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2020-09

区の健診 - 2019.08.05 Mon


1ヶ月半放置したブログ、何故か広告に襲撃されていない

立腹ばかり書きに開いている訳ではありませんが・・


「区の健診(高齢者の)」のお知らせの中、「がん検診実施医療機関一覧表」で胃の内視鏡に関しては「現在未定」のまま。「決まり次第、区ホームページでお知らせします。」も、ホームページを開ける環境にない高齢者だって多いだろうに!

夫が以前胃カメラで何度かお世話になった近所のクリニックが丁寧で良かった。試しに問い合わせたところ、「区のがん検診はやっていませんよ!」とぴしゃり!!更に「区からの用紙を見て他で受けてください」とな。だからさ…その用紙が「未定」だから…
試しに「個人的に受けたらおいくらかかりますか?」と訊いてみた(区の健診だと内視鏡も1000円で済むのだ!)。「組織を採るかどうかにもよりますが、大体1万円から1万5千円と思ってください!」とな…余りに違う。大体が、そのクリニックは風邪その他流行の感染症患者(特に子供)でいつもごった返している。何かもらうに違いない、と避けたかった…丁度良いかも。

そして、そろそろ「区のホームページでお知らせします」にお知らせが出ているかも、と開いたが、やはり未だに「決まり次第…云々…」

ま、いっか・・・先日癌以外の「区の健診」を受けた診療所で胃薬3種類、2週間分追加で(つまり合計3週間分)出たから、これを飲んで待っていよう・・・「治らなかったら早く胃カメラ受けてくださいね」と言われたものの、症状は軽くなっていることだし。

私の父も父方祖父も祖母も末期の胃癌で亡くなっているから「受けねば」なのに、こんな調子で毎年受けそびれているのであります。

「貧乏人は麦を食え」ならぬ「貧乏人は癌で死ね」??と思ってしまう!!


「検査の秋」を決め込んで(6) - そして冬となる -  - 2018.11.29 Thu


愚かなタイトルであった。

(又しても備忘録)
10月中に全ての検査を終えるつもりで、頭の中では色々計画を立てた病院関係の検査、あくまでも「頭の中では」。
1つが終わって仕事その他に集中し、1つが終わって又仕事その他に集中し・・・しかも「1つ」と言えども何回か病院には足を運ぶわけで、翌日は使い物にならないくらい疲れる。
とうとう明日で「秋」も終わり、明後日には師走となる。

前の続きを振り返る。

(11月6日)
乳癌の検査結果が出た。
全て「白」。ただ、血筋に癌患者は多く(乳癌だけでも数名)これからは毎年受けるようにとの忠告を頂いた。
なんだ…「完治・終了」にはならないのか…

先日の斜めにしか撮れなかったタイルを正面から撮ってみる。
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何をしに来たのやら。。。


(11月15日)
膠原病関係の検体検査を受け、受診、及び整形外科も受診(ステロイド長期服用により、49歳当時に80代並だった「骨粗鬆症」はずっと受診・治療が続いている)。
膠原病関係の数値は異常なし。勿論調べたものは「異常なし」であって、調べていないものには異常があることを知っている。中性脂肪が200を超えていたり…300近いことは日常茶飯事…他院で指摘されているから。高脂血症も甚だしく、リバロを服用しているほど。循環器系は、母方も父方も罹患歴あり、母を含む姉妹全員は心臓で亡くなっているので、脳と共に優先順位を上げないと。

この日の整形外科は夫も受診あり、それぞれに丁寧なアドヴァイスをくださった。
私の去年1月からの左肩関節の痛みも、最初は「腱板損傷」と言われたが、他院から他院へ回されてのMRIでは「インピンジメントの可能性」だったり、ステロイド注射頻回にて体調悪化するなど(易感染症、倦怠感など)、そうこうするうち今年となり、左肩は随分治ったものの右肩が酷くなり、右手は背中に全く回らない。それを案じて、後日別な医師による受診とその前のレントゲン予約が入った。
朝抜きにつき、カフェにて雑炊を食べた。
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真っ青な空! 病院日和!?

会計の折に、変更となった自己負担額の手続きに関して、私側で何かするのかどうか訊いてみたら、文書窓口に行ってくださいと言う。文書窓口に行ったところ長々と待たされ、コピーしたものや原本などを調べ、あっちに行け、こっちに行け、指図された挙句、やっと片付いたようで預かり証などを受け取った。これだけのために1時間半待ったのではないか?
ところが後日電話あり、あれは不要でした、とのたまふ・・・更に後日「郵送してもらえないだろうか」と電話をしたら、「要らない場合には破棄もできます」と。え〜〜〜っ!?最初から私は不要なのでは?と思って会計で聞いたのが発端。シュレッダーにかけてもらうことを確認し、破棄してもらうことになった。了見の狭い私は、一体あれだけの時間があったら……こういう一日がかりの予約+待ち時間の翌日は、仕事も予め入れないように組んでいるので、余計なことで待たされるとブツクサブツクサ…
それにしても50代前半の待ち時間、レストランでリクエストに応じてピアノを弾きまくっていた体力は、今になると信じられない。診察室で私を呼んでも居ない時は「レストランですよ」と先生方の方が弁えて、連絡くださったものだ。


そろそろ胃カメラの予約を…と近所の内科に電話をしたが、区の検診は扱っていないとのこと。書かれている病院を調べて受けてください、と言われた。その一覧を見てみたが、何とも少ない・・・我が家から自転車で行けるところは皆無。
別に急がないのだもの…流行り風邪でももらってはいけない、と諦めた。そしてインフルエンザの予防接種を受けようと思っていたところに別な風邪をひいてしまい(それ用にムコダインだのレスプレンだの、薬は揃っている)、予防接種も胃カメラも諦めた。


(11月28日)
前述の右肩X線撮影と受診。
特に異常はなく、「名前は色々言われたところで(インピンジメント、腱板損傷、四十肩 -肩関節周囲炎- など)治療法は同じなのですよ」と諭された。まずはキシロカイン入りヒアルロン酸の肩関節注射をブスリ! 超音波映像で説明してくださりながらの注射だった。
それから治療方法について(だったか…)、質問した「カーブス」については、脚を鍛えることに意味はあるが、まずはこちらでリハビリを、それも自主的に行う方法を教わって自宅でもするべく、この日は第一回の受診予約を取るだけのためにリハビリ室に出向いた。一体何年ぶりやら…の懐かしい病棟ではあるものの、この時点で午後2時半を過ぎ。疲れ果てた。
薬も処方された。セレコックスにトラムセット!!(夫が処方されている強い強いイメージの鎮痛薬)及び胃薬二種類。
それらの合間に、ずっと受診しそびれていた皮膚科へ。予約していた5月は発熱のためにキャンセルし、そのまま何やかやと日程や時間が合わずに、そうこうするうちに処方薬もなくなり「今日を逃してなるものか!」。幸い主治医もおられたので予約外受診。この半年以上の報告、他。

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やっと会計となり、40分待って呼ばれ、さらに前回の手違いによるプラスマイナスの処理に待たされ、病院を後に、薬局へ車を走らせた。病院も薬局も待つところ!と悟っているので腹は立たぬが減った!
帰りにスーパーに寄り、夕方4時に帰宅して昼食にありついた。

トラムセットねぇ〜〜・・・と、この日は迷い躊躇い・・でも就寝前に服用した。
眠りは甚だ良かった。いつも頭が締め付けられるような感覚で何度も目覚める上、寝返りを打つたびに肩・腕が痛み、寝ていることが甚だ苦痛なのに、心地よい夢と共に、途中目覚めても朝までいつものような苦痛はなかった。
やはり強い薬で痛みを消すことも大切のようだ。

読み返すのも疲れたので(何か見つけても手直しをしないと思うので)、ここまでで送信。


「検査の秋」を決め込んで(5) - 2018.10.30 Tue


(10月31日・記)
乳癌関係では最後の検査。
ヨードを含んだ造影剤を注射してのCT。

前回の検査の時には夫に「送り」や「迎え」を頼んだものだったが、僅か2〜3週間で「坐骨神経痛」をぶり返し、まさに2011年から2015年くらいまでの症状。この有難い備忘録と化したブログから「夫の坐骨神経痛」を読み返しては、あれこれ思い出す・・・最終的にはトラムセットを服用、その強い薬が故の胃腸薬プリンペランなど、私の記憶力の代用で、早速それらを処方してもらって飲むよう…

そういう事情で、今回は自力で出向く。駐車場が限られているので車は諦め、駅までは自転車で、そして井の頭線とJRを使い、ムーバスに乗り、いとも順調に着いた。それにしても朝から疲れた!久々の通勤・通学時間帯の電車移動。

さほど迷わずに放射線の受付に着いた。2人くらいを待って造影剤の注射。肩を痛めていることを伝えたので、撮影中の腕の角度も考慮して、肘を曲げずに済むように針を刺してくださるという気遣いが有難かった。
「息を吸って」「止めて下さい」を何度か繰り返し、おしまい。
会計は、今回も1万円札が飛んだ。

造影剤を(寧ろヨードを)早く体外に出すため、水分をどんどん摂るように言われたが、つい、こってりとした腹持ちの良いものをまずは頂く。

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この素敵なタイル、正面から撮ろうとするとどうしても右にある郵便ポストが入る。仕方なく斜めから。
(何をしに来たのやら?)
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そして病院の前からムーバスに乗り、JRの駅に着いて夕飯のお弁当やパンを購入。
JRと井の頭線を乗り換え、自転車を置き去りにすることなく帰宅。

疲れがどっと出て、パンを食べた後は爆睡。
夕方にはPTが入っているが、それすらやっとの思いでギリギリに起き、自転車で出向いた。
帰宅して、お弁当を買ってあったのは正解。食べて再び爆睡・・・

結局水分を充分に摂らずに寝てしまい、おそらくその所為でこの後数日クラクラフラフラ…失敗であった…

という何ともお粗末な記録だけ〜



「検査の秋」を決め込んで(4) - 2018.10.14 Sun


(備忘録として)
この年齢になると、筋肉痛などは原因の翌日ではなく翌々日に来る。
筋肉痛ではなくとも、無理な姿勢が原因の痛みは翌々日に来るかもしれない…と日曜の予定も外したのは当たりだった。
両肩を痛め、真上にも真横にも腕が上がらない状態で、痛みを耐えた検査のあれこれ。
今日になって痛みが酷くなった。ロキソニンパップを何枚も貼ってしのぐ。横になっていても痛いので起きたり寝たり、ぶらぶら過ごす。
パソコンを打つ姿勢が大丈夫なので、ピアノなら大丈夫か?と思うが、頭はクラクラ。

昨日やったことは、以前から気になっていた「たったの1つのフォント」のダウンロードだけ。このMac(OS10.12.5)には入っておらず、何かと不自由。OS10.5にも壊れたOS10.7にも入っていたのに。
ロゴ的に使うこと屡々なので、生きているOS10.5で打ってはPDF形式にしてUSBでOS10.12に移動していた。DropBoxも消えたから。
やっっっとダウンロード版で「たったの1つのフォント」を購入、ダウンロード、インストール。
これだけでドっと疲れたが、ほんの少しスッキリ。今後の手間は省ける!!


「検査の秋」を決め込んで(3) - 2018.10.13 Sat


(10月11日)
翌日に検査を色々控えていると言うのに、どうも午後から体がおかしい。またしても膀胱炎!?
前回の大腸ファイバー数日前と言い、何か関連があるのか・・・思うに、検査の後1〜2日が疲れから使い物にならないことを見込んで、仕事のみならず所用あれこれを詰め込み過ぎ、正直な体はストレスで免疫力を落とすのではないか??
いよいよ抗菌薬の出番。いざという時の持ち合わせはあるが、翌日の「骨シンチ」に影響が出ては…病院に電話で尋ねる。看護師がつかまったら折り返し電話をくれると言う。1時間待って電話があり、クラビットは検査前でも大丈夫とのこと。安心して飲んだ。でもクラクラフラフラ…延期するには11月の受診の時に決め直すことになる訳で、予定通りチャチャっと済ませたい。当日の朝の具合で決めることにした。ひたすら飲み物(娘からはカフェインレスのルイボスティーを3本貰い、夫にはカフェインレスの爽健美茶を仕事帰りに頼んだ)で流す!!
14日には、小学校卒業時のクラス会を予定し、ギリギリまで返事を出せなかったが、これは又しても後々まで残るであろう、使い物にならないほどの疲労を考え、やっと欠席をメール返信した。う〜〜〜ん、会いたい方ばかりなので(特に男子、もとい男性群全員)本当に残念!!

(10月12日)
何とか検査に出向けそう。夫が車で病院まで送ってくれた。検査順番が変わり、真っ先にマンモグラフィー。
「痛くありませんか?」と何度も念を押してくれるのは良いが、「数年前に折った胸骨が痛いです」。あとは両肩が腱板損傷で、機械に沿って肩から肘、手首をぐいっと固定している体勢との我慢比べ。十数秒だか数十秒のことなので…
そして又しても案内図を片手に移動。骨シンチのための検査薬を静脈から入れる。検査薬が全身に行き渡るには3〜4時間かかるので、外に出ようが何をしようが自由に過ごして構わないとのこと。夫の運伝で一旦帰宅した。前日からの不調もあり、帰るや大爆睡。1時前には再度家を出なくてはならないのに、夫が起こすのを躊躇うほどの爆睡だったそうだ。朦朧と頭は眠ったまま病院へ。夫も仕事のため、往路のみ。

ここからが認知症では?と思うほどの眠ったまま状態。まずは院内の地図が分からない。まぁ良かろう、案内図を片手に職員に尋ねつつ骨シンチの検査室に出向く。事前にトイレを、と言われ、数分前に行ったものの念のため再度…朦朧と…この病院での検査一式の説明や予約の束に診察券まで入ったファイルを広いトイレの洗面台に置き忘れた気がする…。
検査は30分くらい、寝ていれば良いだけで、いつもなら大爆睡するところが、どうもそのファイルを放置しているのではないか…気になって珍しく眠れなかった(いや、眠る方がおかしいか…)。案の定、検査室では受け取っていないと言う。1階の総合案内に行くように言われ、果たしてあった!!長閑な親切な病院だと又しても嬉しく感じた。
その後、超音波エコー。ゼリーをベタベタに塗りたくっての検査。「両腕は万歳していてください」…無理だ…肩が痛い、肩が痛い…必死に堪えた。終了後、以前の病院ではお湯で絞ったタオルを数枚渡されたものだが、ここは紙の濡れたティッシュー1枚だけ…これで全部を拭けるか??との私を表情を察してか、「この機械の丸いボタンを押せば追加が出ます」と・・・何度押しても出てこない。しかもどこから出てくるの?? ついに検査技師さんを呼ぶ。自動的に出てくるわけではなく、蓋を手で開け、機械の底に出てきたティッシューが押した回数分溜まっていた・・完全に寝ぼけていたな…。
脳の検査が先では??とこの日も思った・・

トントン拍子に進んだので、本来のエコー予約時間3時に会計も終わった。
次回は月末に造影剤を使ったCT。ヨードを使うので、副作用が起きることもあり、起きた場合の処置も含めた「検査同意書」を出してある。
来月、全部の結果が揃い、全て異常がなければ「完治」となる。

バスに乗り、中央線。その後買い物をしてバスで帰宅。
西荻窪付近の風景。

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「検査の秋」を決め込んで(2) - 2018.10.09 Tue


(10月4日)
先日の大腸ポリープは2つとも良性とのこと。その結果を聞くだけで3時間近くも待った。疲れた!
その足で(正しくは夫の運転で)荻窪の耳鼻科へ。鼻ではなく耳。ずっと悩まされた鼻血は、原因が漢方薬やマルチビタミン&ミネラル、あとはタウリンやカフェイン盛り沢山のドリンク剤を飲んだ時、と自分の中では解決も付き、耳だけ。
去年の突発性難聴と思しき症状も放置して1年以上が過ぎた。先日から耳鳴りがしたり、アナウンサーの話す「子音」が明確に聞き取れないことがあった。かと思えば、日頃聞こえていない電源からの小さな音が聞こえるなど…
聴力検査をしたが、やはり設備の整ったところでないと駄目であることが分かり…つまり、向かい合っての検査、いくらヘッドフォンをはめていても機械を押した、離した、の音が筒抜け。しかも隣室のタイマーの音や別な区画にあると思しき店の物音…これでは検査にならない。寧ろ、それだけ色々聞こえるのだから自分の中では良しとした。いずれ防音室(ガチャっとドアが閉まり、余りの無音が故に耳がキーーンとするほどの設備)のある病院を探す。日常生活にもピアノにも今のところ支障は来たしていないレベルだから。原因は(決まり文句の)「ストレス」だそうで、ビタミンB12を処方された。
病院というところは元気でないと通えない。
50代までは若かった!!

次は、手術から丁度20年の「乳癌」の検診。先生が別な病院に異動になられたため(それも15年も前?)、病院から病院への紹介状が必要で、膠原病内科から書いて頂けた。けれども取りに出向く時間と体力がなくて、これは夫に取りに出向いてもらった。これで準備万端!

(10月5日)
朝一番で、紹介状を持って武蔵境が最寄駅の病院へ出向いた。
以前と変わらず、気さくなとても親切な先生で、検査の日程をサクサク組んでくださり、この日は採血のみ。
後日、骨シンチ、超音波エコー、マンモグラフィー、造影剤を使ってのCTなどが組まれた。
来月結果を聞きに出向き、これで異常がなければ「完治」となるそうだ。

会計で随分待たされ、往復ともに電車とバスの乗り換えだったので、帰宅後は藁状態。
いつの間にか爆睡し、夜に出向くはずだった演奏会は寝過ごしてしまった!!

(10月6日)
孫たちの運動会。
熱中症になりそうな暑さ!幼子たちのパワー、楽しくダンスやかけっこに興じている。親子でのダンスもあった。
私は情けないことに、暑さに呻く・・・お先に失礼して、バス停の時刻を調べてから、スーパーへ涼みに入った。
そして合流して蕎麦屋へ。

(10月7日)
娘一家に誘われて外食。食べるお誘いは断らない主義(あさましい!)。

(10月8日)
中高の仲間たちと、又しても「食べるお集まり」・・・もう何年も所用で欠席続き。這ってでも行くぞ! 一番は皆さんにお会いしたいからです、念のため。食べて笑って、集まった8人はまるで実の姉妹のよう…
楽しい時はあっという間に過ぎる。

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「検査の秋」を決め込んで - 2018.09.24 Mon


(又しても後々の為の備忘録かたがた。記録は9月24日)

いやはや疲れた! 何とも疲れた!!

