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2020-09

更に井内澄子先生 - 2020.07.08 Wed


先日、井内澄子先生が亡くなられた無念さをブログに書きました。

更にNHK番組発掘プロジェクトに掲載されていましたので、リンクさせて頂きます。

No.268 2020.06.19 追悼『ピアノのおけいこ』井内澄子先生ご逝去

何を読んでも、残念でなりません。


井内澄子先生が亡くなられてしまった! - 2020.06.20 Sat


6月5日に井内澄子先生が亡くなられたとのこと、ショックを受けています。

大学時代にずっと「ピアノのおけいこ」(NHK)を拝見し、幼少期からピアノ演奏に関して具体的なことは何も教わらずに至った自分でしたから、井内先生のテレビでの指導法から「創意工夫」「試行錯誤」の大切さを学び、結局今に至っているようなものです。
師事したいと思っても、当時は外部の先生に習っていることがバレようものなら教授会で取り上げられましたから、テレビから自分の曲に置き換え、練習方法を考えたものです。

1989年、JPTA(日本ピアノ教育連盟)の公開レッスンで、娘が井内先生の指導を受ける機会を得ました。
度々「まぁ、小さい手で、何てお利口さんなんでしょう!」連呼。娘は年中さんの11月にピアノを始めたばかりの当時小1夏。J.S.Bachの小プレリュードBWV 935と927、辛うじて弾いたと言うのに、勿体ないような熱心なご指導を受け、30分で鳴るタイマーは無視、先生の方が楽しまれていたようなイメージでした(半分親馬鹿)。…当時のJPTAのオーディションは小1〜3で括られ課題曲が組まれていたので、難易度の高すぎるそれらの曲は本人共々苦労しました。私は、「直接井内先生のレッスンに触れさせたい!」以前に、「娘へのレッスンを通じ、私自身教え方の工夫を学びたい」だったのかも……💦
翌日にお礼の手紙をお送りし、お返事も直ぐに頂き、雑談に加え、「奥さんのお子さんだったのですね。疑問氷解です!」と書かれてあったのを憶えています。『親と子のピアノ教室』というご著書が同封されてあり、夢中で読みました。
素晴らしい内容はピアノ教師をしている生徒たちにも是非読んで欲しいと長年思い続けていましたが、便利な世の中になり、貸出用としてAmazonのユーズドで数冊入手したほどです。

オーディション以来、年賀状のやり取りだけは続いていました。いつも先に頂いてしまうものですから、今年こそ!!と先にお送りしました。第28刷にもなった『こどものチェルニー』の楽譜(学研)を購入したご報告、お返事には「私は年賀状作戦失敗しました」とのことでしたが、第 II、III巻をお贈りくださるとのこと・・II、IIIも27刷と7刷のものながら購入させて頂いており、その旨をお伝えせねば、と思っていたところに、1月22日には下のURL、「NHKのひるまえほっと」のご出演!
お元気そうでとても嬉しくて「今度こそお手紙を!!」と思うのに、世の中コロナコロナに移行…落ち着いてペンを取る気持ちのゆとりもなく、漸く「書こう!」と思い立ち、その後もお元気に違いないけれど……と何気なく検索したところ、お弟子さんの白水芳枝さんのブログでの書き込みに行き着き、ご逝去を知ったという次第です。厚かましくその後白水さんに、1月のテレビ以降から4月、5月あたりの井内先生のご様子もお尋ねし、教えて頂きました。

娘の公開レッスンのカセットテープは「過去のお宝」になってしまいました。

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ご冥福をお祈りし、心から感謝を申し上げます。


昭和48年『ピアノのおけいこ』発掘!動画も公開!

今年の1月22日に拝見したNHKの『ひるまえほっと』は以下です。
1年でピアノがこんなに!?47年前『ピアノのおけいこ』


服部克久氏を悼む - 2020.06.11 Thu


インターネットのニュースで知った。
服部克久氏が亡くなられたと・・・

今から31年前、NHKの「ピアノでポップスを」という番組に息子がレギュラー出演させて頂いていました。
4月から半年間の放映でした。
以前から(私が)お世話になっていた長尾プロデューサーより電話があったのが2月だったか。「『ピアノでポップスを』という番組で、急遽ピアノの弾ける男の子を探しているのですが、生徒さんにいらっしゃいませんか?」ということだった。う〜〜〜ん…何年も教えている男の子は居ても、ポップスのリズム感はどんなだろう…と一旦考えさせて頂くべく電話を切った。
ほどなくして再度かかり、「お宅に息子さんがいらっしゃるのではありませんか?」と・・・
「はぁ、居りますが、ピアノは小1の11月から始めまして、まだ小2なんです。こなせますか?」「千絵子先生が付いていらっしゃるのですから…ともかく○日にオーディションがございますの。お受け頂けませんでしょうか」というやり取りがあって受ける話になった。

そしてオーディションでは何かのソナチネを弾き、審査員でいらした宮下博次さんが息子を選んでくださったらしい。

受かってから送られてきた楽譜!!む、む、難し過ぎです・・・初っぱなから"Like a Virgin"・・左右のリズムが全く違って、ソナチネのような訳には行かない。

あ、そんな話ではありませんでした。

とても懐かしく思い出します。
服部先生、大変お世話になりました。しかもチョロチョロ動き回る、勝手に話しかける、番組にご迷惑をお掛け致しました。
心からお悔やみを申し上げます。

1989年の最終回を貼り付けます。




YouTubeが此処ではうまく開けないこともありますので、その場合は以下をクリックで・・・

『ピアノでポップスを II』最終回

ひろのりくん:3:00〜
おかあさん:6:00〜
おとうさん:11:40〜
くみこちゃん:15:00〜
全員:20:05〜


更に余談ながら服部ファミリーの演奏を貼り付けます。
番組のエンディングにも使われていた「ル・ローヌ」

服部克久家の親子三世代が史上初共演!(服部克久[ピアノ]、息子:服部隆之[アレンジ/ピアノ]、孫娘:服部百音[ヴァイオリン])
代表曲「ル・ローヌ(河)」を新録音!
更なるお父上の服部良一さんも天国で喜んでいらっしゃるだろう…と思っていたところに…






気晴らしに - 2017.03.18 Sat

存在すら忘れていたブログのメニュー。
プロフィール欄に【BGM】を作ったにも拘らず長年放置。
久々に音源を加えました。一曲だけですがメドレーなので長いです。

「Robert Stolz メドレー」をクリックの上、お聴きくださいませ。

思い出してみれば懐かしい…2001年1月の大雪の日に室内楽のコンサートをしましたが…
それに向けて私が手書きでアレンジ(清書とも言い難い清書も含め)したものです。正月も返上で、途中ドクターストップもかかったのでした。それを知っていた友人が、Finaleを勧めてくれた、という事の次第です。
何ヶ月か経って、お蔭様で今度はFinaleで清書しました。

Robert Stolzの有名な7作品をメドレーに。(最良の訳は、どこかで…Wikiにあるか??…後ほど見つけます)

Mein Liebeslied muss ein Walzer sein - Im Prater blüh'n wieder die Bäume - Ob blond, ob braun, ich liebe alle Frau'n - Auf der Heide blüh'n die letzten Rosen - Die ganze Welt ist Himmelblau - Spiel auf diener Geige das Lied von Leid und Lust - Zwei Herzen im Dreivierteltakt

編成は弦5部(5名)とピアノ(私)であります。

(追記)
我ながらボケた。
どこかに書いた…と思い出したのは、自分のブログではなかったっけ?と今日になり思い出しまして、自分で訳してありましたわ(便利なブログ内検索!今後益々使うに違いない・・・)

http://allegrobunchan.blog18.fc2.com/blog-entry-536.html



書いたことすら記憶の彼方 - 2016.11.15 Tue

テンポ的には違和感なく、速さの見本に聴かせたいと思っている、アンドレイ・ガヴリーロフのショパンのエチュード全曲。この位で全部をこなしたなら、演奏可能な曲が沢山出来る、寧ろ弾けない曲は無くなるよ、と1人の中学生に薦めるか否か迷って・・
そうだ!!以前…それも6−7年前にも何を考えてか(おそらく本に書こうとしていた些細なことから頭が発展した?)ネット検索をしたり、思い出したことをこのブログに書いたのではなかったっけ・・??(すっかりボケた)

検索用語をいくつか入れたら、このブログがヒットした!!先ずは日記2通が。(すっかり忘れていた)

知らなかった出来事(動画を追加しました)

ガヴリーロフ 更に



又してもギトリスを発掘! - 2016.10.11 Tue

父が好んでラジオを録音したりCDを購入したり、ということが判明したギトリス。
考えてみれば(考えずとも直感で)如何にも父好みの演奏。

もしやLPでもあるのでは?
整理せずにひたすら詰め込んであるLPの山。床から天井までの造り付けの本棚。

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根性で探し出した!!

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1966年のものらしい。眺めているうちに、よく目にしていたLPジャケットだわ…と蘇った。
裏を見たら、この夏にiTunesでダウンロードした曲目と同じ。多分音源をデジタル化したのだろう・・・
一応CDにコピーするか…パソコンに落としたら、iTunesで購入したものとどちらが雰囲気が良いだろう…

更に思い返す。
父のこれ又山積みのSP・・その中にもギトリスの演奏はあったのではないだろうか。
(良く言えば)潔い母が、父が亡くなるやアトリエにあった全てのSP盤を整理してしまった(=売ってしまった)。
不要かもしれないが、ひと言言ってくれればなぁ…一枚ずつチェックしたかった。そして保管しておきたいものは頂いたものを。蓄音機と共に…返す返すも残念なことをしてしまった…と亡くなった父の年齢を3年超えた私が今頃思ってもなぁ…当時は幼児2人を育てることで精一杯、尚かつ寝かしつけてから自分の練習時間を捻出。昼間は生徒も来る。息子のステージママもしていた。そんな日々だったから結果的には無理だった?…それにしても母の早業!!1年間はそのままにしておいて欲しかった。あんなに焦ってリフォームせずとも…生活費に困っていた訳でもなかろうに

天国の母はきっと、「そんなことまで書かないで頂戴」と叫んでいるに違いない。



お宝発掘はしたが… - 2016.10.09 Sun

まだ片付いていません。3棟の物置から運んで来た諸々は・・

ピアノの下の(広い)スペースにも、まだまだ段ボール箱や袋の類はあり、そこを何とかしないと、折角のフルコンも音が部屋に響いてくれません。今月の課題ですな・・・

というわけで、あれこれ開いては「億劫だから又」とパタンと閉じる連続。
でも、先週は「おっ!!??」というものが出てきました。
父が中身が分かるように保管した、懐かしい文字のカセットテープ。イヴリー・ギトリス!

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曲目は?と裏返すと、新聞の放送一覧か当時のFMファンだかから切り抜きが。

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これは聴いていないわ!!と、やっとCDにコピーしつつ聴いたのですが、父としたことがどうして??音量のゲージがマックス!もしや孫達の相手でもしながら勝手にコピーさせていた?・・最近の私なのでそのような想像が出来てしまい、本当にそうであったなら申し訳ないほど。当然音も割れて。CD-RWにはアナログでのコピーとなるので、幸い音量も手動、出来るだけ下げましたが、カセットそのもので音が割れているものはどうしようもない!修整用の機器もなく。
BGMが無いと家事が出来ない私は、それでも早速finalizeさせたコピーをパソコンに落とし、更にiPhoneに落としてスピーカーに繋げ、聴きながら夕飯の支度(テーブルのスペースを作るだけ)などしましたが・・
1985年と書いてあるので(カセットの背には1983と書いてある謎ながら)、若かりし日のギトリスの自由奔放、まるで良い意味での大道芸人のスリルあるStraßentheaterを見ているが如き小品集を楽しみました。パートナーの練木繁夫氏の素晴らしさあってこそ出来るものだわ!!
・・・と聴いていたら、解説者が全く同じ内容を述べておられる。「大道芸人と言っては語弊があるが」みたいな。それと、(腹が立つほど)大抵無視される「共演者の素晴らしさがあってこその演奏である」といったことも。
こういうラジオ番組が当時はあったのですね。

父の、ラジオからのカセット録音はまだまだあり、「アウアー門下の名手撰」なるものが3本。他にも色々。お宝発掘が楽しみです。
それにしても、このような演奏を聴きながら絵を描いていたのですから、父が依頼されて描いていた売り絵の数々(主に「ヴァイオリンの少女」の類)は、私の「億劫な家事」と同様の存在だったのだろうか、と改めて申し訳なく思ってしまったことでした。

「若かりし日のギトリス」と思った年齢、計算してみると当時既に60歳をとっくに過ぎている…我が身を反省!!
可笑しいのは、この放送のスポンサーがTDK!TDKのカセットが如何に素晴らしい音であるか、途中にCMが入る。…使い方ではどんなに優れたカセットであっても…と相成っているこの1本…


