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2020-09

疲れる毎日 - 2018.08.14 Tue


今日(もう昨日だ!)は、今年度こそ区の検診を!と朝9時前に近所の医者へ自転車を漕ぐ。
29年度は熱ばかり出し、1月末日迄という期限すら逸したので、8月のうちに受けてしまおう!と。
朝食を少し食べかけたため、血液検査は日を改めて明日にでも、と言われたが、何だかんだあれこれ検査を受け、それぞれの間には待ち時間があったりで、朝食から4時間近く経ち、医師自ら採血してくださった。(ピュッと血液が飛んで驚いたが、ここでの検査は全て終わり、御の字)
区の検診以外の内容でも、このところの鼻の裏〜目の裏〜頭の痛みを訴えた。何しろ昨日は又しても酷い鼻血が何度も出た。夜中も時々喉の奥に鼻血が溜まっていることに朝気づくこと屡々。自分の鼻血で誤嚥性肺炎でも起こしたら大変だし、ややこしくなる。CTスキャンも撮って下さり、脳に異常はなかった。安心することは何より健康でいるために大切。でも一度耳鼻科受診は必要とも言われた。なのだが…この暑い中しんどくて・・かかりつけ医へ行くには車だが、何せ私のポンコツ車は冷房の効きも悪くて、着くまで全然冷えてくれない。
まとめた結果は後日聞きに出向く。

その足で、何年も気になっている歯の検査。カルシウム剤を飲むと痛みは軽減し、飲み忘れると痛むような…或いは歯肉炎?歯槽膿漏!?それとも??・・ど素人が心配していても仕方ない。
決して通るついでではなく、家から徒歩数分の新しくなった歯科に寄った。
歯周ポケットがとても深くなっていて、歯石が溜まっているそうだ。歯の表面然り。歯石付きのままでのレントゲンでは虫歯は写らないが、歯石を取れば徐々にあれこれ見つかるかも…歯周ポケットの歯石に菌が繁殖すれば怖いことになる。
1週間おき位に少しずつ取っていくことになった。
予約もせず、大幅に時間を取って頂いてしまった。

午後は、大学病院の書類受付にお願いしてあった書類を取りに出向く。先週病院から「出来ています」と電話を頂いても仕事その他、土曜午前はフリーだったが祭日。やっと今日、そろそろ出かけるか…と思う頃、折しもゲリラ豪雨!最近地球は完全に熱帯雨林化。グリーンランドや南極大陸の氷も溶け、水位も上がる。温室効果ガスを何とか世界中のその道のプロたちで考えて欲しい。勿論政治家たちが先頭に立って!!
書類受付は夕方4時までなので諦めかけて、豪雨と雷鳴をBGMに高校野球など見ていたが、折しも3時40分ごろに「止むかも」の気配、夫に私の車を運転してもらって15分きっかりの運転で到着!間に合った!!私一人で出向いていたら雨の道は飛ばせないし、駐車場に入れるにも時間がかかる。滑り込めて有難や!!助かった〜〜
今日は、最近気になっていたことが可成り片付いた(ピアノ以外。寧ろ病院関係ばかり?)。

夜は6時から鍼灸院。
テレビで嫌というほど何度も映し出された最寄り駅と周囲の浸水。私が通った時はもう水は退いていたが、駅のエスカレータは行きも帰りも工事中。

体を治す筈の医療関係で疲れ果て、夕飯後は爆睡に倒れ込む。


先月の大学病院もひたすら疲れて、検体検査が終わるや、売店にてタウリンやビタミンB群やカフェインの入ったドリンク剤を買って飲んだ。院内を歩き回るために。本末転倒・・・理不尽・・・
5月まで3週間に1回は起こしていた発熱(デカドロン注射による易感染症と思しき)は漸く落ち着いたようだが、倦怠感にはずっと悩まされたままだ。全く!もう……

うたた寝から目覚め、クラシカジャパンを点けた。
今月はバーンスタイン特集らしく、若い頃のものから晩年まで。
今日は”West Side Story"のレコード制作(映画ではなく)のドキュメントを今まで見てしまった。

センセーショナルにて、家族皆それぞれ購入してしまった↓の収録ドキュメント。

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これは長くなるので又改めます。


その後の体調 - 2017.02.17 Fri

膀胱炎による血尿は、いつも抗生物質を服用すると数時間後に落ち着くのに、今回は肉眼でも3日近く続いた。
治るや、今度は眩暈に襲われ、手持ちのメリスロンを飲んで生徒のレッスンをした。1時間で終わらせるぞ!と決め込んだが、始めると集中してしまうので、結局2時間は…かかったかな?3時間かけなかっただけ良しとする……(日曜の話)

月曜は気の重い大学病院。(気が重いのは待ち時間)
夫が運転手&付き添い。

8時すぎに着いて、整形外科からの検体検査。番号札を取る。前回は81番で廊下にずら〜〜りだったが、今回は82番でもさほど待たず。
終えて骨粗鬆症のレントゲン。こちらは随分待たされた。
そして整形外科の受診。骨粗鬆症は、1999年のステロイド長期に渉る大量服用での副作用。当時ガタッと落ちて(80代並まで)、波はあるものの薬のお蔭で何とか横ばい。
腎機能が低下していた。

その後又待合室。

膠原病内科。いつも私の我儘に耳を傾け、希望すること(院内の人間関係すら)を「私が話して起きますから大丈夫です」で助けてくださった先生、遡った入院中から、「皮膚科だけではなく、膠原病全体を診る」ということで…つまり1999年からずっとお世話になった教授、いよいよ定年退職とのこと。あぁ〜〜、心細いこと限りなし。
こんな我儘患者は感謝に堪えず、お礼の言葉も見つからないほどだ。

眩暈用の手持ちとして、メリスロンもお願いした。
会計・薬局・スーパーを経て12:30に帰宅。疲れた・・・・・

今月は疲労というか、私にとっての過労による体調不良、本当に珍しく生徒も間引きさせて頂いている。
水曜も何とか2時間半に収めようとすれど、結局4時間近くかかったな・・・タウリン3000mgに又しても頼り、途中から元気も出て。結局教えている間は「あれもこれも」上を目指し、私が欲張って要求してしまうからの気がする。
その昔、母が60代の頃に「レッスンすると疲れてしまう」と言うので、私が「お上手になったじゃない、って丸つけて上げてしまったら?」と言ったのを根に持ったのか、それとも納得したのか、以降80代で亡くなる迄、「貴女ね、人には『お上手お上手で終わらせたら?』って言っておきながら、自分はどうなの?」と言われ続けた。私の体調を案じてのこと。
自分の言葉を返され続け、我ながら「そうだよな…」と納得。



疲れたので久々に外食。


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・・・以下写真省略。




目のこと - 2016.09.22 Thu

やらねばならないことは山積みの筈が、もう何年も捗らない。

差し当たって、楽譜用のメガネを作ろう!これは必須!!
運転用は、おそらく1.2でも1.5でも見えるのだろう、問題視されたことはない。路上交差点のミラーに映る「止まれ」なんてのもはっきり見えますから!先日の天井桟敷席からも舞台は明確に見えた。近距離は、裸眼にすれば左目が度近眼なので、新聞の「都内の基準地価」なんてのもはっきり読める。右目は不正乱視酷く、こういう裸眼時は使っていないらしい。
中途半端な距離がいけない。まさに譜面台!!!
先日眼科に予約を取って、楽譜用メガネのレンズの度を新しくしてもらうべく出向いたが、作れなかった。申し訳ないほど時間をかけて下さったのだが……作ることは無駄のようだ。結局現在使用しているものとほぼ同じになるから。右目は不正乱視があるから近視の度は無関係。敢えて出来ることは左目を一段階(0.25)強くするか…(それとて左右差は広がる)
もうこれは年齢と思って、うまく自分で工夫してください・・との結論。
そうなると我が頭はどうしようもない工夫を始める。
我がピアノの部屋は(2台並んでいる側と、フルコン1台の側と、両方とも)蛍光灯が2本ずつあるが、省エネが故、譜面台側しか点けていない。この正面側も点けたら良いのではないだろうか。というのも、正面から目に光が入れば瞳孔が縮まる訳で、じわじわ進行している黒目周囲の白内障部分は使わずに済むのでは?とか、どうしても読まなければならない時には、ヒアレインでも点して弱い弱いハードコンタクトを使ったらよいのでは?とか・・とか・・とか・・自分で工夫すると、下手の考え休むに似たり状態。医者に相手にされたためしなし。


でもね・・とドシロウトは思い返す。
1980年代終わり頃、(と書いて、え!?四半世紀以上も前!!?と愕然)「ゲームボーイ」というものが流行った。勿論子供達のもの。
大人でも一旦触るや、あれはヤミツキになる。私はストーリーのあるゲームではなく、「テトリス」とか「ドクターマリオ」とか、あの類に。当時、生徒さん達のレッスンは、人によって何時から何時までと時間も曜日も決めていた。小中学生も多かったので。待たせることも聴く勉強としていたが、長くても2時間だった。ずれ込んで合間10分出来ると「ゲームボーイ」に手が…どこまでクリア出来るかチャレンジする。最高得点を出す愉しみ・・・
でも、ハードコンタクトで(当時はまだ手もとが見えたから)こんなことをしていては、レンズが眼球に擦れて危ないのではないか?と直感した。絶対に瞬きはしていない。そんな暇すら無いゲーム。
果たして目は炎症を起こし始めた。ほんの10分、15分であっても涙は出るのが追い付かず、レンズは乾いた眼球表面を上下運動に伴って擦っている訳だもの。
大学病院の眼科に出向いた。私がいくら事情を説明しても「まばたきをしないなんて、絶対にあり得ませんよ」と取り合ってもらえなかった。まだ「ドライアイ」という単語が世の中に出る前のこと。(今では信じられない!いや、当時でも!)
結局コンタクトレンズは自己判断で止めて、その間はコンタクトレンズで起きた不正乱視のまま生活。度の合う眼鏡も作れない。五線が十五線にも二十線にも見えて、加線と来ては近付いても数えられない!!!
・・・その後どうしたのだったか。何ヶ月もかけて、不正乱視の軽減を待ったことは確か。近場のおじいちゃん先生のところで、眼球に塗る軟膏をもらって塗っていたような記憶もある。角膜潰瘍と言われたような。眼鏡のレンズは、近所の眼鏡屋のお兄さんが随分手を尽くしてくださった。

その後コンタクトレンズがはめられる状態になり、かつて18歳の時にコンタクトレンズを初めて作った順天堂に出向いた。呆れられた。何に、って「こんな旧式のレンズを使っている人は今どき居ませんよ」と。昭和44年の春、大学合格で頂いたお祝いを全部つぎ込んで作ったレンズだもの。落としても根性で探し出した!!結果20年以上使い続けてきたのが災いした。旧式のレンズは分厚くて重く、眼球の真ん中ではなく、常に垂れ下がってはまっていることは私自身も知っており、これって大丈夫なのかなぁ…とも案じていた。
「円錐角膜でない限り、今はどんなに度が強くてもレンズは薄いのです」と、昭和44年当時からいらした女医さんは言われた。海外に居た身、そういうレンズで楽譜を読みまくる日々を過ごしてから仕方ない。
しかも、レンズの汚れや傷は磨いて取るので、外側の球面のカーブは決まっているから、磨く度に度が強まっていく、ということも言われた(帰国の度に出向いていたのですがね…)。

ともあれ・・・・・何てこった!!吝嗇が災い!?!?

それならば、レンズの度を下げて行けば近視も軽くなって行くのでは?と思い立った1990年頃、試しに(懇願して)0.8だけ見える(ハード)レンズを作ってください、と頼んだ。そして思った通り、そのレンズで1.5が見えるようになった。更に、又しても0.8見えれば・・と回数を重ね、可成り度の弱いレンズでも1.2~1.5が見えるようになり、当時はめでたしめでたしだった。とは言え、裸眼では左目は0.05。右目は不正乱視が残ったままながら近視そのものは約0.1まで改善した。(眼鏡の度数では、不正乱視は-2.25あった。近視は-1.25なのに。左目は近視のみで-4.75)

そんなこんなの経験もあるので、自分で考え工夫して過ごすこと、深く頷いてしまう
日々工夫!!!
パソコンも、実験的に沢山打ってみる次第
(パソコンもびっくり!時々唸るような音を出し、画面がパッと消える。・・いや、そろそろ替え時か・・)


目のことだけ - 2016.09.17 Sat

自己判断で構わないものか、いずれにせよ、楽譜が瞬時に見えなくて困っているので、又しても近所の眼科に出向いた。特に右目は目蓋が重く分厚くなったような感覚というのか、怠い。霞んで目脂もある。

有難いことに目は2つあって - と先生は仰った - 左右を比べられるのです。左の目蓋を見てみましたが、これといった異常はありません。でも炎症は残っているのでしょうから…と。
目薬はデフォルトに戻す。マイティア、カリーユニ、フルメトロンだけで頑張ってみることになった。メモも下さった(余りにあれこれ勝手に試すから??)。
そして譜面台に合わせた眼鏡も作ることにして、次回は予約を取り(時間がかかる為)、目から譜面台までの距離を測り、目下使っている眼鏡を持参して出向くことになった。連休明け、最速の火曜。

1ヶ月以上続く目の不調 - 2016.09.14 Wed

8月に入った辺りから、やたら目が痛痒い。
勝手にフルメトロンとタリビットを点眼。
治らない。
おそらく原因となっているのは目の乾きだろう。涙が不足すると菌が繁殖するから。
マイティアやジクアス、ヒアレインも元来の回数を試す。
治らない。

直ぐに医者に行かなかったのは、時間が無かったこと(地元の評判の良い眼科は、患者が殺到するから待ち時間が長い)、それ以前に今年の初めだったか既に春だったか、「シェーグレン」での涙点プラグを提案されたり、長年指摘されている白内障、そろそろ私自身流石に不自由を感じ、地元のかかりつけの眼科からから膠原病科を通じて大学病院の眼科に出向いた。ところがシェーグレンも否定、白内障は失明のリスクが故に断られた。偶々その頃は目を全く酷使しておらず(つまり楽譜にかじり付く曲は弾かないし、譜読みからは解放されていたし、パソコンもメールくらい)、それ以前に病院に出向くという時間がたっぷりあった。そういうストレスも無い、調子の良い時に検査を受けても駄目なのだ、という教訓を得たのみに終わった。
別な科の医師に、この病院だったら教授クラスでなければ受診の意味が無いですよ、と言われたこと、こっそり書く…

さて今回、いくら点眼薬を何種類も持っているからとて、こんな勝手なことをしていてはいけない。8月半ばになってやっと、いつもお世話になっているとても信頼の於ける女医さんのところに出向いた。
大学病院での検査結果は伝わっているから、先生も遠慮なさるだろう、と思いつつ藁をもすがる思い、いや、藁ではない、太い綱だ!!