倦怠感がずっと取れずに過ぎる。
去年、腱板損傷のために、本来は年に数回しか受けられないステロイド注射を3ヶ月間毎週打たれてしまった…その副作用だと信じていた。でも注射を止めて9ヶ月。内服より注射の方が副作用は続くと医者たちは教えてくれるが、そんなに続くか??
こんな酷暑の夏だったからなぁ…外出すれば勿論疲れる、家に閉じ籠れば冷房病だったのだろう、と思おうとする。

ふと気づく。もう何年も「癌」の類の検査を受けていない。
乳癌ときては罹患歴があるにも拘らず、多分15年は放置。
大腸は、5年前にポリープを取った。その時に、1〜2年後に又受けてください、と言われた記憶はある。
結局他の臓器も、2010年を過ぎて検査を受けたものはあったろうか?

夏から気になってはいたものの、あんな酷暑の中では余計に疲れてしまう…と放置。
秋が来た!!放置の検査は秋に全部受けるぞ!!(冬になれば病院で又何か感染することを恐れて足が遠のくから)

区の検診を使えるものは使う。
まずは肺のレントゲン。怪しい影は無いそうだ。前回「?」だった影も消えているとのこと。

一番億劫なのが大腸。事前に空にすること、それもピカピカにするのにどれだけの負荷がかかるか、それは30代から経験しているので。
備忘録代わりのこのブログで5年前を検索。うん、なるほど…全然負荷はかからなかった。

9月18日(火)
前回の医者に出向き、事前の血液検査を受け、唯一空いているという土曜を予約。翌週は全部塞がっているとのことで。
説明を聞き、うん、前回と特に変わらない検査だな、と安心。前日の検査食もゲット(2500円で)。
5年の間にどこか他所で検査を受けたのかどうか訊かれた。受けていない。どうしてこんなに間が空いたのか訊かれても全部は思い出せない。
5年前の9月に受け、12月には娘が第一子を出産。無事に生まれても、当時は同居していたので何かと多忙だった。翌年は庭の大きな物置を三軒解体しなくてはならず、荷物の整理と運搬に過ぎた。その翌年は、夏に胸骨を折ったことのみ記憶。その翌年は…忘れた。更に翌年は娘が第二子を身ごもり、悪阻の頃の手伝い(メインは上の子を預かる)、肩腱板損傷、CDの収録(そのまま放置で今に至る)、下の子が生まれてからは夕飯に何品も用意する……
あぁ、人生短いなぁ…
おっと、そんな話題ではなかった。ともかく間が空いたことには避けられない理由があったのです、と。
予約をして意気揚々。

9月20日(木)
大学病院での膠原病内科予約受診。
夜中から膀胱炎っぽい症状が久々に。去年の夏のステロイド注射以降、3週間に一度は罹っていたのが、5月で一段落してやれやれだったのに…
折角受診があるのだもの、検査項目を加えてもらおう、とボロ車を運転して出向いた。左肩も治りきっていないのに、右肩までやられて、ハンドルを切るには両腕が痛む。頑張って前後の流れを壊さないように40km/hジャストで走る。
採血と採尿。受付で検査項目を加えるにはどうしたらよいのか尋ねると、まずは検査を済ませ、受診の科の受付を通じて追加項目を話してください、と。
そのようにした。そして朝食抜きのため、6階のカフェへ。膀胱炎での倦怠感が加わり、食欲もなく、蟹雑炊を頼んだ。

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ふと気づいた。膀胱炎となれば抗菌薬が出されるに違いない。火曜の大腸の医者では「現在使っている薬」を全部書き、「これで以上です」とした。抗菌薬が追加になっても大丈夫なものか気になり、エレベーターホールで電話をした。看護師に繋いでもらえて、支障ないとのこと。でも、そのような体調で検査は辛くないですか?と念を押された。うん、親切! 又経過で考えることにした。

内科は直ぐに呼ばれて、膠原病関係は全て「白」。案の定膀胱炎に依ると思しき潜血に白血球の上昇に…あとは忘れた(脳の検査が一番先では?と思うほど直ぐ忘れる)。クラビットを処方された。
そして、気になっている乳癌。以前診て頂いていた先生が他院に異動。個人的にはいつも「来てください」と言われつつも、その病院で診て頂くには「病院への紹介状」が阻んで15年位経ってしまっているのだ。それで、内科で紹介状を書いて頂けるように無理を通して懇願。病院名と医師名も伝え、「可能」に該当するかどうか即刻ネットで調べてくださった(内心、駄目な訳はなかろう、と思っていたことを白状)。
会計と長い長い薬局の待ち時間を経て、帰りは西友に寄って買い物。帰宅。抗菌薬のクラビットを服用。

夜は、自己判断でプルゼニド4錠服用。(以前別な病院で、「自分で判断して構わないのですよ、自分しか分からないでしょう」と言われたから)

9月21日(金)
検査食のみの1日。

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食べる順番は変更して構わないとのことで・・・

朝(これでも親子丼)
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昼(ジャガイモの代わりに大根の入ったカレーライスもどき) 
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夜(ミネストローネにクラッカー)
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前回は間食も付いていたよなぁ・・・と前回の日記を又しても調べる。空腹な者はしつこい!記憶は正しかった。
そして空腹な者は起きていても不機嫌になるだけなので、「チコちゃん」だけ見てさっさと寝る。「ボーっと起きてんじゃねえよ!」と叱られそうだから・・・

9月22日(土)
朝6時過ぎに起きて、常備薬を服用(下剤服用開始の1時間前までに飲まねばならず)。そして2リットルの下剤を作る。真空パックの容器には予め粉の下剤が入っている。1リットル水を入れてよく振り混ぜ、更に1リットル入れて振り混ぜて2リットルを作る。これを2〜3時間かけて飲む。
こんな写真までアップする莫迦者。参考になる方もいらっしゃるかと。

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せめてお気に入りのコップで飲む。250cc用。

我が家は孫が動き回るようになってから、プラスチックのコップしか使わない。
でも、なかなかお洒落なものが熱帯雨林で売られている。
(歪つに見えるのは、スマホで強引に両端まで入れたから)
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シャンパングラスもプラスチック。
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実に順調。2時間くらいで透明に。(何が、とは書きません)
そして全部飲み終えて、ガスチモンとガスコンも服用。
3〜4時間で、「さあ、いつでも行けるよ」の状態。
やっと横になって、やっと一休み…時間が来たのでタクシーを呼ぶ。自分で運転して出向いても帰りは運転禁止。「腸の動きを止める注射」の所為で目のピントも合わず、反射神経も衰えるから。
ところが、どのタクシー会社も(珍しいことに)「空車は見つからない。時間をおいてかけてみて下さい」と告げられ・・・さりとて出向く時間は決まっているので・・困り果て、具合があまり良くないという娘に運転を頼んだ。
助かった。娘よ、ありがとう!!!


午後の時間通りに着いたが、まだ午前中の患者さんだという。
中からは「痛い、痛い、痛い!」との大騒ぎの声がずっと続く。子供なのだろう、可哀想に…と思っていたら、終わって出て来たのは40歳前後の女性。待合室に小学生の男の子を待たせて・・・
恥ずかしくないんかい
ここの病院は「速い」が謳い文句。ポリープを取る場合にも20〜30分で終わる。当然安定剤だの麻酔は使わないから、初めての人は驚くのかもしれないが・・そして検査中の画像も見ながら受ける。私には全て有難いのだが。

待合室に置かれた、全く縁のない豪華な雑誌を眺め、私の着ている服とは二桁も違うお値段のものをあれこれ眺め、夢の中はウィンドウショッピング。

呼ばれて入り、生理食塩水の点滴、そして腸の動きを止める薬を加え、待つ。
相変わらず(無愛想な…おっと!)先生がいらして挨拶もそこそこに検査開始。脚を曲げろ、もっと尻を突き出せ、膝をもっと胸に付けろ(検査以前の老化を痛感)・・・言われるままに頑張った姿勢。
殆ど説明もなく、途中ポリープ1個を取ってから盲腸まで。そして戻る時にもう1個大きめのポリープを取る。そのスピードたるや、多分動体視力に秀れた先生なのでしょう。私も楽譜で動体視力は鍛えられていた(過去形)が、まるでトンネルの中をフルスピードで走りながら、壁の亀裂を見つけるような検査だった!!患者数が増えたに違いない。前回の2倍は速かった。どうして5年も間が空いたのか?と叱られつつ。今回はポリープが2個だったので、次回は来年手紙が来るそうだ。
結果は(ポリープが良性かどうかの)10日〜2週間後に出向く。
あとは薬局に行って、処方された薬4種類を受け取り、タクシーを呼んでもらって帰宅した。

疲れたなぁ〜〜〜・・・
月曜の今日もまだ朦朧。動く気力もピアノに向かう気力もないので、これを書いている。

やはり、絶食が続くのは良くなかったかもしれない。
もしくは……年齢のことを書くものではないが、同じ60代でも、四捨五入して60歳の前回と70歳の今回では、疲れ方が全く違ったのかもしれない。

30代の頃は別な病院で診て頂いていたが、同じような処置を済ませて、往路は電車で新宿と池袋で乗り換え、更に地下鉄。帰路は池袋で買い物をしたり、ある時は子供たちの通う四○大○の父母教室(だったか?)に寄ったり、若さは凄い!自分のことながら信じられない!

何はともあれ終わった!!(多分… I hope so… hoffentlich…)

次は乳腺科。出向く病院に明日でも電話をする。
予約が必要だろうし、紹介状も取りに行かなくてはならない。そちらが先か?出向く日を決めて、行きに寄るか??


17日の続き - 2017.08.19 Sat

翌日は「今日こそ!」と病院に朝一番で電話をして、書類窓口に繋いでもらった。
期限が迫っているので、診療科へ出向いて相談してください、と言われた。

主治医は診察日ではない。書類は預けるであろう前提で、「ここは違うのでは?」という部分、内容を付箋に書いて貼り付け、即刻診療科の受付に出向いた。同伴した夫が、急ぐ旨を伝えてくれた。

12時に、主治医がいらしてくださるとのこと。
数時間待って呼ばれ、預けてあった「付箋」の内容を、1999年6月からの「紙のカルテ」を引っ張り出して全部目を通してくださったとのこと。書式が変更になったことで、昨年まで無かった新たな記載欄や、又今年春までの主治医の記載をそのまま転載したことなどの説明を受け、ご多忙の中、申し訳ないほどだった。
何年ぶりかで目にする紙のカルテ!!それとて、入院する前と退院後のもの。入院中は別な冊子で、ヘリオトロープ疹などは入院してから増悪。それでも始まりと分かる顔の図があり、書き換えて頂けた。悪性腫瘍の項目は昨年までは無かった。使用している薬も。
最後に、(紙のカルテを最初からチェックしたことが)「勉強になりました」とまで仰ってくださり、良い先生に巡り会えていることを実感すると共に、前日に「フキゲン」の写真まで載せた日記に、良心チクリ!

午後、夫が提出に必要な住民票や納税証明書を揃えてくれ、私は「自己負担上限額管理票」から総額(10割)が33330円を超える月のコピーを取った。あとは申請書と同意書を書き、マイナンバーや身分証明書をコピーすれば、月曜に提出出来る。


・・・2000年以降毎年のこととは言え、段々しんどくなってきた。どんどん書式が変わり、提出物も変わるから。


その後の話でした。


又しても広告が出るようになったので1通 - 診断基準 - 2017.08.17 Thu

1ヶ月更新をしないと広告が出っ放しになるこのブログ。
もう半月も出っ放しが故、消すためを兼ね、1通書いておきます。

フキゲン のコピー

何が不機嫌?不機嫌になり過ぎることを指摘される方もおありでしょうが。

今年も又高校野球、もとい、特定医療費支給認定更新の時期となりました。皮膚筋炎/多発性筋炎の。
今年は書式も変わり(又!?)、主治医も交替となり、書類窓口で診断書を受け取った時に直ぐ開いて見なかった私もいけないのですが…
診断時、つまり1999年7月の症状の中、「皮膚症状」のひとつ「ヘリオトロープ疹:両側または片側の眼瞼部の紫紅色浮腫性紅斑」が「なし」になっている・・・入院してからも浮腫み続け、目が奥の方に入ってしまったほど眼瞼が浮腫みを続け、ステロイド40mg内服と共に日ごと改善した、あの眼瞼部の症状は該当しないのでしょうか。
又「合併症」の中にある「悪性腫瘍」が「なし」になっている。え〜〜〜っ!?!?
皮膚筋炎・多発性筋炎の原因の一つに「悪性腫瘍」があり、私の場合には1998年の乳癌が、当時は原因が不明であった筋力の著しい低下のみで皮膚症状はなかったことから、前年は「多発性筋炎」だけだったのでしょう、という診断に至った訳です。(20年近く経った今なら「抗 TIF1γ抗体」を調べれば分かる?)
既にピンポン球大となった腫瘍。最終的には転移を調べるために腋下リンパ郭清を行い、その後遺症が故に今年は諸症状に悩まされ、特に7月半ば以降の増悪たるや。未だ腋窩周辺は痛みを全く感じないために色々起きてしまったのだ、とドシロウトながらの判断は正しいかと…

こんなことをぶつくさ言っていないで、書類窓口に行けば良いのだが、それだけのために延々片手運転をする勇気は無いし、出向けたとしても又番号札を取って長々待つことへの不愉快さ。
先ずは電話で訊いてから、と思えど、お盆明けの所為か繋がらない。しかも受話器すら不自由な目下の左肩腕・・・
疲れも溜まって、考えただけでしんどい。


と不満話でした。
広告を消す理由で、家族が増えた話など書けませんものね


駄目な日々 - 2017.04.27 Thu

本文を書く前に「カテゴリ」を選ぶ。
これ以上増やしたくないので、いつも「体調」にすべきか「医療・病院関係」にすべきか迷う。それとも単に「雑談・雑感」??など。カテゴリーなど本来どうでも良いのに・・・

そして本文。


疲れた!
肩〜上腕の痛みのことは書いた。
幸いピアノには全く支障が出ていないので練習は出来る。出来るのに時間がどんどん奪われていく・・・

先日鼻血と頭痛を優先して大学病院の整形外科を延期してもらった。
それは良いのだが、薬(骨粗鬆症用)の手持ちがなくなった…
以前、大学病院では一度に処方できる量が決まってしまい(厚労省が勝手に決めた)、今後は一ヶ月ずつしか出せなくなったとのことで、地元の整形外科への手紙を持参して処方してもらった・・あれが一体いつだったのか?去年ではなく一昨年?それとももっと前?

ともあれ昨日はその地元の整形外科へ出向いた。そろそろ混雑時を抜けた頃を見計らって3時半頃に出向いた。確かに患者は数名。
なのに・・・持参した医療券(「特定医療費(難病)受給者証」と「自己負担上限額管理票」)が変わってしまったことで待たされた。
受診はいともすんなり、処方箋も書いて頂けたし、肩〜腕の話もし、原因の有無はともかくとして、症状は四十肩だそうな。本当はレントゲンを撮って欲しかったのだが、撮ったところで変わらないそうだ。
え?四十肩?五十肩も通り過ぎ、六十肩も通り過ぎているだろうに?・・・と言ってみたくなるが、正しくは「肩関節周囲炎」と言うことも知っているから突っ込まない。突っ込む心のゆとりもなかった、が正しいかも。毎日「さらわねば」と頭だけが追われている現実。ヒアルロン酸の注射を勧められた。それでも駄目ならステロイドを入れた注射も。でも今は怖いから受けない。

その後の薬局で1時間以上待たされた。いつもは5分待ちで済むのに。これまた「特定医療費(難病)受給者証」と「自己負担上限額管理票」(打つのも億劫にて上記をコピペ)が変更になってから、この薬局に出向くのは初めてらしい。
あっちに電話、こっちに電話、挙げ句の果てが「一晩お預かりして、詳しい者が明日きますので、記載してお届けします」となった。え〜〜〜つ!?持ち帰りたいのですが…(だって今晩何か他に必要になるようなことがないとは言い切れない訳で、は言わなかったが)
更に待たされ又何か言われ、その不明らしき計算をちらりと覗き込んだ。なんだ、そこまで計算できているのなら、一ヶ月公費が負担する5千円を差し引いた額を私が支払えば良いのでは??(と思ったが、これも口には出さず)
1時間以上が過ぎ、その間(そのビルは小児科も入っているため)幼児たちが泣くわ走り回るわ…鳥籠だか動物の檻だかに居るような状態だった。
何が何だか分からないほど疲れてしまった・・
ともあれ薬も頂けて、証だの票だのの類も返して頂けたのでホッと一安心。

以前ならそのビルの一階が「弁当を種類豊富に置いている」スーパーだったのがドラッグストアになってしまい、それでも中に入ったら冷食だの乳製品、刻んだ野菜、お菓子の類だけは置いてある。キャベツの千切りとプリンの類を購入して帰宅。もう7時近かった。
冷凍庫を漁ってキャベツと共に食べた。あ、プリンとゼリーも。

あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・今日も終わった〜〜〜〜・・・・・と普段なら寝てしまうところ、生徒たちに休みを頂いて自分の練習時間を確保しようとしている身。20時練習開始。23時まで頑張った。限界・・
今日の練習したと言える時間は以上のみ。

間に合うのだろうか???


風呂に入って、メールをチェックしていたつもりがパソコンの前で爆睡し、しかも1時半になっていた

こんな日々であります。
今日は練習最優先で頑張る!!!(既に疲れているのか疲れが残っているのか状態だが)

今年も又浜松へ(というタイトルが既にあったが) - 2017.02.07 Tue

(2月11日・記)

今年も又浜松医科大学へ。
戸倉新樹教授のご指導のもと、医学部2年生対象の「医学概論」にて「皮膚筋炎・多発性筋炎(と乳がん)」の講義をする。
毎年同じようなことばかり書くのもどうか・・

今年も講義は午後。朝の新幹線で出向いた。
品川に早く着きすぎ、大福と本を買う。
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快晴の富士山など、今さら撮らなくてもよいのに、スマホの便利さでつい撮ってしまう。

(電線の無いところをねらう)
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(雲ひとつないと、何だか物足りない)
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これでは旅行記ではないか!!


