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2019-10

記録が遠のきました。4歳児のまむし指その他のその後。 - 2019.09.29 Sun


(5月〜6月の画像記録)

数ヶ月一人で指練習をさせていたら、手首は縦に振る、親指のまむし指は復活する… の今年の春。工夫を重ねてレッスンしていますが、見本を隣りで示すのに、大人にはハンディを付けねば。。。私とてオクターヴしか掴めない小さな手ですが、幼児と並べて弾いたら幼児とは可成り違う形になる訳です。

本人には消しゴムを載せて落とさないような親指のくぐらせ方を体得させていますが、隣りで弾く私は「ハサミ」を乗せてもゆるやかな手首の動きで「落としません」の手本。




『ピアノのテクニック』でも、隣りで私は「メトロノーム」を手の甲に乗せ、「縦揺れしたら落ちますよ」の手本。




糅てて加えて、繋げて弾く「6度の連続」。本人はやっと掴めるようになった6度!!私も「辛うじて触る」程度の9度で、隣りで手本を示す💦💦こんなに拡げていたら繋がらないだろうなぁ…と思いながら。



そんなこんな。6月初めの勉強会では、音校生や大人の方達に混ざって練習中の曲を弾かせました。
…どうやってもアップ出来ず、fc2の動画サイトに飛ばせることにします。
スマホで開いてみたところ広告に溢れていて、引っ繰り返りそうに吃驚しました。すみません!(引き続き方法を調べますが…)
やっと6度が届くようになった手の勉強会

スマホで表示されない謎。最後の</a>まで表示されないのですよね。もしや文字数が多い??
実験;
やっと6度が届くようになった手の勉強会

表示されるようです。広告だらけですが動画は表示されます。


[ 追記 ]
ついでながら、その時のプログラムより、その子供の部分のみ(変奏曲は私の拙いアレンジです)。

*バイエルピアノ教則本Op.101:Nr. 65, Nr.66
*「みつばちマーチ」による6つの変奏曲 by奥 千絵子
テーマ:作曲者不明の歌。但し小さい生徒さん達が言うタイトルは年代によってバラバラでした。1980年代は「バナナの国」、1990年代や2000年代は「小犬のマーチ」や「みつばちマーチ」(英語ではこの曲を「Bee March」と呼ぶそうです)、よって曲のタイトルも生徒により転々。
(タッチは左手【E】、右手【D】と【M】)
第1変奏:左右のアーティキュレーションの違いに慣れる練習(タッチは左手4分音符【E】、2分音符【M】、右手は【D】)
第2変奏:加線に馴染む練習(タッチはforte【G】〜【H】、piano【E】)
第3変奏:短調に馴染む練習(タッチは【D】)
第4変奏:全音音階に馴染む練習(タッチは【C】〜【D】)
第5変奏:臨時記号に馴染む練習(左手のタッチは【G】〜【H】)
第6変奏:ヘ音記号に馴染む練習(左手のタッチは【E】、右手【D】と【M】)
(幼児には、タッチの種類分けをアルファベットで教えている訳ではありません。大人の方たちに分かり易いという便宜上)



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ハノン生誕200年を記念するレクチャーと試演 - 2019.09.16 Mon


去年の暮には「ハノンの発表会でもするぞ!」と意を決し、年賀状もハノンを泣きながら弾いている雌のイノシシにしたのですが・・・💦

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前の日記に書いた通りで、気付けば真夏!
会場を押さえるのも(内心、億劫さが先立ち)「多分無理だわ」となり、でもお世話になったハノン先生!
何か形にしておきたい。
我が家にて、生徒達も試演し、メインは私の「ミニ・レクチャーと試演」の勉強会を行い、年内もう1〜2回行えれば…ということに落ち着きました。
急遽7月末に(8月初めか?)メールで参加者を募り、9月の8日と14日に(試行錯誤の段階ながら同じ内容の)第1回目を終えました。

レジュメは以下。
タイトルは「Charles-Louis Hanon 生誕200年を記念して ハノンの活用法を考えるレクチャーと試演」ですが、いつものように画像をピクセル数を決めて縮小するちょっとした手間すら気力は失せ、取り敢えずサムネイルをクリックすれば実物大で表示されます。すみません!!

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最初は版について。表紙に写真を載せた版の中身の違いを説明。
Schott版やPeters版、その昔の(昭和33年に発行された)音楽之友社版のメリットを主に。

・・・と書いたものの、「どうぞクリックで拡大の上お読み下さい」で片付けます。

「特にショパンの作品には音階・アルペッジョの原型が盛り沢山、(練習せずとも弾ける)些細なパッセージに繋がります」ということで、ショパンの有名処12曲ほどから「音階やアルペッジョを含む些細なパッセージ」をピックアップして試演(ポロネーズ、バラードあれこれ、プレリュード、ファンタジー、ワルツ、など)。最後はコンチェルト第1番の第3楽章コーダ全部。
終わってから思い出した。それらの曲をそのテンポで弾くには、ハノンの楽譜のメトロノームは遅すぎ、勿論練習中の曲のレベルによってなのだが…といったことを添え忘れた。


その後、生徒達の試演。
①どの指も均等に、かつ強靱に鍛える目的で、拙著のタッチ【A】と【B】によって練習中の「バリバリ系」のハノン、及びその応用曲
②ハノンと言えども、レガーティッシモで鍵盤に指が吸い付くかの如く、且つ指〜腕の重さを使い分けるタッチ【C】〜【D】でJ.S.Bachの2声インヴェンション、2声それぞれを起伏豊かに表現する(ハノンをそのタッチと調性で弾いた後)。
スタートは5歳児、1拍遅れで表情もカノンにするハノン第1番。および練習中の曲から左右で独立した表現を要求される曲など。以降は必ず2声のインヴェンションを必ず入れて頂き、1人あたりマックス20分(希望的…)を自由に使っていただく。


休憩を挟んで、ハノンの楽譜には載っていない、更なる応用。
ハノンは1900年に逝去していますから、それ以降の時代の作品にも応用出来るべく工夫を凝らした練習が必要です。
先ずは近現代の技法を説明。
全音音階、多調、複調(Bitonal)、無調、十二音技法、三全音(Tritone:トライトーン)、教会旋法など。
指もですが、耳がそのような音に先ず慣れるべきです。
ハノンを全音音階で弾いたり、形は易しい1番を、右手C-dur、左手E-durやA-durで弾くBitonal辺りから始め、頻繁に使われるトライトーン(三全音)や、オクターヴを3つに区切った二全音ずつのアルペッジョも必要。
曲例はプリントの通り。
日本語のルビを振り忘れました

我が恩師の一人、Dr. Josef Dichler教授が作曲された"6 kleine Stücke(6つの小品)" サブタイトルは "Zur Einführung in die modern Musik(近現代音楽への導入)"
この曲集がなかなか素晴らしく出来ていて(と私が発言するのは躊躇われますが)、今回は1曲目と4曲目しか使いませんでした。

全6曲は;
1. Spiel in zwei Tonarten (Bitonal) : 右手がC-dur, 左手がE-durの調号で書かれています。
2. Kleine Rhapsodie:主に「鋭い非和声音」を使うことでの伴奏やハーモニー。
3. Zwölftonspiel : 十二音技法
4. Gavotte(途中1. Musette, 2. Musetteあり):主な技法は教会旋法
5. Bittendes Kind :
6. Thema mit drei Variationen
(流石に、細かい文字のドイツ文を簡潔に訳すことが段々億劫になり…そのうち音源でも作りますか…)


4曲目の1. Musetteは右手が「リディア旋法」、左手は音が4つしかないですが「ミクソリディア旋法」か…

湯山昭先生は、生徒たちや我が娘(今はアラフォー近し)が子供の頃に、子供の為の作品を披露するコンサートで弾かせて下るなど、良い経験をさせて頂いたものです。奥様が「こどもの国合唱団」を主宰されていらしたので、そこでもとてもお世話になりました。
そのような当時、「バイエルは駄目」と、3巻からなる「こどもの宇宙」という、レベル的にはバイエルであっても、近現代の響きや技法に慣れるべく、素晴らしい教則本を出版なさいました。
その中から複調(Bitonal)を取り上げました。
その繋がりでDebussyへ。映像第1集3曲目"Mouvement"の中間部、左右が位置的に混ざる分散和音、横に流すと…6声の同じメロディ、複調とも多調とも捉えられるし、縦に耳を澄ませばトライトーンが潜んでいて不思議な響き。その一番輪郭になるメロディはC-durとも取れるし、基になるイオニア旋法とも取れる…云々。

十二音技法を軽く説明し、最後はAlban Bergのソナタ、提示部のみをごく軽く「技法の説明」をしながら試演。
更に、そのDebussyの例の箇所の音型のまま、メロディを日本の童謡にして弾いたり、モーツァルトのソナタを右手と左手で違う調で試演するなど。

「それにはハノンをどのように」となる訳です。
この課題はまだまだ続けます。その上で、何とか60番まで進めたいものです。

配布した譜例は、著作権に引っ掛かりそうなので省略。

8日は折しも台風が来るとのことで、3時間半強で端折り、14日は4時間強に押し込もうと必死。
我ながら、何でこんな小難しい内容になってしまったのだろう、最初は「楽しい内容」として組んだのに・・・

でも、大切な内容だと信じているので〜〜・・・


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災害に比べたら何も言えないが… - 2019.09.15 Sun


何だか慌ただしい春夏だった。
実際には慌ただしくないのかも。多分うたた寝ばかりしているから使える時間が少ない!
諸事言い訳ばかりで、このまま老いていく気がする。


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[眼科通い]
私の目はショボショボの常。この13インチのMacBook Airでは益々目が限界。
画面の大きな物を(も)買わねば、と思いつつ2年が過ぎた。
目が干からびては点眼薬5種類(シェーグレンとして処方されている)を日に何回も点す。管理は眼科。