症状を話し、検査をあれこれ受け、使った薬をお見せした。
今回も何回か通って、いつどのように指導受けたか忘れてしまったほどだが、処方薬と言えども「防腐剤」が使われている点眼薬はいくつかある訳で、まずはマイティアだけで様子を見るように(原因を絞るのだな、との悪い習性の思考回路)、……順番は忘れるほど日が経ってしまった。治らずにタリビットとフルメトロンで様子を見るように、それでも治らず、抗アレルギー薬が出て、それでも治らず、タリビットと何かと何かと・・と言われた時、患者が言うことは憚られると思いつつも、「あの〜〜、タリビットは入院中の1999年からずっと処方されて、何かある度に使っているので耐性菌が出来てしまっていると思うのです」と我が身を守る一心から申し上げてしまった。先生も大学病院に遠慮なさっていたようで、「まだ沢山お持ちなのに、良い?変更してしまって…」と仰る。「勿論です、構いません」と答え、やっと抗菌薬が変更となった。「ベガモックス」!!
これで治るだろう・・
実際痛痒さはたったの1日で軽減、2日目には殆ど治った!問題はいつまで点すか。ちょっと纏まった時間が取れずに点し過ぎたかも、と思いつつ出向き、経過を話したところ、それではあと2日、それも4回ではなく2回だけ点して、それで止めてしまいましょう、と相成った。そしてメインはマイティア。あとはフルメトロン。ヒアレインもOK。ジクアスはムチンで涙を目の表面に貼り付ける役割なので、これも否定はされなかった筈。
ともあれ「貴女がご自分で治されたのですから」とニコニコと(決して嫌味ではなく)仰ってくださったのが有難かった。
まだ受診したいと思ったものの、自覚症状で点眼薬は選べばよいのだろう・・・
白内障進行防止用「カリーユニ」も1ヶ月ぶりに再開。

結局、譜読みをすれば目の表面がパリパリ状態。しなければ治る。新しいレパートリーを作ることは目が禁じているのだ、と勝手に判断。特に32分音符の連続に臨時記号オンパレードは一切止めた。鍵盤だけ見て弾ける練習曲だけ暫く弾こう・・・が、結局ピアノから遠のく

そうそう、痛痒さに伴って一番目が乾いたのは、オリンピックの頃だった…。特に体操の年々レベルアップする演技や卓球の目まぐるしい動きは、固唾を呑んでも瞬きは出来ない・・・いや、我が家のテレビが悪いのかも、とすら思う。日本製ではない安価なものでして・・(頭は、目下の「朝ドラ」状態??

という訳で、ともあれ譜読みは極力サボる。


テーブルの器の中にある点眼薬を並べる。
(コレクションではありません)

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鼻血が止まった! - 2016.05.10 Tue

あんなに何日も、それも複数回悩まされていた鼻血が止まった!
今日は一度も出なかった。先生は「鼻血は耳鼻科へ行ってください」と仰ったが行きそびれている。
漢方薬が功を奏した??名前は覚えられないがツムラの48番
相変わらず何をしても朦朧と、夕食後も結局うたた寝から目覚めて、点いているテレビを見ては又いつの間にか爆睡…の反復だった。
でも、今日は考えてみるに、孫の「ばぁばの『こいぬのわるつ』(CD)で踊るの」に負け、「もいっかい(もう1回)」に負けて結局5回は踊ったな…これが子供達だったら「疲れた、もう駄目」となるのだろうが(いや、若かったから疲れなかったか?)、孫とは特殊な存在らしい。その前、DVDのTom&Jerry「Johann Mouse(日本語タイトル:ワルツの王様)」を膝に座って見ていた…あぁ、言うだろうなぁ…と思いきや来た!「抱っこで踊るの!」とラッキーちゃんを抱っこして、更に私に手を伸ばしてラッキーちゃんを抱っこしたままの孫を抱っこでワルツ(もどき)を踊ることを求めてきた。更に又そろそろ言うなぁ…の予測通り「ばぁばのこいぬのワルツ」と相成った次第。
うん、これは体調が良くても疲れるわ。
ということで、一応その何とかいう長い名前の漢方薬が効いているのではないか?と思うことにした。今後も飲み続けて何とか体力復活することを願う・・・
と、今頃目覚めて記録。そして又寝る。。。

ふと思い出したが、5回終えて突然、「おうちかえる」と言って私にチュ!バイバイと手を振り、トコトコと自分の家に走り出した。家で「ばぁばに無理言っちゃいけませんよ」と躾けられているのか、それともばぁばの顔が如何にも疲れて見えての判断なのか、いずれにせよ利発な子!(結局婆馬鹿と相成る)

では〜〜

疲れた1日 - 2016.04.25 Mon

(何日も経って記載)
このところ雪だるま式に疲れ蓄積。
無計画が故。

そういう疲れが蓄積されている時に限って運悪く、病院の予約受診が!
遅くなればなるほど待ち時間が長くなるので、出来るだけ早い時間帯に入れて頂いている。

9時に整形外科。その前に採血があるので、8時過ぎに家を出て、検査室には8時20分着。楽勝!と思えど、私の前に50人も・・・一体何時に来院されているのですか、と尋ねたくなる。
暫くじっと壁にもたれていたが、そうだ!通帳に入金しておかねば!と思い出し、同じ階のATMへ。
ところが8時45分より前は入金手数料がかかるそうで…「えっ!?こんな少額を自分の通帳に入れるだけで??」馬鹿らしくなり(既に機嫌悪い)、検査室に戻った。

採血の後は整形外科へ移動。
9時前なのに、既に診察が始まっているという熱意ある尊敬すべき先生。1人を丁寧にご覧になるから長くなって、結局夕方も無限に診ておられる、という話を以前OTのS先生から伺った気が・・

4月から(融通の利かない)厚労省の所為で、我々患者は色々と理不尽な思いを益々するようになったこと、常々あちこちから耳にしていたが、特に整形外科には処方への目が厳しくなり、既に1ヶ月分しか薬を出せなくなったとのこと。地元医への逆紹介が始まった。つまり大学病院へは3−4ヶ月に1回、他の月は最寄りの整形外科で薬をお願いする。早速近所のS木先生に文書を書いて下さった。最近の画像や、ALP数値、等々プリントアウトして同封、分厚い封書を頂いた。
「ご主人はいつ来るのかしら?」「よろしくお伝えください」と丁寧なご挨拶も頂戴した。

そして膠原病の受付も済ませ、時計を見れば予約時間まで2時間近くある!外出を伝え、S友へ買い物に。そして一旦帰宅して購入したものを冷蔵庫に収める。朝抜きの採血だったが故、買った中からチョコレートパイを1個胃袋へ。そして病院に戻った。が…まだまだ待つ。11時に戻っても、まだ10:30予約の患者さんが始まったばかり。質問すべきことを箇条書きにした。手のひらに!既に疲労困憊。
やっっと呼ばれて、穏やかな先生の顔を拝見すると、ややこしい質問が躊躇われる。でも、その為に来ているのだから、と片っ端から訊く(手のひらのメモを見ながら)。腫瘍マーカーは一通りお願い出来た。それも朝の採血分で賄えるとのこと。抗 TIF-1g 抗体は駄目だった。リストに入っていないので、と。(手のひらに「g」と書いたのが間違ったかも。本来は「γ(ガンマ)」かしら?)
この疲れっぷりや、ちょっと異常。毎日昼夜を問わず、テレビの前に座るやうたた寝となる。先日の熊本大地震の時だって、「大変なニュースが流れている」「大変だ」と目を開けようとすれども開かない。普段なら、眠っていようともガバと起き上がってテレビの前に釘付けの筈なのに。この状態を医師に話せど「膠原病関係の検査データは全て異常がないので」と相成る。
そう言えば、前に「最近余りに、それも急激に記憶出来なくなった」「脳の検査を受けたい」と言ったが、先生ご自身「私も似たような年齢、同じです」と言われて終わった。(確かに 色々忘れられているよなぁ・・・)
大学病院の眼科でも「地元のいつもの眼科でそのままケアを」と言われたが、宛先の先生から地元の先生に返信が無いと診て頂けないようだし。お返事を、とせっついてしまった。勝手に抗菌薬など点眼してよいものか、ずっと我慢しているので。

診察も終わって、会計と薬局。

朝抜きでチョコパイ1個では…と病院のカフェへ。
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(パンの個数がデフォルト1個となったので、ソーセージを付けてもらった)

目の前の石ころ。
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遠景はこのよう。
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会計の折、今日こそ購入した太宰クッキー
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再度薬局に戻る。
確認しなかったら、点眼薬で一番大切な2つが忘れられていた。
薬剤師さん曰く、**先生、時々かわいい忘れ物なさるんです、と。
しかも前回の薬が自動的に印字されるため、風邪の一式も入っていた。連休前だし、これは有難い!!


病院周囲の美しい花々。
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帰宅後はうたた寝。夕飯を済ませて孫にちょっと遊んでもらって、またうたた寝。
やれやれ・・・こんな日々では人生損している。もっとバリバリとピアノの練習をすべきなのに・・疲れ易さの原因を知りたいから受診したというのに。

花粉症らしい - 2016.04.03 Sun

関西に行った時から、鼻がムズムズ。
鼻はポターーーっと落ちるようなサラサラタイプ。
咳も出始めて、てっきり風邪かと思ったのだが、いつもの風邪による咳とも違い…
くしゃみも出始めると7連発、8連発
巷でも「花粉症で咳が出ることもある」とよく耳にし・・・
試しに「花粉症 喉 咳」と入れて検索したら、真っ先にヒットしたのが、
この「花粉症で咳が出る」というもの。花粉症と風邪での症状の違いが横に並べて書かれてあるのが分かり易い!

全部「花粉症」に該当・・
目も、日頃は酷いドライアイで目薬3種に頼っているというのに、痒い上に涙目…やれやれ、これは花粉症決定ですな

という訳で、買い物はネットスーパー。
極力外出しない。

無縁と思っていたが、何故か「シングレア」という花粉症用の錠剤が私の手もとにあり、もしや去年も花粉症疑いで処方された??
こうなると、認知症の方がよほど心配です…


医者のハシゴ - 2016.02.12 Fri

先月末、滑り込みセーフで受けた区の健診結果は、結果が出る頃に肺炎球菌のワクチン接種を兼ね、その診療所へ出向くことになっていた。
又、白内障の点眼薬「カリーユニ」、1本無くなる頃に様子を診て頂きに出向くことになっていた。この点眼が、右目だけ1日2回なので、なかなか1本空かずに1ヶ月が過ぎてしまい、本来4週間経ったら使用してはいけないのではなかったか…と気になっていた。
もうひとつは、先月予約日を間違えて出向いてしまった大学病院の皮膚科、曜日が限られ、しかも主治医がおられるかどうか確認してから出向くということに・・・

これらをそろそろこなさねば。
仕方なく、優先順位にてまずは診療所。
健診の結果は、中性脂肪が甚だ高い以外は問題ないらしい。高脂血症の為にリバロを飲んでいるが、これは中性脂肪には効かないらしい。去年胸骨にヒビを入れて運動不足甚だしくなっているところに、外食や弁当は続く、甘い物のつまみ食いで炭水化物の摂取量が増える、しかも年末年始も重なり…
ステロイド服用の副作用もあることで、膠原病の先生とよく相談して、と言われてしまった。
肺炎球菌のワクチンは左上腕。あぁ、又しても筋肉痛に襲われるな…。前回右上腕にインフルエンザの予防接種をして、何日も筋肉痛が治まらなかった。折角治った頸椎ヘルニアによる右上腕の痛みや指先の痺れが復活し…と思い込んでいたが、我が家の小児科とは言え神経専門医が、筋肉注射と神経痛は無関係と教えてくれた。又接種後に「よく揉んでください」と言われるのに、バッグやコートを持って会計するから揉む間も無い、と愚痴をこぼしたが、接種後に揉む必要はないそうで…
つい接種の後は入浴も控えてしまうが、これも無関係と言う。今回はしっかり風呂で暖まったら、翌日には接種による筋肉痛は消えていた。ひとつ学んだ!