講義のタイトルは同じなれど、今年は例年とは少し違うことを加えた。
何よりの教科書にもなる、私のCD「樂の音に寄せて」に戸倉教授ご自身が書いてくださったライナーノート。そこに膠原病「皮膚筋炎・多発性筋炎」に触れられ、ピアノを弾く動作に必要な「遠位筋(体幹から遠い筋肉)と近位筋(体幹に近い筋肉)」のことを記してくださってある。
例年だと、ピアノを弾く動作については私が口頭で述べるだけなのだが、ピアノを弾く学生が毎年ほんの数名であること、これは是非とも実際に弾いて「指だけ、つまり遠位筋だけで弾くのではない」ということを目の当たりにして欲しい!!
事前に希望を述べたが、生憎大学にピアノは無いとのこと。病院にクラヴィノーヴァならあるという。まぁ、何も示さないよりは良かろう・・・でも、どんな風に音が出るのか事前に試したい。
無理を申し上げ、昼休みに試弾させて頂いた。予測していたことだが、遠位筋を巧みに使うモーツァルトのニュアンス豊かな16分音符はカスカス。近位筋を使っての大音量、しかも豊かな響きで出したいショパンやシューマンのフォルテ、これも音が割れる。
ふむ・・・でも、音大生ではないのだし、示さないよりは示した方が…何かひとつの知識にでも体験にでもしてもらえれば(医学部二年生、これからどういう患者に出会うのか分からないのだから)、と時間を使うことにした。


本来私が話すべきあれこれは、教授がかいつまんでご講義くださり、私のメインは「遠位筋」と「近位筋」との使い分けの説明と試演となった。上腕や肩甲骨周辺、支える腰などが分かるように、敢えて背中を学生に向けて弾く。説明しては少し弾き、説明しては又少し弾き、あれこれあれこれあれこれ・・・・


(以下は順不同の数枚ながら。学生は200名ほど。前4列目あたりから雛壇式に可動式の椅子が並ぶ)
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うーーーん、やはり普通のピアノを弾くつもりで弾いてしまう。これ以上弱く弾いたら音が抜けると分かっても弱く弾いてしまうし強弱も付けてしまうし、こんなに腕を使っても音量は増えないと分かっても重さを目一杯かけてしまう。出ないとなると益々。自分から提案したことなので仕方が無い…が暖簾に腕押しタッチは疲れた。でも今年は、内職や居眠りをしている学生はごくごく少数だった。クラヴィノーヴァであっても弾いて良かったかもしれない…。


(他の内容は去年まで記してきたので、ここでは省略)
副作用や膠原病友の会の話なども加え、おしまい。


中庭にあるではないか!グランドピアノが!近位筋を目一杯使って演奏するピアニストの像が・・・

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その後、ホテルへ。既に夜景。

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夜はお食事会、医局の方々に他県からの入局希望の方、私もご一緒させて頂いた。
いつも有難うございます


つづく(=後で手直し)

手違いに手違い - 2017.02.06 Mon

来週の予約受診の日に入っていると思っていた検体検査。
どうして前の週に入っているのか?ひょっとすると検査結果を待つのに時間がかかるからか?と良い意味に捉えて病院に出向いた。
採血の机の前に座るや、試験管がたったの1本!!
「いつもは4−5本採るのですが・・」と述べたが、結局1本。内容を訊いたら「腫瘍マーカー」だという。
確かに自分から腫瘍マーカーを頼んだのは覚えているが。
首を傾げつつ、検査室受付でPCを調べてもらった。結局普通の(膠原病関係一通り)検査は入っていないという。
ま、いっか、受診の時に言おう・・・と思ったが、やはり腑に落ちない。
受診受付に出向き、いつもお馴染み、親切な信頼できる受付嬢に尋ねた。
何と!!12月の前回の受診日に検査予約が入っているという。いやいや、それはないでしょう…予約票には出ていないのですから。
先生の手違いですね、と親切な受付嬢は検査室に電話をしてくださり、追加の、もとい、本来あった3本を即刻採って頂けました。

あーー疲れた。
明日の浜松での準備もできていないのに!!(これは半分新しいパソコンの所為にする)

結局何もせずに、疲れた疲れた、と呟きつつ一日が終わってしまいました。
本当に病院ってどうしてあんなに疲れるんでしょうね・・・

来週は来週で整形外科の検体検査あり。整形外科の先生は「同じ日になるように」と日程を組んでくださったというのに。骨粗鬆症のレントゲンもある。体力温存で出向かないと日常生活が成り立たない



治った咳 - 2016.10.15 Sat

7月に風邪っぽい、怪しいな、と思った時直ぐに市販薬を飲んだ。
その後手持ちのクラビットを念のために飲んだ。
そして「今酷くすると困るのです」と内科医を訪ね、引き続きクラビット、ムコダイン、ロキソニン、アストミンを処方され、きちんと飲んだ。
普段なら処方薬は使わずに済ませるが、猛暑で体力も落ちているだろう、とこれまた念のために…と夏は過ぎた。

結局咳だけが残り、それはアレルギーなのか、風邪なのか・・
部屋を移動しただけで、或いは掃除機をかけただけで、その他温度差でも咳の出るタイプのアレルギー持ち。判断に困ってしまう。
9月半ばには、友人の演奏会の途中で妙な寒さと我慢しきれぬ咳に、泣く泣く休憩時に会場を後にした。
これは耳鼻科の管轄だろうな、と思えど、ほんの少しの遠さが故に無精をし、又しても内科の世話に。今度はフロモックス、ムコダイン、ロキソニン、アストミン。

咳は治らず、漢方薬に切り替わった。(医師も困られたに違いない)

そうこうそうこう…そうこう…やっと思い立って耳鼻科へ行った。
全く鼻水は出ないんです、咳だけが、と自覚症状や内科受診の経緯を述べた。
いつも丁寧な優しい耳鼻科医は、鼻と喉とをファイバースコープで診てくださり、鼻は奥に粘液が溜まっている、と見せてくださった。喉も然り。炎症を起こしている部分に外用薬を直接塗ってくださった(これが有難いのです!!耳鼻科ならでは!!)。鼻と喉とを吸入し(これも耳鼻科ならでは!30年も前、我が子たちも吸入で随分助かった)、薬も、お薬手帳をご覧になりながら暫し考えてくださった(あれこれ使いすぎたのだろう)
帰りの車は、既に喉の不快感も取れ、咳も出ず。
帰宅して、処方されたクラリス、レスプレン、ムコソルバンにセルベックスを飲んで一休み。倦怠感も消えた!

折しも午後には音楽会へ行きたいと思っていたが、又途中で咳が出ては…と案じていた。全く体調不良を感じることもなく出掛け、とても楽しいひとときを過ごせた。佐藤卓史さんのシューベルトツィクルス、今回はシューベルト20代のソナタ。1音ずつ生き生きとした名演!!これは又触れさせて頂くとして、咳は嘘のように治った!!コン!と1回すらも出ず。

あーーー・・・最初から耳鼻科に行くべきであった。夏の間の倦怠感と咳で、いや、咳で睡眠が妨げられるから昼間はずっと倦怠感に襲われていたのか??眠って食べてばかりで体重が2キロ増えたこの数ヶ月
しかも3時間連続でレッスンしていると、段々濁声(だみごえ)になっていた。2人来たら2人目は最初から濁声。

どうしても酷い咳の時に、と頓服で処方されたフスコデは使わずに済んでいる。

自分で「多分この科」と思ったら信じるべし、多少遠くても決して無精をしてはならない。
と後になっていつも反省するのでした・・・家に閉じ籠もり、何かと損をした夏でありました。

不機嫌 - 2016.09.21 Wed

フキゲン のコピー
(こんな飲み物がありましたっけね・・・)

今年も「特定医療費(指定難病)受給者証の更新手続き」の時期となった。

臨床調査個人票が、嫌がらせ?と思うほど(患者のみならず、多分医師にとっても)小さな文字になった。
記入依頼のために提出し、出来上がりました、と文書受付から電話をもらい、先週土曜朝一番で取りに行った。車を運転して。
受け取ったものの運転用の眼鏡を掛けたままではとても読めない小さな文字!
一旦帰宅して書類は置いて、なかなか治らない目の症状のために最寄りの眼科へ。連休を前にして、16-7人待ったろうか。これは後日又。(執拗と思われようが、自分のための記録を兼ねているので)
午後に出掛ける予定だった音楽会は時間が間に合わなくなり、諦めた。

前述の更新手続きには、他にも提出書類があり(住民票だの世帯の所得証明だの、どれが該当するのかを調べるだけでも億劫なほど選択肢があると言うのに!)、以前近所にあった出張所が無くなってしまった為に、バスで一方通行をぐるりと回ってJRの駅まで行かねばならない。そういう役所には駐車場が欲しい!!

それでも連休の谷間、仕方が無い、持って出向いて向こうで調べてもらおう…と思い、その前に臨床調査票に目を通すと(眼鏡を外して。幸い度近眼だから眼鏡さえ外せば左目で読める)、え!?これ、違うんじゃないの!?と素人の私であっても、私が罹ったので……何箇所も「???」と相成った。
入院したのは皮膚科で、紙のカルテ。それも分厚い。デジタル化した今、膠原病科では探し出せないのかも・・
目の周りの凄まじい浮腫とか(目が開かないほどの。これはヘリオトロープ疹にはならないの?)、1998年発症当時は多発性筋炎(乳癌に起因すると思しき)で皮膚筋炎ではなかったはず。皮膚筋炎の診断時は1999年(1997年と書かれてあるけれど。1997年にも酷い湿疹に苛まれたが診断はされていない)。この辺り、このままで良いのだろうか?とか、筋電図変化も「なし」になっているけれど、弱々しい波で「この辺りがもうちょっと動くと正常に近付くのだけど」と指摘されたことも記憶にある。
・・・とこんなところに書いたところで始まらない。再度確認に出向く??


う〜〜〜〜〜〜〜ん・・・・・再度書いて頂くと、提出期限に間に合わなくなるだろうし、どうせお役所が一文字ずつ確認する訳でもないだろうし、これで良いことにするか・・・・・

全く、厚労省がしょっちゅうあれこれ変更するから(書式を)大変なのだわ。患者は勿論のこと、医師だって膨大な量をこなす訳で、この時期、倒れられないと良いが……と患者が案じるほど。

もうじき終わる朝ドラの「どうしたもんじゃろの〜〜〜」状態。


取り敢えず今日提出するのは止めた。


ハシゴ(続き) - 2016.05.14 Sat

先日月曜日に回りきれなかった続き。

結局鼻血は止まった!は、ぬか喜び。
朝は一番でいつもの耳鼻科へ。
左鼻の奥に毛細血管のかたまりがあるそうで、そこの一部が飛び出しているらしい。
焼いてくれました。薬で。(本当にライターで炎を出したので、ギョッ!……薬を溶かすだけだそうで
予想したより時間のかかる処置でした。
来週前半に再度出向いて様子を診て頂くことに。

午後は相変わらずいつの間にかテレビの前のうたた寝。目覚めて、先日の甲状腺の結果を聞きに内科へ。
異常は全くございません!と太鼓判を押され、その他、このところの心臓バクバクの話や血圧の下が100を超えたことも報告しましたが、測って下さった結果は上が106, 下が65と普段通りに落ち着いており、一安心。
引き続き漢方薬で様子を見ること、血圧は記録用の冊子をくださいまして、一件落着。
「異常なし」は有難いものの、疲れの原因は??あ、だから漢方薬を処方くださったのか・・つい即効性を期待してしまうが、続けて飲みませんとね・・

電車で一駅乗ってやっと地元の駅へ。
今度は眼科であります。
大学病院からの結果報告も届いており、手術はリスクが大きすぎるとのことで、引き続きこちらで経過観察となった次第。
先ずは、数滴しか残っていない「カリーユニ」(白内障の薬)を3本処方され、暫く安心。

という訳で、同じ区内ながら結局1日かけて3箇所のハシゴ。
これで暫くは安心して過ごせます。
安心したからか、相変わらず夕飯後ソファに座れば大爆睡・・・あぁ、ピアノが・・あぁ、ピアノが、は思うだけ。


追記
この日の朝の耳鼻科は夫が車で送ってくれた。
どこかでコーヒーでも飲んで待ってくれたらよいのに、忠誠を尽くして待合室に来てくれ、待ち時間も、長くかかった処置の間も、しっかり居てくれた。マスクもせずに!!・・・途中で「あ〜〜〜」と気付いたが時既に遅し。夫はしっかり色々な風邪をもらって帰り、後日受診するハメとなったのでした。

ハシゴ - 2016.05.09 Mon

(記載は後日)

呑み屋のハシゴをする気力体力は、とうの昔に捨てました。

医者のハシゴ内容は以下。
大学病院の整形外科で頂いた文書を地元の整形外科に提出すること。
最近の異常なほどの疲れ易さ、漢方薬を勧められたこと。
鼻血が毎日出て、酷い日は4−5回も。
地元の眼科からの文書を元に大学病院の内科を経由して眼科を受診し、その返信もそろそろ届いている筈。もう目薬(カリーユニ)も底を尽き、地元で処方してもらうことになっている。
等々・・

受診すれば薬の処方がある訳だが、先日来「お薬手帳」が見つからない。お薬手帳なしで薬局に行くと、40円の手数料を取られるという。又しても厚労省の所為で腑に落ちない制度が出来たの??と思ってしまったが、検索してみたらそういうことではなさそう。色々ヒットしたが、この記載が一番分かり易かった。
手帳もひょんなところから出て来て一安心。


まずは自転車で2−3分の整形外科へ。
文書を提出するだけなのに1時間半ほど待たされ(連休明けだから?)、先生も気の毒がられて、何かリハビリでもして行きますか?と訊いてくださったほど。でもハシゴはどんどん上らないとこなせないので、その旨告げて一旦帰宅。
1月と4月の血液検査のデータを鞄に入れて、隣りの駅の内科へ。午後は雨になると聞いていたから今度は車で。
異常な疲れ易さ、何をするにも億劫で、夕食後はいつの間にか眠るから1日があたかも10時間しか無いような日々であることを話した。即刻「甲状腺ホルモンを調べましょう」と言われて採血。あとは漢方薬を処方された。名前は忘れた。鼻血の話をすると「それは耳鼻科に行ってください」。
夕方4時から6時の間にネットスーパーの配達を頼んであったので、他のハシゴは諦めて、又後日にした。
そのネットスーパーでは扱っていない物を購入しに、(車も駐めさせてもらってあることだし)近くのスーパーに寄った。
何と!美しいカーネーションの鉢植えが値引きされ、更に半額になっていた。
買わない手はない!!というこの私。2人の亡き母たちに。決して367円分の感謝だなどとは露ほども思っておりませぬ。
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子供達からもカーネーションその他プレゼントをもらったので、彩り溢れる花に囲まれていて嬉しい。
これらは又後日アップ・・・。




今年も又浜松へ - 2016.02.27 Sat

今年も浜松医大での講義、23日に出向きました。
「浜松に行ってくる」と言えば、私の周囲は「楽器でも買うの?」と相成ります。そうだったら嬉しいのですが…

相も変わらず新幹線から辛うじて見えた富士山。

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講義は、この大学の戸倉新樹教授に依頼され、既に5回目となりました。
医大のサイトには「非常勤講師」などという仰々しい名前が付いていますが、あくまでも患者の立場から、これから医師を志す若い人達に、「病気を克服しようと葛藤している人の考えや思い」を知って欲しいと思っての内容です。長い入院生活やその後の話は数時間に収まるものでもありません。予め文章を読んでから臨んで頂く毎年です。
その文章が、2004年に「北九州皮膚科医会」でスピーチをするに辺り、参考資料としてお配りしたもので、専門医を対象とした物です。学生さん用に新しく書き直すつもりが、常に間に合わない!今年こそは書き直そうと思えど。
治療にあたって下さった医師たちに対して「少しは感謝の念を抱いたら?」と言われそうな内容も無きにしも非ずですが、何も事前の情報が無くては始まらない、と敢えて配布しています。医師になる以前に知って欲しいことばかりですから。

今回も、最初に戸倉教授から「皮膚筋炎」の説明がなされました。
「膠原病」の1つですが、他にもどのような病気が含まれるか。どのようなメカニズムで起きるのか。
難しい病気ですから、どのように患者さんに説明するのか、大問題。いきなり「ピアノは諦めてください」では困ります・・・
「医の倫理と生命倫理」の角度から、患者の権利や医師の義務、informed consentがどのようになされるべきか、患者及び家族と医師との関係がどうあるべきか、等々。
「皮膚筋炎」については、医大2年生には「2006年にリリースしたCD《樂の音に寄せて》で戸倉先生が書いてくださったライナーノートの中で述べられている文章をお読み下さい」で済むような気もします。まだ医学を系統立てて学ぶ前の学年ですから。
でも詳しく、皮膚病変を示す膠原病の症状について、ヘリオトロープ疹ではその名前の由来「ヘリオトロープ」の花の画像とヘリオトロープ疹そのもの、又ゴットロン徴候の様々なタイプの写真などもスライドでお見せ下さり、学生には貴重な時間です。

闘病から17年が経ち、その間にも「皮膚筋炎の4つの型」が判明。今ならもっと簡単に治療に入でたのかもしれない、と思います。

以下の4つの型も、戸倉教授の許可を得て記しておきます。

************************************************
1.抗 ARS 抗体陽性
   代表的なのは抗 Jo-1 抗体陽性.Mechanics’ hands.
   ゆっくり起こる肺線維症,関節炎あり.悪性腫瘍なし.
2.抗 Mi-2 抗体陽性
   高力価の抗核抗体.肺線維症なし,悪性腫瘍なし.
3.抗 CADM140 (MDA-5) 抗体陽性
   筋炎なし,肺線維症高度,血管炎による潰瘍.
   悪性腫瘍なし.
4.抗 TIF1-γ抗体(1γでは?)
   悪性腫瘍あり.肺線維症なし,浮腫強い.
   小児皮膚筋炎でも多い.
*************************************************

ということで、私のは4番目に該当したことになります。乳癌に気付かず、後になり1998年の異常なほどの筋力低下は「多発性筋炎だったのではないか」との推察、及び乳癌切除後に筋症状は一旦全快したかに思えた時期を経て、徐々に発症した「皮膚筋炎」。当初は検査入院で、その間にCPK(筋肉が破壊される時に出る酵素の値)が三桁となり、四桁に近付き、診断。
(詳細は、遡った1998年からの日記に書いていますので省略)

若い人たちに、とことん取り組んで欲しいです。引き出しは多くて多すぎることはない・・・
今まで存在しなかった難病や珍らしい障害、何より地球温暖化によって色々な生態が変化、デング熱やらジカ熱やら…今後とて考えも及ばない症例が出る時が来るかもしれない。そういう時に、過去のデータも役立つだろうし、沢山の引き出しがあればすんなり解明に導かれるかもしれない…と子供や孫、更にそれ以降の時代を危惧するのです。