・:*・∴・*:*・∵・*:*・∴・*:**:*・∴・・:*・∴・*:*・∵・*:*・∴・*:**:*・∴・
[歯科通い]
去年の今頃に通って痛みを訴えた歯。当時治療に通い、一件落着したのだった筈が、1年経って痛み再開。
ガムを噛んで誤魔化している訳にも行かず、同じ歯科へと甚だ重い腰を上げた。
結局レントゲンを撮る角度が90度違っていたため、亀裂が発覚しなかったらしい。目視にて判明し、しかも歯の詰め物をほじくった奥の肉の部分に膿疱があるとか。それが痛みの元凶らしいのだが、1年ぶりに通って、今なおやっと仮歯状態。まだまだ続きそう。今日も治療中の歯が違和感。


・:*・∴・*:*・∵・*:*・∴・*:**:*・∴・・:*・∴・*:*・∵・*:*・∴・*:**:*・∴・
2年半前に傷めた肩の治療も未だに週2回続いている。
加えて膝関節の痛みも。


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[壊れた日常用の眼鏡]
極めつけは、日常用の遠近(遠中近)の眼鏡が壊れた!
縁無し眼鏡なので、レンズに穴を開けて耳への「つる」(固有名詞正しくないかもしれない)と繋げているデザイン化された蝶番がどんどん緩む。緩んでは締める、それがとうとう週1回締めることになった。小さなネジを小さなネジ回しで。その頻度がとうとう1日に2〜3回となっては…見てもらったところ、そのネジ近辺(これも固有名詞分からず)が折れているそうだ。作るには纏まった時間が必要。
仕方なく、日常生活は10年も前に作った「遠中近」ならぬ「遠中」でしのいでいる。「近」は裸眼。
差し当たって文字は小さくとも、パソコンはブルーライトカットのものを使用、ピアノは譜面台に合わせた10年来のモノで度は合わないが、何とかしのいでいる。運転用は別にある。
コンタクトレンズが使えた頃は便利だったなぁ…
何しろ日常生活が捗らない。いちいち場面によって眼鏡を取り替えているから。
亡くなられた「眼鏡屋のおじちゃん」。何かあれば丹念に、気の済むまで検眼やレンズの度を替えててくださっていたし、子供達が小さい頃から「何かあったら眼鏡屋のおじちゃんのところに逃げるのよ!」と教えるほど、この地域の助っ人でいらした。


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あ〜〜〜、やれやれ・・・1つずつは大したことないのに、重なると気が重い。老いるとはこういうことなのだ・・・
ぼやいていても仕方ない。ひとつずつ気になっていることを片付ける。


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[初のデスクトップ型購入]
ショボショボの目を解決するためにはパソコン購入! 友人お薦めの27インチのiMacを購入。初めてのデスクトップ型。
秋になると新しいversionが発売されてややこしくなるので、目下の最新Mojaveを、とピアニストなのにパソコン博士のような友人にいつも助けられている。
8月にヨドバシに出向いて既に購入してあるのが…如何せん大きい!巨大!! これを開いてしまったら、AppleCareと電話でのやり取りも始まるだろうし、2〜3日間設定に追われることは間違いない。
しかも、パソコンが更にグレードアップしたら「同期」しているiPhoneはついて行けるのだろうか。いつも「アップデートしますか」と表示が出て、「今直ぐ」「後で」の選択肢を「後で」にして5年半が経っている。サクサク動いているから気にも留めなかったが、今日こそ! と「今すぐ」を(意を決して)タップ。何度もリンゴマークが出ては勝手に再起動を繰り返す・・・読み込みに2時間もかかってしまった。そして可成り風景の違う最新ヴァージョンのiPhone5sとなった。「あれはどこ?」「あれはどこに行ったの?」と「設定」の中を探しまくりながら、使い方もやっと5年分慣れた。
そして又購入したまま放置の27インチの大きな箱を眺める…


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[巨大なパソコン]
何しろ初めてのデスクトップ型! 予想はしていたが巨大なパソコン置き場を作るには、積み上げてあるものを整理しないと…その為には本も整理しないと…
ピアノの部屋は別にあるので問題ない。
困ったのは2階の3部屋。
1階の1部屋と2階の1部屋は、信濃大町から持ち帰ったあれこれで溢れかえっている。無料で引き取ってくれる区のセンターは、季節によって分別が違い、今は夏物。だから冬物を詰め込んだ段ボール箱で、2階のひと部屋はぐしゃぐしゃの倉庫と化している。3つの物置解体によって運んできた両方の家の先祖の品は、予め取り敢えずクローゼットに入れた。箱に中身を書いて。


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[本棚のこと]
ピアノの部屋には造り付けの本棚が楽譜と音楽書で埋まっている。
問題は2階。
私の本棚は1つしかない。あとは母の遺品の2つの本棚。
そこに収まらない本たちは、娘のお下がりのロフトベッドの本棚部分へ。それでも入りきらないので、段ボール箱をいくつも本棚代わりにし、潰れてくると次の段ボール箱…の繰り返し。不自由極まりない。
漸く組み立て式の本棚も買ったのに、その置き場を作らねば。踏み台代わりになっているだけの小さな冷蔵庫を隣室に運び、そこに置くつもりが…これも隣室の片付けが先で(信濃大町から持ってきた物に溢れている)。今始めたら大変なことになる! と未だに放置。取り敢えず散乱は段ボール箱に突っ込んでおくか??


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[このMacBook Air]
購入したのは、前のMacBook Proが完全に破壊したから。
一昨年春に渋谷のジーニアスバーに持ち込み、Proの中身は生きていたので、それを移動したのか、はたまた持参した外付けHDDから移動したのか…預けて、スタッフがこのAirに全て移動しておいてくれた。
「軽いこと」「安価であること」を最優先して購入したから、前のProにも増して小さな13インチのAirは当然目にきつい…そして2年半が過ぎた。
頻繁に使うOfficeも、Appleのスタッフの指図通り最新をインストールした。 Microsoftのアカウントを作らされたというのにパスワードも忘れた。箱も無いぞ。アメリカ人のスタッフだったな…だからなのか、フォントがやたら中国語と韓国語ばかり! MicrosoftだからMacではケアしてくれない、と言っていたな…
と思い煩い、何日がかりかの作業が待っていることが分かるので更に放置。


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先ずは本の整理だ! …と、組み立て式の本棚を買ってはみたが、置き場を作らねばならない。踏み台代わりに使っている小さな冷蔵庫を移動するか・・・それとも・・・組み立て式とは言え、可成り重いので、作業をする部屋に運ばないと…とこれ又放置。冷蔵庫を別な部屋に移動するなら、それはそれで大作業が待つ。


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[ハノン生誕200年]
あぁ〜、この夏もピアノから離れてしまった。
でも「ハノンの年」は忘れていない! 昨年暮れに思い立ち、年賀状で意を決した「何かせねば」だった。
結局こんな時期になっては会場を確保するのも宣伝するのも不可能、寧ろ億劫。生徒たちも「ハノン」の敬遠は見え見え。
「何かせねば」は、まずは自宅で生徒たちの勉強会として、この衰えた指と頭で、以前から考えてあった内容をミニ・レクチャーをすることにした。
日程を、7月末だったか8月初めだったかメール連絡で募り、調整し、9月8日と14日になった。
考えてあった内容もレジュメとしてWordで記しつつ過ぎた。

個人レッスンにせよ勉強会にせよ、何だかんだ言っても、私にはピアノを教えている時が人生最大の至福の時らしい

「ハノンの勉強会」の内容は又後日報告。


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老いる一方の我が身をよそに、孫達は日々刻々成長する。
上の孫(正しくは真ん中。一番上は関西在住)がバレエの発表会を目指して通し稽古の8月半ば頃に、下の孫が何度も発熱。
特に何を手伝うではない私も、手伝える時には手伝うべく、手帳のスケジュールは最低限に留め、8月はスカスカにして過ぎた。
発表会直前には、毎日総稽古に1日がかりで出掛けていく母親(つまり娘)と上の孫、高熱に機嫌の悪い下の孫は父親が仕事柄、勤務先に連れて行くなど、一家総出だったなぁ…


うたた寝から目覚め・・・久々に書き出すと纏まらない。
ここらでおしまい。


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区の健診 - 2019.08.05 Mon


1ヶ月半放置したブログ、何故か広告に襲撃されていない

立腹ばかり書きに開いている訳ではありませんが・・


「区の健診(高齢者の)」のお知らせの中、「がん検診実施医療機関一覧表」で胃の内視鏡に関しては「現在未定」のまま。「決まり次第、区ホームページでお知らせします。」も、ホームページを開ける環境にない高齢者だって多いだろうに!

夫が以前胃カメラで何度かお世話になった近所のクリニックが丁寧で良かった。試しに問い合わせたところ、「区のがん検診はやっていませんよ!」とぴしゃり!!更に「区からの用紙を見て他で受けてください」とな。だからさ…その用紙が「未定」だから…
試しに「個人的に受けたらおいくらかかりますか?」と訊いてみた(区の健診だと内視鏡も1000円で済むのだ!)。「組織を採るかどうかにもよりますが、大体1万円から1万5千円と思ってください!」とな…余りに違う。大体が、そのクリニックは風邪その他流行の感染症患者(特に子供)でいつもごった返している。何かもらうに違いない、と避けたかった…丁度良いかも。

そして、そろそろ「区のホームページでお知らせします」にお知らせが出ているかも、と開いたが、やはり未だに「決まり次第…云々…」

ま、いっか・・・先日癌以外の「区の健診」を受けた診療所で胃薬3種類、2週間分追加で(つまり合計3週間分)出たから、これを飲んで待っていよう・・・「治らなかったら早く胃カメラ受けてくださいね」と言われたものの、症状は軽くなっていることだし。

私の父も父方祖父も祖母も末期の胃癌で亡くなっているから「受けねば」なのに、こんな調子で毎年受けそびれているのであります。

「貧乏人は麦を食え」ならぬ「貧乏人は癌で死ね」??と思ってしまう!!


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信州行きの余韻 - 2019.06.24 Mon



1ヶ月ブログを放置すると、わんさと出る広告!!
しかも、私のPCでは「目下の私の体型が見えるんですかい!?!?」と疑う類い   

今年になり、2泊ずつ3回出向いた信濃大町、その後の話でも書いておきましょう。

結局我が家はどの部屋も持ち帰った荷物の山が増えただけ。
それらを片付けるには、この10年間に持ち込んだあれこれ(庭にあった3つの物置を解体せざるを得ず、仕方なく我が家に運び入れてある)、そして我々の断捨離すべき物ども・・・それらの整理が先だ。

大型連休は、先ずは解体した3つの物置の中身の整理だ!!と決め込んで屋根裏に籠もって作業をしたが、うんざり。
数日籠もって投げ出した。やっていられるかい!?!?