次なる「眼科」。
視力検査から始まり、近視が進んでいるらしい。又不正乱視もある上に白内障と来ては…
でも、前回処方された「カリーユニ」で進行は食い止められているそうで、これを両眼に点して更に2−3ヶ月様子を見、それ次第で手術を受けるか決めることになった。
私としてはチャチャッと手術して頂きたいところだが、リスクも伴い、そうもいかないらしい。
霞んでいる以外にも、不正乱視が故に右目は眼鏡による完全矯正は不可能で、せめて以前のようにハードコンタクトが入れられたら、と思う。つまり、レンズの表面のカーブと、角膜との間の涙で完全に不正乱視を矯正出来る訳で。左右を譜面台の距離に合わせた度数のレンズを…と一応希望を話してみた。その眼科はソフトしか扱っていないので、紹介状を書くことになる、しかも私はシェーグレンによる涙不足があるので、その事も含めて。という訳で、先ずは涙の量を調べた。5分間まぶたに試験紙を挟んで調べる。以前にも「まぁ、可哀想に」と言われたっけなぁ…あれから3%のジクアス(ムチンの目薬)も0.3%のヒアレインも点しているというのに、試験紙は冷酷。普通15mmほど滲む涙が片方は2mm、もう片方は3mmだそうで…これでハードを入れられるかどうか・・・自分で考えても無謀と思える。リスクは避けるべき、と諦めた。
この涙の量も、しっかり膠原病の先生に報告して相談するように言われてしまった。

結局全て肝心の科に何も相談していないではないか!!最近どうもいけない。以前は執拗なほどに医師に質問攻めにしていたのが、「どうせ駄目なんでしょ」と開き直っている。実際最近の疲れ易さはシェーグレンと関係しているそうだし、皮膚筋炎が故にステロイドはゼロにはならない。ゼロではない限り副作用はある訳で。副作用のための薬の副作用もあるのではないか??(私の場合は、高脂血症、骨粗鬆症、胃潰瘍の薬、それと薬のための抗アレルギー剤)
どうしても、と思うことは億劫がらずに訊いて来ようと思えど、そういう時は質問することを忘れる。しっかり手のひらに書いてあっても手のひらを見ることを忘れる。

結局時間切れとなり、眼科までで帰宅した。

待ち時間で疲れ、午後は数時間爆睡。


そうそう、気になったのは、先日来夜中に心臓がバクバクすることがあり、血圧を測ると上が150を超えて下は100を超えていること。日頃は上が100を少し超える程度なのです。そのことを診療所でお尋ねしたところ、「バクバクした時に測ったら、そりゃ高いですよ」と言われた。うん、だからそれがどうして高いのか、バクバクするのか知りたかったのだけど、「はい、目を閉じていてください」と測ってくださって、上が120台。「正常ですよ」って・・・
腑に落ちなかったが、あくまでも区の健診。あとは大学病院に主治医に言いなさい、ということなのだろうと(疲れていて、それ以上言うこともしんどかったので)引き下がって帰宅した。最近以前のように「なんでだす?」と言い寄れない。高齢者ってこういうものなのかもしれない…と、医師に言いなりだった母を思い出した。

久々に整骨院 - 2015.10.18 Sun

7月半ば過ぎ以来の整骨院。
その日もよほど朦朧としていたのだろう、間違って装着したまま帰宅した借り物。気になったまま7月22日に胸を強打し、結局骨折が完治するまでは…と漸く今日出向いた。
それでも、いつものうつ伏せでの施術はまだまだ危険なので、と座ったまま抱きかかえるように院長先生が上半身を捻り、その後は若先生のマッサージ。痛くて言われていることも記憶出来ないほどだったが、頸椎のヘルニアからくる右上腕の痛みは可成り消え、無事に運転して帰宅。
迷いつつだったが、行ってきて良かった。今後、週1回くらいの割で、改善するまで(そして又他に何ごとも起きない限り)通い続けるつもりだ。
あたかも大手術を受けたかのように、午後は大爆睡。起きてもフラフラと・・・実際身体の中は手術を受けたような状態になっているのかも・・・

やれやれ・・・

胸骨その後 - 2015.08.10 Mon

粗忽者の証拠。
還暦過ぎてからの日記内容は、足指を折った、足を庇って手を捻った、荷物運搬に力以上を発揮して指を痛めた……そして今回の骨…馬鹿ではないか?と思うようなネタばかりになってしまった。

毎日バストバンドで固定をし始め、可成り楽。これを打撲した日から装着していたなら今頃は…と「たら・れば」…
固定しても、何かに咽せて咳をすれば甚だ痛かったのが、徐々に楽になった。「痛まないように咳をする」術を体得しただけかもしれないが。
我慢出来ないクシャミは、咄嗟に胸を押さえる習性と相成った。
ピアノは、どんな練習であろうとも無意識のうちに深い呼吸で歌いながら弾いているらしい。痛い!その為にもバストバンドなのだろうが、浅い呼吸で満足出来る練習は、至って機械的な指練習(ハノンやピシュナの類)のみ。でも、結局それすらせず、高校野球観戦で時間が過ぎる。

胸も背中も激痛が! - 2015.08.03 Mon

昨晩酷い目に遭った。
打撲の胸のみならず、背中にまで激痛が走り、横にもなれぬ。
お茶に咽せ、咳をしようものなら、七転八倒しそうな(しないが)痛みが!!

普段は嫌って飲まない鎮痛剤を胃薬と共に飲んだ。
何て有難い!!!やっと横になって眠ることが出来た。頭の片隅では「咳を我慢した所為でお茶が入りっぱなし、誤嚥性肺炎にならないだろうか」「肋骨と椎骨が喧嘩しないだろうか」などと又してもドシロウトの妄想が広がりつつも、3時か4時頃まで、痛みに悩まされることもなく眠れた。

27日の日記によると打撲は21日の火曜日(何と有難いブログだろう!!)。
そして一応受診した。レントゲンは撮っても仕方ない、と言われて放置したが。
1ヶ月位は痛みを我慢、と言われ、もう10日も経ったことだし・・と片付けを再開したのが先週末金曜から。
その前も、孫を教会のお祭りに連れて行ったり(父親がまずは高熱で寝込み、母親も感染して発熱したため)、その後孫も高熱を出したが治りも速くて、託児施設の往復はじじばばがした。じじも座骨神経痛を患っているので、まさに2人で1人分だ。せいぜい、屈んで抱き上げ、チャイルドシートに座らせて固いシートベルトを締める、雨の日はじじが抱っこで移動、そんな程度。
家の片付けは、まさにパズルで、1階にあった分厚いアルバムを何冊も2階へ持って行く。2階やレッスン用の2台のピアノに下にあった物を、その空いた部分や、別な棚に強引に押し込む。ロフトベッドの上に積んであった布団も、階下に運んだ。
書いてしまえばたった2- 3行のことが、一体何時間毎日要したことか・・
月曜(今日だ!)にお願いしているベーゼンドルファーの調律に備えて、このピアノの上だけは片付けないといけない。これは取り敢えずの段ボール箱に入れるだけだが、可成りの量になってしまった。私しか弾かないので、もう2年以上調律を怠ったから。
向こうの家と繋ぐことになっている息子の部屋は、この位スペースが出来れば充分だろう、と放置。
その後も洗濯機と屋根裏と息子の部屋は往復していたが。

あぁ、先週のうちにレントゲンを撮ってもらっておくべきだった。
今週はいつもの整形外科は全面的に夏休み。酷くなった痛みの原因くらいは分かったろうし、分かればおとなしくしているのだから・・・ま、仕方ないか・・・嫌いな鎮痛剤があるさ。


記録しそびれのあれこれは、又後日。



すっかり元気 - 2015.04.22 Wed

関西から帰った翌日、折角大学病院で予約受診があったというのに、検査も膠原病関係だけ、こちらがもう一押し「だるい」「変だ」「咳が苦しい」「胸も苦しい」と騒げば、検査してくれたかもしれず、特効薬を処方してくれてとっくに治っていたかもしれず、大変残念なことをした。いや、元々可成〜り図々しい性格なのだが、疲れていると面倒な病院での長い滞在を避けてしまう(検査とてその場で受けられる訳ではなく、広い病院を歩き回るし)。本当に理不尽と思う・・・

こんなに大勢の生徒さんたちにお休みを頂いたのも珍しいほど。
与えられた休養の時!とばかりにiPhoneに入っている好きな音楽を流しっぱなしで聴いていた所為か、夏からの溜まった「無理」が去ったのか、4月前半が嘘のように治った。サボり癖 以外は。そうだ、仕事道具の両手もまだ治っていないではないか!

話題に乏しい3月〜4月だったなぁ・・・本来豊富だったのに、アップしそびれている。いや、まだ1週間あるさ!



ほぼ元気 - 2015.04.16 Thu

13日、又微熱が続くようになった話をしたので、レントゲンと採血。
レントゲンは、決して悪性のものではないが、白い影が映っているそうだ。「肺炎です」。
念のためにフロモックスが追加で出た。
血液検査は翌14日、結果を訊きに行ったが悪い数値はなく(白血球はごく普通。CRPもやや高め、という程度)、今のところは落ち着いているらしい。
フロモックスが効いたのか、熱も平熱まで下がった。
今日は、一番の問題の咳も殆ど出ない。

娘婿によれば風邪からの肺炎は風邪で(だったか?もう忘れている。一番心配なのが認知症かもしれぬ…)、風邪の菌が肺に入れば肺炎、気管支に入れば気管支炎…といったように名付けられるとか。

はるか昔、中学時代の夏休み、ウィルス性肺炎とかいうもの(当時のことなので病名は曖昧)にかかったことがあり、その時は親類の家だったにも拘わらず歩くことすらままならずに帰宅出来ず、熱に魘されて何日も何日も眠っていた。
やっと親が迎えにきてくれたのが1週間後だか10日後だか、まだ39℃も熱がある状態で、電車を乗り継ぎ乗り継ぎ帰宅し、更に2−3週間寝ていた記憶がある。新学期が始まってもフラフラと登校していた。

その約30年後、息子は中学の時にマイコプラズマ肺炎にかかって入院した。高熱下がらず、点滴も効かず。しかも病院は改築に伴う残る僅かな病棟だったのか、あたかも牢獄。紹介された手前我慢していたが、紹介した医師はその後随分長期にわたり「あの時は申し訳なかった、知らなかった」と詫びられた。
「肺炎」と聞くと、そういう酷い疾患のイメージあるのみだったが…。


もう殆ど治ったのだろう、寧ろ関西から戻った翌日の大学病院2つの予約(膠原病と骨粗鬆症)で待合室で座っていた時の方が、何倍も朦朧ときつかった。関西へ行く前にも諸々の症状で抗菌剤はクラリス、ジェニナックやクラビット、その他風邪ではムコダイン、咳はレスプレン効かずにフスコデ、アレルギーはゼスランやらシングレア。大切な用事がある度に「何とか治したいんです」と処方してもらってきたあれこれで、薬が効かなくなる身体の方が余程怖いかもしれない・・・

そんなこんな、薬も不要の如く体調はかなり良くなった。
ずっと寝ていたので、体力も筋力が落ちたか・・・
一番の問題はサボり癖!
具合の悪さを理由に、全部サボって過ぎたから。
ま、去年の夏からの頑張り過ぎが原因さ!!もう暫くサボる、自然に体力が戻るまで。

残念なことに、電車を乗り継いで音楽会に行く体力が皆無・・・出向けたところで、いつ出るとも分からない「咳」・・全て諦めた。



休めた - 2015.03.31 Tue

前の続き。(自分のための記録を兼ねて)
生徒のレッスン中から声が出にくく、だみ声になってきた。
午前中には「アレルギーです」と言われたけれど、今までアレルギーでだみ声になったことはない(膠原病発覚時を除いては)。その夜中は咳で眠れず、朝になったら声が出なくなっていた。
日曜の午前中も診察されている、隣り駅の内科へ。テキパキと気持ち良いほど説明も分かり易いし、こちらも話しやすい先生。
「今、一番お困りは何ですか?」と訊かれたので、声が思う様に出ないこと、咳をする度に頭がガンガン痛むこと、週末関西へ行く予定があるので何とか治したいこと、と(3つも!)話した。前日の耳鼻科の診療明細書もお見せしたので、では追加しましょう、とジェニナックとポンタールを出してくださった。
日曜はその後まる一日よく眠った。咳をしても頭痛に悩まされることもなく。上昇中の体温も落ち着いたようだ。
月曜も無限に眠れ、いつも聞こえる階下の可愛い声も聞こえないほど爆睡。
ところが、もうどこの医者も終わっている頃に膀胱炎発覚。痛い・・・
娘経由で、当直中の娘婿に、手持ちの薬で何とかする方法を教わり、今朝は可成り落ち着いた。

う〜〜〜ん、去年からの疲れが度々活火山として噴火か・・・
無理矢理休火山にすることもなかろう。今週は休養第1、と決めた。

雪! - 2015.01.30 Fri

先週だったか、喉にあたかも膜が張られたみたいな感覚で痛み、酷くしては大変!と(又しても)手持ちの薬と根性で治した。アベロックスとムコダイン、あとは葛根湯やストナデイタイム・・
その日のうちに軽減した。

今日は鼻の奥!奥というよりは喉との中間。やはり膜が張られたような感覚と痛みで明け方4時頃目覚めた。
葛根湯とストナデイタイムにムコダインを飲んで、「治れ、治れ」と念じて又布団に入った。
朝になったものの、勿論治る訳はない。しかもカーテンを開けると雪!
夫に頼んで、いつもの耳鼻科へ連れて行ってもらった。何とか即刻治さねば物置の期限にも支障を来すし、来週は新幹線で一泊する仕事もある。

雪の所為か患者さんはまばら。いつもは座りきれないほど、実際立っている人もいるほどが。
お蔭で、さっさと呼ばれた。
やはり喉と鼻の中間が真っ赤に腫れ上がり、決して悪いものではないが、疲れからきたのでしょう、と言われ、あとは昔話など雑談も出るほど、雪のお蔭でゆとりのある受診だった。
帰宅後は薬を飲んで1時間ほど眠り、生徒の来る時間には自覚症状ではほぼ完治!流石、ジェニナック!!
それ以前に、鼻や喉の症状の時は鼻や喉の奥深くまで塗ってもらう薬と吸入がとてもよく効く。高熱でもあればまだしも、喉や鼻の部分的な炎症の時は、内科ではなく耳鼻科!と常々思う。


治ったと思ったのに… - 2014.12.21 Sun

今度は鼻の奥から喉にかけて痛み、どうも違う風邪もひいたらしい。
やれやれ……葛根湯もストナデイタイムも効かず、明日折良く大学病院の予約が入っているので何とかしてもらおう。何ともならなかったら30年来お世話になっているかかりつけの耳鼻科に行こう。それとも先日の近所の診療所??
本当は病院も行かずに家で安静にしているのが一番だと思うのだけど、明日は諸検査入っているし、2ヶ月分の薬ももらわないといけないので……あぁ、理不尽だ……

今日やったことは、今年の手帳に記入してあった来年1〜2月の予定を来年の手帳に書き写したことと、毎度お馴染みのカバーを付けたこと。しかも毎度お馴染み、消えいろPítを塗りすぎて何カ所も白くなってしまったこと。
こんな日にやることではなかった…
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そうだ、今後の予定も決まった。
3つの大きな物置撤去に伴う中身の処分の期限は2月12日となった。
うん、時間的には充分間に合う!