イヴリー・ギトリスの演奏会 - 2016.09.15 Thu

今年こそ聴いてきました。昨日。

ギトリスの存在は恥ずかしながら、2006年に母が亡くなった後、マンションから我が家に建てた物置に母の遺品を運んで以降のこと。CDラックから出てきた中に、何故かガムテープでプラケースが覆われたCDが出て来た(母好みではなかったのか??)。それがギトリスを初めて聴いた1枚だった。
私自身、聴くのはヴァイオリン音楽が一番好きで、勿論見つけて早速聴いた。凄い!凄い!!小品集なのだが…語彙の乏しい私には何て書いてよいか分からないほど感銘を覚えた。電車に乗ればイアフォンでiPodで聴いていた。ワクワクしてしまうほどの独特のボウイングや歌い回し。共演者の練木繁夫さんのピアノが又素晴らしい!(私が小5〜6、桐朋の音楽教室へソルフェージュだけ習いに通ったが、その時同学年にいらしたと記憶)ギトリスが自由さとどまるところを知らず、即興的にどんなにテンポを揺らそうともピッタリと合わせて行く。いや、ただ合わせるのではない。「こう弾きたいであろう」と先も見通してリードする、といった方が正しいかもしれない。
亡き父はおそらく知っていたに違いない。好んで聴いていたヴァイオリニストに違いない。もしやこのCDは父のもの?でも時代的に(大正12年生まれで63歳で他界)、当時CDの再生機は我が家にあったかしら?LP時代でも好んでSPを収集していた人ですから・・


その後も何枚か購入したり、iTunesでダウンロードしたり、購入可能なものはおそらくパソコンの中に全部持っている…と思う。

そのギトリスが今年は94歳とのこと。もっと早く生演奏に触れたかったものです。
実際、チケットを買うことには「やめた方がいいですよ」とか「がっかりするだけですよ」とのざっくばらんな意見も多く頂いたのだが・・でも聴けて良かった。

2011年の震災後には、被災地を訪れて岩崎淑さんと演奏されたことも何かで読んだ。
2013年の来日時は、我が家もバタバタとしていて演奏会は逃した。その時のDVDはある。もっと昔の、所謂Virtuoso時代のCDもDVDも手もとにある。

ともかく「ユーモア」「遊び」「心」・・・
今年は、春に来日予定だったのが入院で延期になったと何かで読んだ。あらまぁ…残念!と思っていたら、夏に今回への延期公演を知り、慌ててネットでチケットを1枚購入、一人で楽しんできた。
前半、あたかも弓の毛1本で弾いているかの如きモーツァルトとフランクのピアニッシモ。素晴らしい共演者も調律師も大変だったのでは?と思うほど。


楽しかったなぁ・・・特に後半の「当日発表」の曲々。
共演者と遊んでいましたね。

(予約購入遅れ、まさに天井桟敷と相成った)
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国語は大切にすべき。疎かにしたがために、こういう感動を的確に伝えられないもどかしさ・・・あ、的確に伝えては支障が出るから、か?頭混乱。
又追って書きたい(手直ししたい)と思います。

いずれにせよ独特の弓の使い方。94歳の方ですから、今回初めて聴かれた方は吃驚なさったに違いありません。
10年前、20年前の、あのフラジオがかった音色でビブラートもかけない色がフッと別な色に変化したり、私は大好きです。素人の方でも、好みが分かれるところが、「凄い」という証拠。
若い頃のヴィルトゥオーゾとしての演奏となると、これはもう・・・言葉を失います・・・


今年もイースターは関西へ(2日目/後半) - 2016.03.27 Sun

(記載は3月31日)

能勢を後にして、向かうは宝塚。

息子が宝塚歌劇団の「こうもり」に招待してくれた。
予め息子が「オペレッタの『こうもり』とは違うから、そのつもりで観てね」と言っていた。
オペレッタの「こうもり」とて原作は別にあり、所謂オペレッタの「こうもり」の音楽はJohann StraußIIが、台本はKarl HaffneとRichard Genéeが書いたと聞く。
さて、どのように調理されているのだろう、と婆は益々楽しみに…

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©宝塚歌劇団

休憩もなく一気に「こうもり」全幕演じられた。
最初から頭を白紙にして観たので、驚くこともなかった。
大きな違いは、何と!ヒーローがアイゼンシュタインではなくファルケ博士(=こうもり博士)となっており、ヒロインはロザリンデではなくアデーレだった!
うーーーん・・・推察するに、この演し物は宝塚星組の大スター、北翔海莉さんに演じさせるために台本も作られたのだろう。アイゼンシュタインは二枚目の面もあるが、殆ど三枚目。北翔海莉さんに三枚目には相応しくないのかも…
しかも年輩の夫人のロザリンデのキャラクターは成熟した女性、客層に合わないのかも…等々誠に勝手な推測。
だから、オルロフスキー公爵邸での、仮面をして夫アイゼンシュタインの様子を密かに覗い、自分の妻とも知らずに懐中時計でアイゼンシュタインがロザリンデに言い寄る場面は無い。ハンガリーの出身であることを「音楽で証明するわ」と歌い始めるCsárdásも当然ロザリンデではない。
ヨハン・シュトラウスIIの所謂オペレッタ「こうもり」では喋りの部分、それもジョークを飛ばす部分も多くて、それを楽しみに出掛ける観客もある。宝塚でもいくつかのジョークはあったが、それ以上のものは宝塚のイメージを壊すのか、そもそもドイツ語でのジョークを直訳したなら意味が無くなるからか、とても少なかった。例えば弁護士であるブリント(Blind)が登場する場面では、フロッシュ(刑務所の看守)に腕を組んで連れられ、「Eins, zwei, drei, hopp!…eins, zwei, drei, hopp!……(eins, zwei, hoppだったかも)」と登場する場面、元の演出では「どうしてそんなことをする!?(適当な和訳)」とブリント(Blind)が訊き、「だってblind(盲目)だろ?」とフロッシュ。そして「私の名前がBlindなんだ!決してblindではない!!」と怒るブリント。
又、罪状を告げる歌では、「Rekurrieren, appellieren, reklamieren, ・・・」とメロディ楽器やロザリンデとアイゼンシュタインが「止めて!」「もうたくさん!」と歌う後ろで(1拍目からではない、の意味)「-ieren」で終わる単語を20近くも歌う。それらは訳しても無意味で、普通の単語の列挙となっていた。
あとは「こうもり博士の復讐劇」とのサブタイトル。…本来のオペレッタでは第3幕の最後の最後で、実は…とはっきりされる。第2幕でも触れられているが台詞の中からは推測するだけ。宝塚では、ファルケが仕組んだ復讐のための芝居である、という辺りが第1幕の始まりで、酔い潰れた「こうもり」の羽根を付けたファルケたちが登場し、可成り長い時間を使って説明のために演じられていた。

以下略ながら、興味深く、又宝塚歌劇団の演目として楽しめた。
その後休憩を挟んで「The Entertainer」。これは何の前情報もないので、ブロードウェイを楽しむごとく堪能。

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それにしても、歌って踊って(バレエのみならず日舞にタップなども)同時進行するタカラジェンヌ!驚きです。

ダイジェスト

(後半の「The Entertainer」は6分11秒あたりから)


我が父方祖母は関西に出向くと、娘(私の伯母)の家に滞在し、家族と共に宝塚を見に出掛けていたそうだ。
きっと当時は東京では公演していなかったに違いない

東京でも5月に公演があるので、夫を誘い出すか…一度は観てみたいもの…チケットは販売開始と同時に売りきれるようだが。

それで思い出したが、東京宝塚劇場はかつて(私の知る1980年代まで)宝塚歌劇を演じるのは年間ほんの僅かで、日頃は普通の演劇やオペラ公演や、1973年頃にNHKホールが落成する前には紅白にも使われていた、と記憶している。
今回誘ってくれた我が息子も「子役」として「細雪」でステージを踏ませて頂いた。1988年。
その時のプログラム。

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その為のオーディションは、大阪言葉のイントネーションでの「こいちゃん、ずるいわ、しなじんはそんなにつよいことあらへんでーー」だったと記憶している。(そんな事はこの年齢になっても記憶している

その数年前の1986年6月には(話は逸れたまま)芸術座でも出演者に加わった。

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と婆馬鹿はいつの間にか親馬鹿内容。
「今日はちょっと間を空けてみようかな」などと言い、幼児とは思えない工夫を日によって台詞のイントネーションや間を変えていた。

悲しかったこともある。折角のダブルキャストなのに、もう1人の子が「ピーターパン」の稽古が入っているとかで交代不可能、私の父の葬儀に、息子は参列出来なかった。舞台には夫が付き添い、ステージパパをした。


そんなで人前で演じることが好きだった息子は、私の仕事場でも引っ張られてオペレッタに加わった。(1986年3月)
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ピアノのみならず衣装係も私。当時は何も考えずに作ったが、どうやら101匹わんちゃんのラッキーちゃんが潜在意識にあったらしい
小犬のドルチェという役。台詞は全て「ワン!」なのだが、その場に応じて(こちらが指図せずとも)吠え方を変えるものだから、観客の人気をさらっていた。

NHKの「ピアノでポップスを」でも、ピアノのレベルではなく、キャラクターで合格したか??
私が勝手に息子に仕事をあれこれ作るので、劇団からは「首チョンになりますよ」と警告された。
首チョンになる前に「退団届け」を劇団に提出した。既に小3、そう度々ステージの為に、いや、受かるとも分からないオーディションのために、学校を欠席する訳に行かない年齢となっていたこともある。


本当に婆馬鹿と親馬鹿の披露となってきたので、もう止める!!

クララ・シューマンの祖母としての書簡集 - 2015.12.15 Tue

前にも書いたが、部屋を片付けていたところ、2006年に半分ほど読みかけた「おばあちゃんからの手紙 クラーラ・シューマンから孫娘ユーリエへ」が出て来た。
再度最初から読み始めてしまったが、つい「ここは原書でどう書かれているのだろう?」と気になり、ドイツのAmazonで取り寄せてしまった。先週届いたが、何やかやと日は過ぎ、パラパラ捲っただけ。盛り沢山に挿入されているクララの自筆。何て美しい・・流れるような筆記体。やはり欧文は筆記体が良い。

分厚い一冊、まだ眺めるだけで、気になった数ヶ所しか読めていない。
書簡集であっても、Robertに宛てた若い頃のものとは全く違い、「孫娘の躾」集のよう。ピアニストとして生き、同時に妻としても母としても生きたその後のおばあちゃんの手紙だ。長生きするって何て素晴らしい!!と思ってしまう。そしてそういう箇所が、原文ではどうなっているのだろう?と思う次第。

今は写真のアップまでにて。

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ショパンコンクールは既に結果が出た - 2015.10.21 Wed

ファイナル3日目はまだ聴いていないが、ネット上(コンクールのサイト)に結果が出ていた。

1位 Seong-Jin Cho
2位 Charles Richard-Hamelin
3位 Kate Liu
4位 Eric Lu
5位Yike ( Tony ) Yang
6位 Dmitry Shishkin
ポロネーズ賞 Seong-Jin Cho
マズルカ賞 Kate Liu
ソナタ賞 Charles Richard-Hamelin

この中の3人のコンチェルトは聴いていないのだが、聴いた7名に関しては甚だ納得の行く結果と思う。
10人中、Hamlinさんだけがf-mollのコンチェルトで、どうやって比較するのだろう、とも思ってしまったが、3次までの演奏で既に比較は為されているのだろう。
書きかけて送信してしまった!


