始しました。
あぁ、気が重い。
親子3世代以上の不要物。まるごとポイッと捨てられたなら、こんな楽なことはない・・・

孫の幼児祝福式 - 2014.05.25 Sun

(単語によるメモは当日→記載は6月13日)

孫(同居する娘夫婦の長女)の幼児祝福式も無事に終わった。
我が所属する、とはとても言えない存在のぐうたら人だが、梅ヶ丘教会にて。
両親の健康が守られて、本人も至って普通で構わないから健康第一、神様が導いてくださいますように、と祈る気持ちで日々過ごし、臨んだ。
普通の礼拝から娘夫婦、孫、私の夫と5人で出席。
こんな嬉しいことはない。娘夫婦と孫は「親子室」で出席。
孫は既に何度も娘と共に礼拝に出席しており、CSのお兄ちゃんお姉ちゃんにも可愛がって頂き、オルガンが鳴り始まればワクワク・・・讃美歌も大好き。一切泣いたこともない。

祝福を逃して関西に引っ越してしまった息子一家が残念でたまらない。
今度こそ、と思うと、誰かが体調を崩す。息子の胆管に石が詰まったこともあった。


私も幼児祝福は受けたそうで、全く記憶にないのだが、当時母が所属していた阿佐ヶ谷東教会で故・高崎毅牧師が式を行ってくださったことを、亡き母から何度も聞かされた。不信仰者に育った私だが、地元の中央幼稚園の日曜学校(教会学校=CSを当時はそう呼んだ)に通い(これに関しては後日追記。いや、既に書いたか?)、小学生になってからは、父方祖母の所属する近所の大宮前教会の日曜学校、中学に上がってからは、母の属する阿佐ヶ谷東教会の日曜学校だった。永井進先生のピアノのレッスンが午後あり、今思うと、他のお弟子さんたちは午前中血相を変えて練習していたであろうに、長閑な生活だった。とは言え、熱心に出席していた訳でもなく、「通うのが当たり前」なだけで、分級では脚を投げ出して座る、受け答えもトンチンカン、誠に先生泣かせの子供、いや、中学生だった。当時の先生方はどこかの地で牧師をなさっているはずだ。

そんな調子なので聖書に関する知識は幼児並(中高で「聖書」の授業もあったのに…)。それでも何とか守られてこの年齢まで育った(?)。

且つ、そんな私でも、家族で可能な限り礼拝出席出来ることを、今は夢ながら考える。

たかが築10年、されど築10年 - 2014.05.24 Sat

毎度似たようなタイトルですみません。

今回はハードの話ではなくソフト。
色々故障続きです。

まず…
インターフォン。
二世帯用に2つ付いている片方が壊れた。
(後になって故障と分かった)画面に人が映らない「ピンポーン」は「いたずら」かと思った。
鳴るや、液晶を見ても誰も居ない。念のため家の周囲をぐるり。
道路は結構人通りがあるし、すぐ向こうで家を何軒も建てているので、「いたずら」だとしたら誰かこちらを見るだろう。

そうこうするうちに全く鳴らないことが多くなった。
特に大雨の後。2月の大雪もだった。更に、急に気温が下がった日にも。
ところが、いつの間にか直る。
修復不能、と言われたが、「鳴らなくなる」→「自然に鳴るようになる」を繰り返して様子を見ていた。

けれども、この1ヶ月ほど、時間を問わずに「鳴る」!!誰も押していないのに。
どうも、その押しても鳴らなかった接触の悪さが、何かの拍子に接触したのではないか?と、又してもどうしろうとの推測。押した回数だけ時刻を問わず鳴るのだろう・・・昼夜を問わず・・・

これを読んで、「よし、いたずらしてやろう」と思ったあなた!駄目ですよ!我が家にはこっそり防犯、いや犯人探知機が付いておりますから

もう片方が鳴るうちはこのままにします。


さて、次の故障。
これはちょっと違うか・・
2004年、折しも壊れかけていたテレビ。
新築と同時に買いました。
地デジ化の話も既に知らされていたので。
当時としては最新の大きなもの。ヴィデオもHDDでもDVD−Rでも録画可能の物と一緒に購入。