………が、寒い………

夏は、やれ「デング熱の蚊が居ては困る」、やれ「暑過ぎ」、と過ぎたのが
もう、傷めた手も慣れっこになってしまった。来年も演奏活動は諦めるしかなさそうだ。当分この両親指と付き合う。1月は夫も演奏旅行で居らぬし…


珍しく発熱 - 2014.12.19 Fri

朝から心臓の期外収縮と思しき症状。
これはよくある。その度に何故か咳が出る。

そのうち倦怠感。

夜、レッスンを終えてから、どんどん熱が上がって行く。
平熱35.5℃。……ピークは39.5℃。
吐き気はすれども、その度に咳が出るだけ。喉も鼻も干からびている。

朝、近所の診療所に出向いた。
その高熱のピークがいつだったか尋ねられた(多分、インフルエンザの検査が出来るかどうかの参考)。
検査結果は陰性だった。
胃腸炎も流行っているそうで、ラックビー、ナウゼリン、カロナールを処方されて帰宅。
先日来、孫の相手をしていて吐瀉物を何度も浴びたからなぁ・・・

爆睡する度に少しずつ熱も下がり、身体も楽になった。
聴きたい音楽をiPhoneからスピーカーに繋げて聴き放題という贅沢三昧。
堂々休養というプレゼント!!何て素敵!!!
(日に日に鈍る指は気にしない。今さらだから・・)


首筋から背中の痛みはほぼ完治 - 2014.10.18 Sat

流石に動けなくなったので、力仕事は一旦中断。
先週〜今週は極力休息を取り、お蔭で痛みも殆ど取れた。
ところが、安心してパソコンに向かっていると(ピアノに非ず)、いつの間にか首が折れ曲がるような姿勢で眠りこけている。夕飯後ソファでテレビを見ていても然り、肘掛けのクッションに首が折れ曲がるような姿勢で、気付けば数時間。
ふとした拍子に痛みが走るので、今日は整骨院へ。お若い先生の入念な治療で、湿布は不要と相成った。やれやれ…

このところ、音楽会のお誘いなども多く頂いていたのが、まずは往復の電車の乗り換えを思うだけでしんどい −というよりも危なっかしい…我ながら。会場の椅子も座りやすければよいのだが、保証はなく、数時間を同じ姿勢で居ることにも自信なし。一体いくつを逃してしまったことか・・

ピアノの部屋に籠もれば…は理想。どうせ又ソファでうたた寝・・
家に居れば、孫の可愛さにつられ、つい手伝ってしまう。全身を使って遊ばせてしまう。
ピアノは良い。毎日、孫の喜ぶ「子犬のワルツ」を弾く。途中のトリラーの長いところで「う〜〜〜、ワンワンワン!!」と鳴き声の模倣を入れるので、孫まで「わんわんわん」と吠える。
子犬の次はモーツァルトで、段々童謡と合体してくる。
但し、童謡も歌詞の中の登場人物を全部孫の名前に置き換えて私が歌うので、数年後、幼稚園に通い出したら、「ちがうわよ」と私の教えた嘘の歌詞が本当なのよ、と主張するかもなぁ。。。

餅は餅屋 - 2014.10.10 Fri

それも特別良い餅屋。

自分で湿布など貼って誤魔化しておらずに、もっと早く出向けばよかった・・・と悔いるのはいつものこと。

やっと昨日の朝一番で整骨院に出向いた。いつもの西永福。
お若い先生、経緯に耳を傾け、入念に治療してくださった。
背中に大きな湿布4枚。4−5時間で乾くので、乾いたら直ぐに貼り替えるよう指示を頂いた。
結果3−4時間毎に貼り替えた。
昨日出向いたのは、夜中に今度こそ本当に寝返りも打てず、夜中に起きても歩けず、肩〜背中に鉛の塊が入っているが如き状態になってしまったから。
お蔭で、帰宅後は可成り身動きも楽。
今朝も出向いた。院長の簡単な診断の後、別なお若い先生が入念に治療。
更に楽になった。作業が出来そうに・・・

この数週間、作業をしながら薄々予測していたことだが、生徒のレッスンの無い日や、ピアノの部屋が使えない日は「今日こそ!!!」とばかり、片付けに精を出してしまい、それが災いをしたようだ。休憩は入れても、「まる一日を使わねば損」とばかりに。その時は動けてしまい、こんなことを繰り返していては身体が壊れる、との予感はあっても、もう少し、もう少し、と分別したり拭いては運んだりゴミ袋に入れたり又運んだり…

夫も一昨日の午前中一杯、昨日の可燃ゴミ収集に向けて頑張っていたが(私より少々高齢)、午後から夜までテレビの前のソファで眠っていた。

我々もそういう年齢。残念ながら・・・

ところで、今日は「体育の日」ではないのですね。
う〜〜ん・・折角東京オリンピック(1964)の記念日なのに。
1960年のオリンピックの時、小4だった我々の担任(体育専門)が、「次回のオリンピックは東京、君たちも中2で色々なことが理解出来る年齢。是非見るように」と仰った。
そして中2の10月、その言葉は覚えていたが、生憎学校はあり、(ヴィデオも存在する訳なく)殆どニュースでしか見られなかったのが残念だった。
テレビは白黒。後にブレザーが赤でズボンが白だったことを知った・・・

信号はオレンジ - 2014.10.08 Wed

この際体調などかまっている時間はない!
・・・と過ごした夏〜秋。

数日前からモーラスは手放せず、全身あちこちに貼りまくり、一昨日からはモービックとミオナールを服用。ぎっくり腰用の頓服として必ず手持ちがあるように処方してもらっている。日頃、周囲には「薬を飲んでも本当に治したことにはならないのよ!」と言っている私が!
腰は強いようだが(ピアノの左右88鍵の走り回りで鍛えられているのか?)、流石に分厚い書籍やアルバムを拭いたり移動・運搬したりしては…酷使した背中〜腕。湿布を貼って頑張った。

ここらで休んでおけば良かったのに、トドメは布団。
屋根裏のスペースを作るべく、山積みの布団から使えるものを選んで下ろし、夏の炎天下に何度もベランダで干しては窓際に積み上げる。
陽射しも弱くなったのに、結局ベランダの前に山積み、部屋も鬱陶しいほど狭くなり、…そうだ!ロフトベッドの上が空いているではないか!と、そこに片っ端から持ち上げたのが数日前。いずれは階下の押し入れに行くので、それ迄の辛抱。
これで第二弾を屋根裏から持ってきてベランダで干して・・・という計画の前にオレンジの信号(赤かも)。

たかが布団、されど布団、昔は朝晩押し入れの出し入れなど苦でもなかったが、ロフトベッドとなると高さが違う。私の身長より高い。全部が敷き布団で重い上に枚数も半端ない。
その時は良かったのだが、昨日辺りから右腕は動かすと激痛が首まで走り、両手首の痛みに、それらはとうとう背中まで達した。
不自由さと痛みは、皮膚筋炎で入院していた頃のよう。寝返りも難しく、携帯をベッドサイドから取るのも難儀。

昨晩、今朝、とモーラスを2袋ずつ貼りまくり(1袋6枚)、又してもモービックとミオナール。

整骨院に行くべきか否か。
骨粗鬆症がなかった頃なら即刻行っただろうけれど。
昨日より今朝はマシなので、様子をみようか。

生後6ヶ月を過ぎ - 2014.09.17 Wed

赤ん坊というもの、生後半年は母体からもらった免疫力で殆ど何も起きないが、一旦半年を過ぎるや次々有難くないモノをもらう。

うちの孫も然り、生後半年位から鼻風邪は長引いた。
8月は誰でも罹る突発性発疹。これが我が子ども達の時より重症で驚いた。我が子たちは軽く熱が出て、下がりかけにパラパラと発疹が出ただけだったのが…。
孫は高熱も然り、随分夜中も泣いていた模様。さぞ苦しかったろう。発疹も身体全体がまだら模様のようで、本当に突発性発疹?と疑うほどだった。(デング熱騒ぎの後だったなら、もっと疑った婆だったと思う)
9月半ばはヘルパンギーナ。又しても高熱が続き、娘も感染して(どちらが先だか分からないが)、結局子育てもとっくに終わった婆が孫育て……の数日。
抱っこをしていないと泣く。何とか機嫌を直してお座りして遊んでいても、婆がトイレに立つと泣くから、トイレの前に座らせて扉も半開きのまま声かけを続ける。
悪いことばかりでもなく、それで真似っこの学習したのか、おまるで「小」もするようになった!!(「大」は8月からおまるでしていたようだが)発熱がきっかけでオムツが取れてしまった、という有難いおまけ付きと相成った。まだ生後9ヶ月!

それにしても婆の年齢は正直。
余力はなく、又しても物置の片付けは先延ばしとなってしまった・・・


こういう週もある - 2014.07.20 Sun

目は相変わらずで、それでもあとひと息、木金あたりにいらしてください、と言われていた。
ところが珍しく鼻風邪で発熱(平熱が35℃台前半だから37℃以上に上がるとかなりきつい)、孫も前後して同じ症状を起こしたので多分2人とも寝冷え。
我が家のエアコンは難しい。タイマーをうっかり忘れると明け方ブルブル震えるほど。切ったままだと熱中症を起こしそうに汗びっしょり。
そんなこんなで、目は夫が処方されたての何とかいう抗菌目薬がよく効くとのことで、駄目元で使った。確かに今まで点していたものより効き、まぁ、改善されれば何でも良いや…といい加減な私。
でも土曜には受診するつもりでいた。

その土曜の朝、孫の相手をして廊下で孫の真似っこ、バタッとうつ伏せになって遊ぶ。
ふと窓を見たら、可成り酷い飛蚊症が!でも網膜剥離の症状ではなさそうで安心していたのだが、ひと筆でくねくねと墨で太く細く大きな模様を描いたような、というか、よくテレビで見る脳の中の血管の画像のようなものがくっきりと、それでも目を動かすと連動するので飛蚊症だろう・・焦点辺りを漂っているからはっきり見えるに違いない、と判断。
でも・・・考えるにその日を逃すと日月は連休。何か起きたら面倒なことになる。

生徒を後回しにしてもらって一番乗りで眼科へ。既に出向く頃には硝子体の中へ移動したのか、はっきりした模様ではなくなっていたが。
開門前に着いたが既に3人並んでいた。
散瞳して眼底写真やその他詳しい診察も受けることが出来た。

検査結果。
まず、以前からの潰瘍は完全に治っていること。
なので、目薬は以前のシェーグレン用のものだけに戻すこと。
飛蚊症は「剥離性飛蚊症」で(2007年頃にもやったような…)、硝子体は袋状なので、その日の朝のようにバタッと頭を下に向けて勢いよく動かしたりすると一瞬袋が剥離するそうだ。でも眼底出血や網膜剥離のようなものではなく、その一瞬の動きで剥離したものが丁度視界を邪魔しているとのこと。
夫の点眼薬を医師の無許可で使用したことも話したので、返す分の処方箋を頂いた(あり得ない患者かもしれない)。

帰りは飛蚊症よりも、散瞳した眩しさ。

その後、どうしても放置出来ない状態にある生徒だけレッスンをし、後はのんびり昼寝にうたた寝。


予測していたことだが、一旦ひどい飛蚊症になると当分続く。
夜中目覚めて暗闇の中でキラッと何かが光るし、起きれば起きたで漂流物は増えて、全く鬱陶しいのなんの。

目の酷使はやめて、当分は頭の中で記憶している曲しか弾きません!!(&教えません!!)


iPhoneは、はっきり喋ると正確に書き取ってくれる便利さ!
しかも、ドイツ語にしてみたところ、女性名詞の単語の不定冠詞を間違って"einen"と言ってしまったのに、ちゃんと"eine"と表記してくれてあった。何と賢い!!!!!
メール(その他)には手放せない存在となった



何でもブログに書くものだから - 2014.07.14 Mon

普通だったら書かないであろうあれこれ、私は書く。これでも可成り遠慮がちに・・
どんな方が読んでおられるのかは知らねども、なかなかゆっくり会うことも出来ない身内や親しい友人への近況報告かたがた、それより一番は数年経った時に「あの時はどうしたのだっけ」と、自分自身が直ぐに開いて読める便利さで(手書きのノートは既に不可能)。結果ご心配をおかけする。でも予想外にも、自分にとって些細なことが、読んでくださった方に「考えてもみなかった」と言われることもある。