この10年近く、好きでピアノから離れている訳ではないのですが・・・演奏活動だって続けていたかったのですが・・・と誰にともなく愚痴を言いたくなってしまう。

これで広告は消える?

お・し・ま・い


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6月9日の勉強会 - 2019.06.10 Mon


(記載は9月です)

相変わらず、本番を控えた方々のリハーサルも最初に行い、次は練習中の曲。
そして前回に引き続き、「変奏曲」を使ってタッチの種類の練習を行いました。

拙著『ピアノと向きあう』に載せたタッチのアルファベットが、どうしたことか混乱且つ足りておらず、これは音と動作を伴わないと説明がつかず、勉強会の場で、いらした方々には説明をしております。すみません

プログラムのお名前の情報漏洩を避ける為の作業、プレビュー画面で行えば良かったのですが、Wordではきちんと消せていません(あの機能、おそらく微調整設定がある筈なのですが)💦

紛失した時、ネットに保管されていると私自身が有難く、この場にて。

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以上です。

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切り紙 - 2019.05.08 Wed


(今頃ながら……春休み、3月26日の記録)

5歳の孫と折り紙を切り抜いて遊んだ。

というのも、「切り紙しようか?」と言うと、綺麗な折り紙を無造作に折り曲げてはスッチョンスッチョン切ってバラバラにしてしまうので。これは先ず折り紙の「対角」をピッタリ合わせて折ることを教えないと・・と思っていたことから始まった。「痛いほど角をピッタリね」と教える。(この「痛いほど」は、私の6歳下の妹を相手にしていた時の、父方祖母の口癖…)
なんだ、教えれば直ぐに出来るじゃぁないの・・折紙での切り紙ほぼ初体験なのに、と感心した(半分は祖母の「痛いほど」との言葉遣いに)。


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最近の子供は、テレビやゲームなど、受動的に楽しむ時間は沢山ある。それは私らの世代には羨ましいことではあるが…
我が母が、妹や私の「成長の記録」と称したスクラップブックを作ってくれてあり、「お絵描き」や「切り紙」なども記録保存してくれてある。
近所のおともだちの作品なども記録して貼ってくれてある。母の愉しみだったらしい。私にとっては、そのスクラップブックを見ることで、当時の光景が即座に蘇り、60年以上も(70年近く??)前にタイムスリップ出来る嬉しさ!
今見ると、どのおともだちも丁寧に輪郭を描いたりクレヨンで紙の隅々まで色をしっかり塗ったり・・・改めて感心してしまった。
これは物に乏しい時代だったからかもしれない。雨の日などは他にすることもなく。

土日は父もよく遊んでくれた。
下は私が3歳の頃。
図柄を色とりどりのクレヨンでザッと描き、その上をまっ黒いクレヨンで塗り潰し、鉄筆で絵を描いてくれたもの。

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私は寧ろ切り紙。安物にしか見えない折り紙。昭和20年代当時としては高価だったのだろうなぁ。
うっすらと思い出すのは、一旦「折紙」で遊んだ紙を開いて、切り紙用に折り直して切ったこと・・・

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保存してくれた母に感謝。

これを見て、孫も「やりたい!」と言い出した。


ところで、孫を相手に私も(こっそり)切り紙。

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そして「何回ハサミを入れたと思う?」と問いかける。
「う〜〜〜ん・・・」と眺めて悩む孫。
「畳んだ山を逆に折っていってごらんなさい」と言うと、よっこらしょ、よっこらしょ、と折り始めた。
難しかったかな?

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「2回!!」

張り切って答えた。

余りやると「教育婆」と化しそうなので、ここでおしまいにした。
下は、孫が切っている間の私の時間潰し。

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昭和64年の想い出 - 2019.05.03 Fri


「平成」から新しい元号「令和」、何と穏やかに明けたことか。

昭和64年を思い出す。
その前、昭和63年暮からはテレビの臨時ニュースやテロップが絶えなかった。
昭和天皇のご体調の詳細が流れていた。「吐血された」「下血された」・・・の類い。

我が家は年明け昭和64年1月7日、ニューイヤーコンサートを控えていた。
夫の主宰する室内楽グループ「東京カンマーコレーゲン」によるサロンコンサート。
会場は西荻窪の「こけし屋」。約70席とは言え、既に完売。
もし天皇の崩御に重なったら??と頭の片隅にあり、テレビのテロップを見ては思い倦ねた。
朝から電話での問い合わせに応じることも覚悟。

その心配は当たり、7日早朝の5時頃だったか、テレビニュースが流れた。
昭和天皇崩御。


さて、どうなるか・・・
一応コンサートは決行のつもりで準備。

電話は静か。1本の問い合わせもない。
でも来場は一体何名あるだろうか・・・

そんな危惧をよそに、欠席はただお一人のみにて、ニューイヤーコンサートは満席にて行われた。

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   (詳細はクリックで拡大の上ご覧ください)


暮れからの暗いニュースが故にか、それとも新しい時代に希望を託してか。
今考えると、お客様の半分以上は、第二次世界大戦の経験者であったと思う。

そして翌1月8日から「平成」と相成った。


そのようなことを思い出しながら、穏やかに「令和」を迎えた。
新皇后様の笑顔のように、明るく輝きのある時代となりますように。





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信州行き(9) - 2019.04.15 Mon


相変わらずの備忘録です。

(4月12日)

どんどんおひさまが上って行く。
そうそう、この安曇野はNHKの朝ドラ『おひさま』で随分映ったものでした。
前の日記のどこかに載せた、小川の水車やわさび田がまさにそこで・・

今日のおひさま。
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(レストラン外のベランダ)
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今日こそInstagram!
と思えど、アングルなど考えるのも億劫で「撮っただけ〜〜」状態。

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宿を後にする夫
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以下は順不同
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着いて、まずは出来ている荷物をひたすら車に積む夫。
私は可能な限り掃除。特に沢山落ちている虫の死骸たち!!いや、これから孵化する幼虫たちも居るか??

日程には限界あり、ここ迄を記録とし・・・

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これ以上の作業は無理です。(しかも、2つの大きな忘れものを写真から見つけ…)
帰宅したら、今までの荷物の多大な整理が待っている訳であり・・・30年の歴史のアトリエを優先??
我々の断捨離は又してもどんどん遠のいて行く・・・

アトリエも、家具を撤去して壁を塗り替え、2階の畳を新しくしたなら、新築当時の姿に(ほぼ)戻るのでは?と思う。いや、我々からは全面的に手を離れるので、推察すべきことでも何を考えることでもありませんが。


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(又しても順不同になった。タグの文字列を写真ファイルと照合する手間は省略)
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以上で、信州の記録は終わりとします。


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信州行き(8) - 2019.04.13 Sat


(4月11日)
前の晩は、すっかり遅くなっての到着。
どんな景色なのかも全く分からないほどで。

瀟洒な、しかも必要なものは全て揃っているペンション。
早朝に目覚め、まずはカーテンを開け、網戸越しに外を見てみる。

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朝食。
ピアノがある!
鳴らしてみた。ハンマーフェルトがモコモコになっているようだ。
調律・整音をしたなら、ここでちょっとした演奏会も出来そう。

可愛いくまさんの縫いぐるみが

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美味しい春野菜の数々。(Instagramは習慣付かず、いつも食べてしまってから「あ!撮り忘れた!」と気付く。
それでも以下を記録。

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アトリエに向かう。相変わらずの道順ながら、天気次第で1回として同じ風景は無い。

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前の日に隣家のYさんが雪を掻いてくださったお蔭と、仰せの通りの地熱とで、難なく裏庭に車は上ることが出来た。

一晩寝ると頭は動くようになるものだ。
前日終わらせた状態の写真↓のみならず、まだまだ2階各部屋にも広いクローゼットにもキッチンにも山ほどの荷物、洗面所も風呂場も物に埋もれているが、「どうするか」と考えることが出来るようになり、ともあれ分別しながら片っ端からポリ袋に詰め込む・・・

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家に持ち帰って使える物などは梱包。
段ボール箱も(Amazonなどの)今回のため捨てずにおき、緩衝材もガムテープと共に沢山持って来てある。
緩衝材にくるんで丁寧に入れ、ガムテープで封をしては中身をマッキーで上書き。

捨てるものは杉並区の分別に従って入れて、可燃ゴミの余りの多さに辟易していたところ、何と!隣家Yさんが、可燃ゴミは軒下にでも纏めて置いておけば少しずつ後日運んで下さる、と仰る。お言葉に甘えることにした。
よって普通の半透明の袋に入れ、宿に向かう時に大町市指定のゴミ袋を購入することにした。可燃ゴミの持ち帰りが無くなったので、そのスペースを「お持ち帰りの遺品」に充てることが出来るではないか!!感謝。常に「遠くの親戚より近くの他人」の有難さを痛感。

「五月人形」という大きな箱がある。開きかけたが、とても古い新聞紙に飾りがひとつずつ包んである様子。そのまま持ち帰り、東京で判断することに。作業の手は止めていられないから。
鍋釜食器の類いも、充分使える物は我が家で使っている割れかけた物や余りに酷く古い物と入れ換えるべく詰める。

火災で半分燃えたり溶けたり、開くことも出来ないようなアルバムは諦め、可燃ゴミに。きっと義父にとっては自分の歴史だったのだろうが、焦げと放水での傷み様…ページはぴったりくっついて開けない。義父の心を推し量ると筆舌に尽くせぬ。
途中で今回も娘にスマホで、杉並の「粗大ゴミ」の大きさや「不燃ゴミ」に大きさ制限があるのか、など尋ねながら。

・・・と、こんな作業を又しても黙々と夕方まで行い、疲れたね〜、疲れたよ〜・・・
軽く休憩をはさみ、もうひと踏ん張りして、車に詰む予測を立てる。

アトリエを後にする。

(順不同)

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大町市指定のゴミ袋を買い、宿で頂いたすずむし荘の温泉半額券にて温泉に浸り、遅れて予約した宿の食事にありついた。
お馴染みのくまさんの縫いぐるみ。「美味しいですね」と話しかけて来そう!