夜は、皮膚科医局の方々と共にご馳走になりました。
(ご馳走は撮りそびれたので集合写真のみ。デジカメも忘れたのでスマホにて、歪みました)

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順不同ながら、夕暮れと夜景。

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翌朝。往復ともに雪に遭わずに良かった・・・

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上の方に記した2004年の北九州の日記があった筈…にリンク貼ろうとしたら見つからない!
「ブログ内検索」を使ったらヒットし、「そうだ!書いたのは別件での理由から、2009年だった」と気付いた次第。
別件での理由というのは、寝台特急が廃止になる、ということで行きと帰りの車中でのさまざまな想い出や、何よりも「ハイケンスのセレナード」にまつわる小学生の頃に繋がるあれこれ。コメントで貴重な情報を頂いたことも含めて、削除出来ない日記です。
http://allegrobunchan.blog18.fc2.com/blog-entry-264.html


白内障! - 2016.01.12 Tue

特に驚くことでもない。
先週金曜の夜にソファでうたた寝をしていた後、目を開けたら両眼共に酷い不正乱視となっていた。目の上に腕が乗っかっていたり、よくあることなので気にも留めずにいたが、翌朝になっても霞んだまま。特に右目は眼鏡をかけても視力が出ない。いつもの硝子体の飛蚊症でもない。最近風呂に入って白い壁を眺めていると、動かない暗い部分が両眼ともあり、眼科に行かねば、とずっと思っていたので良い機会だった。
連休もあるし、土曜に近所のかかりつけ眼科に出向いた。

矯正視力検査のみならず、角膜内皮細胞顕微鏡検査、精密眼圧検査、細隙灯(さいげきとう)顕微鏡検査、右目の精密眼底検査(散瞳しての)、眼底カメラ、など(明細内訳を書き写しただけ)あらゆる検査を受けたところ、白内障が進んでいることが分かった。幸い、緑内障も黄斑変性も網膜剥離も無かった。2009年の同じ検査画像と比較し、どれだけ眼底が霞んで映っているか、比較説明を受けた。
先生は、「どの程度進んでいるかと言いますと、私なら直ぐに手術を受けます、というレベルです。でもリスクもゼロではないですし、急に手術と言われても戸惑いもおありでしょうから、先ずは点眼薬で進行を遅らせてみましょう。」と、「カリーユニ」という点眼薬を処方された。1本使い切ってみて様子次第で引き続き点眼薬で治療をするか、手術に切り替えるか、判断をするらしい。

私の場合、左右の視力が違い過ぎ、裸眼では左目の近視がマイナス4.75(視力表の一番上は全く見えないが、視力表的に言うなら0.02位?)、右目の近視はマイナス1コンマいくつかだが、不正乱視の顕著な部分はマイナス2.5ほどある。40代まではコンタクトレンズで矯正出来ていたが、老眼が混ざってきてからは大変繁雑。最初はコンタクトレンズの上から必要時のみ眼鏡をかけていたが、シェーグレンでコンタクト不能となり、今は眼鏡をいくつも使い分けている。遠近両用、運転の遠用、パソコン用、譜面台用、寝っ転がっての読書用・・・
白内障と思しき症状は、楽譜は「読めない」以前に「見えない」(寧ろ頭の老化なのだろうが)。遠用の眼鏡でも夜の運転は路上の白線が霞む(車線変更は甚だ気を遣う!)。
最近水晶体の中に入れる眼内レンズを遠近両用に出来ると小耳に挟み、それが可能ならどんなに便利だろう!白内障の手術を受ける時になったら考えよう、と密かに目論んでいた。遠近両用が不可能であっても、左右が同じ度になって譜面台の距離なり、テレビの距離なり、ピントを合わせた度に出来れば、それだけだって有難い。あとは遠用と近用の眼鏡を作ればよいのだから。
うん、良い機会かも!!
今は白内障の手術は簡単に(場合によっては日帰りで。サラリーマンは会社を抜け出してというレベルで)出来ると耳にしていたので、頭の片隅に置いている。
でも先ずは医師に言われた点眼薬を使い切ってみて判断しよう。手術となれば病院の紹介もあるだろうし。

白内障との縁はそもそも1999年、膠原病治療の為のステロイドの副作用。1日40mg服用していたので当然白内障も出て、退院しても数年間は大学病院の眼科で「白内障の進行具合」のチェックを受けていたが、今直ぐどうというものでもなく、ステロイド漸減で安心感もあり、寧ろシェーグレンによる酷いドライアイの方が問題となっていった。
今もステロイドは毎日少量服用しているが、白内障に関してはそれよりも老人性!!
点眼薬にもしっかり老人性白内障治療点眼剤と印刷されている。

全ての不自由さから解放される日をひとまず夢見てみる。



今日は私が受診 - 2015.10.05 Mon

夫がお世話になっている大学病院の整形外科、元はと言えば私がステロイドによる骨粗鬆症でお世話になり始めた教授だ。
その前は、手がご専門の医師にお世話になっていた。それも娘が先で、大学に入学して直ぐの頃、勉強しているうちに一晩机に突っ伏して眠ってしまい、朝起きたら手の痺れが治らず、私は私で2001年5月に初めてパソコンというものを使い始め、(膝に乗せて使ったことがないのでデスクトップ化している)ラップトップの角に手首が常に乗っているという無精な打ち方から手が痺れっぱなしになった。1999年から毎週お世話になっていたOTの先生に相談したところ、その手がご専門の医師を紹介され、病院を去られるまで長きに渡りお世話になった。骨粗鬆症もその先生のお蔭で2001年に発覚した…まだ50歳で80歳平均並の骨量に、ひっくり返りそうになった。ボナロンやアクトネル、ダイドロネル…など処方されて、横這い。

閑話休題。
病院の駐車場が9時近くなると渋滞するので、我が家は8時半に着くように出向く。
お蔭で今日の診察は1番乗りだった。
呼ばれて入るや、「ご主人その後どうですか?」と訊かれ、同伴していたので夫も色々話せた。先生はもっと話したいご様子だったが、今日の主役は私です
私の首や上腕の痛み、手の痺れは、明らかに頸椎のヘルニアから来ており、でも手術する訳にも行かないし、そんなに酷いレベルではない。
先ずはリリカを25mgから毎晩服用するように指示が出た。この前の代診の先生とは可成り違うご意見。
私の病名がパソコンに入っていない、と仰る。病名が入っていないと病院が大損害を被る、と言われたが、損害の理由は忘れてしまった。そう言えばその代診の先生の時、「骨粗鬆症だけで○○教授にかかっていらっしゃるんですか?」と訊かれたが、関係あったろうか。
今日は、首にカラーを嵌めるようにとの指示も出た。
そうそう、先日はるばる岩手からいらした生徒さんが、やはりヘルニアがあり、仕事の時はカラーを嵌めておられるとのことだった。でも後縦靭帯(骨化症?)もあるとのことで、それでカラーなのだろう…と勝手に解釈していたが(お仕事柄ということもあるだろうし)、何と!私もカラーを言い渡されてしまった・・
売店で買うように言われたが、売店は目下改装のため臨時で甚だしく小さくなっており置いていないと言う。介護ショップに在庫の有無をを電話で訊いてくださった。2種類あったので両方購入。嵌めて過ごしてみないと固さなども分からないので。どうしたものか…本来、装具の診察室で使い方など説明があってから購入するのではないのかなぁ…2種類あっても、いつ、どのように、というのが分からず、帰宅後、適当に装着している。それこそ近所のお馴染み整形外科に牽引かたがた出向いて、訊いてくるか・・と思いつつ、リリカを服用して装具も装着して牽引もして、一度にあれこれ増やして、何か改善にせよ不調にせよ、変化が出た時に原因が分からなくなってしまう。今日出向くのは止めた。
(近所の整形外科で牽引を受けることも構わないそうで、これから通わねば…良いと思われることは何でも取り入れたい)


そんなこんな、一番の整形外科だけだったので10時前に終わり、会計・薬局、それと介護ショップだった。
帰り道はスーパーに立ち寄り買い物をして帰宅し、早速カラーを嵌めてみた。食事の時はちょっと鬱陶しいので外す。
再度カラーを嵌めて、昨晩の続き、夫のウェブサイト蘇生作業に励んだ。

最近夫と共に出掛けることもなく、一緒に出向くのが病院になってしまった。全くやれやれだ。そのうち、共に足掛け8年を過ごした青春時代(だけではない。仕事、妊娠・子育てもだが)のウィーンに二人で行きたい、との夢は叶うのだろうか?

そろそろ練習(勿論ピアノの)に真剣に取り組まねばなぁ・・・

骨…セカンドオピニオンの大切さ - 2015.08.07 Fri

前の日記に書いた迷い、月曜から昨日まで夏の休業で今日から診察再開という院長のおられる地元の病院に行くことにした。
来週までは待てないし、大学病院で長く座って待つのもしんどい。

それは正解で、以前「胸骨は大変分厚くて、柱にぶつかった位で折れることはない、肋骨とて折れていてもうまく写らないない、それでも撮りますか?」と言われて諦め、今日に至っていた訳だけど。
流石、症例数のあるベテランの院長!!救急病院も兼ねているから、院長も看護師もレントゲンの技師も全て手慣れて判断も素早い。

有難くないことだが、結局は胸骨に見事なヒビが入っていた。
「たら・れば」は言いたくない。でも・・
あぁ、そうと知っていたなら、片付けなど先延ばしにしたし、孫の「抱っこ」も暫く我慢させたものを・・・
全てやらざるを得ないことばかりだったのだが。

柱の角に激突したのが先月21日だから、かれこれ2週間半が経つわけで、安静に過ごしていれば、そろそろ治りかけている頃、と言われてしまった。胸骨、先日も折った患者さんが来たとか、「よくあること」らしい。
残念なことをしてしまった・・・


ところで、讀賣新聞で現在連載されている「医療ルネッサンス」はテーマが「高齢者の薬」。6回の連載で、今日が4回目。ひと言ひと言が、我々夫婦の薬の多さとして色々考えさせられる。
特に夫は、最初に(もう数十年も前だ!)かかった医師に処方された薬が多すぎ、且つ強すぎ、本来なら食事療法で治せたかもしれないレベル(高血圧に糖尿)を薬で悪化させた気がしてならない。そこへ座骨神経痛の諸々の薬。
私の場合は何故か身体が「不要な薬」とサインを出すのだが…。
ステロイドの副作用の為の薬が殆どで、最近は加えて手の痺れの薬も出たが、2種類とも合わずに止めてしまった。(既に書いたので執拗)

今日は「セレコックス」という鎮痛剤が初めて処方された。その位のものを飲むに相応しい骨の状態??1週間飲んで様子を見る。胸に巻きつけて骨を固定するバストバンドを四六時中巻いた上で安静に努める。
最初に救急として出向くべきだったな・・・ま、仕方ないか・・・

症例数の多さも病院選びのポイント、と毎度のことながら反省を促された思い。

考えてみれば… - 2015.08.05 Wed

先週の月曜、いつも定期的にお世話になっている大学病院附属の整形外科、骨の専門医がおられる曜日だから、と予約外で受診をお願いしたのに、その日は予約外は一切診ないとのこと。
結局頸椎のMRIの予約だけで終わってしまった訳だが・・・
尤もその日は、打撲による胸の痛みも落ち着いており、引き下がった私も私。
定期的にお世話になっているのは、頑固さに於いて院内でも有名な教授。だからと言って、受付で全く私の要望をシャットアウトされたのは、何としても不条理。
ちょっとでも相談頂き、検査のオーダーだけでも出して頂けていたなら、と思ってしまう。

明日も出向いたところで同じであろう、と諦めて生徒のレッスンに勤しむことに。
同じ院内であっても、紹介の有無で対応が違ったかもしれない。でも、ある科では「あの先生は無理でしょうねぇ」と最初から決めつけておられた。それほど有名なのだ(頑固さが。勿論優れた高度な治療に於いても有名なのでしょうが…殺到する余りの患者数でご多忙との話も耳に挟むが)

・・と呟いてみる。

「今日の診療」ならぬ「今日の通院」 - 2015.07.14 Tue

朝9時から皮膚科予約受診、その前に膠原病科の血液検査が入っており、8時過ぎに家を出て大学病院へ朝食抜きで。
皮膚科に診察カードを出して、まだ診察も始まっていないというので、血液検査を受けてしまう。皮膚科に戻って2人目に呼ばれた。皮膚症状はないのですが、皮膚筋炎で入院中からよく私を観察下さり、おそらく一番私をご存知の当時の病棟医長先生ですから、何でもざっくばらん話せます。
薬で蕁麻疹や、酷い時はアナフィラキシーも起こした身。それに備えたアレグラ他、日常お世話になっているイソジンゲル、バラマイシン、エキザルベ、ネリゾナなど処方して頂き、あぁ、今日は早かった、と思いながら会計を済ませて薬局へ。ここは時間がかかる。全て3割負担になったので、チャチャッと終わらぬものか?アレグラは今回からジェネリックに。

途中スーパーで買い物。順調に帰宅。

その後、リリカの副作用の話もあることで、近所の整形外科へ。
土曜からのことを話し、それでも飲まない日よりは痺れを感じる時間が少なくなった気がするので、75mgは止めて25mgで暫く様子を見ることになった。納得。そして何ごともなければ漸増、という訳だ。
牽引も受けて、薬局に寄り、帰宅。

2週間分の薬を「朝食後」と「夕食後(実際には就寝前)」とに1日ずつ分けて壁掛けのポケットに入れる作業。薬のシートを半分に切っている時、ハサミがどこまで進んでいるか見えずに親指まで切ってしまった!早速イソジンゲルが登場。やれやれ…白内障が進んだか??

待ち時間ばかりで疲れる病院通い。今日も無事にクリア。
昼用に買ったパンを食べて、クラムチャウダーを夜用に作り、あぁ〜〜疲れた!!と、生徒の来る時間を計算して脳にインプット、そして爆睡。

夜は相変わらずテレビの前のうたた寝。とても役立つ番組を見ていた筈だったのだが・・・
帰宅した夫に何度も起こされたようだが起きられず、11時過ぎてやっと渋々起き出し、入浴。

猛暑の一日。車でエアコンを点けて移動しても、どこへ行くにも車内が冷える前に着いてしまう。とても疲れた。


脚の痛み… - 2014.03.08 Sat

(遡って2月28日の日記です)

浜松から帰り、午後に近所の整形外科を受診してみた。
やはりレントゲン画像は見ておきたいので。

「さほど悪くありません」とのことで安心。
でも、「変形性膝関節症」の始まりには違いなく、この状態を維持する日々になりそうだ。
原因は、一昨年から去年一年間を経て今に至るまで、体重が4−5キロ増えた。
リーフレットを見ながらの説明で、「①肥満が一番の大敵です。体重が1kg増えただけで歩行時の膝の負担は約3kg増加します」とある!!!4kg増えたとしたら12kg!?その身体で6kgの赤ん坊を抱っこしたなら18kgの負担となる…
↑送信してから間違いに気付いた。4×3+6ではなく、(4+6)×3だ!!!

(以下の画像をご覧になりたい方はクリックで拡大なさってください)

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私の母が私の年齢の時には、既に正座は出来なかった。
晩年は、半月板はとっくの昔に消えた状態。大腿骨と頸骨がぴったりくっついて、膝は無いに等しい状態になってしまっていた。70代終わりに、駄目元でも、と私が勧めて大学病院の整形外科などを受診し、最初から効果はない、と分かっていてもヒアルロン酸の注射をしたり、O脚を少しでも治す装具なども作ってもらったが、逆効果だった。何かが何かを引き起こし、蜂窩織炎で皮膚科に通っては抗生剤の点滴を受けるようになったこともあった。
手術出来ないのは、血栓が無数発覚したため。
そういう血筋なので、本当にこれからは気を付けなければならない・・・

さし当たって「ヒアルロン酸の注射を一発しましょうか?」と言われたが、シャワーも風呂も駄目。(とても、「旅先で『バタン、グー』のため3日間入浴していない」とは言えず)丁寧にお断りして帰宅しました。
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足首の痛みは、孫が生まれるずっと前からあり、夜中にトイレに起きた時など(と、何もこういう書き方をせずとも…と我ながら思ふ)、よろけてしまうので日々怖い思いをしている。これで地震だ火事だ、逃げねば!の状態となったなら…と案じるほど。
「アキレス腱付着部症」というそうだ。
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あれも駄目、これも駄目、ということではなく、自己管理のもと様子を見ながら動かして行くことが大切だそうだ。
大学病院でのリハビリが終了するや、どうしたタイミングか色々起きている。


(以下は3月6日の日記)
久々に中1以来の仲間4人で「新年会」を今頃した。
今頃になったのは、この中のお二方が、私から見たら本当に申し訳ないほどの脚の故障……
お一人は大腿骨を折ったり(彼女は膝の手術も受けている)、別なお一人は(と「お」を付けて書いている違和感…という仲)先日半月板損傷。

久我山の「○や」にて。
写真を撮り忘れて乾杯の後、飲み始めてしまった…遅ればせながらカシャ!
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呑んで食べて喋って、時の過ぎる速さは恨めしいほどの、楽しいひとときだった(年に複数回は集まっている)。

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次回が楽しみ。

帰宅の道すがら、家々の間に見える不気味に大きな月。
(写りの悪さは弘法筆を選ぶ人)
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今年も浜松へ - 2014.03.02 Sun

今年も又浜松医科大へ27日の講義のために行って参りました(形は非常勤講師)。

どこ迄ブログに書いてよいのか、一昨年、戸倉教授に許可を得た日記はこちらです。

昨年から学生参加型となり、教授がマイク片手に学生の座席へ歩き、今年は私もマイクを頂いて教壇で、双方から意見や感想を求めながら、補足を加えながらの進行となり、たったの90分であっても内容は充実したと実感しました。(試験の都合で出席が出来なかった学生さんは、本当に残念でしたね、と感じます)

医大と言っても2年生、まだ医学用語や知識は勉強していない、とのこと。
それでも教授は「皮膚筋炎の簡単な説明」と仰りつつ、スクリーンを使って「分類」(最新の!)やヘリオトロープなどの皮膚症状の写真数々を映し出され、私自身、大きな勉強になりました。
私が入院加療を受けていた頃には未だよく解明されておらずに、診断に至るまですら、検査入院を含めて可成りの時間(約3週間)を要したと思います。それから4ヶ月の加療での入院。退院してもADL状態、1年以上かかって何とかQOLが保てる状態になったのですから・・

15年後の今では、一口に「皮膚筋炎」と言っても4つの型に概ね分類されているそうで、私が罹ったものはその1つである、とはっきり分かりました!
(過去に参加した「膠原病友の会」でも扱われていなかった内容ですが、今ではどうなのでしょう…)
その内容を此処で書くべきではないと思うので割愛しますが、それを大学2年にして教えて頂けた浜松医科大の学生さんたち、羨ましいほど幸せです・・・いや、そこに行き着くまではこれから長きに渡り基礎から系統立てて学ぶとしても。
そのような、仕事というよりは (- 確かに仕事ではありますが - ) 寧ろ学びの機会を与えてくださった戸倉教授には勿論、大学や医局の皆さまにも感謝の念に堪えません。


今回の講義は午後で、日帰りも可能だったのですが、事前の打ち合わせをするとなれば、ラッシュアワーに人の波をかき分けて新幹線乗り場へ向かわねばならない……この脚で。という訳で、前日から浜松入り。(ギリギリまで孫の入浴など手伝って…)
講義を終え、呼んで頂いたタクシーでそのまま駅へ向かえば良かったのですが、楽器博物館で途中下車。
多くの鍵盤楽器の鍵盤の下がり方(=弦を打つ構造の模型)だけでもチェックをしたかったからですが、途中から反対の脚(膝の外側)が痛みだし、挫折。
駅への途中からは左足指2−3本も痛み出し…無事に新幹線まで辿り着いたとしても東京駅の広さを思うと、「今日さえクリアできればよい」というものではない、と先を読み、途中にあるホテルに再度チェックインすることにしました。
雨で、日頃の目の乾燥にはとても楽でしたが、足元はちょっと…ということも考慮。夕飯は隣りのビルに見かけていたハンバーガーを道すがらテイクアウト。


ここからは甚だしい雑談…
前の晩は32階
(結局写真で説明に替えるので、私の語彙はどんどん狭まる)
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朝起きての雨模様。
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(霞みすぎはPM2.5の所為もあるか??)