土曜は朝一番で眼科。
「浸潤は残るものの、薄い皮が張ってきているのであとひと息。タリビットとフルメトロンを根気強く点して、次回は木曜か金曜に再度見せてください」とのこと。週末は安心して過ごせた。

夕方5時半から一人だけ生徒のレッスン。終わったのが何と8時半は過ぎ、夕飯が9時過ぎた。それは良いとして、どうしてそんなに毎回時間がかかってしまうのか。3−4分の曲たったの1曲だけだったというのに。これを通じて、今こそ私自身がもっと考えねばならないことを痛感。
てっきり自分で録音をしながら練習をしている、と信じ込んでいたのが、ご本人、やったことがない、と言う。数ヶ月前、大きなスピーカーは難しくても性能の良いヘッドフォンなら場所を取らない、客観的に聴くことこそ練習の第一歩(=弾きながら聴いて判断することへの第一歩)、といったことも同時に親御さんに話し、購入されたことも聞いていたので、てっきり自分の耳で何度もチェックする練習をしている、と信じ込んだ私がいけない。
私の「熱心」は「過保護」と化している部分もあろう。目前の結果に囚われることなく長い将来を見据え、「突き放して考えさせること」を躊躇わない!これが今こそ一番必要だろう。
これ以上はオープンにすべきでないので割愛。

日曜は、出掛けてしまえば「ホッとする説教」を楽しみに教会へ。運転も極力「まばたき」をするようにして。
来て良かった、と思いつつ帰宅。が、あとがいけない。昼寝、うたた寝、朦朧としつつ夕飯、テレビも座って見ていたけれど記憶になし。9時過ぎにベッドに移動して寝てしまった。

この数年は疲れ気味(検査も受けているが深刻な数値は何も出ない)、カーブスも無駄払いのまま2度目の夏になっている。通って体力をもっと付けて溜まった諸事をテキパキこなそう、と思うので、解約もせずにここまで来てしまった。5月と6月は意を決して(大袈裟!)出向いたが、結局1〜2回ずつ、それも本来は二周するが、一周こなしただけでドッと疲れ、翌日まで尾を引いた。う〜ん・・・退会するか・・ストレッチだけなら家でも出来るし・・ストレッチだけ家で続けてから再開するか・・う〜〜〜ん・・

そうそう、教会の帰りにコンビニで弁当その他購入した折、「3枚クジ引いてください」と言われて引いた。
何と!3枚とも「当たり」。一生懸命景品を探しに出向いて戻った店員さんに、「全部当たりクジなんですか?」と言ってしまった。空くじも沢山あるそうで、大感激して「有難うございます!!!」と店を後にした単純な私。↓当たった3つ。

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眼科受診 - 2014.07.10 Thu

結局素人判断のまま、人工涙液でまず目を洗うように点し、タリビットとフルメトロン、あとはシェーグレン用のジクアスとヒアレイン0.3などを点眼し、タリビットの眼軟膏を目の表面に綿棒で入れ、眼帯をしてまる2日。
痛む部分は充血が酷く、黒目の周囲の白い部分は白内障が進んだのかも、など勝手な推測までしながら。
何とか休診日も過ぎ、今朝一番でいつもの眼科へ。
生憎第二木曜は代診だそうで、知らない先生だった。
隣りの駅に新しく出来たという眼科に行くことも頭をかすめたが、そうなれば1から、つまり既往歴など全部を問診票に書かねばならないだろう。目に関してのみならず、膠原病で使用している薬(寧ろステロイドの副作用である骨粗鬆症や高脂血症のための)も多いが、それ以前のアレルギーや乳癌で使用した薬などは名前も忘れてしまった。
今後ずっと今現在の眼科にかかりたいと思っているので、代診の先生に診て頂いた。
機械の扱いなど、看護師が共に協力して稼働させてくださり、無事に目の表面の写真も撮れた。
今回、黒目の輪郭から中心に向かって突き出しているように見えたのは「潰瘍」だそうで、輪郭に沿って白く輪を描いているものとは別物らしい。「輪」は、高脂血症によるコレステロールの沈着とか。
潰瘍は、疲れが酷かったり溜まったりすると、ちょっとした傷であっても感染し易い状態が故に起きるのだそうで・・・うむ・・・言われるまでもなく常にその通り!

今回の症状のためには、タリビットの軟膏とフルメトロンをしっかり使い、治らなければ又受診するように言われた。
昼間の眼帯からは解放されているので(一昨日も昨日の昼間も、眼帯をしていないとまばたきの度に眼球が眼瞼に擦れて痛かった)、既に可成り良くなっているのだろう、と思う。

ため息の目 - 2014.07.08 Tue

先日来右首筋を痛め、庇って引き続き左首筋から背中を痛め、週末には原因不明(首を庇った??)の腰痛!
何が不自由かと言えば、上を向いて目薬が点せないことと、洗面台で洗髪が出来ないこと。

心なしか両眼の痛みが増していた。多分目薬(シェーグレン用の)を点す回数が足りていない所為、そこに洗髪しないものだから、(ざっくばらんな書き込みをする老婆)枕カバー代わりのバスタオルを頻繁に替えねば、と思っていたのも無精し・・・
目も痛い、痛い、と感じるばかりで鏡を見ることもせずに過ぎた(度近眼なので、老眼であっても裸眼なら近くはしっかり見えるというのに!)
よくよくとなった今日の夜、鏡で見てみたら、黒目の縁に - 何と表現してよいか分からないが - 白い上弦の月もどき。両眼にあるが、左目は一部分が黒目の更なる内側に張り出している。白目も充血。
たまには手鏡でじっくり見なければ、と反省。

明日一番でいつもの眼科へ!と思えど水曜が休診日。新しく出来たという隣の駅の眼科も調べてみたら水曜休診。
さりとて大学病院に出向いても、予約外が故の長時間を過ごすだろう……今週は使いものにならぬほど疲れることも見え・・・
常備の点眼薬と眼軟膏を全種類使い、抗生物質も服用し、眼帯をして寝ることにした。余計なまばたきを避ける為に。いつぞや、これで軽減したことがあったので。
明日の朝、完治は望めないにせよ、酷くなっていないことを願いつつ。現状維持だったなら眼科受診は明後日。

ではごきげんよう さようなら。
(何という日記だ!?自分の為の記録…後々へのメモを兼ね…あれはいつ、どんなだっけ?の日常が故)

週末は - 2014.07.06 Sun

結局首筋の痛みは治らず、「今回こそ教会へ」と思えど、日頃の行いの悪さなのか、無頓着に過ごしている所為なのか、腰まで怪しい。まさにギックリ寸前。
車で行けば大丈夫の筈が、私の車は娘一家が子連れで出掛けるのに使いたいと言う。夫は車を使っての仕事が入っており、同伴も駄目。という訳で不信仰者を通した。

誰も居ない家よ、万歳!!独り占め!!・・・・・
左右に動かない首、腰も不安定、ピアノに向かってみたが、鍵盤の両端は意外にも首を動かして見ているものだ…
安定させた腰から上を、平行四辺形のように左右に移動させるので、上半身を支えられない。諦めた。
惰眠をむさぼるべし!とベッドに寝るが、生憎整骨院で処方された湿布は1時間もすると乾いてきて、異物となる。首、背中が余計に痛い。
結局、正面だけ見ていればよいパソコンで、溜まったメールを半分ほどこなし、…目の痛みに気付いた。
これ以上のブラインドタッチは不可能(言葉通りのブラインドで打てたらなぁ・・iPhoneの音声による入力の如く)。

全て捗らないのは、休め、ということかもしれない。

首筋から背中の痛み - 2014.06.24 Tue

21日の勉強会で偶々「四十肩」「五十肩」の話が出て、私は最近至って肩周囲は健康!と言っていたのに…

実は…勉強会のおしまい辺りから右の首筋に違和感。
夜寝る頃には広範囲の痛みに変わり、まさか六十肩なんていうものは存在しなかろう・・・
こういう時は「今日何をしたか」ではなく、「昨日何をしたか」「一昨日何をしたか」になっている昨今…の年齢です。明らかに物置の片付けと、大量の本を家まで運んだ所為ですな。物置から玄関は、距離にすれば20メートルほどですが、四角い土地の隅を歩くので道のりは35メートルほどか?それを両手に重い袋を持ち、一体何往復したろう?そして屈んで箱に詰めてはガムテープ・・の反復。

寝る前に湿布を貼り、古いモービックとミオナールも服用したが治らず、翌日曜はいつもの整骨院へ一番で。
日曜はごった返し、駐車スペースも満タンなのにカラッポ。雨の所為か?
でも診察はしているようで、待合室には人影が。
玄関に入るや、「第4日曜は休診です」「間違えていらした方は治療します」と親切な貼り紙。
しかも、院長もおられるとのことで治療して頂いた。やはり、そういった作業による典型、と。
湿布も貼り、夕方には少し改善。

翌月曜は折良く大学病院の整形外科の予約で、骨粗鬆症のレントゲン(腰椎と大腿骨)と診察が入っていた。
骨粗鬆症は有難いことに横這い乃至右肩上がりながら、平均としては80歳。40代終わりからずっと。これはステロイドにより、骨芽細胞を作るALPという酵素が激減しっぱなしの為らしい。
診察の折に、首筋から背中の事情を話してモービックとミオナールも快く出して頂けた。
何と!先生も引っ越しの折に大量の本を自分で運び(若いものをこき使っては悪い、と遠慮したとのこと)、首筋の痛みはもう何年も治らず、多分これからもこのまま・・と言われた。そういう作業を自分でやっては駄目なんですよ、と。
はぁ……この先生、いつもパソコンに向かって話しかけておられるように見えていたのですが、首が回らないということですね。必要あって患者の顔を見る時には、椅子ごとぐるり…多分そういう事情…(ずっと「私の顔など知らないんじゃないの?」なんて身内に話して、申し訳ないことをいたしました)



馬鹿な婆 - 2014.02.26 Wed

今日は又一段と脚が痛い。特に両膝!
こういう時は「昨日何をしたか」ではなく「一昨日何をしたか」…最近では「一昨昨日何をしたか」という時もあるほどで。

整形外科で言われたのに、前の日記のような馬鹿をした。
当然だ、と我ながら頷く。

ともあれ今晩のうちに出向いておくことにしたのは正解だった。
明朝のラッシュアワーに東京駅まで移動するだけでも大変。

いや、まずは反省であります、心底…。



脚の痛み - 2014.02.24 Mon

孫が生まれてから膝と足首が痛い。

折しも今日は整形外科の予約受診が入っていたので質問した。

孫どころか子供を抱っこして(つまり若いお母さんすら)、半月板損傷やアキレス腱周囲の炎症(という単語だったか既に曖昧)などよく起こすそうで、レントゲンを撮るほどのものではなく、ともあれこの年齢で赤ん坊を抱っこして階段の上り下りなどは無理、負荷をかけない生活を心掛けるように言われた。抱っこするのも手を伸ばさず身体にぴったりくっつけるように、とも…
湿布をバンバン貼ってください、と言われて帰宅。

実は、階段で抱っこのみならず、飛行機ぶんぶん、や、お腹に孫を左手で抱えて乗せて、両脚と右手で「のっしのっし」と歩いたり(娘が幼い頃大好きだった)・・・余りに「母だった」頃そのまま。
……身体は覚えていても、結局ダメージを喰らっているのだろう。


又更に10日が過ぎ… - 2014.01.20 Mon

今日は既に1月20日。
加齢と共に毎日がどんどん短く感じる。多分無計画に過ごしているから(予定以外は睡眠)、と過ぎたこの10年間。
けれども昨年12月からは未だかつてないスピードで日々が飛びゆく。
振り返れば練習(勿論ピアノの、です)も全くしていない数ヶ月、いや、数年??
反省。
ただ、目が痛くてたまらない。これは変わらず。眼科医に言われることは分かっているものの、何とか楽にならぬものか、と毎週受診してしまう。
乾きに乾いた角膜。ジクアスとヒアレインで乗り切るしかないし、ベッドの横には加湿器も置いた、膵臓も目下のところ何とかなっているようだし、目の症状は無関係とも言われた。

相変わらず「どうして?」の私は(職業病だと思っている。「どうして弾けない?」「どうしたら弾ける?」と自分にも生徒にも常時頭が回転して過ぎた何十年)、どうしてこんなに目が痛い!?と、シェーグレン症候群だから仕方ない、と分かっていても何とか改善策を考えてしまう。医師は「パソコンを使う時には、眼瞼が半分閉じていられるよう、椅子を出来るだけ高くして画面を出来るだけ低くして」と仰り、それも実行している(足が床に届かなくなり、不要になったピアノ用の足台を置くほど!)。ただ、ピアノの譜読みだけは眼瞼半分では……というわけで、これはサボるに尽きる!
「知らない道の運転」も、まばたきする間もなく次々標識が出るので止めた。
もしかして12月に変更して頂いた高脂血症の薬の副作用では!?などとまで考えるドシロウト。眼科に相談するや、調べてくださり、それはあり得ない、と。

という訳で、ブログもまばら、書いても写真で埋め、頂いているメールの返信も、書きたくても滞ったままの年末年始。

眼科医は、孫1人増えただけでも生活がガラリと変わり、それによりシェーグレンが強く出ている、との解釈。…私もそれはそう思っているのだが…余り認めたくない…

ところで、漸くインフルエンザの予防接種を土曜に受けた。最寄りの診療所で。区の子育て支援、家族にインフルエンザの患者が出ると、完治まで使えないそうで…。
昨日になり、腕が赤く腫れて痛みと痒みに悩まされた。そういうものなのだろう、と過ぎていたが、夕方になってハタ!と閃いた。もう記憶の彼方になった乳癌の手術。腋窩リンパを廓清しているので、左で重い物を持ってはいけない、採血や血圧測定も右で、と何度も言われていたのに、「利き手と反対を出してください」と言われ、何も考えずに左腕を出した。昨夕は左腕全体が重くなっており、やってしまったかも…と甚だ慌て(予防接種など殆ど受けたことがないので)、他県の、いつも大変お世話になっている教授にメールで相談。即刻返信を頂き、今年のワクチンは可成り腫脹が出るタイプであることや、腋窩リンパについても接種液の滞留を起こすほどではないとのこと、ホッと胸をなで下ろした、というありさま。

気付けばうたた寝。
これ以上老いる前に、今年こそ練習しなくては、と思う(だけ


久々に長引く風邪 - 2013.07.12 Fri

鬼の霍乱の鬼は柔な鬼なので、反比例して酷い霍乱??