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Instagramはどうしても習慣付かず、半分以上食べてから「又撮り忘れた!!」の常。特に疲れていると夢中で食べてしまうから。

メニューは;
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とても美味しかった。
(小学生の記録のようだ・・・)








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信州行き(7) - 2019.04.13 Sat


又しても遡っての備忘録

(4月10日)
朝一番で大学病院の予約受診。整形外科。
院内のStarbucks、車内用のサンドイッチやコーヒーをテイクアウト。
又しても信濃大町に行きだ。

前日から天気予報では大雪に見舞われると報じている。大丈夫なのだろうか。
何も好きでこんな天候の日を選んだ訳ではない。夫のスケジュールは、この日に出発するしかない。

1月も3月も富士山や日本アルプスの景色に見とれていた助手席の人。今回は4月の雪見と化した。

いつもなら富士山がくっきり大きく見える初狩も近くの雪山しか見えない。
遠くの南アルプスも中央アルプスも北アルプスもぼんやり山が見えるだけ。
途中、チェーン規制で大渋滞。抜けるのに2時間ほどかかったらしい。助手席の私は大爆睡。


(カーナビでは至るところにチェーンマークが)
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(毎度お馴染み、唯一の道)
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着いた。雪は1月よりも多いではないか!!
前の晩に酷く降り、着いた時はこれでも可成り溶けていたらしい。

裏庭に車を駐める筈が、庭の坂を上れずにすったもんだ。スタッドレスタイヤなのに・・この上からチェーンを巻く??
そうだ!新しい軽くて使い易いスコップが入った靴箱、何度も開閉しているのに、持って出るのをすっかり忘れた。
仕方なく柄も折れた古い重たいスコップで雪掻きを試みる。
それでも車は上れない。
おそらくその気配に、隣家の友人Yさんが雪国のスコップ片手に出て来て、車が通る場所を作ってくださった。
しかも重たい段ボール箱2つ(中身は大きなスピーカー)も運んでくださった。
義父母たちもお世話になりっぱなしのYさん。
子供達が小学生の頃には、長い休みの時には遊びに来るもので、一緒に花火などしてくださった。
いつもながら、遠くの親戚より近くの他人を実感。


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(雪にも負けずに顔を出してくれている健気な土筆たち)


前回の続きの作業をする。
作業とは名ばかり、まだまだゴミの分類だ。

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天気も天気、寒い上に疲労困憊。
早々に(明るいうちに)宿に引き上げる。
途中で食事。
いろり懐石釣り人、牡蠣がとても美味しかった。
「食べる」という行為もエネルギーを要することを痛感。又改めてゆっくり食べに来たいと思った。


はぁ〜〜〜、1月よりも大変な雪だった。




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信州行き(6)-2 - 2019.04.08 Mon


(遡った備忘録)
無事に3月20日に大町から帰ったものの、出掛ける前、更にその前の演奏旅行の前から頭痛を訴えていた夫。
父親のアトリエ整理も先が見えてきて安心したのか、頭痛は酷くなった。

しかも帰京した日には、まだ明るいうちに、と積んで来た荷物を全部バックドア(という固有名詞だろうか?)から順番に下ろす。夫の仕事部屋が一番近いので、そこにどんどん積み上げる。私も荷解きを順繰りにする。
途中、車の鍵が無い、だの財布が見つからない、だの、完全に頭を使い果たした証拠(無意識にポイポイ)。外はもう真っ暗・・・
何も今日のうちにしなくても…娘婿も帰宅したら手伝うと言ってくれているのに…と思っていたら、翌朝からこの部屋でレッスンをすることになっていて…。(寧ろ、チャチャっと済ませたい性格。もう若くないぞ!!と思う)

どうもその頭痛が怪しい。ちゃんと診てもらっては?と大学病院に付き添う。以前にもこんなことがあったのを思い出したから。義母の逝去後の、しかも更に火災の後、義父の世話に追われるようになった頃。その時は、単なる頭痛と思いきや、帯状疱疹だった。私より15cm身長が高い夫の頭上は見えていなかった。勾配のある坂道で湿疹を見つけた。それも何日も経っていたので即刻入院させてもらった2003年。
そんな経験があったものだから、先ずはカルテがある筈の皮膚科へ(電子カルテ化する前の話で、生憎当時の記録は無かった。湿疹は無いが「帯状疱疹後神経痛」なるものの存在も知っている。
けれども湿疹が出ていない以上診断名は付けられない、と神経内科に回された。
まだ若い医師、ちゃんと名札を見せて「○○です。よろしくお願いします」と逆に挨拶してくれる医師。
説明も丁寧。
まずは帯状疱疹後神経痛を第1に疑い、トラムセットその他の処方。トラムセットで眠くなる所為か、暇さえあればうたた寝……それが良かったか、一週間経っての予約受診の頃には痛みもすっかり取れていた。

いずれにせよウィルスだったのか感染症だったのか。
その数日後から私も頭痛。髪の毛を引っ張られるような痛み。
ロキソニンを飲んで痛みが治まってから起き上がる数日。
後日、酷い眩暈にも襲われた。明け方からグルグル回転。いつも1錠飲めば治る手持ちのメリスロンを2錠飲んでも治りきらない。
折しも、近場の病院で泌尿器科の予約受診があり、そこでその話をしたところ、内科に回され、メリスロンを含む2種類の薬を処方された。これで治らなかったら耳鼻科を受診してくださいね、と念を押された。(内心、その元気があれば最初から耳鼻科に行っていますわ
きっと何か感染症の類いに違いない、と私は勝手に睨んでいる。そういう時には休息が一番の薬なのに・・・

頭痛もフラフラ感も治まらないが、薬で生活は一応出来ているので(少なくとも私はそう感じている)暫く様子を見る。
そうこうするうち、又しても信濃大町行きは近づいた。今度で、今度こそ、最後!!(の筈)

他にも親族は居るだろうに!!と甚だ機嫌の悪いわたくし



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信州行き(6)-1 - 2019.03.30 Sat


(3月20日)
今日も好天。
チェックアウトの前にしっかり腹ごしらえをして頑張ります。

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レストランの窓ガラス
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相変わらず懐かしい遊具をよそ目に。
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今日の仕事は、既に梱包したものを車に積む!!ひたすら積む!!!
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兎も角積む。少しの隙間もなく。そして隙間が出来ると複数の隙間を工夫して、まだアトリエに残してあるものを突っ込む。
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以下、順不同。
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そして道の駅に寄ったりしながら帰路へ。
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順不同
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似たような風景ばかり・・・




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信州行き(5) - 2019.03.29 Fri


(3月19日)
朝6時に起きてカーテンを開けたら・・・
まさか、目の前はこんな風景だったの!?


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全て、義父の絵を眺めている様。。。いや、逆か。。。このような景色により、義父の画風も育てられた?


朝ドラも見ずに開店と同時の朝食バイキングへ。
そして車に乗り込み目指すはアトリエ。

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アトリエの前の景色。昔子供達と写生などしたっけ。
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早朝からいらしてくださり、焼却場を何往復もしてくださったお若い方々に心から感謝!!
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そして、引き続き私たちは東京に持ち帰る品々の分別作業。
作業は続くよどこまでも…どこまでも…どこまでも……


本人の知らない間に載った音楽雑誌など、親はしっかり購入・保管してあったのですね…
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時々東京の娘とやり取りして、「これは何ゴミになるの?」と尋ねて教えてもらう。
「これは要る?」なども。
義母作の木目込み人形などは絶対に持ち帰って、と。
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この他にも沢山あり、まずは掃除機をかけて日光消毒だろうか・・・

食器なども丁寧に、割れぬようにティッシューや緩衝材を使って、持ち込んだ段ボール箱に入れる。
鍋釜も、(多分我々が)お祝いに頂いたBesteckのセットもあり、放置出来ない。
前回の鳩時計に続き、別な掛け時計、壁掛けの鏡、額縁・・・毛布やシーツにくるみ、・・・全て、持参した緩衝材で固定し、箱はガムテープで締め、持参したマジックインキで中身を記入。リサイクルひろばに差し上げるにしても。
押し入れ家具も「リサイクル広場行き」と「我が家行き」とに分けて、中に持ち帰るべき物を入れる。
何とまぁ・・
我々の断捨離も気になっているというのに・・

義父母の荷物は「アトリエ兼別荘」とは言え、2002年暮れに東京の家が全焼しただけに、義父は大切に使っていたに違いない。いつの間にか購入したと思しき物もあるが、30年の間、父親の「持って来てくれ」に夫は逆らえずに運んだ品々だと思う。

明日は朝一番、車に積み込む。
そして更に片付け、入るものは入れる。

昨日のように暗くならぬうちに宿に帰る。


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信州行き(4)-2 - 2019.03.29 Fri


(3月18日)
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アトリエに着いて、運転してきた夫は休むこともせずに。
せっせと片付ける。
明日の朝9時だったか…業者さんと何か打ち合わせもあり、又市役所から若いお二方が運搬の手伝いにいらしてくださるとのことで、目一杯「可燃ゴミ」を作る(おかしな表現だが、大町市のゴミ焼却場に運んでくださるとのことで)。私ら二人では運搬出来ない。
*可燃ゴミを作る
*東京に持ち帰り、高井戸のリサイクル広場で引き取ってもらう物を纏める(少額であっても、捨てるよりなら杉並区に貢献)
*他は杉並区の分別に従って、「不燃ゴミ」「缶」「瓶」「プラスチックゴミ」という袋を作って、ひたすら分けて持ち帰る。

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(こんなものをアップするなど、我ながら馬鹿じゃぁなかろうか、と思うが、作業前の状態。いや、1月の作業後の状態か…)

1月に作った可燃ゴミの量が倍になった・・
黙々と作業をする二人。

暗くならぬうちに宿へ向かう筈が真っ暗。流石の夫もカーナビを使う。山道をひたすら登るから。
今回は雪の心配がないので、松本ではなく安曇野に泊まる。
宿に着いて、ぐったり。食べ物の持ち合わせは無いので、レストランでバイキング。和洋に鍋物の。