ところが!
今年になってからヴィデオを見ていると「2015年をもって機能は終了」みたいな画面が出る。
しかもこの数ヶ月前からは、まだ満タンになっていないHDDも使えず、DVDも見られないではないか!
HDDの中身をDVD-Rにダビングしよう、とマニュアル通りの操作しても出来ない。

あーーーーーーーー・・・

亡き母がよくこぼしていた「10年経つと、次々壊れて、予定外の出費が嵩むのよ」はこれだったか・・
我が家はよく持った方だ。最近の電化製品は「売れないと困る」ので、一定の時期が来ると壊れるように作られている、という話を新聞で読んだことがある。
ヴィデオは、どうせ録画してあっても「録画した」という安心から、結局見ないものが殆どなので放置。寧ろ昔のVHSやβを復活させたい!
また、テレビは如何せん(今になると)小さい。ほんの3−4メートル離れると小さな文字は判読不能。



ところで。
NHKの朝ドラ、前回のは殆ど見なかった。(料理関係だったか…?)

今回は、オープニングの風景につられて見入っている。
というのも、10年前のこの家の設計時、屋根をどうしましょう?窓は?の時点で思い付いたのが、「Anne of Green Gables」!!
10代の頃に憧れた、プリンスエドワード島にあるという屋根裏部屋付きの緑色の切妻屋根!是非そのイメージで!と業者さんに無理なお願いし、私もネット検索するなどして希望を添付した。

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結局その全く同じ緑色は無く、玄関の形も余りに道路に面してしまったので不可能。(最初に考えなかった依頼主が悪いんで…)
広い土地の一軒家でもないので(のに?)、妥協の線で精一杯業者さんが考えてくださったのが、既に築10年となったこの我が家。

「花子とアン」のオープニングの、玄関が開いてアンが飛び出してくるあたり、既に覚えてしまったのに毎日家と周囲の風景に見入り、麦藁帽子を目で追ってしまう。

では、ごきげんよう、さようなら。

築0年の前に - 2014.05.24 Sat

大変気の重い物置の整理。
毎日「今日も出来なかった」(寧ろ「やろうとしなかった」)で過ぎる。

仲間内のサイトから移転させてあった、2007年2−3月の物置に関する日記を私自身読み返してみたが…。
何でも記録しておくものだと思った。
あんなにまで労力と費用をかけて設置した物置を壊してしまうのは、何とも表現しがたい・・・
今は、時季外れの電化製品や子供たちのコミック本が入った袋までゴロゴロ散乱、まさに「物置」。それにしてもなぁ。
勿論一旦中を空にして整理は必須ながら、この一番右の「母の遺品」用として設置したものだけでも、どこか庭に隅に組み立て直して使えないだろうか。
家の屋根裏も、いつの間にか天井が落ちそうに物に溢れかえっている。(2004年春の完成当時は、まだ中越沖地震も東日本大震災も起きる前。あれだけ天井の上に収納しているのは、今になると怖ろしい)

リサイクルの業者で、家具などは引き取ってもらえるか、出向いて判断してくださるそうだ。

ここらで家族全員で「優先順位」(作業や、手放す物々)を話し合いませんと・・



誤解を避けるために - 2014.05.23 Fri

先日触れたが、中学時代の恩師が書かれた「自分史」というものを拝読し、そういう手段もある、と思った。
恩師によると、「書く」と言っても業者がマイクを持ってやって来て、質問に答えていくと、録音を元に上手く文章化し、書籍化してくれるのだそうだ。写真もアルバムごと渡すので、自分では選ばないであろう、新鮮な選択をしてもらえて良かった、とのこと。

このブログも、この文章記入欄左の「ツール」のところに「ブログの書籍化」などという項目があるし、送信後には広告もよく出る。
う〜〜〜ん・・・
いやいや、死後にまで引き摺りたくはない。特に私の人生など書籍化する価値など皆無、単に生きている間の戯言に過ぎない。
でも、誤解されたままこの世を去るのは・・・
という訳で、一応ブログは続けてみる。