直接の原因は、4日夕方、久々に運動をしてびっしょりかいた汗も放置のままクーラーガンガンの下のスーパーへ行ったこと。6日朝に「何とか明日までに治してください」と、又しても無茶なお願いをしに耳鼻科へ行った。
お蔭で7日は特に支障もなく、ドタキャンもせずに「勉強会」を行い・・途中で熱が上がって来たな、という感覚はあったし咳も出て、徐々にだみ声になったけれど・・・誰かに感染させてしまった、という類の風邪ではないだろう、と信じて終えた。


その後、治るどころか日に日に喘息もどき、いや、気管支炎もどき咳、鼻水まで出て来て、やっとピークを越えた気がするけれど、風邪ってこんなに長引くものだった??「二泊三日」的な印象は消えた。幸い、抗生物質や消炎剤、鎮咳剤、など一式揃っていたので、これでもマシだったかもしれない。
水曜の、さっさと終えてしまいたかった大腸ファイバーはキャンセルしたし…先延ばしは(;´Д`)だ(←「やれやれ」と打ったら勝手に出た顔文字)。
明日は、どうしても出掛けたく「出席」の返事を出してあった某所オープニング・・奥に入った咳が治らず、夫に代理で出席を頼むことになった。

誰かに感染していないか、一番気にかかるのですが、一つ屋根の下の身近な家族が皆元気なので、大丈夫でしょう・・・


背中の痛みが続いて - 2013.05.22 Wed

膠原病とは無関係だと思うものの。

おそらく、(じっと座っていることの出来ない子供だった私が)長時間背もたれ付きの椅子にじっと座っている機会が続いたから。若しくは、テレビの前でいつの間にか眠っている、つまり背もたれにもたれている。ベッドに移れば煎餅布団に背中が圧迫される・・・
と、まぁ「三つ子の魂百まで」といったところだろう。

折角カーブスにも順調に通っていたけれど、ちょいと休んで様子を見よう。寧ろ悪くなれば「じっとしていない方がよい」訳で。

ピアノを教えるのは、立ったり座ったりしてあちこちの角度から観察、或いは手本を示してみたり、身体には実に快適なのだが・・・

そんなこんな。今日は、折角楽しみにしていた友人の公開講座、移動の電車その他は問題なかったのだが、座って聴いていると背中から全身が痛み。
休憩の時、後半の途中で席を立つことがあっては失礼だし、とホールを後にした。
やれやれ・・


打撲のその後のその後…など - 2013.03.02 Sat

年齢の割に、それも可成り衝撃を受けた打撲の割に、治りは早いらしい。

ただ、ウエストから下10センチあたり右側に、いわゆるタンコブのようなものが出来てしまい、それが痛い!
打撲箇所は暫く右から中央少し左まで、まるで赤いまだら模様の帯の如く「ここを打ちました」と訴えるが如く変色していたのが、今週になり紫から緑色を帯びた色となった。
ただ、そのタンコブが・・山のように盛り上がり、どんどん膨らむ。しかもちょっと触れただけでも飛び上がらんばかりに痛い!!

ふと思った。
これって、口内炎と同じ原理なのでは?
折角治りかけているのに、山が出っ張っているがために噛んでしまっては悪化を繰り返す、あれ。

思い出すに、リビング南側のカーテン開閉の度にテレビの台にぶつける、西側のカーテン開閉の度にソファの背もたれの木製装飾の角にぶつける、ピアノの部屋のカーテン開閉の度にピアノの鍵盤左端の角にぶつける・・・と、カーテン開閉だけでもこんなに無意識にぶつけるのは、出っ張っているから・・・加えて、皆同じ高さであることに気付いた。これで脚がもっと長かったなら、ぶつける箇所ももっと下になる訳で、とても座れなかったろう。(短足に感謝!!!
その他、車の乗り降りの度にはシートの角(ここは可成りしっかりと固い。ランバー・サポートと言うそうだ。リハビリの教授に教わった。「運転者の腰を支える」)にぶつける。
と気付いた今週半ば、注意して生活するようにした。

湿布でのかぶれの痒み以外は、さほど苦ではなくなった。
仰向けに寝ても、あたかもジーンズの後ろポケットに携帯が入っているような錯覚を感じるだけで。

と、2週間経ってここ迄回復。

治りかけがアブナイ・・
根性で治す!!いや、気を付ける!!

それにしても、何という内容のブログになってしまったのだろう??書き始めたきっかけは、当時のウェブサイト管理人が「ブログを書かないとアクセスはありませんよ」とのアドヴァイスを下さったからだった。演奏活動やピアノの話満載にする筈だった。
その当時のウェブサイトは、管理人が間違って(だったか?)消してしまい、バックアップもない、と告げられて私自身で(最初は娘の力を借り)何とかすることになったのだが・・・


だから、という訳ではないが、たまにはレッスンの話題。
今日は小学3年のお嬢ちゃんのレッスン。
いわゆるチェルニーの練習曲(40番)ばかりでは、指の上げ下げでピアノが楽しくなくなるに違いない、と、応用編として美しく心を表現することに結びつけるべく、ショパンの「幻想即興曲」にこの数週間取り組んでいる。そこそこ弾けてきた。勿論大人のプロのように、ではないが、1ヶ月後が楽しみ。
ただ、この類ばかりを練習していると、今度はバッハのペダルなしでの「輪郭」「音色」が崩れ、両立が難しい。
尤もまだ小3。よく頑張るもの…と感心。

打撲のその後…など - 2013.02.23 Sat

玄関でのスッテンコロリン!から1週間。
どこが痛いのか分からないほど広範囲だったのが、徐々に絞られてきて、結局痣(あざ)が右全体のみならず、中央にも少し左にも真っ赤に出ているので、打った場所が分かってきた。

遅ればせながら木曜にはいつもの近所の整形外科でレントゲンを撮ってもらった。
骨は全て異常なく、「打撲」とのこと。それからもどんどん腫れ続け・・

遡って火・水は無事に浜松へ行ってくることが出来た。
火曜は出掛ける時、丁度雪が激しく降り始め、よくよく運の悪いこと。これ以上転ばぬように荷物は「ガラゴロ」とショルダーとに分けた。

目的は去年同様、これですが、今回はブログにアップする許可を得ずに帰京してしまったので、省略。
ですから単なる旅行記と化します。
1年に数えるほどしか乗る機会のない新幹線!
富士山側の窓際を予約しても、雪と雲とで何も見えず、残念。

夜遅くまでご馳走を頂戴し、美味しいワインに舌鼓を打っても、悲しいかな、確実なる体内時計で朝は定刻に目覚める習慣。


朝日もまだ昇らない。
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やっと明るくなった。
南側の部屋なので、目一杯西側に立って窓の外の東側を撮った。窓ガラスの汚れがどうしても入る。たった1枚のために一体何枚撮ったことか。そして、私は何をしに此処まで来たのか?と疑問…そろそろ認知症…??
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医大でのあれこれを終えて、打撲の痛みがあるので真っ直ぐに帰ることにした。鰻だけは買った。
新幹線、静岡に着く前、これ又窓ガラスにカメラを着けるようにして根性で「富士山」!!

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そして何度かトンネルを抜けて、「さぁ、真っ正面に見えるぞ!」と構えたら・・
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雲がすっぽり覆って残念!!

何とか帰宅。

そして話は最初に戻りますが、やはりレントゲンを撮って貰った方が…と、木曜朝一番で整形外科へ。
「痛みの自覚症状」で動くこと。基本は安静(今ごろ言われても、新幹線に乗って、一応旅行をしてしまったよ…)。
「上手に転んだ、と思いましょう」「打撲で済んだ、と思いましょう」と今回も言われ(前向きに捉える先生です)・・
折角(斜向かいの)カーブスに通い始めたので、いつから再開出来るか訊いたが、これも「自分で『大丈夫!』と思った時が再開する時です」と言われた。でも、大いに又やってください、と。
なるほど・・
それと、万が一「排尿・排便」に異常を感じたら又来てください、とも言われた。仙骨には色々な臓器に繋がる神経が張り巡らされているから、ということだった。
という訳で、今回のスッテンコロリンで又受診することは無さそう。

自分のための備忘録。
こんなことも書いておくと「あれはいつだっけ?」と役に立つ昨今・・・



順不同甚だしいのですが - 2012.11.22 Thu

成田で一泊した時に、歯の詰め物が取れてしまった話は書いたのか書かなかったのか…
と、どうでもよいことながら・・
治療した記憶すらない奥歯で、小さい穴ながら深くて爪楊枝も役に立ちません。
ふと思い立ってガムを噛んでみた。

成功!!

ところが、ドイツに出向く少し前からガムが効かなくなってしまった。
種類がいけないのか、とあれこれ試すも駄目!

無理と分かっても爪楊枝を購入したけれど、全く入らず、こんなものまで購入した。

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別に痛みがある訳ではないので基本的には放置なのですが、詰まった物によっては虫歯がひどくなるのではないか?とも思う。


そうこうするうち(ほんの数日前から)再度ガムが効くようになった!!!

そうだよ!と気付いた。

唾液不足!!

ガムをいくら噛んでも唾液がなければ駄目なのですね。
おそらく疲れが少しずつ回復し、再びガムが詰まったものをくっつけて取り出してくれている模様。
(と、変な話ですみませんが、何かの折、ご参考になりましたら幸いです)

思えば涙液不足も気になるほどで、案の定1週間ほど前には結膜炎と思しき症状。
夜中に目がゴロゴロして開かなくなり、鏡で見たら真っ赤も甚だしい。
渡墺前に眼科医から「持参してくださいね」と言われていた点眼薬を必死で毎日4−5回点し、この際、と以前処方されたクラリス(抗生物質)も服用した。2−3日で治った!

疲れないようにすることが第1、と痛感した出来事でした。


娘の不調(つづき) - 2012.11.16 Fri

娘が倦怠感その他、朝食を食べに行けなかったので、許可を得て皿にあれこれ乗せて部屋に戻った・・・は書いた気が・・

昼を過ぎてもよく眠っているので声をかけ、食べられるものだけでも食べたらどうか、と促した。
熱も下がっているようだし、これで食欲が出れば万歳の筈・・・よく食べて安心した。

「出掛けてきたら?」との娘の言葉に、特に行きたい場所もないけれど、今日から始まっているMahlerstrasseのChristkindlmarktを見に行ってみた。
けれども殆ど何もなく、普通の出店状態。客も居ない店が殆どで…夜になれば少しは混むのだろうか?

特に予定もないので、初めて通りがかった「Vienna World」という店を物色。
Franz LisztとRichard Wagnerの肖像画を3€で購入。
早く横になりたい気もして、バスに乗り、最寄りのスーパーで買い物をして帰宅。

夕飯は無精して出来合い(冷凍のCevapciciとジャガイモのサラダ)。

娘は下痢が酷くなった、と言う(え〜〜!?Cevapcici食べさせてしまった!!それも美味しそうに食べてはいたが…)。
疲れで大腸が働かなくなったか、ウィルスによるものか(今月4日頃の私が感染源かもしれない…いや、ちょっと潜伏期間が長すぎるか…でもドイツに行っている時からの日数ならあり得る)、いずれにせよどんどん出した方がよい。
何しろこの二週間の食べっぷりには驚くばかり。胃ではなく大腸がストライキ??腸に来るタイプの風邪かもしれないけれども。
白目の色もOKだし指先や爪の色もOK。

娘が「硬水は良くないかもしれない」と言う。
すぐ近所に日本屋さんがあるので、うどんを買いに行った(明日用です)。
もうとっくに閉店している時刻だったのだけど、折良く仕入れの方だろうか?仕事関係の方がいらしていて扉が開いていたのをよいことに入り、うどんとお湯で温めれば食べられるご飯などを購入。
どこかで軟水が手に入るか訊いてみたところ、別な店員さんと思しき方が折良く戻ってこられて、「ウィーンの水は普通に飲めるし、沸騰させて、更に温かいうちに飲めば大丈夫」と。軟水はBIPAやdmで、店によっては置いてあるところもあるけれど、この近辺はない、と親切な情報を頂いた。

私の頓服薬も一通りあるのだけど、生憎お腹の薬は無い。
脱水状態にならないよう、下すことは恐れず水を飲んで・・・明日はお粥かとろけるほどに煮たうどんだ。
(と、ここで又、スーツケース2個OKと知っていたなら…と後悔。重量オーバー、と家に置いてきたレトルトのお粥など…返す返すも残念!!!)