温泉に入る元気すらなく、外の景色もどうなっているのか調べる気力もなく、ベッドに倒れ込む。



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信州行き(4)-1 - 2019.03.27 Wed


(3月18日)
疲れた!などと言ってはおられぬ。
4歳年上の夫が、信濃大町へ出向く前の2日間演奏旅行だったのだから。

ワゴン車の運転から20年以上離れた私は、夫の車は余りに大きく感じ、運転不可能。ワゴン車しか運転したことのなかった30代40代は軽自動車など怖くて運転出来なかったというのに。

幸い天候に恵まれ、行きは相変わらず富士山を眺め、南アルプス、中央アルプス、北アルプス、と順繰りに満喫。
今回も又アトリエの片付けですが、風景の写真だけアップしますかね。

高速に乗るや、直ぐに見えてきた富士山
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初雁
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八ヶ岳が見えてきた

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中央アルプス(違うか??)
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段々北アルプスに近づくはずが、いい加減な私の頭
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もっと良い写真があった筈が、デジカメを混ぜたら順不同になってしまったので放棄。
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アトリエへ行く途中、仁科神明宮に寄る。
義父はここの屏風絵を描いて感謝状を頂くなど、懇意にさせて頂いていたので…

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無事に義父母の心が詰まったアトリエの作業が終わるべく、この際宗教にはこだわらぬ不信心者の私はお守りを買う。
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アトリエが見えてきた
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30年前に子供達が遊んだミニ公園
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サルが走り回っている・・
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あぁ、それにしても何と気の重い到着!!
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年明け初めての勉強会 - 2019.03.16 Sat



勉強会…常に最後まで辿り着かないプログラム。
どうやら私が欲張って大量の内容を書いているようだ。常に「あとは次回」となる申し訳なさ!
今回は10名の参加(一応6名以上で成立としている)。色々な角度からの実践をするとして、合計の一人あたりの持ち時間を30分として組んだら5時間かかる。25分なら…

メニューはいつものように;

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今回も又。
実は(←孫の口癖、もしや私の真似??)、『ピアノと向きあう』で6ページを使って「BeethovenのWoO 80の変奏曲のタッチ」を取り上げておきながら、出版後は誰のレッスンもしていないのだった。それ以外に時間を使うので。
出版は2010年だからもうじき9年が経つというのに!?
今は大人のプロの方々も多く、一度ここらで扱っておかねば!と今度こそ勉強会で取り上げることにした。

・・・本の譜例と説明を見て、これはちょっと違ったのではないか?
タッチに関して、2008年から編集者と共に試行錯誤を繰り返し、最終的に2010年には【A】〜【R】の【18のタッチ】に種類分けして出版に漕ぎ着けたのだが、【K】のタッチ、【I】のタッチは何処へ・・・
「その説明も加えよう!」と始めたこの日の勉強会は、先ずはそれぞれのタッチの確認を一人ずつ試弾してもらった時点で…えっと…何時になっていたか?しかも【A】〜【H】しか扱えず。
結局私がThema〜3変奏を示し、ほんの数名に実践してもらい、一番若い生徒に応用の曲を弾いてもらって説明を加え…

続きは次回、となってしまった。
一般公開するという手もあるが、予定の立たない今は無理で・・・

明後日から又信州。
後日吟味することに致します。


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Burgmüllerを通じて - 2019.03.15 Fri


永井進先生の『ブルクミュラー25の練習曲集』の音源に驚き、書いた2016年暮れの日記はこちらです。

最近、本当に凄い方だったのだ、と改めて思うことが多々あった。
まずは「明治44年生まれ」。
西洋文化から取り残されていた日本。大正生まれの先生方が東京音楽学校(現・東京藝術大学音楽学部)を受験された頃は、入試の課題曲は所謂「ソナチネ」も入っていたと聞いている。
昭和30年代の入試でのバッハの課題は「3声シンフォニア」(当時は「3声のインベンション」と言った)。私が入門した30年代前半頃は少なくとも高校生がシンフォニアを藝大入試用としてレッスンで弾いていた。
そんな時代だった。

だから優れた才能のある方を永井先生は藝大に送り込まなかったのだと思う。そのことも凄いが、昭和30年代に留学させたお弟子さん何人もの方々が、チャイコフスキーコンクール、ロン・ティボーコンクール、ジュネーブコンクール、リスト・バルトークコンクールなど、国際コンクールに次々入賞された。ヨーロッパに通用する音楽的芸術的下地を、当時永井先生が教え込まれたのだから。

事情あって小三から入門を許され(この事は又後日)、退屈なほど何時間も「座っているだけ」で年長者の方々のレッスンをBGMとして過ごしていた毎週末。それでも先生のお教えは無意識に耳から入っていたのだろう。先生のひと言で、まるで「使用前使用後」のごとく(失礼!!)変化するお弟子さん方の演奏を!!


話は数年前に飛ぶ。
上のリンク先の日記。「ぶるぐ協会」の存在も知らず、永井先生がそのようなLPを出されていたことすら知らずに…全てFacebookで知り、催しに飛んで行って二度吃驚!の日記(烏滸がましいながらも第1曲が始まり「私の演奏?」と思ったほどで…)。
その後、是非とも全曲聴きたい!との熱望から、ぶるぐ協会の飯田有抄さんにお尋ねしたところ、唯一板橋区の小茂根図書館に、LPからCDにコピーされて発売されたものがある(現在は廃版)とお教え下さった。早速該当区在住の妹に頼んで貸りてきてもらった。

又しても、恩師からの影響を感じた。

Burgmüllerの『25の練習曲集』は4〜5歳の頃に母の手解きを受けただけ。あとはひたすら「遊び弾き」のレパートリーの存在だけだった。1981年に帰国してからは、幼児にも音大を出た人たちにも、ロマン派の基礎、タッチの基礎、即興性を引き出す教材として教え続け、今に至っている。
勿論永井先生が指導なさるような曲集ではないから、この曲集を習った訳でも拝聴したことがある訳でもないが、永井先生のLPを拝聴し、全く違和感は無いどころか愕然とした(ペダリング以外は…)。当時の先生で、このような美しい表現をされる先生は他に居られなかったから。


私自身はかねてから、このような曲集こそCD化してみたいものだとの純粋な思いを持っていた。
奇しくも、左手を自転車事故で捻ってオクターヴが届かなくなってしまった2011年、生徒たちの発表会直前、本来はチェルニー40番を如何に楽しく美しく面白く(欲張り)弾くべきか、且つフランツ・リストへの道として講師演奏するはずが不可能となり、チェルニー30番全曲を私が演奏することになった。オクターヴが1回も出てこないので。
更に、これをCD化しよう!でもカップリング曲は??当然オクターヴが1回も出ない『ブルクミュラー25の練習曲』だ!!
そして年明けの2012年7月にナミ・レコードさんで収録をし、同2012年10月に《名曲への序章》のタイトルでリリースの運びとなった。兼ねてから指導しながら感じていたことを盛り沢山に記した分厚いブックレットと共に『レコード藝術』で「準特選盤」を頂いた。


日々が過ぎゆき、久々に恩師のCDと私のCDを並べて聴き、本当に烏滸がましいのだが、恩師の存在の大きさを実感した次第。我がCD、如何に永井先生のお教えを頂いているか・・・その曲集は全く習ったことはないのに。
常に己の心、芸術的個性、即興性(遊び心)を要求された永井先生。詳細は既に2016年、上のリンク先に記しました。

こっそり(堂々と?)数曲を並べて音源をアップします。クリックで鳴るはずです。
(お楽しみ頂ければ、ということで)


Burgmüller 25の練習曲集 Op.100より;
永井進先生の第1曲"すなおな心"
私の第1曲"すなおな心"

永井進先生の第3曲"牧歌(羊飼いの歌)"
私の第3曲"牧歌(羊飼いの歌)"

永井進先生の第14曲"シュタイヤーの踊り"
私の第14曲"シュタイヤーの踊り"


余りに厚かましく、面白がっているのは私だけかもしれないので、以上にとどめます。


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iPhoneのバッテリー交換 - 2019.03.07 Thu


年明けからバッテリーの減りが速くなった。それも加速。
仕方がないので外出時は外付けのバッテリーを持ち歩く。
購入して5年も経つからなぁ…と思えど、修理に出したら絶対に新品購入を勧められるに違いない。
バッテリー以外は特に困っていることはないし、動きが鈍くなったと感じれば、こまめに「マルチタスキング」にて全てのアプリを上方スワイプで終わらせる。週1回は再起動したりリセットしたり・・・で使えていた。

ところが、テレビのニュースで外付けのバッテリーが火を噴いた画面を見てから、他人事ではない!
1月に2泊で長野に出向いた時も、リュックを開けてはiPhoneとバッテリーが熱を持っていないか、時々確認・・・

先月末からは、家に居ても気付くと20%を切ることがザラに・・・
auショップに持って行くつもりで近場を検索(購入した店は消えたので)。
う〜〜〜ん、新品買わされたら予定外の出費。これは痛いよ。便利な世の中はその分、出費も多くなるのは仕方ないが。
そんな時見つけたのが下記。画面割れ、水没、バッテリー交換など、即刻対応してくれるらしい。
年中無休。しかも、折しも出向くことになっている病院と目と鼻の先の店があった!これは有難い!

iPhone修理救急便

私のはiPhone5sなので、バッテリー交換は2280円と書かれてある。
(念のため今調べ直したら2580円になっていた)

先週末、病院の後になるように時間を予約をした。

場所は駐車場の一区画。おそらく元駐車場の管理室(と言うのかな?)と思しき、ほんの半畳乃至1畳ほどのスペースに用具や部品が置かれてあり、担当のお兄さんは私の年齢でも分かるように、窓越しに現状の説明をしながらの作業、些細な質問にも答えてくださりながら、ものの10分で新しいバッテリーと入れ換えてくれた。
本来薄っぺらい板チョコのようなバッテリーが、真横から見るとガラス板を盛り上げるほど膨れ上がっており、取り出して再度見せてくれたところ…しゃぶしゃぶ用のお餅を焼いたみたい…まさにそんな感じに膨れていて吃驚した!
最近スマホケースに出し入れするにも苦労していたのも、どうやらその所為。

最近のニュースの話も質問したところ、滅多に起きることではなく、でも古く膨れ上がったような状態のものを勢いよく落としたり、誤って突いたりしたら可能性はある、と。リチウムイオンの+とーの電極がミルフィーユ状に重なり層をなしているので、絶対触ったりしたらダメです、とも。何かしでかしそうな年寄りに見えたに違いない。

これで晴れて100%のバッテリー状態キープ、私が使う頻度などたかが知れ、家族とのLINE(画像・動画送受)、SNSやメールチェック程度。充電せずとも80%前後で丸1日を過ごせるようになった。

万歳!!