そして帰りそびれは38階!!
9時前には寝てしまったが、朝起きての眺め。
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水道橋の歯科に午前中予約のある夫が、東京駅のホームまで迎えに来てくれた。助かった!あぁ、歳だ、歳だ、と言うだけでなく、隅々までの管理を最優先せねば、との教訓と共に帰宅。


先ほど友人とのやり取りで、帰りそびれた晩に食べたハンバーガーは、可成り美味しい評判のものであることが分かった。

が!!

カロリーを見て愕然

1個 992kcal  
   脂質64.7g バター大匙4杯分を超えるではないですか!!
これです。
しかもドリンクも……これ。(注文したのは…水分不足を考慮してSではなくTサイズ…)
店のメニューに表示しておいて欲しいです

(又こんな内容で締め括る日記・・・


臨機応変で - 2013.12.30 Mon

先週だったか?
(と、話題は孫の話ばかりになります)
娘の母乳外来でのこと。
お乳がたっぷり出ていることが分かった。孫の体重も平均より増え方が大。

折しも行事満載、クリスマスのケーキや正月のお餅の食べ過ぎに注意、だそうだ。母乳が出すぎるから、ということのようだった。

でも・・・と婆は思う。
出過ぎれば搾乳して冷凍しておけばよいのだし、飲み過ぎて肥満児になる、なんてことは全くないと思う、今のレベルでは。
それよりも日々のストレスを最小限にしないと…と自分の2人の子育てを振り返る。
1人目の時は、突然練習というものが不可能であることが分かった。「さらわねば」「さらわねば」と思って(しかも、まだコンクールを受けるつもりでいたのは、今だから笑ってしまう)5分ピアノに向かうと「おんぎゃ〜〜〜〜!!!」…何とか寝かしつけて又5分ピアノに向かうと「ふんぎゃ〜〜〜!!!」…そういうストレス。妊娠中にも切迫流産で、既に申し込んであった大きなコンクールを棄権(連絡も出来ずに自然消滅)、ドイツでのリサイタルの申し出を複数放棄した。2人目の時は、実の母のグサリというひと言や、義父母の私に対する「こうあらねばならぬ」という御指導がストレスになっていたように思う。結局、そういう日はお乳の張りも悪かったのだ。

おせちは沢山作りますよ沢山食べてください!!とドシロウトの婆は思ふ・・・

疲れた! - 2013.12.16 Mon

今日は私自身の病院。

いつものようにリハビリ2つ。
その後、初めての消化器内科。

30分も早く着いた!と思いきや、駐車場へ入る行列で30分以上並んだ。

リハビリでは、こんな握力ではピアノは不可能というくらい力も出ず、倦怠感に苛まれている毎日。更にがっくりなのが、OTのST子先生が病院を移られるとのこと…。どれだけ入院中から助けられたか分からない。でも、いずれにせよ私のリハビリ回数は制限数を超えているそうで、今年度で終わるそうだ。

消化器内科にファイルを出し、待つ。2時間近く待っても私のG02という順番が表示されない(Aが9:00, Bが9:30・・となっています)。受付に行って、どの位待つか訊いたところ、可成りかかる、というので食事をしに6階へ。病院なのに**楼が入っているのは嬉しいのだが、今の私にはどれもカロリーが高すぎでしょう!
という訳で、無難なところ。
名前は忘れたけれど、鍋焼きうどんもどき…
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(300kcal代のうどんです。七味で誤魔化せ、ってかい?と言いたいような、ネタの瓶)


消化器内科受付に戻ったことを伝え、更に待つ、待つ、待つ・・・
これでは何の為の予約だか分からない。
受付に、私の番号がいつまで経っても表示されずに、先のアルファベットで始まる番号ばかり出てくることを伝えるや、「あぁ、**教授の紹介の方ですね。番号が変わりまして、0***になりました」と、まだ待つらしい。「0」って、予約外のマークですよ・・・どうなっているのやら・・・

今日は、自己免疫性膵炎の受診の筈で、既にその指標となる血液検査も前回の内科で済んでいる筈なのだが…
長く待って、結局その血液検査はなされておらず(IgG4)、尤も他の項目もあり、本日は関連ありそうな項目全て採血。
そして、前回の内科に伝えられていたMRIでの「レポート情報」のコピーを渡されただけ。
血液検査の結果は年明け。
これだけの為に、夕方薄暗くなるまで??
又しても腑に落ちない。元気でないと病院は通えないところだ、と。
その「レポート情報」を頂いても、私としては目下の「倦怠感」や目の痛いほどの乾きを即刻何とかして欲しい訳です。

と、ちょっと機嫌の悪い1日、いや、半日でした(帰宅してからも話題満載の我が家で)。


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(あら、左利きで弾いてもよいのね・・・と疲れている日は突っ込みたくなる了見の狭い私。ゲーテの美しい詩にも拘わらず)

楽器を奏でる天使たちなら、我が父の絵に勝るものはない、と身贔屓してしまう。
パソコン内を探す億劫さから、Amazonの自分自身のCD画像をズリッと頂く
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(宣伝している訳ではありません)


計画出産 - 2013.12.09 Mon

12月6日
ずっと思っていたことではあり、私らの時代とは違うことも重々承知。
それでも「これで良いのか?」ということは私自身の2回目の出産から感じていた。
遙か33年前に話は遡る。
息子の出産は「Semmelweissfrauenklinik」といって、産褥熱を発見したセンメルヴァイスが設立した産院。
当時、Gebärstuhl(お産をする椅子)などがそこで開発され、人気を博した。私は使わなかったが…
9月、予定日を過ぎての検診から帰宅し、動いた方が出産に近付くから、と四つん這いになってキッチンや風呂場の雑巾がけをしていた。あれ?破水??と思い、ウィーン女性の友人で破水を経験した人に相談したら「ワイングラスを倒したみたいな感じ」と言う。あ、そうかもしれない、と病院に電話をしたら「患者運搬車」が来た。エレベータの壊れた日本で言う4階に住んでいたので、ちゃんと担架で。一応救急車と同じ音声の出る赤いランプも車体の上に乗せて、病院に戻った・・そして、破水ではなさそうだが、もう予定日をとっくに(1週間以上)過ぎているので、と入院になった。後になり、その女性が言った「ワイングラス」は2分の1リットルのグラス、私が連想したのは8分の1リットルのグラスであったことが判明。
折角サンドイッチを作りかけていたのに…(Genzgasseにある日本の食パンに似た触感のパンを売る唯一の店で購入して)
絶食だそうな。そして夜が明けたら点滴が始まる(誘発剤の)。
勿論夫も同伴で、分娩は夫も白衣を着て当然のごとく手伝わされた。
誘発剤を使った以外は自然分娩と同じ。開き始めるまで時間がかかったが、ごく普通に進み、3750gの男の子が生まれた。周囲が全部現地の赤ちゃんだったので、同じような普通の大きさに感じた。
さて、2人目は日本。
総合病院だが、産科に秀でている、という評判の地元の病院。
息子を追いかけ回し、ハードな日常。一仕事を終えて息子も寝かしつけ、やれやれ…とひと息。ソファに座ってテレビを見ていたらイヤな予感。トイレに行けば大出血。まだ「申し込み」をしただけで初診も受けていない妊娠3ヶ月の初め。
当時まだ56歳の母(何て若い!!)はピアノの生徒のレッスン中だったが、タクシーを呼びに行ってくれ、私に同伴してくれた。
内診後(その時点では入院ではなかったと思う)台から降りるや、不気味な色の液体がザ〜〜〜っと出た。その時の医師曰く、「胞状奇胎でしょう」と・・
さぁ、大変だ!!
入院となった。
上の子は夫の実家が預かってくれる、と言う。(有難いことだった)
翌朝「胞状奇胎」について尋ねると、どうやら誤診だった模様。(今になって思うのだけど、もしやあの時は双子で片方が流れた??と又うるさい私。完全な一卵性双生児の場合、片方は脳も左右逆で、完全な左利きのことが多い、と何かで読んだことがある。娘は完全なる左利き。ヴァイオリンの弓も何度も右手に持たせても左手に持ち替えてしまう。本能のなせる業。ピアノとて右手が高音向かって走る感情の高揚、ほとばしり。だから楽器演奏は不自然と捉え、親からは敢えてさせず。プロとして考えた場合に、です)
切迫流産として長い入院生活を送った。
安定期に入ると、本当に安定。
臨月。
何も問題は無いのに、「計画分娩、無痛分娩にします」と医師に言われた。えっ!?!?1人目は普通に産んだのですが、と言えども「30歳を過ぎて、普通分娩なら保証はしませんよ!」と言い切られた。そんな馬鹿な…けれども「保証はない」と言われてしまうと…。今の私なら、あれこれあれこれ反論したろうが、当時は「お医者様」だった。例えば処方される薬1つにしても、患者がどのような薬なのか、副作用は、など尋ねることはタブー視されていた頃。それから12-3年経って「飲んでいる薬の分かる本」なんていうものが出版され始め、医薬分業。今は本当に有難いことだ。
さて、そのモルモット、もとい、無痛分娩。
朝8時に病院に出向き、腸を空にする。腰椎に麻酔を入れるための注射針を打ち込む。けれども、麻酔を注入するのは子宮が7センチだか8センチだか開いてからだ、と言う。え〜〜〜っ!?!?私の場合は、そこ迄開くのに時間がかかるんですけど…と上の子の経験を言っても駄目。普通分娩には切り替えられない、と言う。
結局その7センチだか8センチだか開き始めたのは夕方4時頃だったと思う。
もう、このまま産ませてください、と言えども、順番があるし駄目だとのこと。
テンポとしては可成り遅い。後から入ってきた妊婦さんがどんどん分娩室に運ばれて行く。う〜〜ん、順番ねぇ…体質は考慮しないのね…と不満。
やがてどうも「いきみ」のような腹圧を感じ、助産師さんを呼ぶと、「全開です!」「全開です!」「こちらが先です!」と・・・でも先に前の人が入ってしまった。全く痛くもなくいきみも感じず、麻酔で麻痺したお腹のまま待つ。
やっと分娩室に運ばれ、「いきめますか?」とな…「全く分かりません」と答えると「そうでしょうね」との返事。どうやら麻酔を増やしたらしい。それでも「はい、いきんでください!」の命令にいきむが、息子の時の記憶があるので、何も力が入っていないに等しい。医師と助産師がお腹をぐ〜〜〜っと押して、胎児を押し出した。夕方5時5分。

・・・・・・・という嫌な思い出。もう時効。

*******************************
ここで現在に話が戻る。
娘が(多分家族の都合で)「計画出産」を選んだ時、私の時代が蘇り、とても不安になった。
ただ、皆さん「昔と今は違いますよ」と仰る。
本気でいきんで押し出した子と、医師たちが押し出した子と、我が家で違いを感じたのは全く医学的根拠がある訳ではないので、これ以上は書かない。

12月8日
朝5時頃、娘が破水したみたいだ、と娘婿が言う。車を借りてよいですか?ということだったらしいが、破水をしていたら、私の「軽」は余りに震動を直撃するし、座り心地も悪い(らしい)。
夫が起きて、病院へ送って行った。結局破水ではなく、グラフ(胎児の心拍や子宮の収縮などの)を録って帰された。

12月9日
朝4時頃、娘が私のドアをノック。「痛みが来ている」と。それも定期的に…
そりゃぁ大変だ、と又しても夫を起こす。可哀想に(夫が)…その日は午後からゲネプロ、夜本番を控え、前日の睡眠不足もあり、充分寝ておきたかったろうに。娘婿は当直で留守。一体何のための「計画出産」??と、気の短い私は思う。
毎回入院荷物を車に一応積んで行く。今日ばかりは絶対お産に繋がるよう、もし帰される、などと言われた場合には私から強く入院希望を申し出よう、と同乗した。予定日を1週間以上過ぎているのだから。(嫌われそうな今どきの婆で構いませんって…今さら…)
到着し、私が娘に付き添う。7時になり夫は車を駐車場に入れる。
現在のことを余り書いてはいけないが、いや…本当に当直明けの先生方は大変だと思う。看護師さんたちも。心なしか「億劫さ」「苛立ち」が伝わってくる。自然分娩の人達は容赦なく次々と居るのだろうから…。又しても一旦帰宅して予約時間に来い、と言う助産師だか看護師だか。一旦帰ったらそのまま直ぐに出発です!居させてください、と頼んだ。やっと9時頃主治医が来てくださり(元々予約受診)、今日の診察次第で入院するかもしれなかったことや、子宮口が開きにくければ何かそれ用の(聴き取れなかったが)何かを注入し、「開くスピード」を上げる。(今はそんな魔術があるのですか!?)無痛分娩のための管も刺す。それを2日間位やりつつ様子を見、3日目に促進剤を入れる方向で態勢を組みましょう、とのこと。やれやれ…これで入院。一安心!!
でも、私に体質が似ていたら、子宮口が軟らかくなりさえすれば今晩か明日のうちに産まれるのでは?と、又してもドシロウトの直感。
私の母も子宮口が固く、私の時も妹の時も大変苦労した。そのような「すぐれもの」は無かった時代。所謂「陣痛微弱」と言われたが(母も私も)、子宮が固いから生理痛も酷かったのだろう。その体質は娘も全く同じに引き継いだ。
母は私を自宅でお産婆さんが取り上げてくれたが、まる2日かかったらしい。陣痛が弱いので「まだまだだね」とすぐに帰ってしまって心細い上、私の父方祖母(つまり母の姑)には「あんた、騒ぎすぎだわ」と叱られ続けたという。妹はその6年後、近所の産婦人科で産まれたが、余りの陣痛の弱さに「昼飯に出てくる」と医師も看護師も全員居なくなり、その間に母は「いきみ」が来て、医師が戻って診た時には「全開だ」「全開だ」と医師の方が慌てた、といつも聞かされた。

9時頃、他院でこれまた当直明けの娘婿到着。
あぁ、医師って大変なんだなぁ…と思う。しかも、その疲れて到着した婿に、私は言いたいことは言う人なので。何たる人非人!!

(普通分娩を待つ母親らしき人、羨ましく見えたことも否めない)

甚だ疲れた。
娘さんは頑張っているのに?・・・そりゃぁ当然のことです。
誰だって(過去における人類の人数だけ)妊婦自身が頑張って産み、産まれてくるものなのだから。
こんなことを平気で書いているから嫌われる婆。今さらであります。

今度の月曜にやっと私は消化器科に行きますが、何よりこの1年近い倦怠感を何とかして欲しい。


余りに鮮やかな色だったので、車窓よりガラケーでカシャ!!
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こんな自己判断は禁止だろうが - 2013.12.08 Sun

木曜に眼科で頂いた「フラビタン」は、余計にしみて夜中ずっと目が痛み、朝になっても治らず。


こうなると私の「自分の身体の事は自分が一番知っている!」が頭をもたげる。これは父譲り。但し父の場合は「一番知っているから周りは口を出すな」と末期癌を知っていたようで…昭和50年代後半のことです。

私はちょっと違って…
治らないということは、もし膵臓が原因なら仕方ないが、そうでないならアレルギーか感染症!
という訳で金曜朝から「アレグラ」と「クラリス」を朝晩勝手に服用。これらの薬は、私の体質をよく知る医師たちから適宜(自己判断で使ってよい、と)処方されているもの。

というわけで…今朝は、

いとも快調!!

極度の乾燥もマシになり、目脂(めやに=読んで字の如しAugenbutter)も止まった!
ただ、クラリスは耐性菌が出来てしまうので最低3日間は飲む。これで完治したら今日でおしまい。
多分頻繁なる「見知らぬ道の運転」で「まばたき」が減り、余計に涙不足になって菌がのさばってのことだと思う。倦怠感は変わらないが…
ストレスをストレスと感じないように生活をし、16日の受診までに何とか「自己免疫性膵炎」の名を消したいものです、根性で!