余談ながら、コンクールのサイトの下の方に、最終10名の順位が出ており、その上に;
Related resources:
Prof. Katarzyna Popowa-Zydroń
と書かれてある。
とても懐かしいお名前です。かつて40年近く前にコンクール(可成り大きな)でご一緒させて頂いたことがあり、常に笑顔で、残った私を応援してくださったものでした。その後私も駄目でしたが・・・色々と記憶が繋がって蘇るのは「昔のことは覚えているが、朝何を食べたか忘れている」といういわゆる認知症??
(記録によるとソフィア出身で、ブルガリア語ではKatarzynaはEkaterinaでした。)


ショパンコンクールファイナル2日目 - 2015.10.20 Tue

3人とは言え、ずっとパソコンの前に座って聴くのはやめた。
なので多少いい加減です。大体私が感想をおおやけに書くことでもないし。

1人目、又してもアジア系に見えるアメリカ人(今度は男性)。
予選でも何かを(好感をもって)聴いた記憶がある。
又しても好感のあるインタープリテーション。第1楽章の第2テーマのテンポを落とし、美しい音色で歌う弾き方、私は大好きですが、審査員の中では意見も割れるかもしれない。Seong-Jin Choには遠い。
あとはミスが散見。ピアノだけになって上昇する右手、左手で手伝えば外れないのに…など老婆心。
2人目、ポーランド人らしい。
以前(前の日記に書いた)永井先生が、昔のショパンコンクールの裏話で、ポーランド人が演奏するとやんややんやの大騒ぎ、bravoを飛ばして入賞させてしまう、といったことを話された※。確かに最近(いや、もう可成り前)もそのような事はあったらしいので、今回も??と思ったが、演奏後の大騒ぎもなかった。良く弾いていたと思う。でも3楽章など、確かにリズムは強調されていたし。でも良い意味で、つまり音楽的に演奏したチェルニー40番、50番のようで、もっと何か表現しても良かろう。
3人目、ラトビアの方
いい加減うんざりしてきたので飛ばし飛ばし。よくファイナルに残ったものだ、と(予選は聴いていないので)思うほど技術的に破綻を来す場面が多かった。ユニゾンは右しか動いていない。

3日目や聴いていない1〜3次は、テレビでYouTubeを登録してから少しずつ見ようと思う。

永井先生ではなく、野村光一先生だったかもしれない。
高校時代、日本ショパン協会の会長が野村光一先生、副会長が永井進先生で、公開講座に出演させて頂いたことがある。その時に伺った話が混乱したかもしれない。

ショパンコンクールは既にファイナル - 2015.10.19 Mon

前に記したSeong-Jin Choさん以外は殆ど見ないまま過ぎた1〜3次審査。既に18日から(日本時間の真夜中)ファイナルとなった。
又しても某SNSでそのことを知ったので、早速朝、YouTubeで視聴。
コンチェルトは今日聴いた4人とも1番のe-moll。(懐かしいなぁ…)

最初がそのSeong-Jin Choさん!
又しても驚くほどの…何と表現してよいのか…パーフェクトなインタープリテーション。勿論心もある。ごく自然に流れる耳に心地良い演奏だった。しかもノーミス。
音楽界に疎く、しかもコンクールとなると最近は興味もなく過ぎていたが、この方、日本でも可成り有名なピアニストだと、あちこちから情報を得た。疑問氷解、流石だ!カタカナで(と、ここで思い出せずに某SNSからコピペ)チョ・ソンジンさんというそうだ。
2番目のピアニストは…ショパンのオーケストラなのだから、ピアノがそんなに1音1音叩いてしまっては聞こえなくなるでしょうに、というほど我武者羅なタッチ。途中飛ばし飛ばし聴いた。
3番目は、唯一日本人で残っているという女性。
予選でも何曲か聴いたけれど、ファイナルが一番情感が豊かで良かった気がする。Op.11は、まださほど深刻な内容を要さないからかもしれない。歌う表現で、「左手→右手」とずらす癖が(私は)気になったが…
4番目は、外見アジア的なアメリカの女性(いい加減ですみません。お名前失念)。
ほんのりと漂う心地良い表現に、そしてフレーズからフレーズへ移る時のちょっとした音色の変化に癒される。とても良い演奏だった。
それと余計なことだが、演奏を舞台芸術と捉えた時、彼女のような雰囲気は好まれる傾向にあるだろう…特に欧米人に。
生憎時々ミスタッチをするのが、コンクールでどこまで許されるのか・・・
ここまで山の様な曲数をこなしてきて、集中力を保てている方が不思議だ。でも全員同じ条件だから仕方ない。


ふと思い出したこと。
8歳から大学を出るまで師事した永井進先生、ショパンコンクールの審査員として招かれたり、聴きに渡欧なさったりする度、貴重なお話や裏話を私たちは伺った。
いつぞや(学生時代。もう45年も前!!??)、先輩のショパンのコンチェルトの伴奏をさせて頂きに先生のお宅に出向いた。その折、3楽章左手のリズムのことを「救急車のピーポーピーポーじゃないんだよ」と仰り、その言葉の抑揚に笑いが止まらなくなって困った。が、クラコヴィアークのリズムのことなどは笑いも止まってしっかり受け止めた。(今回の演奏者も、3楽章ではもっとリズムを強調しても良いのではないか、と思ったのも事実)

それにしても今は有難い世の中になったものだ。インターネットでいつでも聴けるのだから…

いい加減な走り書き。しかも名前すら覚えられない。
このMacの10.7は、Chopin Institutのサイトが開けないのだ。10.5は何故か開くが、YouTubeは動かない…
Windowsも1台くらい持つべきかもしれない。小ぶりでも、スピーカーに繋げば音は多分同じ。
ひょっとするとテレビでもネットは拾えるのか??…YouTubeというアイコンがあったような…宝の持ち腐れ。そのうち○-COMに尋ねよう。自分であれこれ操作してお手上げの常。

_________
追記
Op.11の冒頭には「Allegro Maestoso」のみならず「risoluto」とも表記されている。
どうもオーケストラが滑らかすぎて気になる。特にチェロ・バスがもっと弓のスピードに勢いを付けて、音と音の間にほんの少しの隙間を付ける位で弾いたら…と思ってしまうが。よほど残響のあるホールなのだろうか。
いずれにせよ仕方ない、オケが評価される訳でもないし、全員に対して同じテンポ(多分)と抑揚で始めなくては公平さを欠くのかも・・・ピアノを弾く側になると、最初のオケ次第で心意気も変わるような気もするが、どんなオケの始め方であってもピアノの入り方はそれぞれ決めねばならない、ということなのだろう。


ショパンコンクール真っ只中 - 2015.10.17 Sat

興味が全くない訳ではないのですが、この年齢。
パソコンの前に長く座っているしんどさ、ネットの繋がりの悪い日は悪い、等を言い訳に余り見ていない。

けれども先日、偶然2次の最初のグループ(でしょうか?)をライブで見る機会あり、その時のSeong-Jin Choという韓国のピアニストが素晴らしく、我が意志とは裏腹に吸い寄せられるように見てしまった。どの曲も芸術家として完成されているが、特に素晴らしかったのがSonate b-moll Op.35!!
そして今朝、某SNSを覗いてfinalistが決まった由知り。
勿論残っているだろうと思ったが、そこから飛んで3次の演奏に遡って視聴した。24 Préludes Op.28の素晴らしさ!!全部聴いてしまった。入賞しなかったら、次に弾いたスケルツォの最後の音が鳴らなかったことの揚げ足取りでしょう。
他の演奏者を沢山聴いた訳ではないから、全く何も言えないのですけれども。
そう言えば、他の演奏者でも幻想ポロネーズの最初の方のゆったりとした上昇形の上の2音が鳴らない(過不足なく)ケースが多々見受けられたのだが、あれは楽器の所為ではなかろうか。


Op.35とOp.28……
一昨年でしたかカワイ音楽振興会主催で佐藤卓史さんと共にブルクミュラーの講座を開催させて頂きました。それに際し、表参道のカワイをご挨拶かたがた訪ねました。その時、「ショパン協会の例会で演奏させて頂いたことがあるのです」という昔話になったので、担当の方が奥から分厚いフォルダーをお持ち下さいました。見せて頂いたところ、ありました、ありました!1979年5月のリサイタル!!演奏した曲目は、ショパンを入れることになっているので、ソナタのOp.35とプレリュードOp.28全曲を。その他にアルバン・ベルクのソナタOp.1にモーツァルトのキラキラ星変奏曲まで…という盛り沢山のプログラムでした。今の私には考えられないことです。そして関連して記憶は蘇る - - 2日空けて、NHK「午後のリサイタル」での収録をさせて頂き、そちらではアルバン・ベルクやモーツァルトの他、リストの超絶技巧の「鬼火」やスクリャビンのOp.42/5まで入れたことを・・(それがあって、リサイタルのアンコールに「鬼火」を弾いたことも蘇り)
だから潜在意識の中に、そのOp.35のソナタとOp.28は何か今でも大きく占めているもの、求める高みがあるのでしょう。


ショパンコンクールそのものは、妊娠、それも長きにわたる切迫流産での安静、出産、子育てで断念しました。子供に勝る宝は無いのです、私の場合には、ですが。

____________________

追記
上の本文でNHKの収録のことに触れましたので、【10月後半のBGM】として、その折の2曲をアップロードしました。
オープンリールのテープを頂き、それを数年経ってカセットにダビングし、更に数年後又してもカセットに移して、それをCD-Rでコピー・・
音の質は大変悪いのですが、そういう作業を経てということで。でも著作権はNHKであることを添えなくてはいけないのでしょうか。このままにしますが…

長寿と思ったBrahmsが… - 2015.05.10 Sun

髭もじゃの写真が有名な、しかも作曲家の中では甚だ長寿のブラームス・・・
と思って過ごした年月。


気付けば私自身がブラームスが逝去した年齢になっているではありませんか!!
勿論能力を比較するなどとんでもなく、単なる数字の他何ものでもないのですが、改めて自分の「遣り残し」の多さに愕然とし、年単位どころか月単位で課題をこなして過ごさねば、と気持ちだけが焦る昨今であります・・・

今年も杉並公会堂 - 2014.11.22 Sat

お母様からご案内を頂き、今年も奥うららさんのヴァイオリンを聴くことが出来ました。
勿論オケの中でお母様も演奏なさっておられる…親子の共演とも言えます。私には羨ましくも思えます。

去年は「杉並公会堂」を使用するために検索をしていて偶然にも知ったのでした。
ブログにも書きましたが、一体何十年ぶりの再会!?と余りの懐かしさに、去年は休憩時、まだ後半もあるというのに楽屋に押しかけて長居をしてしまい・・・おそらくご迷惑をお掛けしたに違いありません。今年はちょっとだけ顔を出すに留め…

今回はモーツァルト第5番のコンチェルト。
美しい表現にうっとり。
アンコールのサービスにバッハの無伴奏パルティータ第3番からプレリュード(違ったらすみません)。これが又、全曲ずっと続きを聴いていたいほど素晴らしく・・是非次回のご帰国ではリサイタルも!と思ってしまいました。

偶々ホールを出る時に、「アヴォ・クユムジャン修了生」の文字を目にし、地下へ行ってみたのですが、アヴォ氏(ウィーンでの留学仲間)は来日していない、秋に別な会場で開催した講習の修了コンサートであることが分かり、がっかりしながら帰宅しました。

勉強会をきっかり3時間、5時半に終えさせて頂いたので、聴くことの出来たコンサート。
自分の予定も考慮して勉強会を組まねば、と反省。いや、3時間で充分だったと(内心)思っていますけれどもね…

素晴らしい振付 - 2014.10.27 Mon

昨日だったか…いや、既に一昨日?(日々曖昧)

隙間時間に何気なくテレビのチャンネルを送って行ったら男子フィギュアフリーをやっていた。
既に最後から2番目。
次が日本人の何とかいう人だ、というので、そのまま見ていた。
(最近私のフィギュア熱は薄れ)

何でも「第9」を使うと言う。またぁ…
と期待していなかったのだが、見て吃驚!
凄いです。やっと名前を覚えた。町田樹さん!!

常々思ってきた日本のフィギュア界「振付」への不満が全て消えました(私は、です)。
全身の動きはバレエの如し、それも音楽の些細な変化を逃さない。腕〜手の表現は指揮者のよう。内面の起伏と一致した表現…書き出せば枚挙に遑なし…甚だ傲慢なようですが。
どのような振付師であられるのだろうか。

表現点がもっと高く評価されても良かったのではないだろうか。

それにしても、アナウンサー(?)が度々口にする「合唱付き」は、意味を取り違えていないか??

少女だったバレリーナ - 2014.04.11 Fri

先日地元のバレエ教室の発表会に行ったことは書いたが、その折に思い出したこと。

森下洋子さんと同様、橘バレエ学校に学んでいた大原永子さんというバレリーナ!
私の小学校低学年の頃だったろうか、少女雑誌「りぼん」や「少女フレンド」をにぎわせていた。バレエの好きな少女は誰もが憧れだった。いや、それらを通じてバレエが好きになった少女も多かったことだろう。
大原さんは確か森下さんより数年年上だったと記憶している。
まだ小学生の二人が、滝に打たれて修行をする場面は、劇画とは言え、大変印象的だった。

やがてお二人ともそれぞれが日本を代表するプリマバレリーナとなられた。
私が大学を卒業した年に、NHKホールが完成。そのこけら落としだったか、「イタリアオペラ」・・その中でバレエの場面があり、稽古ピアノの機会を得たが、その時、森下洋子さんの踊りを間近に拝見出来た。

そんなことを懐かしく思い出していたら、9日、NHK「ゆうどき」に森下さんが出演された!
ご主人でもあられる清水哲太郎氏にかつて、「何のために踊っているの?」との問いを投げかけられ、バレエの目的を改めて考えたことなどを語っておられた。…芸術はどの世界も同じだ。勿論毎日の技術トレーニングは必須としても、観客や聴衆を対象に演じ、心を届けるもの。心なくして何が伝えられよう。
森下さんは「自分がいつもバレエを出来る環境にあったこと、周囲の協力」に感謝の言葉を述べておられたけれども、それ以前に自分自身の強い忍耐力と決意なしには到底できないこと、と痛感した。
比較するなどおこがましいが、森下さんより若い私が「もう体力が限界…」と溜息をつくなど以ての外、体力も努力で作るもの…と反省の機会を頂いた。



振付(演奏家から見ると…) - 2014.03.08 Sat

今まで余り度々触れているので執拗…
フィギュアの「音楽の流れとの一致」ということについて。

でも、やはり気になるのであります。

下は、ラフマニノフピアノコンチェルト第2番の冒頭。
(クリックで拡大されます)
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ピアノでイントロがあり、テーマに入る直前、バシッと決める前打音があり、更に2小節をピアノが前奏としてアルペッジョを弾いた後、第1テーマの朗々としたメロディを1.Vl, 2.Vl, Vlaとクラリネットが奏で、バス音はチェロとコントラバス、それとピアノの左手のアクセントの付いた音。ピアノのアルペッジョは伴奏です。
そのアルペッジョの始まり前にはrit.あり4分音符で重さを徐々にかけて、その「前打音」の付いたタクトになる訳です。
もしフィギュアでここをtriple axelに使うなら、丸印を付けた前打音で蹴って、a Tempoで着氷出来ないものか……ゼロコンマ何秒レベルでそういう音源が無いのであれば、選手が表現し易い(寧ろ回転し易い)間の取り方でその部分の音源を作ってもらい、ツギハギをしても構わないのでは??