娘の不調… - 2012.11.16 Fri

Düsseldorf滞在中から下痢の話はしていたが、食欲旺盛、半分心配しつつも他に症状がなければ大丈夫だろう…でもウィーンに戻ったらホッとしてドーーン!と出るかも・・は幼いころからの娘を見てきての心配。

案の定、昨日は熱が上がり鼻水、今日は喉が痛いそうだ。
宿から借りっぱなしの体温計によると、昨日は微熱ながら上がり、今朝は平熱にはなっていた。
でもぐったりしていて朝食も食べられない、というので、私だけ食べに行き、許可を得て娘の分は部屋に運んだ。

私が2回罹った症状に似ているかもしれない。
潜伏期間を計算すると、同じ風邪の類かもしれない。
しかもミニスカートで冷えたろうし。
遡って私の体調が悪かった時は気が張っていたかもしれないし、ドイツ滞在中も気力で症状が余り出なかっただけかもしれない。
これは辛いだろう・・・

日本時間のまま送信。

又してもパンク? - 2012.11.05 Mon

今日は5日。
昨日のことだ。
10月半ば過ぎに起きた症状が又しても起きた。
風邪ではなさそう。
下痢に始まり、全身の痛み、発熱……

10月に耳鼻科で(その時は咳も酷かったので)処方された薬を、先月末の膠原病内科の予約受診で「旅行用に」との名目で出してもらってあり、本当に助かった。

又、娘は娘の夫(小児科医)と連絡を取って、どうしたらよいのか相談してくれた。
前述の薬に加え、余りに痛みが酷いようならロキソニンを、とのこと。
ロキソニンを飲んで随分楽になったし熱も下がったよう。

2日に空港に着いて、あまりの疲れに驚いた。いや、こんなにフライトを長く感じたのは初めてだった。
列をなして出口に向かって歩くのが追い付かない。空港が改装されて出口まで遠くなった所為もある。
いや、参った・・・


それでも!!


娘が「右見てごらん!」と・・・
歩きつつ、しっかりデジカメを取り出す私。
私の興奮ぶりに、娘が「落ち着け!落ち着け!」と。
壁面全体がスコアに!!
反射してピントが合わなかったが・・


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すかさず見つける「ロロ、ドド、ジュジュ〜〜」の部分。
(頭の中は勿論悲しいかな、Peter Minichの声です)

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他は又、元気になってから書きます


相変わらず無計画 - 2012.03.09 Fri

朝から疲れが尾を引き何をしても捗らない…

ずっと気になっている今年期限が切れるパスポート。
それなら更新にでも行ってくるか。

写真を予め撮って持参するつもりでいたけれど、写真なんて本人だと分かれば良いのだし、と、又しても無計画の思い立ったが吉日。

ちょっとこのところ歩く機会も無かったし、運動にもなるわ…との思いとは裏腹に、一番歩かずに済む、東中野乗り換えで都庁前(だったか?駅名は…)へ。

傘をさしても髪の毛は雨に濡れてボサボサ…
着いて、がら空きで「やった~~~!!!」は良かったが、気付けば化粧も殆どしていない。
どこかで何とかしようと思っていたら、撮影もがら空き。
行くなり、奥へどうぞ・・・「やった~~!」だか「しまった!」だか。
「前髪がはねてます」と指摘されたが直らない。

撮れた写真は…


前科何犯、とは言わないでおくが、あたかも十歳年上のようなイメージ。
しかも、「痛痒い」と思っていた片眼は無頓着にも…麦粒腫の始まりなのかも。左右の目の大きさが違うではないか!!(内心「ぎゃ~~~!!」)


でも、わざわざ来てしまったのだし…と、こんな時に限って「時は金なり」思考。
記入した用紙に貼り付けて提出。

「まだ期限が可成り残っていますが、旅行のご予定でも?」と訊かれた。
多分、この写真で作るの?と思われたに違いない。誰だってそう思う…前の10歳若い、しかも(同じ場所で撮った筈だけど)遙かにまともな写真を少しでも長く持ち歩きたいのが人情。



今年は、例のかんぽの生存金の年(2009年から3年経つ速さに愕然とするが)。
実は……1-2週間の脱出計画もあるにはある。
だけど、こんな何が起きてもおかしくない地球の状況。脱出したはよいが帰国出来ない、などという可能性がなきにしもあらずで。
ドイツ語圏ならまだしも、全然言葉を理解出来ない国でパスポートが切れたら?と心配性は思う。
そういう異常事態の時には考慮されるかもしれないが、面倒なことは避けたい訳で。

という訳で、前科何犯だか、10年経った顔だかのパスポートが出来る。
いいんです!!どうせ(生きていれば)10年先までこれを使うのだから・・・


と書きつつ、ちょっと残念。
常に、慌てる乞食。
(乞食でも、ひとつ片付いたよ)


帰りは本来吉祥寺まで乗って、いつもの量販店でパソコンを物色するつもりでいたのだが、久々に歩いたらへとへと・・・帰宅することにした。
残り14GBとなった、しかも機械音を立てているパソコンが先だったかもなぁ。

頭の回転しない相変わらずの日々の気がする。


夕飯済ませて3時間爆睡。(昨日もだったわ…)




教訓;
*疲れている時には、残る写真は撮らない
*疲れている時こそ、優先順位をよく考える

パスポートを見ては、これらを思い出す機会にしよう!!(何と大袈裟な!!


 - 2012.02.29 Wed

(3月2日記載)

そうそう、書き忘れました。
脳の画像。

脳そのものも年齢相応。50代半ばになれば、この位の白い影は出るものです、と。
血管もツルンとしていてきれいだそうです。
認知症も大丈夫らしい…(画像的には?かも…

頭痛の原因が器質的なものではないと分かったので安心しました。

となると…機能的なもの??
多分能力以上に使いすぎて疲れたのね
年齢相応ですから・・・
(でも50代半ばって聞こえたような
疲労や肩凝りからも来る、とか…


40代終わりのMRIの結果では「65歳くらいになると、この位の微少梗塞はあります。生理的なものなので心配要りません」と言われた記憶が。「まだ一応40代なんですけど?」と言いそびれたことも思い出す。

それで、2000年の画像は見せて頂けないでしょうか?と尋ねてみたところ、当時は画像記録がフィルムだった為に、年数が経つと破棄することになっていたそうで、甚だ残念。
あの白い点々……今より遙かに遥かに多かった。

腸は又。
長文は疲れるので~…

雪を車中から胆嚢、もとい堪能して帰宅後は爆睡。
目覚めたら夕方。とっくに止んでいました。


追記;
前に「低反発のマットと枕」が関係しているのではないかと思う、と書きましたが、思ったら即刻行動。
引っ越した息子の部屋のベッドの上に譲り、息子のベッドの上の普通の布団を我がベッドの上に。
枕も以前使用していた蕎麦殻入りのものにした。
寝返りは大切だと思う!!
以来、頭痛が日に日に楽になっていることを書き添えておきます。


我が杜撰さなど - 2012.02.23 Thu

今日、昼過ぎからブログにアクセスしてもエラー画面や404画面ばかりで、「いよいよ私のブログのあれこれが、情報漏洩や誹謗中傷として取り沙汰されたか???」と思っていたところ、そのうち、ネットワークに障害が発生して復旧中である、という画面が出るようになりました。(内心ホッ!)
珍しく長時間でした。いや、サポート画面によると、まだ終わっていないらしい(夜6時半過ぎ)…偶々私のブログが復旧しただけで。
これだけの年数分の日記を無料でお世話になり、FC2には感謝!!…こんな便利な日記機能とメンテナンス、他へ移動はできません。


ところで…
生徒たちもこの日記を読んでいる訳です…
偶々検索でヒットして読まれる方も多いわけですから、生徒たちのことを書く時に敬語を使うべきか、使うなら「尊敬語」「謙譲語」「丁寧語」のどれを使ったらよいのか?と迷うこと屡々。見ず知らずの方にとりましては、生徒と言えども扱いは「身内」。大抵は敬語も使わずに書いてしまうのですが、時々意識してしまいます・・・

そこで思い浮かぶ「ら抜き言葉の賛否」。今では普通に使うようになりましたが・・
私の中では未だに「ら抜き」は違和感あり(特に書き言葉では)、避けている気がします。
しかもこういう敬語云々の迷いの中では「抜かない」ことが甚だ便利!!
例えば「生徒の一人が来れない」は「可能」だけど、「生徒の一人が来られない」とすれば「可能」とも「尊敬」とも捉えられるから、誤魔化しが利く。

どうしてこんなことを書くことになったのだっけ・・・認知症・・(数行書いてサーバーが落ちたので、ということにしておく)。


あぁ、そうだ、又しても頭痛の話だ(執拗すぎ!)。
今日も明け方は酷い痛みで、鎮痛剤と胃薬を飲んだ。大抵これで少しは落ち着くはずが、夢の中から吐き気がして、トイレに走った。こんなことは殆どと言って経験したことがない。10代20代の頃には生理痛が余りに酷くて鎮痛剤も飲まず、痛みから嘔吐したことはあるが。
先日来た生徒(ここで「来られた生徒」と書くべきか迷ったのだった…支離滅裂な文章…)が何十年来の頭痛持ちで、そういうことがよくあり、頻繁に鎮痛薬を使っている、と言う。その日もレッスンの為に、朝起きてから4回も飲んだ、と。本来4時間は空けなくてはならないのに。
回数は兎も角として、頭痛持ちにも拘わらず活き活きと行動している姿に、これっぽっちの頭痛で「痛い痛い」と大騒ぎしてブログに迄書いている私はアホか!?と思う・・・
しかもその日は、自宅に咲いているという梅の花を一輪持ってきて下さった。遠方より電車に乗って・・・

梅2
(逆光になったので場所を変え)

梅


又、殆どの生徒たちがレッスンの前にブログで私の体調を読んでから来る(来られる?)、というのだから恐縮してしまう。
読んでくれて(くださって?)いるのなら…と調子に乗って連絡を兼ねてしまうこともある

この阿呆は認知症かも…と思うこと屡々で。
今日もやってしまった!
午後に来る生徒を休ませて貰おうかどうか迷っていたところ、ブログを読んでメールを下さり、遠慮なく延期させて頂いた。
ところが午前中にも入っていたとは!!!
インターフォンが鳴ったが、まだ薬が効いてくる前のこと。とてもレッスン出来ずにお帰りを願ってしまった。
手帳に書いたら忘れることにしている。どうせ忘れるのだから、意図的に忘れる。翌日の予定は夜のうちに目を通すのだけど、手帳には書いていないので。

とうとう・・・もし明日の脳のMRIで認知症に繋がるものが見つかったら??と冗談ではなく不安に。

それから一眠りして起き、手帳を見直した。やはり書いていない。
ところが!!思い出したこと!!私の使っている手帳は、1月から翌年の3月まで記入出来るタイプ。3月まで使えばよいのに、いつも12月か1月に新しくして、年明けからの予定を書き写す常。
・・・・・去年の手帳と今年の手帳の初めの方に記入した鉛筆やボールペンの使い分けから見て、新しい手帳に書き写したのは2月1日迄だったことが判明。
去年のうちに決めた2月以降のあれこれは書き写していなかったのだ!(勿論明日以降も!)
何という杜撰さ!!書き写すなら記入してあるところまで全部写すべきで・・・雨の降る寒い中、本当に申し訳ないことをしてしまった。

写し残しがもっとある筈なので、更に確認しませんと・・・


毎度ながら、だらだら書き放置ですみません


 - 2012.02.20 Mon

頭痛は、おそらく疲れから出ているのに、出来るだけ鎮痛剤を飲まずにずっと過ごした所為だと思い、ここ数日はロキソニンに頼る。頼り始めるとありがたさを実感。飲まないと辛い。

長らく受けていない脳神経外科を受診(そもそもは2000年、ステロイドの副作用によるラクナ脳梗塞で勧められた)。

複数の医師から、大学病院でなくとも近くの開業医でもよいので、と言われたが、脳も2000年からの記録が存在しているので、いつもの病院に車を転がした。
予約外なので可成り待たされるだろう、しかも予約外の9番目だったので待ち時間は覚悟していたら、すぐに名前を呼ばれて吃驚!ご考慮に感謝!!
あっと言う間に帰宅したので、家の者も吃驚。
一番待ったのは駐車場に入る行列だった…30~40分並んだろうか…

今週MRIを撮って頂く。

時間にゆとりがあるうち、偶然検査があれこれ続く。
いや、ゆとりが出来てホッと一段落した時に不調は出る常、か?

今日も昼食の後はずっと爆睡。


結局 - 2012.02.18 Sat

昨日は皮膚科に電話で相談してみたところ、皮膚症状が無いのであれば、と脳神経科の受診を勧められた。
けれども、予約外だと又何時間も待つ訳で、頭痛を抱えての気力も体力も無し。オーダーを出して頂くには再度皮膚科の受診をしないといけないそうで、それも又予約外の悪循環。諦めた。

このところ偏頭痛がしてもロキソニンを飲まずに頑張っていたのが災いしたかもしれぬ。痛みの回路が出来たなど(素人判断です)。
だが、唾を飲み込むだけで痛む頭頂はイヤだ…
そういう時は整骨院で全身の流れを整えて貰うしか思い付かない。
首筋も張っているし。

午後の一番目指して車を飛ばした。
折良く全く待つことなく院長の受診。

背中は押しても先生の手が跳ね上がるほどパンパンに張っていると。
特に右肩甲骨内側は脳天に突き刺すが如く、痛かった。
若い先生に指示を出して、マッサージ、湿布。

暫く全部サボろう。
休めば治るに違いない!!