以下略なのですが(又改めて)、今日は教会に行けませんでした。

余りに目が痛いので - 2013.12.05 Thu

パソコンは極力控える。
でも、それとなく伝達・連絡も含めているので…

この数日、目の痛みに点眼薬(ジクアス、マイティア、ヒアレイン)も点す回数を増やし(本来の指示回数になっているだけだが)…アレグラを服用してみるも、治らない為に夕方4時頃に近所のお馴染み眼科に出向いた。
着いた時はさほど混んでいなかったが、後から来た人がどんどん呼ばれて行く。
予約でもなさそうだし、おそらく検査が必要な人が先になるのだろう。
私は、看護師に来院の理由を訊かれ、前回の続きです、と言ったのがまずかったのだろう。

その実、目の乾燥からくる痛みの話に、先日来問題になっている「自己免疫性膵炎」疑い(いや、決定なのか??)の話をし、暗くなってからの運転の辛さ、赤信号の下に表示される緑色の矢印がどちらを向いているか見えないこと、道路の白線や右折・直進の矢印もその場所に来て初めて見えることなどを訴えた。娘を病院に連れて行く都合上、どうしても運転しなくてはならない日もある、ということを添え。

それから丹念な「眼鏡による完全矯正」を目的とする検眼が始まってしまった。
でも、不整乱視があり、どうしても不可能。現在使っている「運転用」とさほど違いがないので諦めた。

次に先生は「白内障」を疑ってくださった。
その実、白内障は1999年にステロイドを40ミリから開始したため、副作用である白内障はその大学病院で検査が続き、当時は軽いものだったが確かに白内障はあった。でもステロイド漸減と共に悪化することもなく、大学病院では「白内障」がメインとなり、シェーグレンについては専門外なのか、話がすれ違う。膠原病内科では目薬も自己負担ゼロとなるため、大学病院の眼科はやめた。

今回機械を使って検査をし、又診察に呼ばれ、若い人の(=白内障を起こしていない)画像をまず見せてくださり、次に私の今回の画像。全く違う色(暗さ)をしていた。私は記憶の彼方だったが、2年前にも白内障を調べてあったようで、その画像を比較して見せてくださったところ、たった2年の間に可成り進んだことが分かった。
これでは夜の運転は危ない!!白線が見えないのも当然だ。

黄斑変性も調べてくださり(スキャンで調べられるとは!!)、こちらは異常なし。

という訳で、2時間以上の眼科滞在。
久しぶりに目全体を調べて頂けて助かった。

目の痛みに関しては、寝る前に角膜を覆うように入れる軟膏を頂いた。「フラビタン」

・・・どうして病院関係の話が多いのだろう・・仕方ないか・・


眼科の先生も、病院は感染症を防ぐ意味で意図的に乾燥させているので、頻繁に長時間滞在すると目には悪いです、とも仰った。そうなんだよなぁ・・出来ることなら勿論避けたい・・

長くなってしまったので(のに)読み直しません。


今日のカレンダー。

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抜き取った後のカレンダー画面
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(世界のクリスマスの挨拶。日本は載っていない…


下手の考え休むに似たり - 2013.11.27 Wed

それどころか、ドシロウトは考えても仕方ないよ、と言われそうなのだが…

今日も一昨日の病院疲れが続き、ぼ〜〜〜っと過ごした(どうして翌数日はいつもこんなに疲れるのだろう?広すぎるから?病棟が余りに多すぎて…)。
でも、頭のどこかで「自己免疫性膵炎」について「どうしてだろう?」「いつからだろう?」と考えてしまう。

「自己免疫性」と名の付くものは(膠原病もそうだが)、自分の細胞を敵と間違えて免疫細胞が闘ってしまう病気。
いつも「原因はストレス」と言われ、今に至る気が…(PM・DMの時は、長期にわたって潜んでいた乳癌の細胞を攻撃し過ぎていたのかもなぁ…等と勝手な解釈)

数日前に書いた「近所の診療所」でのCT、水平に切って見ると拡張し、縦に切ると薄っぺらい、ということで「容積的には正常だが…(?)」という、その「(?)」付きの「薄っぺらい」が、まさか膵臓が分泌している酵素が誤って膵臓そのものを溶かしているのではなかろうな…と案じたり。
暇は良くない。が、「どうして?」と考える習慣は職業病のようなもの。
でも、稀に「当たらずとも遠からず」。
今回はきっと「下手の考え」。



今日予約受診だった娘は、来週月曜に再度出向く。そのまま入院になる可能性もあるが帰されるかもしれない。
いつ出て来てもいいよ、元気に産声を上げてね、と願うばば。

メモをせず忘れた病名… - 2013.11.25 Mon

体調不良で病院に行っても、血液検査データが「異常なし」で全て終わってしまう為、最近診察の折にメモをとることが一切なくなった。


う〜〜ん……「自己免疫性膵炎」と言われたような…書き取るべきだった。
(「自己免疫」だけは覚えている。内心、「又ステロイド!?」と思った…ので…)


前回のMRIの結果が出ており。

最近の倦怠感は半端なく、大腸の症状と共に近所の開業医で診て頂いたのだが、その続き。
備忘録として無精日記 の中にひっくるめて書いてしまったが、やはり疲れの原因(いや、結果か??)は臓器にもあった模様。
偶然にも私の世話になっている大学病院の医師が、その地元の医院で月に数回診ておられ、その医師が膠原病内科の主治医に手紙を書いてくださったことから検査が更に進んだ。

今日出ていた検査結果のうち、腎臓の超音波エコーでは水腎症は異常なしだったが、膵臓を中心とするMRIでは異常(というほどではないのかもしれないが)が見つかり、それが「自己免疫性膵炎」という名前だったような・・・
消化器科に回してくださることになった。
12月16日のベートーヴェンの誕生日(推測されている日)に受ける。
もっと早い方が良いのだろうけれど、娘の出産と退院が確実に終わっているであろう中、これでも出来るだけ早い日を選んだ。
膵臓は何だかよく分からない臓器で…

取り敢えず今日の採血の中から、リパーゼと(もう1つあったような…認知症の方が深刻??)ともあれ消化酵素の値を追加オーダーしてくださるとのこと。


急激に増えた体重と関係あるのか??
膵炎だったら逆のような。

「口が渇きますか?」と訊かれ、今日の採血・採尿のために本来朝食は禁止だったが、余りの渇きに「午後の紅茶」をガブッと飲んできた。もしや質問は「乾く」だった??目の半端ない乾きと共に、シェーグレンだから仕方ない、と諦めているのだが…

先生がぱらぱらと滑らせてご覧になったMRIは水平方向の輪切りしか見えなかった。
秋に近所の診療所で撮ったCTスキャンでは、水平だと腫脹しているが、縦に切ると薄ぺったくて、つまりは容積的には正常…という捉え方だったが。あの開けなかったディスクを再度お願いしてみようか…


今日も1日病院関係で終わった気がする。


朝抜きで血液検査・尿検査(採尿用のカップが出て来なかったので催促した)、終えてスターバックスで遅い朝食、ある用件で約束してあった方と待ち合わせ、スタバで説明を受ける、以降一緒に付き添ってくださり、OT, PT, そして膠原病内科・・文書受付に書類提出。
あとは別れて会計、遅い昼食、薬局・・ついでに買い物。
薄暗くなって帰宅。
(メモかたがた)



追記
9月、すぐそこの診療所では、行くなり造影剤と思しきものを飲まされ(注射とは別に)、映し出した腎盂、尿が流れ出る様子が左右ではっきり違っていたのだが、今回は普通の超音波エコーだったから見えなかった、ということはないのだろうか?それともMRIでの判明なのか…
病院に居る時には疲れて(広すぎ!)頭の中は停止状態。本当はその時に質問出来ればよかったのに…
高脂血症用の薬も長く同じものを服用しているが効果上がらず、私からお願いし、変更して頂いてしまったのだが、これも後になって、消化器科を受診するまでは変更しない方が良いのではないか?と思ったり…。同じ条件で比較する事柄が出なければ良いが…
最近いつもこのように後で気付くことが満載。いや、単純に頭が鈍くなったのかも。「ものわすれセンター」の受診をお願いすべきだったのではないか??

更なる追記;
書類関係で付き添ってくださった方に、上記診断名を後日確かめたところ、確かに「自己免疫性膵炎」と医師は仰った、とのこと。今後はメモ帳持参だ・・・



検査 - 2013.11.08 Fri

11月8日(金)
私自身の検査。
膵臓を中心とするMRI。最初は普通に、次は造影剤を注射しながら。

「大きく息を吸って」「止めてください」の反復なのだが、段々それが子守歌に聞こえてきたらしい。
途中、マイクで「息を止められますか?動いているんですが…」との忠告が!!

一瞬深く眠ったらしい。
その後も気付くとうつらうつらと夢の中、そして「いかん!!」と気付く。

以前、結構長時間のMRIの時、確か入院中で左上腕の筋肉の画像を撮った時だと思うのだが、何十分も大爆睡した。
あんな工事現場のような騒音の中で!?と呆れられたが、実に心地良かった記憶が・・・


今回は、いつもの「お疲れ様でした」ではなく「お大事になさってください」だったので、「ん?何か見つかったのかな??」と思ってしまった。



病院に終始した1日 - 2013.10.28 Mon

朝9時半の整形外科予約。

今日は膠原病内科の先生もいらっしゃる曜日なので、先日地元の医師より預かった紹介状(膵臓の変形と、水腎症をMRIで検査すべき、との)を2階受付にやっと提出。一旦1階の「初診(?)受付」で書類を作ってもらって戻ってきてください、と言われて降りる。

そこで待つこと既に1時間。整形外科に戻って受診し(カルシウム剤やビタミンDをやめてしまってよいのではないか、との意見。偶然にも、腎臓関係が詰まることがあるから・・というのが理由らしい。でも、内科で相談することになっている)。BAPやALPの年間の推移のグラフを頂いたが、こんなに急降下するのもおかしい、と先生も「単位が変わったのではないか?」と検査室に電話。(私には「???」。ミリバールがヘクトパスカルになったようなものか??のレベルの頭)

今度は膠原病内科宛にファイルを出し……混んでいて早くても2時だという。一旦帰宅したい旨告げるや、いつも親切な受付嬢が駐車券割引の用紙をくださった。
本来は布団を干したかったのだが、帰宅したら最後、大爆睡し、電話が鳴っているなぁ…とぼんやり目覚めた。もしや病院から呼ばれた!?とガバ!と起き上がり焦ったらセールスだった・・・でも「もう3時!?」と慌てて病院に車を転がしたが、幸か不幸か、それから更に延々待った。

親切な先生は、より良い方法を探してくださり、両方(膵臓と腎臓)がそれぞれ鮮明に映し出されるように、とMRIと超音波に分けて、今週と来週とに予約くださった。
薬局5時ギリギリ滑り込み。

そう言えば眼科もずっと気にしつつ手持ちの目薬で済ませている…時計を見れば受付終了の5時半に滑り込めそう。
という訳で、地元のいつもとても親切且つ説明も分かり易い眼科、間に合って受診。
「どうされましたか?」と訊かれ、症状は痛みと目脂なのだが、「前置きが長いのですが…」と話させて頂いた。こんな時間なのに、いつもながら真剣に耳を傾けてくださる女医さん。大学病院からシェーグレンとして処方されているあれこれ(抗菌目薬も含む)を点眼すれども治らない。同じ頃に面疔に罹り、手持ちのクラリスを飲んで面疔は治ったのに、目は治らなかった、と説明した。
「確かに鼻と目は繋がっているから、とお考えでしょうが、目は拝見した限り乾燥が酷くて、普通だったら涙が流してしまうようなちょっとした垢とも言える菌を流せずにやられているのです。鼻とは別物です。タリビットでは弱いし、今では種類が沢山出ているので、別なものをお出ししましょう。クラリスは必要ありません。これで治ります。もし治らなかったら培養をするのでいらしてください」と、実に納得の行くご説明。更に「感染するものでもないので、タオルなど神経質にならなくて大丈夫なものです」と加えてくださった。
薬局で「ベストロン」という7日で使い切る目薬が出た。フルメトロンその他、ジクアスやヒアレインも一緒に使って大丈夫な薬だそう。

と、バタバタと(脚ではなく移動は車が、だが)今日は過ぎ、昼食はみたらし団子2本とシューアイスだったなぁ…夜はスーパーの弁当とサラダ・・・

カーブスも又行けなかったから腹筋運動でもするか、とリビングの散乱を周囲に押しやって横になって運動をしていたら、2時間も眠っていたらしい・・・こんな日々・・・

(10月29日・記載)

近所の消化器科受診 - 2013.10.12 Sat

(これも纏めた日記からピックアップ。必要が出てこないことを願いつつ。一応前に書いた部分も残しておき・・・)

土曜(10月12日)
午前中小学生のレッスン2時間強。
前日金曜に言われた通り、午後4時、近所の消化器科の病院へ。
看護師さんが「診察開始の時間となりましたが、午前中の診察が長引いたため遅れております。申し訳ありませんが開始までもう暫くお待ちください」と丁寧に挨拶されていた。近年稀なる病院。
既に外が暗くなる頃に名前を呼ばれ、私の通う大学病院の医師。
結局、ここから紹介されて出向いた医院(家から徒歩5分の)より預かったCD-Rは、この日の先生が試しても開けないようで、膵臓も水腎症も明確には分からない。先生も暫し悩まれ、結局今週月曜に受診した膠原病内科に手紙を書いてくださった。
でも、これを手渡すのは11月末・・・
受診せずに手紙だけを届けることは不可能だそうで…さりとて、予約外で出向けば、この科に限っては(分からないことの多い病気だけに、長い患者さんは1時間、1時間半、とかかるので)待ち時間も予測がつかない。
それでも予約外で出向くかどうかは、まる1日空く月曜があった場合には…ということで今は決めずに、手紙を受け取って帰宅した。途中、夕飯のお弁当を買って…

夕飯後は大爆睡。一旦目覚めたら「世界ふしぎ発見」をやっていて、何分か見ていた記憶はあるのに、又しても夢の中。・・・夫も何度か(何度も?)声をかけてくれたらしいが起きられず、真夜中になって眠ったままベッドに移動(この日に限ったことではないが)、よほど疲れた一週間だったのか、はたまたいつも片付けられる「年齢からくるもの」なのか、甚だ疑問 人生、とても損している気が・・・


無精日記は良くないので - 2013.10.12 Sat

(後で調べる必要が出てきた時、やはりカテゴリー別になっていないと不自由なので、自分のために内容が「医療関係」のものだけピックアップ)

金曜(10月11日)
朝のうち、近所の消化器の医師のところへ、大腸ポリープの結果を聞きに。
幸い良性で大腸の壁面は何も問題ないそうだ。
が、月曜にやっと大学病院に前回の検査結果(膵臓の変形、及び水腎症)を届け、先生も電子カルテに書き写してくださり、それだけで終わった。勝手に「心配ないということだろう」と私も終わらせてしまったが、消化器の医師に「その後どうなりましたか?」と訊かれ、勝手に終わらせてはいけなかったことが分かった。
週末土曜に、偶然にも同じ大学病院から専門医が来られるとのことで、「受診しますか?」と訊かれたのでお願いすることにした。
一旦パソコンを取りに家に寄り、その大学病院の皮膚科へ。3月の予約をキャンセルしてしまい、予約外の扱いは待つことが見えたので(結局パソコン作業も捗らず爆睡)。
腹時計にて目覚め、私の番までは少なくとも更に15人待つらしいので、席を外してレストランへ。
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食べ終えて、余りに天気がよいので携帯写真を。
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やはりレストランの客と思しき方が、「今日は天気がよいのでスカイツリーが見えますよ」と教えてくださった。
指差す方向を見たら…本当だ!!
今度はデジカメを取り出して撮ってしまった。都下からも見えるなんて・・・
(高圧線の鉄塔が少々妨げになっているが)

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やっと名前を呼ばれて受診。
エキザルベのお蔭で火傷も難を逃れたことなど。
3月をキャンセルし、その前はいつだったろう?と気になっていたのだが、12月だったそうで、…なるほど、領収書も無かった訳だ(確定申告の折に提出してしまうので)
「レストランでの演奏会から10年経ちましたかね?」と訊かれて、いやいや…あれは2000年。えっ!?と自分でも声を上げそうになった。あれから13年!!(綾小路きみまろの真似ではありません…老いる訳です…


すんなり終わった大腸ファイバー - 2013.09.28 Sat

(記載:10月3日)

こういう話題を書くのですか??と思われる方は、お読みにならずに……
回れ〜〜右!!


既に何度か大腸ファイバーのことは書いているので、感じの悪い人!と思われるでしょうが…参考になる方もおられるようですし、何よりも自分で「あの時はどうだったっけ?」と振り返ることの多い昨今。脳代わりのブログ??
以前書いた「個人差とマニュアル」。
「ブログ内検索」をクリックしたら「くだらないくだる話」なんていうのも出てきた。
何でも記録しておくものだ、と思った(自分のために、です)。


今回は、以前の検査で大腸壁面が汚れたままで、正確な画像が見えていなかったこと、その後、咳止めに使われる物質(リン酸ジヒドロコデイン)で大腸が週単位で停止したこと数回。
のみならず、8月末には「下痢(大量の粘液のみ)と便秘を繰り返す」という怪しげな症状が起き、近所の消化器専門の医師に診て頂いた。これも日記に一応(自分のために)記録した。
症状から膵臓も疑われたようで、それと内臓の隙間も調べる必要があったのかもしれない…これは又別な開業医に紹介状を書いてくださってCTスキャンを受けた。やはり、ひっかかりのある膵臓のようで、その返信を更にコピーくださり、日常の全部をお任せしている大学病院に届け、今後の管理をお願いすることになっている。
他にも、症状の原因には勿論「大腸癌」もある訳だし、その他プロには色々項目があるのだろう・・・


それで本題。
「すんなり終わった」のは、事前の処置が良かったから。
1980年代、他の病院(我が家のホームドクター)で受けた時と同様でした。

3日前と2日前の夜に緩下剤(プルゼニド3錠)
前日は検査食のみ。

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(これは朝食。昼食も似たようなもの。夜はコーンスープのみ。いや、美味しかったです…実際…量が足りないだけで


おやつがこれ4本だけなんて…日頃如何に食べまくっているか、深く反省する機会にもなった…
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夜9時にガスコン2錠(整腸剤、と書いてある)に下剤のマグコロール1本(250cc)。
(これで、検査当日早朝には、数年前の検査の「午後2時状態」に解決!!!)

当日は9時半にガスチモン2錠(何の薬かは調べなかった)を飲み、10時から自宅で毎度お馴染みの2リットルの洗腸剤ニフレックを飲み始める。15分にコップ1杯のテンポで。最後の1杯にはラキソベロン1本を入れる。
折しも、BSプレミアムで「あまちゃん」最終週6日分を放映。

ごめんなさい!!4月からの半年間、毎日を楽しく始めることが出来たのは、この「あまちゃん」のお蔭だった、というのに・・・最終週の15分刻みを洗腸剤のペースメーカーに使うなんて・・・しかも、午前中に既にただの水になった!!なんて初めてです。




予約の午後3時半に出掛け、検査を受ける数名の後、そんなに待つこともなく大腸ファイバー。
(こんなにつやつやな大腸の中を見るのは初めてです!いや〜〜、驚いたのなんの!!)