その後のアルペッジョの中間の、ただなだらかにハーモニーが鳴っているだけの位置で勢いよく蹴ってジャンプされると、もし指揮者だったなら困ってしまうのでは…
勿論ジャンプとしては成功でしょうが、それでOKなのか。
更に述べることが許されるなら、イントロ8小節間はpoco a poco cresc.を腕の動きで構わないので表現して欲しいように思います。

すみません。傲慢は承知です。どれだけの難度を克服しているか分かるだけに、それなら更に!!と思ってしまう次第です。

振付のコンクールなどがあったら面白い、とすら思ってしまいます。
同じ曲を使って、フィギュアで(バレエでも)音楽の起伏やハーモニーなどを考慮して振り付けるコンペティション。
個人的には大変興味があります。




冬期オリンピック - 2014.02.21 Fri

今回のソチ・・・

夜中にトイレに起きた折、「そうだ!やっている筈」と見たのは、たったの2回。
本来とても忙しい筈の生活、昼間にリビングのテレビを点けっぱなしにしておくので競技や関連番組が目に入り、通る度に立ち止まって見ていました。
今まで見たことのない、ハーフパイプやスキークロスは興味深く(しかも女子まで!!)、固唾を呑んで見守ってしまいました。(解説者がやたらうるさくて観戦の妨げだった、なんてことは書きません!某著名スキーヤー且つ登山家のご子息様……結局毒舌、すみません…が、自分の名前を出しての感想、とお許しください)

世間で話題のフィギュア。
息子とメールでやり取りしたり、出張で上京して我が家に寄った時、話に花が咲きました。
プルシェンコについて、息子によれば、15年の競技人生で12回の手術、首から下はボルトだらけ、痛み止めも考えられないようなもの(ソ連時代のもの?)を服用していることなど情報を得ました。既に引退していたと思っていたので、今回見ることが出来て本当に嬉しかったです。
2000年前後から大ファンだった私は自分で髪型を真似してカットし、今より可成りスリムだったので、演奏会の衣裳なども真似をしたものです。息子に「お母さん、氷の上で回転させながらピアノ弾きな!」とからかわれたほどで…あの髪型は回転しないと無意味なんですよね……
スポーツ選手は競技人生が短いことを痛感すると共に、葛西選手が41歳になってもメダルを目指して「創意工夫」「試行錯誤」している姿を追った番組などは、反省を促される思いで拝見しました。

フィギュアに関しては毒舌を吐いてばかりいる気がし、4年前は記憶の彼方だったのが、ブログのありがたさ!!又、某SNSなどに書き込んだ記録も、私の衰えた脳の代用(寧ろ毒舌の証拠か??)・・
今回も又感じたことですが、余りに執拗。2月19日(2通)、25日に書いています。

最後かもしれないので、動画をアップ。

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奇遇 - 2013.11.16 Sat

そろそろ来年あたりには何か(演奏会なり発表会なり)を企てよう、と公共の施設を検索。

数週前に、地元の「杉並公会堂」を検索していた時、目が留まった・・・

「奥うらら」さん???

珍しくもない苗字だが、そうある苗字でもない。
ヒットすれば、彼女に違いない!と確信。(親類ではありませんが…)
とても懐かしいお名前。

即刻出掛けてきました。開演時刻を確かめていなかったため、再度ネットを開いて
髪振り乱したまま…実際荻窪駅からは走り続け、18時に滑り込みセーフ!

モーツァルトのヴァイオリンコンチェルト第3番。
演奏が素晴らしかったことは書くまでもないのですが、昔の光景があれこれ蘇り、楽しいひとときでした。
お母様もご健在で、いや、それどころか!親子の共演とは、何という親孝行!

続きは長くなるので又後日。




写真は、掲載の許可をまだ得ていないので、遠慮がちのサイズにしておきます。
(クリックなさっても拡大されません)

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まだ第2部もあるというのに、「そこにいらっしゃいますよ」に甘え、長居をしてしまいました。深くお詫びを申し上げます。



(11月23日・一週間経って記載)

Robert MeyerがRexに!? - 2013.10.25 Fri

毛染め(正しくはカラートリートメント)をしようとしていたら、夫が何気なく点けたテレビがミステリーチャンネルで「Rex4(正しくはKommisar Rex・警察犬レックス)」を流しているではないか!!!

毛染め後回し
見ていたら、どこかで見た顔が・・・悪役なのだが・・

そうだ!!Robert Meyerだ!!Volksoperの現在のDirektorであり、役者としても芸達者な…。
けれど、何て若い・・・・
それもそうだ。1998年制作のものと判明した。
ドラマの中で、札束の入った袋を覗くシーンがあるのだが、シリング札だった
オーストリアのユーロ導入は一歩遅れて2002年春、と記憶しています。



追記;
写真を載せようと、"Volksoper Wien Robert Meyer 画像"と入れて検索かけたところ、私のブログの画像(Robert Meyer氏ではないもの)が沢山ヒットして……私は日頃一体何を書いているのか??と改めて疑問、寧ろ呆れ…



書きたいことは山ほどなれど…又。

謎の音 - 2013.07.15 Mon

鬼も徐々に元気。

熱がある時は、ひたすら音楽をかけて眠っている。殆どがヴァイオリン曲。
パールマンがどんなに激しくハチャトリアンのコンチェルトを弾こうが、ハイフェッツを伴奏するオケがどんなチャイコフスキーのコンチェルトの間奏を奏でようが、(自分がピアノパートをガンガン弾いているショーソンであろうが)、誰が何をどう弾こうが心地良くひたすら眠れる。大曲であれ小品であれ・・


ところが一旦熱が下がって来るや、そこらに転がっている本などを読む気力も出て、ヴァイオリンはBGMと化す。
BGMだけの存在なら有難いのだけど、一旦気になった音はとことん気になる。

今日も、クライスラーの「愛の喜び」の1箇所・・・



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説明しようがないので書き取ったが、パールマン氏もギトリス氏も川畠成通氏もusw..usw...usw...
皆さん上の段の方の音で弾いておられるのだが、作曲者であるクライスラー氏だけが、下の段の赤丸を付けたところの音を弾いておられる。
これって・・・・・?????・・・・・

きっと楽譜は上の方が印刷されているのだと思う。
でも、クライスラーが走り書きした時点では下の音だった?・・のだろうか??それとも???

どなたかご存知の方がいらっしゃいましたらお教えくださいませ。

やれやれ…面倒な性格です…


久々のフィギュア! - 2012.12.23 Sun

国内のこととは言え、久々に(何年ぶりか?)見たフィギュア、感心してしまった。
うるさい私、どうしても音楽と結びつけては、使っている音楽と強拍弱拍のステップがずれている、だとか、脚しか考えていない、回転ばかりで音楽の頂点はどこ?しかも回転の準備ばかり考えているから「ただ滑っている空白」が長すぎ、など、(このブログにも)随分書いてしまっているのだけど…
楽器の練習も然り、どれだけ専門外での体験があるか(子供なら「遊んだ経験」があるか)、ということにかかってくることもある。

今回の浅田真央さんを始めとする何人か、単なるスケートではなく、音楽表現と一致したテクニックの工夫に感心させられた。以前にも書いたけれど、回転ジャンプ、どこに入れてもよい、という訳はないと思う。音楽で言えば前打音や1拍目に向かう大きなアルペッジョに該当する訳だろうし、脚が大変でもその分、手の指先までが音楽を表現出来る筈だし。音楽のバスの流れと脚の動きが一致すると自然に感じられるし、スピンの身体の姿勢の変化は、音楽の頂点に向かって高くなって行くと自然に感じられる。
バレエ音楽を使った方々、やはり物語を表現するバレエと共通点はあるべき・・・

といったことが実行されていて、久々にテレビで見て、驚いてしまった。
ジャンプの前の以前は何秒もあったと思しき「準備のためにただ滑っている時間」も殆どなく、自然にジャンプに移っていた。

又、本来はジュニアの年齢の少女たちも圧巻・・
指導者や振付の方々が勉強・試行錯誤されたのではないか、と敬服。

それでも世界の壁はもっともっと高いのだろうなぁ・・・


(話は変わるが)政治家のお歴々、どれだけ海外で生活し、自分でお金を払って買い物をなさったか。
日本の中で、議事堂や総理官邸という仕事場の往復だけで、何が分かろう?と思ってしまう。
世界を知るには、海外で生活してみて、初めて外交なるものが改善されると思うし、経済状態も含めて「手段」が見えてくるのではないか?

と、外野は何でも「書くだけ〜〜〜」
しかも走り書きで「保存」をクリックしたら「メンテナンス中」だの「障害発生」、更に下書き保存の状態に戻ったり。

エイッと「保存」を再度クリック・・・
(今度は反映されてしまった!近々文章を直します)

Lehár-Schikaneder-Schlössl - 2012.11.23 Fri

(11月23日前半の日記/25日記載)

11月3日の記録に書いたことの実現!

私の体調・体力だけではなく、娘までが何日も体調を崩してしまい(食欲はある。寧ろ旺盛ながら下痢が続いている、という。まさかノロウィルス??歩くのは私より速いので、まさか、と思ってしまうものの…)、ウィーン滞在最後の最後ながら、この年齢になると次に来られるのがいつになるやら…の身。又しても思い立ったが吉日!!
サイトで見つけた電話番号にかけてみる。Lehár Schlössl!!(勝手に「レハールの館」と訳しておきます)
あと3日しかウィーンに居ないことを告げるや、今日の午後にどうぞ、と。しかも夜にVolksoperを予定していることも考慮してくださり、15時に見せて頂くことになった。

1970年代から、何かにつけ(主にホイリゲでの集まりだが…)電車やバスで通ったことのあるNussdorfだが、まさかレハールがその近くに住み、メリー・ウィドウを書いていたとは!!
しかも実際にその部屋を見せて頂ける!!舞い上がってしまった。

訪ねると、電話のご婦人は溢れんばかりの笑顔で迎えてくださり、部屋にある家具調度や写真、あらゆるものに説明をしてくださった。この前の日曜にはTheater Wissenschaftの学生が70人も訪れたとのこと。今日は私1人とは…とても贅沢な時間を過ごさせて頂いた。

****************************

23日には、許可を得て40枚もの写真を撮らせて頂いたが、勝手にここに載せることには躊躇いを感じるし、無断掲載は禁じられていることかもしれないので、翌日朝、その館の管理をされている前述のご婦人に掲載許可を乞うために電話をした。日本の大勢のレハール愛好家たちにも紹介したいし、訪ねることを勧めたいので、と許可を願ったところ、快諾は勿論のこと、逆に喜ばれてしまったので…(それにしてはお粗末な写真の上、とても40枚は載せられずに申し訳ない結果となってしまうのだが)、写真を混ぜながら記録します。
(帰国して時間がある時に、又詳しく補いたいと思いますが…)

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(玄関を入ったところ)
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(部屋の天井)
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(うっかり、Die lustige Witwe(メリー・ウィドウ)を書いたという書き物机の写真を撮りそびれてしまった!が、下の写真の背景に写っています)

ピアノの上にある、ハンナとダニロが踊っている像
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「ピアノをどうぞ弾いてください」と言われ…「え!?!?」(作曲家の記念館は、どこも「触れないでください」とあるので)吃驚してしまった。
勿論!!喜んで!!!
レハールがこのピアノを弾き、このピアノで作品を弾き、それ以前に作曲の折にも音を確かめていたに違いないピアノ!!
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「メリーウィドウ」から勿論「Lippen schweigen」や「Vilja」「Da geh'ich zu Maxim」、「ジュディッタ」から「Meine Lippen, sie küssen so heiß…」等々、記憶を手繰って弾かせて頂いた。ピアノは勿論当時のヴィーナ−メカニックながら、しかも手入れを頻繁にしているとは思えないながら(しかも、私の手は7月16日からピアノから全面的に離れている)、何というのだろう、レハールに導かれて次々音になってしまう不思議さ。

(下の楽譜はレハールではないが、頼まれて弾いたOffenbachの「ホフマンの舟歌」。とても易しいアレンジ譜なので、アルペッジョその他原曲に近い音にして弾きました)
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それにしても楽しかった!!