そして、これまた目と鼻の先の大型家電量販店に寄り、夫のMacBook Proの外付けマウスを購入。
店員にも小馬鹿にされるほどのversion、勝手に探せとばかり売り場を教えてくれた。有線しか使えず、選択肢は甚だ狭く、OS10.6に対応していることだけ調べ、いとも簡単に購入出来た。
何しろトラックパッドが力任せに押さないと下がらないのだ。本人はこのままで良いというが、たまに何かで呼ばれて使う私は参ってしまうほどで……私のために勝手に購入したようなもの。漸くいとも楽々カーソルを動かしてクリック出来るようになった。

めでたしめでたしの日でした。





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解決した「踏んだり蹴ったり」 - 2019.03.06 Wed


「固いサツマイモ」を1本輪切りにして捻った手首も治った。
捻ったのは、「ピアノを弾くこと」で保たれている筋力・腱力、こんなに何ヶ月もピアノから離れれば何か起こすだろう、と過去の何度にもわたる経験から用心していた矢先のこと。
10日間ほどはロキソニンパップを貼っていたが、ふと「ヒマシ油」の存在を思い出し、捻った辺り全体に塗りながらマッサージをしてみたところ、ほぼ完治した。(何故か文字を手書きすると痛むくらいで…如何にパソコンを頼る日々となっているかを反省)
「ヒマシ油」を使ったのは、SNSでそれが如何に優れた存在か述べられていた方があり(検索すれば真っ先に「下剤」としてヒットするが、そうではなく)、半信半疑で使ったのが数ヶ月前。突き指した左第5指に塗りたくったところ1日で治った。今回も湿布をやめて「ヒマシ油」を塗ってはマッサージ、で落ち着いた。
その昔は、我が実家にもご近所の家にも「ヒマシ油」という名前のものは置いてあった。祖母も両親も逝ってしまった今、何に使っていたのかを訊ける人はいないが、きっと特効薬だったのだろう。(現在は「Castor Oil」との英名で売られていることもある)


次。今年は花粉症に罹った、と信じていた鼻水とクシャミ。こんなに続くか?と思うほど。しかも風邪の治りかけのように粘度を増して行く。色も。(相変わらずの内容につき、この辺りはどうかスルーで!)
そのうち、下を向くと右奥歯の歯茎がうずく。一歩歩く度に痛む。鼻と関係あるのでは?と相変わらず疑う私。

そうこうするうち、夫の「食道アカラシア」の1年ぶりの検査に付き添う日。
前日から(これまた相変わらずの内容につき、お嫌な方はどうかスルーで)排尿痛のような…爽健美茶をがぶ飲みして流し出していたが、JRの駅のトイレでいよいよ激痛となる。夫には「頑張ってね」*と一人で出向いてもらい、私は乗ってきたバスに乗って帰宅。何とか爽健美茶(宣伝料を頂いている訳ではありません。カフェインレスなので)をがぶ飲みしてウトウトしながら過ごした。
*これは、夫はキシロカインにアレルギーがあるため、検査は催眠薬を使う。これが又大変効くので、検査後の記憶が遠のく。なので「頑張ってしっかり説明を聞いてね」の意味。
こんなにのんびり過ごしたのに、翌日は悪化!流石に抗菌薬(クラビット)を服用。痛みは半日で治まった。
そう言えば、1月に受診した元主治医から、一度泌尿器科の受診するように勧められつつ、何も異常がなかったのでそのままになった。こういう時こそ受診すべき。早速翌日出向いた。症状は抗菌薬1回のみで可成り改善はしていたが炎症はあり、念のために画像検査も受けた。異常なし。
ステロイドを増やしてみてシェーグレンの諸症状は落ち着いたものの、やはりステロイドを増やせば易感染症は仕方のないこと。私はつい耐性菌を案じて極力飲まず、症状を天秤にかけて頑張るとを話したところ、そういう時は躊躇うことなく服薬を!耐性菌が問題になるのは、だらだらと何週間も何ヶ月も使う時であって、「怪しい!」と思った時にはさっさと使うことが賢いそうだ。3日間は飲むこと。
実に納得が行き、安心して使うことが出来た。
しかも、ずっと続いていたイヤな鼻水も、下を向くと痛む奥歯も落ち着いた!!やはり感染症だったのだろう。
今のところ歯医者にも耳鼻科にも行かずに済んでいる。ただ、鼻水に悩まされていた頃には判別のついた「金木犀」の香りや下駄箱に臭さなど、再度判別が付かなくなった。これは鼻の中が再び干からびたから……に違いない。

更にその受診した日は、病院と目と鼻の先にあるiPhoneの救急処置の店にも出向いた。
長くなるからこれは又。

ともあれ、全て解決!!


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涙点プラグ - 2019.02.20 Wed


シェーグレン症候群によるドライアイが酷く、どこの医者でも「あとは涙点プラグしかありませんね」と言われて20年近くが過ぎた。
年明けからお世話になっている眼科でも言われた。
涙点プラグとは、いくらヒアルロン酸や人工涙液を点眼しても直ぐ乾いてしまう目の場合、涙が涙管へ流れて行かないように涙点をシリコン製の小さな栓で蓋をしてしまう手術法。
検索したら、こんな感じのものがヒット。
実際にはとても小さいものだそうですが…

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その後、膠原病全体でかつてお世話になった先生に相談したところ、通える範囲での眼科を探してくださった。
でもなぁ…と躊躇っているうちに、地元の眼科から処方されている薬が無くなりつつあり、受診。
元主治医が、手術をしてくださる先生を探してくださった話をしたところ、「あら、うちでもやっていますよ」と、いとも簡単に仰る……こりゃぁ灯台もと暗し!!
しかも 以前のように涙点に固形物を入れるのではない方法と言われる。かつてのプラグは異物で蓋をするので、どうしてもゴロゴロした感覚を持つ患者さんが多いそうだ。ではどんな方法かというと、涙点に注射針(のようなもの)でゼリーを注入するのだそうだ。ゼリーと言えば、普通は体温で溶けるイメージだが、逆に体温で固まるそうだ。
へ〜〜〜〜〜・・・とぽっかり口が開いたままになってしまった。
自然に徐々に流れて行くこともあるし、冬の乾燥時だけ注入するなど、融通も利くそうだ。
取り敢えずは目下処方されているムコスタ点眼(ムチンの目薬)とヒアルロン酸に人工涙液で春を待ってみる、ということになった。
こうしてパソコンを打っていても、パソコンの位置を可成り下にして、目も半開きのようにして目の表面が空気に直接触れないようにしていれば、辛うじて打てる訳だし。(実は半ば実験かたがた頻繁に打ってみている)
ピアノの譜面台上の楽譜となると、目線は上向きでガバッと目を開いているし、しかも度々の瞬き必至(覚えてしまえば目を閉じて弾けばよいのだが)、初めて読むレベルの曲を避ければ済む事。

うん・・・差し当たっては、そういうつもりで過ごそう!



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安室奈美恵さんの"Can You Celebrate?"をアレンジした想い出 - 2019.02.20 Wed


1990年代は、生徒たちの発表会のため、その子供の可能性に合わせてアレンジ譜を作っていた。
そのことを思い出す機会が最近あった。特に連弾。ピアノは1台か2台。4手であったり8手であったり。

その1つに、安室奈美恵さんの"Can You Celebrate?"があった。
ピアノを習い始めて間もない小学3年生。その前も学校の放課後にピアノのクラスはあったものの、片手しか使わないとのことで(だったか?)、私のところに来た。習っていた筈の右手すら指関節がグニャグニャと潰れてしまって、鍵盤を押し下げられない。左手は推して知るべし。そのためのトレーニングをして、やっと何とか鍵盤を押し下げるレベルになった辺りで発表会と相成った。
「小室ファミリー」に熱く傾倒していた小3の男子、まだ楽譜も発売になっていない「Can You Celebrate?」をテープにダビングして持って来た。
早速再生させてみると、うっわ〜〜〜!!・・・今のレベルではとても無理。
でも私と2台ピアノで連弾をしたら可能かもしれない。夢を叶えてあげようじゃぁないの!!
・・・と、その日からオケパート(電子楽器パート?)の書き取りが始まった。
他にもそのように望みを叶える生徒たちのアレンジはいくつもあり、今思うと40代は若かった!

そして上記の生徒は、殆ど歌のメロディーをユニゾンで弾くだけ。弾くだけ、と言っても一応譜面の通りに読ませる。耳コピだけでは勉強にならない(逆に、どんなに楽譜が読めても「耳コピ」も出来るべき)、という私の主義主張。それ以外の音は私が全部弾くというアレンジ。

そしてめでたく発表会では本人は勿論、私まで楽しいステージと相成った・・・

その発表会の音源です。クリックで音は鳴ると思います。
プログラムも見つからず、出て来たら年月日を書きます。

"Can You Celebrate?”(ピアノ2台4手にアレンジ)

その1990年代の鉛筆による譜面は(伴奏が走り書きなので)2001年に楽譜入力ソフト「Finale」で一応清書した。
アーティキュレーションも強弱も書き入れることなく、パソコンに保管しておこう、ということで。
お使いになりたい方は、どうぞ下記をダウンロードなさってください。ご一報頂ければ有難いです。
今頃打ち忘れに気付く:第25小節からの16分音符2個組は「スイング」です。

"Can You Celebrate"のピアノ2台4手用アレンジ譜

風変わりな教師かもしれませんがね・・・そんな時間があったら演奏活動に充てたら良いのに!と仰る方も多かったのですが、生徒の喜ぶ顔見たさで・・・

以上、想い出話でした。

上記のリンク先、スマホでは何故か終わりの(大文字にします)</i></a>が表示されなくなり、文字列が表示されるという何ともな・・・お聴きになりたい、ご覧になりたいという場合には、大変お手数ですがパソコンでアクセスをお願い致します。

多分…スマホの謎が解けました。実験!!