(今日は亡き母の誕生日。大正13年生まれ。「書き過ぎなさんな」と言われているかもしれないし、「誤解を解いてね」と言われているかもしれない。いや、「いい加減にしなさい!」かもなぁ……)

築10年と築0年 - 2014.05.21 Wed

又しても築10年の我が家の話…本当に数え切れないほどある。
適度な暴露話。

今日は「物置」。

築0年にあたり、庭の3つの物置解体に迫られている。
この前の大連休が最後のチャンスだと思っていた。梅雨の前、酷暑の前、しかも虫刺されの前!
が、パソコンに向かって多忙を極める婿。不可能なまま過ぎた。
脚立に上って物を下ろしては中を確認、分別、廃棄、という作業は、我々夫婦だけでは到底不可能…。
特に夫は  - 娘夫婦が此処に引っ越してくる時、業者も頼まず -  運搬を全面的に手伝い、腰を痛めて今に至る(脊柱管狭窄症だか椎間板ヘルニアだか…による座骨神経痛…勿論随分軽減はしたが)。


尤も3つの物置のうち、1つは簡単だ。楽器ケースや旅行鞄のような嵩張る物が単に収納されているだけだから。
大問題は他の2つ。

一番は、私が嫁に来る前からある土台付きの特注物置。
母屋が全焼した2002年暮れ、年が明けるのを待って、中にあった義父の作品は長野のアトリエに運んだ。難を逃れた家具調度と共に。
幸い焼け残った約6坪を私たちの狭いスペースに繋げて義父共々生活する筈が、繋げる折に私たちの家側にシロアリの大災害まで見つかり、今の家を建てる計画をせざるを得なくなった2003年。その物置に「取り敢えず保管しておきたいが、今は分別不能」と思しきものを運び入れた。
家が完成した2004年。古い(シロアリで柱が全くなくなった)家は年内の解体を迫られ、私は12月に2回の演奏会を控え、出来るところまで分別・梱包、最後の運搬は家族に任せた。
大したものは存在しない筈。ただ、例えば段ボール1つの中に、自分が生きている間には捨てたくない物がほんの2−3個でもあったとしたら…やはり確認してから処分したい。それは勿論私だけではない。
義父の遺品も入っている。子供たちの幼かりし日の諸々も入っている。(目下再生出来ずにいる)子供達を録ったヴィデオもある。息子夫婦の大学時代の作品(大きな塑像)も入っている。

母の遺品の物置は、(話が一足飛びだが、向かいのマンションに越してきていた)母が2006年12月に亡くなり、2月一杯でマンションを空けねばならなくなった時、大急ぎで建ててもらい、空調まで設置し、殆ど全部の物を大急ぎで運び入れた。

「大変なのよ〜」と友人たちに話せば、誰もが異口同音に、(関西に移住した)息子さんの物は、梱包して送ってしまって、向こうで分別してもらったらよいじゃないの、と言う。うん、確かに!!


無理が通れば道理引っ込む - 2014.05.14 Wed

人間関係でなくともね・・・
体調も含めて。

年内に家を建てる、という話は、勿論私らも孫の世話から解放される訳だから有難い。どうせ草ボウボウの空き地。
でも、それが故に若い大黒柱が必要以上の過激な労働を強いられるようになっては。
身内の話を晒すわけではなく一般論。
ただ、私たちは4人の親からそれを強く学び、経験もした。

しかも、庭にある3つの物置の解体は、解体すればよい、というわけではなく、収納物の分別に始まる。それ以前に、家に運んで保管すべきものは、屋根裏か、誰かの部屋か。それによっては部屋を片付ける必要に迫られる。勿論すっきりするだろうし、いずれやらねば、と思っていることだ。日常生活と並行するには一体何ヶ月かかることか??

年内に建てるということは、この春までにそれらの作業をしなくてはならなかった筈!!