最後に「house churchがあるので是非ご覧になって」と案内された。
ここでレハールは勿論、多くのソリストの葬儀がなされたそうだ。
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なごり惜しくも、Volksoperの前に一旦宿に戻る、と娘に伝えてあったので戻った。
帰国後に写真も整理し、出来るかぎり編集して書き直します。
管理のご婦人が「ご存知?」と見せて下さった芳名帳には、日本オペレッタ協会会長の寺崎裕則氏のお名前もあったので、オペレッタファンの方は既にその館の存在をご存知かもしれないし、今さら?と言われそうな気がしないでもないが・・
(しかもSchikanederは触れずじまい)





前の日記を引き摺りますが… - 2012.07.31 Tue

夕飯後、夫と共に例の録画を見ることにした。"Die lustige Witwe"の日本公演。

2人で観ますと、楽しさも累乗倍(2×2の4倍に)ながら、不平不満も累乗倍・・・


日本用の演出?日本用の振付?日本用の発音?
と、全てに疑問が・・・

舞台はパリですから構わないのですけどね。
でも私たちが慣れ親しんできたHannaとDaniloには程遠く・・・何もHochdeutschで発音しなくとも。
(すみません)

もっと即興性が欲しいし、遊びを期待してしまう。
歌も、「語り」なのですよね・・Volksoperでは。語りと旋律が交互に混ざる魅力。
オケが常に旋律は奏でている箇所は、音による旋律ではなく、語ってしまって良いのではないか。
それがウィーン音楽の魅力。

それとオケが走りすぎのような・・プロンプターボックスの構造が違うのかな?
あ、そっか…あくまでもステージへの指図か…


と、あれこれあれこれ言いつつ、結局最後まで観てしまった。
日本にウィーンらしさ(それもtraditionellの)をしっかり伝えて欲しい、とまで。
夫も、私に輪をかけて厳しい発言あれこれ。


最後のカーテンコールの、Robert Meyer氏の指揮には2人でブラヴォを叫んでしまった


Volksoperの来日公演 - 2012.07.30 Mon

春の、上野の文化会館大ホールでの公演、大枚をはたいて行くべきか、それとも貯めておいて又ウィーンに行く機会に使うべきか迷った来日公演、"Die lustige Witwe ( Merry Widow)"。
結局色々所用が重なり、上野の公演には行くことが出来なかった。
(1回の公演の費用を貯めておけば、ウィーンで…席にもよるが…5回は堪能出来る

日本公演がNHKプレミアムで放映されるとの情報を得た。
真夜中なので録画予約をしておいた。
結局目覚めて見てしまった・・・(昼間の疲れで早く寝過ぎてしまった所為で)



それで・・・
う〜〜〜ん・・・

これが「Volksoperだ」と思われたらちょっと・・というのが、(相変わらずの)私のざっくばらんな感想。
StaatsoperならOK。

VolksoperのDirektorであるRobert Meyer氏が出演して、それも大活躍。フォルクスオーパーらしさを目一杯演じていたこと…それは素晴らしかった(と、私ごときが言うまでもないが)。
あの"Operettts"の3人のテノールの1人がCamille役で素晴らしかったこと、Valencienneの歌と踊りの目を見張るような演技、あとは今までになかった演出も楽しめた。
でも・・肝心のHannaとDaniloは・・これでは「オペレッタ」ではなく「オペラ」ではないか!(言い過ぎですかね??)
歌い過ぎなのです。楽譜の通りに。

何とか1970~80年代の振付・演出は忘れよう、今の時代はこうなのだ、と感じるように心掛けたのだが。


最後のカーテンコールで、Daniloが(指揮者だったか?)が指揮台にいるRobert Meyer演じるNjegusに気付いて「Was machst du denn?」(だったかな?)、そして指揮を始めるRobert Meyer・・これが最高でした。オペレッタを知り尽くした、ユーモアも知り尽くした・・
終わりよければすべてよし。

毎度すみません。

前の日記の続きです - 2012.04.29 Sun

演奏を聴いてタイムスリップした如き時間を過ごし、休憩に。

懐かしいお顔が!
仙台でご活躍の野沢真弓さん。

彼女も大病をなさっておられるのに、本当にいつも周囲の方達のためにお働きくださる。
去年ライグラフ先生逝去の後も、奥様が亡くなられた後も、ご自身大変な(ご家族を含めて)大変な中に連絡をくださり、お悔やみのお花の件を全部取り纏めてくださった。
そうそう、ライグラフ先生がDVDを出された時にも連絡をくださり、又、先生のCDも結局すぐに手に入らなかったので、彼女のものを私が譲り受けてしまっている。

遡って1977年、私がモーツァルテウムに入学した時にも、教室や事務室その他、ご案内くださったし…
確かその直後からミュンヘンに住まわれて、私のコンクールの間、練習時間が不足すると彼女のお家のピアノで練習させてくださったっけ…
(そうそう、クラスメイトのお産のお世話までなさっていらしたのではなかったかしら?)

2006年に約30年ぶりにザルツブルクに出向いた時にも、真弓さんにはミュンヘンでお世話になったし、渡墺の前には如何に1970年代とすっかり変わったか、街や電車の様子を教えて頂いた。


そもそも2006年の渡墺は、本日の伊藤恵さんの年賀状に始まった。
10年ぶりにライグラフ先生のレッスンを受けられて、大変感動なさった由が書かれてあり、……私など30年近いご無沙汰。
これは是非私も…レッスンと言わずとも、先生ご夫妻にお目にかかって近況をお伝えしたいものだ、と相成り、結局レッスンを受けることになったのだった・・・

今日も、真弓さんとバッタリ、更に恵さんのお母さまに引き合わせてくださり、もう、これはタイムマシンの如く1970年代に戻ってしまった。


遡った渡墺の日記にリンクを張ります。
画像ばかりで重いですがよろしければどうぞ。

2006年6月 Salzburg
2006年6月 Wien
2007年7月 Salzburg
2007年7月 Wien



癒された演奏会 - 2012.04.29 Sun

感慨無量でした。
伊藤恵さんのリサイタル。(紀尾井ホール)

何から書いたらよいのだろう…

プログラムは、前半がブラームスの「3つのインテルメッツォ」Op.117と「4つの小品」Op.119、後半が細川俊夫「ピアノのためのエチュード1-2つの線-」とシューベルトのソナタB-dur D.960でした。

癒された演奏会だった、ということに尽きます。

「演奏=人間性」ということを改めて実感した思いでもありますし、涙、涙…彼女の人間性の豊かさと深さからでもありますが、それらが様々な音色となって聴き手である私たちと会話をしてくださいました。同じピアニッシモであっても、こんなにも種類豊富で(何とも貧困な語彙!)どんなに弱くとも、ある時は燦めきを放ち、ある時は嘆きの吐露であり…それらが会場に広がり、掴まえきれないほど降り落ちてくるのです。
まさに「künstlerische Persönlichkeit」であります!(私がごときが言うのもおこがましいのですが)
ブラームス冒頭のワンフレーズから涙が出て、前半は止まらず。
最後のシューベルトの後で、鳴り止まぬ拍手を両手で止められ、ライグラフ先生のことや、アンコールとしてブラームスのOp.117の第1曲目(ブラームス自身が「自分の悲しみの子守歌」と述べた曲)を選びますと述べられて音が再び鳴り始め・・・
客席のあちらからもこちらからもすすり泣きが…。

一瞬、昨年2月に亡くなられた恩師、ライグラフ先生が傍らに座っておられるような錯覚に陥った時がありました。暮れに亡くなられたライグラフ先生の奥さまもが居られる気すらしました。


かつてのクラスメイトとして、色々な光景も蘇りました。
私は日本の大学やウィーンの大学を卒業してからモーツァルテウムに入学し(どういう形だったのか、知らず終い)とても遅く短い師事(26歳から2年間弱)となりましたが、彼女は桐朋の高校を卒業して(合っていますか?)モーツァルテウムに入学され、初めて学校に来られた時のことなど、懐かしく思い出されます。Konzertstunde(だったか?全て名詞は曖昧)で、ブラームスのパガニーニ・ヴァリエーションの両巻を弾かれた時のVirtuosität!!17歳??との驚き。

と、書いている途中で一旦保存をクリックしたら、前に書きかけたところ迄しか残っていません。
想い出話を書き始めると切りがありません。旧友のお会いした話なども・・
一旦送信しなさい、ということなのかも…という訳で、続きは又。




その2は、伊原直子先生退任記念演奏会(写真追加) - 2012.03.19 Mon

(3月22日記載)

妹の千歌子から知らせを受け、「是非!」と招待の葉書を送って貰った。

遡った話を書いてしまおう。

子供とは分からないものだ……と身内の話が先になる。
私が大学2年の5月、まだ中学2年生だった妹を連れて上野の文化会館へ。伊原直子氏(当時は大学院生でいらしたと思う)演じる「カルメン」を堪能した。
私とて、まだオペラなるものは殆ど観たことのない19歳。
戸田敏子先生のお弟子さんたちの伴奏をさせて頂く機会の多かった当時、そのお一人から「先輩に凄い人が居るのよ!!」と興奮して誘われて出向いた。誘ってくれた友人は、妹の中高の先輩ということもあり「是非、妹さん連れてきて!」とも。
まだ、妹が声楽を始めるなど、想像だにしない頃。


妹は藝大声楽科に進み、戸田先生に4年間お世話になった。
卒業後は、達者に弾けるピアノを活かすべく、ウィーンの当時でいうHochschuleの伴奏科に入学し幅広く学んだし、帰国後は単なる伴奏家のみならずKorrepetitorとしても身を立て、藝大の声楽科の伴奏も務めている。声楽科で学んだこと、発音にも詳しく、又オペラを知っていることが大変大きく功を奏していると思う。(どうして藝大にはそういう科を作らないのだろう?と、いつも思う)

藝大に勤務するようになり、いつからだろう?伊原直子先生のクラスの伴奏を務めてきた。

我が夫は、というと、伊原先生は藝大時代の憧れの存在でもあり友人でもあり、退官なさるとあっては出向かない訳はない。

あぁ、前置きだけで長くなった・・・
本を書いていた頃だったら、これらを3分の1に凝縮してください、と指令が来ただろうな。


あれはいつだったか?
ついこの前の気がするが…
これだ!!
体調も万全でいらっしゃらない先生に強引にお願いし(夫が、です)、ご出演頂いた。

その後の体調のことも伺ってはいたが・・

退任記念演奏会第2部の「カルメン・ハイライト」、これが語彙の乏しい私にはどうやって感動を表現してよいか分からない。
ヨーロッパでも多くの「カルメン」に出逢ったが、伊原先生を凌駕するカルメンはおられず、改めて「伊原先生は『カルメン』を演じる為に生まれた方!その為の声を持たれた方!」とすら思ったものだった。
今回のカルメンも、体調不良など微塵だに見えず、人生の積み重ねも相俟って、食い入るように聴き入ってしまった。

おっと、評論家でもない私があれこれ述べるのは止めよう。
やはり「感動しました」で良いのだろう。

出演者(第1部の方々も)全員でのカーテンコール、シューベルトの"An die Musik"は特に涙止まらず。
先生の人生のみならず、私がそのタイトル(「樂の音に寄せて」との訳で)でCDを出したことに纏わる裏話もあり、夫は特に・・・参っちゃったよなぁ・・・と目を真っ赤にしていた。


今後はステージで是非ご活躍頂きたく念じているところです。

支離滅裂になってきたので、頭を整理して後日出直し、編集します。

追加写真は、妹中学2年、私が大学2年の5月、その「カルメン」に出掛ける前に記念写真。

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当時の我が家の玄関です。
因みに門扉は父の手製。
当時200坪の借地で、ツツジだけでも30~40本もあり、林の如き木々に囲まれた庭は芝生あり、寝っ転がって空を眺めて過ごすには恰好の場所。
幼かった頃の我々には、ぶらんこ、砂場、滑り台もありましたっけ・・・

この年の6月に借地の等価交換がなされて、この家はなくなりました。
ですから(多分最後の)想い出の一枚!

それにしても、当時の6歳差はこんなに背丈も違い…いつ追い越されたのだっけ…?