音源
Can You Celebrate?(ピアノ2台4手)

楽譜
Can You Celebrate?(2台4手用アレンジ譜)

これで大丈夫のようで・・・何とも正直なスマホ!!寧ろ適当でも表示されるパソコン!!




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タイトルも付けられない日々 - 2019.02.19 Tue


シェーグレン症候群は既に1999年から診断名が付いているそうで…。
私の場合は皮膚筋炎・多発性筋炎に合併する二次性シェーグレン症候群らしい。
この類いは寛解と再燃を繰り返す病気で、私の場合も久々に去年あたりから下記サイトの殆ど全部の症状が出ている。
http://www.nanbyou.or.jp/entry/111
本当に不自由を強いられた。
自分の練習の時間は取れず、それでも自分自身が弾いたことのない曲を生徒が持って来るとなれば、64分音符に128分音符、しかも加線何本も付いて臨時記号満載であっても……一応は読む。ほんの数日だけなのだが、目は干上がり、この年末年始は手持ちの人工涙液のみならずクラビット点眼薬、フルメトロン点眼薬にヒアレインなど、適宜使って何とか誤魔化していた・・という話は書いたし、とても良い眼科に出逢った話も書いた。何とか解決が着くだろう。1999年の、眼球が眼瞼の奥深くに入ってしまったような目には至らずに済んだ。万々歳だ!!

それにしても、信濃大町に行く前に何とかしたかった諸症状。血液検査の項目も増やして頂いたが、2月の末までは待ってはおられぬ!もうこれは自己判断でステロイドを増やすしかなかろう!!増やすと言っても元の量がプレドニン換算でたったの2mgなので4mgにしただけ。これが1月末の話。そして様子を見て漸減中。

これが幸いしたかもしれない。2月になって可成り落ち着いた。鼻血も出ない。膀胱炎も起こさない。うたた寝ばかりしているとは言え倦怠感もマシになり、目は新しく処方されたムコスタ点眼がよく合っているようで…唾液も出て食生活は豊かに…体重が!!
夫の消失したWebsiteを、新しくドメイン取得から始めて、ど素人の粗末な物とは言え何とか作り直すことも出来た(とってもしんどかったが…タグ打ちなので…)。数年気になっていることが片付いた。

ここまでなら本当に万々歳なのに、今度は又しても手を痛めた。数年ぶり。
一昨日生徒のレッスンをしていたら、右手の何ということもない6度か7度の和音が掴めない!手が開かないのだ。
もしや前々日に出向いたカーブス(67日ぶりとパソコン表示が出た)がいけなかったか??いやいや、その日は夜に最近再開した指練習のRoutine(リストの「鬼火」も入っている)を何ということもなくこなせた。よ〜〜く思い出してみた。そうだ!前日の「いたたた…」「いたたた…」と呻きながら輪切りにした硬いサツマイモの所為だ!!最後の3つ4つは右手だけで切ることが出来ず、左手で右手を上から押して切っていたのだから・・・しかも研いでいない包丁と相性の悪いまな板と・・・と気付くまで何時間かかったことか。
ヒマシ油を塗りながらマッサージしたり、ロキソニンパップで手首〜腕を湿布するなど試みているところ。
これ以上酷くしたくないので、でも折角3ヶ月ぶりに再開したピアノなので、何とか左手だけでも…とさらう。
ブラームスのアレンジによるJ.S.BachのChaconne、内容は深かろうが、Busoniのアレンジに慣れてしまっていると、何だかチェロの音域だけを弾いているような気がして…
それならアレンジしてしまおう!!・・・と色々頭で音を鳴らしている最中。
ピアノで再現させる頃には右手は治っている気がするのだが。しかも、「左手のための超絶技巧」になって左手を傷めかねない・・・


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うっすらと雪化粧の朝 - 2019.02.10 Sun


昨日から「明日は積もる」とテレビの騒ぐ雪。
「都心」と言っているから、ここは当てはまらないよなぁ…との勘は当たった。
でも夜中に少し降ったようで、朝起きたらうっすら雪化粧。

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この位が良い。
去年も大変だった。






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「響和会」という名称 - 2019.02.07 Thu


何年も前、折しも私がWebsiteを作った頃だから2012年頃か…
「貴女のお母様は藝高と関係していらっしゃるのですか?」と何人かの藝高出身者に訊かれた。
「えぇっ!?!?」・・・いえいえ、とんでもない!!
尋ね返すと、私のサイトのプロフィール文中、「母・奥和子が1955年より主宰してきた『響和会』を1982年より引き継ぎ」と書いてある、とのこと。

1955年当時など、母は藝高の存在など全く知らない。私だって受験すらしていない。増してや、藝高と「響和会」の関係など私ですら初耳。2006年に逝去した母が知るわけもない。

母が、自分の生徒たちの集まりに「響和会」という名前を付けたのは、「ピアノの響きを大切にしてほしい」ということに加え、自分の名前「和子」から「和」を取り、更に、ピアノの上達のみならず、ピアノの会を通じて和やかな人間関係を築きつつ成長して欲しい、という思いを込めたことなどを聞かされた。それは物心ついてから…いや、詳しい意味は、母の生徒たちを引き継いだ時(1981年帰国して以降)辺りかもしれない。

確かに検索するとヒットする。
http://geiko.geidai.ac.jp/kyowakai/

だからと言って、今さら変更する!?
とんでもない!私は母の思いを引き継ぎ、このまま「響和会」を使って行きます。
調べてみると、他の音大等でも「響和会」を使っている団体はあるようだ。うん、思い付きやすい名称なのだろう・・・

ついでながら、懐かしいいにしえの発表会のプログラム2回分(戦後の尾を引く当時のことが故、今のように情報にうるさい方もおられないだろうと、名前を消すこともせず)アップします。
私が小1の昭和32年から始まり毎年、空いても1年半に1回は行われていた発表会。私が帰国して加わった昭和57年までは母がメインの発表会、その後は私がメインとなり、「響和会」の名前も使わせてもらって現在に至ります。

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色も薄ぼやけて、プレビュー画面で少し色を出すべく試みましたが、うまく行かず。

第一回の「中央幼稚園」は私が通っていた幼稚園。
その折の担任で、ピアノがとても魅力的なお優しい先生が、2007年の私のリサイタルにいらしてくださったこと、感謝感激でした。お礼の一筆をと思いながら、その後3ヶ月半のウィーン滞在(ピアノから離れた滞在)…住所録もないまま今に至り、不義理のまま・・
ごめんなさい。

文脈も支離滅裂・・・



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信州行き(3) - 2019.01.23 Wed


(記載は2月3日)

午後には帰京予定。
再度アトリエに向かう。

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1日降っただけの雪なので、街では溶けてきていても、アトリエ近辺はまだまだ。

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建物についての話を工務店の方から伺う。
建てた方だから知り尽くしておられて、勿論足場を組んで大々的に調べるとなれば別だが、大体は想像していた通り、10年も誰も住んでいなければ生じるレベルの傷みらしい。これは以降全面的にお任せするとしても…

お世話になり通しの隣家でコーヒーをご馳走になった。
義父が1人になってからは、いくら毎日ヘルパーさんが来てくださるとは言え、常に気に掛けて生活してくださったのではないか、想像に余りある。
30年前は、頻繁に我が家の子供たちも出向いている。一緒に庭で花火をしたり、優しいおじちゃま、おばちゃまで…

雪と相談して、又出向く必要はありそう。

ひとまずアトリエを後にして出発。

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その昔、子供達も一緒に来たことのある白鳥湖、工事のために移転しているらしい。

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富士山を眺めつつの高速。デジカメもなくスマホで。
順不同

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田中の両親が築き上げた歴史、といっても過言ではないこと、亡くなって年月が過ぎた今なので、一人の芸術家とその家族達、支えてくださる周囲の方々や多くの団体に深い感謝を持って、しかし客観的に冷静に振り返る。私は持病をコントロールしながら東京での仕事に追われ、何もしないに等しかったから・・・



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信州行き(2)- 2 - 2019.01.22 Tue


(記載は2月2日)

2011年のブログ

あれから8年。これでは本当に廃屋になる。
いや、寧ろ物が散乱しているだけで、片付けて壁にリフォームを加えたら建てた頃のようになるのだろう、とも思える。
家というのは不思議で、誰かが住んで毎日床を歩いているだけで歪みは来ない。ましてここのアトリエのように二等辺三角形、それも正三角形に近い形では、大地震が来ても歪みようもない。
(県の避難所に使って頂くことは?と思ってしまう)


今日はこの雪では動きが取れない。
それでも、「家に持ち帰るもの(私たちのアルバムまである!)」「区のリサイクルに持って行く物(引き取ってくれない場合は可燃ゴミとする)」「大町でゴミとして出すもの」に分けて、昨日に引き続き進めるところまで進めた。

雪も上がって、私はもう来ないかもしれないし、実際雪景色は最後だろう、とスマホでカシャカシャ。
せめてデジカメくらい持ってくるべきであった!!

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それにしても昨日は気が遠のくほどの2階だった。

今日は、70リットルくらいと思しき市のゴミ袋に片っ端から可燃の不要物を入れた。

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ざっと…いくつだろう…市役所から若い方がいらして、これらを1階に下ろすリレー作業の階段部分を手伝ってくださった。心底助かった!

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これら山積みのゴミ袋を焼却場へ、というのが今日の最大の仕事と思っていたが、この雪道ではとても不可能とのことで延期となった。いずれ又来ざるを得ないことだし…

又、和洋沢山の引き出しの中は空にして東京で区のリサイクルへ持参することにしたので、2階はほぼ空となった。

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次回は1階と納戸だ!