ポリープを1箇所取って腸を何往復かして、おしまい。
こんなに短時間で終わったことも初めてです。

「ポリープの数次第でですが一応3万円を用意してきてください」と前回会計で言われていたのも、たったの1個だったため、得した気分。

結果に10日〜2週間かかるようです。

こんな内容しかネタもなく、誠に失礼致しました〜!!



やっとディスクを届けた - 2013.09.13 Fri

先日(先月?)紹介状を頂いて、CTスキャンに出向いた医者から更に預かった封筒とDisk、なかなかまとまった時間が取れずに、今日やっと大元の医者へ届けた。

Diskの中は見せて頂けなかったが、預かった封筒の中の書面コピーを頂いた。
これから(28日に)受ける大腸ファイバーの結果と共に、日頃の大学病院の主治医(膠原病内科)に届けて、引き続き検査を受けるように、といったことを言われたような・・・(ものわすれセンターだ!)
スキャンの際に言われたと同様、右の腎盂の機能低下と膵臓の管理。
心臓も肥大気味らしいが、それは特に問題視はされず。

この5−6年、1年に1つずつ不調が増えて行く気がしてならない。
これ以上増える前に、演奏会を!CDを!と焦っても、既に身体は命令に従ってくれない。
夜は8時からうとうと。

そうか!そういう身体に異常が出ているのではないか?というのが、今回の一連の検査だったっけ・・
何ごとも無ければ、老骨に鞭打ち、演奏活動再開・・但しのんびりと・・

全くやれやれだ。

浦島太郎 - 2013.09.04 Wed

やっと出向いた内科。
先週土曜に頂いた紹介状を持って。

な〜〜に、専門外のさっぱり訳分からないことに頭を使いすぎて内臓が疲れたのさ!と思って、今日まで延期(いや、本当に日頃使っていない部分の脳を突然酷使)。
同時に、唯一ピアノと向きあっていることの出来る、生徒たちのレッスンに改めて感謝!
(延期は…徒歩5分の内科なのだが、暑い中を歩く体力気力もなく、我がポンコツの愛車が車検から戻るのを待ったので今日になった、が正しいかもしれない)

CTを撮って頂いた。
熱心な医師のありがたさ!問題箇所を究明すべく、CTの途中で造影剤を注射。
暫く待って診察室に呼ばれて説明を受け(その中に水腎症と、膵臓の肥大があった)、その後又呼ばれて「こういうことではないかと思う」と更に説明くださった(水平に輪切りにすると確かに肥大しているが、縦に切ると薄っぺらい。それで「体積は正常ということですか?」と尋ねたら「そうです!」とのこと)。あとは大元の医師のところで(大腸ファイバーのみならず)血液検査その他を受けるらしい。

タイトル
の「浦島太郎」は、最近開業医というところに出向いていなかったからなのだろうが、紹介状への返事と共に、画像を収めたDiskを預かったことへの驚き 
いつの間にこのような時代になった??
大学病院でも、以前は画像検査を受けるとフィルムを検査室から持ち歩いたものだが、今は患者は何もしない。各診察室のパソコンで同時に開ける。紙のカルテがデジタルカルテに移行しているのも頷ける。何が起きるか分からない昨今、バックアップは?と気にならなくもないが・・

ところで、車で出たのは正解で、内科を出たらゲリラ豪雨・・・ワイパーがマックスでも追いつかないほどの雨だった。
一方通行の関係で駅の方まで迂回し、自宅へ着いたら小降りになった・・・日頃の為せる業が故??


珍しく開業医へ - 2013.08.31 Sat

大腸に問題を持っているのは幼少時からで…
特に何ヶ月か前、「リン酸ジヒドロコデイン」(暗記するほど!咳止めの成分です)の入った薬で大腸停止に近くなったことは書いたような書かなかったような・・・
今回の症状はちょっと違う。

いつも私の全身をお任せしている大学病院に行くところなのだが、待ち時間で疲れてしまうため、「地元(?)」へ。親切なヤクルトの配達員から常々良い情報を得ていたから。

朝一番で着いたつもりが、既に待合室は満員・・・それでも何とか昼過ぎに帰ってくることが出来た。
ちょっとツッケンドンだけれど甚だベテランと思しき医師。看護師さんたちが甚だ親切。

9月末に検査の予約を入れてくださった。
今回は3日前からしっかり準備して、前日は特に念入り、検査食もだ。
当日は自宅で洗腸剤でピカピカにする!自宅で使えるのは甚だ有難い。
(その昔の1980年代、ホームドクターもそのように設定してくださったものだった。だけど当時は電車を何度か乗り換え、遠かったなぁ…。30代だったから出来たこと。帰りにそのまま子供たちの保護者会に寄るなど、今は信じられない)

近日中にCTを撮るべく、これ又「更なる地元」の内科に紹介状を書いてくださった。

薬も処方された。
まさに朝ドラの「地元へ〜帰ろう〜〜♪」だ・・・
(可成り染まっていますな・・・ いや、近いのが何より、というケースもある訳で…)



9月4日追記:
上記の不適切な引用、すみません。今日の朝ドラを見て「地元へ帰ろう」の深さに感じ入り。
それにしても今回の朝ドラ、凄いです。震災の残した傷跡は分かっているつもりでも、親類も居ない北三陸。どこか他人事。そういう人は私だけではない筈。アキちゃんたちをあたかも友人の如く感じさせて、出来事の重大さを思い知らせるドラマ。あっぱれ!!!
(毎日欠かさず見ているのは、「ひらり」以来です)


麻酔無しの胃カメラ - 2013.08.14 Wed

私ではありません。

夫は若い頃(幼い頃?)より食道が狭く、食べ物が詰まりやすい。
早食いで、詰まると暫く静かになる。
「水を飲んで押し込んでしまえばよいのに」と私が言うと、「そんなことをしたら、水まで詰まって酷いことになる」とのたもう。私には信じられなかったのだが、娘が体質を譲り受け、父親と意気投合し「水なんて上から飲んだらとんでもない!」と。食道のみならず、鼻も耳も狭い。娘が幼い頃は、耳かきも出来ずに耳鼻科任せだった(上の子は、普通に大人用の耳かきが使えたのに…)。


そんな夫、最近その嚥下障害が悪化。
自宅のみならず、外食でも暫く静かに苦しんでいるではないか!(トイレに行くことも)
なかなか医者に行こうともしなかったのだが、幸いお馴染み整形外科の入ったビル(歯科もカーブスも)に「内科」も入り、しかも「鼻から」のファイバースコープを行っているという。徒歩5分!
やっと重い腰を上げて予約をした。「鼻からなら」ということで。

ただ、問題が・・・
夫は「キシロカイン」という局所麻酔にアレルギーがある。
その隣りの整形外科での処置で判明し、以来整形外科では何かあると別な局所麻酔を使ってくださる。
でも、喉に溜めたりスプレーしたり、というのはキシロカインしかないそうで・・・
「では、眠くなるように安定剤の注射をしながらやりましょう」ということになったそうだ。


いよいよ検査の日。
私は立ち会うために後から車で行った。
着いたら丁度、検査室でモニターの照度を確認しているところだった。
夫は・・・口にピースがはめられていて・・
「え!?鼻からではないのですか?」と訊いたら、「たった5ミリの太さのファイバーすら、鼻の中を通らないことが分かったのです」と・・・(狭いことは知っていたが、赤ん坊並ではないか!!!)


その時点で、既に眠っている・・・

医師はとても親切で、私にも(眠っていると思しき)夫にも分かるように、説明をしてくださる。
喉を通る時の診断、食道を何往復かしながら、食道の筋肉がファイバーを押さえるくらい強く働いてくること、噴門(とは言われなかったが)がとても固いこと、胃の中は糜爛(びらん)が多く、出血もある、と。決して潰瘍や癌ではなく「胃炎ですね」と・・十二指腸には「以前に罹ったであろう」潰瘍の痕跡あり。
可成り時間をかけて丹念に、詳しい説明を続けながら観てくださった。

結局夫はぐっすり眠ったまま起きないとのことで、別な部屋で寝かせてもらい、それでも起きないために「起こすための薬」を注射された(本人は記憶になく、私が看護師さんから聞いたこと)。

それから診察室にて詳しい話を、画像を見ながら伺った。
検査の途中での説明、夫は全く知らずに熟睡していたから。
悪い物ではなく、胃炎はあるとしても、嚥下の悪さは噴門の絞まりが強いから、ということのようだった。それと、食道の筋肉は本来螺旋階段を下がるような(だったかな?)動きをするのが、スムーズに伝えられていないこともあるらしい。
胃薬を処方された。
それでもまだ問題があれば、バリウムを飲み込みながら食道の動きをレントゲン観察する必要も出てくるかもしれない、とのこと。
十二指腸の画像も、「怪我をした後に傷跡がひっつれていることがあるでしょう?」と説明くださった。なるほど…(でも、いつ罹ったものなのか、全く分からない)

いずれにせよ、長いこと気を揉んでいた喉なので、一安心というところだろうか。
麻酔無しのファイバースコープも、眠ってしまえばOKということも分かり。
しかも、麻酔をしての検査だと、終わって数時間は何も口に出来ない。私など朝食抜きで病院に行き、朝昼兼用にありつくのは大抵午後だもの。今回の夫の検査で、麻酔なしの検査後は直ぐに水も飲めることが分かった。


ただ、症状はストレスと関係しているらしい。この数ヶ月、我が家は諸問題を抱えて、気の休まる暇がないほどで・・
眠っている夫を待つ間、看護師さんにも「ストレスのある生活ですか?」と訊かれた。


検査中、不謹慎にも「ニヤリ」としてしまったのは、喉〜胃の最も通りの悪い部分を先生が何度も観てくださっている時、シューベルトのピアノ五重奏曲「鱒」の第4楽章の中、コンバスが3連符でチェロと共に大活躍(大苦戦?)するd-mollの変奏がBGMで流れていたこと・・・


お盆明けにピロリ菌の検査・除去を受ける。


迷惑な電子カルテ化 - 2013.07.27 Sat

どの先生も困っておられるようだが、一番困るのが患者!!

何が困るって…今までの記録(些細な、一見余り必要ではないかのように思えるメモの部分)が全て破棄されること(いや、実際にはどこか倉庫の奥深くに保管されるらしいが)。私の場合には外来だけでも14年にわたる記録が分冊されて(3−4冊?)、その1つずつが厚さ6−7cmはあると思う。

もうひとつは、先生方がパソコンに向かってカシャカシャと音を立てて記録を録り、患者の顔を見てくださらないこと!!

段々話す気力も無くなる。
だから、今回の風邪も地元の(子供らも30年前からお世話になった)耳鼻科に行く。
気心の知れた先生だし、笑顔で常に迎えてくださり、それは有難い。

けれど、膠原病との関連となると、日頃の病院での記録も必要となる訳で。

先日も、ドレッシングのお酢の香りにやられた。咽せた訳ではない。いや、香りにも咽せる?ともあれ酷い咳が止まらず、夫が叩いてくれたが「叩かないで」とすら言えない。やっと声が出るようになって、全身の(のたうちまわるほどの)痛みを訴えて全身を長い時間さすってもらい、落ち着いた。
あんなことは初めてだった。
が、その後もちょっと何かで全身の力を入れただけで(トイレすらも)、肩〜腕、胸、脚、強い痛みに襲われて身動きがとれなくなる。
病院に行っても予約外だからおそらく待たされるだけ。そして検査データは異常ありませんね、で終わるに違いないし、何より、先生方は記録をカシャカシャ打つことに精一杯で、患者の顔色を診てくださることはない気が・・・(先生方もお疲れと思う)

こういう医療の態勢が原因となって、命を落とすとまでは行かずとも、病気を悪化させる患者がゼロであるように、と願うばかり・・・


そうそう、私の2000年頃の脳の微小脳梗塞(ステロイド服用による)の記録も、当時はフィルムだったのが、劣化が激しいから、と数年前に全部処分されたそうだ。だからデジタル化されてからの画像は見ることが出来ても、当時と比較することが出来なくなった!



疲れのトドメは病院 - 2013.07.01 Mon

いや、疲れたの何の…
勿論このところの体力以上の頻繁なる外出も相俟ってだとは思うものの、通院で疲れるのはどこか腑に落ちない。


朝食抜きで採血…番号札を取る。
まだまだ待つようなので、許可を得て骨塩定量のレントゲン(骨粗鬆症の検査)を先に。随分待った。
そして採血に戻る。

その後、整形外科の受診。ここも待つ。
やっと呼ばれた。
今日の受診からこの科も「デジタルカルテ」となった。
先生も大変そう・・
骨粗鬆症のための薬が何年何月何日から何に変更になった、と紙のカルテを捲り捲り書き写していらっしゃる。
紙のカルテは姿を消すそうで、これは困る!!と仰った。「微妙なニュアンスを手書きだとメモ出来るのに」というような事だった。まさに!!(私の場合は、もしや厚さ10cm?と思うほど分厚いものが更に何冊にも分冊されるほど、小児科以外のあらゆる科を受診してきたのでは?)
「数値」(あら、一発変換出来たわ!)と打つのに、何度も変換ミス・・医療の現場で使う単語くらい、研修医が「単語登録」しておくべきだ、と思った 先生は私の顔を見る間もなく、変換と闘っていらっしゃる
薬の変遷(!)を記し終えて、やっっと骨の画像を見せて頂けた。
それによると、大腿骨頭手前のネック部分の骨密度は年齢と共に減ってきてはいるものの、範囲内で平行線。
腰椎は横這いから上昇している!!
と喜んだのだけど、先生は「この画像が正しければね」だそうで、「正しくないこともあるのですか?」との問いには「あるね!」・・・(それじゃぁ駄目じゃん・・)

この科に限らず「デジタルカルテ」は本当に困る。
1999年からの詳しい記録(走り書き的メモであっても。いや、メモの類こそ大切な筈)は残っていて欲しい。
しかも多くの先生は、パソコンのキーボードを「親の敵」と言わんばかりにハイフィンガーでパシャパシャカシャカシャと音と立てて打たれる。(内心、音が出ないようにan den Tastenでleggieroで!と思ってしまう…なんてことは書いては失礼なのだけど)会話が成立しないくらいうるさいのです。或いはキーボードをノートパソコンのような平らなものに換えるとか・・

そして、次はリハビリ。OTを先に、そしてPTの受診。
待ちくたびれて爆睡。握力も出ません。
PTは既に前回からデジタルカルテになっているが、パソコンとの角度の都合から(模様替えして欲しいです)、私は先生の背中を見ながら受け答え。

今回は道に迷わず最短距離で外来棟に戻る。

会計ファイルを提出し、別な窓口では(出してしまったので正しい名称は忘れた→)膠原病の医療券発行のための診断書の申請書を提出。
両方とも番号を呼ばれるまで待ったのなんの・・腹時計が鳴る。

昼をとっっくに過ぎて、やっと朝昼兼用の食事にありついた。

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山芋と明太子のスパゲッティ。
これ、とても良いわ!家で明太子のスパゲッティを作る時には、どうしてもホワイトソースでバターを使ってしまうけれど、山芋のとろみを使うし栄養的にも高脂血症には万歳!です。

駐車場から薬局へ車を転がす。
整形外科の薬だけなんですが・・モーラスが30袋あるから結構な量。


やっっと全てから解放されて、頭は「そうだ!消えたサイトはどうなったっけ」と思い出した。

サミ○トで買い物をして帰宅。
大爆睡。


サイトの件はメールが届いていたが、解決した訳ではなく、又「状況説明」からやり直し。
友人がキャッシュ(5月までの)を見つけて送ってくれた。感謝感激!!
これと消えずに残っている部分を繋ぎ合わせてリカバリー出来なくもないが、一応更なる返信を待ってみる。

久々の胃カメラ - 2013.06.24 Mon

特に胃に異常を感じる訳ではなく、問題は大腸の方なのですが、数年前にピロリ菌の除去もしたことだし、その後どうなっているか調べて欲しい・・と、検査のオーダーを出して頂きました。

最近は地元でも、鼻からの胃カメラを扱っている開業医が多くあるのですが、私の鼻は奥の方で炎症を起こし、とても鼻から管を入れるなんて!の状態。

いつものように口から。

今回は、注射もせず。
「どうしますか?」と訊かれ、あの注射は一体何だったのか以前から気にもなっていたので尋ねたところ、「安定剤です。注射をしたら1日車の運転は出来ません」と言われた。(執拗ながら内心「じぇじぇ!!」)
今までそういうものを注射されていたのですね。以前の病院でも、池袋の遙か向こうまで車を運転して、帰りは何だか疲れてしまって目の焦点が合わないし・・だったのは、その注射の所為だったことが判明。

勿論注射は無し!!
技師さんも「もう何度も受けて慣れていらっしゃるみたいだから不要ですよね」と。
眼鏡も外してください、と最初に言われるのだけど、「画面を見ていないと、胃の中のうごめきに感覚が集中して不快なので」と常に却下させて頂いております。

鼻からの方が良いのだろうなぁ…
医師の説明に返事が出来ない!何か言われて「はい」と言うと「あえ」になってしまうし、「その赤いところ何ですか?」と訊きたくても声を出せないから素通り。
今回は、1箇所出血部分の細胞を採って検査に出すそう。
あっと言う間に終わりました。でも次回は鼻の炎症を治療して、「鼻から」を扱っているクリニックに出向くかもしれない。何しろ質問出来ないのは以前から感じていた不自由さ。だから「鼻から」が開発されたのかもなぁ・・・

ところで、注射をしなかったので、いとも快適な午後を過ごしました。


いつも順番が最後の最後になる大腸ファイバーを7月半ばに控えており、帰りがけ、親切そうな看護師さんに「次回はどうしたらよいでしょう?」と質問し(すんなり進行するよう)、3日前から毎日下剤をかけて臨むよう、有難い(?)アドヴァイスを頂戴致しました

病院の日は - 2013.05.21 Tue

ドッと疲れが出て何も出来ない。

今日など午後からの予約で、午前中もこれといって何もしていない。掃除すらしない!
待ち時間はひたすら音楽を聴いていた。ヘッドフォンで。
そうこうするうちに「120分待ち」の表示が「150分待ち」になってしまった。