更に写真追加

当日開場前の行列
可成り早めに着いたのですが…

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(おいおい、どこ迄続くのだ?)
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休憩時、祖母のハープに挨拶
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終演後の伊原先生
(沢山撮りましたが、他の方も沢山入ってしまうため、一枚のみ)

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宣伝ではありません - 2011.12.30 Fri

が、嬉しい本家(秋鹿)からの贈り物。


秋の「いとこ会」で、バタバタしていて余りゆっくり飲むことの出来なかった本家のお酒。
それも「奥鹿之助」という銘柄の「幻の酒」と言われているものです。

もう一本の「歌垣 純米吟醸」と共に大箱が届きました。


正月が楽しみだなぁ

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ところで、こんなところに何ですが…
よく、教会員は酒を呑んではならない、と仰る方もおありですが、この本家は全員クリスチャン。
何せ、この「秋鹿」のいとこ…名簿見つからず…歌垣村に教会を建てて宣教した我が祖先。一時期は村民全員が洗礼を受けた、と母より聞いておりまして。

信仰とアルコールは別でしょう・・・




貴重なヴィデオを頂いた - 2011.12.20 Tue

あれは11月末だったろうか。
生徒たちの発表会の案内状をお送りしたお一人 - 幼稚園のママさん繋がりでもあるが、私の高校の後輩でもある方から電話を頂き、ご自身の持つ、松浦豊明先生のヴィデオを差し上げたい、とのお申し出。
私の今回の発表会の意図に通じるものがあるので、と仰る。

けれども、残念なことに分刻みで動いている日々。
拝見するならじっくり腰を据えるべきで、高慢な態度であることは重々承知ながら、現実は…目下必死で考えていることへのヒントになればよいが、そうでないこともあるわけで…※
いやいや、それ以前に結局は拝見する時間が無いのだ。

※誤解のないよう追記。
去年執筆した本の内容は膨大な量の内容で、その中からピックアップし、何とか1時間以内に凝縮する方向に工面するという、不可能なことに頭を費やしている日々。もし拝見してしまったなら、おそらく又頭が膨れ上がって収拾が付かなくなり、第1部をカットするか、或いはひと晩を第1部の内容だけで費やすことになってしまいそうだったからだ。


発表会も終わり、18日に再度お電話を頂いた。
そろそろお送りしても宜しいでしょうか?と。
何とも厚かましいわたくし(今に始まったことではない)。結局、全巻を下さるという有難いお言葉に甘えることにしてしまった。いや、可成り躊躇ったのだけれども、彼女曰く、「私が死ぬ時には、これは奥さんに差し上げるように主人に言い遺すほどですから、どうぞご遠慮なさらず」と。そうまで仰って頂いてはお断りできない。
早速、19日に届いた!何と!!VHS10本組。
バイエルに始まり、件(くだん)のチェルニー30番練習曲集、ソナチネやソナタ、ブルクミュラーなど、世間では易しい部類に扱われている曲集の数々。
1980年代に出版されたそうだが、全然存じ上げぬまま、ひたすら子育てと生徒、また自分の活動に追われていた。

テレビに繋がっている唯一のVHS再生機が壊れているため、やっと他の部屋に眠っている機器に繋げ、30番練習曲集のほんの最初だけ拝見した。
傲慢ながら、引き継いで私のライフワークとして実行に移せ、と改めて突き付けられた思いがした。

昨年の執筆中(「ピアノと向きあう」)からずっと今に至るまで、これは画像と音で示さねば意味がない、と私自身の中でDVD2-3本に収めて…、という考えだけは持ち続けているのだが、現実には難しい。如何に実行に移すか、これからいよいよ考えねば。
それこそ御心に叶うなら…ということだが…

NHK杯フィギュア女子フリー - 2011.11.12 Sat

常に批判、という訳ではなく、信じられないほどの表現に対しては、素直に感動を書いております。

でも、今日の女子フリーの結果は残念。
勿論、昨日の鈴木明子さんのショートは言葉を失うほど素晴らく、そのことあっての結果なので、合計点に文句は言いません。


ただ・・・

ヨハン・シュトラウスII「こうもり序曲」のあの振付は、どう考えても頂けません。
しかも解説者はジャンプのことばかり。

「こうもり」序曲は、単にBGMとして流れているだけでした。
どうして、ひと息つく休符のところやフレーズ的にそぐわない箇所で、何回転だかのジャンプをするのか、又その多さ。がっかりです。
めりはりを脚で表現出来なければ腕を使って、或いは洒落っ気は指先まで使って表現することも出来る。
今後世界の場に於いて「こうもり」で演技(競技)をされるのなら、是非 - 振付の方が、かもしれない - ウィーンに行かれ、オペレッタ「こうもり」を鑑賞して頂きたい、と思った演技でした。
ウィーンのオペラ座のバレエは、パリオペラ座のエトワールが振付・指導をするようになり、以前よりぐんとレヴェルアップしたと思っています。ダンサーに意見を頂くだけでもよいのではないか?
いや、勿論ジャンプの難しさは想像を絶することを承知の上で。
ただ……強引に音楽をツギハギした箇所で飛ぶのは不可能でしょう…
ワルツのリズムになった時には、やはりワルツ的ステップを望んでしまうし。
これ以上は止めます。


浅田真央さんの演技は、以前「??」と思った「愛の夢」の振付が変化していたように思いました。
ジャンプの箇所やスピンの箇所などが改善されて。脚も曲のタクトと一致するようになっていたし。
でもリストの華麗なパッセージの上昇下降に身体も屈伸方向を合わせて頂けたら、音楽家として嬉しい・・・

O lieb, o lieb, so lang du lieben kannst, so lang lieben kannst!(中略)Die Stunde kommt, die Stunde kommt, wo du an Gräbern stehst und klagst(甚だしく後略)
といった歌詞に、リストが付けた歌曲。更にピアノ曲として発展させて「愛の夢 - 3つの夜想曲 - 第三番」として世に出した作品。



騒いでしまうのは、旧採点法では一括して「芸術点」と呼ばれていた芸術的側面も「5コンポーネンツ(演技構成点)」として細分化され、「スケート技術」「技と技のつなぎ」「演技力」「振付け・構成」「音楽との調和」の5項目を10点満点で採点。ということは、「音楽との調和」に対して海外のjudgeは厳しいのでは?と思うので…。



それとは別に感じること。テレビを通じて鑑賞している我々に、あの解説は耳障り。

次々進んでいる要素の流れを楽しんでいるのに、過ぎたジャンプの話にばかりこだわりすぎ!音声をOFFにしたら音楽も聞こえなくなる訳で、野球のように解説だけ消すなどの考慮が欲しいものです。

すみません。言いたい放題・・・




アンサンブル! - 2011.09.04 Sun

新潟に住む友人が、昨日シュテファン・ランビエルの演技を観てきた、と興奮気味に知らせてくれた。
曲はラフマニノフg-mollのプレリュードだという。

フィギュアファンとしては早速検索。
生憎それは見つからなかったが(昨日の今日だ。これから?)、別なものを見つけてしまった。

ランランの生演奏での共演(上海)。
そう、こうなると「共演」の他何ものでもない。
本来かくあるべし、と常日頃思っているだけに。
まさにアンサンブル。
ある程度の妥協は互いにあるだろうし、曲そのものズバリの振付が不可能なことも分かるが、ランランの音を聴くランビエル、又ランビエルを指揮者若しくはコンサートマスターとして気配を窺いながら演奏するが如きランラン。2人のパーフォーマンス!これこそアンサンブル!!







他にも、ランビェルのみを客席から撮っている、と思しき画像もあったが、「アンサンブル」の意味で、敢えてこちらをアップ。




operetttsのこと - 2010.09.18 Sat

昨年秋、ウィーンで大笑いして堪能した、という日記を書きましたが・・・

http://allegrobunchan.blog18.fc2.com/blog-entry-353.html

しかも、この日記の中に貼り付けたサイトから、デモDVDも愉しめることも書きましたが・・・



今日、階段の掃除をしていたところ…ずっと山積みになっている書類の数々(殆どが義父宛の不要郵便物)、もう見慣れた風景になってしまい、放置に放置を重ねていたのですが、当人も亡くなり、そろそろ片付けた方がよいのではなかろうか、とひとつずチェックをしてみたところ・・・


夫が預かってきた、と言っていた(ということだけは記憶にあった)ウィーンのフォルクスオーパーソリスト達による宣伝一式がそこに積んであるではないか!これは昨年正月だったか更に前の年だったか…預かってきたようにうっすら思い出す。
確か、「日本では無理だよなぁ…」とぼやいていたことも何となく思い出した。

開いてみたら・・
そのひとつがoperettts!!!


operettts-index.jpg


しかもデモDVD入りで!!!
掃除は中断。
即刻DVDへ。

又観に行きたいなぁ・・

確かにこの演目は、オペレッタを沢山知っている人でなければ愉しめないだろうし、ドイツ語がある程度理解出来ないと・・・
夫の「日本では無理だよなぁ…」も理解出来た。

それにしても、ずっと階段に積んであるとは!!・・・
もっと早く気付いて、私に下さい!!!



Alfons Maria Mucha(アルフォンス・ミュシャ)生誕150年 - 2010.07.24 Sat

検索することがあってGoogleを開いたら・・・


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Muchaの生誕150年とのこと。

我が家は皆、彼の絵が大好きで、展覧会があれば必ず行くし、画集の類も購入してしまうほど。
父を含め、子供達に至るまで、何冊にもなっている。


それにしても、いつも感心してしまうGoogleの粋な計らい。



連日すみません……… - 2010.04.05 Mon

Trotz Ostermontags・・・


Tom & Jerryで私が一番好きなのが、"Johann Mouse"
ジェリーのワルツのステップ、甚だウィーン的
しかも指(趾も)がピッタリピアノに合っているではないか!!








これも大好きです!!
指揮台でワルツを踊る二人(正しくは2匹とも言う)のステップが素晴らしい・・・





これも。

(ピアノの構造は嘘だけど)


そして、どんなにトムが頑張っても、ジェリーが拍手喝采を浴びるのさ


スミマセン(私の知能指数…正直な…)・・・・・仕事の合間の息抜きです。今日はまだ昼も食べていない・・・・・




ガヴリーロフ 更に - 2010.03.18 Thu

続きです。


YouTubeが続々とヒットするのは大変嬉しいのですが、その手の大きさたるや!
勿論欧米人の手の大きさと日本人女性の手の大きさは比べるものではなく、その中でも極小に属する私など、とんでもないことなのですが・・・



この曲のオクターヴ連続部分を見て、あぁ、この方のオクターブは私の5度(6度にあらず)の手の形だわ……と思い、しょげ返ります。

同じくスクリャビンの、左手の為の前奏曲;



という訳で、画像を見ているとどうしても手に目が行ってしまうので、昨日はラフマニノフその他、彼のCDをあれこれ注文し、夕方早速届きました。
例の抜き取られた1976年のラフマニノフ3番が存在しないのが甚だ残念なのですが・・・


__________________________

「左手のための」で、舘野泉さんのリサイタルの感動を文章に出来ずにいることを思い出しました。
数分でパタパタと打てる内容ではないものですから。
誰しも人生、歳を重ねることの素晴らしさ、何十年もの間には誰であっても多かれ少なかれ様々な時があり、「不幸」とも思える時期もある訳ですが、舘野さんの演奏の色とりどりの音色、穏やかなトーク、ユーモア、それらに会場がすっぽりと包まれて幸せな時を頂いたのでした。

この事はいずれ又ゆっくり書きたいと思います。




知らなかった出来事(動画を追加しました) - 2010.03.17 Wed

後から書き加えた為に混乱してしまいました。
編集途中のままです。
大変失礼なことですが…



(3月14日)
おそらく私が音楽界に興味が全く無かった間のことで(音楽を職とし、音楽を愛していても、音楽界を知ろうとする時間的ゆとりが皆無であった、という意味です)、他の音楽家の方々、愛好家の方々はご存知だったかも分からないのですでが・・・


留学時代に尊敬するピアニストがいました。
私が「かくありたい」という演奏方法で弾きこなされていた、ラフマニノフの3番のコンチェルト・・・
まだLPの時代です。 記憶の彼方ながら1976年収録のものだと思います。
演奏者はAndrei Gavrilov (アンドレイ・ガヴリーロフ)。

帰国時、彼のそのラフマニノフの3番コンチェルト他、LPをジュラルミンの大きなトランクにぎっしり入れて送ったところ、そのガヴリーロフを含め、大切だったものに限って抜き取られていました。(ルービンシュタインの数枚も、恩師であるライグラフ氏の数枚も抜き取られ。Peter Minichのものが全部無事だったことから、どこの税関であろう??と思ったものです。そうだ!講習でレッスンを受けた、ネイガウス氏のLPは無事だった!!)