積めるだけ積んだ夫の車・・・もっと深く、写っていない部分まで積んであります・・

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松本の宿への途中で温泉へ。

夜は何か美味しいものを、と散策。

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他は撮りそびれた。
Instagramは未だに慣れない。

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(いやはや、こんなピンボケ。せめてデジカメは常に持参すべし)


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信州行き(2)- 1 - 2019.01.22 Tue


(記載は2月2日)

松本ですら雪が降り出した朝、山の方はどんなだろう・・・

まずはしっかり腹ごしらえ。
何故かパンがない。ヨーグルトにシリアル類はあるのに。
ご飯は白米と炊き込みとあって、黒カレーが売りらしい。

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降り出して間もないのに、車はこんなに・・・

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いよいよアトリエが見えてきた。
うんざりだなぁ〜〜……遊びに来た訳ではないから…

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二通に分けます。


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信州行き(1) - 2019.01.21 Mon


(記載は2月1日)

暮れに、夫から信濃大町のアトリエを片付けに行くから「1月は20日過ぎから空けておいて」と言われた。
よし!体調管理だ!!と眼科や、以前大学病院で主治医であった医師を訪ねたり、この1〜2年の不調を診て頂いた。解決の着くものでもないが、無理をしなければそこそこ安心して出向けるアドヴァイスを頂いた。

そして夫はと言えば、恒例の(1978年の創設時から共演している)Strauß Festival Orchester Wien(ウィーン・シュトラウスフェスティヴァル・オーケストラ)とのツアーに、正月2日から出掛けた。
タイトなスケジュールで、西宮から富山へ、その後名古屋(豊田か?)、一旦東京に戻ってオペラシティとサントリーでの演奏会、その合間に実に上手く他の仕事が入る。シンジラレナイ・・・
究極は福岡を日帰り公演し、翌日は佐倉とか。

頑張っている夫を余所に、私は気付くと大爆睡。起こしてくれる人が居ないのだもの。
でもそのお蔭か、昨年の疲れも軽減し、予定通り1月21日には信濃大町に向けて(車の助手席にて)出発。

何の為に信濃大町に行くのか、忙しい夫と眠ってばかりの私は会話する時間もなく、やっと車中で事の次第を訊いた。
アトリエの土地の借地権が切れるのだそうだ。更新してしまったらその次の更新は100歳を超える訳で・・・
又アトリエの様子を見たいと仰る方もあるそうで、出来ればこのままアトリエを何かの形で使って頂きたいのは誰しも願いは同じで。

夫の母は2002年に亡くなり、その年の暮れには母屋が全焼する火災を起こした。遺骨の前の火の点いた蝋燭を、中途半端に立て掛けてあった遺影がどうやら遺骨ともども畳の上に落としたらしい。…と消防隊の捜査で言われた。
その話は2002年付けで書いたので省略。

義父は2010年に亡くなったが、晩年の殆どを大町のアトリエで過ごした。
杉並で介護保険は受けていたが、他県では全てが100%自費。それでもヘルパーさんに毎日来て頂き、義母と過ごした窓から飛騨山脈の連なる景色を見ては絵を描き、過去の想い出に耽っていたと思う。
亡くなる前の1〜2年ほどは現在の我が家に居たり、入院したりと、結局この10年間誰も使わなくなった大町のアトリエ兼別荘。
義父の存命中、夫は時間が許す限り、注文される画材の類いを購入しては届けに出向いたり、作業を手伝っていたが、私は火災直後に焼け残ったあれこれを家族全員で2003年初めに運んで以来だった。

久々の往路から富士山の眺め。

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諏訪湖のサービスエリアで休憩。

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いよいよアルプスが見えてきた。

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かの有名な黒沢監督が映画「夢」の舞台にしたという大王わさび農場あたりを散歩。
写真は全くの順不同(後で整えますか…)

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漸くアトリエへ。

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ここから本来の目的であった作業に入る。
う〜〜〜〜〜ん・・・・・とてもアップロード出来るシロモノではない。
と書きつつ、義父の「お別れの会」から後日、アメリカ在住の義姉親子が纏めてくれ、部屋の隅に積んでおいてくれてあったことに、心から感謝して載せさせて頂く。大変だったと思う。これだけではないのだから。

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以上は2階。
問題は広い1階。ピラミッドの底面積のようなもの。
納戸の中然り。まだまだ・・・


今日忘れずにすることは、帰りにコンビニやスーパーで売っているという大町市特定のゴミ袋を買うこと!


泊まれる状態でないことは想像に余りあったので、松本に宿を取っておいた。
正解だった。でも従業員も客も外国人が多く、折角の和室なのに、ここに荷物を並べる…って…
疲れると愚痴っぽくていけないが。

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伝えるかどうか迷いつつ、自分たちで正しい場所に移動させた。

又考えて、後ほど。




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今年もよろしくお願い致します - 2019.01.12 Sat

1ヶ月更新を怠るとパソコンでも広告がのさばる。
気になりつつ2週間が過ぎた。流石に新年の状態としては情けない。

暮れから気になっていた目の乾き…干からびるほどの日もあり、出来るだけパソコンから遠のいた。
どうしても個人的に伝えておきたいことのみ、メールで送信した。目がつらいので、我ながら何とぞんざいな文体だろう、と呆れつつ。

クリスマスも通り過ぎ、正月もいつの間にか終わり、今頃ながら年賀状(これも毎年新年になってからやっと作る。しかも目が目で、今年は切り紙断念)にて遅いご挨拶。
結局ここにアップロードすることになるなら正月にうちにすべきだった・・・

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どうぞ本年もよろしくお願い致します。


以下、備忘録。
去年パソコンが壊れ、仕方なく最新ヴァージョンを購入して1年が過ぎ、まぁ何とも使いにくい。OS10.7から10.12へひとっ飛び。10.12で余りに不慣れなことは、今でも健在な10.5を使うから益々慣れなくていけない。
フォントはハングルばかり盛り沢山、しかも思う変換が出ない。これは一足飛びにヴァージョンをアップしたため、ATOKが消えたことによるもの。

と書いて送信し、「去年ではなく一昨年だ!!」と半日経って気付いた・・・何ともな記憶。
いよいよ危ない頭  2年間不自由なまま過ごしていたとは!!

ワードも2008 から一気に2017で、もう頭も混乱した昨年。
プリントアウトするにも、OS10.5や10.7とは違う風景、まる年の翻弄。
やっと謎が解けた。正しい選択肢を見つけ、これを使えばいとも快適。インクジェット紙のハガキも今までのように紙詰まりもなくなった。但しインクカートリッジは純正品が存在しないから、そうではないものを安く購入して使う。一体何回「純正品を装着してください」と出たことか・・・売っていないのだから仕方ないだろう!とブツブツ文句を言いながら機械を働かせた。

ATOKは11月終わり頃から30日間の試用版をダウンロードし、いとも快適に打っていたところ、年末の29日に「本日で試用期間が終了します。」とメールが来た。こんな多忙を極める時に、ただでも億劫なダウンロード・インストールなどしていられるか!
という訳で、正月も明けてやっとダウンロード版を購入。やれやれ・・・

クリスマス前から目に違和感はあって、いつものシェーグレンによるドライアイ、と分かっていても手持ちの点眼薬を点すに留まる。痛い、痒い、と思っていたとある日、ウサギの目のように真っ赤になり、やっと近所の眼科に出向いた。多忙にかまけて適当に使っていた点眼薬も悪い。涙不足による大きな傷が見つかった。試薬を点眼して瞬きしても、眼球表面に涙は行き渡らず、涙の届いていないことを示す黒い影が沢山写っていた。
点眼はしっかり一日の回数を決めること、あとは「ムコスタ」という、よく胃炎で処方されるムコスタと同じ効き目のある点眼薬を出され、人工涙液も防腐剤が入っていないものに変更。
どの眼科でも言われる。類点涙点プラグを入れることをお勧めします…と。
侮るなかれ、シェーグレン・・・目のみならず、この1〜2年の不調は全て原因がそこにあるのでは??膠原病の1つでもあり、検索したら(血液などは自分で調べられないが)合致する症状わんさ。「炎」の付く諸々に、「鼻血」と「涙不足」、それと易疲労感。



又いずれ、遡った記録を書きます。




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プロフィール

奥 千絵子

Author:奥 千絵子
★上の画像は2001年にCDにして約3枚分を収録したものを,2006年に2枚組としてリリースしたCD「樂の音に寄せて」です.『レコード芸術』2007年1月号で「特選盤」として取り上げられました.戸倉新樹教授によるライナーノートは医学生にもお薦めです.その他のCDや著書はWebsite「本館」からお入りください.このブログも「本館」のDIARYです.
★このブログの"Grüß Gott !" (文字化けの場合はGruess Gott!)は墺・南独の時間を問わない挨拶です.Website「本館」のDIARYです.出版CDや著書の詳細は「本館」のメニューからお入りください.
Website「別館」もあります. 著書「ピアノと向きあう」の説明を補うサイトです.よく頂く質問に説明を記載しています.
★上記著書については今井顕 氏によるKINOKUNIYA書評空間WEBLOG を是非ご一読くださいませ.
Auch auf Deutsch schrieb ich…
★【膠原病の記録】余りに医療のカテゴリーがが増えてしまったので目下整理中です.大変複雑な病気の経験が同じ病の方々への参考となりましたら幸いです.
「乳癌と膠原病(皮膚筋炎・多発性筋炎)」「膠原病(退院後)」 ,その他の医療の話(自分以外も含めて)は「医療・病院関係」,に取り敢えず分けました.
平成12.12.12.病院での復帰リサイタルは演奏動画入り記録です。
★恩師のことは55年間を遡り少しずつ記載するつもりです。目下のところはこれだけです.
★コメントも大歓迎です。SPAM防止上、確認後に公開しております。ご理解をお願い致します.
★このブログや大元のサイトへの感想やお問い合わせはservus2008@gmail.com宛に@を半角に直して送信願います.
【BGM】
Robert Stolzメドレー
演奏:東京カンマーコレーゲン 
室内楽アレンジ:奥 千絵子
ショパン:華麗なる大円舞曲Op.18
演奏:奥千絵子 ショパンのワルツは上の画像の2枚組CD「樂の音に寄せて」に入っております.
★Copyrights©1997-2019 Chieko Oku All rights reserved.
制作・著作:奥千絵子
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