今日は昨日より遥かに良いものの、ミオナールとロキソニンが切れてくるとクラクラする気がしている。血流不足か??
娘のお世話になっている医師に相談したところ、脳神経科を念のため受診して、場合によっては画像診断を、と勧められた。

それ以前に、秋に購入した低反発のマットレスと枕も合わない気がしているので、やめてみよう。
夜中に目覚めた時、全く寝返りを打っていないことに気付く。頭も当然何時間もそのまま。
思うに、これは絶対に不自然。ある程度の固さのある布団に、逆に筋肉が押されて寝返りを打ち、血流が良くなる気がしてならない・・・(又いい加減な素人判断を書く 中らずと雖も遠からず…と思ふ)それで治ったら「な~~~~んだ・・・」で、めでたしめでたしになる。



頭・その後 - 2012.02.17 Fri

忘れてしまうので記録。

夜中も痛んだ。
今も痛い。
でも、ずっと痛い訳ではない。
帯状疱疹のようなピリピリした痛みではないような。

唾液を飲んだだけで痛みが走ることもある。
ちょっと頭を動かしただけで痛むこともある。
首が凝っていて首筋から繋がっている気がする。

枕が悪いかも、と思ってみたり…
腰回りも、「低反発」なるものを使用してから痛むので。
夫が秋に、自分の座骨神経痛に良さそうだ、と「今なら…(以下忘れてしまった。兎も角サービスの類)」と二人分購入し、何だか合わない気もしつつ使っている。夫にはとても良いようだが。


朝起きて夫に伝えたら、先日風邪をひく前にそんな感じがあり、風邪が治ったら頭も治った、と言う。
それか?

「頭皮 痛み」と入れて検索。

http://touhi.net/itami.html

当たっているような箇所もあるが(昨日待合室で音楽を聴きながら眠っていたら痛みが消えた)、「ズキズキ」とずっと痛い訳ではない。
皮膚科を受診したのは正しかったと思うが。

http://touhi.mkr4.com/towa/

うーーーん・・・皮膚科よりは神経?私の通っている病院だと「脳神経外科」と「脳神経内科」とあるが、後者だろうか。

いずれにせよ、予約外で出向いて待たされることほど大きなストレスは・・・ない


家で休養を取るのが一番か?
色々ストレスは続いたからなぁ…

整骨院の方が良いか?
それとも皮膚科に電話して相談するか?


取り敢えず一旦送信。


更なる追記 - 2012.02.16 Thu

ロキソニンが効いている間は忘れていたけれど・・

切れてきたのか、右頭頂部から耳の辺りまで何となく違和感。
痛い、というか、髪の毛を引っ張られっぱなし、というか。

発表会前からの不調を考え、昨日生徒と生徒の間に1-2時間休憩が入るように組んであったのに、結局ずっと5時間半ぶっ通しになってしまったのが輪を掛けたかもしれない。
どうせぶっ通しになるのなら、今後、合間の時間は作らずに設定することにしよう・・・

帯状疱疹もイヤだけれど、脳そのものの疾患だったら本当に困ってしまう(私もだが、寧ろ周囲が)。

さてさて、明朝どうなっていますか・・・
寝なければ!!
お休みなさい


我を通して動き回ってみる(途中加筆あり) - 2012.02.16 Thu

ブログは日付を自由に過去に戻って書けるのに、年明けからは書いた日の日付で送信し、ややこしくなってしまった。しかも追記機能を使ったがため修正も億劫。(追記機能を使うのはやめよう…)

2月13日の日記

予約は;
血液検査
整形外科 9:00
膠原病内科 :9:30

いつも待ち時間を座って居眠りして逆に疲れ切ってしまう。

待ち時間を自分の意思で使おうではないの!!

まず再来機に診察券を通し、一応血液検査へ行って診察券を通すと、いつもながら100人以上待つ。
それなら待っている間に整形外科を済ませてしまおう!
検査室の係にその旨告げると、「いえ、ここでお待ちください」とな。
ちょっと待ってみたが、明らかに整形外科は済ませられる人数。

それで2階の整形外科に行ってみたら、又ここでも「いえ、検査を先に」と言われる。

再度地下に降りれば、まだまだ座るところもなく、患者さんが廊下で林立している訳で、「血液検査は膠原病の検査なので」と我を通し、整形外科へ行くことにした。

2番目に呼ばれて、診察も私の訴えに耳を傾けてくださり、3月にMRI検査を受けることになった。
腰回り、特に背中が痛い。
「一度撮っておけば、今後比較として参考にもなりますからね」と親切な先生。

そして地下に又降りて採血・採尿。
結果が出るまでたっぷり時間はある。再度2階の同じ受付で膠原病内科に診察券を出し、朝食を済ませてくることを告げる。

2時間くらいかかることは間違いないので。
6階のカフェへ。
今月はコーヒーのおかわりが100円だそうな。又、ソフトクリームが半額。
これで朝食は充分。
景色を眺めてぼーーっと過ごす。

8229846_1528213433_11large.jpg


以前工事中だったものが仕上がっている。ゴミ焼却施設だろうか?
8229846_1528213463_189large.jpg

2階に降りれば、丁度名前を呼ばれた。
「何度もお呼び下さったのでしょうか」と申し訳なく尋ねれば、「いいえ、今が初めて」と。(ナントイウタイミングノヨサ)

コレステロール系以外は何も異常なし。
腰回りの不調を告げて、こちらでは大腸ファイバーの予約を入れてくださった。

これで会計にファイルを出して、車を薬局に移動してしまう(薬局の駐車場は無料なので
後で処方箋を持ってくること、車を置かせて貰って昼食を済ませてくることを告げる。

再度病院に戻り、会計の支払い。
処方箋を薬局に持って行き提出し、又病院に戻る。
もう1年近く前から一度出向きたかった、院内の「松○楼」で和定食(これがカロリー一番低い。1000kcalは選択肢には元々ないので)。
煮魚は鮭の西京漬けに、かやくご飯はとろろご飯に。

8229846_1528213420_102large.jpg

地下に降りてATMでの用も足し。
(空っぽに近い通帳。ネットバンキングでは入金そのものは出来ないので)

薬局に戻って薬を受け取り、車で帰宅。途中スーパーにも寄り。



・・・・・・そうだわ・・・この様に過ごせば退屈もしないし、病人気分にもならずに済むではないか!!
その前に、運動にもなる訳で。
と今日はそう思った。
大抵着いたとたんに座り込んで眠り、どっと疲れが噴き出す現状。
座らないのが功を奏したかもしれない。



(追記機能をやめてこちらに移動)

2月14日
やはり疲れが出たか・・
あれだけ歩き回れば出ない訳がない。

腰回りの痛みで、3週間前に癌の検診を受けた。気になっている卵巣と、あとは子宮体癌。
検査が1週間前に出ている筈が、毎日駅近辺まで出向く気力すらなく過ぎていた。卵巣は、既に受診の折に「腫れていない」と言われていたので、子宮は自分の中では心配がなくて。
でも、車のシートに座れるようになった夫が、車に乗せていってくれる、と徒歩15分の道のりを送ってもらった。
二項目を調べて、5段階のうち片方が1、片方が2、異常なし。


毎日頭痛で起きるのが苦痛。
ロキソニンを飲めばよいのに…と思えど、出来るだけ薬には頼らず・・


2月15日
又頭痛がしていたけれど、薬は飲まずに何をするでなく過ぎた。
が、昼頃に頭皮が痛痒い気がして、洗髪。
痛痒さは右に寄っている気もするが、気に留める間もなく仕事(生徒)。



2月16日
去年の秋から体調不良と崩れる寸前の山積み仕事でキャンセルしっぱなしになった皮膚科。
今日こそ行く。
頭の右、線に沿って走る痛み(髪の毛を引っ張られたような)も昨日からあり。
まさか帯状疱疹の始まりではなかろう、という心配も密かながらあるので、これを機会に又予約を続けて頂く。



追記

予約外だったので、予約患者さん全てが終わるまで約3時間待たされ、その間、iPodを耳に心地良くうたた寝・・・
呼ばれた頃には、どこが痛かったのか判明が着かないほど楽になっていた。
痛みは疲れから来ていたのか??

モジャモジャの髪の毛の間をルーペで丹念に観て下さいましたが、水泡や湿疹は無く、「帯状疱疹は初期段階では診断がつかなくて医者泣かせなんです」とのこと。「でも多分大丈夫でしょう。ロキソニンを飲んで様子を見てください」と言われ、6階カフェに行き、早速遅い昼食時(3時頃)にロキソニンの手持ちを一錠服用。

8229846_1530752666_22large.jpg


余りに分厚い雲の下、遠く晴れて山々が見える!

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一旦途絶えてしまった定期的な予約受診を2ヶ月後に入れて頂け、それだけでも待った甲斐がありました。





常に大泥縄で自分を振り回す - 2011.11.17 Thu

今朝は頭痛で起きられなかった。
ロキソニンを一錠。
痛みが軽減するのを待って、何とか8時半に起床。
9時半に皮膚科受診予約が入っていたので。
出来れば、9月に怪しかったマイコプラズマの抗体検査も受けたかったし(皮膚科が、その類のプロフェッショナルなのだ)。

けれども、どう考えても出向けない……いや、身体が動かない(ちょっと動くと頭が脈打つ痛み)。
キャンセルの電話を入れた。

後になって気付いた。正解だったことに。
予約は皮膚科だけなのだが、駐車場から外来棟に移動、待合室で長時間を過ごし、その後検査を受けるとなると「検査を必要としている」さまざまな病気の方々の中で再度待ち時間を過ごすことになる(お互いさまであり、決してそれを悪いこと、と思っている訳ではないものの)。その後の会計にせよ薬局にせよ、いくらマスクをしていようとも、この様な疲れている時に過ごす場所ではない。どうかすると、肝心な時に生徒たちにウィルスを差し上げてしまう可能性もある訳で


何とか頭も働き出したので、ずっと気になっている、生徒たちの発表会のプログラム。
先日も「これでOK!」と朦朧とした頭で仕上げた気でいたら、「ご挨拶」が抜けていた。
しかも、第1部に関する説明は、全く的を射ておらず。
やはり3つ折だろうなぁ…A4で済ませるか、B4にするか、ともあれ書いてレイアウトだ!



ずっとワードを開いたまま考え続ける………


頭痛治らず。
4時間以上経ったので、もう一錠服用。

プログラムはそのままになっているが、第1部の進行が見えてきた。


昨日は、以前通われていた生徒さん達や、今回出演出来ない方からも、早速近況報告やお手伝いの件でメールを頂き、とても嬉しかった。



残念!! - 2011.10.21 Fri

中高時代の仲間たちの展覧会なども、海外在住で帰国の友人との久々の再会も、前述の文化祭も、全部叶わぬ無念さ!!!
日頃の行いの悪さが故。

今日も必死で起きた。5分起きては又横になり、を繰り返し。
一昨日、昨日、と少し頑張り過ぎたか・・・それは分かっていたので、昨日は午後昼寝をしてから(これまた、起きねば、起きねば・・と頑張って)整骨院に出向いたが、それが又疲れの原因になったろうか。ただ、整骨院での処置は数日経つと効果があることを経験から理解しているので、出向く方が理に叶っている。


そろそろ作らねばならない印刷物もあるのだが、頭は拒否。身体も拒否。
(勿論)手抜きで、と思えど・・・それすら・・ま、いっか・・と先延ばし。


私より体調の悪い筈の夫(脊椎管狭窄症が脚にまでに影響している)が頑張って家事をメインにしてくれている。但し掃除は二人とも不可能。
今度の日曜には、仕事ではないものの「演奏しなければならない」ことがあるそうで、「やめたら?」と進言するも、既に時遅し…らしい。


私の左手母指CM関節症も、腰に気を取られている間に右手まで復活…
全くヤレヤレの年。
朝は寝床の中で湿布(寝ている間にギプス状態になる優れもの)を剥がし、手、指を開いたり閉じたりしながら様子を見、身体も寝返りを何度か打って動けることを確認しながら、30分以上を過ごす。倦怠感も相俟って。
これを忘れて(電話などで起こされ)ガバ!と起き上がり、洗面台に行こうものなら歯磨きのコップすら落としそうな握力と痛みなのだ。

・・・・・・・・・1998年と似ているのだ、甚だしく!
多発性筋炎再燃???と思えど、どうせ医者に行っても「検査データは全て異常ありません」で終わることを13年の間に学習してしまったので、自分で再燃せぬように工夫するしかない。
私の場合、検査データに異常が出る時には、もう寝返りも打てないし、立ったり座ったりも出来ぬ状態(体幹筋を酷くやられて、初めて異常データとなるらしい)ということが分かっている。

如何にサボるか、ということばかり賢くなる毎日。



綱渡りを諦めた - 2011.10.15 Sat

若い頃の身体を記憶しており(「やる」と思えば何でも出来たこと)、それは膠原病の後でも同様、50代前半は大体思っている通りに行動が叶ったものだ。


それが、いよいよ諦める年齢???


今月末に「いとこ会」と称する、父方の親類の集まりがあり、私が幹事を引き受けたというのに、全部妹の千歌子にやらせてしまう羽目になった。印刷物、詳細なる記録、会場のパンフレットなど、何度も何十通もの郵送まで・・
そこへ来て、この腰。
当日出向けないことだけは避けねば!!

という訳で、11月3日にお引き受けしていた(安請け合い、としか言い様がない!)母校での演奏は、やむなく電話にて昨日キャンセルさせて頂いた。
腰が治って出掛けられればよい、という訳ではなく、練習しなくてはならない訳で。練習すれば腰が危うい。



あぁ、本当に今年は年齢を思い知らされることばかりだ!

(偶然にも、この書き込みが600通目のようだ )






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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
★このブログや大元のサイトへの感想やお問い合わせはservus2008@gmail.com宛に@を半角に直して送信願います.
【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2020 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
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