ふと思い出し、名前を入れて検索したところ、(日頃は全面的には信用していない)Wikipediaや、彼の空白に関する色々な情報のみならず、ガヴリーロフ自身のオフィシャルサイトに行き当たりました。



(3月18日追記)
上記Wikiと下の動画によれば…


(ゴルバチョフとの友好)



彼の波瀾万丈な人生は間もなくハリウッドで映画化されるそうです。(sollを「伝聞」と捉えると…私のドイツ語は甚だ怪しく…)
ガブリロフの絶頂期1979年、ベルリンでチャイコフスキーのコンチェルトを聴いたカラヤンが、ガブリロフに全ラフマニノフのコンチェルトの録音を申し出たにも拘わらず、ガブリロフは第2番の収録の練習日に姿を現さなかったそうですが、それが結局はソ連の国家保安委員会によって監禁されて、パスポートも航空券も取り上げられ…という…それがゴルバチョフ政権に変わり、西の世界にも自由に行き来を許される様になったそうです。

ペレストロイカのお蔭で、1984年から演奏活動の為、東西の往復も自由になり、あたかも全てを自分の手に入れた第2のキャリアとでも言える(と、他人には見える)年月を過ごした30代。音楽産業に作られた自分に疑問を感じ、3歳の誕生日以来、普通の成長を遂げる機会を失っていた、と自分を振り返り…1999年には9ヶ月以上抑鬱状態でフランクフルトの家に籠もっていた時期もあったほどの様です。

ゴルバチョフは又も、ルツェルンで祝宴の場を作る、との通り、2001年からはスイスに新しい故郷を見つけ、2008年には日本人の方と結婚もなさって、2009年からは新しい演奏活動(第3のキャリア)が始まっているとのこと、嬉しい限りです。




二つ目のリンクから'Feel free': Gavrilov plays Chopinというサイトに飛べて、そこからは2007年のルツェルン「イースターフェスティヴァル」の中で開催された、(復活した)ガヴリーロフのリサイタルより、ショパンのノクターンが自由にダウンロード出来る様です。



その他、YouTubeでは沢山の素晴らしい演奏(過去も現在も!)もヒットするではありませんか!!










最後の場面が当時の全てを物語っている様に思います。




文脈が乱れに乱れていますが・・・
留学していた頃、まさにロシア人の凄まじい鍛えられ方を耳にしていました。
芸術家、或いは何か専門職を持った人たちが国家から優遇され保証を受けていたが為(どこかに書きましたが、並ばずとも食糧を得、所謂普通の生活を送ることが出来ていたレーニンの時代)、才能が見えるや、特訓に特訓を重ねて国際コンクールに登場する若手。広い広いソ連の、地域のコンクールをクリアすると州のコンクールに、それをクリアすると・・・と、最終的に国家のコンクールに入賞した人たちが国際コンクールに来たのですから、ロシア人が上位入賞を掻っ攫っていくのは当然でした。そこ迄の努力と忍耐たるや、我々の想像を絶するものだったのでしょう。

丁度1978年から数年間は、西ベルリンへ私自身の演奏会や収録の為、何度も東ベルリン経由のAeroflotで足を踏み入れていました。
東ベルリンからはバスで西ベルリンに入るのですが、風景はガラリと変わる。走っている車の型も。
途中の検閲でパスポートを持って行かれて、バスは1時間以上停車。
「東は怖い」というイメージでした。具体的な東の事は何も知らず。


壁崩壊からこれだけの年月が経って、公開される事柄も多いのでしょう。ロシア人自らが語るので・・・













テレビはオリンピック一色 - 2010.02.25 Thu

テレビを点ければ常にスケート、スキー、フィギュア・・・
何となく見てしまうのもあと数日。

音楽が関連するので、ついフィギュアのことを日記に書いてしまうのですが・・・他の競技は、点数でスパッと出せるので気持ちよい反面、まさにスポーツのみ。

フィギュアの採点が「技術点」と「演技点」(日本語訳)に分かれる様になって久しいです。
テレビの解説では「技術点」ばかり取り上げていますが、「演技点」も半分なのですから、そちらで点が取れることも考えた方がよいのではないか…と常々うるさい私です。

http://www.asahi.com/olympics/about-the-sport/selection/TKY201002050231.html

後者には表現力、振付、曲の解釈といったことが含まれていますが、まず曲を決める訳でしょうから、曲を如何に解釈し振付をするかが最初なのではないか?と思ってしまいます。いくら曲が素晴らしくとも、一旦振付が難しい、となったら潔く曲の変更をすべきかも分からない…音楽の起伏や調性、テンポ、様々な曲に使われる要素(つまりは音楽での楽典用語に匹敵する事です)にフィギュアの技術を当て嵌めて、それから如何に表現するか、練習が始まるのだと思います。
全てこの辺りは振付師やコーチに責任がかかって来る訳で、演技する側には「お気の毒でしたね」となることも。

先日の女子ショートプログラムも皆さんそれぞれに素晴らしく感激しましたが、やはりこの辺りが気の毒に・・・と思ってしまう方も多くて。例えば曲を無理にカットして繋げる。無理に繋げれば演技している側にも無理が来る。そこで転けた人も居たのはそういう事ではないか・・・音楽の流れが表現すべき事と別方向に行っている訳ですから。
音楽と、素晴らしいジャンプが一致した時には、結果として表現力で高得点にもなります。
振付にはプロの指揮者や作曲家が加わってアドヴァイスしても良いのではないか?と常に思うこの頃です。
演奏家も、「楽典用語」が単なる用語とならぬ様に、作曲家が記入した理由を考えたり、自分が如何に感じて表現に繋げるかを日々試行錯誤しているのですから。


明日もテレビ・・見られるだけ見てみようと思っています。
相変わらずの毒舌、と思われそうですが、私にとっては何でも勉強になります。

感謝を込めて - 2010.02.24 Wed

ベーゼンドルファーの調律師であられた神谷修務さんが亡くなられてしまった・・・
お通夜に参列させて頂きました。

去年の11月、府中の森ウィーンホールでの調律をお願いしてあったところ、別な方がいらして、闘病中である旨お話しくださいました。お大事にお伝えください、とお願いしたところ、数日後に「入院中なんだよ」とご本人より電話にて、抗癌剤治療や肺に溜まった水を抜く辛さから、私の夫にもくれぐれもタバコは止める様に伝えて、と逆に心配下さっていました。
でも、薬による治療が無い時には仕事もなさっている、とのことでしたから、又コンサートの折にはお願い出来る様になるのだろう、と信じていたのですが・・・

「日本ベーゼンドルファー社」がまだ平河町の砂防会館内にあった頃、「日墺文化協会」が設立されて暫くそこの一角を借りていた1980年代、協会設立に関与した夫の用事に私も何かと同伴し、日本でもベーゼンドルファーとはお付き合いが始まりました。ウィーンに居た頃には学校のレッスン室もホールも、演奏会場も全てベーゼンドルファー。下宿での練習もベーゼンドルファー。ですから帰国後も引き続き今に至るまで、本番ではベーゼンドルファーを選んで30年近くになろうとしています。自宅でも、ウィーンから持ち帰ったベーゼンドルファーを今でも一番使用しています。
調律師は大きな縁の下の力持ちの存在です。

神谷さんには我が家のピアノのみならず、私の好みを知っておられる調律師としてホールでも助けられていました。
丁度今、プロフィールの音楽にアップしているシューベルトの連弾も、当時のカザルスホールに、ベーゼンドルファーのインペリアルを無料でお借りし(シューベルト記念の年のコンサートだったと思います)、調律は神谷さんでした。
CDも、ヴァイオリンの小森文子さんとの「フランス派ヴァイオリン曲集」、リサイタルのライヴ「名曲のたのしみ」の調律もです。
特に「名曲のたのしみ」の折には、私の乳癌のみならず、まだその時には不明であった「多発性筋炎」の為、握力が甚だしく低下しており、その事を考慮して出来るだけ音量の幅が出る様に、つまり弱音が限りなく出、しかも粒が揃うように整音下さったのではないか、と思っています。
音色はしっかりCDに残っています。
神谷さん、有難うございました。
心よりご冥福をお祈り致します。



男子フィギュアフリー - 2010.02.19 Fri

仕事をしていて途中で気付いた!
フリー始まっている!

こういう言葉は烏滸がましいながら「皆さん素晴らしかったです!!」

途中、シューズの紐が切れてしまい、それにも拘わらず大急ぎで時間内に処置をして続けて演技をした織田信成さん。
立派でした。

スイスのLambiel氏も素晴らしかった!ただ、最初の静かな音楽が淡々と流れている中(だと記憶)、何度もジャンプをしたのが何となく違和感。「乾杯の歌(椿姫)」になって感動!!

アメリカのLysacek氏、シェヘラザードの音楽と全く違和感のない演技。どうしてだろう?と思うに、ジャンプがタクトに合っていることも理由のひとつか?以前どこかに書いたのですが(うるさい、しつこいオバサンですみません!!!);
音楽家の目で見ていると、例えば曲の中に前打音として複数音があった時に、その前打音をどの様に入れるか、という選択があります。アウフタクト的に入れるか、強拍の頭に合わせて入れるか。これは曲想や時代にもよるのですけれども。
ライサチェクのジャンプはアウフタクトに入れて1拍目で着氷するか、或いは1拍目でジャンプして後打ちのタクトで着氷するか・・どのジャンプもどちらかだったのではないか?と思う。中途半端な位置ではなく。後できっと再放送されるので確認してみます。
その様な跳び方をしていると(意図的にか無意識にかは分かりませんが)、観ている方も何となく安心出来るのでしょうかね・・・

高橋大輔さんの演技も素晴らしくて、怪我からのリハビリの様子がいつかテレビで放映されて拝見しただけに、固唾を呑んで見守ってしまいました。感動でした。銅メダルまで取られて、本当にどれだけ辛い練習をされたか。
それと4回転にまで練習で挑んだので、3回転にはゆとりがおありだった??と思ってしまう程…

プルシェンコ大ファンとしては、今回の演技は少し残念なのですが・・・でも、やはり3年のブランクを経て(股関節の手術でしたでしょうか?)4回転への挑戦!!流石キャリアのある方は違います。自分を知り尽くしているのでしょう。

と、見終わった感激の勢いで書いてしまいました・・・
又ゆっくり整理・編集するかも分かりませんが、送信!!


______________________
以下、翌日の書き加えです。


回転数がそんなに大切なら、靴を改良すればよいでしょう・・と某ニュースを読んで思ってしまいました。

その方向に進むのなら、靴の改良(改悪??)も進むかもしれないです。
回転数を増やすには滞空時間を増やせば可能になる訳で。
目下の標準的なスケート靴では4回転が限界なのでしょうが、これ以上を狙うならあり得ることです。
とは言え、練習で5回転出来て本番は4回転だろう、とは思いますが…。

私個人は、如何に音楽と一致した表現を氷の上で見せて下さるか、音楽のフレーズや転調・ハーモニー、起伏などのドラマを身体で表現する方向を望みます。

ペレストロイカは名ばかりの時代、まだ特殊な技能を持った人たちだけが優遇されている頃に生まれ育って頑張り抜いた少年時代に壁崩壊・・・ まだ西ほどとは言えずとも、並ばなくても肉も手に入る、ハンバーガーも普通の人が買える・・・(努力の理由とは関係ないかも分かりませんが、ともあれソ連からロシアへ。敗戦時の我が国の頭の混乱と共通点を感じてしまいます。日本は物が無くなった訳で、深く考えている暇も無かったでしょうけれども…)

音楽の国際コンクールも、丁度私達の時代には「Russen(ロシア人)の来ないコンクールを狙う」という合い言葉の様なものがありました。彼らは、国内でのコンクールの為のコンクール、その又更にその為のコンクール・・・と、いくつものコンクールを勝ち抜いて国外に出る事が許されるので、完成度には他国人とは雲泥の差がありました。

追記でした(纏まらなくなったので放置ですみません)。

勝負に出る時 - 2010.02.19 Fri

オリンピックを見ながら、遙か昔の自分を思い出してしまう。
1970年代の中、約3年間のことだけれども。

日本に居た頃は何の取り柄もなく、手は小さく(9度も使えない)恩師からも国内のコンクールを受ける候補にすら挙げられずにいた私が、留学してからどの師にも国際コンクールを勧められ、チャレンジしたことを思い出すのだ。

自分でも弾きたいと思っていた曲でもあったが、手の小さい私は「自分の武器」を作らねば欧米の大きな手を持ったピアニストには太刀打ち出来ないことは火を見るよりも明らかで・・・
必ず認められ、というよりも注目されるきっかけの曲は、いくつかのエチュードだった。
例えばショパンのOp.25/6、所謂「三度のエチュード」。メトロノーム記号では二分音符が69という速さが書かれてある。つまり四分音符に換算すれば138の訳だが。この速さでも難しいと感じる人も多い中、無謀にも四分音符で168に挑んだ。右手だけこの速さで楽に弾け、しかも左手で音楽を(会話の様に)豊かに表現すること。右は靄の中から現れる様なイメージ。
リストの超絶技巧練習曲の「鬼火」も同じ様なテンポで、そして不気味な雰囲気を醸し出したい、と。
全て自力で工夫した。
それ以前にはチェルニー60番などから重音のエチュードを、これで単なる指の瞬発力や指先の素早い動きを鏡を見ながら工夫した。

この2曲だけでも国際コンクールで目に留めて頂ける存在になれた。他にも数曲「この曲なら」というレパートリーもあった。
ミュンヘンの打ち上げでは審査員達からそれらのエチュードに関して質問攻めとなったこともあったっけ・・・遙か昔の1977年の話だ。


・・・と書くと傲慢は重々承知ながら・・・ただ、常に自力で試行錯誤を繰り返していた事は、今振り返れば書いて構わなかろうと思う。


目下フィギュアでの4回転ジャンプなどが騒がれているけれど、勝負を決めるのであれば日頃は150%確実に決めねばならない筈だ。
という事は練習時には5回転ジャンプが100%出来ていなければ駄目なのではないか?と思う。その他の競技も然り。

さりとてフィギュアは回転出来れば良い、というものではなく、音楽との一致が欲しい。

度々執拗ながら、大のプルシェンコファンとしては今回のショートでの彼の演技はがっかりした。
「アランフェス協奏曲」であんなにグルグル回ったり勢いある表現をしたり、流れている音楽とは無関係な表現・・・
一旦壊した脚をカバーし、温存しているだけなのだろうか?