これで、誰かが倒れたり、忙しい大人を見て育つ孫にストレスがかかる、という可能性もあるわけで・・・

あぁ、分かってもらえないのかなぁ。健康第一ということを。

雛人形 - 2014.02.25 Tue

16日と23日に生徒たちの「勉強会」をした。
その内容は又改めるとして・・・

23日夜、娘夫婦が孫のためにお雛様を出して飾った。


その前に、下の写真は娘が生後5ヶ月近く、息子は2歳半。

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(雛壇のお菓子を勝手に開けて叱られている模様。叱ってくれている1人は、夫の姉の長女。私が撮っているので私は写っていません。私の妹はまだ留学中で居ません。)


一段落して今度こそ記念写真!

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[左より私の母,父(奥龍之介),義父(田中春弥),息子,父方祖母,義母,姪,夫と娘]

この雛人形一式は、義母が木目込み人形で作ってくれたものです。
当時は私の実家に住んでいたので、一同集合!


その雛人形を、23日の勉強会が済むのを待って、娘夫婦が飾っていました。

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昨日、本人を入れて記念写真。
元気に成長して、良縁に恵まれますように・・・

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などと書いておきながら、悪い婆は・・・

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椅子が段々崩れるよ…と腹筋が耐えるギリギリまで寝そべったり…


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ラージヒルに向けて頑張れ(将来は女子にも課せられる筈)、と…


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終いには「可愛い子は食べちゃうぞ〜〜!!」と泣かせる鬼婆


まだまだ馬鹿写真はありますが、明後日に備えて一仕事あり、ここで止めておきます。


区の子育て支援 - 2013.12.31 Tue

今日初めて区の事業者の支援を娘は受けた。

子育て応援券という無償応援券を頂けて、出生時にまず4万円(500円券の束)を頂けた。
もっと早くに手続きが出来ればよかったのだが、何しろ多忙を極める娘婿。
何が必要か、私も身近で見てよく分かったので、面談が遅れたのは逆に良かったかもしれない。
とは言え、何でもやって下さるそうで…娘の愚痴の聴き役も!!

娘の話によると、1回目の今日は、シンクに放置の食べ終わった食器の片付け、沐浴、掃除、冷蔵庫にあるものを使って豚汁(だったか?スープだったか?)を作り置きくださって、娘はそれらの間にゆっくりとシャワーを浴びることが出来た、と嬉しそうだった。
私も安心して「おせち作り」に励めた。
週に2回だが、それでも来て下さる日は違うだろう。家族ではない「プロ」!!家族は遠慮がないのでギクシャクしたり、互いに気兼ねもあるかもしれない。疲れていても無理してしまうこともある。
杉並区!万歳!!です。2人目、3人目を安心して生むことが出来るかもしれない。少子化対策であっても何であっても、我々の頃にもこのようなシステムがあったなら…と思ってしまった。
(4人の親は逝ってしまいましたが、次は我々の介護もよろしくお願いしますよ、と思ってしまいます)


ところで最近の孫は、ママの歌と婆のピアノ伴奏で眠ります。
昨日からは、湯山昭先生の「いまをいきるこどもの歌」、ベートーヴェンのソナタのように分厚い曲集!
娘が小1の時に湯山昭先生と共演した折、記念に頂いた楽譜です。

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片っ端から娘は歌っています。そしてまさか孫の為に伴奏するとは…当時は想像だにせず。
昨日と今日は、「おはながわらった」「くじらのこもりうた」「山のワルツ」「シャムねこ こげねこ」「いま生きるこどもマーチ」等々・・・
400曲近くあり、何曲孫は記憶に残すだろう?楽しみな婆馬鹿

又しても婆馬鹿 - 2013.12.23 Mon

昨日今日と珍しく娘婿は休みが取れた。
そういう日に限って、親の気持ちと裏腹に子供は泣くのですよ…我が子たちがかつてそうだったように。
昼食くらいゆっくり食べてもらわないとお乳の出にも影響するだろう、と、この馬鹿婆は赤子を左手で抱いて、右手で讃美歌やクリスマスソング、子守歌の類を片っ端から弾く(片手で可能な限りの伴奏やハーモニー付きです…但し静かな)。子守歌は駄目、半信半疑の目にて口を開けてお乳を探す。
結局「あめなる神にはみさかえあれ」と「ジングルベル」が一番好きであることが判明。他の曲で顔がゆがんで「あぶない!」と察するやジングルベルとあめなる…に戻す。すると目を閉じてスースー寝息を立てる。しかもどうやらB-durとF-durが落ち着く調性の様・・・