受付に席を外したいことを告げ、6階のレストランへ。
全く久々(いつも開く前なので、カフェしか行かない)。
いつ以来だろう?という位、何年も来ていない。

このレストランで、そうそう、丁度13年前になるのだろうか?
当時は(借り物という)アップライトのピアノがあって、待ち時間はひたすらピアノを弾くことで過ごさせて頂いたのだった。当時入っていた会社のマネージャー氏も寛大だったが、病院の事務長さんもよく許してくださったもの、と感謝に堪えない。(その周辺のことは「樂の音に寄せて」のブックレットに記したので、どうぞお読み下さいませ……と宣伝を欠かない

その後シダックスや他にもあったか?今は松本楼だが、次々業者が替わった。
雰囲気が変わらずアットホームなのは、従業員の方々のお蔭かもしれない。
2000年当時からの方もいらっしゃる。

景色も変わらないが、生憎の悪天候。

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ランチタイムを逃してしまったため値が張るので、今日はこれ↓とてもお洒落な気分で美味しかった。

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(鶏のもも肉が潜んでいる)

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流れてくるBGMは有線だろうか?今日はクラシックばかりで、リストのペトラルカのソネット123で食べ始め、モーツァルトのピアノソナタKV.279、他ヴァイオリン曲あれこれ…とても耳に心地良い演奏ばかりだった。

その後、ギフトショップで気になっていたお土産まで済ませ、外来受付にて戻ったことを伝えた。

まだまだ待つ。


私など、軽症(寛解キープ)の患者になり、自覚症状を述べるだけだ。
あとは検査結果を聞くも、大きな異常はないのだし。

7月に胃カメラと大腸ファイバー等を飛び飛びでお願いした。いや、7月にお願いしたのではなく、空いているのがその月だった、ということです。(違った…胃カメラだけは6月末…)
検査は何年前にしたかを覚えておき、自分から言わないと・・・ね・・我が身は自分で護る(等と書くと、「いいえ、神様に護られて指示を出されているのですよ」と別な自分の声が聞こえる)
整形外科からの骨密度のレントゲン(骨盤、大腿骨頭、腰椎)も入っており、まるで「検査月」のようだ。

やっと終わって会計をし、いつもの薬局へ行ったが既に閉店、シャッターが下りていたので別な薬局へ。
この近辺は薬局だらけ・・
そして帰り道はサ○ットに寄って買い物をし、夕飯を食べ、ゴロリとなってテレビを見ていたらぐっすり眠り、起きねば起きねば起きねばと思えど起きることが出来ず、やっと今起きた。起きてこんな日記を書いているのではどうしようもない。
40代、50代半ばまではピアノにも向かえたのだけど・・・

という訳で、起きたものの「お休みなさい!」



徘徊 - 2013.05.13 Mon

ではないか?と思うほど迷った院内。


朝食抜きで検査を受け、朝起きて5時間も経った朝食。

朝のメニュー。パン2個選択は、いつもながらオーストリアやドイツ風の木の実のパンと全粒粉のパン。
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生憎の天気で、山も見えない。
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とここまではいつもと同じなのだが…。
リハビリ棟に移動しようと第2病棟の地下へ行った。
迷路のようで…いつもある通路が無くなってしまった。
絶対こっちに行けばコンビニもあって、そこで支払いも済ませてしまおうと思ったのに・・・

立っている警備員に訊いた。(まるで認知症状態ですが…と)
病棟を改装中で、リハビリは1階に移動しました、とエレベータを教わった。
そしてエレベータを降りるや・・・
なんだ、ここは前回も来たではないか!!

私のボケぶりを作業療法士の先生に言うや、3月に閉鎖されてここに移動。だから4月に来た時はここだったのよね、と。うん、その時も迷いに迷って警備員に訊いて辿り着いたことを思い出したわ(地下通路の壁こそ閉鎖されていなかったものの)

マッサージを受けながら「カーブス」の話など。
前にも一応相談して、病院でのリハビリでは行えない分を補う意味でも良い、と言われた。先生もよくご存知で。
どうしても疲れて、行った日は使いものにならない、せいぜい週1−2回となってしまう話などもし、でも、行かないよりは遙かに良いので、週1回でも続けることを勧められた。
確かに行かずにいると歩行もおぼつかなくなる。

その後リハビリの診察。あれこれ問診を受けた。
やはりカーブスの効果はあるようで、一時期ずっと低迷状態だった握力が、やっと30キロ台に戻っていた。
この年齢になったので、40キロまで戻すことは考えていないけれど、35迄は戻したい。
(一般的に「握力」と言うと「手のひら」だけを考えられがちですが、前腕や上腕の筋力を鍛えてこそ握る力も打鍵力も出るのです。筆圧も然り)


そんなこんな、無事に終わり、あとは会計だけなのだが、新緑が余りに綺麗なので反対方向に行ってみた。
カシャカシャと携帯カメラで写真を撮って・・・

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建物の中が繋がっていないことが分かったので、一旦道路に出て外来棟に戻ろうとすれども・・・木々を仰ぎ見ているうちに方向感覚を失ったらしい。しかも周囲の病棟は(10年もの間に)すっかり様変わりして、以前の面影なし。
やっと出くわした昔ながらの大学のプールや体育館を目印に・・・けれども行き止まりばかり。

更にやっっっと見つけた道路に出たら・・
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ひぇ〜〜〜〜・・・
外来棟側から見れば、病棟の玄関も、更に救急救命センターも通り越し、もっともっと病院の外れ、民家との境まで来てしまっていることが発覚。
その間、私はまるで徘徊状態だったことになる。
曇の日は太陽という目印が消えるし。

いよいよ「ものわすれセンター」受診は必至かも。いや、冗談ではなく・・


有難い保険 - 2013.05.05 Sun

一週間ほど前、夫の加入している保険会社のお馴染みの方から電話。
所得補償保険と共に、疾病&傷害も入っている。
私も以前は加入していたのだが、難病と言われる病気を抱えて1年目に契約を切られてしまい、今は配偶者扱い。
「去年の9月5日の怪我、その後どうなりましたか?」と。
申請してください、と言われた。そう言えばピアノ2台を動かした折に、キャスターの上の出っ張った部分(固有名詞分からずこんな書き方)に思いっ切りぶつけて骨折した。何度も整形外科でレントゲン撮影で経過観察し、これは固定して治るのを待つしかない、ヨーロッパに行く頃は楽になるでしょうから、と励まされたっけ。
整形外科の領収書も確定申告で提出してしまい、申請の億劫さも相俟って放置していたのだが、通院の場合は領収書がなくてもOKだそうで(かかっている整形外科は一昨年の骨折と同じなので)、書類を再送してくださった。(この電話、実は保険料滞納のお知らせ及び督促がメインだったのだが)

しかも、私は私で怪我に対する傷害保険は入っており、その別な会社がいつだったか合併され、名前が夫加入の会社と同じになった為、1箇所に申請すると2箇所からおりるようになった、という、ブショウモノとしては何とも有難いこと!

そう言えば…と思い出すに、2月にも怪我をした。
ブログにも書いたかもしれない。玄関の段差で滑って、右寄りの腰をガリガリと擦るように引っ繰り返った挙げ句、その段差でもイヤほど打った。打撲は徐々に大きなタンコブとなり、出っ張っているものだから何かにつけて(例えばカーテンを開ける為に狭い部分を通る時、テレビの台やピアノの隅と軽く擦れるだけで…)飛び上がらんばかりに痛んだ。その状態が1ヶ月以上続いた。
今でも触れば痛いし、タンコブも少々残っている。
それも保険が下りるのではないか?やはり整形外科に通ったのだから。
数日後に電話をしたところ、出ますから申請してください、と。

本当に入っておくものだ。何が起きるか分からないから「保険」なのだ・・・


昨日はピアノをほんの少し動かした(大勢集まった時、弾いている人の手が皆さまに見えないので)。
いくら保険がおりるとは言え、これ以上の怪我は懲り懲りで、娘の夫にも手伝ってもらった

(ピアノ、折角手伝ってもらったが、今朝になって益々デッドスペースが増えている気が…。やはり奥行きのあるスタインウェイを奥にして2台の鍵盤が真っ直ぐになるよう、少し振った方が良かったかもしれない。でも暫く試しつつ熟考しよう・・全くピアノとは何とも中途半端な形の楽器だ

番狂わせ - 2013.04.26 Fri

前回近所の婦人科のクリニックを受診したのが1ヶ月前。大学病院の泌尿器科、予約なしでは待ち時間が凄まじくなるので、膀胱炎で出向いたところ子宮頸がんの検査まで受けさせられ…
そろそろ結果を訊きに行かねばなぁ、と思うまま何週も過ぎた。

生徒が1人、風邪で休みと相成り、それではゆとりで行って来れる!
午後3時半過ぎに出向いた。

待合室はほんの6−7人。ラッキー!!

・・・と思えど次々来る。明らかに妊婦さんと思しき人や、とても妊婦とは思えない年齢の方たち。

私より後から来た人達がどんどん呼ばれ、やれやれ、やっと私の名前だ…と思うも、「念のため再度採尿してください」と看護婦さんの有難いお言葉

その後は待てど暮らせど呼ばれない。採尿結果だってとっくに出ているでしょうに・・・
2時間待った時点で、出て来た看護婦さんに「まだでしょうか?」と訊く。「すみませんね、もう少しお待ち下さい」と言われてなおも待つ
忘れられたかもしれない。

やっっっと呼ばれて「2分診療」。勿論(膀胱炎・子宮頸がんともに)「異常なし」だったからなのだけど。
これなら大学病院に行っても同じだった。心掛けの悪さが故だろう。

クリニックを出たのが6時半。しかもどっっっと疲れた。
7時から日暮里方面で生徒の1人がご両親と共に演奏会をするので、一旦帰宅してから出掛けよう、と楽しみにしていたのに。とても間に合わない

こんな日もあるさ・・・

元気です! - 2013.02.04 Mon

昨日の今日は流石にもっと寝ていたかったが・・・


起きてしまえば何のことはない。

9時から病院の予約が、OT、PT、整形外科、と入っており…
車を転がして出掛けた。
OTでは最近の負荷や体調を話しつつマッサージをして頂く。
膝が痛いこと、両手の親指の付け根が痛いことなど。
その前に「雪かき」ならぬ「氷かき」を1人で頑張った話をしたので(シャベルを足で蹴りつつ、そして氷を投げて…の作業)、「原因は明らかね」と言われた。
1月半ばから「カーブス」という、1回30分の軽いジムのようなところ(マシンを30秒ずつ12種類、その間に30秒の足踏み、これらを2周して最後にストレッチ)に通っていること、本来なら許可を得てから入会すべきだったので、様子を報告した。作業療法士の先生は内容もご存知で、寧ろ奨められてしまった。リハビリももうじき制度として外れることもあるし。

握力は10以上落ちていた(原因は「ピアノのサボり過ぎ」と思う)。

PTでも話すことは同じだったが、これで堂々とカーブスにも通える。

整形外科は、相も変わらず「骨粗鬆症」で通っている。
以前「毎日自分で注射をするタイプの薬に変更することもある」と言われたのだが、それは一生のうちにたったの2年しか使えないため、私はまだ若すぎる、とのこと。「でも、もっと年取ってボケたら自分で注射出来ないですよね?」と質問してみたところ、最近は週に1回とか1ヶ月に1回だけ注射するタイプの薬もあり、日進月歩で開発も進んでいるので、まだ待ちましょう、とのことだった。骨粗鬆症はステロイドによるものなのだが、一旦減った骨量は、年齢的に言って増やせるものではなく、その段階を薬でキープするしかないらしい。(行く度に言われている気もするが…)


そんなこんな、午前中一杯かかってしまったが、会計・薬局も終え、買い物も済ませて帰宅した。

夕方からは堂々とカーブスへ。
通い始めてから「立ったり座ったり」が楽になった気がする。体重は全く減らないが、これは脂肪が筋肉に置き換えられている段階なのだろう、と勝手に解釈。「よっこらしょ」と言わず、機敏に行動に移せるようになっていることが何より有難い。


知らなかった副作用 - 2013.02.01 Fri

去年もどこかに、腸が全然動かなくなった話を書きました。


そんな話は読みたくない、とお思いの方はスルーなさってくださいませ。



去年暮れから今年1月にかけて、風邪ばかりひく。
決してインフルエンザではなく、汗をかいて放置し、そのまま外に出るからだ、と判断。
危ないな、と思った時は大抵眠くなりたくない時。
そこで「ストナデイタイム」という眠気の起きないものを常用。
(前の日記の手帳にその薬が入っているのはそういう訳です)

説明書きも読んでいないが、大抵「3日服用して効果がなければ中断して医者へ」といったことが書かれているが無視。
結局2ヶ月で2箱は服用したと思う。


ここから、もっと露骨な話になりますので、そんな事をブログに書いて!とイヤな思いをされそうな方は、
「回れ〜〜〜右!!」

気付くと便秘のまま1週間〜10日が過ぎている。何も苦しいこともなく、便意がないのだから仕方ない。

内科を受診した折(但し膠原病専門医ですが)、その話をしたら「苦しいでしょうから薬で出してください」と。別に苦しくないのです。皮膚筋炎が酷かった頃、体幹筋がやられて腸も動かなくなったことを思い出し、心配になって質問しただけ。
私が処方されているのは「ラキソベロン」という、蠕動運動を起こすタイプで、便を柔らかくするものではない。この類を習慣化させたくないので、食べ物に注意をはらって薬は使わず。

結局2ヶ月の間に排出した「大」は両手の指の数どころか片手の指の数かも・・・
流石にお腹もパンパンになってきた。



もしや、風邪薬と関係があるのでは??


と、やっと気付いた。
そこでネット検索を(有難い時代になったものです)・・
片っ端から関連のありそうな単語を入れてみた。「風邪薬 便秘」等々・・・
6キロも便が溜まって、それもコンクリートが固まった状態になり、死亡した人の話までヒットした。
検索すること1時間。



見つかった!!


リン酸ジヒドロコデイン


これに違いない!と目星。
ストナデイタイムにもしっかり入っており、その他、最近では市販薬も症状別に(咳が酷い時、鼻水が酷い時、など)製造されているようですが、その咳止め中心のものには含まれていることが分かった。
それと、医者で処方される咳止めのフスコデにも!!(我が家は大抵これを処方される)


原因は分かったので、ともあれ出すものは出そう、とラキソベロンを服用するが、普通の量では(考えてみれば当然ながら)効かない。
2倍飲んでも駄目。
とうとう3倍飲むことに。


やっと効いた!!!
(色に意味はありません)

何と、長い道のり!!!(言葉そのものだ!



当直を終えて久々に帰宅した娘婿に訊いてみた。


「コデイン」という成分は麻薬のようなもので、咳止めも、喉を麻痺させてしまうことで咳を止める、と(甚だ簡単に書いたが)そういうことらしい。
フスコデの「フス」は、独語の咳「フステン」は分かるが、コデは「コデイン」だそうだ   

知らぬ、ということほど怖ろしいものはない。
という訳で、敢えて記載しましたので〜〜…


もう1つ、夫が座骨神経痛で長く処方されている「リリカ」。
これも検索したところ、副作用に「心不全」が0.3%の頻度で起きることが書いてある。
0.3%って1000人が服用したら3人ですよね?
夫は何かと副作用を起こしやすい体質なので大変心配しています。

尤も娘婿によると、副作用というのは服用して直ぐに出るので、月単位年単位で飲んでいる薬は無関係、と。
(それでも心配する私・・・

夫は、もう何年も前、帯状疱疹か尿管結石か、何かの後遺症の痛みで処方されたと思しき薬で「ひどいしゃっくり」が起きた。単なる「しゃっくり」と思っていたが、数秒おきに出るものではない。けれども、医師も相手にしてくれなかった。試しにその薬を止めたところ、ピタリとしゃっくりが止まった!!(その後、再度試しに服用して、又しゃっくりが出た…というおぼろげな記憶付き)非常にマイナーな副作用が起きる体質は母親譲りらしい。牡蠣でのアレルギーもそうだし、とうとう局所麻酔のキシロカインでも全身の発疹。尿管結石の検査での造影剤では、全身が火傷状態になり、一皮全部剥けた・・あれは2003年。勿論、母親が亡くなり、父親の世話をし、挙げ句の果て母屋全焼、その後始末……ストレスで身体が悲鳴を上げていたのだと思うが。あぁ、あの年は大変だった!(私もだが…)

クスリハリスク・・・
全てを物語っています。


歯、その後 - 2013.01.08 Tue

暮れに応急処置をしてもらった奥歯。正しくは上顎第一大臼歯と言うらしいが・・

今日はまず、前回取り切れなかった歯石を全部取り、その後、麻酔の注射をして(これが全く自覚がないほど痛くも痒くもない…そういう時代になったのか!?医学の進歩!)奥歯の応急処置を外し、反対側の古い金属も外し、削っているらしき音がし…型を取った。
そして又しても仮の詰め物をしておしまい。
と書くと数秒だけど、「本当にすみません」の状態。
何十年分もの歯石を取るだけでも1時間近かったのではないか?それと磨くのと・・
「時々通うと、こんなに疲れなくて済みますよ」と言われてしまった。(とても、「こんなに長い時間、心地良く横になり、眠って口を閉じそうになった」とは言えなかった…

ところが、これだけならニコニコと帰宅するところだが・・
料金表を見て吃驚!!
ランクが5つあり、保険が使えるのは1番下のものだけで、これは第一大臼歯には不向きだそう・・噛む力が強くて、ポロッと行くらしい。下から2番目は白くて魅力的だったが、これも同様。内心、使うのはあと何年なんだろう?と思ったが、お薦めの中の一番下、つまり5段階の真ん中のものを頼むこととなった。
これが・・・自費で42000円・・・
あぁ、ショック…
何十年も通っていなかったから仕方ないのかもなぁ…と諦めることにした。

来週又出向く。

30代の頃、今は亡き歯科医にて親不知全部を抜いて以来の治療だ・・
その後、子供達の付き添いついでに検査は受けたことがあるが、「よく磨けていますね」だった記憶も蘇る。
(問題は、局所麻酔のキシロカインで蕁麻疹を起こすようになって、歯科から遠のいたことかも・・)


追記
よく、自然災害や事故などで本人の鑑別が付かなくなった時に、歯型で判断する、と聞く。
これで、今回の歯科に私の記録が出来たことになる。
何かあった時には周囲の者よ、ヨロシク!!

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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
★このブログや大元のサイトへの感想やお問い合わせはservus2008@gmail.com宛に@を半角に直して送信願います.
【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2020 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
★遙か下方に設置のカウンターは、サイトを複数回お訪ね下さいましても1日を1回とカウントし、又、私を入れない設定になっております。



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