いくらオリンピックと言えどもフィギュアは音を伴った芸術だと思う。
芸術とは「大変さ」を見せてはいけない。




「あめにはさかえ」の原曲 - 2009.12.24 Thu

Frohe Weihnachten !
Joyeux Noël !
Merry Christmas !


プロフィールのBGMのひとつを変更しておきます。
Mendelssohn作曲の所謂讃美歌「あめにはさかえ」の原曲です。
以前にも書いた通り、クリスマスとは無関係で、印刷技術を発明したグーテンベルクを讃える祝典に向け、メンデルスゾーンが作曲した、"Festgesang zur Säcularfeier der Buchdruckerkunst" より第2曲"Lied"です。

再生不可能の場合はこちらよりどうぞ。26日まで載せておきます。

(音源は生徒とのアンサンブルです。)



今日は夫、娘と共に教会でイブ礼拝に出席。
食事をして帰宅。
娘の夫も仕事を終えて一緒にケーキで祝い、讃美歌を歌って過ごしました。

アカンサス - 2009.12.10 Thu

「アカンサス」と言えば何よりもまず、我々の母校東京藝大の校章に用いられた植物。
(校章見当たらず…見つかりましたらアップ致します)
元はナイル川のほとりに自生する植物らしいのですが(古代ギリシャのコリント式建築の柱の模様などに用いられています)、我が家の庭には春から初夏、放置するとどんどん繁って行きます。
以前もアップしましたが…

葉が生い茂り;
DSCN6727_convert_20091210111931.jpg

やがてどんどん花が咲き始める;
DSCN5187_convert_20091210111746.jpg

その校章から名前を取って結成された弦楽合奏団「アカンサス」。これは私の在学中にもよく掲示板にポスターが貼られており知ってはいたのですが・・・

ウィーンに留学し、知り合った友人が学生時代「アカンサス」で演奏していた…と、当時のカセットによる録音を聴かせてくれました。(感想は書かずにおきましょう…当時20代前半が最多年齢だったのですから…)

そのカセットテープを聴かせてくれた友人は我が婚約者となり、今では孫も持つ我が伴侶となっている訳です。



数年前から再結成をして練習が頻繁にあって…と話していました。
「アカンサスII( Acanthus2 String Ensamble Tokyo )」と称して活動を始めたことも聞きました。
一昨日コンサートがある、しかも今回は杉並公会堂という我が家からはバス一本・・・

当時の学生たちが半世紀近いそれぞれの人生を歩み、それはソリストとして、海外のオケ団員として、或いは大学で教鞭を執り、又家庭を持ち子供を育て・・・そして再び結成。
テクニックは勿論のこと、演奏内容の円熟ぶりに(こういう表現は諸先輩に対して本当に失礼なのですが)、人生って何て素晴らしいのだろう!!40年の年月の間の苦しみや悲しみを経て再び集い演奏しているその内容…ひたすら感動でした。

http://ssl.netpia.jp/sshop/suginami/cgi/shop_more.cgi?code=362

上のサイトは順不同です。
(12月11日に開いたところ既に消えています)

前半は指揮なし(エルガー、ヴォルフ、ヘンデル、プッチーニ)。後半は指揮あり(チャイコフスキーの弦楽セレナーデ)。
ソプラノの客演、三縄みどりさんのアンコール、Amazing Graceのピアニッシモの美しさは今でも耳に残っています。

大ホールが満席であったことも書き加えておきます。

(もし関係者の方がお読みになっていらっしゃいましたら、「打ち上げに厚かましくもご一緒させて頂き、有難うございました。」)

頂きたてのYouTubeをどうぞ。


Exhibition(フィギュアの) - 2009.10.27 Tue

昨日,何か日記に書こう…と思ったまま過ぎてうたた寝から覚めたら朦朧としてすっかり忘れてしまった。


昨日の夜はフィギュアのエキシビションを見た。
日本人の何と素晴らしいこと!!
競技で,このキャラクターは使えないのだろうか?やはり競技となるとジャンプや何回転するか,が最優先されてしまうのだろうか?
浅田真央さんも素晴らしかった。次に登場したプルシェンコがいつもより霞むほど(10年来の大のプルシェンコファンとしては認めたくないものの)。

いくら競技でもエンターテイメントの競技であって欲しい。

その後,高橋大輔さんのリハビリの苦悩の日々を拝見し,自分のリハビリを思い出して脳がそこでストップしてしまったのだった・・・
NHK杯では,苦労あってのエンターテイナーぶりを技術の裏付け,柔軟になった身体で表現してくれるに違いない!!と,おこがましくも確信した。
あのパントマイムを取り入れたり,剽軽な仕草への振付師の素晴らしさにも乾杯!



選曲に疑問 - 2009.10.18 Sun

先日も書いたので,余りに執拗かも分からないが・・・


どうも選曲で損をしている気がしてならない。

浅田真央さんの年齢とチャーミングなキャラクター。
あのラフマニノフのcis-mollの前奏曲は,あの振付には重すぎる。
低音に常に刻まれているリズムを全く無視して滑るしかないのが何とも…

同じラフマニノフであるなら,しかもオーケストラの音を希望するのなら,第3番のピアノコンチェルト終楽章は良い。或いはメンデルスゾーンのヴァイオリンコンチェルトe-mollの終楽章(E-dur)や,ラヴェルのG-durのピアノコンチェルトも振付に合う気がする。

世界レヴェルでは芸術点も損をするし,曲が合わないと折角持っている筈の技術も出し切れないのではないだろうか?

と,私がぼやいても仕方ないのだが・・・


純正オルガンの歴史(娘の文章です) - 2009.10.16 Fri

離れて住んでいる娘と同じ時間帯に同じテレビを双方とも途中から見てメールをやり取り。
私には到底纏まらない内容を…娘に頼んだらサラサラっと書いて送ってくれた…

という訳で,下記は娘の文章そのままです。

___________________________________________________________

先日Leipzigの楽器博物館で見付けた謎の楽器。


説明を読んだが分からなかった鍵盤




取り敢えずオルガンの発展の中で
誰かが何かやり過ぎて訳が分からなくなった、
という認識でスルーしつつも面白いのでフォトシュート。



先日の旅では何かと芸術だとか音楽学という単語を目にした。
Leipzigには音楽学の大学があるし、
Wienでも宿泊したペンションのすぐ傍の目立たない建物の
入り口にも何やら音楽学校らしき看板があった。
宿泊先は市場の脇でアジア人も多くアジアンマーケットも多い区画。
変な場所にあるもんだなと思った訳なんだけど。



今しがたBSで見掛けた番組で
「純正調のオルガン」を探してベルリンからウィーンまで往くという
中々奇特な内容のものがあった。
こういうのは詳しくないので内容は省く(専門家に任せる)が
かいつまんで言えば
現在の音階は昔から同じ音の幅だった訳ではなく
様々な研究が重なりながら取り敢えず今の音階に至った訳だ。
今の音階もオクターブ(ドから上のドまで)を分ける
あの音程も「平均律」との名前とは裏腹に
完全な等間隔では刻まれてない訳でして。
そんな理系の仕事の中で現れた、
正確な幅で刻まれた音楽重視の間隔の音、それが「純正調」。



で、その純正調の音階のオルガンを所望したのが
昔のドイツ皇帝。
で、依頼されたのがひとりの日本人男性「田中正平」。
色々試行錯誤を重ねた結果、彼はそれを完成させたらしいのだが
如何せんドイツと日本は敗戦国。情報も消失したものがあるんだろう。
…が、今でもその純正調のオルガンを使っている場所があると言う。
それがどうやらウィーンにある音楽学校。



入り口見て吃驚した。
だって其処、宿泊先の御近所さんにあった謎の学校らしき場所。
内部は綺麗でちゃんとしたホールもあったんだけど。
其処にあったのが、
鍵盤の上に大量のボタンが配置された不思議な楽器。
この形、どっかで見覚えが…
………って、Leipzigで見たあの謎楽器じゃねーか!!!
ボタンの形はちと違うけど配置は一緒じゃねーか!!!!!
うん、やっと分かったよ、あの謎楽器の正体。
鍵盤が勿論一般的に演奏される部分なんだけど
上の大量のボタンも細かい音程を示す「鍵盤」だったのだ。

(2017年9月、写真↓追加)
DSCN5390.jpg


番組の旅人は西村由紀江。
101回目のプロポーズのピアノ弾いてた人なんだけど。
猛特訓の末弾いてましたよ、アヴェ・ヴェルム・コルプス(確か)。
いやなんか…
音声が無ければ音楽を奏でているって分からないね、あれは。うん。




そんな偶然の、時間を掛けた大発見でありました。

_________________________________________

番組終わりの方で,伊藤博文がドイツ皇帝に謁見した折,皇帝の「田中正平はどうしているか?」との問いに,伊藤が「ぽかーん」(テレビではそうは言っていませんが)と答えに詰まっていたところ,「ドイツ人誰もが知っている田中正平を日本人の代表が知らないとは何ごとだ!?」と怒った,との逸話もありました。

段々と娘の代筆にならぬよう,頑張りたいと思います。


ジャパン・オープン2009 - 2009.10.03 Sat

夕飯の途中から、テレビでフィギュアスケートを放映していることに気付いてチャンネルを変え、ずっと見ていた。

いつも思うのだけれど、演技と音楽との間に関連性の無い振付の何と多いことか!


人間には「心臓の鼓動」という、生まれながらにして持ったタクトがある。
それを無視した振付では転んでしまう。その様に見受けられる選手の如何に多かったこと…。
勿論、今日の演技はリハーサルの為のリハーサル(更にその為のリハーサル…)。技術的に怪しいところ、難しいところは転んでこそリハーサルになる訳だろうが、それ以前にどうも振付が気になってしまう。

騒がれている、浅田真央さんの「鐘」とやら・・・ラフマニノフのOp.3/2のcis-mollのプレリュード。今日の振付では1拍目が全く無視されている。身体が付いて行く筈がないのでは??
ひたすら流れる表現をしたい(させたい)のなら、弦のメロディックなラインを持つ曲を選んだ方が良い。
ラフマニノフの、底に常に刻まれている二分音符の1拍目と四分音符の3拍目4拍目のリズムのある曲を使う事に、はたして意味があるのだろうか?

他の選手たちの失敗も、リズムを無視した(或いは音楽を無視した)流れの振付にも原因がある気がしてならない。


ハープの上昇する音型にうまく回転が合った時は成功した!と思うし、弦と打楽器のトレモロの部分にスピンを入れている部分にクライマックスを自然に感じさせてくれる部分もあった。が、美しい旋律が流れている箇所に何回転もするジャンプを入れることに意義はあるのだろうか?それなりの音楽的な場所に入れたら・・・
細かく速く刻むリズムの箇所には、足の爪先と踵を上手く使って刻めないものか?それが無理なら手・腕の動きで助ける等・・・
身体は正直。
ピアノでもタクトを無視したら音楽が死ぬ・・・という表現を当て嵌めてしまっては良くないかも分からないが、全身を使って表現する芸術であるべきフィギュアスケート、尚更ではないだろうか?

ライプツィヒの日記を編集しました - 2009.09.21 Mon

9月5日の日記を編集しました。

(リンクしない場合は下記からお願い致します)
http://allegrobunchan.blog18.fc2.com/blog-entry-325.html

娘から画像を受け取り(前にも書いた様に、私のカメラは手ぶれ機能が無い為に、フラッシュなしでは室内が撮れないのです)、メンデルスゾーンの家の中の写真を沢山載せました。

又、その日の夜の演奏会も、甚だ貴重なプログラムだったことが分かり、書き加えました。



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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
★このブログや大元のサイトへの感想やお問い合わせはservus2008@gmail.com宛に@を半角に直して送信願います.
【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2020 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
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