もう、婆馬鹿なんだか馬鹿婆なんだか…
娘たちは「今日初めて寝た!」と驚いていたが、取り敢えずの応急処置さ。モウスグオキルサ・・・

ところで、私が生まれた時、父方祖母によく抱かれていた。写真を見ると、祖母は可成り高齢に見えていたのだが、計算すると54歳だった!今の私より10歳近く若かったのだ!!汚れだらけの写真ながら思わずスキャンしてしまった。うわ〜〜!!!そうか、昔の女性は化粧もせず、髪の毛も染めず。今の私はこの時の祖母の10歳近く年上!!…色々な面で納得してしまう。祖母のシャキッとした姿勢、生後5ヶ月の私を楽々抱いている。それに引きかえ我が身の体力の無さ、顔のシワ……

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追記
父方祖母は子だくさん、幼くして病気(疫痢)で亡くなった女の子や、医大生時代に原爆で亡くなった息子も居たが、祖母の長女のところは1男4女だったろうか?1人産まれては産褥期の世話に神戸まで15時間もかけて出向いていた(戦前からの話です)。私は5番目の孫だったと思う。自分の子供のみならず孫も大勢だから、世話など手慣れたものだったのだろう。その後、その長女の末っ子や、西宮の三男(四男?)の2人娘など。生まれる度にやはり列車で世話に行っていた。お手製の人形を作って…その辺りは何故か既にはっきり覚えている。


親馬鹿・婆馬鹿 - 2013.12.21 Sat

まだこの世に誕生して十日だというのに、時々刻々学習する幼子。
お乳が上手に飲めるようになった。ママとの連携プレー。孫は、吸わなければ出始めないことを学習した。
沐浴も、既に3ヶ月も入れているような器用な手つきで、ママは声かけをしながら上手に入れている。
婆はお湯を準備し、捨てるだけ。幸いなことに義父のためにバリアフリーで建てた階下。最初は桶(ビニールのプールのような仕立てでグニャグニャ)を運び上げていたが、これでは重い上にダポダポとお湯が揺れてこぼれる。バスタオルに乗せて床の上で引っ張れば浴室から部屋まで容易に移動出来ることを婆は学習した。
それでも沐浴後、お湯はあちこちに飛び散っている。タオルで拭き取れば、床はいつもピカピカ。一石二鳥!三鳥??
小児科医のパパが先日、首近く(頸動脈付近)を持って入れて泣かせていたことなどは最小のフォントにしておく。うん、仕方ない、医者だもの。看護師ではなく…。でも子育てする母親の気持ちが分かる医師になってね


婆馬鹿 - 2013.12.19 Thu

何と健気な孫よ!

レッスン(朝10時半~)迄、ずっと手伝っていたが、私が哺乳瓶で与えても半分飲んで嫌がり、舌で押し出す。
今日に限って、ママのおっぱいを求めて口を開けては周囲を片っ端から探す。おぉ、何と賢くなった!
ママが含ませると一生懸命に出ようが出まいがむしゃぶりついて必死で吸う。
話を聞くと、昨晩搾乳機が壊れた(婿が壊した)そうで、ママの苛立ちを「あたしが全部吸うから大丈夫よ」と言っているが如く、今までになく必死で吸い付いていた。
その後はママの隣りに揺りかご置いて、そこで目を開けつつも泣かずにおとなしくしていた。

心なしか、お乳の出が良くなったように思う。まだ産まれて十日も経っていないというのに。
搾乳機が壊れた時はがっかりしたろうが、主のみ業に不必要なことはひとつもないことを改めて思った。



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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
★このブログや大元のサイトへの感想やお問い合わせはservus2008@gmail.com宛に@を半角に直して送信願います.
【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2020 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
★遙か下方に設置のカウンターは、サイトを複数回お訪ね下さいましても1日を1回とカウントし、又、私を入れない設定になっております。



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